『細やかなる餞別 −後編−』 |
その言葉に、嘘はない。 だが、レオナは長いドレスの裾を優雅に翻し、ポップと並んで手摺に手を置きながら言う。 「あら、ご挨拶ね。足を運ぶ手間が省けたのを、喜んでくれるかと思ったのに。 探りも何も入れず、単刀直入にレオナは話を切り出してきた。 「何か、あたしにも協力できることはある?」 目的も問わずに、いきなり重要な部分を突いてくる――全てを見透かしたようなその聡明さが、いかにもレオナらしかった。 「さすが姫さんだな。なら、お言葉に甘えて頼みが、二つばかりあるんだ。一つは、メルルから聞いたかもしれないけど……おれの旅が終わった後、ある儀式魔法に力を貸して欲しいんだ」 ポップのその言葉を、レオナは生真面目な表情で聞いていた。まっすぐに彼を見据える目は、その言葉の意味を探りだそうとしているかのように、鋭い。 「王家の人間が手を貸してくれるなら、成功率は上がる。……だけどよ、こっちもメルルから聞いたかもしれないけど、これには結構な危険を伴う。だから、気が進まないなら断ってくれたっていいんだ。それならそれで、別の手を考えるから――」 「あらあら。あんまりあたしをなめないでよね、ポップ君」 ポップの言葉を遮って、レオナはにっこりとわざとらしく笑ってみせる。 「危険だってぐらいであたしが諦めるとでも思っているのなら、ずいぶんと見くびられたものね。それとも、これは挑戦と解釈していいのかしら?」 挑発的にそう言ってのけるレオナの真意を、読み取れないポップではない。だからこそ、ポップは大袈裟におどけて見せる。 「まさかぁ! 大魔王バーンに単身で手傷を負わせるような、おっそろしいお姫様に挑戦するような度胸なんか、おれにはないって」 そこまでふざけた調子でいったポップだったが、すぐに真顔に戻る。 「ま、姫さんがそのつもりなら、本気で助かるんだ。……頼らせてもらうよ、遠慮なく」
「この冬の終わりの、最後の新月の夜に」 今度は打てば響くように戻ってきた答えに、レオナは満足したように頷いた。 「分かったわ。その時期に合わせてスケジュールを調整しておくし、メルルにも伝えておいてあげるから、安心して。 「うん。……その儀式の時に、パプニカのナイフを貸して欲しいんだ」 そう持ち掛けるのはどこかしら申し訳ないというか、罪悪感じみた感情を感じてしまうのは、そのナイフが特別な品だと知っているからだ。 ダイと、デルムリン島からずっと一緒に旅をしてきたポップは、そのナイフの意味を知っている。 その話を、ポップはダイから直接、何度となく聞いたものだ。初めての人間の友達からもらった宝物だと、ダイがとても大切にしていたナイフ。 今となっては、そのナイフは何物にも変えがたいレオナの宝物となっていることまで知っているのだ。 「…………」 即断力に優れているはずのレオナが、すぐには答えずに黙り込む。 「その条件を飲む代わりに、約束してほしいの。旅に出る時に、あなたの身を守るための武器を……持って行ってくれる?」 そう言いながら、レオナは帯に挟み込んだ一振りのナイフをとりだした。 レオナの手にしているシンプルながらも優美なナイフを見て、ポップは思わず絶句する。 両手で、まるで捧げもつように大切に持たれているそのナイフ。 「だめだっ、それは持って行けねえよ!」 即座に、ポップは断った。 パプニカの宝刀であり、一種の装飾具扱いだからできることとはいえ、そこまで大切にしている品だ。 「別に、今度の旅に持って行く必要なんてねえよ。ただ、肝心な時に貸してもらえばいいだけで……それだけでいいんだ。そのナイフは、姫さんが持っているべきものだろ?」 ダイの思い出に繋がる大事なものだと知っているポップは遠慮しようとするが、レオナは強引だった。 「ダイ君はね……このナイフを渡す時にあたしに言ったのよ。 そう語るレオナの目が、少しだけ遠くを見やる。 「あの時、ダイ君が持っていたなら、このナイフはただの思い出の品に過ぎなかった。でも、あたしが持っていれば、最低限、身を守るための武器になるからって」 一瞬だけ、辛そうな色がレオナの目をかすめていくが、すぐに彼女は気丈な表情を取り戻す。 「だから、今度はあたしの番なの。このナイフをあたしが持っていても、ただの思い出なだけ……でも、ポップ君にとっては、違うんでしょう? 実際に役立てることができる人が、持つべきなんだわ」 真摯な瞳で、レオナは静かに、だが強く訴える。 「……分かったよ。じゃあ、借りておく」 彼女の手の温もりの残るナイフを、しっかりと握り締める。 「よかった。 「ああ、約束するよ。ちゃんと、大事にする」 レオナを安心させようとポップが頷くと、彼女はひどく嬉しそうに目を輝かせた。その口許に、悪戯っぽい笑みが浮かんだのだが、慎重にナイフをしまっていたポップはそれを見逃してしまっていた――。
「……姫さん……っ!! これ、どういうことだよ?!」 翌朝。 「約束が違うじゃねえかっ?!」 恨みがましげに睨みつけ、肩を震わせながらのポップの抗議に、レオナは心外とばかりに小首を傾げる。 「あら? あたし、約束は守ったつもりだけど? ちゃーんとこうやって、あなたを見送ってあげているし、邪魔なんかしていないじゃない」 そこは一応、認めなければならないだろうと、カンカンに頭に血が昇ったポップでさえ思う。 ポップが留学後に古代遺跡や洞窟を巡る旅に出るつもりだと知った時、アバンははっきりと止めにかかった。 それもマトリフと組んで、理詰めと泣き落と、終いにはほとんど脅迫までかけて思いとどまらせようとしたものだ。 それに比べたら、レオナは遥かに協力的だった。 ――が、人が良さそうな顔とは裏腹に目的のためには手段を選ばない主義のアバンや、頑固さとあくどさでは定評のあるマトリフを言いくるめたことだけは確かだ。 可愛い顔をしていながら、やり手の現役政治家でもあるレオナは、屈託のない笑顔で言ってのける。 「その上、武器や餞別まで整えて準備万端整えてあげているだなんて、まるで天使のように優しいと思わない?」 (自分で言うかっ、自分でっ?!) 喉をついて出そうになったツッコミを、ポップはかろうじて堪えた。ここまであからさまに話題を逸らそうとしている手に、付き合ってやる義理はない。 絶対にその手には乗るものかという決意を込め、ポップはいっそう目に力を込め、真横をびしっと指差した。 「じゃあ、いったい、『コレ』はなんなんだよっ?!」 物のように、言われたこと。 ポップよりも頭一つは高い、すらっとした長身の、憎らしい程に美形な色男は、まるで他人事に接しているかのように涼しい表情を崩さない。 「ええ、あなたに持たせたい武器……というか、荷物持ち兼ボディーガードよ。ああ、紹介するわ、我がパプニカが誇る新進気鋭の近衛騎士隊長なの」 と、レオナが仰々しく紹介した相手は、ポップにとっては嫌というほど知った顔だった。
「心配しないで、一週間前にきっちりと叙勲式を終えたところよ。彼は正規の騎士だし、パプニカの兵士でもあるの。つまりは、彼はこの王女たるあたしにとっては頼りがいのある『武器』というわけ」 悪びれる様子などかけらもなく堂々と詭弁を弄する姫君は、にこやかに微笑んで見せる。 そして、ヒュンケル自身もその意見を否定しなかった。 「その通りだ。オレのことは、盾とでも思え」 「と、本人も言っていることだし、武器か防具だとでも割り切って連れていってやってちょうだい」 「思えるかぁっ!! ふざけんなよ、なんだってこんなのを連れてかなきゃならねーんだっ?!」
「でも、約束したじゃない? 身を守るための武器を持って行ってくれるって」 「だって、それはダイのナイフのことだと思って――」 言いかけたポップの言葉を、レオナは最後まで言わせてもくれなかった。 「あら、あのナイフはあなたから持ち掛けてきた話じゃない。あたしからは、持って行って欲しい『武器』が何なのか、言わなかったわよ」 確かに、それはそうだった。 (そうかよ、わざとだったのかよっ?!) 今更ながら真実を悟ったポップだが、すでに手遅れというものだろう。 「なんにせよ、ポップ君はあの時、はっきりと約束してくれたわよね。 「え、ええ」 当惑気味ながらも、根が真面目なマァムは事実は事実として認めずはいられない。マァムの頷きに勢いを得て、レオナは勝ち誇ったように胸を張る。 「まさか、勇気の使徒ともあろう者が、か弱い姫君と交わした約束を破ったりしないわよね? そんなことをされたら、ショックだわ。私の騎士に、言いつけちゃおうかしら?」
それを知った上で、あからさまな脅しをかけてくる姫君の抜け目のなさに、ポップはもはや言葉もない。 「いようっ、奇遇だなぁ!」 ポップが『武器』の同行を諦めて受け入れるしかないと思った瞬間を見切ったように、陽気な声と共に全身銀色の金属生命体がどこからともなく現れる。 「オレも最近、暇を持て余していてな」 「ヒム、それにおっさんまで……っ」 呆然と呟くポップに対して、レオナの声はどこまでも朗らかだった。 「あたし、持って行ってもらいたい武器は一つだけなんて、言わなかったわよね? 細やかな餞別をつけるとは言ったけど」 「…………こいつらのどこが、細やかなんだよ……?」 もはや怒鳴り返す気力もなく、ポップは図体の大きい二人組を見やって溜め息をつく。手酷い詐欺に引っ掛かった表情で肩を落とすポップに、クロコダインはそのごつい腕をポンと置いた。 「諦めろ、ポップ。そもそもいくらおまえでも、姫を出し抜けるはずがなかろう」
「――やっぱりな」 約束の場所に、一人ではなく三人の道連れと共にやってきたポップを見ても、ラーハルトは眉一つ動かさずにそう言っただけだった。 「ラーハルト……てめえも知っていやがったのかよ?!」 「とんだ言い掛かりだな。オレは何も知らなかった」 と、ぬけぬけと言った後、ラーハルトは珍しくニヤリと笑う。 「――まあ、気がつかなかったか、と聞かれれば答えは別になるがな」 その答えに、ポップは思い当たることがあった。 「どちらにせよ、おまえが選んだ決断だろう。自業自得だな」 自分でもそうは思っていても、とどめのように他人からそう言われると、ムカつき度も倍増する。 「うるせーっ、あーっ、まったくどいつもこいつもっ! まったく、予定じゃひっそりこっそり旅に出るつもりだったのに、なんだってこうなるんだよっ?!」 ついに癇癪を起こしてわめき立てるポップだが、神経の太さからして並とは違う彼の同行者達は、一向にそれを気にした様子もない。 かくして、魔法使いとそれを護衛する4人の戦士との旅が始まった――。 《後書き》 |