『優先順位 1』 |
何を一番に考え、何を切り捨てるべきか――。
「最初にはっきりさせておくが、この旅では指示はオレが出すと思ってもらおう」 と、きっぱりと宣言したのはラーハルトだった。 古地図を元に伝説級の洞窟や遺跡を巡るという旅――行方不明の勇者を捜すための、手掛かりを手に入れるための旅だ。 「また、それかよ〜」 「いや、そこは大事なところだろ、結構よ」 と、意外にも賛同の意思を示したのはヒムだ。 「そうだな、オレには異議はない」 無言のままだが、ヒュンケルも不満を唱える様子もなく頷いて見せる。 いざと言う時に各自がバラバラの判断で行動していたのでは、軍と言う組織は成り立たない。 曲がりなりにも軍人経験を持つ彼らにとっては、任務に当たる前に命令系統を確認しておくのは重要なことだ。 指揮官の指示が自分の意思や主義にそぐわなかったとしても、部下には従う義務がある。それだけに誰が命令権を担うか、きちんと把握しておくのは生死に関わる問題になる。 だが、魔王軍と戦っていたとはいえ、ポップには軍隊に加わった経験はない。 ダイやポップなどは最初から最後まで変わらず、互いに対等な立場のままで、その場の状況次第でどちらかが作戦を立てたり、方針を決めたりしながらすごしていた。 「別に、そんなに堅苦しくやんなくてもよ、ちょっと洞窟探索に付き合ってくれるだけでいいのによ〜」 「古代から伝わる洞窟ともなれば、戦場も同然だ。戦いや罠が待ち受けていると想定して、行動すべきだろう」 ポップの軽口を、ラーハルトはザックリと容赦なく切り落とす。 「もっとも、この話を持ちかけてきたのはおまえだ。行く先、それに洞窟や遺跡の探索そのものに関しては、おまえの意見を優先する。ただ、それ以外での指揮権を寄越せと言っているんだ」 譲歩を持ち掛けているとも思えない高飛車な言い方に眉を潜めつつも、ポップは少し考える素振りを見せてから、肩を竦めた。 「……まあ、それならいいや。リーダーはおめえに任せるよ」 いかにも不承不承という雰囲気ながらもポップが頷いた時から、ラーハルトがこの探索のリーダーと決定した――。
「さ、さあ……みんな、これからが、やっと本番だぜ……気合い、入れていけよ……!」
その旅は、並のものではなかった。 それだけならまだしも、魔法仕掛けの罠がうんざりするほどぎっしりと用意された、難度の高い洞窟。 しかし、仮にも勇者一行の主力戦士達にとっては、この洞窟はそれほどたいしたものとは言えなかった。 みんなに息も絶え絶えに檄を飛ばした張本人であるポップだけは、ひどく疲れきった様子が人目で見て取れる。 「つーか、一番気合いを入れる必要があんのって、おめえじゃねえのか?」 「う、うっせーな、分かってるよ、言われなくてもこれから気合いを入れるところだっ!」
「いや、気合いも大事かも知れんが……少し、休息を取った方がよくはないか?」 「んな、暇なんかねーっつーの。言ったろ、これからが本番だって」 「しかしだな――」 なおも何かを言いかけたクロコダインを遮ったのは、ラーハルトの素っ気ない言葉だった。 「本人がそう言っているんだ、探索を続行しよう」 短いが、その言葉には不平さえものともしない、絶対の命令が意思が込められていた。 ラーハルトをリーダーを認めた以上、この冒険における彼の決断は総意として認められる。 「そーそー。おまえもたまには、いいこと言うじゃん」 とても褒めているとは思えない憎まれ口を叩きつつも、ポップは気合いを入れるためか自分で自分の顔をピシャッと叩く。 「じゃあ、誰でもいいから、あっちの奥の壁に闘気をこめた技をぶちこんでくんないか? あ、もちろん洞窟は壊さない程度に頼むぜ」 「おいっ、それ、かなり難しいぜっ?! だいたい、あそこになにがあるってんだよ? ただの行き止まりじゃねえか」 呆れた様に突っ込みを重ねるヒムを、わずかに押し退ける様に進みでたのは、ヒュンケルだった。 「下がっていろ」 流れる様な見事さで剣を抜き放ったヒュンケルは、ごく軽い動きで剣を一閃した。 ヒュンケルが剣を鞘に収めると同時に、奥の壁に斜めに大きなひびが入る。初めは大きな一本のひびに過ぎなかったものは、見る見るうちに蜘蛛の巣の様にひびわれていき、細かな石となって崩れ落ちる。 「これは……っ?!」 何人かの驚きの声が重なる。 古代文字と複雑な文様が組み合わされて封じられた扉は、古い物にもかかわらず信じらない程の強度で侵入者を阻む。 怪力を誇るクロコダインが力づくで押し開けようとしても、その扉は何の反応もしなかった。 「……これは、キルバーンの罠に似ているな」 いささか苦みの籠った口調になるのは、バーンパレスでダイとポップが彼の罠のせいで死にかけた思い出がしこりになっているせいだろう。 ポップただ一人だけは、ここになにがあるのか知っていたのか驚いたそぶりも見せなかった。 「ああ、正解だ。この手の呪法は強力な魔力によって動いているから、基本的に闘気にはほとんど干渉されないんだ。 敵味方を選別するための結界と、その象徴として存在する開かずの扉。 魔の気配ではなく聖なる波動を感じさせる扉には多少の違和感があったが、それよりも問題なのは扉が頑として開かないことの方だ。 「それでこの扉を開ける者というのは、誰なんだ?」 クロコダインの質問に、ポップはおどけた調子で答える。 「そりゃあ、王様か、女王様だよ。ま、王子様やお姫様でもいいみたいだけどさ」 この扉を開けられるのは、正統なる王族の血筋を受け継ぐ者だけ――ポップは確信ありげにそう言い切った。 「つまりさ、この手の洞窟は本来、各王家にとって秘密中の秘密だったんだよ。 当初の目的は、強者を選り分けるためにあったのに違いない。複数の王位継承者の中から、最も能力の優れた一人を選びだすために――。 親が、我が子を敢えて危険な目に遭わせたいと望むわけがない。少しずつ、跡継ぎの安全を計る方向に儀式を緩和させたため、今ではすっかりと廃れてしまった儀式だ。 唯一、その風習が生き残っているパプニカ王国でさえ、すでに儀式は形ばかりに形骸化されてしまっているのだから。 「調べたら分かった……。姫さんのあの儀式も、そうだったんだ。いくら儀式とはいえ、王家の人間がわざわざあんな辺鄙な島までいくのは変だなって、前から思ってたんだ。 ポップのその言葉を聞いて、ヒュンケルには思い当たることがあった。 「……ならば、なぜデルムリン島に最初に行かなかった? それに、なぜ姫を呼ばない?」
そして、バーンの戦いのために破邪の洞窟に自ら望んで挑んだというレオナが、ダイを救うために洞窟に入るのを拒むとも思えない。 「ああ、姫さんなら協力してくれるだろうな。だからこそ、パプニカの洞窟には行く必要はねえんだよ」 二重の驚きに、ヒュンケルは少しばかり目を見張る。 「それにどっちにしろ、この洞窟では姫さんの手を借りてもどうにもならねえよ。王家の洞窟の扉を開けられる者は、その王国の王族の血を引く者だけなんだ。 扉の前でぴたりと足を止め、ポップは上部に掲げられた文字盤を見上げた。 彼らにとっては、それはただの、読めない字にすぎない。 「あそこには、古代語でこう書かれているんだ。『アルキード』ってな」 その言葉に、小さく息を飲んだのはラーハルトだった。 「バラン様の、奥方様の国の遺跡だったのか……」 「ああ、そうさ。多分、ここにダイがいたらこの扉は軽く開いてくれただろうな。あいつ、あれでも一応アルキード王家の血を引いてるんだし」 軽い口調でそう言いながらも、親友の名を呟く時だけ、ポップの表情に一瞬の苦痛が浮かぶ。 慰めや励ましの言葉などかけずとも、ポップはすぐに立ち直ると確信していたから――。 そして予想通り、すぐにポップは一瞬の揺らぎを振り捨て、元通りの口調でいった。 「どんなに強固な封印がかけられていたとしても、相手が扉なら手はあるんだ。扉を開けるための魔法なら、ちゃーんと存在してるんだからさ」 静かに、ポップは両手を閉ざされた扉に当てた。 明かりを点しても薄暗がりからは抜け出せない洞窟の中では、その輝きは目を焼く程に眩く感じられた。 「閉ざされし扉よ、道を開けよ……アバカム!!」 強烈な魔法力の発動に応じ、長い間閉ざされていた扉はゆっくりと音を立てて開かれた――。
奇怪な叫び声を上げて襲いかかってくる怪物を前にして、ポップは避けるでも魔法を使おうとするでもなく、棒立ちとなったままだった。 まるで申し合わせたかの様なタイミングで一斉にポップの前に立ちはだかり、軽々と敵を切り捨てる。 「……あ、ありが――」 だが、それさえ遮ってラーハルトはピシャリと言い切った。 「注意力散漫だぞ。もう前に出なくていいから、後に下がっていろ。危なっかしくて、かなわん」 言い方こそ高飛車だが、それでもその言葉はポップを庇うためのものには違いなかった。 が、その言葉遣いのせいか、それとも生来の負けん気のせいか、ムッとした顔になったポップはかえって前へと進みでようとする。 が、その足取りが明らかにふらついているのを見て、一同はそろって思わず溜め息をもらす。 実際、この洞窟の奥に辿り着くまでの移動だけでも、相当にばてていた。 一言も愚痴は零さないが、顔色も悪くなっているし、疲れのせいで動きだって緩慢になってきている。 以前からそうだったが、今回の旅では尚更そうだ。 ヒュンケルを初めとする、ラーハルト、ヒム、クロコダインの4人は、ポップの旅に協力しているだけに過ぎない。 むしろ進んで戦闘を引き受け、ポップを後方に庇おうとしていた。 唯一、その鍵となる力を持ってるポップを優遇し、遺跡探索のためにだけ力を注ぐ様に計らうのは、当然と思える。 極論を承知で言うのならば、ポップ以外の4人は姫を守って行動する騎士のような心積もりで旅に参加している。 「ポップ。いい加減にしたらどうだ」 リーダーのラーハルトだけでなく、兄弟子の窘めも、ポップをますます意固地にさせるだけだった。 「そんなこといったって、おれが先を行かないと罠を発見できねえだろうが!」 ポップの言葉は、正論だった。 しかし、ここにいるメンバーはもちろん、勇者一行の中には盗賊のスキルを持った者はいない。そのため罠に対抗するための手段は、ポップの魔法しかない。 魔王軍との戦いの頃には、全く使えなかったはずの魔法の数々を、今のポップはたやすく使える。 特に封印の扉の奥には、驚く程に精巧で懲りまくった仕掛けや罠が複数存在していた。 もし、ポップがいなかったら、ヒュンケル達では罠の存在にすら気がつかなかった可能性が高いし、なにより扉を開けることすらかなわなかっただろう。 一行を安全に進めるのを目的とするのならば、ポップに先陣を切らせて対処に当たらせる必要がある。 「――よし。ここから、戦闘配置を変更する。罠があるかどうか確かめる程度に、いちいち魔法など使う必要はない。ヒム、おまえが先に行け」 と、ラーハルトが決め付け、指差した相手はヒムだった。 「おぉいっ?!」 「おまえなら、別に罠に引っ掛かったところでどうってことがないだろう」 「いや、そりゃあそうだけどよー、もうちっと言い方ってもんがあんだろうがよ……っ!」
確かに実害はないといえばないし、先々のためにポップの魔法力を温存するという目的のためならば、それが最も効率的だろう。 「むしろ罠に引っ掛かってから、全部ぶち壊すつもりで進め。その方が手間が省ける」 気遣いどころか情け容赦のない突撃命令に、ヒムがすっ頓狂な声で異議を唱える。 「おいおいおいっ?! その前にオレの身体の方がぶち壊れたらどうしてくれんだよっ?!」
「安心しろ。自力で脱出できないような致命的な罠なら一応助けてやろう。 ――少しも、安心できる要素はないフォローだったが。 「いや、それより先に回復魔法かけてくれよっ?! そうすりゃ簡単に治るんだからよっ」 ほとんど懇願するような口調で訴える仲間を、ラーハルトは見下す様な目で一瞥した。
「お、おまえなーっ、それってあんまりすぎねえか? いくらヒムの奴が頑丈でも、んな無茶な……」 ラーハルトの無茶な言い分に、ポップが思わずの様に口を出すが、彼はまったく考え直す素振りも見せない。 「この洞窟の奥に、さっきの扉のように、どうしても魔法力でなければ対処できない仕掛けにあるかもしれないだろう。 強い調子での叱咤よりも、目的を再認識させられたことが効いたのか、ポップはそれ以上文句は言わなかった。 「では、ヒムには先鋒を勤めてもらう。万が一にも後方に被害が出ない様、十分に距離を開けて先を進んでもらおうか」
そこが自分達の目的の場所だと、彼らには一目で分かった。 だが、さすがに王家秘伝の目的の場所だけあって、この部屋や宝箱にも開けようとする者を判別するための魔法が付加されていた。 ポップが一人で部屋に入り、魔法力を駆使して封印を解こうとしているのを見守るしかできなかった。 魔法の光の張り巡らされた宝箱に触れるだけでも、ポップは苦痛を感じているのか、何度も痛そうに顔をしかめる。 時にポップの手の光の方が強まり、時には宝箱を取り巻く魔法の光が圧倒的に輝く、光の攻めぎあいは見ている者達には長く感じられた。 ポップの身体から放たれた光が、爆発的に周囲を照らしだしたかと思うと、宝箱は光を失う。 「ポップ?!」 真っ先に駆け寄ったのはヒュンケルだったが、他のメンバーも数歩と遅れは取らなかった。 「しっかリしろっ、ポップッ!」 何度か呼び掛けるヒュンケルに応じて、やっとポップが身を起こす。 「……うっ……せー、なぁ……。大丈夫、だよ。ちょっと、疲れただけだって……」 血の気が引いたのを通り越して、蒼白になった顔で、しかも弱々しくそんなことをいっても何の説得力もないのだが。 神秘の輝きの消えたその宝箱は、ただの古ぼけた木の箱にしか見えなかった。 それだけに、実際に宝箱の中身を見て誰もが当惑せずにはいられなかった。 表情どころか、卵の様にのっぺりとした丸いだけの顔。胴体に手足を取り付けただけに見えるその人形は服さえ着ていないし、お世辞にも可愛いとは呼べない。 ヒュンケル達の目にはゴミ同然にしか見えない出来そこないの人形を、ポップはこの上もなく大切なものに触れる様に、そっと手に取った。 この上なく大切な宝を手にした様に、しっかりと人形を握り締めるポップを見ながら、ヒムは頭をボリボリと掻きながらボヤいた。 「それにしても各王家って……えっと、パプニカを除くにしたって、ベンガーナ、ロモスに、テラン、リンガイア、あっと、それと滅びちまったけどオーザムだったか? 罠にさんざん引っ掛かったせいで、その頭も手もちょっぴり歪んでしまっているが、ヒムは元気なことは元気だった。 それに対し、ポップはこの洞窟探索だけで力を使い果たしてしまったかの様に、ぐったりとしている。
それはヒムに答えるためというよりは、無意識の独り言に近いのだろう。疲れの極致にあるせいか、普段なら決して口にしない本音をポップは口にしていた。 「これで、やっと……やっと、ダイの奴に一歩近づけた……!」 |