『洞窟に残されたもの ー前編ー』


 

「おれ一人で行くよ。最初から、そのつもりだったし」

 ポップのその言葉に、しかしダイは真顔で首を横に振った。

「ううん、おれも行くよ。それに、みんなも行くって言ってるよ」

 ポップ一人だと心配だし、それに何が起こるか分からないから、とダイは付け加える。その時、ポップはそれはいくらなんでも心配し過ぎだと笑い飛ばしたものだが――。

 

 


「うわぁああーーーっ?!」

 いきなりの悲鳴が響き渡る。
 確かに、こんなことが起こるだなんて、想定すらしていなかった。
 まさか――洞窟に踏み込んで一歩目の場所に罠が仕掛けてあろうとは。

 心構えもなく先頭を歩いていたポップの足元に、ロープが生き物のごとく巻きついたかと思ったら、次の瞬間、いきなり身体ごと床に吸い込まれた。
 それを見て、ダイが自分が落ちたかのような切迫した声で叫ぶ。

「ポ、ポップーッ?! ポップ、ポップーッ! 大丈夫っ?!」

「いちち……っ、これが大丈夫なように見えるのかよ?!」

 穴からやっと顔を覗かせて、ポップは不機嫌に叫ぶ。
 たかが落とし穴。
 されど落とし穴である。

 ここまで巧妙な落とし穴だと、脱出も容易じゃない。
 ちょうど、ポップの身長にあわせて計ったかのように、顔だけがやっとでる穴の深さ。
 しかも、人一人が落ちるのがやっとと言う妙に細い穴なため、自力で這い上がるのは非常に困難だ。

 実際、ポップも何度か外に出ようと身動きしたが、すぐに自力脱出を諦めたのか、両手を無理やり外に突き出した。

「おい、ダイ、手ェ引っ張ってくれ。ロープが邪魔で、飛べないんだ」

 飛翔呪文で浮こうにも、ポップを落とし穴に引きずり込んだロープは今の足に絡んだままで、どうしても飛べない。

 助けようと、ダイは慌ててポップの手を引っ張ったが、しばらく試行錯誤したあげくに白旗をあげた。

「ポップ、これ、無理だよ。掘った方がいいよ、絶対」

 どういう仕組みかは分からないが、ポップを落とし穴に引きずり込んだロープは、足に絡みついて取れないらしい。
 無理に引っ張るとポップが痛がるだけに、力任せに引きずりだすわけにもいかない。

 ポップにしても、自分の目で見えない上に、身体が穴の中に入った状態では、魔法でロープだけを始末するなんて器用な真似もできない。

「なんつー悪趣味な罠だよ、全く……!」

 ぼやくポップの傍らで、ヒュンケルはすでに鞘のままの剣で彼の周辺の穴を掘り始めていた。

 ダイもそれに習うが……二人の剣の作り手であるロン・ベルクがこれを見たらさぞかし怒るだろう。

「スコップか何か、あればいいんだけど」

 素手のマァムは、当惑の表情で周囲を見回していた。
 この洞窟内は、普通の洞窟と違って雑多な品が無造作に散らばっている。

 ――が、あまりにもあり過ぎていて、その中から必要な物をより出すのは返って苦労するような有様だった。

「無理無理、探すだけ無駄だって。ここって、なんでもある割にゃ、必要な物が必要な時に見つかった試しがないんだからよー」

 文句をいうポップに対して、レオナは持ち前のきびきびした調子で声を掛けた。

「あら、探しもする前から諦めるなんてあなたらしくないわよ? だいたいそれだけ凝った罠なんだから、解除する仕掛けとかあるんじゃない?」

 恐れげもなくつかつかと奥へと進むレオナの後を、メルルがおずおずと追っていく。

「あ、おい、姫さん、不用意に奥に行くなよ?! 罠に引っ掛かったらどうすんだよ?」

 実際にいの一番に罠に掛かったポップが言うと、説得力があるのやらないのやら。
 だが、レオナは怯む様子すら見せない。

「別にいいわよ。致命的な罠なんて、どうせないんでしょ? メルル、何か、分からないかしら?」

 レオナの問いに、黒髪の占い師は少し目を閉じてから、困ったように首を左右に振った。


「それが……ここには不思議な気配がありすぎて、よく分からないんです。ごめんなさい」
 

「ま、そんなことだろうとは思ったけど。えーと……あの壺なんか、『いかにも』って感じよね」

 白い指がすっと指したのは、洞窟の中央に置かれた一つの壺だった。
 無造作に放り出された他の品々が洞窟の一部であるかのように溶け込んでいるのに対して、その壺だけは浮いていた。

 どう見ても洞窟の中を歩くのに邪魔になる中央に置かれたその壺は、大人の腰程の大きさもある。

「あんなの、おれも初めて見るな」

 この中で一番、この洞窟に詳しいはずのポップが眉をしかめながらその壺を見やる。
 透き通るような白い地に、赤い色合いが複雑な文様を描いている。目まいを誘うような奇妙な文様は、明らかに魔法の気配をまとっていた。

「どんな仕掛けがあるか分からないし、迂闊に近づかない方がいいぜ……って、おぉいっ、姫さんっ?!」

 ポップの注意を聞き終わるよりも早く、レオナは悪戯っ子のように目を輝かせて壺を除き込んでいた。
 宝箱を見つけたら即開け、壺を見つければ除き込まずにはいられないタイプである。

「レッ、レオナッ、やめなさいよ?!」

 慌ててマァムがレオナを引き戻そうとするが――遅かった。
 彼女が壺に触れた途端、突如としてピンクがかった煙が撒き散らされる!

「きゃあっ?!」

「いやぁっ、なにこれっ?!」

 煙は現れた時と同様、唐突に薄れて消え去った。
 そして、その場にいた女の子三人が呆然と佇む姿だけが残った。

「レオナッ、大丈夫ッ?!」

 心配そうに声を掛けるダイに対して、レオナはくるんと振り返る。
 無事だったのかと一瞬、ホッとした野郎連中の前で、レオナは高らかに笑いだした。

「ほーっほっほっほ、私は、パプニカのじょおーなのですっ☆」

 両手を腰に当てて胸を反らし、どこかイッちゃった目で遠くを眺めやりながら、レオナは傲慢に高笑う。

「パンがないならケーキをお食べっ。ほっほっほっほ、一度言ってみたかったのーっ」

「――こ、混乱してやがる。メダパニの霧かよ、あれっ?!」

 落とし穴の中で、ポップは頭を抱え込む。
 話には聞いたことがある。
 人間が近付くと、様々な効果を持つ霧を噴出するタイプの罠があることを。

 大抵は石像の形をしているものだが、壺の形であっても効果は大差あるまい。
 高飛車に威張り散らし、まさに女王様のごとく高笑うレオナを見ながら、ダイはぽつんと感想を漏らした。

「……な、なんか、あんまり変わってないといえば、変わってない気がする〜」

 かなり失礼な感想である。
 正気のレオナが聞いたなら、間違いなく激怒しただろう。
 が、混乱状態のレオナの耳は、正しくダイの言葉が届かなかったらしい。

「ふっ、そうよ、あたしは薔薇……っ! 薔薇は気高く咲いて、美しく散るのよっ。なんて女王たる私に相応しい花なのかしらっ?!」

「いや、姫さん、まだ即位はしてないから女王じゃねえだろ」

 ついついどうでもいいことに突っ込んでしまったポップだが、正気の時でさえ彼の上手を行くお姫様は混乱してさらに無敵だった。

「をーほっほっほっほっ、文句があるならベルサイユにいらっしゃいっ? 」

「……ベルサイユって、どこ、ポップ?」

 素朴なダイの質問に、ポップは答える暇すらない。

「今はそれどころじゃないだろっ?! おいっ、マァム、メルルッ、姫さんをなんとか……」


 言いかけた言葉が途中で途切れたのは、目の前でメルルがその場に座り込んだからだ。 それが倒れるように、とか、崩れ込むようにという座り方だったら、焦りの方が強かっただろう。

 しかし、どこか余裕を感じさせる動きには、普段の彼女からは考えられないしながあった。足を大きく崩して斜めに座り込んだせいで、普段は長いスカートの下に慎ましく隠されている白いふくらはぎがあらわになる。

 そして、彼女は長い黒髪をさらりとその白い手でかきあげると、そのまま首の後ろのボタンを外そうとし始める。

「メッ、メルルーッ?! なにしてんだよぉおおーーっ?!」

 ついついポップは絶叫していた。
 嬉しいといえば嬉しい光景だが、さすがにこうまでも堂々と目の前でやられると焦りの方が先に立つ。

 しかし、混乱した彼女にはなんの焦りの色も見えない。
 むしろ、潤んだ瞳には歓喜にも似た色合いが浮かんでいるようにさえ見える。

「うふ……? 私、全てを、さらけ出したいんです」

 大胆極まりないその台詞は、普段は清楚な彼女とのギャップが激しいだけに、なおさらドキッとさせられる。

 装備を脱ぎ捨てたいとの欲求に狩られるのは、メダパニに掛かった時の典型的な症状の一つだが、よりによってと言いたい人にかかってかかるものだ。

 混乱しているせいで、上手く服が脱げないでいるのは、救いというべきか、残念というべきか。

「と、と、とにかく、メルルと姫さんを洞窟の外へ連れて行けよ、マァムッ。少し経てば混乱も解けるからっ! ……って、マァム?」

 いまだに立ちすくんだままのマァムに対して、嫌な予感が込み上げる。
 ポップの勘は正しかった。

 次の瞬間、マァムは奇声をあげていきなりその場の地面に拳を打ちつけた!
 途端に、その場に大きな穴がぽっこりと空く。

「わーっ?! マァムも混乱してるよっ、どうしよう、ポップ?!」

「そんなの、おれが知るかぁああっ!!」

 騒ぐダイとポップの目の前で、混乱しまくったままのマァムは、会心の一撃を連発しまくりだした。

「ミ、ミミックがっ、なんでミミックがこんなにたくさんいるのっ?!」

 混乱した彼女の目には、いったい何が写っているのやら。
 床だけでなく、マァムの攻撃は周囲全般に及んでいる。頭は混乱していても身体はきっちりと動くらしく、その攻撃は容赦なく周囲のものを粉砕していった。

 洞窟の隅に置かれた古ぼけたベッドが、壁に張られた世界地図が、天井から下げられた日干しされたオオトカゲの死骸が、次々と木っ端みじんになっていく。
 それを見て、ポップが今までで最大級の悲鳴を上げた。

「あぁーっ、こんままじゃ洞窟ごとマァムに壊されるぞっ?! おいっ、ダイッ、ヒュンケル、マァムを止めてくれっ」

 高笑うレオナや、ストリップ一歩手前でもたもたしているメルルを差し置いて、ポップは最優先でマァムを止めようとする。

「うっ、うんっ」

 その意志を汲み取ったのか、ダイは剣を投げ出してマァムの方へと駆け出した。
 だが、武闘家特有の動きの素早さを持つ彼女を、ケガさせないように止めるともなれば、いくらダイとてそうそう上手くできるものじゃない。

 身動きできないポップは焦るが、この状態では援護魔法すらろくに放てない。
 なにより、ポップはここで魔法を使う気なんてなかった。

「わーんっ、マァムッ、これ以上壊さないでよっ」

「これもミミック! これもねっ?! ああっ、なんでこう、ミミックばっかりいるのよーっ?!」

 追いかけっこを始めたダイとマァムを歯がみしたい思いで眺めつつ、ポップは近くにいる兄弟子を急かす。

「早く、とめねえとっ。おいっ、ヒュンケル、おめえも早くマァムをなんとかしろよ、二人がかりなら押えられるだろっ?!」

 怒鳴った後で、ポップは口を噤んだ。
 本日、何度目かになるか分からない嫌な予感は的中した。

 剣を取り落としたヒュンケルはガクリとその場に膝を突き、わなわなと震えながら述懐を始めていた。

「オレは……罪深い男だ。いくら償おうとしても、償いきれるものじゃない……」

「をぉおおおおいっ、おまえもかっ?!」

 絶望の叫びを上げるポップを無視して、ヒュンケルは洞窟の隅に置いてある石像の前に座り込む。
 確か、あれは遥かの東方の国の古代石像の一つだとポップは記憶している。

 特殊な効果などないただの石像だが、その国では子供の守り神としてよく道に飾られていたものなのだと。

 ただ線を引いただけに見える素朴な顔の石像に向かって、ヒュンケルは切々と語りかけ始めた。

「そこの御仁、オレの懺悔を聞いてくれるのか?」

「この馬鹿野郎っ、こんなクソ忙しい時に、のんびり懺悔なんか始めてんじゃねえぇえっ?!」

 しかし、暗い過去では勇者一行でぶっちぎり単独一番を独占している不幸な戦士は、語るべき過去に関しては山程あった。

 不幸な幼少時代に始まって、アバンとの旅の合間のエピソードに、ミストバーンに育てられた修行時代。

 ダイ達と出会ってからだって、後悔すべきことは腐る程ある。
 もの言わぬ石像は、絶好の聞き手だった。

「な、なにやってんだよ、てめえっ。今のおれにマァムをとめろっつーのかよっ?! 冗談じゃないぞっ、普段は無口なくせに、なんだってこんな時に限って、語りまくってんだ、てめーわっ?!」

 ポップの抗議も何のその、ヒュンケルはどこまでも真剣に、沈痛な面持ちで石像に向かって訴えていた。

 アバンとの旅の最中で、初めて誕生日を祝ってもらった動揺のあまり、つい大地断を放ってしまったなどという、微笑ましいんだかなんだかよく分からない話である。

 余裕がある時ならば聞くのも面白そうなエピソードではあるが、いかんせん今はそれどころではない。

「あ、またミミック……っ、もうっ、レオナ、迂闊に宝箱を開けないでよねっ!」

 そう叫びながら、マァムの身体が空を舞った。
 重力を無視したかのような動きで空中で身軽に姿勢を整えたマァムは、矢のような勢いで一撃を食らわす。

「はああっ!!」

 マァムの蹴りが、ヒュンケルの前にあった石像をものの見事に粉砕した。

「ああっ、オレが懺悔などしたために、なんてことだ……っ」

 イヤ、違うと思いマス。
 ほぼ棒読みに、ポップは心の奥底でそう突っ込んだ。

 しかし、ヒュンケルはまるで身内を失ったかのようの悲しみの表情を浮かべ、粉々に壊れきった石の塊を手に取った。

「くっ、やはりオレは他人を不幸にしかできんのか……!」

 イヤ、だから人じゃないって、ソレ。
 もはや口にだして突っ込む気力もなくなったポップの目の前で、再びピンクの霧が吹き出された。

 咄嗟にポップは俯いて口を押さえる。
 この手の魔術的な霧は空気より軽いため、上の方に流れる性質がある。あまり肺活量のないポップでも、我慢できるぐらい短い時間で消えていった。

(しかし、まずいな。一回きりじゃなくって、連続タイプかよ)

 霧を噴出するタイプの罠は、一度っきりのものと、そのフロアにいる限り何度となく永続的に発動するものの、二種類に別れる。

 より厄介なのは後者の方だが、今、目の前に置かれた壺はまさにそのタイプだったようだ。
 それを止めようと思うのなら、罠の源を破壊するしかない。

 できるならこの洞窟に置いてあるものは何一つ壊したくはなかったが――ますます混乱している仲間達を見て、ポップは溜め息をついた。

「もう、ダイ、こうなったらおまえだけが頼りだ、この際、構わねえからあの壺をぶっこわして――え?」

 マァムを追いかけ回していたはずのダイは、いまや動きを止めてボウッと佇んでいた。どこか空ろな目で、洞窟の中をゆっくりと見回している。

「ポップ……? わあっ、ポップがいっぱいいるーっ」

「ダッ、ダイーーっ?! てめえもかよっ」

 と、叫ぶ本物のポップを無視して、ダイはマァムやレオナ、メルルの方をおたおたと見ていた。

「ど、どうしたんだよ、ポップ? わぁああっ、暴れているポップも、ちょっと女王様なポップも、積極的なポップも、落ち着いてっ」

(しかも、なんの幻を見てやがるんだ、こいつわっ?!)

 敵も味方も区別なく、誰かの幻影を見るのもメダパニの典型症状の一つとはいえ、よりによって自分の幻を見ているのかと思うと、なんとなく落ち着かない。

 今の女の子達の突飛な行動が、自分のものだと思われているだなんてどうにも屈辱的だが、あいにくと混乱を覚ますような呪文などない。

 殴って正気に戻そうにも、ポップ程度の力ではレオナやメルルを除くメンバーにダメージを与えるのは難しい。
 そもそも、今の身動きできない状態では手すら届かない。

 弱い全体攻撃魔法でもかけたろうかとも思うのだが、洞窟のような密閉状態の中では手加減するのも難しい。
 ましてや、この洞窟には魔法のかかった品だけでなく、火薬まで置いてあるのだ。

 下手に誘爆したらと思うと、手を出しあぐねてしまう。
 だが、ポップが迷っている間にも、壺は一定の時間ごとにピンクの霧を噴出し、仲間達の混乱をより一層深めていく。

 みんなより低い位置にいるポップは今のところ無事だが、このままなら彼が混乱するのも時間の問題だろう。

(洞窟が壊されるのと、どっちが早いかなあ)

 もの凄い勢いで会心の一撃を連発し続けるマァムを見つめながら、ポップはなんとかできないものかと一縷の望みをかけて声をはりあげた。

「おいっ、マァムッ! ミミックなんか放っておけよっ、別にそこまでするこたぁないだろっ?!」

 普段のマァムなら、たとえ相手が怪物であろうとも、もっと慈悲深い。
 攻撃もしてこない相手に、先手攻撃をしかけまくるなんて真似は、到底やりはしない。 ミミックは、物体に偽装している間は完全に行動を停止するタイプの怪物だ。

 放っておけばそれで済む相手のはずなのに、いくら混乱しているとはいえここまで執拗に攻撃をしかけるなんて、らしくない。
 しかし、マァムは手を休めようとはしなかった。

「ダメよっ、ミミックは全部、壊さないとっ。じゃないと……っ、じゃないと騙されちゃうもの!」

 長年使い込んだ揺り椅子を木っ端微塵に粉砕しながら、マァムは堅く拳を握りしめる。 混乱したままの彼女は、感情を抑制するタガが外れてしまったのだろう。
 今にも泣き出しそうな、子供のような顔をしていた。

「だって……っ、私、分からないんだもの。偽物と本物、区別なんてつかない。たとえ、本当じゃなくったって、本当っぽく振る舞われたら、見分けなんてつかないんだもの!」


「――?!」

 その言葉に、ポップはドキリとせずにはいられない。
 彼女が言っているのは、本当に『ミミック』に対する不満なのだろうか? 
 動揺のあまりつい黙り込んだポップの耳に、レオナの変わらぬ高笑いが響き渡る。

「ほーっほっほっ、その書類は明日までに仕上げといてね! それとベンガーナの要人が頼みもしないのにどっちゃり面会に来ているから、対応よろしくね。あ、世界会議で行うスピーチの草案もついでにお願い。そうそう、それから久しぶりにポップ君の作ったケーキでも食べたいわぁ、お茶の時間までに作っておいてね」

「待てっ?! いつの間にか、全部おれへの要求になってるじゃないかっ?! いくらなんでもワガママ過ぎるぞっ」

 実際に今やれと言われたわけじゃないとは言え、やたらと詰め込まれた過密スケジュールにポップは思わず言い返していた。
 と、レオナは決して豊かとは言えない胸を大きく反らし、ビシッと指差して決めつける。


「なによお?! これがワガママだって分かってるんなら、ちゃんと言い返しなさいよ!」


「……いや、おれ、そっちじゃねえよ、姫さん」

 混乱しているから無理もないとはいえ、レオナが文句をつけているのはポップ本人ではなく、天井から吊り下げられている薬草の束に対してだった。

 雑に括ってあるせいで、パッと見た目が呪いの藁人形じみて見えるその薬草を、どう自分と見間違えたのか聞いてみたい気もするが、今は別に言いたいことがあった。

「それにちゃんともなにも、おれ、いつも文句を言い返してるだろうが」

 自分でも自覚はあるが、ポップは口の悪い方だし遠慮をするタチでもない。
 一国のお姫様が相手でも、文句を言うべき時はきっちり言い返している。

 それだけに、その態度が不敬だと怒られるのなら分かるが、ちゃんと言えと言われるのは解せなかった。

「文句はいいのよ、文句は!! でも、ポップ君って文句を言う割には、結局はあたしのワガママもダイ君のワガママも聞いてくれちゃうじゃない! その癖、自分は本気のワガママは言わないなんて……フェアじゃないわよ、そんなの! これじゃあ、単にあたしってワガママ言ってるだけの高飛車娘じゃないのよっ」

 イッてしまった目を据わらせ、本格的に文句を言い始めるレオナを、ポップは唖然として見るばかりだった――。
                                                                                      《続く》
 

後編に進む
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system