『それぞれの決意 1』

  

 その銃を、マァムはとても大切そうに手にしていた。
 もはや、銃とさえ呼べないガラクタに成り果てた、魔弾銃を。
 暴発のせいで中側から破ける形で壊れたそのその銃を、マァムはかけらもあわせて丁寧に拾う。

 それは、マァムにとってはただの道具以上の意味があった。
 師であるアバンから別れの際にもらった記念の品であり、今まで何度となく自分や他の人を助けてくれた武器。
 覚悟していたことだが、それが壊れたのは彼女にとって痛手ではある。

(……ごめんなさい、魔弾銃……)

 銃が壊れるのを承知で、この選択肢を選んだのはマァム自身だ。
 どんな大切な道具であれ、人命には変えられない――それが、彼女の思いだったから。
 しかし、長い間、自分の支えとなってくれた魔弾銃は、壊れたからと言ってそのまま見捨てるには、あまりにも身近で大きすぎる存在だった。

 だからこそ、彼女はレオナ姫救出に喜ぶ仲間達から一人離れ、今まで自分を支えてくれた魔弾銃との別れを惜しんでいた。

(長い間……ありがとう……!)

 惜別にも似た思いを込め、マァムは銃の最後を悼み、丁寧にそれを腰のホルスターにしまう。
 と、それを待っていたようなタイミングで、ポップが声をかけてきた。

「あのよー、マァム。お姫さんに回復魔法、かけてやってくれないか?」

「うんっ、マァム、頼むよっ」

 未だに気絶したレオナを抱えたままのダイが、勢い込んで呼びかけてくる。
 彼女が倒れないようにと抱きとめたまでは良かったものの、その後どう扱っていいか分からず、ただ、ただ、おたついていたらしい。

 床に座り込んだままのダイにあわせ、マァムもまた座り込んで姫を受け止めると、ダイはむしろホッとしたように手を放した。
 ほっそりとした華奢な少女を、マァムはできるかぎり丁寧に抱きしめる。

 姫という高貴な身分の少女に対して無礼かと思ったが、なにせここには彼女の身を休めさせるのに相応しいものなど、何一つとしていない。

 こんなにも綺麗で可憐な少女を、戦いの跡の残る床に直接横たえさせるのは、むしろ冒涜とさえ思える。
 マァムはレオナを自分の胸に抱き込むようにしっかりと抱え、魔法を発動させた。

「ベホイミ――!」

 中級回復魔法……だがマァムの使える中では、最高度の回復魔法がレオナの全身を覆う。柔らかな光が姫を照らし、蒼白だった彼女の頬に微かに赤みが差した。
 だが、それだけだった。
 脱力したままの少女は、身動ぎすらしなかった。

「マァム、レオナは……!?」

 心配そうなダイの問いかけに、マァムはどう答えていいのか分からなかった。
 今更のように、自分の未熟さを実感せずにはいられない。
 僧侶戦士であるマァムは、僧侶の呪文が使え、戦士並の力で戦える――が、そのどちらもが中途半端な能力なのだと、思わずにはいられなかった。

 元々、戦士として村を守ることに重点をおいていたマァムは、僧侶の能力はさして力を置いて修行しなかった。
 軽い怪我程度なら直せる……だが、それだけだ。

 回復能力そのものは母のレイラの方が優れていたため、なおさらマァムは真剣に回復魔法を勉強することはなかった。重傷や病気の手当ての際は、決まって母の助けを借りていた。

 前線に立つ自分は、応急手当て程度の回復魔法が使えれば、それで充分だと思っていた。だが、その考えの甘さを思い知る。
 みんなの視線が自分に集まっているのを感じながら、マァムはもう一度回復魔法をかけてみる。

(お願い、治って……!)

 だが、マァムの努力も空しく、結果は同じだった。
 さらにまた回復魔法をかけるには、マァムの魔法力は弱すぎる。どうしていいか分からずにうろたえるマァムに、軽い調子で声を掛けてきたのはポップだった。

「お姫さん、顔色、良くなってきたみたいじゃないか。熱とか、大丈夫そうか?」

 そう聞かれて、マァムはやっと治療の初歩を思い出した。
 魔法に頼りきるのではなく、患者の具合を診るのはそれこそ一般人でも習うことだ。
 慌てて姫の額に手を当て、その温度が自分と大差がないのを知って、ホッとする。

「だ、大丈夫みたい」

「そりゃよかった。じゃあ、脈は?」

「え、えーと……」

 うろ覚えながらも前に習った通り、手首に手を当ててみたが、マァムにはその善し悪しを判断できるだけの知識には欠けている。
 それだけに、ポップの次の言葉はありがたかった。

「規則的だったらまず心配ないと思うけど、どうだ? おれがやってもいいんだけど、やっぱ気絶した女の子に勝手に触るのはまずいもんなー」

 ポップはポップなりに一応は気を使っているらしい。具合を確かめるためのポイントを口にはするが、それを調べる役はマァムに任せている。
 その指示に従って調べたあげく、マァムは半ば自分に言い聞かせるように言った。

「え、ええ。……ちゃんとは治せなかったけど、これでとりあえずは大丈夫だと思うわ」

 それは、嘘ではない。
 意識が戻らないとは言え、レオナの顔色は良くはなったし、呼吸や心臓の鼓動も安定している。さっきまで氷のように冷たい肌も暖まってきたし、危機は脱したと言えるだろう。
 その説明で納得したのか、みんなの表情がパッと明るくなった。

「よかったぁ! じゃ、後は帰るだけだね!」

 実行力に富んだダイが、早速腰を浮かしかけるが、それを引き止めたのはポップだった。

「おいおい、帰るって言っても、みんなクタクタだし、第一、船も壊れちまったのにどうやって、帰る気だ?」

「あ、そういや、船、壊れたんだっけ」

 今思い出したとばかりにダイが、あっけらかんとそう言った。

「じゃあ、泳げばいいじゃん」

「いいわけないだろうがっ!! バカか、おまえはっ!? ここに来るのに、とんでもない大渦があったのを忘れたのかよっ!」

 全力でポップにツッコまれ、ダイが再び、

「あ」

 と、間の抜けた声を上げる。
 なにせ、ここはバルジ島――パプニカ沿岸にある小さな島とはいえ、海流の関係で常に大渦の渦巻く荒れた海のど真ん中にある島だ。

「おめえはどうかしらねえけど、おれは絶対あんな海なんか泳ぐのはごめんだからなっ! ――魔法力さえ残ってれば、ルーラで帰れるんだけどよ」

 悔しそうに言うポップは、さっきから座ったままで立ちあがろうとさえしない。フレイザードとの戦いで、魔法力を全部使いきってしまったせいだろう。
 ぶつくさと文句を言ってから、ポップはふと気がついたようにクロコダインとヒュンケルの方を振り仰いだ。

「そういや、おっさんらはどうやってここまで来たんだよ?」

「ガルーダで、だ」

 クロコダインに使役する怪物の名に、ポップは納得したように頷いた。
 ガルーダは鳥系の怪物の中では、比較的大型で飛行能力が高い。以前、ガルーダでダイと共に運ばれた経験のあるポップは、それを良く知っていた。

「なら、そいつでこの塔から脱出しようぜ!」

 いいアイデアとばかりにポップははしゃぐが、クロコダインは困ったように首を横に振った。

「だが、あれは一度に2、3人しか運べんし、オレの命令しか聞かんのだ」

 クロコダインの指示がなければ目的地まで飛べないのであれば、常に彼を連れて移動しなければならないという理屈になる。
 つまり、実質1、2人しか運べないとあれば、パーティ全員を運ぶまで余分な時間が掛かるだけだ。

「それにもうじき日が落ちる。あれも一応は鳥だからな、さすがに夜には飛べんぞ」

「あー、さいでっか……」

 期待した分反動が大きかったのか、がっくりとするポップだったが、ダイの方は元気だった。

「でもさ、みんなが無事だったんだし、今日はここで休んで、明日帰ろうよ! 明日になれば、魔法力も回復するだろ、ポップ?」

「まーな。しゃーねえか。こんなとこで野宿なんて、パッとしないけどさー」

「いやいや、このバルジの塔は元々、姫様達が活動拠点として潜んでいた場所じゃ。探せばどこかに食べ物やあるかもしれんぞい」

 バダックのその言葉に、真っ先に反応したのはまたもやダイだった。

「ホント? じゃ、探しに行こうよ!」

 それには誰も異議がないようで、クロコダインやヒュンケルも無言のまま立ち上がる。ポップもそれに続こうとしたが、立ち上がりかけたもののよろけて、またペタンと座り込む。

「ポップ。マァム。おまえ達は来なくていい。ここにいろ」

 ひどくぶっきらぼうながらも、ヒュンケルのその言葉は疲れているポップやマァム、それに気絶したレオナを気遣うためのものに違いなかった。
 が、女の子達と一緒にされたのが気に入らないのか、ポップはムッとして怒鳴り返す。
「なんだよっ、その言い草はっ!? なめんなよ、おれだってまだ動けらぁ!」

 と、達者な口とは裏腹に、ポップはろくすっぽ立ち上がれもしないままだが。が、負けん気の強いポップはヒュンケルの言葉に反発するあまりか、無理やりにでも立ち上がろうとしたが、それを止めたのはクロコダインだった。

「やめておけ、ポップ。ここで無理をされるよりも、今は休んで魔法力を回復してもらった方が、助かるからな」

「おう、そうじゃぞ。三賢者達もきっと、姫様を心配しておられる……明日、確実に帰るためにもここはしっかり休んでおいてくれい!」

 と、バダックにまで言われては、ポップもさすがに意地は張りにくい。

「うん、ポップとマァムはここにいてよ。レオナを、守ってて」

 ダイにそう言われたのが決め手になったのか、ポップはしぶしぶとだがもう一度座り直す。

「ちぇっ、分かったよ」






 ダイ達がバルジの塔の内部へと降りていった後、屋上に取り残されたマァムはレオナを抱きしめたまま――込み上げてくる無力感を噛み締めていた。
 今まではこうではなかった。

 女の子ではあっても、マァムには自分は戦闘員だと言う自負がある。前線にでて背後にいる仲間達を守るのが自分の役目だと思っていたし、それを誇りにも思っていた。
 だが、今の自分はどうだろう。

 戦いではさしたる役にも立てず、回復の能力も低い。おまけに、負傷者治療の知識でもポップに劣っている。
 後方援護を主とする魔法使いや救出された姫と同列に、いつのまにか庇われる立場になっている自分が、ひどく役立たずな気がしてならなかった。

 しかも、ただ休養しているという意味においても、マァムは役に立っていない。
 同じ立場のポップは、魔法力を回復させて仲間達全員を運ぶ役目を持っている。ただ休んでいるだけのように見えても、彼はその意味で役立っていると言えるのだ。

 そして救出されたレオナは、パプニカ王国の要ともいうべき存在で、いるだけで非常に重要な意味を持つ。
 同じように庇われている立場であっても大きな差があるのだと、マァムは今になってから気がついてしまった。

 自分の内部に生まれた悩みに囚われていたマァムは、ポップの呼び掛けにすぐには反応できなかった。

「……マァム? おい、マァム、どうかしたのか?」

 重ねて呼ばれてから、やっと顔を上げる。

「えっ? あ、な、なあに、ポップ?」

 レオナを抱えたマァムから少し離れた場所で座っているポップは、壁に軽く寄りかかったまま聞いてきた。

「いや、別に何ってわけじゃないけどさ、なんか元気ないみたいだから、さ……」

「そ、そんなことないわよ!」

 打ち消す語調が強くなってしまうのは、本当はそうだと肯定しているも同然だ。
 だが、ポップは特にそれは追究せず、別のことをきいてきた。

「あのよ、手、痛むか?」

「え……」

 問われてから、マァムは自分の右手を見下ろす。
 炎の残滓の宿ったフレイザードに踏みにられた手は、捻挫にも似た痛みと同時に、多少の火傷を負ってしまっている。

 本来なら回復魔法で治療した方がいい怪我ではあるが、あいにくレオナの治療のために全ての魔法力を吐きだしてしまったマァムには、もう手段は残っていない。
 落ち着いてみるとズキズキと痛んだが、我慢できない程のものではなかった。――痛むのは、こんな怪我などではないのだ。

「平気よ、たいしたことないし。私なら、大丈夫」

 軽く自分の手を押さえ、マァムは明らかに強がりと分かる笑顔で、そう答えた――。
 暗くなりかかってきた屋上に、真っ先に戻ってきたのはヒュンケルだった。戦いの最中に破けた服の代わりに、どこかで見つけてきたのか簡素な服を来てマントを羽織っている。 彼が手にしているのは、数枚の毛布と小さな袋だった。

「下で、見つけてきた。寒さを凌ぐのに、ないよりましだろう」

 愛想のカケラのない声で言いながら、ヒュンケルはポップの上に落とすように毛布を一枚投げかける。

「下の方に休めるような部屋とか、なかったのかよ?」

「あるにはあったが、どうやらフレイザードの部下達が暴れたようでな。使い物になる状態じゃなかった」

 そういってヒュンケルが再び投げ出したのは、小さな袋だった。

「なんだよ、これ?」

 ポップが手で持ち上げてみると、やけに軽く、カサカサと微かに音を立てる。それで、ポップにはその中身が薬草だと分かった。

「それだけしか見つからなかった。使え」

 ほんのわずかしかない薬草は、かろうじて一人分あるかないかぐらいの量しかない。
 レオナが一番ダメージを受けて弱っているとはいえ、他のメンバーも多かれ少なかれ怪我をしている。

 もし、余裕があるのなら、全員が回復魔法か薬草で治療を受けた方がいいような状態だ。ヒュンケル自身も相当なダメージを負っているのに、ようやく見つけた薬草を譲ってくれようとしているのは、分かる。

 本来なら、彼の優しさや誠意に感謝してしかるべきだろう。
 ――が、ヒュンケルへの反感と、自分が二番目に弱っていると判断された悔しさから、ポップはそれを撥ね除けた。

「いらねえよ!」

「……そうは見えないが?」

 ヒュンケルの目から見ても、ポップは顔色も悪いし、ひどく具合が悪そうに見える。だが、それでもポップは強情に首を横に振った。

「魔法力の回復にゃ、薬草なんか役に立たねえもん。――それは、おれよりマァムにやってくれよ」

 言いながらちらっとマァムの方を向くポップに釣られ、ヒュンケルもそちらに目をやった。
 レオナを抱えたまま、どこか憂い顔で沈みこんでいるマァムはヒュンケルが戻ってきたことにすら気がついていないらしい。

 彼女らしくもないぼんやりとした態度に、よほど疲れているのかとの疑惑が湧いて出てくる。

「あいつ、お姫さんばっかに魔法かけてたから、自分の手当てしてねーんだよ」

 心配そうなポップの言い分も、納得できる。マァムの方ばかり気にしているポップが、どれだけ彼女を案じているかはよく分かる。
 それだけに、ヒュンケルは彼を見下ろしながら聞いた。

「それなら、おまえが持っていった方がいいんじゃないのか、ポップ」

「おっ、おれは……っ、ほら、まだ休んでるとこなんだよっ」

 早口にそう言うと、ポップは与えられたばかりの毛布を被って、わざとらしくその場に寝っ転がって横になる。

 その様子を見て、ヒュンケルは小さな苦笑を浮かべつつも、ゆっくりとマァムの方へと向かった。
 それを毛布の影からこっそりと眺めつつ、ポップは自分で自分に歯がみせずにはいられない。

(あ〜、おれってホントになにやっちゃってんだろっ!?)

 マァム自身は、彼を好きだとは言わなかった。
 だが、マァムがヒュンケルに好意を抱いているのは、一目瞭然だ。ヒュンケルの方だって、マァムには妙に優しい。

 そんな二人が一緒にいれば――その結果がどうなるのかなんて容易に想像がつく。
 正直、マァムが好きなポップにしてみれば、割り込んででも邪魔したい展開だ。
 ――が、今の落ち込んだマァムを、見ている方がもっと辛い。隠そうとしても隠せないほど落ち込んでいる彼女が、痛々しく思えてならない。

 らしくもなく沈みこんだあの少女が少しでも元気になるなら、励ます役目が自分でなくてもいいと思った。
 ヒュンケルを心配していたマァムが、彼と話すことで少しでも救われるならそれでいい。
 込み上げてくるやっかみを押さえつけて、ポップはライバルに見せ場を譲ってしまった馬鹿な自分を、心の中だけで罵っていた――。






「マァム。手は痛むか」

 呼び掛けられ、マァムはさっきポップに声を掛けられた時のようにハッとして顔を上げる。
 だが、今度の声は、まだ少年の声の域を脱しきっていないポップとは違い、深みのある男性の低音だ。

 ヒュンケルが目の前にやってきたのを見て、マァムの顔に取り繕いとは少し違う笑みが浮かぶ。

「大丈夫よ、たいしたことはないし……」

 ポップへ返したのと同じ言葉を返したが、ヒュンケルは無言のままマァムの手を掴む。怪我をした方の手を、だが、決して傷に障らないように丁寧に掴んだヒュンケルは、意外なくらい優しい手つきで手当てし始める。

 薬草を使った手当てに慣れているのか、ヒュンケルの手当ては適格だった。腫れて痛む手首によく揉んだ薬草が押し当てられ、ハンカチで代用された包帯を巻かれると、それだけで痛みがずいぶんと和らいだ。

「ありがとう、ヒュンケル」

「礼ならポップに言うといい。オレは奴に頼まれたんだ」

「そう……、ポップが」

 思わず、マァムはポップの方に目を向けた。
 毛布を被ってふて腐れたように横になっているポップは、こちらを見てもいないが、それでも自分を案じてくれた、その優しさが嬉しかった。

(ポップは……いつも、私を助けてくれるのね)

 今だけではなく、バルジ島での戦いではハドラーの魔法から庇ってくれた。アバンの仇と知って冷静さを失い、ハドラーに手もなくやられそうになった自分を、ポップが必死になって守ろうとしてくれたのを、マァムは知っている。

 途中でマァムが気絶してしまった後も、きっと助けようとしてくれたのだろう。
 ポップとヒュンケルの二人がいなかったら、きっとマァムは助からなかった――。

(最初の頃とは、ホントに大違いね)

 魔の森にいる雑魚な怪物にさえ怯えて、友達を見捨てて逃げ回っていた臆病な魔法使いは、もういない。

 明らかに自分より強くなってきたポップに対して感じるのは、素直に称賛したい気持ちであり――それでいて、ちょっぴり寂しさを含んだ焦りだった。
 再び沈みこみそうになったマァムだが、丁度ダイ達が戻ってきたおかげで気がそれた。
「ただいまーっ。ちょっとだけど、ご飯見つけたよ! それに、水も汲んできたよ!」

「お、どれどれ、なにがあったんだよ」

 寝ていたはずのポップも起きだして、ダイ達と収穫品の品定めを始めた。
 その間、マァムとヒュンケルは余分の毛布を床に敷き、できるだけ丁寧にレオナを横たえさせる。

 ヒュンケルも手伝ってはくれているが、眠っている姫に触れるのを遠慮しているため、実際に彼女が楽な姿勢になるように気をつけ、幾度となく寝かし直しているのはマァムだった。
 その作業に没頭していたマァムは、背後の異変に気がつくのが遅れた。


 トサッ――!!

 何か、柔らかいものが地に落ちる音は、聞こえた。だが、マァムが振り向いたのはその音のせいではなく、その直後に聞こえたダイの焦った声のせいだった。

「ポップ!? ポップッ!? どうしたんだよっ!?」

 振り返ったマァムの目に映ったのは、べたっと変な格好で地面に突っ伏したポップと、その隣でおろおろとしているダイの姿だった。

「ポップッ?」

 慌てて、マァムはポップの側に駆けよった。
 ひどく顔色が悪く、ぐったりとした有様はどう見てもただ事とは思えない。

「ダイ、ポップはどうしたの!?」

「わ、分かんないよ!? 今まで普通だったのに、急にバタッて倒れちゃったんだ!」

 うろたえるダイは、さっきまで嬉しそうに抱えていた食料品さえ放り出してポップを揺さぶっている。

「ポップ、ポップ! ポップ、聞こえてる!? 起きてくれよ、ポップ!」

 それこそ血相を変えて、ダイは必死になってポップを呼び続ける。だが、ポップはダイの声に答えるどころか、揺さぶられていることにすら気付いていないように、全くの無反応だ。力の抜けた身体はまるで人形のように横たわり、ダイに揺さぶられるままガクガクと首を揺らしている。

「ダイ、よせ」

 見兼ねたのがヒュンケルが止めると、やっとダイは手を離す。だが、その目はポップに釘付けで、心配そうに彼を見つめている。

「いったい、こりゃあどうゆうこった!? おい、ポップ君は大丈夫なのかのっ!?」

 バダックやクロコダインも、気遣わしげにポップを除き込む。
 もちろん、マァムもポップのすぐ側に座り込み、さっそく手当てしようとした。
 だが、魔法力などまだ回復していない今のマァムには、回復魔法はかけられない。

 それでもとてもじっとしていられなくて、不自然な格好でべしゃっとつぶれるように倒れ込んでいるポップを抱き起こしながら、異常がないかを確かめていく。
 真っ先に呼吸や脈を確かめ、ちゃんとあるのにホッとしてから――不安が込み上げてくるのを感じた。

(なんで、こんなに身体が冷えているの……!?)

 ポップの体温は、ひどく下がっていた。手で触れると明らかにひんやりとしていて、さっきベホイミをかける直前の、氷から開放されたばかりのレオナ並に体温が低くなっている。

 それに呼吸はしているし、脈も規則正しいとは言え、両方ともひどく弱々しいのが恐怖だった。
 原因を探ろうと、マァムはポップの身体を調べてみる。

 だが、打撲や擦り傷以外で目だった怪我は見当たらないものの、マァムはポップの足下に目を留めて眉をひそめる。
 すっかり黒焦げになり、ところどころ炭化しかかっているブーツは、ハドラーの魔法からマァムを庇った時に受けたものだろう。

 ブーツごと焼かれたのが幸いして、比較的浅いものだったが、火傷は免れてはいない。だが、それでも気絶をする程の重傷とはとても思えなかった。

(なぜ……? 魔法力が尽きたから?)

 魔法力を使うと、疲労するのは知っている。ついさっき、ポップが魔法力が尽きたせいで、ばったりと倒れたのも見た。
 だが、あの時はちゃんと意識もあったし、ヘバッてはいたもののさして具合が悪いようには見えなかった。

 なのに、なぜ、今になってからこんなにも具合が悪化したのか……理由を掴めないままマァムはギュッと唇を噛み締める。
 不安そうな仲間達の視線が痛かった。

 さっきポップがそうしたように、みんなの不安を和らげ、場の雰囲気をなごませるような言葉など、とても言えない。
 自分の無力さを、マァムはしみじみと思い知らされた――。

 


                                     《続く》
  

 

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