『秘めておくべきこと ー前編ー』 


 

「……で、ぶっちゃけた結論として、このベンガーナとの国境付近にある洞窟は、再調査の必要があるってことだな…ゲホッ、ケホッ…」

 横を向いて何度か咳き込んでから、ポップは手にした書類をレオナの前に差し出した。


「浅い部分にはお約束のスライムとかがいるだけだからいいんだけどよ。足跡や痕跡から見て、奥の方にはゴーレム系の怪物がいる可能性が高い。狭い洞窟だし、高いレベルを持つ戦士による単独、もしくは少人数による調査が有効だと思うんだ」

 そう言いながら、ポップは同意を求めるように、隣にいるヒュンケルの方を見る。
 この書類を提出した当事者として同席している無口な近衛隊隊長は、わずかに頷くことで自分の意向を宮廷魔道士とパプニカ王女に伝えた。

「なるほどね。誰を派遣しようかしら?」

 書類を手に、パプニカ王国の最高実力者の少女は人事に頭を悩ませる。だが、候補者の名前を口にしたのは、ポップだった。

「おれはダイが適任だと思う」

「ダイに?」

 訝しげに、ヒュンケルが聞き返す。
 確かに、高いレベルの戦士というのなら、彼以上の適任者はいないだろう。なにしろ、この世を救った勇者なのだから。

 だが、ダイの力ははっきりいって、規格外すぎる。あまりに強すぎる力を持つダイに任せるには、この仕事はあまりにも平凡なものだ。
 その疑問を感じ取ったのか、ポップは迷いのない口調で説明を添えた。

「10の力しかない者に、10の力量を試される仕事を与える……理想は、それだとおれも思うぜ。だけどよ、100の力を持つ者に、過不足なく10の力量を発揮するのを覚えさせるのも、悪い話じゃないだろ? 力押しだけがやり方じゃないんだ」

 この洞窟の探索は怪物退治が主眼ではなく、両国友好を前面に押し出した調査隊を送るのこそが目的なのだからなおさらだと、ポップはもう一度繰り返す。

「それに……ダイの奴も仕事をしたがっているしな。そろそろ居候ってだけじゃなく、役目や責任を与えてやったっていいだろ? 一人で心配だって言うなら、三賢者か誰かにお目付け役でもつけりゃいいし」

「そうねぇ……」

 美しい顎に指を添え、レオナは考えるように小首を傾げる。
 だが、実はそれははっきりいって見せかけのポーズにすぎない。内心は……乗り気満々といって良かった。

 ダイの立場が、パプニカ城の居候にすぎない点は、実はレオナもずっと前から気にしている。

 もちろん勇者として遇されているし、レオナの婚約者候補ではあるのだが、ポップやヒュンケルのように正式な役職名や仕事はないのだ。

 戦いが終わってみれば、一般常識に疎くて読み書きすら出来ない勇者は――きつい表現でいうならば『役立たず』もいいところだ。

 ダイ本人はポップやレオナの手伝いをしたいと言ったが……それはそれで、心から嬉しいしありがたい意見ではあるのだが、二人とも素直に喜べなかった。

 幼い頃から帝王学を学んできたレオナや、優れた頭脳を持ち洞察力に長けたポップは、年は若くても政治家として一流以上の働きができる。

 が――礼儀作法どころか常識すら知らず、字すら読めない勇者に、何を期待できると言うのだろう?

 かといって、ポップやレオナの書く書類を集めたり運んだり、お茶の用意をしたりなど、文字通りのお手伝いをしてもらっているのも、いかがなものか。

 世界を救った勇者がパシリとして使われているだなんて、情けなくてとても世間には言えやしない。……ダイ本人は、結構嬉しそうな上になんの不満もなさそうだとしても。

 ダイの居場所を作ってあげるためにも、彼に相応しい仕事を用意したいと前々からレオナも頭を痛めてはいたのだ。

(これなら、申し分ないじゃない! さすがはポップ君よね、小細工を思いつかせたら天下一品だわ? )

 世界最強の勇者を、パプニカ王国の国益のためだけに諸問題解決のために派遣させるのは、あまり賢いやり方とは言えない。

 たとえ魔物や怪物を退治するためであろうとも、人間離れした強さを誇る勇者を、パプニカ王国の思惑で動かせると知らしめるのは、他国への威嚇になりかねないからだ。
 だが、パプニカ王国のためでなければ、問題は薄らぐ。

 世界にはまだまだ怪物や、危険な仕掛けに満ちた古代よりの遺跡が溢れている。
 友好国から依頼により、それらの調査をする際に勇者を貸し出すのなら……それは両者にとって益の多い取引だ。

 他国にしてみても、勇者との交流を持つのは悪い話ではないはずだし、ダイにしてみても『冒険』が嫌なはずがない。以前、ダイの故郷のデルムリン島を冒険気分で一緒に探索した時のことを思い出しながら、レオナは密かに頭を悩ませる。

 問題なのは、いかにして三賢者ではなく自分がついていくのを周囲に認めさせるか、だ。 最近は、情勢にずいぶんとゆとりができた。

 パプニカ王国の復興も順調だし、各国との関係も良好だ。
 一番懸念していた『人間ではない』勇者が世界に受け入れられるかという問題も、予想以上に順調だ。

 最初は戸惑いがちだったダイも、パプニカ城での生活にだいぶ慣れてきたようで、馴染んでいる。久々にお忍びでも楽しもうと、執務の時以上に熱心に思案を巡らせていたレオナだが、またも耳障りな咳が響きわたった。

「あ、悪イ、姫さ……ゴホホ…ゲホッ」

 レオナの視線に気付いたポップが謝罪はするが、抑えようとしても咳は止まらないらしい。
 喉に絡むような重苦しい咳は、本人以上に聞く者を心配させる。

「ちょっとポップ君、大丈夫なの? 調子が悪いなら、無理しないでちゃんと休んだ方がいいわよ」

「いんや、ちょっと風邪気味なだけだって。咳は出るけど熱はないし、休む程じゃないよ。第一、今はそんな暇ねえし」

 そう言われると、彼の直属の上司であるレオナも強くは言えなくなる。
 なにせ、ポップに大量の仕事を押しつけている大本は、レオナ本人なのだから。

「んじゃ、おれからの報告は以上だな。他に用がないなら、もう行くよ」

 よいしょと年よりじみた掛け声をかけて書類の束を抱えあげると、ポップはレオナの執務室から出ようとした。
 だが……書類を抱え直そうとした身体が、変にぐらりと傾く。

 それを支えようと壁に手を突いたものの、ポップの手は自分の体重さえ支えきれなかった。
 片手では持ちきれなかった書類がパラパラ落ちる中、ポップ自身の身体もそれを追った。
 壁に手を突いたまま、ポップは崩れ込むようにその場にへたりこんだ。
 まるで、糸の切れた操り人形のように。

(え……?)

 いつか見た悪夢のような光景に、レオナは愕然として動けない。
 壁に寄りかかって座り込んだままのポップは、動かなかった。もたれかかれる壁がなければ、倒れていただろうと確信できる程、その後ろ姿は頼りない。

「ポップ?!」

 呆然とするレオナよりも、ヒュンケルの方が早かった。

「ポップ、どうした? しっかりしろ!」

 ポップの真正面に回り込み、肩を抑えながら軽く揺さぶる。
 だが、反応するどころか、ガクガクと揺さぶられるままになっているポップの様子を見て、彼は手を止めた。

「ポップ君、どうしたのっ?!」

 やっとレオナが駆けつけると、少し間を置いたとは言え、ポップは曖昧な笑みを返す。


「あ…いや、へーきだよ。ちょっと、くらっとしただけだ」

 それが彼一流の、心配をかけまいとする軽口だと分かっていながら、レオナは受け流す余裕もなく痛烈に指摘する。

「嘘おっしゃい!! 平気っていう顔色じゃないわよっ?!」

 元々ポップは男の癖に色白気味で、健康的に日焼けしているという色合いとは程遠い。だが、今の顔色は、色白を通り越して蒼白となっている。
 少しぼんやりして見えるのは、目の焦点が合っていないせいだ。

 ヒュンケルの手がポップの額に置かれる。
 一見無表情に見えるヒュンケルの顔が、しかめられたのが見えた。

「……勝手に人に触んなよ〜」

 力なくヒュンケルの手を振り払い、ポップは立ち上がろうとするが、それだけの力が無いのかへなへなとまた座り込む。

「姫、御前を失礼してよいでしょうか。ポップを医務室に連れていきたいのですが……」


 こんな時でさえ礼儀正しく、律義に許可を取ろうとするヒュンケルを、レオナはキッと睨みつけた。

「ダメよ、そんなの許可できないわ!」

 強い口調に、ヒュンケルがわずかに眉を寄せる。
 だが、彼が抗議を訴えるよりも早く、レオナは強く言い切った。

「ポップ君は倒れたばかりなのよ? すぐに動かせるわけ、ないじゃない! 今から侍医を呼んでくるから、二人はここにいて」

 それに異議を唱えたのは、ポップ本人だった。

「い、いいって、んな大袈裟な。それにおれ、別に倒れてなんかないだろ? ただの立ち眩みなんだ、少し休んでたらよくなるからよ」

「いいわけないでしょ、バカ言わないでよ?! ポップ君、鏡でも見てみなさいよ、ここにもしダイ君がいれば『大王イカ』呼ばわりするような顔色なのよっ」

「……ダイがいたら、お姫様なのにはしたいないって言うとこだぜ…」

 小声ながらもしっかりと皮肉を言い返すポップだが、彼女はそれを無視してヒュンケルに向き直った。

「ヒュンケル、ポップ君をそこのソファーにでも寝かせてやってちょうだい! ポップ君、くれぐれも言っておくけど、私が戻ってくるまで動かないでよ!」

 てきぱきと男達に指示を出すと、レオナは侍女を呼ぶ間も惜しいとばかりにドレスの裾を翻しながら部屋を走り出る。
 回廊を走りながら、レオナは心臓の辺りが苦しくなるのを感じていた。

 それは明らかに、走っている以外の理由によるものだ。
 これは――以前、よくあった光景の再現。
 勇者が行方不明になった直後……そして、勇者が戻ってくる寸前辺りに。

 ダイを探すために無茶を繰り返していたポップは、何度も倒れた。レオナが知っているだけでも、数度。

 誰の目の届かないところでは何度あったやら……それを知っているのは、ポップだけだろう。
 もっともいくら聞いたところで、彼が素直に口を割るとは思えないが。

 それでもポップはずっと大丈夫だと言い続けていたし、結局はその無理を最後まで押し通した。もちろん、そうしなければダイを見つけられなかったのは確かであり、非難ばかりする訳にはいかない。

 それに、結果的にはポップの言う通りの結末になった。
 ダイは無事に戻ってきたし、ポップも致命的な損傷を負う前に『無茶』をやめたのだから。

 ダイが戻ってきてから、ポップの体調は見違える程に落ち着いた。
 旅に出なくなったせいもあり、魔法を使う機会が格段に減ったのがよかったのだろう。
 魔界から戻ってきた直後に寝込んだのを最後に、マトリフもアバンも日常生活を送る分にはなんの支障もないと保証した。
 実際、あれからポップが倒れたことなどない。

(それに、安心し過ぎていたのかもしれない……)

 突き刺すような後悔が、胸を刺す。
 ダイが帰還した後、ポップはずっとパプニカにとどまっている。

 別にパプニカ国民でもない上に、各国から有利な条件で正式な士官を請われていたポップが、あえてこの国を選んだ理由をレオナは知っていた。

 ダイのために、そしておそらくは今まで手助けできなかった分の埋め合わせをするつもりで、ポップはレオナの補佐をし続けてくれた。
 ポップの働きぶりは見事なもので、レオナの負担を大きく減らしてくれた。

 柔軟な発想力を持ち、野心を全く持たないポップはこれ以上ないほど信頼の置ける補佐役となった。

 何を任せても期待以上の成果を見せてくれるポップの仕事量は、徐々に増えていった。 気さくで頼まれ事をあっさりと受け入れるポップを、頼る人間は多い。
 今や、三賢者でさえポップの意見を重視して、指示を仰ぐぐらいだ。

 ポップのおかげで、レオナの重荷は半減し余裕が生まれた。
 それがあまりにも嬉しかったから……気がつかなかった。

 レオナの重荷が軽減した分、ポップにいかに負担がかかり、彼が密かに無理をしていたか――考えもしなかった。

(ごめんなさい、ポップ君……!)

 心の底からそう思いながら、レオナは侍医のいる区域に向かって走っていった――。

 

 

 

「あのさー、治療中ぐらい、席を外すもんじゃねえ?」

 いかにも不満そうに、ポップはボヤく。
 侍医を連れ戻ってきた時には、ポップはもういつもの彼に戻っていた。

 顔色も復活し、もうなんともないからと仕事に戻ると言ってヒュンケルと揉めているところで、その様子を見て少なからずホッとした。
 が、今のレオナはその安堵感にごまかされるつもりなど、毛頭ない。

 ポップはある意味、とんでもない嘘つきだ。
 どんな時でも軽口を叩く彼は、自分の体調の悪さを口先一つでごまかして周囲を煙に巻きかねないのだから。

 病人が相手にさすがに酷ではないかと侍医が止める程に厳しく叱りつけ、ちゃんと治療を受けなさいと国王権限を振りかざしてまで厳命すると、さすがのポップも観念したらしい。

 が、じっと自分を見ているレオナとヒュンケルが側にいるのを気にしているのか、なかなか侍医の指示通りに従わない。

 もちろんレオナとて淑女の礼法を身につけた王女として、また、単なる年頃の娘として、こんな状況では辞去するだろう、普通ならば。
 が、相手がポップだというのが、彼女の辞書から遠慮という文字を奪う。

「いいじゃない、別に邪魔をするわけでなし。全部脱ぐわけでもないんだし、見たって減るわけでもないでしょ? 汚れなき乙女みたいに騒がないでよ」

「ちぇっ、セクハラだぜ、姫さん……」

 肩を竦めてそういったものの、諦めたのかポップは医者の指示通り上着の前を開けて診察を受け入れる。

 言うだけ無駄だと観念しているのか、兄弟子に対しては最初から文句を言いもしない。 下心とは全く違う感情から、上半身をはだけるポップに視線が集中する。

(また、痩せたみたいね)

 普段は重ね着をしているから目立たないが、服を脱ぐと線の細い体付きが隠しようもなく露になる。

(エイミに言いつけて、食事を特別メニューにでも変更させようかしら。ああ、でも侍医の診療結果次第で内容が変わるわよね)

 苦々しい思いでポップの治療計画を考え出すレオナの前で、彼女が生まれるずっと前、先王の時代から仕えている侍医は厳めしい顔つきで、慎重にポップを診察していく。

「過労ですな。少し貧血気味ですし、風邪も併発しています」

「ほら、たいしたことないじゃないか。二人とも、ちょっと大袈裟なんだよ」

 ここぞとばかりにポップが胸を張るが、侍医はただでさえ厳めしい顔をますますしかめて彼に注意を促す。

「いや、充分にたいしたことですとも。本来ならば、君ぐらいの年齢で過労になること事態、由々しき問題なのですからな。睡眠が足りていないように見えますが、ちゃんと夜は休んでいますか?」

「う、うんっ、そりゃあ、もちろん、だよ」

 いささか信憑性に欠けるポップのその返事を、レオナとヒュンケルは共に苦い顔で聞いていた。

「それに、……喉がずいぶんと荒れていますね。身体の免疫力もだいぶ落ちている様ですし、無理をせず、ゆっくりと休養を取ることをお薦めしますな」

 

 

 

「休養なんて必要ないって、さっきはちょっとふらついたけど、もう全然平気だし。薬も飲んだし、もう、仕事に戻れるよ」

 侍医がいなくなった途端、早速起きあがろうとするポップの前に、ずいっと立ちはだかったのはレオナだった。

「――三つよ」

 花の顔容(かんばせ)に完璧な笑顔を浮かべたまま、レオナは三本立てた指をポップの前に突きつける。

「君に、選択肢を三つあげるわ。1、担架で運ばれて強制的に自室まで戻って休むか。2、自主的に自室まで戻って休むか」

「それ、どっちも結果は変わりがないじゃねえかっ」

 つい全力でツッコんだせいで咳き込み、それでもポップは気になるのか聞いてみる。

「……ちなみに3は?」

「ああら、聞きたい? どうせ君が選ばないと思って、情けで言わないでおいてあげたんだけど? 3、ヒュンケルにお姫様抱っこされて自室まで戻って休む、よ」

「げ……っ」

 露骨に嫌な顔をするポップに、レオナはよりいっそうの笑顔のまま答えを迫る。

「さ、早く選んだ方がいいわよ、ポップ君。じゃないと強制的に3番にしちゃうから」

「……」

 今になってから、ポップは気づく。
 笑顔とは裏腹に、レオナの目は全然笑ってなどいない事実に。ひしひしと感じる無言の圧力に押し負けて、ポップは幾分かマシな方を選択した。

「…………2番にしときます」

「賢明ね。しばらく、食事も部屋に運ばせるように手続きを取るから、ちゃんと侍医の言いつけ通りに安静にしてちょうだいね」

「えー?! 冗談じゃないよ、あんな部屋に籠りっきりじゃ息が詰まっちまうって! 飯ぐらい、食堂で食べたって……」

「3番がご希望?」


 その言葉で、ポップの文句は完全に封殺される。溜め息をつき、ポップは渋々頷きはしたものの交換条件のように言い出した。

「分かったよ。けどさ……ダイには、このこと、内緒にしといてくれよ」

「無理だと思うわ、それ」

 考えもせず、レオナは即座に返事を返した。
 まだこれといった身分がなく、仕事も持っていないダイは、自由になる時間は結構ある。その時間のほとんどを、ダイはポップの元に押しかけて過ごしている。

 だいたい、食事や休憩のお茶の時間まで一緒に過ごしているという家族も同然の仲なのだ、それなのにポップの不調を隠し通せるわけがない。
 だが、ポップは本気のようだった。

「さっきの話、早めればいいじゃないか。今日、すぐにダイを出発させればいい。あいつが戻ってくる頃までには、こんな風邪なんか治ってるだろうし、そうすればバレやしないって」

「……」

 眉を潜めて、レオナは考え込む。
 それは、その案が実行できるかどうかを考えていたからじゃない。
 ポップが言った通り、それは充分に有効な方法だし、その気になれば即座に実行できる。


 悩んだのは――ダイに、この件を秘めておくべきかどうかについてだ。
 ダイに余計な心配をかけたくないという点では、レオナも同感だ。
 だが、それは本当に『余計な』心配だろうか?

 大切だと思う人の不調を知らないままでいるのが、本当に良いことなのか――?
 悩むレオナに対して、ポップは強く訴えかける。

「頼むよ、姫さん。あいつに、変な気を使わせたくないんだよ。あいつ、根が真面目で責任感強いからさ……おれが調子悪いなんて知ったら、自分のせいだなんてバカなこと考えるかもしんないだろ?」

 それは、ひどくありえそうな話に思えた。
 禁呪の使用のせいでポップが体調を崩したのはバーン戦の最中からだったらしいが、当時はさほどひどくはなかったし、なによりポップは自分の不調を隠していた。

 幸か不幸か、戦いが終わると同時に行方不明になったダイは、それを知る機会はなかったはずだ。

 さらに、ダイを捜索する際に無茶を繰り返したせいでポップの体調が大幅に悪化した事実も、彼は知らない。
 だが、もし知ってしまったら――思ってしまうのではないだろうか。

 自分のせいで、ポップが身体を壊したのだ、と。
 ダイが苦悩する姿は、レオナとて見たくもなかった。

「あいつのせいなんかじゃないんだからさ、絶対に教えないでくれよ」

 強く念を押され、レオナは彼女にしては珍しく、押し切られる形で頷いた。

「……分かったわ。でも、その代わりちゃんと休んでちょうだいね、ポップ君」

 

 

 

 ああ、これは、罰なんだ――レオナは真っ先にそう思ってしまった。
 きっと、真実を打ち明けることなく、秘めておいたことに対する罰。

(だって、そうでもなければ……こんなのって、有り得ないわ……っ!)

 そうでもなければ、ダイがこんな風に変わってしまうなんて有り得ない。
 それは、決してあって欲しくはなかった変化。
 外見が変わったわけじゃない。

 だが、レオナの呼び掛けに返事すらせず、ただ億劫そうに首だけで振り返ったダイのその表情が、レオナを恐怖のどん底へと叩き込む。
 少年の姿をしてはいても、それは普通の少年とは程遠かった。

 冷めきった目で人間をゴミのように見下し、冷静さの中に抑えた殺気を撒き散らす、人の姿をした魔神。

 初めて会った時の、ダイの父、バランを想起させる姿。完全なる姿を取った竜魔人を思わせる雰囲気をまとった勇者を見て、レオナは恐れと共に混乱を味あわずにはいられなかった。

 さっきまでは、こうではなかった。
 さっきまでは、ダイはいつものダイであり、みんなの勇者のままだったのに――。
                                   《続く》
 
 

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