『勇者だった少年 ー中編ー』

  

「先生、手伝いならボクが……」

 言いかけたノヴァの言葉など聞こえないように、ロン・ベルクはポップに向かって話しかける。

「出来ないわけじゃないだろう? ジャンクから聞いたぞ、出来損ないの息子だが炉の扱い方だけはマシだってな」

 さしかけ小屋の戸を開けると、とたんに熱気が小屋内に広がった。
 すでに赤くなった鉄が入っている鍛冶用の炉が、見える。それを眺めつつ、ポップは小さく溜め息をついた。

「……魔法、使ってもいいか?」

「横着せずに、手でやってもらおうか。オレは鍛冶には魔法を極力使わず、手作業を重視するのを信条としているものでな」

「んな、頑固職人の拘りなんか、おれには関係ねーんだけどな〜」

 ぼやきながらも、炉の前に立ったポップは慣れた手つきで火かき棒を動かし、フイゴを使って火を強めだした。
 炭は、炎を吹き上げない。

 だが、真っ赤に染まって炎以上の高温を発しながら、燃えていくものだ。
 放置されていた間に置き火に近くなっていた炉の炭は、ポップの手にかかると途端に息吹を取り戻したかのように真紅に染まった。

 その熱は、鉄の塊をも赤く染めていく。
 一見簡単そうに見える単調な作業だが、実は見た目が簡単そうに見えることほど、熟練が必要とされるものだ。

 それを身をもって知っているノヴァにしてみれば、ポップの炉の扱いは羨望に値する。 ノヴァがやろうとすれば、燃え上がるどころか燻るばかりでろくに熱くもならない炉が、ポップの手にかかると魔法のように鮮やかに熱を発する。

「なかなか、やるな」

 短い賛辞を言いながら、ロン・ベルクは鍛冶のための自分の手で支度を整えていく。ノヴァがそれを手助けしようとはしているが、不慣れなノヴァよりも本人の手の方が遥かに早い。

「手伝いは、別にいい。おまえは好きにしていろ」

 あげくに素っ気ないとも言えるその一言突き放され、ノヴァはショボンとしつつも素直に引き下がる。

「……はい」

 小屋の隅に引き下がったノヴァには目もくれず、ロン・ベルクはポップに向かって質問を投げかける。

「それで、どんな武器が欲しいか、決まったか?」

 炉の中から鉄の塊を取り出し、ロン・ベルクが金槌を振るう。
 甲高い金属音が、狭い小屋に響き渡った。

「いや、おれは別に武器はいいよ。それより、聞きたいことがあるんだ。あんた、魔界に詳しいだろ?」

「まあ、人間よりはな」

「魔界やヴェルザーについて、なんか、知ってることってあるか?」

 その質問に、ロン・ベルクは少しばかり手を止めた。

「ヴェルザー、か」

「ああ、なんでもいいんだ。教えてくれないか?」

「やれやれ。それが謝礼の望みとは、オレもずいぶんと武器職人として低く見られたものだな――まあ、それはそれとして、火をもっと強めてくれないか」

「あんただって礼とか言いつつ、人使い荒いじゃねえか!」

 軽口の合間にも、ポップにしろロン・ベルクにしろ手を休めもしない。妙に息が合って見える二人の姿をしばらくは見ていたが……やがて、ノヴァは無言で小屋を出て行った――。







「いーのか? 止めなくて」

 ノヴァが出て行った扉を振り返って聞くポップに対して、ロン・ベルクはあっさりとしたものだった。

「好きにしろ、と言ってある。あの坊やがどうしようと、あいつの勝手だ」

 その素っ気ない態度に、ポップはいかにも不満そうな顔をして見せる。

「……で、なんだっておれ、こーゆー、姑の嫁いびりみたいな真似、やらされたワケ? なんか理由はあるんだろうけど、あんまいい気分じゃねえよ、こんなの」

 やる前から、分かっていた勝負だった。
 日常的な雑用に関して、庶民育ちのポップと、貴族階級で育ったノヴァでは競争になるはずがない。

 ましてや、ポップは一応武器屋の息子だ。
鍛冶の手伝いならば子供の頃から幾度となくやらされたせいで、普通の人間以上に得意だ。
 それに、ポップは火の扱いには長けている。

 魔法を使うにしても火炎系が得意なように、魔法使いになるずっと前から、火の扱いには慣れていた。

「人を実験台にしてくれたんだ、それぐらいは手伝ってもらわないとな」

 済ました顔でそう言い、ロン・ベルクは促した。

「向こう槌はどうした?」

「え……あっ、と」

 指し示された槌をポップは重そうに持ち、身構える。
 鍛冶では、二人の職人がタイミングを合わせ、微妙にずらしたタイミングで槌を振るう作業が重要になる。
 少しの間二人掛かりで槌をふるい、ロン・ベルクは眉をしかめて呟いた。

「やれやれ……こっちの方なら、あの坊やの方が上手いな」

 炉の扱いの巧みさが証明するように、ポップにはタイミングを見る目はある。が、惜しむらくは体力に欠ける。
 それも、決定的に。

 槌を持つだけでふらつくようじゃ、とてもそれに力を込めて降り下ろせるはずがない。向こう槌の相方としては、ポップは正直素人以下だった。

「だったら、あんな追い出しをかけなきゃいーじゃないかよ!」

 けなされた恨み半分と、ノヴァに対する同情から、ポップは口調も荒く言い返す。慣れない力仕事のせいで息が乱れてきたのが最大の原因だが、ノヴァに対する同情のせいもあった。

 だいたい、ポップ自身も押しかけ弟子だっただけに、ノヴァの気持ちが分かる。慕い、尊敬する相手から拒絶される悲しみが分かるだけに、つい彼の方に感情移入してしまう。 だが、ロン・ベルクは素っ気なく言った。

「オレは、いい。世捨て人になろうと思って、わざわざ人間界の外れにまできたんだからな。元来、誰ともかかわらず、数百年を過ごすつもりだった」

 寿命の極端に長い魔族であるロン・ベルクにとっては、それも悪くない時間だ。
 戦いにも、飽きた。
 権力や名声になど、元々興味はない。

 最大の拘りである武器造りへの情熱も薄れかけた今となっては、彼が望んだのは誰にも邪魔されることなく、ただ静かにすごせる時間だけだ。

 下手に魔界にいれば、またバーンの元に招聘を求められるかもしれないと思い、人間界へときたのは実はそれ程前ではない。

 バーンの活動が活発化しだした頃からだから、数年……もしくは十数年前辺りだったか。
 まあ、ロン・ベルクにとってはどちらにせよ、そんなに昔のことではない。ごく最近といってもいい出来事だ。

 魔界とは全く違う世界を適当にうろつき、放浪するのも悪くないと思った。
 その中で、偶然、この森の中で出会った人間に興味を引かれ、住み着いたのはほんの気紛れだ。

 まさか、その人間の息子が、バーンと戦っている勇者一行の魔法使いであり、その縁から彼らに出会い、しまいには協力するはめになるとは、想定すらしていなかったが。

 まあ、成り行きからバーンとの戦いにまで協力してしまったが、ロン・ベルクの基本は変わっていない。

 人にも世界にかかわらず、一人、静かに時が過ぎ行くのを眺めてみようと思う気持ちに、変化はない。

「だが人間にとって、そんな生活が幸せと思うか? ――あの坊やを必要としている人間は、他にもいるだろう」

 北の勇者。
 そう呼ばれていたノヴァは、リンガイア周辺では希望の象徴ともいうべき存在だ。

 確かに世界的な知名度では勇者ダイに劣るかもしれないが、故郷での期待度の高さはダイを遥かに上回る。

 リンガイアの復興のために彼の力が望まれているのは、世捨て人であるロン・ベルクにさえ簡単に看破できた。

「償いなどで人生を棒に振るには、あの坊やは若すぎる」

「……」

 その言葉に、ポップは返す言葉もない。
 ノヴァや人間達を守るために、ロン・ベルクは自らの腕を犠牲にした。その責任を感じたからこそ、ノヴァがここで彼の世話をしていたのはすぐに分かった。

 その心掛けは、立派かもしれない。
 だが、自分の過ちや過去に囚われ、それを償うことを最優先する生き方は、ポップにとっては認められないものだ。

 不器用で生真面目な兄弟子を見る度に、似たような不満をポップはいつも抱いてきたのだから。

「それに……子供は家族と――親と暮らした方がいい。そうは思わないか?」

「そりゃあよ……理屈じゃ、その方がいいかもしんないけど……」

 説得力のある言葉に畳み掛けられ、ポップはつい頷いてしまう。
 実際、ノヴァに肩入れしたいポップにだって、そう思えてならないのだ。
 ポップは、ノヴァの父、バウスン将軍と面識がある。

 誠実で、実直な人柄の窺えるバウスン将軍はいい父親に思えた。
 こんな人里離れた森の中で、偏屈で変人な魔族と暮らすよりも、息子を甘やかしすぎるほど甘やかしていた父親と暮らす方が、ノヴァにとってよほど幸せなように思える。

 そう思えるだけに、反論できずに頷いてしまったが――その時、ポップの背後から怒りを押し殺した低い声が響き渡った。

「ほぉ〜? どのツラ下げて、そんな口叩きやがるかな、このクソガキめ……!」

 ポップにとっては、生まれた時から聞き慣れた声。

「おっ、親父ぃっ!? な、なんでここにっ!?」

 びっくりした振り返ったポップの目の前にいたのは、紛れもなく実の父親であるジャンクだ。

「そりゃあこっちのセリフだっ! ここにはやってきておいて家には帰らないとは、いい態度じゃねえかっ!」

 鬼も裸足で逃げ出しそうな形相で、鉄拳制裁とばかりにぶっとい腕をぶん回してくる父親の姿に、ポップは悲鳴を上げて飛び退いた。

「わっ、わわわっ!? い、いつからここに――」

 言いかけ、ハッとしてロン・ベルクの方を確かめると、彼は驚いた顔一つ見せずに、相変わらず一定の速度でとんてんかんてんと鉄を叩いている。
 だが、ポップと目が合うと、彼は不敵な表情を浮かべて言ってのけた。

「あの坊やが炉の支度をここまでできるとでも、本気で思っていたのか?」

 と、ニヤリと笑うその顔を見て、ポップは一瞬で悟った。

(し、知っていて、黙ってやがったなっ!?)

 考えてみれば、あれだけ家事や雑事に不慣れなノヴァが、単独で炉の支度などできるはずもない。ましてや、ついさっきまで腕が動かなかったロン・ベルクは論外だ。
 ポップが来る前から、ジャンクはここにいたに違いない。

「こらっ、待ちやがれ馬鹿息子! てめえ、いつまで家出してほっつき歩いてりゃ気が済むんだっ!?」

「そっ、そー言われたって、おれ、まだ、やることがあんだよっ!!」

 追いかけてくる父親の腕をかいくぐり、ポップは小屋の外へと飛び出した。そして、その勢いのまま空に飛び上がる。

「あーっ、待てっ、このクソガキ〜〜っ!!」

 騒ぐ父親を尻目に、ポップはそのまま飛翔呪文で逃げにかかった――。







(ん?)

 飛翔呪文で高くまで飛び上がったポップの目に、さっき見たばかりの人影が見える。
 逃げるように森の中へ駆けていく少年の姿を見て、ポップは器用に空中でぴたっと止まった。

 ――このまま、見なかったことにして、瞬間移動呪文に切り換えてパプニカに帰るのが、多分、一番正しいのだろう。あの誇り高い少年は、今の自分の姿を他人に見られたがらないだろうし、ポップにしてもそろそろ戻らなければならない時間だ。

 もし、図書室から抜け出していたのがバレた日には、今度こそ本気で閉じ込められかねない。

 それは分かっていた。分かっていたが――次の瞬間、ポップは瞬間移動呪文で彼の前に下り立っていた。

「わっ!?」

 突然目の前に降ってきたポップを見て、ノヴァがさすがに驚いた顔を見せる。ついさっきまで泣いていたのがありありと窺えるが、それでもポップを認めるなり、キッと睨みつけるように見返してくる矜持の高さは、さすがに北の勇者というべきか。

「な、なんだよ!? ボクに、何か用でもあるのか?」

 精一杯虚勢を張って、強気に言い返してくるノヴァを見て、ポップはポリポリと頭をかく。

「いや〜、別に用ってわけじゃねえけどさ」

 実際、ポップは用があってノヴァに声を掛けたわけじゃない。
 ただ、なんとなく見過ごせなかっただけだ。
 今のノヴァは、見ている方がちょっと気の毒になるぐらい、元気がないように見える。
「……先生に何か言われて来たのか?」

 探るようなその質問には、わずかな期待が込められていた。だからこそ、ポップの顔に浮かんだ表情から即座に答えを読み取ったノヴァは、より一層落ち込んだ。

「そうだな……そんなはずはなかったな。あの人は、ボクなんかがいようがいまいが、気にも止めていないんだから」

 自虐の響きの籠もった一言に、ポップは思わず口を挟む。

「そんなこともねえだろ?」

 確かにロン・ベルクは変人だし、何を考えているのか掴みにくい男だが、決して非情な男ではない。

 突き放しているようでいて、彼は彼なりにノヴァのことを心配し、思いやっている。少なくとも、ポップの目にはそう見えた。

 だが、ショックを受けた直後の少年に、ポップのその言葉を許容できるはずもなかった。逆鱗に触れられたように、ノヴァは激しく言い返す。

「なんで、君にそんなことが言えるんだ!? ――ボクは先生から……暗に家に帰れと言われたも、同じなんだぞ!」

 本来なら、ポップは他人から八つ当たり気味に怒鳴りつけられ、黙っていられる性格じゃない。
 つい、短気さが先に立って、怒鳴り返すのが常だ。

 だが――今は腹が立つよりも、同情じみた共感の方が先に立つ。
 ノヴァがロン・ベルクを尊敬し、師として慕っている様子はポップにも容易に見て取れた。

 不慣れな上にやったことのない家事をして、少しでも償い、手助けしようとしていた意欲も分かる。

 その相手からあんなあしらいを受けて、ショックを受けるなという方が酷だろう。
 その気持ちは、ポップにとって無縁のものではなかった。

「……おれは、はっきり言われたよ。家に帰った方がいい、って」

 ぽつんと自然にこぼれた言葉に、ノヴァが驚いた顔をするのが見えた。

「アバン先生に、そう言われた。おれも、押しかけ弟子だったからさ。先生が旅の途中でおれの村に通りかかった時、家出して、無理やりついていった」

 今となっては、思い返すと懐かしいというよりは赤面したくなるような、昔話だ。
 あの頃は、本当に子供だったと自分でも思う。
 当時は夢中だったが、今となって思えばそれがいかに非常識な行動だったことか。

 相手の迷惑も都合もお構いなしに、ただ弟子になりたい一心で、アバンの忠告や気遣いも無視してついていったのだから。
 だが、アバンはどこまでも優しい師だった――。

「おれは、飯作りや身の回りの世話なんて、やれって言われたこともなかったし、やったことだってなかった。――っていうか、いつも先生がご飯とかを作ってくれてたし」

「……君……。それってすごく非常識な上に、先生にはいい迷惑だったんじゃないのか?」

 落ち込みまくっていた割には、実に的確に痛い点をツッコんでくるノヴァに、今度はポップがムキになって言い返す番だった。

「う、うっせーなっ!? 師匠ん家に転がり込んで、図々しく居候しているおまえに言われる筋合いはないやいっ!」

 なまじ自覚があるだけに、言い返す語気も荒くなるというものだ。

「だいたい、おれは急いでんだ。もう、行くぜ。じゃあな!」

 背を向け、空に飛び立とうとしたポップに、ノヴァの声がかかる。

「待てよ! 君は……ボクに、何か言いに来たんじゃないのか!?」

 その言葉に、引き止められたわけじゃない。
 どこか切羽詰まったその表情は、ポップにとってはまだ胸に痛い記憶を揺さぶるものだったからだ。

「君も……っ、父や他の人達のように、ボクに故郷に戻れと薦めにきたんじゃないのか? 先生だって、内心そう望んでいるのは知っている……っ、でも、ボクは…………っ」

 強い葛藤が、その声には込められていた。迷いが深すぎて、自分の望みさえ最後まで言えずに口ごもるノヴァの生真面目さが、ますます記憶の中の誰かと重なって見える。

「……やーれやれ。勇者って人種は、どうして似たようなことで悩んだりすんのかねー?」

 苦笑しつつ、ポップはノヴァを少しだけ振り返る。
 ――アバン先生に弟子入りした頃の自分の立場に似ていたから、それが気になっているのかと思った。

 だが、多分、違う。
 ノヴァが似ているのは、ポップになんかではない――行方不明中の誰かに似ているのだ。
 周囲から寄せられる『勇者』への勝手な期待に押し潰されそうになって苦しんでいた、あの時の誰かに。
 だからこそ、どうしても見過ごせなかった。

「おれは別に、おまえにどうこうしろ、なんて言う気なんかねえよ」

 前に、親友に対して言ったのと同じ言葉を、ポップは口にした。

「おれは、おれのやりたいようにやったし、これからだってそうするつもりだ。それなのに、なんでおまえに『こうするべきだ』なんて言えるんだよ?」

「…………」

 ほとんど呆然とした表情を見せるノヴァは、ポップの予想以上に驚いているように見えた。

 ポップにしてみれば当たり前のことを言っただけなのだが、ノヴァにとってはそれは、よほど強い衝撃を受ける言葉だったらしい。
 しばらく沈黙した後、ノヴァはまじまじとポップを見ながら呟いた。

「君は……、周囲から、自分が何を期待されているか、分かっていてそう言うのかい?」

 その言葉は、ポップにとっては少しばかり痛い。が、それでもポップはさらりと返した。

「――知ってるさ、そんなの」

 仲間達は、一言も言わなかった。
 だが、周囲の本心を汲み取れない程、ポップは鈍感ではない。
 分かっている。

 勇者一行の魔法使いとして、復興のために力を貸すのを期待されていることは、痛い程よく理解しているつもりだ。

 行方不明の勇者の代理という意味でもそうだろうし、ポップの移動呪文と回復呪文の力は復興を望む人々にとっては大きな助けになるのも分かっている。

 だが、それでもポップの望みは、もう決まっている。
 譲る気なんか、ない。

「君は……これから、どうするつもりなんだ?」

 ためらいがちなノヴァの質問に、ポップは即答した。

「決まってるだろ。あいつを、捜すんだ」

 それは、戦いの後目覚めた後――いや、その前の夢の中で彷徨っていた時から、ずっと決めていたことだ。

「あの大バカ野郎に、腹を蹴飛ばされたお返しをしてやるんだよ。絶対、ただで済ます気なんかねえからな」

 言いながら、ポップは自分の腹に軽く触れる。
 外見上は、そこには何の異常もない。昏睡から目覚めた時、まだ身体のあちこちに打ち身だの裂傷だのが残っていたが、腹は別に何ともなかった。

 だが、全ての怪我が回復した今でさえ、その部分は今でも疼く。表面上の痛みなどとは比べ物にならないほど、深い部分が痛かった――。

「じゃあ、今度こそおれは行くぜ。元気でな、ノヴァ」

 ノヴァがどう結論を出すのか、興味がないといえば嘘になるが、ポップにはこれ以上時間がない。

 簡単な挨拶だけを残して、ポップは瞬間移動呪文で空へと飛び上がった。
 その後に、北の勇者と呼ばれた少年だけが取り残される。彼はうずくまった姿勢のまま、長い間動かなかった――。
                                  

 


                                    《続く》
  
  

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