『細やかなる餞別 −前編−』

 
  

 最初は、風の仕業としか思わなかった。
 ベランダに通じている大きな窓で、天井から床までを覆う長いカーテンがゆったりと揺れている。
 それを見て、なんの疑問に思わなかったと言ったら嘘になる。

 その窓は、普段は締めっ放しなのだから。
 少なくともポップがここ、ベンガーナ王宮に居候の身になって、この客間を与えられてからこっち、一度も使ったことがない。

 気候が良ければこんなやたらと豪華すぎてかえって居心地の悪い客室で過ごすより、ベランダにいる方が開放感があるかもしれない。だが、秋も終わりかけたこの時期では、ベランダはくつろぐ場所には向かない。
 そんなわけで、この窓は開けもせずに外を眺める場として使用していた。

 だが、ポップがいない時間に侍女達がこの部屋の掃除に来ると知っているだけに、深く疑問は抱かなかった。
 侍女が掃除の際、鍵でもかけ忘れたのだろうと軽く考え、窓を閉めようとベランダに近付いたポップだが――いきなり伸びてきた手に、腕を取られた。

「……?!」

 一瞬の驚きが恐怖に変わるよりも早く、力強い手に引き寄せられた。抵抗しようにも、あまりに素早く、強い力なだけに、逆らいようもなかった。
 片手とはいえ、それを掴まれた段階で魔法使いとしては戦いは終わったも同然だ。距離を詰められて肉弾戦に持ち込まれれば、魔法使いはとうてい戦士には適わない。

 このまま見知らぬ相手に捕らえられてしまうか、あるいは殺されるのか  混乱が恐怖に変わる前に、囁かれた言葉があった。

「不用心だな。呆れたものだ」

 冷たい、淡々とした独特の口調には聞き覚えがあった。

「ラーハルト……?!」

 驚いて振り向こうとすると、ポップを捕らえていた手はあっさりと開放してくれた。

「なんだ。今頃、気がついたのか」

 むしろ、それが驚きだとばかりに呆れた声を出され、ポップはカチンとくるのを抑えきれない。

「今頃って、こんな不意打ちされて相手が誰だか分かるわけあるかよっ?!」

「気配で分からないのか? ヒュンケルなら、これぐらい気付くぞ」

 さらにむかつく返事を淡々と返され、ポップの機嫌はさらに悪化する。

(あんな非常識にも程がある不死身戦士を、一般基準にしてるんじゃねーよっ! いや、ダイや先生だって、それぐらいできそうだけどっ)

 アバン流刀殺法の極意は、空の技――つまりは、心眼を開いて周囲の気配を察知してこそ、初めて達せられる。
 言い換えるのなら、アバンやダイ、ヒュンケルなどは気配だけで相手の位置や、相手が誰かを察知する能力を持っているのだ。

 しかし、同じくアバンの使徒とはいえ、ポップは初歩の体術ならともかく、剣の修行などは微塵も受けていない。そんな人間離れした技を身に付けていると思われては、えらい迷惑である。

「普通は隠れている人の気配なんか分からねえし、だいたい、いきなり窓から人がくるなんて思いもしねえよ! おまえ、いったい、どこからきたんだよ?!」

 繰り返すが、なにしろここはベンガーナ城の一室。
 しかも、最高級の賓客のために用意された極上の客間だ。一国の城の中枢部分に位置す
る場所なだけに、警備だって厳重にされている場所だ。そうそう侵入者がいるだなんて思うはずがない。
 しかし元魔王軍で、なおかつ最強といわれた超竜軍団のエリート様の発想は違っていた。


「どこからも何も、城の外からに決まっているだろう。あんな程度の護衛、ものの役にも立たん」

「あー、やっぱりかよ……っ」

 薄々察していたとはいえ、あまりにも予想通りの答えに目眩を感じてポップは頭を抱え込む。
 そもそも正規の手段で面会に来たのならば、こんな夜に前触れもなしにラーハルトがやって来るだなんて、有り得ないのだ。

「おい……てめえ、まさかとは思うけど、護衛の人達になんかしたんじゃねえだろうな?」


 一瞬、護衛の兵士達がバタバタと倒れている図を想像してしまって、ポップは心配げに聞いてみる。まさか皆殺しなんて真似はしないだろうが、当て身で気絶させるぐらいの真似はしでかしそうで、考えるだけで怖い。
 しかし、ラーハルトは聞かれたのが心外とばかりに首を左右に振った。

「愚問だな。別に、何もしてはいない。あんな節穴同然の護衛の目を盗むなど、スライムを倒すよりも簡単だ。
 あの程度の護衛で安心した気になっているとは、つくづく不用心すぎる。もし、オレが敵だったらおまえは死んでいるぞ」

(そもそも、あの護衛はおれが頼んだわけでもねえし!
 それに、もし、てめえが敵だったら、今すぐその済ました面にメドローアぶっぱなしてやりてえよ!)

 上から目線で説教じみたセリフを吐くハーフ魔族を前にして、ポップは怒りにうち震えつつもそれをなんとか堪えた。
 怒ったところでこの冷血男が気にするとも思えないし、むしろまた腹立たしい言葉を返してくるだけだろう。

 そんな役にも立たない怒鳴り合いなど、今はしている暇などないのだ。下手に騒げばラーハルトの存在が周囲にばれかねないし、そうなれば大騒動になるのは疑いなしだ。
 そうなれば、困るのはポップの方だ。

 せっかく、今までいろいろと我慢しまくって留学をなんとか無事に終えたというのに、最後の最後で騒ぎを起こしたくはない。

(この仕返しは、後できっちりしてやるからな……!)

 と、心に強く決めてから、ポップは端的に要件を切り出した。

「で、結局、何しに来やがったんだよ、てめえは。んな夜中にわざわざここまでくるからには、何か用でもあるんだろうな?」

 ラーハルトが用もなく自分に会いにきたなどとは、ポップは一瞬足りとも考えなかった。 単に仲間に会いたくなって不意にやってくる――なんて、可愛げのある男ではないのだ。


「何をしに来た、とはご挨拶だな。そろそろ約束の日だろう」

 愛想もないし、無闇やたらに偉そうではあるが、ラーハルトは律義な男には違いなかった。
 ちょうど三ヵ月前、ポップが一方的に頼んだ約束を覚えていて、それを果たすためにやってきてくれたのだ。

 それを悟って、今まで不機嫌一直線だったポップの表情が、少しだけ和らいだものになる。

「ああ。おれもそろそろ、おまえを探そうかと思っていたところだよ。準備がやっとできたんだ」

 リンガイアから始まって、カール、テラン、ロモス、そしてパプニカ、ベンガーナ。
 ポップは今までそれらの国々に、留学してきた。
 三ヵ月ずつ各国に滞在し、国の復興に助力する代わりにその国秘蔵の古文書の閲覧許可と、遺跡や洞窟探検の許可を取りつけた。

 およそ一年半かけて文字通り世界を一周し、必要な資料を揃えた。その作業の中には、資料を集めるだけでなく古文書を解読し、歴史的事実かどうかと確かめる研究も混じっている。

 相当に苦労させられたが、だが、その成果はあった。
 慎重な手つきで、ポップは懐から数枚の羊皮紙を取り出した。
 留学中の宮廷魔道士見習いという立場上もあり、今のポップの着ている魔法衣はやたらと立派な仰々しいものだ。

 昔は嫌っていたローブ形式の衣装だが、利点がないわけではない。
 魔法使い用の服はゆったりとしている分、隠しとなる場所が多い。誰にも見せるわけにもいかず、また、決してなくしたくない物を常に身に付けておくにはちょうどよかった。
 羊皮紙の頑丈さは、普通の紙の比ではない。
 ずっと服の間に隠し持っていても、特に支障もなかった。

「……古地図か」

 すっかりと色の変わった数枚の羊皮紙を見て、ラーハルトは淡々とそう言った。
 基本的に古い洞窟ほど、攻略難度は高いと思っていい。神々の時代より残された洞窟の最深部に行くのは、至難の業とされる程だ。

「ああ。破邪の洞窟よりも古いものばかりだよ」

 その情報に、ラーハルトは眉一つ動かさなかった。ただ、地図の内容を刻みつけようとするように、ジッと羊皮紙を見つめているだけだ。

「行く先はこれらの地図の場所だよ。この三つの洞窟と、こっちの遺跡の奥に隠された宝が必要なんだ」

 それは、法外な要求としか言い様があるまい。
 古地図に載っているようなを洞窟を制覇するのは、命懸けの難作業だ。それを四回もこなせとの要求を聞けば、大半の人間はなんて無茶な要求かと耳を疑うだろう。
 だが、ラーハルトは驚いた様子一つ見せずに、淡々と問う。

「移動手段は確保済みか?」

「いいや、一度も行ったことのない場所ばかりだ。まあ、ある程度近くまでならルーラできるけど、それでも山の一つや二つは自力で移動すると思ってくれていい」

「期限は?」

「この冬の最後の新月の晩までに」

 その返事を聞いて、ラーハルトが初めて表情を動かした。
 しかし、わずかに眉を寄せただけで済ませたのは、いっそたいしたものだと褒めるべきだろう。

 何しろ、今は冬の初めだ。
 実質三ヵ月弱あまりで、極めて難度の高い洞窟探索を四つこなせとの要求は、明らかに無茶苦茶だ。

 大戦中、アバンが破邪の洞窟一つを攻略するのに三ヵ月をかけた事実を考えれば、想像を絶する苦難が待ち受けているのは確実だ。

「ところで、一つ聞くが……おまえは、この旅に助っ人を頼む気はないのか?」

 ラーハルトがそう言うのも、無理もないだろう。
 だが、ポップは考えもせずに即答した。

「ねえよ」

 洞窟探索には、協力者がいた方が確率があがるのは分かっている。アバンの若い頃の記録を、レオナ達が4人がかりでたった一日で抜いた時のように。
 しかし、ポップはその方法を選択するつもりはなかった。

 今回の洞窟探索に、仲間の助けを借りるつもりはない。ラーハルトだけを、連れて行くつもりだった。

「なにか、文句でもあるのかよ」

 ほとんどケンカでも売るような目付きで自分を睨みつけてくる魔法使いを前にして、ラーハルトの目の鋭さも増す。
 一瞬、空気が張り詰める。
 ――だが、それを緩めたのはラーハルトの方だった。

「……いいや。不満がないわけでもないが、おまえから持ち掛けてきた話だ。おまえの決断に従おう」

(ちぇっ、いちいちスカした言い方しやがってよ)

 と、思わなくはなかったものの、曲がりなりにも賛成されて、ポップはホッとした表情になった。

「ところでよ、このことを誰にも言ってないだろうな? 特に、ヒュンケルとかによ」

 少し疑う口調で、ポップは念を押す。

「心配するな。奴とは、ちょうど三ヵ月前に別れて以来、会っていない」

「ふうん。で、おまえ、ヒュンケルにいったいなんて言ったんだ?」

 今度聞いたのは、疑いや念のためではなく、ただの好奇心という奴だった。
 この傲慢不遜で無口めのハーフ魔族が、あの根暗で寡黙な不幸戦士とどんな日常会話をしているのか、やじ馬的な興味が沸く。
 しかし、ラーハルトの答えはポップの好奇心を満たしてくれるようなものではなかった。


「しばらく独りで旅をする、と言っただけだ」

 くらり。
 なんだか、そんな擬音が聞こえそうなほどの目まいを感じつつ、ポップはかろうじてもう一つ聞いてみた。

「…………そ、それで、ヒュンケルの奴、何か言わなかったのか?」

「『そうか』と言っただけだが」

「〜〜〜〜っ」


 今度こそ耐えきれず、ポップは頭を抱え込んでしまう。
 そんなポップの心痛をどう誤解したものか、ラーハルトは一向に変わらない口調で淡々と言った。

「安心しろ、約束通り奴には何も話してはいない」

(いやっ、安心とかそれ以前に、コミュニケーションとかが全然足りてねえよ、てめえらはっ)

 心の中で目一杯叫びたい衝動を、ポップはなんとか堪える。
 自分よりも年上ながら、この二人がこんなんでこの先世の中渡っていけるんだろうかなどと、いささかお節介な不安すら頭を過ぎったが、この際、それはどうでもいい。

「ま、まあ、いいや。ヒュンケルの奴にバレてねえんならよ」

 今回の洞窟探索で、ポップが一番に警戒していたのは兄弟子の存在だ。彼の耳に入っていないのならば、少しは気が楽になる。

「そうか。それで、もう出発できるのか?」

 と、ラーハルトが手を伸ばしてくるのを、ポップは呆れた目で見返してしまう。

(そりゃ、こいつなら簡単だろうけどよ……)

 ラーハルトの実力ならポップを連れていたところで、誰にもバレないようにこっそりと城から抜け出すなど簡単だろう。
 ポップとて、魔法を使えばそれぐらいはわけがない。

 だが、城の客間に泊まっていた留学中の宮廷魔道士見習いが忽然と消えたりしたなら、それは大事件だ。
 不本意ながら、ここ一年半を掛けて世界の国々を留学しまくったポップには、宮廷魔道士見習いが想像以上に重視されている存在だと身をもって知っている。

 ……まあ、正確に言えば、普通の休廷魔道士見習いが重視されているのでは無く、世界を救った勇者一行の大魔道士だからこそ重要視されているのだが、ポップにはその自覚は無いのだが。

「今は無理だって、さすがに」

 とりあえず、ポップとしてはいらぬ騒ぎは引き起こしたくなかった。

「もう一つ、約束があるんだ。だから、それが終わるまでは行けねえよ」

 ベンガーナでの留学期間は、正式には2、3日前に終わっている。だが、ベンガーナ王に強引に引き止められているおかげで、少々出立が長引いてしまっていた。
 宴席好きの王に、別れの記念にぜひにパーティを開くので出てほしいとせがまれては、固辞するのも難しい。

 それでも、それだけだったらポップもまだ、断れただろう。
 しかし、真打ちは別にいる。
 記念のパーティに自分も出席するから絶対に出るようにと手紙をくれたのは、レオナだった。

 しかも、この手紙を見なかったふりをしたり、ばっくれたりした日にはただでは済まさないからね、との追伸つきだった。
 もはやお願いでも頼みごとでもなく、命令とか脅迫の類いに入る手紙に、ポップは反論するまでもなく無条件降伏した。

 一刻も早く旅立ちたいのは山々だが、レオナを怒らせてまで実行する度胸はポップには無い。
 それに、ポップの方からもレオナに頼みたい用事がある。

「後、三日待ってくれ。姫さんとの約束さえすませたら、旅に出るから」

 そう言って待ち合わせ場所を告げると――ラーハルトは珍しくも奇妙な表情を見せた。 その表情の差は、そう目立つものではない。仲間なら、その差が分かる――その程度のものだ。

 だが、それでもぽかんとした表情を見せるなど、このクールを気取った男にしては珍しい。
 と、言うよりも初めてではないだろうか。
 びっくりしたあまり、ポップなどはちょっと引いてしまったぐらいだ。

「なんだよ、変な顔しちゃって」

「いや……おまえ、それでは何の意味も――」

 そう言いかけてから、ラーハルトは少し何かを考え込むような顔になり、もっと珍しい顔に変わった。

 この男の機嫌のよさそうな笑顔など、ぽかんとした顔以上に見れるものではない。無論、こっちの表情の変化も一般的なレベルから言えば微々たるものというものだろう。
 だが、ラーハルトは彼にしては上機嫌のままで言った。

「了解した。それがおまえの決断なら、不満はない。では、三日後だな」

 それだけを言い残し、ラーハルトは音も立てずにベランダから庭へと飛び下りる。闇の中に消えるように、彼が去っていくのをポップは無言で見送った――。

 

 

 

 長い栗色の髪を綺麗に結い上げ、純白のドレスを身にまとった可憐な姫君。
 彼女は、数えきれない程の人の集まるパーティ会場で、一際目立っていた。
 着ているドレスが一級品なのはもちろんだが、それだけが理由とは言えない。内面から抑えきれずに溢れだすものが、彼女を輝かせている。

 まだ年若いとは言え、さすがは一国を率いてきた姫と言うべきか。
 彼女こそは、パプニカ王女レオナ。
 由緒正しい王国の正統な王位継承者であり、有能なる賢者でもあり、勇者一行の一員として認められたアバンの使徒。

 気品と美しさ、それに名声までも抜かりなく備えた姫に、求婚者が現れないはずがない。 だが、彼女を守るがごとく、常に側に控えているのは白銀の衣装をまとった騎士だった。淡い赤毛を後ろに撫で付け、後ろで括っている騎士は、良く見れば若い娘だった。姫と比べてもまだ、数歳と離れていないだろう。

 だが、年齢、性別に関係なく、騎士は騎士だ。
 姫を守る騎士がいては、求婚者達も二の足を踏まざるを得ない。
 パーティ会場の場で貴婦人をエスコートする騎士には、特権が認められる。その貴婦人を守り抜くことが許されるという、極めて大きな特権が。

 たとえば、騎士を伴った貴婦人にダンスを申し込むのはマナー違反に当たる。この場合は、騎士に対して貴婦人への愛を認めさせる必要がある。
 もっとも、騎士は姫を守るのが役割だ。そう簡単に応じるわけが無い。

 姫の意に反して付きまとう悪い虫を追い払うためには、決闘も辞さない――それでこその、騎士だ。
 つまりは、騎士の決闘を乗り越える覚悟がなければ、姫に求婚をするのは許されないということだ。

 そのため、強固な箱入り娘やまだ結婚をする気がない娘は、できるだけ身分の高い騎士の後見を望むものだ。
 その意味ではこの栗色の髪の姫君は、これ以上ない騎士を後見人にしたものだと言えるだろう。

 ただの騎士とは、わけが違う。
 彼女もまた、アバンの使徒であり、勇者一行の一員という輝かしい名声を身に備えている。
 そして、肩書きはそれだけではなかった。

 カール王国の自治領を治める侯爵という、騎士としては最高峰の自由騎士の地位を取得した、騎士マァム。
 ドレスを身につければさぞや美しいと思える女性としての姿を、惜しげもなく騎士の衣装で覆い隠したマァムは、レオナを見事にエスコートしていた。

 彼女をしっかりと守るがごとく、片時も離れずに周囲に目を配り続けている。
 純白の姫君を守る、白銀の女騎士――それは、一対の絵のように美しい光景でもあった。
 

 もっとも前からの仲間であるポップにとっては、彼女達の性格をよ〜く知り抜いているだけに手放しに見とれるべき対象にはならないが。
 ポップが二人を見ていたのは、別の理由からだった。

(さすがというべきか、これなら安心だよな〜)

 マァムは、前に約束してくれた。
 ポップに力を貸してくれる、と。
 その言葉通り、マァムはポップに力を貸してくれている。

 ポップに代わって、レオナを守っていてくれている。
 はっきり言って、賢者としてのポップがエスコートをしている時よりも、よほど頼もしいナイトぶりだ。

 賢者や僧侶は宴席上では中性とみなされるせいか、男扱いされない代わりに、半ば女性扱いされがちである。
 レオナと一緒にナンパじみたダンスの誘いされた時などには、控え目に言ってメドローアをぶっぱなしてやりたいと思ったものだ。

 女騎士の場合でもそうなってしまうのではないかと半ば心配していたのだが、それは無用な心配だったようだ。
 武闘家として鍛え抜いたマァムの胆力や迫力は、凛々しい女騎士の姿になっても減じることはない。

 あわよくばレオナに近付こうとする不埒な男などを、マァムは威嚇を込めて睨みつけるだけで撃退していた。
 あれなら問題はないだろうと、ポップは思う。

 まあ、唯一問題があるとすれば騎士マァムのあの迫力が、女性としての彼女の評判を下げてしまうことぐらいだが――ポップにしてみれば、それはむしろ歓迎できる。
 マァム自身が王族や貴族連中に目を止められ、求婚される図など面白いものではない。それぐらいなら、怖い女性だと敬遠されていた方がずっとマシだと思う。

 結果として、その二人はパーティ会場で最も華やかに人目を引きつけながらも、社交以上の意味で他人を寄せつけることがない。
 一応、このパーティの主役であるポップは、別れを惜しむ王や貴族達の挨拶や引き止めを適当に躱しながら、その様子を眺めていた。

 そんな風に外交上のパーティでの役割を一通り終えた後になってから、ようやくポップはレオナに近寄る機会に恵まれた。
 若い男がレオナにダンスを申し込むのを片っ端から威嚇していたマァムも、ポップの接近は阻まなかった。

 険しい女騎士の顔とは全く違う、柔らかな笑顔を浮かべて一歩、身を引いた。
 ポップと目が合うと、社交用に張りつけてあったレオナの笑顔の仮面が少しばかり外れる。

「ポップ君! おひさしぶりね、どう、元気にしてたかしら?」

「ああ、おかげさんでね。姫さんやマァムも、元気そうでなにより」

 気安い挨拶をしながら、ポップは言葉とは裏腹にレオナの手を恭しく手に取る。最初の頃は慣れなくて照れが先に立ってしまったが、パーティに何度も出るうちに慣れてしまった儀礼の一つとしてしぐさの一つだ。

 ベランダへと誘うと、レオナは心得た顔で頷いて見せた。
 パーティ会場に幾つか存在するベランダは、本来は人込みにつかれたものが一時休息する場として用意されているのだが、それ以外にも用途はある。

 恋人同士がこっそりと愛を囁く場や、他者と交えずに密談を交わす場所としても利用される。
 ポップとレオナをベランダへと送り出し、マァムはいかにも忠実な騎士らしく、ベランダに背を向けて直立不動の姿勢を取って見張りを務める。

 二人の邪魔をせず、また、誰にも二人の邪魔をさせないとの意思表示だ。
 彼女がいる限り、ポップとレオナの話が終わるまで邪魔をされることはないだろうし、また、ここで話したことを他者に聞かれる心配もしなくてすむだろう。

 その気楽さからバルコニーの手摺に寄り掛かった姿勢で、ポップはいつもの調子で話しだした。

                                           《続く》
 
 

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