『いつか得る勲章 ー前編ー』

  

 勇者や魔法使いとて、万能なわけじゃない。
 如何ともし難いことやら、どうしようもないことなど、山のようにある。
 例えば、突然降り出した雨の前には勇者や魔法使いの力などあっても、どうしようもない。

「ポップーッ、早く、早くっ。濡れちゃうよっ」

「急かすなっつーのっ。どうせ、もう濡れまくってるじゃねえか」

 空から真っ直ぐにパプニカ城に飛んで来た影は、二つ。
 そんな風に騒ぎ立てながら、中庭に下り立ったダイとポップがパプニカ城内に駆け込んできたのを見て、マリンはくすくすと笑う。

「おかえりなさい、ダイ君、ポップ君。大変だったわね」

 心からの労いを込め、マリンは雑用の手を止めて自分よりもずっと年下の少年達を迎えた。
 パプニカ王家に仕え、王族を護る任務を持つ三賢者の一人であるマリンだが、魔王軍との戦いの最中ではさして役に立っているとは言えない。

 賢者としてそれなりの修行を納めはしたものの、それだけでは足りない。
 魔王軍と戦うためには、勇者とその一行の力は不可欠であり、自分達では力が及ばないと理解しているからこそ、サポート役に徹する覚悟でいる。

 本来ならば王の補佐として政務を執る役目を持つ三賢者も、今の人手の足りない今のパプニカでは、雑用係と言ってもいい。

 だが、マリンはそれに不満を抱いてはいない。
 ダイやポップが修行に励んでいるのなら、疲れて帰ってくる彼らを労う準備をするのも、三賢者の役目の一つと割り切っている。

「そのままじゃ風邪を引くわよ。ちょうどお風呂の支度ができたところだから、暖まっていらっしゃいな」

 そう声をかけると、ダイとポップは嬉しそうに応じた。

「ラッキー♪ 行こっ、ポップ」

「ああ、もービショビショで気持ち悪いもんなー。ありがと、マリンさん」

 水の滴る服のまま、二人は大浴場の方に向かって走りだす。
 が、途中でポップの足がぴたりと止まった。

「どうしたんだよ、ポップ」

「あ、あ〜、いや……。今、急に用事を思い出しちまってさ。悪ィ、ダイは先に入っててくれよ」

 早口にそう言ったかと思うと、ポップは急に踵を返して風呂とは逆の方向へと走っていってしまった。

「……?」

 取り残されたダイは、きょとんとするばかりだった――。







 手を組み合わせて指鉄砲を形造り、お湯をビシュッと打ち出す。
 最初はうまくいかなかったが、最近はめっきりと上達したと自分でも思う。――だが、どんなに上手くお湯を打ちだしたところで、今日は面白くも何ともない。

 きっちりと肩までお湯につかりながら、ダイは小さく溜め息をつく。
 指鉄砲遊びも、湯船に入る時は肩まで入らなければいけないというルールも、ポップが教えてくれたものだ。

(……ポップがいないと、つまんないなー)

 だいたいのところ、ダイは風呂が好きじゃない。
 というよりも、以前はその存在自体を知らなかった。怪物しかいない常夏の島デルムリン島には、そもそも『風呂』自体がなかったのだからしょうがない。

 身体を洗うのはいつも海であり、その後、塩気を取るために泉の水を浴びるのがダイの知っている『入浴』だった。
 それが、人間はお湯につかって身体を洗うのだと初めて知った時は、ちょっとしたカルチャーショックだった。

 ダイが初めて風呂を見たのは、ネイルの村のマァムの家でだが――湯気を立てている風呂桶に入れと言われて、死ぬ程びっくりしたものだ。
 ダイの知識では『湯気が立つ=熱くて危険なもの』であり、そこに入るなんて冗談じゃないと思ったものだ。

 そんなダイに『風呂』は怖いものじゃないと根気よく教えてくれたのは、ポップだ。

「火傷なんかしないっつーの! 平気だから、おとなしく入れっ」

 呆れつつもポップは、風呂は沸騰させているわけでなく、火傷もしないぬるいお湯だからと説明しつつ、先に入って平気なものだと証明してくれた。
 ダイが慣れるまでポップはいつも一緒にお風呂に入ってくれたし、ある程度馴染んだ今でも大抵は一緒に入っている。

 お風呂のルールやら、髪や身体の洗い方も教えてくれるが、ポップとのお風呂は大半が遊びみたいなものだ。
 お風呂にいる間も、ポップは様々な遊びを教えてくれる。

 指鉄砲に始まり、誰もいない時にこっそりと湯船で泳いだりする楽しさとか、女湯を覗くのがいかにワクワクする男のロマンが詰まったものなのだとか。

 まあ、ダイにはどうでもいい部分も多少はあるが、それでもポップと一緒に入るお風呂が、ダイにとっては一番楽しい。

 早くこないかと何度となく入り口に目をやったが、いくら待っても全然やってくる気配もない。
 もうとっくに身体も洗い終わってしまったし、苦手な髪の毛を洗う作業も終わってしまった。おまけに、湯船につかりすぎて頭がボーッとしてきた。

(そういや、お風呂って入り過ぎるとのぼせるからほどほどにしとけって、ポップ、言ってたっけ)

 城の兵士達が風呂に入り始めたのを機に、ダイは待つのを諦めしぶしぶと風呂から上がった。







「あれ? ポップ? まだ、そんな格好してたの?」

 廊下でひょっこりと顔を合わせたポップは、まだ濡れた服のままだった。

「よお、ダイ。珍しくずいぶん長風呂だったんだな」

「ポップ、もう用事すんだの?」

「ああ、まあな。じゃ、おれ、これからひとっ風呂浴びてくるから、また後でな」

 ひらひらっと手を振って、ポップは震えつつ急ぎ足で風呂場に駆け込んでいく。
 その姿を見送りながら、もう少し粘っていれば一緒に入れたのになと、ダイはちらっと後悔する。

 だがまあ、次の機会などいくらでもあるだろうと思い、ダイは先に食堂にでも行こうとした。ポップは寒がっていたみたいだし、暖かい食べ物でも用意しておいてもらおうと思ったのだ。

 ――が、廊下に残る水の染みを見つけて、ダイは立ち止まった。
 それはポップと出会った場所から、少し離れたところにあった。

 ついているのは、床と、壁にだ。
 びしょ濡れの人間が壁に寄りかかっていれば、背中と、足下にできるかのような水の染み。

 だが、その染みは、ダイの目線ほどの高さにある。大人が寄りかかっていたにしては、低い背中の位置――だが、ポップがもしここにいたのなら、納得できる位置だった。

 その位置に立って、ダイはそこが公衆浴場の扉がよく見える場所だと気がついた。ここで立ったままダイが出てくるまで待ち、さも今来たかのように歩きはじめたのだとしたら……さっき会った場所で、でっくわすだろう。

(ポップ?)

 なんとなく嫌な予感を抱きながら、ダイは壁の染みを見つめていた――。







「……最近、ポップがなんか変なんだ」

 しょんぼりとした調子で、ぽつんとそう打ち明けたダイを見て、仲間達は顔を見合わせた。
 彼らにとっては、それは少しばかり意外な言葉だった。彼らにとっては、ポップはいつもと変わったようには思えない。

「そう? 別にポップの様子は変わった風には見えないけど……」

 マァムの呟きは、その場の全員共通の感想だ。
 ダイとポップは大抵はいつも一緒にいるし、特にケンカした様子もない。現に、ついさっきまで二人で一緒にいて何やら楽しげにはしゃいでいた姿を目撃している。

「ああ、オレもさっき廊下で擦れ違ったが、特に変わった様子はなかったな」

 タオルと着替えを手に機嫌よさそうに廊下を歩いていたポップは、ヒュンケルを見るなり露骨に嫌な顔をして悪態をついていたが――まあ、いつものことだ。

 むしろ、いつもと違った様子を見せているのはダイの方だ。
 ここのところ、夕方から夜になると決まってダイは一人で膝を抱え込み、元気がなくて沈み込んでいる様子を見せる。
 だからみんな、心配してこうやって話を聞いてみようとしたぐらいだ。

「ダイ君は、どこが変だと思うの?」

 レオナが問いかけると、ダイはしょんぼりとしたまま答えた。

「お風呂……」

「お風呂? それがどうかしたの?」

「ポップ、ここんとこずっと、おれと一緒にお風呂に入りたがらないんだ」

 その言葉に、一同は互いに顔を見合わせる。
 言われてみれば、ダイが一人でしょぼんとしている時間は、ポップの姿は決まって見えない。

 今、ヒュンケルが会った時も、ポップはちょうど一人で風呂に向かっている最中の様子だった。

 だが、ダイに言われて初めて気がついたが、それは珍しいといえば珍しい。
 ダイとポップは、一緒に行動することが多い。二人がじゃれあいつつ風呂場で遊んでいる光景は、あまり城の公衆浴場を使わないヒュンケルでさえ何度も見掛けたことがある。

「最初は気のせいかなって思ってたんだけど……」

 しどろもどろなダイの説明を要約すると、最近、ポップは風呂の時間になると決まってどこかに行ってしまい、一人で入ってくるのだと言う。
 一緒に入ろうと誘っても用があるとか言って逃げ出してしまうし、用事は何かと聞いても適当にごかまされしまう。

「テランから帰ってきてから、ずっとそうなんだ……」

 痛々しい程の傷心ぶりを見せて呟くダイを見て、マァムを除く全員に思い当たることがあった。

 テランで、ダイは自分の出生の秘密を知った。
 自分が純粋な人間ではないと知り、人間から差別を受けたことがダイにとって大きな傷になったのは、レオナは直接見た。
 他の仲間達も、それは薄々察している。

 天真爛漫という言葉がぴったりな明るい勇者が、心に負った初めての傷――だが、それを癒やしているのはポップの存在だ。
 ダイが怪物でも関係がないと言ってのけるポップが、どれ程ダイの心の傷を救っているか、想像に難くない。

 だが、それは逆に言えば……ポップがダイを怪物と疎めば、それは他の人間が与える傷以上に深いものになるということだ。
 もし、ポップがダイを疎んじているから風呂を共にしたくないと考えているのなら……その可能性が怖くて、ダイは確かめられないでいるのだろう。

 ダイの迷いが分かるだけに、レオナやヒュンケル、クロコダインは安易な慰めの言葉を口にはできずにいた。
 だが、その時に一緒にいなかったマァムは、ためらわなかった。

「そんなの、きっと思い過ごしよ。なんなら、私からポップに聞いてみましょうか? 聞いてみたら、案外、なんだあっていう感じの理由じゃないかしら」

 彼女のなだめを聞いて、ダイはやっと安心したような笑顔を見せた――。








「ポップ、いい? ちょっと話があるんだけど」

 良くも悪くも真っ直ぐで、体当たりに行動するのがマァムの行動パターンだ。

 ましてや、相手がポップということもあって、マァムは遠慮なんて微塵も感じなかった。ノックするまでもなく、そう声をかけると同時に部屋に入ったマァムだが、強い口調がそれを押しとどめた。

「マ、マァムッ!? 入るなよっ!」

 それが単に焦っているだけなら、マァムはさして気にも止めなかっただろう。

 だが、ポップの声には強い拒絶の響きが混じっていた。それだけに、びっくりして立ちすくむマァムの目の前で、やたらと張り詰めた表情をしたポップがいた。

 ちょうど着替えの途中だったのか上着を脱ぎかけていたポップは、弾かれたようにマァムの方に向き直った。
 その勢いのせいで、手にしていた服が足下に落ちたが、ポップはそれを拾いもしないで強張った顔でマァムを見ている。

 度を超した驚きように、かえってマァムの方が驚いてしまう。
 と、それを感じ取ったのか、ようやくポップがへらっとした笑顔を浮かべた。だが、それは心からの笑顔とは程遠い、いかにも場を取り繕うための作り笑いに過ぎない。

「あ、ほらさ、今、着替えてるとこだから、後で聞くよ。とりあえず、出てってくんないかな?」

 そう言いながら、ポップはマァムの方に顔を向けたまま、手を突き出してわたわたとふりつつ、後ろ向きのままで下がっていく。自分をはっきりと避けるその態度を見て、マァムの驚きはさらに深いものへと変化した。

「あ……ううん、いいの。たいした話じゃないから。邪魔してごめんね」

 それだけを言い残し、マァムは逃げるようにその場を立ち去った――。








「…………で、問題はさらに深くなったわけね?」

 溜め息混じりにレオナが呟いた先には、ドォオオンと効果音がしそうな勢いで落ち込むダイとマァムの姿があった。

 何もそこまで落ち込まなくとも……と思うのだが、一番最初からのパーティーで気のおけない仲なだけに、拒絶は予想外にこたえたようだ。
 なにせ、今まではダイとポップとマァムは、同室で寝泊まりし、互いの目の前で平気で着替えをしていた仲なのだから。

(まあ、それはそれでどーかと思うんだけどねえ)

 ダイとポップだけならまだしも、年頃の女の子であるマァムまでもがそうなのはいかがなものかとレオナは思うが、まあ、それはこの際どうでもいい。
 とりあえず先決すべきは、落ち込んでいるこの二人をなんとかすることであろう。

「おれ、ポップになんかしちゃったのかなぁ……?」

 半ばべそをかきそうな顔で、ダイが呟く。
 ダイにしてみれば、その方がまだマシだ。悪いことをしてしまってポップが怒っているなり、怖がっているのならば謝ることができる。

 だが、人間ではないからと疎まれたのでは、どうすることもできないではないか。

 ぐるぐるとひたすら後ろ向きな思考へと走る勇者に引きずられるように、武闘家の娘もまた、暗い顔をしてうずくまる。
 それにさらに、勇者が影響を受けるという、困った後ろ向きループが出来ているからタチが悪い。

「考えてみれば、最近、お風呂だけじゃなくて、ポップが着替えするとこも見てないや……」

 マァムのように拒絶されたわけじゃない。
 が、思えば今まではポップは寝間着などに着替える際は、同室にいるダイの前で普通に着替えていた。

 しかし、ここのところのポップは、寝る時がダイと一緒の部屋なのは変わらないが、ダイの目の前で着替えるということがない。ダイに気付かれないように、こっそりと着替えている――その事実に思い当たって、ダイの落ち込みはさらにひどくなる。

 それを、ただの偶然や気のせいだと言うのは簡単だった。
 だが、安易な慰めなど通用しそうもない落ち込みぶりに、レオナは念のため、一応、確かめてみる。

「ね……ダイ君達はああ言っているけど、あなた達もそう思う?」

 レオナの見ている範囲では、ポップの様子に変化はない。
 元々、着替えや風呂など一緒にしているわけでもないから、彼女にとってはポップの変化など微塵も感じられない。

「まさかとは思うけど、ダイ君の心配って、当たっている……なんてこと、ないわよね?」

 ダイやマァムに聞こえないように小声で、クロコダインやヒュンケルに聞くと、二人はそろって首を振った。

「いや、あいつに限って、それはないだろう。確かに最近は一緒に風呂に入った覚えはないがな」

 怪物であるクロコダインや、過去を気にするヒュンケルは、わざわざ人のこない終い湯の時間帯を狙って入浴することが多い。
 怪物と一緒に入浴するのを嫌う人や、ギョッとして逃げていく人も多いがゆえの、気遣いと自衛のための措置だ。

 だが、ポップはクロコダインやヒュンケルと一緒の入浴を嫌がったことはない。
 まあ、その分、ヒュンケルには露骨に顔をしかめて見せるが、仲間を見つけて気安く近寄ってきて話しかけてくる態度という点では同じだ。

 もっとも、城にいる時間が少ない上に、かなり遅い時間に風呂に入ることの多いクロコダインやヒュンケルは、そうそうダイやポップの入浴時間が重なることはない。

 それだけに、ポップとの入浴の印象は以前、一緒に入った時から変更されることもなく、クロコダインやヒュンケルにとってはダイの感じる不安感はほど遠かった。

「それにな、ここのところ、ポップはチウとよく一緒に風呂に入っていると聞いたぞ。人間じゃないからといって嫌うなど、有り得ないだろう」

 チウから直接、その話を聞いているクロコダインはそう結論づける。
 何か、たまたま間の悪い偶然が重なり、いささかナーバスになっているダイがそれを重く受け止めているだけだろう――そう解釈したからといって、二人を責められはしないだろう。
 実際に、客観的視点をもっているレオナもそう解釈したのだから。

「そう。それなら、一つ、考えがあるわ」








「へ? 温泉? ……って、今はそんなの、のんびりと行ってる場合じゃねーんじゃねえの?」

 レオナの提案に、そう言ったのはポップだったが、当惑した表情を見せたのは一人二人ではなかった。

 夕食後、全員がそろった時間を活かして、ダイ達は雑談混じりに互いに情報交換し合ったり、これからの行動について話し合うことが多い。
 言わば、ちょっとした魔王軍対策会議というところだが、そんな場所でいきなりこんな呑気な話題が飛び出してくるとは、誰も思わないだろう。

 ましてや、提案者は対魔王軍総指揮者とも言えるパプニカ王女なのだから。
 が、レオナは至って真顔で言ってのけた。

「あら、あたしは別に温泉旅行とまでは言ってないわよ? 今日、パプニカ城の大浴場の湯が止まってしまったから、原因解明のために源泉を調査しに行かないかって誘っただけよ」

 嘘を上手につくコツは、ほんの少しの真実を織り交ぜること――。
 帝王学の一環として、外交術を学んだレオナは『風呂が壊れた』という一点だけを除いて真実だけを語って聞かせた。

 豊富な湯量を誇るパプニカ城自慢の大浴場は、温泉を源泉としている。それは、ポップを含む他のメンバーも承知していることだ。
 そのお湯が止まったと言うことは、源泉に何か問題が起こったと考えるのが自然だろう。

 それを調べてはみないかというレオナの言葉に、一行の反応はあまり乗り気とは言えなかった。

「どっかのパイプかなんかが、壊れただけじゃねえの? そんなの、わざわざ行かなくてもいーじゃん」

 特に、ポップは面倒そうにそう言って、全然気がなさそうだった。

「ええ、その可能性もあるわね。そっちの調査は、アポロがしてくれているわ。ただ、源泉でなにかあったかもしれないかどうか……それを調べておきたいのよ。まさかとは思うけど、もし、源泉が枯れたりしたのなら厄介だもの」

 源泉は、そうそう枯れるものではない。
 だが、地殻変動や火山活動など、大掛かりな災害の前には異常が現れることは珍しくない。怪物の仕業という可能性も、充分に考えられる。

 それらの説明を尤もらしくしてみせながら、レオナはとっておきの切り札をもったいぶりながら切って見せた。

「調査するなら、そう時間は掛からないわ。そうね、一泊二日ぐらいで十分よ。源泉は、ここから少し離れたパプニカの別荘の近くにあるんだもの。というより、別荘を源泉の近くに立てたという話なんだけど」

「一泊って、わざわざ泊まりに行くわけ? んなの、パッと調べてすぐに戻ってくりゃいいじゃねえか」

 普通の人間なら、少し離れた場所に行くのであれば移動の往復時間も計算に入れて旅をする。
 だが、瞬間移動呪文の使い手であるポップは、行きはともかくとして帰りは即座に帰れるだけに、時間を節約する思考になりやすい。

 まあ、普段であれば合理的なレオナもその思考に諸手を挙げて賛成するが、今日ばかりはそうもいかない。
 今回の目的は、別にあるのだから。

「それもそうだけど調査ついでに、骨休めもたまにはいいんじゃない? そう大きくはないけど、素敵な露天風呂があるのよ――混浴の」

 ぴくっ。
 と、ポップの耳が動く。
 さっきまでは欠伸混じりだったふ抜けた表情も、一転して真剣なものへと変わっていた。

 その真剣味の半分でもいいから普段の会議に向けてほしいものだと思いつつも、レオナはわざとらしく小首を傾げて見せた。

「まあ、でも、緊急性もない雑事だし、無理にとは言えないわよね。みんなが気が進まないのなら、調査はアポロ達に任せてもいいんだけど……」

 わざと引いて見せた餌に、獲物は物凄い勢いで食いついてきた。

「い、いやっ、そんな勿体ないっ!! ……じゃなくって、やってもいいんじゃないか、なあっ?」

 ほとんどテーブルに身を乗り出さんばかりに意気込んで、ポップは一行に賛同を求めまくる。
 そんな現金な態度を、一行は苦笑した様子ながらも受け入れる。

 いつもなら下心まるだしのポップの態度にマァムが怒るところだが、レオナが軽くウインクを送ったおかげで、それを封じられた。

 不安に陥って抜け出せないでいるダイとマァムに、レオナは証明してみせたのだ。
 ポップが、決して二人と風呂に入るのを避けているわけではない、と。

 だが、安堵の表情を浮かべるマァムと違い、ダイの方は今一つ分かっていないように、首を捻る一方だった――。


                                    《続く》
 

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