『優先順位 6』 |
そこは、ただの複数の石の置かれている場所としか見えなかった。 かつては強大な魔法契約を行うために使われていたとのことだが、精霊の存在が希薄になってしまった現在では、すっかりと廃れてしまった代物だ。 だからこそ誰も近寄らないまま時の流れに朽ち果て、半ば以上に土に埋もれて放って置かれたのだろう。 クロコダインに抱かれたまま古びた魔法陣の中に入ったポップは、その中央に下ろしてくれと頼む。 なんとか立つだけの力が戻ったのか、ポップは慎重に足場を見定めて、遺跡の中心点に立った。 「サンキュー、おっさん。じゃあ、魔法陣から出て行ってくれよ」 「うむ……」 やや心配そうながらもクロコダインがそれに素直に従うのは、邪魔をするのを恐れたせいだろう。 魔法陣に侵入した側にダメージを与える場合もあるし、なによりも術の妨げになる。だからこそ、ヒュンケル達は見張りを兼ねた見物人に徹した。 「大地と共に存在する、太古の精霊よ……我が声に耳を傾けたまえ……失われし呪文を、今、蘇らせたまえ……!」 ポップが唱える言葉に応じる様に、魔法陣をかろうじて形取っていた石が、はっきりとした光の線を生み出す。 そればかりではなく、ポップの回りにキラキラとした光が生まれ始めた。 だからこそ、目の前の光景を物珍しく見入りはしても、驚きはしなかった。 魔法契約の際、光が発せらるのは誰がやっても同じだが、それでもこれ程の光量を発する例はごく稀だ。 自分自身も微力ながら呪文を使える上、他人の呪文契約も見たこともあるラーハルトには、その光景は驚愕に値した。 古代の魔法契約は、術者に高い魔法力や資質を要求されるため、現在のものよりも契約が成立しにくい場合が多い。 聖域のように、眩いばかりの光に覆われた光の円――だが、外周を描いた光の線が円内の模様を描き出した時から、様子が変わりだした。 それは、ヒュンケル達が無意識に予測していた星の形ではなかった。 二つの三角を組み合わせた、邪悪を意味する六芒星の形。 光の強さは変わらない物の、その輝きが赤味を帯びる。 「おい……?! これって、なんかやべえ術なんじゃねえの?」 そう口に出したのはヒムだったが、ヒュンケルやクロコダインにしても感想は同じだった。 「ポップッ?!」 倒れる――誰もがそう思ったが、ポップはかろうじてその前に、自力でしゃがみ込んだ。倒れるのと大差がないへたりこむような格好とはいえ、倒れるのとしゃがみこむのでは、後者の方が遥かに身体へのダメージは軽い。 だが、それでも息を切らし、青ざめた顔色を見れば、ただ事とは思えない。 「……来んなよっ! 契約の邪魔を、すんな!」 すでに自力で立てなくなる程弱っているのに、仲間達を睨みつけるポップの目には、強い光が宿っていた。 「だが、この魔法は危険なものではないのか……?!」 今にも倒れ込みそうな身体を、やっと手で支える様にしてなんとか身を起こしているポップ それを心配そうに見つめているクロコダインを見れば、彼が何を心配しているかは一目瞭然だ。 「心配はいらねえよ、おっさん。血を利用する術自体には、善も悪もねえんだ。別にこいつは、危険な魔法なんかじゃねえよ」 そう言いながら、ポップは片手を自分の首元を拭う。手当てもろくにしていない傷は、触れるだけで血が滲み出し、ポップの手を赤く染める。 「血は、全ての生物に共通した、命の基盤……命の源なる、液体なんだ。古来より、血には、特別な力があるとされていた。ことに、選ばれし者の血は、さ……」 息も切れ切れに説明するポップの言葉を、否定できる者はこの場にはいなかった。 呪法に近い禁断の術とはいえ、血を利用する魔法が特別な効果をあげることは、魔族にとっては常識のようなものだ。 この術を妨げてでも、ポップを助けた方がいいのではないか――そう考えたヒュンケルが動くよりも早く、逞しい腕が視界を遮った。 「ラーハルト……」 「――手を出すな。遺跡に関しては、あいつの意見を優先する」 素っ気ない口調ながら、そこには絶対に譲らないと言う不動の決意が込められていた。この場で、もし自分以外の三人が反対派として立ちはだかるのであれば、腕ずくでも自分の意志を押し通す……そんな決意を感じさせる目だ。 それを見てヒュンケル達三人が引いたのは、彼に対して恐れを感じたからでは無かった。いかにラーハルトが強くても、ヒュンケル達三人を敵に回して勝ち抜けるほどの差は有り得ない。 引いたのは、決して実力の差ゆえではない。 そして、その決意に敬意を感じたからでもある。 ラーハルトという盾が残り三人を塞き止めている間、ポップはすでに呪文契約を完了させようとしてした。
中心に向かって色が引いていくせいで、まるでポップの中に魔法陣が吸い込まれた様に見えた。 「……や…った……っ、成功……だぜ……っ」 嬉しそうにそう言った瞬間に、ポップの緊張の糸が切れたらしい。ぺしゃんと、潰れたカエルの様に無様に地べたに突っ伏す。 「ポップ?!」 今度は、ヒュンケル達が魔法陣の中に飛び込むのをラーハルトも遮らなかった。 だが、必死の形相の割には身体に力が入っていないのか、その努力は一向に実ってはいなかった。 「ポップ、無理をするな。しばらく、休んでいた方がいい」 クロコダインの言葉に、ポップは首を左右に振る。 「ンな暇なんか、ねえよ! 早く、次の洞窟に向かわねえと、間に合わない……! もう、時間がねえんだよ」 ポップがひどく焦ったように言うのも、無理も無い。 それなのに、次の目的地は北の小島……位置的には、カール王国と故オーザム王国の間に当たる場所だ。その上、ポップは移動呪文ではそこに行けないと言っていた。 そのせいで、アバンについて旅をしていたポップはカール領域にはさして詳しくは無い。 目的の洞窟の難度が今までの洞窟と同じだとしても、目的地まで移動するだけでもかなり厳しいし、ましてやここまで弱ったポップなら尚更だ。 だが、ポップは微塵も諦めようとはしなかった。 「……ポップ…」 呼び掛けるクロコダインの言葉が、辛そうに消えていく。
ヒムやヒュンケルにしても、大差はない。 肩を貸す――というよりは、ほとんどラーハルトが力ずくで引き起こし、無理やり肩に手を回して立たせたような有様だったが。 「ポップ。最初の洞窟はアルキード、次はベンガーナだったな。今度、おまえが目指しているのは、カールの洞窟か? それとも、オーザムのものなのか?」 その質問に、ポップはうわ言のような口調で答える。 「カールだよ……。後、もう一つ、あの人形がいるんだ……っ」 「そうか。それを聞いて、安心した」 ポップに向かって、ラーハルトはひょいと手をふるって見せる。軽く動かしただけにしか見えない素早さだったが、彼の手刀はものの見事にポップの延髄を一撃していた。 ごく軽くとはいえ、絶妙のポイントに与えられた衝撃に、ポップはひとたまりもなく昏倒してしまう。 「おっ、おいおいっ?! てめえ、いきなりなにしてんだよ?!」 さすがに驚くヒムら三人に対して、ラーハルトは落ち着き払った態度を崩さなかった。
その宣言に、仲間達が見せた驚きはさっき以上だった。 「ええっ、マジかよっ?!」 「なんだ、反対なのか?」 「いや、別にそんなことねえけどよ。オレも、ポップの奴はそろそろオーバーワークだと思ってたしさ。 率直に感情を口に出すヒムが口に出した言葉は、多かれ少なかれ、ヒュンケルやクロコダインの考えと似通っていた。 言い方は悪いが、ポップかダイ、どちらか一人の安全を選択するはめに陥ったとしたならば、迷わずにダイを選ぶだろうと――。 「心外だな。オレは最初から、この旅の完遂など目的にしたつもりはない。 そう言いながらも、ラーハルトは慎重にポップを抱え直した。あたかも大切な宝に触れる様な、丁重なしぐさで。 「だが……今、旅を止めればどうなるのか、おまえも知っているのではないのか?」 気遣う口調でそう言ったのは、クロコダインだった。
「オレは、ダイ様が今、どこにいるかは知らん。そこでもう一年、持ち堪えられるかどうかも、知らない」 素っ気ないを通り越して、むしろ冷淡と言った方がいい口調で、淡々と続けた。 「オレが知っているのは、ダイ様がご自身を守るために、オレという手駒を使わなかったことだ。 それはすなわち、自分よりもポップの身の安全の方を重視したということ――。 「それに バラン様の最後の命令は、ダイ様の意志に従って、助力をせよとの仰せだった。……あの方は、ダイ様のお命を優先して守れとは、おっしゃられなかった」 ラーハルトの目が一瞬だけ遠くを見たのは、今は亡き人を追ったからだろう。 「いざとなればこいつを力づくで止めるために、オレは指揮権を要求した。おまえらに異存があろうとも、旅はここで終わらせる」 主君の安全よりも、主君の命令に従う結論を下したリーダーに、誰も反論しない。 「異存はない。……ダイを待たせてしまうのだけは、心残りだがな」 ヒュンケルのその言葉に、ラーハルトは少しばかり皮肉げな笑みを浮かべる。 「旅はここで終わらせるが、ダイ様をお待たせするかどうかは、別問題だな。 言外に意味を含ませた言葉に、ヒムが不思議そうに問い返す。 「おい、そりゃあ、どういうこった?」 その質問が聞こえなかったはずはないのだが、ラーハルトは済ました表情のまま指示を飛ばす。 「さあ、撤退と決めたからは、グズグズするな。さっさとパプニカへ移動するぞ」
かくして、ポップが提案し、ラーハルトがリーダーとして行われた旅は、途中中断という形で終わりを告げた。 END 《後書き》 ポップがダイを捜しに行く準備をするための旅の一幕を、ちょろっと書く予定が、思ったよりも長引きました(笑) まあ、魔界編の話は一話完結の形はとっていますが、全部を通して繋がっているので、こーなることも度々(<-全然フォローになっとりませんが) でも、全員の中で一番分かりにくいのがキルバーンですね(笑) ダイとの戦いの最中なんか絶好のチャンスだったにも関わらず、死んだフリしとりましたしねえ。 ウェルザーの命令は聞かないといけないが、思想的にはバーンと合うんじゃないかなと思ってますが、さて、どうなんでしょうね。……ミストバーンと違って、バーンのために忠実には働いてなかったし(笑) |