『まほろばのはなし ー結ー』 |
少年は、唄う。
子供達に取り囲まれながら、ポップはダイの取ってきた山桃をみんなに分け与えてやっていた。その光景を、ダイはにこにこしながら眺めていた。 あまりに違和感のない光景に、うっかりすると故郷の村に戻ったのではないかと錯覚してしまうぐらいだった。 鮮やかな緑色の着物は、ポップによく似合っている。村にいた時にポップが着ていた鍛冶装束とは少し違うが、見慣れた色合いは見事なまでにポップに似合っていた。
兄弟の様に、ポップと一緒の家で暮らす それは、故郷の村にいた頃は考えたことすらもなかった夢だった。 最初は、この村に長居する気などなかった。ポップが起き上がれる様になるまで……それまでで旅立つつもりだった。 立てる様になれば、歩ける様になってからの方がいいと、心が囁く。 (このまま、ずっとこうしていたいなぁ……) 奇しくも、そう思った時のことだった。 「……?」 思わず、ダイはその歌声の聞こえてくる方向へと目をやった。 この村に入ってからも時折聞こえてはいたが、聞こえる方角が決まって村の外の方からだったため、ダイはあえて無視してきた。 だが、その鈴の音に合わせて聞こえる唄が、ダイの気を引きつけた。 「どうしたんだよ、ダイ? ボーッとしちまってさ」 ダイの頭を、ポップの手がくしゃっと掻き混ぜる様に撫でる。変わらないその感触に引き戻される様に振り向いたものの、ダイの意識はその唄から離れなかった。 「うん……この唄、誰が歌っているのかなって思って」 「唄?」 と、初めて気がついた様にポップは耳をそばだてる。だが、彼はダイのようにはその唄に注意を払わなかった。 「ああ、そう言えばなんか聞こえるけど、気にするこたぁないだろ」 全然気にした様子もなくそう言われて、ダイは戸惑う。 (え……?) それは、この村で 言い換えるなら、ポップに対して初めて感じた違和感だった。 当惑し、どう言い返していいか分からないでいるダイに、ポップはいたって気軽に言った。 「だいいち、村の外から聞こえる声に耳を傾けるなって、みんなから言われなかったか?」
その教えは、ある意味で真実だ。 もっとも、鬼と戦うだけの力を持ったダイにとっては、その罠は別に怖いとは思わなかったが。
この唄は、聖なる力の込められた巫女の唄だ。負の属性を持つ鬼が、真似をできようはずがない。 「でも、この唄は――」 それは、いつかポップが歌ってくれた唄だ。 その光景を、ダイは昨日のことの様に思い出すことができる。
ダイの姿を認めて、ポップはホッとした様に笑顔を見せた。 その落差にちょっと戸惑いながらも、ダイはホッとせずにはいられなかった。 「ごめん、脅かす気はなかったんだけど、こんな所から唄声が聞こえてきたから気になって……でも、ポップだったとは思わなかったよ」 綺麗で、澄んだ歌声はてっきり女の子のものかと思った。 「でもさあ、なんでこんなとこで、唄ってたの?」 集落からあまり離れると獣に襲われる危険があるため、成人前の子供や女性は基本的に集落から離れることは禁じられている。 集落から少し離れたこんな場所にいるのを大人に見つかったら、こっぴどく怒られるだろう。 「そりゃあ、人に聞かれないようにだよ。そのためにわざわざ、こっそりと隠れて練習してたんだから」 「どうして? 別に、隠れる必要なんかないじゃないか」 本心から不思議に思い、ダイは思わず聞いてしまう。 神事に関わることに関しては、たとえ練習であっても重視して優先するのが村の不文律だ。 ましてや、こんなに綺麗な唄などダイは初めて聞いた。誰にも聞こえない所で歌われるのが惜しいと思えるほどに――。 「だってよ、男がこんな唄を歌ってるなんて、なんか恥ずかしいじゃないかよー。本当ならこれって女の子が歌う唄なんだぜ、おれなんかが歌ったって似合わないしよ」 「えー、そんなことないと思うけどなぁ」 本心からそう思ったダイだが、ポップは全く取り合ってくれなかった。 「なに言ってんだよ、おまえだって歌っていたのがおれだって、驚いてたくせに」 「それはそうだけど〜、でも、驚いたんだけど、そうじゃないんだってば」 と、ダイが主張しても、ポップは「なんだ、そりゃ?」聞いてはくれない。 ある意味では、すんなりと納得できるぐらいだ。 「まあ、この唄は特別っていや、特別な唄なんだけどよ。一番最後に習った、めったなことでは歌ってはいけない唄なんだよ」 ポップは教えてくれた。 禁忌を犯して、神に反してでも、自分の身を捨ててでも愛した人を守りたいと願った少女の、哀しくも美しい恋の唄。 「だからこの唄には、強い言霊が込められているんだってさ。言葉の一つ一つに深い意味があるし、少女の想いが込められている。神に奉じる唄の一つではあるけれど、そうそう人前で歌っていい唄じゃねえんだよ」 「ふうん……そうなんだ」 正直言えば、ダイにとってはその説明は納得できるようでいて、そうでもなかった。 もし、村で一番の霊力を持つメルルが歌っていたのだとしても、この唄を綺麗だとは思っても、ここまでは心を惹きつけられなかっただろう。 (残念だな、もう一回聞きたかったのに……) そう思いながら、ダイはその願いを自分の胸の中にしまい込んだ。 だが、ポップにはそれはお見通しだった。 「――ったく、なんて面してんだよ? そんなに気に入ったんなら、素直に言えばいいじゃないかよ。もう一回、この唄を聞きたいって」 「え?」 戸惑うダイの頭を、ポップの手が乱暴に撫でる。 「バーカ、言わなくたって、顔に書いてあるんだよ。いいさ、そんなに気に入ったんなら、歌ってやるよ」 「で、でもさ、そんなことしたら、ポップ、怒られるんじゃないの?」 大巫女ナバラは、巫女の決まりや掟にはひどく厳しい女性だ。戻り巫女とはいえその霊力は抜きんでているし、他の集落で起こったことや掟破りを察する能力も高い。 山の奥での狩りの後に、決められた儀式に手を抜いたこともナバラに見抜かれた先輩猟師の話を知っているだけに、ダイはためらいを感じてしまう。 「なーに、バレなきゃいいんだって。それに、この唄は他人のために歌ってこそ初めて効力を発揮する唄でもあるんだよ」 そう言ってポップは、ダイのために、ダイのためだけに、その唄を歌ってくれた――。
今でも、覚えている。 生憎と、それっきりポップがその唄を歌うのを聞くことはなかったけど、だからこそダイの中でこの唄は特別なものであり続けた。 だから、その唄はダイにとって、ポップが自分のために歌ってくれた唄として、大切に記憶されていた――。
笑顔のまま手を差し伸べてくるポップには悪いと思ったが、ダイにはどうしてもその唄を無視しきれなかった。 「ポップ、ごめん……っ」 伸ばされる手を振り切って、ダイは村の外に一歩、足を踏み出した。
それは、突然の出来事だった。 仰向けにゴロリと転がったダイの目と、ダイを取り囲むポップ達の目が、しっかりと合ってしまった。 「え……?!」 咄嗟に、マァムはどう反応していいのか分からず、立ちすくむばかりだった。それはマァムばかりではなく、ヒュンケルやラーハルトも変わりはない。 そもそもナバラの話では、四神に鈴の音で眠らされた龍は決して目覚めないはずだった。 その驚きは、バーンとて同様だ。 何百年にも渡ってかけられ続けた四神の封印を、覚せい前の龍が断ち切るなど信じがたい。全員が代行ならまだしも、正規の四神の一柱が加わった上で、巫女の唄まで奏でられていたのだ。 本来なら、決して目覚められるはずがない――その思い込みがあっただけに、彼らは驚くばかりで手を打ち損ねた。 ダイが目を開けた途端、ポップはぴたりと唄を止めた。そして、それまでは絶え間なく慣らしていた鈴から、手を放す。緩慢な動作ではあったが、それは単に手が滑ったという類いのものではない。 儀式を否定し、中断するための動きだ。
騙されたまま、自分が深い眠りにつくところだったことも。 騙されていた悲しみと悔しさが、胸に込み上げる。まほろばの村での生活が楽しく、心を安らがせるものであっただけに、その思いはいっそう激しかった。 だが、心身を痛めつけるその苦痛よりも、ポップの姿の方がダイには衝撃的だった。心を無くしたまま、静かに自分を見下ろしているポップ――それを見た途端、ダイは考えるよりも早く行動していた。 「バぁああーンッ!!」 どんなに憎んでも飽き足りない敵の名を叫び、ダイは即座にバーンに飛び掛かっていた――!!
一瞬で距離を詰め、襲いかかってきたダイの拳は、バーンの髪をかすめた。 (力が、戻りかけているのか……) 村を出たことで、ダイの封印は明らかに弱まってきている。以前、戦った時よりも明らかに力も速度も増してきている。 無視して受け流すにはあまりに強力過ぎる拳は、さしものバーンも見逃せない。戦士としての本能から、迎撃のために反応してしまうのは自然の成り行きだった。 「――っ?!」 いきなり沸き起こった炎を、バーンは気迫を高めることで吹き散らす。消え去った炎の向こうに見えたものは 手で印を構えた姿勢のまま、不敵な表情でバーンを睨み付ける少年の姿だった。 「契約、違反だぜ、バーン……ッ。ま、おれとしちゃ助かったけどよ」 口端をあげ、ちょっとからかうように言うその言葉は、ポップが発したものに違いなかった。 「ポップ……ッ!!」 嬉しそうな声を上げ振り向こうとしたダイを、ポップは強い口調で止めた。 「気をぬくんじゃねえっ! 援護はするから、攻撃を続けるんだ!!」 「うんっ!」 ポップの指示のままに、ダイは振り返らずにそのままバーンへと殴りかかる。 空を裂く一撃は、外したとしてもその威力を減じることはない。バーンの後方にあったものを、嵐の様に吹き飛ばす。 雷気を帯びて輝く拳は、周囲にまでその威力を余波として伝え、マァム達のいる所にまで影響を与える。 それが終わった途端、今まで感じていた荒れ狂う空気が和らいだ。周囲では変わらずに荒れ狂う地割れも、暴風の様な風も、ポップの後ろだけには及ばない。 瞬間、炎の塊が沸き起こりバーン目掛けて飛んでいく。不思議なことに、バーンと接戦しているダイにはかすりもせず、まるで吸い込まれる様にその炎はバーンだけを焼く。 「ポッ……プ?」 戸惑いながら、マァムはポップの名を呼んだ。 まさに、人知を超えた能力――だが、それでいてポップが仲間達に向けた顔は、彼らが良く知ったものだった。 「おめえらは、下がれよっ! 戦いに巻き込まれたいのかよ?!」 口調は荒いが、それはマァム達の身を案じての言葉には違いなかった。 「ポップ……」 縋る様に、手にしたものを握り締めたのは、マァムにとっては無意識の行動だった。だが、その結果、鈴がチリンと小さな音を立てた。 「……おまえらまで、ダイを化け物扱いするのかよ?」 ひどく辛そうなその言葉を聞いて、マァムは反射的に頭を振った。 「ち、違うわっ」 否定と同時に、マァムは投げ捨てる様に鈴から手を放す。 だが、ポップの今の言葉を聞いて、マァムは自分のあやふやな決意が間違っていたのだと思った。 振り捨てられた鈴が一際大きな音を立ててなった瞬間、バーンはニヤリと笑みを浮かべていた――。
(ちっ、厄介な……!) 不利、といっても劣勢という意味合いではない。ダイも、そしてポップも本来の力に目覚めかけ、以前とは比べ物にならない程に力を増しているとはいえ、総合的な力ではバーンの方が勝っている。 だが、以前よりも差は確実に狭められていた。身体をかすめる拳を見切りつつ、バーンは冷静に敵を見定める。 援護のために炎の術を次々と放ってくるポップは、明らかに以前よりも霊力が増している。 (ポップめ……ここまで計算していた、というのか?) 意思を封じられていたポップは、神に従う行動しかとることができない。 あの唄。 無謀とも言える大胆さと、ダイに向ける絶大の信頼感。 目覚めたダイが、バーンに戦いに挑む。そのまま、不意打ちでバーンを倒せればそれがポップにとっては最良の結末だったに違いない。 今のダイの力を防御するために応戦するのは、ポップと交わした誓いに抵触する。その結果、ポップは意識を取り戻した。 単体で来るならどうということもないが、二人で力を合わせられると厄介だった。 バーンにとっては、腹立たしい状況だった。 まだ覚醒前で、前の様に外界に憧れる気持ちを持っていた時ならばまだしも、今のポップならば二度とバーンに付け入られる隙を見せないだろう。 (さて、どうすべきか……) バーンが思考を巡らせていた時だった――赤毛の娘が鈴を投げ捨てたのは。 鈴の音色のせいで、ダイの動きが一瞬遅れる。バーンには、それだけで十分だった。 「聞け、この地に眠る亡霊よ! 別天つ神たる余が、汝らに力を貸そう。分け与えたものを、存分に取り立てよ。 その声を同時に、古びた石の塚がぼうっと光を放つ。 「うわぁっ――?!」 「ダイッ?!」 慌ててポップが助けようと手を伸ばすが、悲鳴を上げ続けるダイはそれさえ目に入っていない様子で、地面に突っ伏している。頭を抱え、ひどく苦しそうにのたうつ様子にマァムやラーハルトも彼に駆け寄ったが、ダイはやはり彼らにも反応しなかった。 「フッ……やはり、その龍はまほろばの村の食物を食べたと見えるな。愚かなことだ」 その言葉に顔色を変えたのは、ポップ一人だけだった。 「ど……どういうこと、なの?!」 苦しみのたうつダイは、自分で自分を傷つけかねない勢いでもがいている。その苦痛を少しでも和らげようと、マァムはダイを強く抱きしめながら叫ぶ。 「……古い、言い伝えなんだよ。生者が常世に属する場所に迷い込んだ時、そこで物を食べてはいけないんだ。死の国の食べ物を食べた者は、その国から帰れなくなるから――」
「その通りだ。普通の人間であれば、もうとっくに死んでいるだろうに、さすがに不死の龍は頑強なものよ。余が亡霊に力を貸してでさえ、死にはしないのだからな」 苦痛の声をもらすダイは、確かに死んではいない。だが、マァムだけでは抑えきれず、ヒュンケルまで手を貸してなお、まだ身体を痙攣させるほど苦しむ姿を見て、無事でよかったなどと思えるはずがない。 「なんてひどいことを……!」 マァムの悲痛な糾弾を、バーンは物ともしなかった。 「ひどいとは、心外だな。これでも、言挙げは破ってはおらぬぞ。余は、ダイを『殺し』はしない」 そう言いながら、バーンはポップに目を向ける。青ざめながらも、ポップはその目を真正面から受け止めて言い返した。 「……まだ、言挙げは有効ってわけなんだな?」 「察しがいいな。 ポップがためらっていたのは、ごく短い時間だった。 「ポップ……ッ。やめろ」 引き止めるヒュンケルに対して、ポップは強く首を左右に振った。 「行かなきゃ。 「それがなんだっていうの?! そんなの、ポップが行かなきゃいけない理由にならないじゃない!」 マァムもまたポップを止めようとするが、ポップは足を止めようとしない。ダイを抑えるための手を緩められない二人は、せめて声を張り上げてポップを止めようとする。 「――つまり、『村』にいない人間にはなんの誓いも働かない。そういうことなんだな?」
命だけは保証されたダイは、いい。苦しもうとも、バーンに殺されない。バーンが執着するポップもまた、危害を加えられる恐れは少ないだろう。 「ポップ……ッ」 呼びかけるマァムの声が、震える。 「亡者に力を貸しているバーンさえいなくなれば、ダイはすぐに良くなるはずだ。そしたら、ダイに言ってくれよ。――もう、おれを追ってこなくってもいいって」 マァム達にとっては見慣れたいつもの笑顔で、いつもの軽い口調でそう言うと、ポップは最後にひらりと手を振った。 「じゃあ、みんな、元気でな」 その言葉と言い終わった時には、ポップはもうバーンの所まで辿り着いていた。 「賢明な判断だな。 親しげにそう声をかけてから、バーンはわずかに肩を竦める様なしぐさを見せる。 「……ああ、もう聞こえていても、反応はできないようだな」 バーンの元に戻った途端、ポップの目からは再び光が失われていた。肩を抱くバーンの手を拒むことなく、ポップはおとなしく彼に付き従う。 普通の人間であるかの様に、ゆっくりと歩いて行く二つの影が小さくなってきて始めて、ダイがやっと目を開ける。 「……う……ポ…ップ……!」 マァムに抱かれたまま、まだろくに動けないダイはそれでも必死に手を伸ばし、ポップの名を呼ぶ。 「ポップ……ッ! ポップ…っ!!」 聞く者の胸を締めつける様な切実な呼び掛けが繰り返されるが、それに返事が返るはずもない。
強い意志を込めて、ダイはそう言った。 だが、その中からいち早く立ち直ったのは、ダイだった。 「おれ、ポップを助けたいだけなんだ。それが済んでからなら、封印でもなんでも受けるよ」 本来なら、マァム達はそれを聞ける立場ではない。ダイを命に代えても連れ戻すこと……それこそが彼らに与えられた使命なのだから。 「承知した。なら、そうするといい」 ぶっきらぼうながらも、どこか優しさの感じられる言葉だった。 「……いいの?」 あまりにあっさりと認められたせいか、ダイが当惑した様に問い返す。だが、そんなダイを励ます様に、マァムもまた頷いてみせる。 「ええ。私も、ポップを見習うわ。命じられた使命にただ従うんじゃなくて……ポップがそうしたように、自分の信じたもののために行動したいの」 今となっては、マァムは元大巫女ナバラの命令に盲目に従ったことを後悔している。彼女の言葉が正しいかどうか……せめて、一考すべきだったと心底思う。 もし、マァムに少しでも巫女の知識があったのなら、あの時にダイやポップに不利になる様な行動など取りはしなかった。 「ありがとう……!」 一瞬だけ笑顔を見せた後、ダイはふと心配そうな顔をラーハルトに向ける。その視線を受け止めたのか、彼は律義に一礼してから返事をした。 「私は、反対です。是か非かはさておき、ダイ様があの村にとどまるのがご両親の望みでしたから」 ラーハルトの言葉に、マァムやヒュンケルがわずかに目を鋭くする。手強い獲物の反撃に備える狩人の目だが、ラーハルトはそれに怯む様子もなく淡々と続けた。 「ですが、二人が賛成に回った以上、代行四神としてはできることはないですね。それに、ポップには借りが一つ出来ました。この場は、引かせていただきます」 勿体ぶった態度でもう一度一礼したラーハルトは、おそらくは最初からその結論に達していたのだろう。 そんな二人の反応に気がついているだろうに、ラーハルトは声の調子を一切変えずに続ける。 「ポップに伝言を頼まれました。もう、自分を追ってこなくていいと伝えてくれ、と」 「……ポップらしいや」 少し寂しそうに、ダイは笑う。 「でも、いくらポップの頼みでも、それだけは聞けないよ。おれは、絶対にポップを取り戻すんだ」 「――そうおっしゃられると、思いました」 ダイのその返事を予測していたとばかりに、ラーハルトは珍しく破顔した――。
本当は一緒についていきたい そう言いそうになる気持ちを、マァムは辛うじて飲み込んだ。 ダイを困らせるだけの願いを、マァムは心の中に沈めた。その思いは、ヒュンケルやラーハルトも同じだ。 だが、それを承知で三人は村に戻るつもりだったし、その上でダイやポップのためにしてやれることを探すつもりだった。 「うん! マァム達も、気をつけて。じゃあ、みんな、元気でね」 奇しくもポップと同じ別れの言葉を継げ、ダイは去っていった。バーンやポップと同じように、その小さな背中が霧に紛れて見えなくなるまで、三人はその場に立って見送り続けた――。
(分かる……分かるや) 先の見通せない霧の中を、ダイはしっかりとした足取りで歩く。 皮肉にも、まほろばの村でこの世のものではないものを食した経験が、ダイの感覚を鋭くさせていた。 (ポップ……ッ) 空ろな目をして、だが、それでもダイのために唄を歌ってくれたポップを思いながら、ダイは拳を握りしめる。 それが、ダイにはたまらないほどに悔しかった。 正気に返ったポップの声を聞いた時の、あの嬉しさをダイはまだ覚えている。 (ポップ……、必ず、助けるから) 新ためて、ダイは強く、心に誓う。 もう、まほろばの村になど惑わされはしない。
《後書き》 いくらなんでも歌詞を丸パクは気が引ける上に違法、○ルネトルリコファンの方々から抗議されそな気がして、断念。 前作「りゅうのはなし」の続きで、この世からあの世に行くまでのお話です。 |