『咎なき罪人 ー後編ー』 |
ポップの顔色がはっきりと変わる。 「ポップ。休養を取るんだ。おまえには、休みが必要なはずだ――自分でも分かっているんだろう」 今までは、無事ですんだかもしれない。 ヒュンケルにさえ分かる理屈が、当の本人であるポップに分からないはずがない。 青ざめた色合いから、赤い色へ。 「おまえも……おまえまで、そう言うのかよっ!?」 強い口調は、糾弾に近かった。 「姫さんも、先生も! おっさんや、師匠や、アポロさんやマリンさんだって、おれに休めって言う! もう旅なんかやめて、ゆっくり休めって!!」 「それは――」 当然だろうと続けられなかったのは、ポップの怒りの中に、悲痛さを感じたせいだった。 寄せられる心配に対して憤り、休養を求めているはずの身体の悲鳴すら無視して、それでもポップは闇雲に旅を続けようとしている。 ポップがそこまでして、旅を続けたがる理由をヒュンケルは知っていた。 「休めるわけなんか、ないじゃねえか……! あいつがどこにいるかも分からねえのに……、なんでおれだけ、ゆっくり休めるんだよ!?」 強く握りしめた拳が、色を失って震えていた。 「――おれは、罪人か?」 その言葉が胸を貫くのは、夢で見たポップを思い出したせいか。 「閉じ込めて、力を封じ込めて、常に見張っていなきゃならない存在かよ!? おれがしているのが、そんなに悪いことだっていうのかよ!?」 「いいや」 迷いなく、ヒュンケルは首を横に振った。 「おまえは、決して間違った道は選ばない」 思うより早く、言葉が口からこぼれ落ちる。 ポップは、いつもそうだった。 時に迷ったり、逃げ腰になるくせに、結果的にポップの取った行動は間違ってなどいなかった。 ポップのその強さを、ヒュンケルは信じている。 さっき体調不良を指摘した時以上の動揺を見せ、ポップは気が抜けたように、その場にぺたんと座り込んだ。 「……」 しばらく黙り込み――やがて、力の無い笑みを浮かべ、ポップはヒュンケルを見上げる。 「……おめえって、ほんっと、嫌な奴だよな」 「そうか?」 「そーゆースカした面して、上からものを言う態度が気に食わねえんだよ! だいたい、いっつもいっつも人を半人前扱いしてる癖に、変な時だけ持ち上げやがって……!」 憎まれ口など、少しも気にならなかった。悪態をつくポップから、さっきまでの切迫感が消えていたのだから。 「オレは、いつも思ったままのことを言っているまでだ」 ヒュンケルにはポップを怒らせる気も、侮る気もない。 「みんな、おまえの身を案じている」 言いながら、自分の口ベタを恨めしく思う。 「……分かってるよ、そんなの」 ポップは小さな声で呟いた。 「そんなのは、分かってるんだけどさ――」 溜め息をつくポップを見て、ヒュンケルは言葉など必要ないことを悟った。 もし、ダイがここにいたのなら、他の誰にも増して今のポップを心配するだろうなどと……言わずとも、ポップは身に染みて知っているだろうから。 「ポップ。オレやラーハルトには、他の道など見えない。ただ旅をするしかない」 行方不明のダイを見つけたい。 だが、悲しいかな、ヒュンケルは一介の戦士に過ぎない。 人知を超えた目を持つ占い師の少女のように、占いを駆使してダイの手掛かりを追うなんて真似も、できるわけはない。 当てずっぽうにも等しい、効率の悪い旅。 「だが、ポップ。おまえは違うはずだ。おまえなら、オレ達と同じ方法でなくとも、ダイを探せる――違うか?」 質問の形は取っていたが、それは確信に近かった。 誰もが絶望し、攻略の糸口さえ見つけられなかった大魔王バーンに対してでさえ、勝利への道を見いだしたポップなら、ダイに繋がる道を探しだせる。 「……っ!」 ポップの顔に、さっき以上の衝撃が広がる。 「ポップ? 具合でも悪くなったのか?」 ヒュンケルの呼び掛けに対して、ポップはわざとらしいほど大きく毛布を撥ね上げ、それにすっぽりとくるまる。 「出て行け! おれァ、もう休むから出て行けよ。おまえが側にいると、眠れねえんだよッ」 「ヒュンケル。どうだった?」 階下の回廊でヒュンケルを待ち受けていたのは、この城で最も高貴な女性。 一国の王女をこんな場所で待たせてしまった非礼をまず詫びたが、レオナはそれを受けつけなかった。 「いいのよ、私が勝手に押しかけただけだから。それより――どうだった?」 部屋に辿り着くまでも待たず、声を低くして問うレオナに、ヒュンケルは首を左右に振るしか出来なかった。 「ご報告出来るようなことは、なにも……。ただ、ポップを怒らせてしまっただけでしたよ」 「そう。それは良かったわ」 さらりと、レオナが笑う。 「あなたなら、なんとかしてくれると思っていたの。期待通り――いえ、それ以上ね」 「姫……それは、いったい?」 あまりに平然とそう言われたせいで意味を掴めず、戸惑うヒュンケルに対してレオナはくすくすと笑った。 「あの部屋はね、王族専用の幽閉室でもあるんだけど、ポップ君ならその気になったらすぐにでも出られるの。いくら窓を鉄格子で覆っていようと、いくら微力な魔法を封じる効果があろうとも、彼の魔法なら壁を壊せるんだもの」 まあ、一応部屋から勝手にでないようにあれこれ釘を刺してはあるのだけれど、と、レオナは内緒めかせて囁いた。 「でも、ポップ君が今までおとなしくあそこにいた最大要因は、あなたよ、ヒュンケル。あなたがもうじきこの城に来ると教えたから、ポップ君は待っていたの」 「ポップがオレを?」 あの態度からはとてもそうは思えなくて、ヒュンケルは首を傾げてしまう。 「ええ、ずっと気にしていたもの。自分のかけた魔法の効き目が、ちゃんと続いているかどうか……何か、聞かれなかった?」 (……!) 思い当たる節が、ヒュンケルにはあった。 (自分の方がずっと具合が悪いだろうに……) そう思いつつも、多少なりとも込み上げるのは、くすぐったいような、そんな感情だった。 「ポップ君はね、私にもマトリフ師にも、アバン先生にさえ、一度も感情をむきだしになんかしなかったわ。自分は大丈夫だからって言い張るだけで、あのお調子者っぽいヘラヘラした笑顔で、ずっと笑ったりふざけたりして、ごまかし通してくれてたんだから」 ホントに困ったものよねえと愚痴っぽく言いながらも、レオナは上機嫌な様子だった。 「これが、いいきっかけになってくれるといいんだけど」 姫の独り言のような言葉に、ヒュンケルはどういっていいのか分からず、いつものように沈黙を以て答えとした――。
翌日。 「出発前に、挨拶に来ては悪いのか?」 常人ならばそれだけで身がすくむであろうラーハルトのぶっきらぼうな言葉にも、ポップはまるで動じない。 「悪くはないけど、らしくねえっつーの」 いつもの減らず口は健在だが、二人が部屋に入ってきてからベッドの上に身を起こしたポップは寝間着のままだった。 「言っておくけどな、起きれないほど具合が悪いわけじゃないぜ。ただ、休養中はちゃんと休むって、決めただけだ」 そこでいったん言葉を切り、ポップは自分に言い聞かせるようにきっぱりと言った。 「旅は、もうやめだ」 その言葉を吉兆と受け止めていいのか、ヒュンケルは少し迷う。 「ダイ様をお探しするのは、配下たるオレの当然の勤めだ。おまえの手を借りるまでもない。せいぜい、ここでのんびりとするんだな」 魔族の血を引き、極端に口のきつい彼は、自分の気持ちを素直に言える性格ではない。 ダイの捜索は自分に任せて、ポップは無理をせずに休むようにと……意訳すればそう言いたいのだろう。 「あんだよ、その言い方はっ!? のんびりなんかするわけないだろ。ただ、やり方を変えるだけだい!」 「やり方?」 思わず聞き返すと、ポップはむすっとした調子で言い返してくる。 「しゃくだけどよ、おまえの言うこと、一つだけ当たっているぜ。――おれには、見えている道があるんだ」 そう言ったポップの目が、一瞬遠くに投げかけられる。 「遠回りな道だ。進んでいるかどうか、分からないぐらいゆっくりとしか進めない。それに……これが正しいやり方かどうかも分からない。そんな道だから、選ぶのにためらいがあった」 独り言のように呟くポップの、その思惑まではヒュンケルには分からない。 「オレには、おまえが間違えた道を選ぶとは思えない」 思わず昨日と同じ言葉をかけると、ポップは挑発的にニヤリと笑う。 「いいよ。別に、おれが間違っていてもいいんだ」 自分では意識していなかったが、おそらくはものいいたげな顔になったヒュンケルに向かって、ポップは重ねて言った。 「だってよ、おれの考えが間違っているなら……ダイはおれの予想より早く、戻ってくる。そうじゃなかったとしても、おまえ達が旅のどこかで見つける。それなら、おれが間違ってたって構わねえよ」 ま、言うだけ無駄だと思うけど、おまえらもせいぜい気をつけて旅をしろよ、と最後まで憎まれ口を叩いて、ポップは別れのはなむけとばかりにヒラヒラと手を振って見せた――。 「おまえは、あいつが何をするつもりなのか聞いたのか?」 城を出てからずいぶん経ってから、突然投げかけられたラーハルトの質問に、ヒュンケルは首を横に振った。 「いや」 出発する際、レオナにも挨拶にして出てきたが、彼女からもポップの意図は聞けなかった。 その後、彼がどうするつもりなのかなど、さっぱりと分からない。 「だが……ダイを見つけるのは、やっぱりポップなような気がするな」 ダイに対して強烈な忠誠心を持ち、熱心に捜索をしているラーハルトには悪いが、ダイとポップの絆には特別なものがあった。 「奇遇だな。オレもそう思う」 意外な返事に、ヒュンケルは思わずラーハルトをまじまじと見返した。 「だが、あの魔法使いだけに任せて座して待つなどできん。オレは、オレのできるやり方で、ダイ様をお捜しする」 ポップは、自分が間違ってもいいと言った。ダイが見つかるならそれでいい、と。 この苦労が徒労に終わっても構わないから、ダイを捜したい――それは、ヒュンケルにとっても頷ける感情だった。 あの小さな勇者と魔法使いが、再び出会える未来を望みたい。 「ああ……そうだな。行こうか」 短く答えて、ヒュンケルもまた、自分の信じる道を目指して歩きだした――。
《後書き》
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