『優先順位 1』

  
 

 何を一番に考え、何を切り捨てるべきか――。
 時として、人はその決断を迫られる時がある。
 それを過不足なく行うのは、案外難しいものである。

 

 

「最初にはっきりさせておくが、この旅では指示はオレが出すと思ってもらおう」

 と、きっぱりと宣言したのはラーハルトだった。
 ポップ、ヒュンケル、ラーハルト、クロコダイン、ヒム。
 今、彼らは一行を組んで旅を始めるところだった。

 古地図を元に伝説級の洞窟や遺跡を巡るという旅――行方不明の勇者を捜すための、手掛かりを手に入れるための旅だ。
 だが、行く先を確かめるための地図を広げて相談するよりも早く、いの一番に言い放たれたリーダー宣言に、げんなりとした表情を見せたのはポップだった。

「また、それかよ〜」

「いや、そこは大事なところだろ、結構よ」

 と、意外にも賛同の意思を示したのはヒムだ。
 それに従う形で、クロコダインも大きく頷く。

「そうだな、オレには異議はない」

 無言のままだが、ヒュンケルも不満を唱える様子もなく頷いて見せる。
 命令系統の明確化――それは、戦いを前にして確認しておくべき重要事項だ。
 軍隊では、基本的に上官の命令は絶対だ。

 いざと言う時に各自がバラバラの判断で行動していたのでは、軍と言う組織は成り立たない。
 魔王軍はバーンにとってはお遊びの要素が強く、幹部クラスにはかなりの自由度が認められていたとはいえ、それでも組織としての規律はきっちりと存在していた。

 曲がりなりにも軍人経験を持つ彼らにとっては、任務に当たる前に命令系統を確認しておくのは重要なことだ。
 任務中の上官反抗は、軍隊では厳罰に当たる行為だ。

 指揮官の指示が自分の意思や主義にそぐわなかったとしても、部下には従う義務がある。それだけに誰が命令権を担うか、きちんと把握しておくのは生死に関わる問題になる。
 認めることの出来る上官が命令権を持つのであれば、それに越したことはない。

 だが、魔王軍と戦っていたとはいえ、ポップには軍隊に加わった経験はない。
 そもそも、勇者であるダイからして、リーダーとして振る舞っていたわけではない。
 勇者一行には最終的にはかなりの人間達が戦いに加わったが、その組織の陣営をまとめ、指揮をとったのはレオナだった。

 ダイやポップなどは最初から最後まで変わらず、互いに対等な立場のままで、その場の状況次第でどちらかが作戦を立てたり、方針を決めたりしながらすごしていた。
 そんな気楽なやり方に慣れているポップにとっては、軍隊方式なやり方に抵抗を感じずにはいられないらしい。

「別に、そんなに堅苦しくやんなくてもよ、ちょっと洞窟探索に付き合ってくれるだけでいいのによ〜」

「古代から伝わる洞窟ともなれば、戦場も同然だ。戦いや罠が待ち受けていると想定して、行動すべきだろう」

 ポップの軽口を、ラーハルトはザックリと容赦なく切り落とす。

「もっとも、この話を持ちかけてきたのはおまえだ。行く先、それに洞窟や遺跡の探索そのものに関しては、おまえの意見を優先する。ただ、それ以外での指揮権を寄越せと言っているんだ」

 譲歩を持ち掛けているとも思えない高飛車な言い方に眉を潜めつつも、ポップは少し考える素振りを見せてから、肩を竦めた。

「……まあ、それならいいや。リーダーはおめえに任せるよ」

 いかにも不承不承という雰囲気ながらもポップが頷いた時から、ラーハルトがこの探索のリーダーと決定した――。

 

 

「さ、さあ……みんな、これからが、やっと本番だぜ……気合い、入れていけよ……!」


 ポップがそう言ったのは、旅を始めてから約半月後のこと。
 ベンガーナ王国の辺境に当たる地域を散々旅してやっと発見した古い洞窟の、最下層。 それをさらに数日をかけて延々潜り、一番奥にまで辿り着いた時のことだった。

 その旅は、並のものではなかった。
 なにしろ、地上ではお目にかかれないはずの魔界の怪物までもがゴロゴロうろついている洞窟だ。

 それだけならまだしも、魔法仕掛けの罠がうんざりするほどぎっしりと用意された、難度の高い洞窟。
 並の冒険者一行ならば、そう時間も掛からずに冒険を断念するか、全滅するかだっただろう。

 しかし、仮にも勇者一行の主力戦士達にとっては、この洞窟はそれほどたいしたものとは言えなかった。
 ――約、一名を除いては。

 みんなに息も絶え絶えに檄を飛ばした張本人であるポップだけは、ひどく疲れきった様子が人目で見て取れる。
 立っているのもやっととばかりにゼイゼイと肩で息をしているポップを見て、ヒムは気遣っているともからかっているともとれる口調で突っ込んだ。

「つーか、一番気合いを入れる必要があんのって、おめえじゃねえのか?」

「う、うっせーな、分かってるよ、言われなくてもこれから気合いを入れるところだっ!」


 と、立つのも辛そうに壁に寄りかかった姿勢のままで言っても、なんの説得力もないのだが。
 だが、それでも意地を張るポップを見兼ねたのか、クロコダインが心配そうに声を掛けてくる。

「いや、気合いも大事かも知れんが……少し、休息を取った方がよくはないか?」

「んな、暇なんかねーっつーの。言ったろ、これからが本番だって」

「しかしだな――」

 なおも何かを言いかけたクロコダインを遮ったのは、ラーハルトの素っ気ない言葉だった。

「本人がそう言っているんだ、探索を続行しよう」

 短いが、その言葉には不平さえものともしない、絶対の命令が意思が込められていた。 ラーハルトをリーダーを認めた以上、この冒険における彼の決断は総意として認められる。

「そーそー。おまえもたまには、いいこと言うじゃん」

 とても褒めているとは思えない憎まれ口を叩きつつも、ポップは気合いを入れるためか自分で自分の顔をピシャッと叩く。
 そして、行き止まりの壁を指差した。

「じゃあ、誰でもいいから、あっちの奥の壁に闘気をこめた技をぶちこんでくんないか? あ、もちろん洞窟は壊さない程度に頼むぜ」

「おいっ、それ、かなり難しいぜっ?! だいたい、あそこになにがあるってんだよ? ただの行き止まりじゃねえか」

 呆れた様に突っ込みを重ねるヒムを、わずかに押し退ける様に進みでたのは、ヒュンケルだった。

「下がっていろ」

 流れる様な見事さで剣を抜き放ったヒュンケルは、ごく軽い動きで剣を一閃した。
 目標物にかすりもしないその動きは、一見素振りにしか見えないものだった。が、その一撃は確実に目標物にダメージを与えていた。

 ヒュンケルが剣を鞘に収めると同時に、奥の壁に斜めに大きなひびが入る。初めは大きな一本のひびに過ぎなかったものは、見る見るうちに蜘蛛の巣の様にひびわれていき、細かな石となって崩れ落ちる。
 そうなって初めて、見えてきたものがあった。

「これは……っ?!」

 何人かの驚きの声が重なる。
 壊れてから初めて分かったが、洞窟の奥の部分は本物の岩ではなかった。岩壁とほとんど変わりがないまでに偽装が施されていたそこには、巨大な扉があった。
 見上げる程の大きさのあるその扉は、厳重に封じられていた。

 古代文字と複雑な文様が組み合わされて封じられた扉は、古い物にもかかわらず信じらない程の強度で侵入者を阻む。
 確かめる様に扉を叩いたヒュンケルは、手に軽く闘気を込めて扉に触れ、その手応えを確かめた。

 怪力を誇るクロコダインが力づくで押し開けようとしても、その扉は何の反応もしなかった。
 ヒュンケルやラーハルト、ヒムが最強の技を全力で打ち込んだとしても、おそらくはびくともしないだろう。

「……これは、キルバーンの罠に似ているな」

 いささか苦みの籠った口調になるのは、バーンパレスでダイとポップが彼の罠のせいで死にかけた思い出がしこりになっているせいだろう。
 が、死にかけた張本人であるポップは、たいして気にもしていない様子で、ペシペシと扉を叩いて見せる。

 ポップただ一人だけは、ここになにがあるのか知っていたのか驚いたそぶりも見せなかった。

「ああ、正解だ。この手の呪法は強力な魔力によって動いているから、基本的に闘気にはほとんど干渉されないんだ。
 バーンパレスの扉もそうだったように、本来は入れていい者とそうでない者を選別するためのものなんだよ」

 敵味方を選別するための結界と、その象徴として存在する開かずの扉。
 バーンパレスや鬼岩城に出入りした経験を持つ元魔王軍にとっては、それはそう珍しいものではない。

 魔の気配ではなく聖なる波動を感じさせる扉には多少の違和感があったが、それよりも問題なのは扉が頑として開かないことの方だ。

「それでこの扉を開ける者というのは、誰なんだ?」

 クロコダインの質問に、ポップはおどけた調子で答える。

「そりゃあ、王様か、女王様だよ。ま、王子様やお姫様でもいいみたいだけどさ」

 この扉を開けられるのは、正統なる王族の血筋を受け継ぐ者だけ――ポップは確信ありげにそう言い切った。

「つまりさ、この手の洞窟は本来、各王家にとって秘密中の秘密だったんだよ。
 各王国の創世期の歴史を調べてみたら、例外なく各国はそれぞれの秘密の洞窟を持ち、王位継承の儀式を執り行うために使用していたんだ。
 封印された扉を開け、最奥に行けるだけの力を示さなければ、王位にはつけなかったみたいだぜ」

 当初の目的は、強者を選り分けるためにあったのに違いない。複数の王位継承者の中から、最も能力の優れた一人を選びだすために――。
 しかし、時代が下るにつれ、儀式が簡略化されるのはよくある話だ。

 親が、我が子を敢えて危険な目に遭わせたいと望むわけがない。少しずつ、跡継ぎの安全を計る方向に儀式を緩和させたため、今ではすっかりと廃れてしまった儀式だ。
 最後の儀式が行われてから、すでに数百年は経過している現在では、すでに各王国の歴史からこの洞窟の存在が忘れられているだろう。

 唯一、その風習が生き残っているパプニカ王国でさえ、すでに儀式は形ばかりに形骸化されてしまっているのだから。

「調べたら分かった……。姫さんのあの儀式も、そうだったんだ。いくら儀式とはいえ、王家の人間がわざわざあんな辺鄙な島までいくのは変だなって、前から思ってたんだ。
 王国の初期の歴史を見て、確信したよ。パプニカの王家の洞窟は、デルムリン島のあの洞窟の、さらに奥にあるんだ。
 多分、前に行ったことのある魔法陣よりもずーっと奥の方に、ここと同じ扉が隠されているはずだぜ」

 ポップのその言葉を聞いて、ヒュンケルには思い当たることがあった。
 ポップがパプニカに留学中に、どうしても見たいと言い張った秘文書。レオナは、そこに書かれているのはパプニカ王国黎明期の古文書だと言っていた――。
 納得するものを感じながらも、ヒュンケルには引っ掛かることがあった。

「……ならば、なぜデルムリン島に最初に行かなかった? それに、なぜ姫を呼ばない?」


 この洞窟のだいたいの位置は調べてあったとはいえ、ポップが一度も来たことのない場所では、移動呪文は使えなかった。
 そのために徒歩の旅でここまで来るだけでも相当の時間が掛かったが、デルムリン島なら一瞬で行けたはずだ。

 そして、バーンの戦いのために破邪の洞窟に自ら望んで挑んだというレオナが、ダイを救うために洞窟に入るのを拒むとも思えない。
 それだけに、なぜポップがそうしないのかヒュンケルには大いに疑問だった。が、その疑問はポップの答えを聞いてさらに大きくなる。

「ああ、姫さんなら協力してくれるだろうな。だからこそ、パプニカの洞窟には行く必要はねえんだよ」

 二重の驚きに、ヒュンケルは少しばかり目を見張る。
 ポップの答えそのものも意外だったが――ポップが素直にヒュンケルの答えを肯定したのは、さらに意外だった。
 だが、ポップはそれ以上は教える気がないのか、つかつかと扉の前まで歩いて行く。

「それにどっちにしろ、この洞窟では姫さんの手を借りてもどうにもならねえよ。王家の洞窟の扉を開けられる者は、その王国の王族の血を引く者だけなんだ。
 でも、この洞窟の扉を開けれる奴は、多分、もういない――」

 扉の前でぴたりと足を止め、ポップは上部に掲げられた文字盤を見上げた。
 複雑で、現在使われている物とはまるっきり形が違う古代文字は、ヒュンケル達には到底読める物ではない。

 彼らにとっては、それはただの、読めない字にすぎない。
 だが、ポップの目は真摯にその文字を見つめていた。

「あそこには、古代語でこう書かれているんだ。『アルキード』ってな」

 その言葉に、小さく息を飲んだのはラーハルトだった。

「バラン様の、奥方様の国の遺跡だったのか……」

「ああ、そうさ。多分、ここにダイがいたらこの扉は軽く開いてくれただろうな。あいつ、あれでも一応アルキード王家の血を引いてるんだし」

 軽い口調でそう言いながらも、親友の名を呟く時だけ、ポップの表情に一瞬の苦痛が浮かぶ。
 本人も意識していないその一瞬の変化を、歴戦の戦士達は全員気がついたが、敢えて見て見ぬふりを決め込んだ。

 慰めや励ましの言葉などかけずとも、ポップはすぐに立ち直ると確信していたから――。 そして予想通り、すぐにポップは一瞬の揺らぎを振り捨て、元通りの口調でいった。

「どんなに強固な封印がかけられていたとしても、相手が扉なら手はあるんだ。扉を開けるための魔法なら、ちゃーんと存在してるんだからさ」

 静かに、ポップは両手を閉ざされた扉に当てた。
 そして、軽く目を閉じる。
 精神を集中し始めたポップの身体から、淡い燐光が立ちのぼりだす。

 明かりを点しても薄暗がりからは抜け出せない洞窟の中では、その輝きは目を焼く程に眩く感じられた。
 その光が最高潮に達した時、ポップは一声、呪文を唱える。

「閉ざされし扉よ、道を開けよ……アバカム!!」

 強烈な魔法力の発動に応じ、長い間閉ざされていた扉はゆっくりと音を立てて開かれた――。

 

 


「ギィキイイイッ!!」

 奇怪な叫び声を上げて襲いかかってくる怪物を前にして、ポップは避けるでも魔法を使おうとするでもなく、棒立ちとなったままだった。
 そんなポップを庇ったのは、ヒュンケルとラーハルトだった。

 まるで申し合わせたかの様なタイミングで一斉にポップの前に立ちはだかり、軽々と敵を切り捨てる。
 目を丸くしてそれを見ながら、それでもポップは感謝を口にしようとした。

「……あ、ありが――」

 だが、それさえ遮ってラーハルトはピシャリと言い切った。

「注意力散漫だぞ。もう前に出なくていいから、後に下がっていろ。危なっかしくて、かなわん」

 言い方こそ高飛車だが、それでもその言葉はポップを庇うためのものには違いなかった。 が、その言葉遣いのせいか、それとも生来の負けん気のせいか、ムッとした顔になったポップはかえって前へと進みでようとする。

 が、その足取りが明らかにふらついているのを見て、一同はそろって思わず溜め息をもらす。
 基本的に、ポップは体力に欠けている。

 実際、この洞窟の奥に辿り着くまでの移動だけでも、相当にばてていた。
 ただでさえそうだったのに、封印の扉を開けるために、ポップはどうやらかなりの魔法力を使ってしまったらしい。

 一言も愚痴は零さないが、顔色も悪くなっているし、疲れのせいで動きだって緩慢になってきている。
 それなのに、ポップは庇われるのをことのほか嫌う。

 以前からそうだったが、今回の旅では尚更そうだ。
 行方不明のダイを探すための、手掛かりを得るための旅――この旅をしたいと言い出したのも、具体的な地図を用意して行く先を決めているのも、ポップだ。

 ヒュンケルを初めとする、ラーハルト、ヒム、クロコダインの4人は、ポップの旅に協力しているだけに過ぎない。
 ポップの護衛を引き受けたつもりでいる4人にとっては、彼を守って行動するのに不満はない。

 むしろ進んで戦闘を引き受け、ポップを後方に庇おうとしていた。
 この旅は、ポップがいなければそもそも成り立たないのだし、古代遺跡系の洞窟の仕掛けに対しては、魔法使いの力が必要不可欠だ。

 唯一、その鍵となる力を持ってるポップを優遇し、遺跡探索のためにだけ力を注ぐ様に計らうのは、当然と思える。

 極論を承知で言うのならば、ポップ以外の4人は姫を守って行動する騎士のような心積もりで旅に参加している。
 だが、ポップ本人は違う心構えでいるらしかった。

「ポップ。いい加減にしたらどうだ」

 リーダーのラーハルトだけでなく、兄弟子の窘めも、ポップをますます意固地にさせるだけだった。

「そんなこといったって、おれが先を行かないと罠を発見できねえだろうが!」

 ポップの言葉は、正論だった。
 怪物の攻撃を予測できる洞窟ならば戦士が前衛に立つのが基本だが、罠や仕掛けの多い洞窟ならば盗賊が先頭を切るのが常道だ。

 しかし、ここにいるメンバーはもちろん、勇者一行の中には盗賊のスキルを持った者はいない。そのため罠に対抗するための手段は、ポップの魔法しかない。
 いつの間にか、ポップは扉解除呪文だけでなく、罠の存在を感知する呪文や、罠を解除する魔法まで習得していた。

 魔王軍との戦いの頃には、全く使えなかったはずの魔法の数々を、今のポップはたやすく使える。
 それは、ポップが洞窟探索することを見据え、予め準備していたことの証明だ。実際、この洞窟内でポップの力はこの上なく役立っている。

 特に封印の扉の奥には、驚く程に精巧で懲りまくった仕掛けや罠が複数存在していた。 もし、ポップがいなかったら、ヒュンケル達では罠の存在にすら気がつかなかった可能性が高いし、なにより扉を開けることすらかなわなかっただろう。

 一行を安全に進めるのを目的とするのならば、ポップに先陣を切らせて対処に当たらせる必要がある。
 が、ここでリーダーは思い切った決断を口にした。

「――よし。ここから、戦闘配置を変更する。罠があるかどうか確かめる程度に、いちいち魔法など使う必要はない。ヒム、おまえが先に行け」

 と、ラーハルトが決め付け、指差した相手はヒムだった。

「おぉいっ?!」

「おまえなら、別に罠に引っ掛かったところでどうってことがないだろう」

「いや、そりゃあそうだけどよー、もうちっと言い方ってもんがあんだろうがよ……っ!」


 と、ぶつくさ言いながらも、ヒムだけでなくその場にいた一同がラーハルトの指示が適格だとは認めざるを得なかった。
 超金属の身体を誇るヒムには、生半可な打撃も魔法も効き目がない。

 確かに実害はないといえばないし、先々のためにポップの魔法力を温存するという目的のためならば、それが最も効率的だろう。
 ……義理だの人情だの仲間意識だの、ヒムの身の安全という点らに目を瞑るのであれば。 そして、ラーハルトはいたって合理主義な上に冷淡さを持つ男だった。

「むしろ罠に引っ掛かってから、全部ぶち壊すつもりで進め。その方が手間が省ける」

 気遣いどころか情け容赦のない突撃命令に、ヒムがすっ頓狂な声で異議を唱える。

「おいおいおいっ?! その前にオレの身体の方がぶち壊れたらどうしてくれんだよっ?!」


 ヒムのもっともな心配に対して、ラーハルトは力強く請け負った。

「安心しろ。自力で脱出できないような致命的な罠なら一応助けてやろう。
 もし、おまえの手足がバラバラになったら、担いでちゃんと持ち帰ってやる」

 ――少しも、安心できる要素はないフォローだったが。

「いや、それより先に回復魔法かけてくれよっ?! そうすりゃ簡単に治るんだからよっ」
 

 ほとんど懇願するような口調で訴える仲間を、ラーハルトは見下す様な目で一瞥した。


「おまえの回復など、後回しにするに決まっているだろう。多少手当てが遅れたからといって、どうせ死ぬわけでもあるまい」

「お、おまえなーっ、それってあんまりすぎねえか? いくらヒムの奴が頑丈でも、んな無茶な……」

 ラーハルトの無茶な言い分に、ポップが思わずの様に口を出すが、彼はまったく考え直す素振りも見せない。

「この洞窟の奥に、さっきの扉のように、どうしても魔法力でなければ対処できない仕掛けにあるかもしれないだろう。
 そのためにもおまえには魔法力を温存してもらわねば、この洞窟探索は果たせない。
 何を一番に優先すべきか、よく考えろ」

 強い調子での叱咤よりも、目的を再認識させられたことが効いたのか、ポップはそれ以上文句は言わなかった。
 結果、静かになった一同を見回して、ラーハルトはリーダーとして号令を下す。

「では、ヒムには先鋒を勤めてもらう。万が一にも後方に被害が出ない様、十分に距離を開けて先を進んでもらおうか」

 

 

 そこが自分達の目的の場所だと、彼らには一目で分かった。
 地図や古文書を確認するまでもなく、複雑な仕掛けの施された洞窟の最下層に位置する、閉ざされた扉の奥の、立派な台座の上に置かれた宝箱を見れば一目瞭然だ。

 だが、さすがに王家秘伝の目的の場所だけあって、この部屋や宝箱にも開けようとする者を判別するための魔法が付加されていた。
 怪物の群れを前にしたのなら、鬼神の勢いで敵を蹴散らす四人ではあったが、魔法の仕掛けに対しては手も足も出ない。

 ポップが一人で部屋に入り、魔法力を駆使して封印を解こうとしているのを見守るしかできなかった。
 ヒュンケル達にはよく分からないが、それでもポップがかなり苦戦しているのは見て取れた。

 魔法の光の張り巡らされた宝箱に触れるだけでも、ポップは苦痛を感じているのか、何度も痛そうに顔をしかめる。
 だが、ポップは諦めることなく両手から光を発しながら、聞き取れない程の小声で呪文を唱える。

 時にポップの手の光の方が強まり、時には宝箱を取り巻く魔法の光が圧倒的に輝く、光の攻めぎあいは見ている者達には長く感じられた。
 光の乱舞を思わせる戦いは、最終的には緑色の光の輝きが勝利を収めた。

 ポップの身体から放たれた光が、爆発的に周囲を照らしだしたかと思うと、宝箱は光を失う。
 それと同時に、ポップがぱったりと宝箱の上に倒れ込んだ。

「ポップ?!」

 真っ先に駆け寄ったのはヒュンケルだったが、他のメンバーも数歩と遅れは取らなかった。

「しっかリしろっ、ポップッ!」

 何度か呼び掛けるヒュンケルに応じて、やっとポップが身を起こす。

「……うっ……せー、なぁ……。大丈夫、だよ。ちょっと、疲れただけだって……」

 血の気が引いたのを通り越して、蒼白になった顔で、しかも弱々しくそんなことをいっても何の説得力もないのだが。
 だが、それでもポップは自分を支えようとするヒュンケルの手を邪険に払い、宝箱に手を伸ばそうとする。

 神秘の輝きの消えたその宝箱は、ただの古ぼけた木の箱にしか見えなかった。
 しかし、これほどの洞窟の最奥に守られている宝ならば、さぞ素晴らしいものだろうとの意識は、誰の脳裏にもあった。

 それだけに、実際に宝箱の中身を見て誰もが当惑せずにはいられなかった。
 大きめの箱の中に入っていたのは、大人の手のひらぐらいの大きさの人形だった。それもかなり雑な作りの木製の人形で、まったく価値がある様には見えない。

 表情どころか、卵の様にのっぺりとした丸いだけの顔。胴体に手足を取り付けただけに見えるその人形は服さえ着ていないし、お世辞にも可愛いとは呼べない。
 むしろ、何か呪術的な品なのかと疑ってしまう様な、奇妙な人形だった。

 ヒュンケル達の目にはゴミ同然にしか見えない出来そこないの人形を、ポップはこの上もなく大切なものに触れる様に、そっと手に取った。
 その途端、ポップの表情が和らぎ、嬉しそうなものへと変わる。ヒュンケル達には見出だせない価値を、ポップは確かに知っているらしい。

 この上なく大切な宝を手にした様に、しっかりと人形を握り締めるポップを見ながら、ヒムは頭をボリボリと掻きながらボヤいた。

「それにしても各王家って……えっと、パプニカを除くにしたって、ベンガーナ、ロモスに、テラン、リンガイア、あっと、それと滅びちまったけどオーザムだったか?
 おまえ、こんな洞窟を後五つも攻略するってぇのか?」

 罠にさんざん引っ掛かったせいで、その頭も手もちょっぴり歪んでしまっているが、ヒムは元気なことは元気だった。

 それに対し、ポップはこの洞窟探索だけで力を使い果たしてしまったかの様に、ぐったりとしている。
 だが、それでもポップの目だけは、旅だった日と同様に強い光をたたえて輝いていた。


「いや、ここもいれて三つだけでいいんだ。三つの人形に、一つの呪文契約――それがそろえば、おれの望みは叶う……!」

 それはヒムに答えるためというよりは、無意識の独り言に近いのだろう。疲れの極致にあるせいか、普段なら決して口にしない本音をポップは口にしていた。

「これで、やっと……やっと、ダイの奴に一歩近づけた……!」
                                    《続く》
 
 

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