『敵じゃない、味方でもない』 |
それは、遠く――はるか彼方で起きた閃光に過ぎなかった。 大陸一つを吹き飛ばすはずだった超爆弾は、あまりにもあっけなく爆破した。ほんのわずかの間に一気に距離を開けた爆弾は、遠すぎたせいで爆破の轟音すら他人事の様に遠く聞こえた。 だから、地上に残された勇者一行達の耳に強く響いたのは、爆音ではなく魔法使いの少年の叫び声だった。 「バッカヤロオォオオォ――ッ!!」 胸を貫く、絶叫。 それは、ほんの少し前に起こった勇者の帰還の再現の様に見えた。 ただ一つ違うのは、ダイは気絶していて飛べずに落下していたのに対し、ポップはそうではないという点だった。 「ポップさん?! 危ないっ、飛んでくださいっ!」 メルルの悲鳴が、痛切に響く。その場にいた誰もが、ポップの名を叫んだ。 「ポップッ?!」 絶叫の様な声を上げ、真っ先に走り出したのはマァムだった。 ヒュンケルも、その一人だった。 もともと、ダイとポップは全速力の移動呪文で仲間から遠ざかろうとしていた。しかも荒れ狂う爆風で流されているポップの身体は、不規則な動きで落下している。 「散らばれっ! 多少の間を開けて、広がるんだっ」 一行で最速の足を持つラーハルトが、マァムを追い抜きながらみんなに向かって指示を飛ばす。 ポップがどこに落ちてきてもいいように、それぞれが前後数メートルに気を配りながら、落ちてくる少年を受け止められるように身構える。 石の様に落下してきたポップを、ヒュンケルは無我夢中で抱きとめる。それを支えきれたのは僥倖というものだろう。 ポップを地面に激突させない様に、クッションがわりになるのが関の山だった。 「ポップ! ポップ、聞こえているか?!」 自分の腕の中に落ちてきた魔法使いの少年に、必死になって呼び掛ける。 ポップの目は、自分を覗き込むヒュンケルなど見てはいなかった。 「ポップ!! 返事をしてくれ! ポップ!」 不安に駆られて何度も揺さぶると、やっと、ポップは視線をヒュンケルへと移す。だが、その表情はいつもの彼とは大きく違った、ひどく頼りなげなものだった。 「ポップ、聞こえるか!! しっかりしろ!」 「……ヒュン……ケル……」 ぼんやりとそう答えたポップの顔が、嫌そうにしかめられるのを見て、ヒュンケルはむしろホッとするのを味わった。 どんなに嫌がられようとも、ポップを助けられればそれでいい。 「離せ、よ……っ! ダイが――っ」 それだけを呟き、ポップはヒュンケルを突き飛ばしてその反動を利用して飛び上がろうとした。 空へと飛び上がるポップを掴まえようと延ばした手は、届かなかった。 「…………っ?!」 急に胸を押さえ、そのまま失速して地べたに落ちる。 「ポップッ?!」 彼の名を呼ぶ悲鳴が、幾つか重なった。 「う……っ、…あ……ぁあっ?!」 落下の痛みだけとは思えない様子で苦痛にのたうつポップの側に、真っ先に駆け寄ってきたのはラーハルトだった。 ラーハルトは地べたに倒れたポップを、抱きかかえる様にして押さえつける。それが、再びポップが空へ飛び上がるのを抑えるための行動なのは、一目で分かった。 ひどく消耗しきったポップは、抵抗すらしなかった。 「ポップ、じっとしていて!」 ラーハルトより一歩遅れて駆けつけたマァムが、ポップに手を当てて回復魔法をかけ始める。 「……ぐぁ……っ、…う……っ、……げほ……っ」 爪が食い込む程自分の胸を強く掴み、ポップは苦しそうに咳きこんでいる。その咳の度に、ほんのわずかとはいえ鮮血がポップの口から飛び散るのが見えた。 「ポップ君っ?!」 遅れてやってきたレオナも続け様に回復魔法をかけるが、効果がないのは同じだった。 ここにいるメンバーの中で、最高の回復魔法を司るレオナの力でさえ、ポップを癒すことができない。 それでも、マァムもレオナも自分の手が血に染まるのも厭わずに、何度も繰り返してポップに回復魔法をかける。 「マァム、姫、それにラーハルトさんも少し離れていてください!」 三人がサッと離れると当時に、アバンはポップの額に直接手を当てて呪文を唱える。その効力は、すぐさま現れた。 「……ぁ……」 目を閉じ、ポップはそのまま眠りに落ちていく。苦痛に歪んだ表情はそのままだが、それでもさっきまでポップを苛んでいた苦痛は遠のいたのだろう。 「一時的な処置ですが、ラリホーマで眠らせました。……ポップは、今は強制的にでも休ませた方がいいでしょうから」 そう言いながら、アバンは悲痛な表情で弟子を見つめ、次いでその目を空へと向ける。 もう一人の弟子が、姿を消した空へと。
「ポップ……。あなたは、もう……魔法を使わない方がいいでしょう」 沈痛な表情でポップにそう告げたのは、アバンだった。 ダイを探すためには現場に近い場所が望ましかったし、ポップの容体が悪すぎて迂闊に動かせないのも要因だった。 いつまでもここにいるわけにもいかないため、ポップの復調を待って近いうちに移動する予定だった。 一行の主だったメンバーの集まった病室で、アバンはまだベッドから起き上がれもしない愛弟子に向かって、そう告げた。 魔法使いとしては、致命的とも言える宣告だった。だが、その話をポップは表情も変えずに聞いていた。 身体を起こすどころか、頭を持ち上げるだけの力も無いのか、ぐったりとベッドに身体を投げ出しているポップは、重病人にしか見えない。 「それって――おれは、もう魔法を使えないってことですか、先生?」 いいえと、沈痛な表情でアバンは首を横に振る。 「使える、使えないだけを問題とするのなら、今でもあなたは魔法を使うことはできますよ。ただ……あなたの身体が、自分の魔法の反動に耐えられないだけです」 それは自分が一番よくわかっているでしょうと、アバンは優しくポップの額に触れる。普段のポップなら、そんな子供扱いされるようなしぐさに黙って従うはずもないのだが、今のポップは文句も言わなかった。 アバンの手が心地好いとばかりに目を瞑り、素直に身を委ねている。そのらしくもない素直さが、かえって見ている者にとっては不安を感じさせる。 「特に、移動呪文の反動がひどいですね。あの魔法は、特にあなたに負担をかけるものになっています。……いいですか、命が惜しかったら決して移動呪文は唱えないでください」 すでに注意ではなく、懇願の口調でアバンは弟子を諭す。 短期間の内に無理に急成長させた自分自身の魔法力と、何度となく放った強大な力を持つ禁呪の影響で、ポップの身体はもうボロボロだった。 数日は目も離せない状態だったし、やっと意識が戻ったのも三日前のことだ。今でさえ、ベッドの上に身体を起こすのさえ難儀するような体調で、熱も引ききってはいない。 その意図を、誰もが説明をされるまでもなく悟っていた。 高熱のせいで意識が朦朧としていた最中でさえ、ポップはずっとダイを呼んでいた。 だからこそ、アバンはポップが回復しきらないうちから、受け止めることさえ辛い事実を突きつける。 そして、ポップだけにではなく周囲の人間にもその意味を刻み付けるために、アバンはあえて全員が揃っているところでわざわざ注意を施していた。 だが――魔法使いとしては、再起不能になったと考えた方がいい。 「分かりました、先生。 自分のことより、そちらの方がよほど気になるとばかりにそう聞くポップに対して、応えたのはアバンではなくレオナだった。 「ダイ君の捜索は、もちろん続けているわ。みんなで手分けして探しているのはもちろんだし、各国の王宮に協力を仰いで大々的にお触れも出しているの」 いかにも彼女らしい、てきぱきとした気丈な言葉。 その真相を読み取れないポップではないだろうに、彼はそれ以上に詳しくは聞こうとしなかった。 「そっか……」 ぼんやりと見上げられた目は、窓の外の空へと向けられている。
少しでもポップの気を引き立てようと、必死になって前向きな態度を見せるレオナの努力は、かえって痛々しいもののように映る。 それが分かるせいか、ポップはヒュンケルの名を聞いた時に嫌そうに顔をしかめたものの、いつものように文句を言いはしなかった。 「気ぃつかってくれて、ありがとよ、姫さん。けどさ――悪いけど、しばらく一人にさせてくんないかな?」 それは助かって以来、ポップが初めて口にした頼みごとだった。それを撥ね除けることは、誰にもできなかった。 一応は容体が安定したこともあり、傷心のポップが一人になる時間を望むのならば、叶えてやりたいと思う。 「分かったわ。移動は明日になるから、それまでゆっくりと休んでいてね、ポップ君」 ポップの邪魔をしない様に、そっと部屋を出ていく一同は気がつかなかった。うちひしがれた様に肩を落としているはずの魔法使いの少年が、こっそりと口許に笑みを浮かべていたことに――。
「なぁーに、いいってことよ。どうせ、ついでだしな。じゃ、気をつけて行けよ」 そんな会話を交わしながら山の様に作物を積み上げた馬車から飛び下りた旅装束の少年に、誰も目を留めなかった。 季節は、秋。 荷物と一緒に乗ることになるし、乗り合い馬車に比べて格段に乗り心地も悪ければ速度も遅いとは言うものの、自分で歩くよりもずっとに楽に移動できるし、礼金が安くてすむ。 行く先は自由にはならないが、市場と自分の農場を往復する荷馬車の数は無数にある。複数の荷馬車に交渉すれば、自分の行きたい方向へと移動するのはそう難しくはない。 足弱で体重の軽い女子供が旅をする場合には、よく使われる方法だ。 ポップが着ている緑色の旅人の服は生地こそは上質ではあるが、魔法使いだけでなく普通の旅人もよく着る程度の代物にすぎない。 そのせいで、今のポップはどこにでもいるような普通の旅人にしか見えない。 (思ったより、順調だったよなー) そう考えながら、ポップは西の方角に向かって歩を進める。 砦に食料を配送にくる荷馬車にこっそりと隠れて乗り込み、後は西に向かう荷馬車と交渉を繰り返し、半日かけて距離を稼いだ。 何台もの荷馬車で少しずつ方向をずらしながら移動した自分の足取りを掴むのは、相当に難しいはずだ。 (姫さんやみんな、怒ってるかな……) 仲間達に余計な心配をかけたかもしれないことが少しばかり心残りだったが、ポップは足を止めはしなかった。 仲間達が自分を心配してくれている気持ちも、痛い程理解できる。 絶対にダイを見つけてやる、と。 先頭に立って、ダイを探さずにいられない。
魔法を使うとひどい消耗を感じるので、使う際は相当の注意が必要になるだろう。魔法を使う時は、その後で手酷い反動を受けると自覚を持ち、よほどの時以外は封じておくしかなさそうだ。 かなりの悪条件なのは認めるが、それでもポップはダイを探すために自分で動きたいと思った。 説得に失敗し、旅立てない様に邪魔されるのを恐れて、ポップは置き手紙一つを残してこっそり旅立つ道を選んだ。 アバンと長く旅をしてきたポップは、野宿には慣れている。 自分から少し距離があるものの、だが一定の間隔を置いてついてくる戦士の姿に。もし、それがごく普通の男だったとしたら、この先の旅のことで頭がいっぱいになっているポップも、偶然だと見逃したかもしれない。 しかし、その戦士はやたらと目立ち過ぎた。
見慣れた仲間の姿を見出だし、戦慄じみた恐怖と共に困惑がポップを襲う。 追っ手としてくるだろう仲間の中でもっともポップが嫌だと思い警戒したのは、ヒュンケルの存在だった。 ヒュンケルも身体を壊し、療養を薦められている体調ではあるが、それでも戦士である彼とポップでは基礎体力がまるで違う。 だが、疑問なのはなぜ、彼が自分を掴まえようとしないか、だ。偶然、ここにいたなど考えられない以上、ヒュンケルが自分の後をつけてきたとしか思えない。 しかし、ヒュンケルがそんな真似をする理由がポップには分からなかった。 その居心地の悪さに、先に痺れを切らしたのはポップだった。腰に差した魔法の杖を引き抜いて、威嚇する様に身構える。 「なにしに来やがったんだよっ、ヒュンケルッ?! 言っとくけどな、おれは絶対に戻らないからなっ!」 いつでも魔法を放てる姿勢で身構えるポップに、ヒュンケルは警戒するどころか眉一つ動かさなかった。 彼が持っているのは、兵士が持つ様なありふれた剣のみだ。 「オレは、お前の敵になる気はない」 淡々とした言葉をいいながら、ヒュンケルは争う気がないと証明する様に、軽く両手をあげて見せる。 「おまえの旅立ちを止める気なら、姫か先生にでも知らせて無理やりにでも止めた」 警戒するポップにさえ、その理屈は納得できる。 「ならっ、なんでそうしなかったんだよっ?!」 「止めても無駄だと思ったからだ」 淡々と、ヒュンケルはそう言った。 「誰が、どんなに止めたとしても、おまえはダイを探しに行く……そう思った。 「………………」 兄弟子の言葉に、ポップは返事をしなかった。 「……見逃してくれる、っていうのか?」 いくぶん癪に障るものの、そうされるのはポップにとっては願ってもない話だ。 「賛成する気もないから、味方でもないな」 「は?」 ヒュンケルの言っていることが理解できず、思わず間の抜けた声を上げるポップに対して、兄弟子は淡々と続ける。 「見逃しにすることは、できない。だから、見ていようと思った。それだけだ」 「はぁあ?!」 思いも掛けない方向に達していた兄弟子の結論に、ポップはさらに間抜けな反応をしてしまう。 正直、こんな反応は想定外だ。 だが、自分の行動を邪魔はしないし、仲間にも教えはしない。それでいて、ついてきて自分を見ている――まさか、そんな形で行動する者が現れるだなんて、想像すらもしていなかった。 (こ、こいつを、どうすりゃいいんだ?!) 咄嗟に思考を巡らせるものの、大魔王バーンにさえその頭脳を認められたポップにも、有効な対策は見つけられなかった。 それに、日常生活には不自由がないとは保障されたものの、ヒュンケルの身体は戦士としては再起不能と宣言されている。 ポップ自身が、自分の体調を理由に旅を諦めるのを良しとはしなかった様に、ヒュンケルも自分の体調を理由に旅を止めるとは思えない。 ヒュンケルの旅立ち以上に、ポップの旅立ちの方を咎められ、止められるに決まっているのだから。 それなのに、ヒュンケルの方はもう思い残すことはないとばかりに、涼しい顔をしてじっとしているだけなのが、非常にムシャクシャする。 (なんだって、おれがこいつのことなんかでこんなに悩まなきゃいけねえんだっ?! だいたい、こんな暇なんかあったら一刻も先に進みたいってえのに!) 八つ当たり気味にそう思い、ポップは自棄っぱちの様に怒鳴りつけた。 「……もう、勝手にしやがれ!」 そう怒鳴るなり、踵を返して西に向かい出すポップを、ヒュンケルは本当に止めなかった。 「ああ、勝手にさせてもらう」
《後書き》 まあ、その後、あれこれ考えた揚げ句、今の2年後魔界編が一番気に入ったんで、あっちをメインルートとして考えていますけど。 こちらでは、ポップの魔法制限はよりひどく、またヒュンケルの身体も連載終了時のままという設定での旅となっております。 ところで最初に宣言しておきますが、ポップとヒュンケルの旅ではありますが、決してヒュンポプではありません(笑) |