『知られざる物語 ー後編ー』 |
「それにしても、なんだってこの小屋、ベッドが一個しかないのかねー? 変な場所にあるしさ」 周囲の説得が聞いたのかやっとおとなしくベッドに横になったポップは、それでも気が済まないのかブツブツと文句じみたことを言っていた。 ここはダイが記憶を失った際、とりあえず休める場所としてメルルとナバラが案内してくれた無人の小屋だ。 レオナ、メルル、ナバラの女性陣はこちらの部屋で、布などの必要そうな道具をせっせと選り分ける作業に余念がない。 「すみません、それは分からないんです……。数年前にテランに帰った時に偶然見つけただけで、謂われまでは知らなくって……」 申し訳なさそうにメルルが謝るのを聞いて、ポップは慌てて口を挟む。 「あ、いや、別に責める気なんかないって。ただ、不思議でさー。この小屋って、なんのためにあんのかさっぱり分かねえんだもん。そんな古くもなさそうだしさ」 ポップの言う通り、この小屋はそう古くはない。 人が住まなくなった家は、恐ろしいぐらいの早さで荒れる。 この小屋は、現在は誰も住んでいる形跡はないし、そもそも住むのであればこんな半端な場所より、テランの国内に住んだ方がよほど楽だ。 確かに猟師や樵、もしくは旅人などが、山で一泊する場合に備えて小屋を建てておくのはよくある話だ。 そのため、人里から離れた山や森の奥にぽつんと小屋を建てるのはそう珍しくはない話だ。 だが、ここはテランの国に近すぎる。 休憩地点としての役目なら、まったく意味はない。ここに休憩所を設けるぐらいなら、テランまでの道程の正確な標識を出した方が、よっぽど役に立つ。 「なんのためにあるのかはあたしも分からないけど……でも、この小屋をこの位置に建てた人の意図なら、なんとなく分かる気がするわ」 首を捻るポップに、レオナは忙しく働きながら論理的に説明をする。 「この場所は、治外法権なのよ。名目上はテランの森と呼ばれているし、ベンガーナとテランの国境線に位置しているけれど、正式に言うのならそのどちらの領土でもない場所なの」 国境に位置する、人が住み着いていない寂れた場所。 王国同士の観念では、互いに互いの国境を越えて武力で干渉すれば、それは戦争をしかけるも同義だ。 もちろん魔王軍の攻撃から人々を守るための緊急措置ということで、後日ベンガーナ王国に理解と事後承諾を得るつもりではいるが、本来は許されることではない。 「ここでなら、もし問題が起きたとしても、他国には迷惑はかからないわ」 この森は、確かにテラン王国から場所は近いかもしれない。 それは、レオナにとって望むところではない。 この森で起こった他国の問題に関わらなかったとしても、テラン王国が非難されることはない。 「前にここに住んでいた人も、そう考えたんじゃないかしらね? そう考えれば、ここはとても都合のいい場所だもの」 政治的な意味では他国からの干渉を受けにくく、だが、実際には人里への距離は近い。犯罪者でないが、人目を避けたい複雑な事情を抱えた人が隠れ住むには、もってこいの場所と言える。 (さすがはお姫様というか、考えが深いね。……まあ、この小屋は一人で暮らすには大きすぎるし、駆け落ち者が住んでいたのかもしれないねえ) 小屋の中を見回したナバラは、レオナの考えに補足するようにそう考えたものの、口には出さなかった。 しかも、残された道具の中には女性の存在を思わせるものは少なくない。 が、それをまだ年若い少年少女達に教えるのは、いささか気恥ずかしいものがある。そもそも世間を知った占い師であるナバラには、人目を隠れ忍ぶ必要性のある男女の話など、嫌というほど見聞きした。 こんな場所にわざわざ小屋まで建てて隠れ住もうとしたからには、二人の気持ちは単なる遊びなどではなく本気だと思っていい。その点はナバラも疑ってはいない。 男女の色恋沙汰の話を、わざわざこんな時に持ち出すこともないと思い、ナバラは黙々とレオナの手助けを続けた。 「ふうん……。おれはそーゆーのはよく分からねえけど……この小屋が、普通じゃないのは分かるな……」 眠そうにあくびをしながら、ポップが呟く。 「この小屋……ちょっと、気配が普通と違うんだ。多分、精霊かなんかの祝福があるんだと思う」 「精霊が?」 思わずメルルが聞き返すと、ポップは軽く頷いた。 「ああ。家を建てた人か、住んでいた人が精霊と近しい人の場合は、自然に精霊が居着くんだってアバン先生が言ってたよ」 アバンに連れられて多くの場所を旅したポップは、人里離れた場所にある家や小屋などもよく見てきた。 そんな例なら、幾らでも見てきた。 「先生に前に習ったけど、特殊な魔法がかかっている建物が普通の建物よりも長く持つように……精霊の祝福がある家も、普通よりもずっと長く持つものなんだってさ」 ポップのその説明に、みんなが改めて小屋の中を見回す。 不可視の存在であり、常人にはその存在すらも分からないとされる精霊は、高い資質を持った魔法使いにとっては身近な存在だと聞く。 賢者を遥かに凌ぐ魔法力を備えたほどの魔法使いの言葉を、レオナは信じることが出来た。 ポップへの手当てはもうすませたとは言え、他の三人の手当ては応急手当て程度しかしてはいない。 完全に傷を治しきれる保証もないだけに不安もあったが、そこにポップのこの言葉は気休めであろうとも、嬉しかった。 「さて、用意はだいたい整ったわね。じゃ、みんなの手当てをするからメルル達も手伝ってくれる? ダイ君も、こっちに来て」 レオナに呼ばれ、ダイは反射的のようにポップの手をぎゅっと握った。 「……レオナ。もうちょっと、ここに居ちゃだめ?」 母親から引き離されるのを嫌がる幼子か、あるいは飼い主から引き離される時の子犬の表情と言うべきか。 本音を言えば、勇者であるダイの手当ては真っ先にすませたいところだし、蘇生直後のポップの方も一人にさせてあげてゆっくりと休ませてあげたい。 「いいわよ。じゃあ、ヒュンケル達の手当てが終わったら呼ぶから、ポップ君をよろしくね」
「ねえ、ポップ。精霊がいるって、どうしたら分かるの?」 ダイの質問に、ポップは少しばかり答えに迷う。 「う〜〜ん、そうはっきりと分かるわけじゃないんだけどよ。なんとなく居心地がよくって、自分ん家に帰ったみたいにホッと出来る場所って感じかな?」 ポップは知らない。 精霊が身近にいるのがごく当たり前の環境で育ったポップには、精霊の祝福に溢れた場所は珍しいものではない。 「ふーん、そっかぁ。おれ、よく分からないけど、ポップが言うならそうなんだね」 そして、ダイも知らない。 純血の竜の騎士であるバランが建て、本来なら有り得ない奇跡の結晶であるダイが生まれた小屋に、精霊が宿るのは当然である事実を。 そして、追及したいとも思わなかった。 「おれが分からなくても、ポップには分かるんだったらいいや。ここ、ポップにとっては安心出来る場所なんだね? なら、よかった。ゆっくり休んでよ、ポップ」 ダイのその言葉に、ポップはわずかに苦笑した。 もしかしたら、永遠に失ってしまうかもしれなかった友達。 「ああ……一寝入りさせてもらわぁ……」 ダイに手を預けたまま、ポップは目を閉じる。今まで張り詰めていた気が抜けたのか、その息が寝息に変わるまでそうは時間が掛からなかった――。 精霊達が、飛び回る。 寝入ってしまったポップも気付かないし、戦士の資質か勝っているために精霊の存在には疎いダイも知るよしもなかったが、二人の側には無数の精霊達が飛び回っていた。 精霊達は、覚えている。 ちょうど、今の少年達のように、互いにいたわり合うように手を取り合っていたことも。 愛し合う二人は、慎ましくもここで幸せに暮らし、一人の赤ん坊を設けた。 本来ならば、精霊は無人の家には居着かない。興味を惹かれる人間がいなくなった段階で、いなくなる方が普通だ。 それも愛しいと感じた人間が住んでいた期間よりも、短い場合が多い。まだ、子孫がその家に住んでいるならばともかく、こんな風に完全に無人となった小屋に十年以上居着くのは異例のことだ。 精霊達は、歓喜する。 精霊達はこの小屋にとどまり続けた自分達の幸運を喜び、再び安らぎの時間を与えてくれた愛しい人間達の存在を歓迎する。 精霊の祝福は、ほんのわずかな助力にしかならない。 存在が希薄となった現在の精霊達は、人間界においては霞にも等しい存在なのだから。 だが、それでも気に入った人間に心を寄せる心を持っているし、わずかなりとも干渉するだけの力は備えている。 その力を、精霊達は惜しみ無く二人の少年のために使っていた。 《後書き》 あの小屋、よく見てみると山小屋にしては位置的に変だし、花瓶や宝石箱っぽいこまやかな品とかもあるし、回想シーンとダイの記憶喪失シーンを見比べると、結構似てるんですよね〜。 まあ、別にはずれていても、当たっていても、物語上はなんの問題もない仮説なんですけど。 原作であの小屋が出てくるシーン、好きなんです。 木箱を並べてベッドっぽくしているだけだし、ヒュンケルやレオナなんか寝る場所もなくて椅子に座って休んでるんですよね。 地味なシーンだけど、すごくお気に入り場面の一つで、前から書いてみたかったんです! ……まあ、この後、ハドラーの急襲があって、やってきたマトリフが一つっきりのベッドを横取りして寝てしまうオチがついているんですが(笑) 捏造話ではすでにこの後、ダイ達はテラン城にまた逆戻りしてお世話になり、パプニカに帰る、となっておりますので、その内、そこら辺の隙間も埋める話も書く予定ですv |