『それぞれの決意 1』 |
その銃を、マァムはとても大切そうに手にしていた。 それは、マァムにとってはただの道具以上の意味があった。 (……ごめんなさい、魔弾銃……) 銃が壊れるのを承知で、この選択肢を選んだのはマァム自身だ。 だからこそ、彼女はレオナ姫救出に喜ぶ仲間達から一人離れ、今まで自分を支えてくれた魔弾銃との別れを惜しんでいた。 (長い間……ありがとう……!) 惜別にも似た思いを込め、マァムは銃の最後を悼み、丁寧にそれを腰のホルスターにしまう。 「あのよー、マァム。お姫さんに回復魔法、かけてやってくれないか?」 「うんっ、マァム、頼むよっ」 未だに気絶したレオナを抱えたままのダイが、勢い込んで呼びかけてくる。 床に座り込んだままのダイにあわせ、マァムもまた座り込んで姫を受け止めると、ダイはむしろホッとしたように手を放した。 姫という高貴な身分の少女に対して無礼かと思ったが、なにせここには彼女の身を休めさせるのに相応しいものなど、何一つとしていない。 こんなにも綺麗で可憐な少女を、戦いの跡の残る床に直接横たえさせるのは、むしろ冒涜とさえ思える。 「ベホイミ――!」 中級回復魔法……だがマァムの使える中では、最高度の回復魔法がレオナの全身を覆う。柔らかな光が姫を照らし、蒼白だった彼女の頬に微かに赤みが差した。 「マァム、レオナは……!?」 心配そうなダイの問いかけに、マァムはどう答えていいのか分からなかった。 元々、戦士として村を守ることに重点をおいていたマァムは、僧侶の能力はさして力を置いて修行しなかった。 回復能力そのものは母のレイラの方が優れていたため、なおさらマァムは真剣に回復魔法を勉強することはなかった。重傷や病気の手当ての際は、決まって母の助けを借りていた。 前線に立つ自分は、応急手当て程度の回復魔法が使えれば、それで充分だと思っていた。だが、その考えの甘さを思い知る。 (お願い、治って……!) だが、マァムの努力も空しく、結果は同じだった。 「お姫さん、顔色、良くなってきたみたいじゃないか。熱とか、大丈夫そうか?」 そう聞かれて、マァムはやっと治療の初歩を思い出した。 「だ、大丈夫みたい」 「そりゃよかった。じゃあ、脈は?」 「え、えーと……」 うろ覚えながらも前に習った通り、手首に手を当ててみたが、マァムにはその善し悪しを判断できるだけの知識には欠けている。 「規則的だったらまず心配ないと思うけど、どうだ? おれがやってもいいんだけど、やっぱ気絶した女の子に勝手に触るのはまずいもんなー」 ポップはポップなりに一応は気を使っているらしい。具合を確かめるためのポイントを口にはするが、それを調べる役はマァムに任せている。 「え、ええ。……ちゃんとは治せなかったけど、これでとりあえずは大丈夫だと思うわ」 それは、嘘ではない。 「よかったぁ! じゃ、後は帰るだけだね!」 実行力に富んだダイが、早速腰を浮かしかけるが、それを引き止めたのはポップだった。 「おいおい、帰るって言っても、みんなクタクタだし、第一、船も壊れちまったのにどうやって、帰る気だ?」 「あ、そういや、船、壊れたんだっけ」 今思い出したとばかりにダイが、あっけらかんとそう言った。 「じゃあ、泳げばいいじゃん」 「いいわけないだろうがっ!! バカか、おまえはっ!? ここに来るのに、とんでもない大渦があったのを忘れたのかよっ!」 全力でポップにツッコまれ、ダイが再び、 「あ」 と、間の抜けた声を上げる。 「おめえはどうかしらねえけど、おれは絶対あんな海なんか泳ぐのはごめんだからなっ! ――魔法力さえ残ってれば、ルーラで帰れるんだけどよ」 悔しそうに言うポップは、さっきから座ったままで立ちあがろうとさえしない。フレイザードとの戦いで、魔法力を全部使いきってしまったせいだろう。 「そういや、おっさんらはどうやってここまで来たんだよ?」 「ガルーダで、だ」 クロコダインに使役する怪物の名に、ポップは納得したように頷いた。 「なら、そいつでこの塔から脱出しようぜ!」 いいアイデアとばかりにポップははしゃぐが、クロコダインは困ったように首を横に振った。 「だが、あれは一度に2、3人しか運べんし、オレの命令しか聞かんのだ」 クロコダインの指示がなければ目的地まで飛べないのであれば、常に彼を連れて移動しなければならないという理屈になる。 「それにもうじき日が落ちる。あれも一応は鳥だからな、さすがに夜には飛べんぞ」 「あー、さいでっか……」 期待した分反動が大きかったのか、がっくりとするポップだったが、ダイの方は元気だった。 「でもさ、みんなが無事だったんだし、今日はここで休んで、明日帰ろうよ! 明日になれば、魔法力も回復するだろ、ポップ?」 「まーな。しゃーねえか。こんなとこで野宿なんて、パッとしないけどさー」 「いやいや、このバルジの塔は元々、姫様達が活動拠点として潜んでいた場所じゃ。探せばどこかに食べ物やあるかもしれんぞい」 バダックのその言葉に、真っ先に反応したのはまたもやダイだった。 「ホント? じゃ、探しに行こうよ!」 それには誰も異議がないようで、クロコダインやヒュンケルも無言のまま立ち上がる。ポップもそれに続こうとしたが、立ち上がりかけたもののよろけて、またペタンと座り込む。 「ポップ。マァム。おまえ達は来なくていい。ここにいろ」 ひどくぶっきらぼうながらも、ヒュンケルのその言葉は疲れているポップやマァム、それに気絶したレオナを気遣うためのものに違いなかった。 と、達者な口とは裏腹に、ポップはろくすっぽ立ち上がれもしないままだが。が、負けん気の強いポップはヒュンケルの言葉に反発するあまりか、無理やりにでも立ち上がろうとしたが、それを止めたのはクロコダインだった。 「やめておけ、ポップ。ここで無理をされるよりも、今は休んで魔法力を回復してもらった方が、助かるからな」 「おう、そうじゃぞ。三賢者達もきっと、姫様を心配しておられる……明日、確実に帰るためにもここはしっかり休んでおいてくれい!」 と、バダックにまで言われては、ポップもさすがに意地は張りにくい。 「うん、ポップとマァムはここにいてよ。レオナを、守ってて」 ダイにそう言われたのが決め手になったのか、ポップはしぶしぶとだがもう一度座り直す。 「ちぇっ、分かったよ」 ダイ達がバルジの塔の内部へと降りていった後、屋上に取り残されたマァムはレオナを抱きしめたまま――込み上げてくる無力感を噛み締めていた。 女の子ではあっても、マァムには自分は戦闘員だと言う自負がある。前線にでて背後にいる仲間達を守るのが自分の役目だと思っていたし、それを誇りにも思っていた。 戦いではさしたる役にも立てず、回復の能力も低い。おまけに、負傷者治療の知識でもポップに劣っている。 しかも、ただ休養しているという意味においても、マァムは役に立っていない。 そして救出されたレオナは、パプニカ王国の要ともいうべき存在で、いるだけで非常に重要な意味を持つ。 自分の内部に生まれた悩みに囚われていたマァムは、ポップの呼び掛けにすぐには反応できなかった。 「……マァム? おい、マァム、どうかしたのか?」 重ねて呼ばれてから、やっと顔を上げる。 「えっ? あ、な、なあに、ポップ?」 レオナを抱えたマァムから少し離れた場所で座っているポップは、壁に軽く寄りかかったまま聞いてきた。 「いや、別に何ってわけじゃないけどさ、なんか元気ないみたいだから、さ……」 「そ、そんなことないわよ!」 打ち消す語調が強くなってしまうのは、本当はそうだと肯定しているも同然だ。 「あのよ、手、痛むか?」 「え……」 問われてから、マァムは自分の右手を見下ろす。 本来なら回復魔法で治療した方がいい怪我ではあるが、あいにくレオナの治療のために全ての魔法力を吐きだしてしまったマァムには、もう手段は残っていない。 「平気よ、たいしたことないし。私なら、大丈夫」 軽く自分の手を押さえ、マァムは明らかに強がりと分かる笑顔で、そう答えた――。 「下で、見つけてきた。寒さを凌ぐのに、ないよりましだろう」 愛想のカケラのない声で言いながら、ヒュンケルはポップの上に落とすように毛布を一枚投げかける。 「下の方に休めるような部屋とか、なかったのかよ?」 「あるにはあったが、どうやらフレイザードの部下達が暴れたようでな。使い物になる状態じゃなかった」 そういってヒュンケルが再び投げ出したのは、小さな袋だった。 「なんだよ、これ?」 ポップが手で持ち上げてみると、やけに軽く、カサカサと微かに音を立てる。それで、ポップにはその中身が薬草だと分かった。 「それだけしか見つからなかった。使え」 ほんのわずかしかない薬草は、かろうじて一人分あるかないかぐらいの量しかない。 もし、余裕があるのなら、全員が回復魔法か薬草で治療を受けた方がいいような状態だ。ヒュンケル自身も相当なダメージを負っているのに、ようやく見つけた薬草を譲ってくれようとしているのは、分かる。 本来なら、彼の優しさや誠意に感謝してしかるべきだろう。 「いらねえよ!」 「……そうは見えないが?」 ヒュンケルの目から見ても、ポップは顔色も悪いし、ひどく具合が悪そうに見える。だが、それでもポップは強情に首を横に振った。 「魔法力の回復にゃ、薬草なんか役に立たねえもん。――それは、おれよりマァムにやってくれよ」 言いながらちらっとマァムの方を向くポップに釣られ、ヒュンケルもそちらに目をやった。 彼女らしくもないぼんやりとした態度に、よほど疲れているのかとの疑惑が湧いて出てくる。 「あいつ、お姫さんばっかに魔法かけてたから、自分の手当てしてねーんだよ」 心配そうなポップの言い分も、納得できる。マァムの方ばかり気にしているポップが、どれだけ彼女を案じているかはよく分かる。 「それなら、おまえが持っていった方がいいんじゃないのか、ポップ」 「おっ、おれは……っ、ほら、まだ休んでるとこなんだよっ」 早口にそう言うと、ポップは与えられたばかりの毛布を被って、わざとらしくその場に寝っ転がって横になる。 その様子を見て、ヒュンケルは小さな苦笑を浮かべつつも、ゆっくりとマァムの方へと向かった。 (あ〜、おれってホントになにやっちゃってんだろっ!?) マァム自身は、彼を好きだとは言わなかった。 そんな二人が一緒にいれば――その結果がどうなるのかなんて容易に想像がつく。 らしくもなく沈みこんだあの少女が少しでも元気になるなら、励ます役目が自分でなくてもいいと思った。
呼び掛けられ、マァムはさっきポップに声を掛けられた時のようにハッとして顔を上げる。 ヒュンケルが目の前にやってきたのを見て、マァムの顔に取り繕いとは少し違う笑みが浮かぶ。 「大丈夫よ、たいしたことはないし……」 ポップへ返したのと同じ言葉を返したが、ヒュンケルは無言のままマァムの手を掴む。怪我をした方の手を、だが、決して傷に障らないように丁寧に掴んだヒュンケルは、意外なくらい優しい手つきで手当てし始める。 薬草を使った手当てに慣れているのか、ヒュンケルの手当ては適格だった。腫れて痛む手首によく揉んだ薬草が押し当てられ、ハンカチで代用された包帯を巻かれると、それだけで痛みがずいぶんと和らいだ。 「ありがとう、ヒュンケル」 「礼ならポップに言うといい。オレは奴に頼まれたんだ」 「そう……、ポップが」 思わず、マァムはポップの方に目を向けた。 (ポップは……いつも、私を助けてくれるのね) 今だけではなく、バルジ島での戦いではハドラーの魔法から庇ってくれた。アバンの仇と知って冷静さを失い、ハドラーに手もなくやられそうになった自分を、ポップが必死になって守ろうとしてくれたのを、マァムは知っている。 途中でマァムが気絶してしまった後も、きっと助けようとしてくれたのだろう。 (最初の頃とは、ホントに大違いね) 魔の森にいる雑魚な怪物にさえ怯えて、友達を見捨てて逃げ回っていた臆病な魔法使いは、もういない。 明らかに自分より強くなってきたポップに対して感じるのは、素直に称賛したい気持ちであり――それでいて、ちょっぴり寂しさを含んだ焦りだった。 「お、どれどれ、なにがあったんだよ」 寝ていたはずのポップも起きだして、ダイ達と収穫品の品定めを始めた。 ヒュンケルも手伝ってはくれているが、眠っている姫に触れるのを遠慮しているため、実際に彼女が楽な姿勢になるように気をつけ、幾度となく寝かし直しているのはマァムだった。
何か、柔らかいものが地に落ちる音は、聞こえた。だが、マァムが振り向いたのはその音のせいではなく、その直後に聞こえたダイの焦った声のせいだった。 「ポップ!? ポップッ!? どうしたんだよっ!?」 振り返ったマァムの目に映ったのは、べたっと変な格好で地面に突っ伏したポップと、その隣でおろおろとしているダイの姿だった。 「ポップッ?」 慌てて、マァムはポップの側に駆けよった。 「ダイ、ポップはどうしたの!?」 「わ、分かんないよ!? 今まで普通だったのに、急にバタッて倒れちゃったんだ!」 うろたえるダイは、さっきまで嬉しそうに抱えていた食料品さえ放り出してポップを揺さぶっている。 「ポップ、ポップ! ポップ、聞こえてる!? 起きてくれよ、ポップ!」 それこそ血相を変えて、ダイは必死になってポップを呼び続ける。だが、ポップはダイの声に答えるどころか、揺さぶられていることにすら気付いていないように、全くの無反応だ。力の抜けた身体はまるで人形のように横たわり、ダイに揺さぶられるままガクガクと首を揺らしている。 「ダイ、よせ」 見兼ねたのがヒュンケルが止めると、やっとダイは手を離す。だが、その目はポップに釘付けで、心配そうに彼を見つめている。 「いったい、こりゃあどうゆうこった!? おい、ポップ君は大丈夫なのかのっ!?」 バダックやクロコダインも、気遣わしげにポップを除き込む。 それでもとてもじっとしていられなくて、不自然な格好でべしゃっとつぶれるように倒れ込んでいるポップを抱き起こしながら、異常がないかを確かめていく。 (なんで、こんなに身体が冷えているの……!?) ポップの体温は、ひどく下がっていた。手で触れると明らかにひんやりとしていて、さっきベホイミをかける直前の、氷から開放されたばかりのレオナ並に体温が低くなっている。 それに呼吸はしているし、脈も規則正しいとは言え、両方ともひどく弱々しいのが恐怖だった。 だが、打撲や擦り傷以外で目だった怪我は見当たらないものの、マァムはポップの足下に目を留めて眉をひそめる。 ブーツごと焼かれたのが幸いして、比較的浅いものだったが、火傷は免れてはいない。だが、それでも気絶をする程の重傷とはとても思えなかった。 (なぜ……? 魔法力が尽きたから?) 魔法力を使うと、疲労するのは知っている。ついさっき、ポップが魔法力が尽きたせいで、ばったりと倒れたのも見た。 なのに、なぜ、今になってからこんなにも具合が悪化したのか……理由を掴めないままマァムはギュッと唇を噛み締める。 さっきポップがそうしたように、みんなの不安を和らげ、場の雰囲気をなごませるような言葉など、とても言えない。
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