『羅針盤は指し示す −後編−』 |
(あーあ、ポップ君ったら、ベンガーナ王に掴まっちゃって。でも、あれじゃ、自業自得よね〜) 世界会議の直後。 今回の世界会議は、特にこれと言った議題があったわけではない。 正直言えば、ポップが世界会議に貢献してくれるのを期待したわけでは無い。だいたい、レオナは最初からポップを参加させるスケジュールさえ組んでいなかった。 なのに、期待はいい意味で裏切られてしまった。 非公式の立会人という立場で参加したポップは、自分からは発言しようとはしなかった。 だが、意見を求められれば、ちゃんと答えていた。 大戦の後、第一回目の世界会議の場で、各国の王達は大魔道士ポップを自国に招聘すべく、それぞれが好条件で勧誘を行った。 レオナとて、チャンスがあるのならポップを自国に招きたいと思っているのだから。 迂闊に遮っては失礼になるし、ポップなら適当にあしらうだろうと思って放置していたのだが、思ったよりも長引いている交渉にレオナは少しばかり疑問を抱く。 ポップが突然、ばったりと倒れたのは。 (え……?) 一瞬、ポップがふざけてそうしたのかと思った。そう思いたくなるぐらい、ポップが倒れたのは突然だったし、前触れもなかった。 「え!? お、おいっ、ポップ君!? ど、どうしたんだ!?」 数秒の間をおいて、やっとベンガーナ王が声を張り上げる。その声で、ようやくポップの異変に気付いたものも多かった。 「ポップ!」 珍しく、声を荒らげたアバンの反応が一番早かった。離れた場所にいたにもかかわらず、アバンがポップの側に真っ先に駆けつける。そのまますばやく彼の側にしゃがみ込むと、アバンはすぐに両手を押し当てて回復魔法をかけ始めた。 「お、おいっ、誰かを呼んだ方がいいんじゃないのか!?」 近衛兵達もが、自体を悟ったのか騒ぎ始める。 「お静かに……ここで騒いでは、治療の邪魔になりかねませんわ。この場は回復魔法の使い手に任せて、私達は席を外しましょう」 フローラの落ち着き払った口調と態度は、予想外のことに混乱していた王や近衛兵達の動揺を速やかに鎮める。 「ご安心を、妻の口から我が夫を褒めるのも惚気と思われそうですが、アバンはなかなかの腕を持つ回復手ですのよ? そう言いながら、フローラは促すようにレオナに向かって軽く頷いて見せる。 「先生、あたしもお手伝いします!」 仮にも賢者のレオナは、アバンよりも高位の回復魔法をかけることができる。 「助かりますよ。それでは、ポップを休ませる部屋の手配をお願いできますか」 そう言いながら、アバンはポップが目を覚まさないうちに回復魔法を打ち切ってしまった。 ただの怪我や激しい運動による疲れならば、回復魔法で治すのは簡単だ。 それどころか体力が消耗しきっている病人の場合は、回復魔法をかけてもそれにこたえるだけの体力がないせいで、反って悪影響が出る場合すらある。 つまり――ポップの失神の原因が、慢性的な病気による可能性が高いと、予測ができてしまうのだ。 「先生……」 それでも、万一の希望を乗せてアバンに眼差しだけで問い掛けると、優しい師は穏やかな――だが、どこか寂しそうな微笑みのままで、静かに頷いてみせる。 バーンパレスでの戦いで、キルバーンの手によって異空間に引き込まれた時にアバンが見せた表情に酷似している。
レオナがそう言ったのは、一通り事態が収束してからだった。 「ええ。以前、マトリフのところで、ポップの現状を聞きましたから。――まあ、実際に診るまでここまでひどくなっているとは、思いもしませんでしたがね」 口調こそ穏やかだが、アバンの表情は硬かった。 普段の元気の良さが嘘のように、静かに眠るポップの青ざめた顔を見ながら、レオナは呟いた。 「あたしは……気がつきませんでした」 言いながらちくりと胸が痛むのは、うかうかと見逃してしまった幾つかの『疑い』のせいだった。 各国の王達はそう思ってもいい。それに文句が言えるはずもない。だが、レオナだけは違っていたはずだった。 (気がつかなければ、いけなかったのに……!) 最初に、ポップに会った時に感じた疑問を追及していればと思わずにはいられない。 食事も好き嫌いで選り好みをしているのではなく、単に喉を通らなかっただけだと。 気がついてしまえば、それははっきりと分かる。レオナが引き止めるまで、ポップはすぐにでもまた旅立ちそうな雰囲気だった。 そして、一つが見えればすべてのことが見えてくる。 ダイを探すこと。 それだけしか、ポップの頭にはないのだろう。たとえ自分の身体の具合が悪くても、ポップは足を止めるつもりなどないのだ。 「…………っ」 縋るように、レオナの手が聖なるナイフを握りしめる。 辛くて、どうしようもなく心細い時は、お守りのようにこのナイフを握り締めずにはいられない。 レオナからダイへ、そして、ダイからレオナへと手渡され、今、ここにある。 「レオナ姫……自分を責めないでください。気づかなかったのは仕方のないことですよ……ポップ自身が隠そうとしていたのだから」 慰める口調で声をかけてくれた師に、レオナはしっかりと顔を上げて答えた。 「……ええ、自分を責める暇なんか、ないですわ。もう、あたしは気づいてしまったんですだから」 なぜ気づかなかったのだと、自分を責めるのは簡単だ。 レオナは、当の昔から知っている。 海とは、荒れるものなのだと。 同じ船に乗った者同士で、争いが起こってしまうことがあるかもしれない。自分達の力では到底かなわない、大嵐に出会ってしまうこともあるかもしれない。 そんな時、王とは行く道を指し占めす羅針盤であるべきだと、教えてくれたのは誰だったかは覚えていない。 羅針盤は、それ単体では何の役にも立たない。船を動かす直接の推進力にはなり得ないのだ。 たとえ、海が荒れたとしても、たとえ、船が方角を見失って迷走しようとも、現在の位置を見極め、行くべき道を指し示す。 その役割を、レオナは受け入れた。 船からこぼれ落ちた、たった一人の遭難者の行方にどんなに心を動かされようと、それでも船を導かねばならない。 (今こそ、あたしが……しっかりしなくちゃならないんだわ) 震えそうな手は、ナイフを握りしめることで抑えればいい。 (船に乗り切らない者を切り捨てながら進む道なんて、誰が選ぶものですか……!) 今は姿さえも見つけられない遭難者も、そして、それを探すために無謀にも単身、飛び続けようとする鳥も、見捨てたりはしない。 気がついたならば、可能性はある。 「教えてくださいますか、先生。あなたが、すでに気がついていることを」 正しい方向を指し示すためには、現在の状況を正確に見極めなければならない。
「ええ、あなたが望むのでしたら。私の知る限りの『事実』をお教えしますよ」 優しい微笑みをうかべながら、アバンは遠回しにぼかすことなく、嘘偽りのない真実を伝え始めた――。
《後書き》 勇者行方不明編の『塔の中の囚人』の手前当たる物語です。 パプニカのナイフに絡めた話ってのも、前々から書きたいテーマでしたしv ところでこれは、すっかりと書くのを忘れかけていた一周年記念SSの最後の一つ、ポップとレオナのお話でもあります。…って、どんだけ忘れていたのやら(笑) |