『失われたもの 1』

 

 天を突き刺すように尖った岩山――それらが無数に存在する荒野が、そこにはあった。空の色さえもが暗雲に染まり、生き物の姿がまるで見つけられない、荒廃した雰囲気を漂わせる場所。

 死の大地。
 行った者は二度と帰れないと噂に高い、世界の最果て。
 誰もがその噂を恐れ、近寄ろうともしない最後の秘境。
 その場所で、たった今、処刑が行われようとしていた――。







 漆黒のピエロは、ユラリと無造作に大鎌を振り上げる。
 高々と、不必要なまでに振りかぶって。

「……!!」

 空気の流れからそれを感じ取ったのか、ポップの表情が強張った。だが、キルバーンの仕掛けた幻覚により視覚や聴覚を狂わされ、手足すら動かせなくなったポップに、それを避ける術もない。

 不吉な予感に身を震わせながら、ただ歯を食いしばっているだけの少年の細首目がけて、光る鎌が振り下ろされた!
 しかし、固い金属音が響き渡り必殺の刃を止める。

「――!?」

 いかに張りついた仮面の顔とは言え、驚きの色をさすがに隠せない。
 弾かれた刃の勢いのままに大きく後ろに跳びずさったキルバーンは、自分の邪魔をした相手に嫌疑に目を投げかける。
 よろけ、倒れかかったポップを軽く支え、自分の方へと引き寄せた相手に。

(……た……、助かった……?)

 まだ目がはっきりと見えず、しっかりとは立てないポップは自分を助けてくれた相手が、誰かも分からないまま、すがりつきかける。
 だが、わずかに緩んだ気が再び凍りつくまで時間は掛からなかった。

「……いったい、どういうつもりだい? いくら親友のキミでも、返答次第では許さないよ、ミスト」

「――!?」

 キルバーンの言葉に、ポップは大きく目を見張る。
 かすみがちな目に映ったのは、白い長衣の奥に不気味な闇と光る双眸を秘めた、長身の魔族……ミストバーンに違いなかった。

「な……っ!? てめえがっ、なぜ……っ!?」

 よりによってミストバーンに助けられ、かばわれた事実に驚愕したポップもまた、キルバーンと似た様な疑問を口にする。
 と、思いも寄らずミストバーンが答えを返した。

「バーン様のお言葉は……全てに優先する」

 くぐもった、その癖、不思議なぐらい深みのある声。静かに呟いただけなのに不思議な程よく響く声が、抑揚なく言葉を紡ぐ。それに対するキルバーンの声は、場違いなぐらいに明るいものだった。

「あれっ、なァ〜んだ、バーン様のご命令があったのかい。それじゃ従うしかないけどサ、いったいなんて言われたんだい?」

「『この魔法使いを、生かしたまま連れてこい』と……」

 告げられた言葉の意味を深く考えるよりも早く、悪寒がポップを捕らえる。

「じょ……冗談じゃねえっ!」

 ポップは咄嗟にミストバーンを突き飛ばして逃げようと試みた。
 だが、その動きは完全に見透かされていた。
 ポップの突き飛ばしに微動だにせず、ミストバーンが大きく手を開いた瞬間、その指が長く伸び、大きくうねる。

 指は飛び掛かる蛇の速度で、ポップの身体を一瞬で絡め取り、動きを封じた。

「うわぁあっ!?」

 手に、足に、二の腕ごと胴に、不規則に絡み付いた伸縮自在の指は、ポップを操り人形の様にたやすく手のひらへと拘束してしまった。
 ポップの身体など文字通り片手で持ち上げてしまうミストバーンに、恐怖はより強まる。

 だが、その恐怖に身を竦めて動けなくなる程、ポップは諦めのいい性格ではない。
 空に浮き踏ん張りの利かない足を、指に邪魔をされてロクに動かない手を、精一杯ばたつかせた。

「離せっ、離せよっ!? くそおっ、離しやがれっ」

「あー、うるさいな〜。やっぱ、殺しちゃってから連れてった方が、楽じゃないの〜? キャハハッ」

 一つ目ピエロの軽口に、ミストバーンは応じようとさえしない。ただ、ポップのうるささに辟易した様に、腕を水平に伸ばしてわずかに遠ざけ、空に飛び上がろうと身体を浮かしかける。

 その時、凄まじい轟音が響き渡った。
 その音は、まさに雷鳴。
 地を裂き、岩山を崩す一撃。常識を一掃する剣撃が、たった今ミストバーンとキルバーンの立っていた位置を、襲撃した。

 そのあまりの凄まじさに、土煙が噴火のごとく立ち昇る。
 常識に縛られた人間が見たのであれば、まさに天変地異としか思えない光景がその場に広がっていた。

 だが――魔王軍の幹部にとっては、この攻撃は脅威ではあっても、驚愕には値しない。
 薄れた煙の中から、当然の様に現れたのはキルバーンだった。

「ヒュ〜ッ、危なかったねえ。まったく、ダメじゃないか、勇者クン。いきなりそんな一撃を振るったりして……ミストが庇わなかったら、魔法使いクンが死んじゃうところだったよ」

 怒るというよりは、些細な悪戯をたしなめているような口調は、かえって相手を挑発し、馬鹿にしているように聞こえる。
 だが、自分の剣をしっかりと身構えているダイは、キルバーンの軽口になど興味すら払わなかった。

 彼の目はただ、ミストバーンの手に捕らえられたポップに向けられている。
 いまだに立ち込めている煙のせいで咳き込み、それでもじたばたとまだもがいているポップを見つめながら、ダイは怒りを押し殺したような声で言った。

「……ポップを離せ……っ!」

 小さな少年の身体とは裏腹の、たぎる様な気迫。
 相手に左肩を見せる程、極端に半身を引き、右手だけで逆手に剣を身構える独特の姿勢は、魔族にとってさえ油断のならないものだ。

 大勇者アバンの最大の必殺技、アバンストラッシュの構え。
 もし、ダイが竜の紋章の力を全開にして、この距離で剣を放つのであれば、いかにキルバーンやミストバーンとて、ただではすまない。

(おまけに、さすがは勇者の一撃。これも天運かねえ?)

 自分の手にした鎌に、キルバーンは皮肉な視線を投げかける。
 今のダイの一撃を辛うじてかわしたとはいえ、あの凄まじい攻撃はキルバーンの大鎌にひびを入れていた。

 さすがにすぐに壊れるほどのダメージは避けたものの、刃から柄に渡ってひびが入ってしまっては、笛としては役に立たない。
 死神の笛として、人間に幻覚を与えて惑わす効果はもう望めない。
 だが、キルバーンは余裕の態度を崩さなかった。

「おお、怖い、怖い。でも……いいのかねえ? こっちには魔法使いクンがいることを、忘れてもらっちゃ困るよ?」

 その言葉に、ダイの目はよりいっそうの険しさを増し、死神を見据える。剣の柄を握り締める手に一段と力が籠もるが、だが、打って出るようなうかつな真似はしない。

 慎重に、間合いを計る様に相手と対峙し、わずかに足の位置をずらして足場を踏み固める。

「ダイッ、おれのことは構わなくていいから、そいつに一発、ぶっ放しちまえっ!」

 掴まっている分際で威勢だけはよくわめくポップに、ミストバーンは一瞥すらしなかったが、キルバーンはおかしがっているような視線を投げ掛ける。

「……だってさ。ククク、どうする、勇者クン? 一つ、リクエストに応えてみるかい?」

 おどけた口調で言いながら、しかし、キルバーンは人質から離れて大鎌を手に、スッと一歩前へと進みでる。
 キルバーンのその動きをミストバーンは止めもせず、微動だにせずに座しているだけだ。

 目を合わせるまでも、言葉など交わすまでもなく、彼らには連携が取れていた。

 確かに、勇者の初太刀はキルバーンの武器にひびを入れた。おまけに、ポップを捕らえることで片手をふさがれたミストバーンの方も、ある意味で半分武器をもがれたようなものだ。

 だが、それでもこの場で有利なのは、明らかにミストバーン達の方だ。
 いかにダイが自分の力を十二分に引き出せる剣を手にしていたとしても、この場には足枷が存在している。

 ポップがミストバーンに囚われている限り、ダイは決して全力で攻撃などできやしまい。それを確信しつつ、それでもなおキルバーンが先鋒を買って出たのは、バーンの命令ゆえだ。

 バーンの命令ならば、ミストバーンはこの場でダイと戦う選択など、選びはしない。迷わず、ポップを連れて行くのを優先するだろう。
 ならばキルバーンが引き受けるのは、ミストバーンが瞬間移動呪文を唱える間、ダイに邪魔させないように抑える役目だ。

 目前の敵に対し全力で身構えている様で、ダイの意識は恐らくキルバーンよりもミストバーンに向けられている。

 瞬間移動呪文は、一度飛び立ってしまえば捕捉はまず不可能だが、出発間際の瞬間に邪魔が入ればその限りではない。
 魔法を唱える時、一瞬とはいえ隙を見せるのはどんな魔法使いや戦士だろうと同じなのだから。

 ダイの狙いは、飛び立つ瞬間のミストバーンに一撃を食らわせ、ポップを取り戻す隙を見出だすことにあるだろう。

 それを阻むために、滑る様な足取りでダイに近付きながら、キルバーンは牽制のつもりで大鎌を身構える。
 が、思いもかけず、ダイが全力で剣を振り切ってきた!

「――!?」

 牽制などという生易しいものではない。キルバーンの胴を真っ二つに斬らんばかりの剣の一撃は、紛れもなくダイの全力攻撃だった。なまじ、ミストバーンへの援護のつもりで半端に身構えていただけに、キルバーンの姿勢は簡単に崩される。

 辛うじて大鎌の柄で攻撃は受け止めたものの、勢いに押されて数メートルは吹っ飛ばされ、後方の岩山に叩きつけられる。

「わわわっ!?」

 離れた位置にいたピロロが、慌てながらもキルバーンの方へと駆け寄ってくる。
 意表を突かれただけに思っていた以上のダメージを負ってしまったキルバーンだが、それでも彼の顔から余裕の笑みは消えなかった。

「やるねえ……だが、これで終わりだよ」

 今の一撃で、ダイはミストバーンに攻撃するチャンスを失った。
 いかに勇者とて、次の攻撃を仕掛けるのには一拍の時間を必要とする。
 キルバーンが攻撃食らうその瞬間に飛び立ったミストバーンを見て、狡猾な死神は自分の役目が終わったことを確信していた。

 だが、その余裕の笑みは、瞬間移動するはずのミストバーンが空中で奇妙にふらついたのを見て凍りついた。
 そして、瞬時にその原因がミストバーンの腕の先に捕らえられたままの少年にあることに気づく。

(あのボウヤの仕業か……っ!!)

 瞬間移動魔法は、一方向にしか働かない魔法だ。
 もし、二人の術者が魔法を唱えたのであれば、先に唱えた者の呪文が優先され、移動が完了するだけだ。

 だが、もし――あえて呪文を発動するタイミングを合わせ、まったく同時に瞬間移動呪文を唱えたのなら。
 二か所に同時に移動を望むという矛盾した呪文はどちらも発動を妨げられ、術者らは移動に失敗して失速する羽目になる。

 しかし理論上はそれは可能でも、そこまで相手が呪文を唱えるタイミングを合わせるのは、そう容易いことではない。
 ましてや、死神の笛のせいでろくに身体や感覚の自由の利かなかったはずのポップが、このタイミングで邪魔してくるなどとは予想もしなかった。

 だが、予想してしかるべきだったのか。
 瞬間移動呪文だけなら、多少感覚が狂っていても唱えられる。なにより、ダイとポップもまた、阿吽の呼吸を会得した相棒同士だ。

 キルバーンとミストバーンがそうだったように、言葉など交わさなくとも連携攻撃はとってくる。

「ダイ、こっちだ――ッ!!」

 ミストバーン共々失速して落ちかかりながら叫ぶポップに応じて、ダイは今度はミストバーンに向かって振り返りざまに剣を振るう。

「空烈斬ッ!」

 アバン流刀殺法・空烈斬――空を飛んだ残撃は、驚くべき正確さでミストバーンの手だけを貫いた。
 硬質化した爪を狙った一撃により、彼の爪は五本とも、断たれた。
 その瞬間を狙って、ポップが呪文を唱えた。

「イオ!」

 途端に大気が変化を生じ、高温の熱エネルギーを撒き散らしながら爆烈していく。まるで花火を間近でまいた様に、炸裂する光の塊がその場にいた者の目と身体を焼いた。

 しかも、ポップは数発、連続して爆烈呪文を放つ。
 敵を狙って、というよりは無差別に周囲に放つ呪文は、攻撃性は薄い。
 だが、爆烈呪文の輝きが周囲を覆い隠して煙幕じみた効果を上げていた。そのせいで、さすがのミストバーンの追撃の手も阻まれる。

 自ら生み出した呪文の勢いで、ポップの身体は爪に絡みつかれたまま空中に投げ出される。

 それを見て、真っ先に動いたのはダイだった。
 突然の出来事に対応が遅れたキルバーンやミストバーンを完全に出し抜いて、この時点でダイは彼らより一歩早く動いていた。







(ポップって、やっぱりすごいや――!)

 ポップを目指して空を飛びながら、ダイは今になってからやっとそれを思い至った。

 ポップが敵に掴まっているのを見た時から、ダイ自身は冷静さも考えも失っていた。ただ、本能のままに初撃を放ったものの、その後、どうするかなんて思いつきもしなかった。

 だが、戸惑わずにすんだのはポップがいてくれたからだ。
 自分を掴まえているはずのミストバーンではなく、なぜかキルバーンを攻撃しろと言ったポップの言葉に、ダイは迷わず従った。

 正直、ダイにはポップが何を考え、何を狙っていたのかなんて分からなかった。自分の考えでは、ミストバーンに攻撃した方がいいんじゃないかとは思ったし、そうしたいと思いもしたのだが、それでもポップの言葉を優先した。

 そして、今になってからようやくポップの狙いや指示の適格さが分かる。
 剣を手にしたまま飛び上がったダイは、ポップを受け止めて、そのまま瞬間移動呪文で飛び去るつもりだった。

 実際、そうしていたのなら、さすがのキルバーンやミストバーンも追いつけなかっただろう。
 だが――空中に飛び上がったダイは、目がかすむのを感じた。

「……っ!?」

 残像の様に、目の前にいるポップがダブって見える。おまけに浮力が急激に弱まり、力が入りにくい。
 その感覚に、ダイは覚えがあった。
 竜の騎士の力を使い果たした時に感じる、急激な脱力感。

(だ、だめだ、もう少しもってくれ……っ!)

 焦りを感じつつダイは、ポップに手を伸ばす。だが、その速度は明らかに遅くなり、剣に邪魔をされて片手しか使えない手は力が入りにくい。

(邪魔だよっ)

 ほとんど無意識に、ダイは剣を投げ捨てていた。持ち主の手を離れた剣は、くるくると周りながら下に落ち、海へと落下したがダイはそれを見てさえいなかった。

 ただ、両手を目一杯伸ばすのに精一杯だ。
 何とかポップを受け止めようとした瞬間――すぐ背後から不気味な声がかけられた。

「遅いよ、勇者クン」

 その言葉と同時に、弧を描いた大鎌がダイを襲う。
 咄嗟に身を翻して躱したものの、そのせいでダイはポップからわずかとはいえ離れた。だが、そんなわずかな瞬間に、再び蛇のごとき爪が襲撃してきた!

「うわぁっ!?」

 まだ、距離をおいた場所にいるにもかかわらず、ミストバーンの伸ばした爪が、生き物のごとくポップを捕らえる。
 まだ残っている前の爪の残骸の上から、お構いなしに新たなる爪が巻きつき、食い込んでいく。

「ポップ――っ!?」

 切迫した叫びと同時に、ダイの手が伸ばされる。眼前の敵であるキルバーンなど無視して、自分の身も顧みずに、ただただ、ポップだけに向かって。
 思いっきり伸ばされたその手に、ポップも応じようとした。

「ダ……イ……ッ!!」

 ミストバーンの爪に二重に全身を絡め取られながらも、それでもポップはわずかに動く手を無理やり動かし、ダイに向かって伸ばそうとする。

 だが、獲物のわずかな抵抗すら、ミストバーンは許さなかった。
 白い衣の奥、底知れぬ闇の中で虚ろな目が不気味に光った。
 次の瞬間、劈くようなポップの悲鳴が、響き渡る。

「――ぐぁああっ!?」

「ポップ!? ポップッ!」

 ポップの全身を戒めていた、触手のような指がその身体に食い込んでいた。今まで以上の力で締め上げられ、苦痛の悲鳴を上げるポップはもう手を伸ばすどころではない。
 数秒と持たず、ガクリと首を垂れ力が抜けたように脱力する。

 落下しかかったポップの手と、ダイの手が触れ合ったのはほんの一瞬だけだった。手を握る力を込める隙すらなく、力の抜けたポップの身体は目を見張る速度でミストバーンの元に引き寄せられる。

 完全に意識を失っているのかぐったりとしているものの、ポップの胸はかすかに上下していて、生きているのだけは確認できる。
 驚きに目を見張るダイの前で、無貌のはずの男は、光る目だけで勝ち誇ったような視線を投げかけてきた。

「くそ……っ!!」

 思わず、ダイは歯がみをする。
 ――きっと、あの伸縮自在の爪は、望めばいつでも縮められたに違いない。
 それをわざわざ、ぎりぎりまでそうせずにポップの苦痛をダイに見せつけていたのは……ミストバーンの悪意としか思えない。

 しかも、ミストバーンの挑発的な嫌がらせはそれだけにとどまらなかった。
 無抵抗になったポップの身体を、爪をしまい込んだミストバーンはことさら慎重な手つきで、片手で抱え直す。

 そのゆとりを見せた態度は、ダイを激昂させ冷静さを無くさせるには十分だった。

「ポップを返せっ!」

「おおっと、これ以上は行かせないよ、勇者クン♪」

 ミストバーンの側に行こうとするダイを、キルバーンは大鎌を振りかざして阻む。

「邪魔だっ、どけっ!」

 苛立って怒鳴りつけたところで、キルバーンが怯むはずもない。
 今や、形勢は逆転したのだから。

 小賢しい魔法使いの少年は、すでに無力化させて今度こそ完全な捕虜とした。
 そして、今やほとんど力を使い果たしかけた勇者をこのまま見逃す程、キルバーンはお人好しではない。

 あわよくば仕留めようと考えるキルバーンの思考を、ミストバーンも賛成しているのだろう。
 ミストバーンはあまりにもバーンに忠実で、主君の敵を減らすのには熱心な男なのだから。

 しかし――ミストバーンはふと、ある一点を見つめると、スッとその方向を指差した。それに釣られるようにそちらを見たキルバーンは、大仰に肩を竦める。

「おやおや。……やれやれ、今日は邪魔が多い日みたいだね。じゃあ、お楽しみはまた今度かな?」

 耳障りな笑いをたて、互いに頷き合ったキルバーンとミストバーンの身体が、一瞬の光の軌跡となって空へと消える。
 ミストバーンに抱かれたポップも、当然の様に一緒に――。

「まっ、待てっ!!」

 後を追おうとして……ダイは、飛ぶどころかその場から落下して、地面に叩きつけられた。
 激痛が走ったが、ダイはそれでも素早く起き上がった。

 しかし、その目に映るのは誰も見えない空だけだ。
 絶対に助けたいと思っていたはずの、魔法使いの行方すら分からない。

「……あ……」

 うろたえ、思わず周囲を見回して……ダイは、地面に落ちたままの杖を見つける。

 師匠のマトリフからもらったというその杖を、ポップはいつも身につけていた。震える手でその杖を握り締めるダイは、周囲の状況など目に入っていなかった。

「ダイ、大丈夫か!?」

 ガルーダと共にやってきたクロコダインの問い掛けも、耳にろくに入らない。彼の接近を視認したからこそ、キルバーンやミストバーンが逃げたことなど、考えにすら及んでいなかった。

 ただ、杖を手にしたまま俯いているダイに、不安げなクロコダインの声がかけられる。

「……!? ダイ、ポップはどうしたんだ!? まさか……?」

 それを聞いて、ようやくダイがピクンと反応した。
 大きく見開かれたままの目に、痛々しいまでの絶望が浮かぶ。

「ポップ――ッ!」

 無人となった死の大地に、小さな竜の咆哮が響き渡った――。
                                    


                                    《続く》
 

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