『勇者だった少年ー後編ー』 |
「……戻ってこないみたいだな」 誰が、とは言わないジャンクのその言葉に、ロン・ベルクは槌をふるう手を止めないまま答えた。 「あの坊やの好きにすればいいことだ。オレには関係がない」 表情一つ変えずにそう言ってのける魔族の友人に対して、ジャンクはいささかからかうように言った。 「寂しくなるんじゃないのか?」 「別に。今まで通りに戻るだけだ。おまえこそ、息子が戻ってこなくてがっかりしたんじゃないのか?」 「まさか。あんなろくでなしの馬鹿息子、戻ってこない方がせいせいするね」 互いのからかいに対して、ニヤリと笑みを浮かべ合った後、ジャンクはよっこいしょと腰を上げた。 「じゃあ、オレはそろそろ家に帰るぜ。気楽な独り身になったおまえさんと違って、うちにはまだ女房ってうるさい奴がいるもんでね」 「はん、これはとんだ惚気を聞かされたものだ。ああ、さっさと恋女房の元に帰ってやることだな」 「ばっ、馬鹿、何言ってやがるっ?!」 軽いからかいに対して、やや顔を赤らめて言い返すあたりが、ジャンクの中年男とも思えない純情さというものか。 一通り鉄を打ち、再び鉄の塊を炉に戻すと、静寂さは重苦しいまでに小屋を包み込む。それを破ったのは、ロン・ベルクの一言だった。 「――いつまで、そんな所で突っ立っている気だ? 用があるなら、さっさと言ったらどうだ」 ギィと扉をきしませる音がしたかと思うと、その後ろからノヴァが姿を現した。 「一区切りがつくまで、待っていたんです。大切なお話があるので……今、よろしいでしょうか?」 「ああ」 気楽に返事をするロン・ベルクに対して、ノヴァはきちんと姿勢を正し、どこまでも生真面目に話を切り出した。 「ボクは、あなたに受けた恩を返すために、ここにいるのが正しい道だと思っていました。いえ……そう思いたかったんです」 最後の戦いが終わった後、ノヴァが故郷を離れる際には少しばかりごたごたがあった。 戦いが終わったからといって、即平和が訪れるわけではない。まだ戦後の混乱が残り、復興に力を注ぐためには多くの人の力が必要だ。 そのために、『北の勇者』を欲する者は多かった。 本物の勇者であるダイと比べれば、自分がいかに未熟なのか……ノヴァには痛い程によく分かっている。 それなのに、勇者ダイが行方不明になった今、北の勇者として復興に手を貸すなんて、実際に戦いもしなかったくせに手柄を横取りしているようで、矜持が許さなかった。 そんな浅ましい真似をするよりも、自分達のために腕を壊したロン・ベルクの手助けをする方が、ずっと正しいと思えた。 「でも、違った……。あなたには、ボクの手助けなんて必要ないんですね」 声に苦痛が混じるのは、どうしようもない。 ましてや、ポップの魔法で腕が回復した今となっては、ノヴァがロン・ベルクを手助け出来ることなんてない。 もう、彼の代わりを努めなければならないなんて大義名分は、失われた。 「前からずっと迷っていたんですが、やっと決心がつきました。ボクは――リンガイアに戻ります。故郷の復興のために、手を貸したいんです」 今となっては、ノヴァは自分を本物の勇者だと言い切る自信などない。 人々が期待してくれるのなら、自分の力でも役に立つことができるのなら、そのために力を尽くしたいと思う。 「そうか。好きにするといい」 素っ気のないロン・ベルクの一言。 「はい、お言葉に甘えて好きにさせてもらうつもりです。だから、その上であらためて頼みたいんです――先生、ボクを弟子にしていただけないでしょうか?」 「……なんだって?」 この申し出には、さすがの変人魔族も驚いたらしい。 「最初は確かに、あなたの代わりに鍛冶を覚えたいと義務のように思っていました。だけど、今は違うんです。ボクは、ボクの手で、ボクだけにしか作れない武器を作ってみたい……!」 ノヴァがロン・ベルクに弟子入りしてから、まだ数日しか経っていない。 ロン・ベルクの代わりでなくとも、それを究めたいと思う気持ちがすでに芽生えている。どんなに時間をかけても構わないから、それを諦めたくはなかった。 「それなら、故郷で鍛冶職人に弟子入りすればいいだろう」 「いいえ。ボクは、あなたに教わりたいんです!」 きっぱりと、ノヴァは言い切った。 ロン・ベルクはノヴァが初めて出会った、尊敬し、師として仰ぎたいと思えた人物だ。彼に学びたいのは、鍛治の技術だけではない。 「そりゃあ……このボクの申し出が、非常識で勝手なものだって、分かっています。でも、ボクはそうしたいんです! お願いです、ボクを弟子にしてください」 今まで済し崩しに、住み込み弟子のようなポジションにいたノヴァは、今こそはっきりと自分の願いを口にした。 今までは、断られるのが怖くて言えなかった――だが、自分勝手にワガママを言い、それを見事に押し通したポップの姿が、ノヴァを勇気づけてくれる。 もし、否定されても、どこまでも頼もうと半ば反論を組み立てながら返事を待つノヴァだったが、ロン・ベルクの反応は予想外だった。 「フッ……フハハハハッ!! こいつはまいった」 突然、声も高らかに笑いだしたロン・ベルクを、ノヴァは呆気にとられてしまう。実際、この寡黙で無愛想な男が、こうも手放しに笑いまくるなど、ノヴァは想像もしてなかった。 「おい、少し聞くが、故郷の復興の手助けとするのはいいとして、たまには休暇をとれる時とかはあるのか?」 「え? あ、はい、多分」 「なら、その時は前もって教えておけ。炉を暖める都合もあるからな」 さらりと言われたその一言が、ノヴァにとっては都合がいいものであるだけに、すぐには受け入れきれなかった。数秒の間をおいてから、やっとその意味を掴んで――ノヴァは思わず大声を上げていた。 「えぇえっ?! い、いいんですかっ?!」 こんなに都合のいい話など、てっきり一笑に付されると思っていただけに、驚きは強かった。 だから、弟子入りとは言っても、故郷の復興が落ち着いてからの数年先の話なるつもりで、時間を掛けて何度かけても口説き落とすつもりだった。 だが、ロン・ベルクはノヴァを突き放した時と同じ調子で、酒を呷りつつ素っ気なく言ってのけた。 「手取り足取り教えるなんて真似は、オレにはできんぞ。勝手に見て、勝手に覚えろ。――まあ、それでよければ、好きにするんだな」 好きにしろ、と――。 何度となく、繰り返して言われたロン・ベルクのその言葉は、ノヴァにとっては常に冷たく聞こえる響きだった。 「はいっ! これから、よろしくお願いします、先生!」
すでに日が暮れた夜空に、流れ星のように光の軌跡が流れる。 「ノヴァ様?!」 「ああ、ボクだ。すまないが、父に……バウスン将軍に連絡をとってもらえるか? ノヴァが、ただ今、帰城した、と」 そう頼むと、兵士達の顔に喜色が浮かぶ。 「はいっ。北の勇者様がお帰りになられたとは、心強いです!」 驚きが安堵に代わり、周囲にノヴァの帰還を喜ぶ人が駆けつけてくる。 (本来なら、その『勇者』に相応しいのは、ボクじゃないんだろうけどな……) だが、ノヴァは前と違って、自分が勇者ではないと否定する気はなかった。
優先する目的があるといいながら、それでも他人を見捨てられずに優しさをかける、人の好い魔法使い。勇者ダイが、彼を誰よりも頼みにしていたのも分かる。その理由を、今こそしみじみと実感できた。 (ダイ……君は、今、どこにいるんだい?) 行方不明のままの勇者の捜索は、すでに手詰まりに近い。少なくとも、ノヴァの故郷リンガイア王国では、ダイの行方不明はすでに絶望的なものと見なしている。 だが、それでも、ノヴァはダイが生きていると思いたい。 だからこそ、あの二人がその役割を果たせない今、少しでもいいから代わりに手助けしたいと思える。 「勇者様、よくお帰りくださいました!」 嬉しそうにかけられるその言葉が、いつか本物にもかけられるといいと思いながら、ノヴァは人々の期待に笑顔で応えてみせた――。 《後書き》
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