『いつか、繋がる物語 9』

  

「おお、勇者アバンよ! 今回のそなたの働きは、誠に天晴れであるぞ! よくぞ子供達を助けてくれた、我が国を代表して礼を言わせてもらうぞ」

 パプニカ城の王間にて、パプニカ王はアバンへの賛辞と感謝の念を惜しみ無く与えていた。
 勇者、アバン。

 15年前に魔王ハドラーを倒した後、当時の王族らからの降るような誘いを断り、人知れず旅に出たという伝説の勇者の名前だ。
 そのせいで、今となっては勇者の伝説ばかりが残っている割には、実際の彼を知る者の数は多くない。

 だが、若い頃にカール王国に留学経験を持つパプニカ近衛隊長は、実際の勇者を目撃した経験があった。
 彼の進言により勇者の到来を知ったパプニカ王は、アバンを密かに城に招き入れた。

 本来なら、国を挙げて大々的に祝しても良かったのだが、派手な出迎えを嫌ったアバンの意志を尊重して、内々に呼び寄せるにとどめたのだ。

「いえいえー、そんな大袈裟な。私の弟子を助ける必要があったから、この事件に関わったまでのことです。そんなに褒められると、かえって照れちゃいますねー」

 茶目っ気に溢れる口調や、王からの褒美を辞する控え目さは、ますますアバンの好印象を高める。
 そのせいか、パプニカ王はアバンへの信頼を深めた様だ。

「さすがは勇者、なんと高潔な……。ところで、そなたを見込んで一つ頼みがあるのだが。聞く所によると、アバン殿は現在は後人の教育に力を注がれているとか。それならば、ぜひ、あなたに教育を頼みたい人材がいる」

「おや。生徒の斡旋ですか?」

「うむ。ここよりはるか南、怪物のみが暮らすデルムリン島と言う小島に、未来の勇者に相応しい少年がいるのだ。まだ子供ではあるが、彼ならば勇者に相応しいと余もロモス王も考えている。
 彼の教育をお願いできないだろうか」

 王のその言葉を聞いて、嬉しそうな少女の声があがる。

「ダイ君のことね!?」

 そう言ったのは、王座の隣、本来ならば王妃が座するべき場所に座っていた少女だった。彼女こそは、パプニカ王と、今は亡き王妃の間に生まれた一粒種、パプニカ王女レオナ。まだ年は若いものの、賢者の資質を持つと噂に高い美姫である。

「これ、客人の前で話に割り込むなどはしたないぞ」

「ごめんなさい、お父様」

 父親にたしなめられて、悪びれた様子もなくぺろりと舌を出す辺り、なかなかお転婆なお姫様である様だ。

「いいえ、いいんですよ。姫はその少年と面識があるのですか?」

「ええ、前にデルムリン島に行った時に、ダイ君に命を救われたの! 少しばかり背が低いのが難点だけど、彼こそ未来の勇者だとあたしは思うわ」

 とびっきりの笑顔で生き生きとそう言うレオナに、アバンは微笑みを誘われる。
 この少女が、そのダイと言う名の少年に好意を抱いているのが一目で分かる。
 幼い姫と、幼い勇者のほのかな恋物語――それはアバンにとっては心温まる話に思える。

「そうですか、二人の王のみならずお姫様にまでそうまで言わしめるとは、なかなかの勇者のようですね。
 できるならお引き受けしたいので、詳しい話をお聞かせ願えますか」

「うむ、そう言われるとありがたい。それでは、皆の者は退出する様に。姫も、下がる様に」

「ええ〜? 本物の勇者様と対面できるなんて、めったにない機会なのに」

 人払いを命じられたレオナは明らかに残念そうだったが、そこはさすがに王家の姫というべきか、王の命令が絶対だと承知している。
 残念そうながらも優美に一礼し、兵士や侍従達と共に部屋を退出した。

「いやはや、娘が余計な口を叩いてお恥ずかしい。そろそろ年頃なのに、まだ子供っ気が抜けなくて困っておりましてな」

 少しばかり照れくさそうにそう言うパプニカ王に、アバンはにこやかに返事をした。

「いえ、強い意思をお持ちの素晴らしい姫だと思いますよ」

 確かに、お淑やかな姫とは言いがたいかもしれない。だがレオナの闊達さや、物怖じせずに自分の意見をはっきりと口にする点は、アバンには長所に思える。
 少しばかりフローラを思いだしたアバンだが、そんな細やかな思い出に浸っていられたのも束の間だった。

「ところで……人払いをしたのは他でもない。アバン殿、あなたは魔王復活についてどうお考えになりますかな?」

 ついさっき、愛娘について話していた時とは段違いの引き締まった表情を見せるパプニカ王に、アバンはわずかばかり驚く。
 だが、それ以上に納得する気持ちの方が強かった。

 パプニカ国王には1年余りとはいえマトリフが宮廷魔道士として助力していた。
 アバンは、自分の魔法使いであったマトリフに全幅の信頼を置いている。マトリフならば、いずれは魔王が復活する可能性を予見し、それに対する対策をパプニカ王に密かに進言していたとしてもおかしくはない。

 そして、マトリフの教えを受けたであろうパプニカ王の聡明さと慎重さも、信頼のおけるものだ。
 わざわざ部下や娘を遠ざけてから、重要な話を切り出した王にならば、自分の知っている情報を打ち明けてもいいだろうとアバンは考えた。

「はい……王にその覚悟があるのでしたら、お話ししやすくなります。実はこの度の誘拐事件は、さしたる問題ではありません。それよりも魔王軍が実在する可能性が高いことが、大きな問題かと……」

 ザムザが得意げにひけらかした、魔王軍という言葉をアバンは重視していた。
 単に、魔族が個人的な欲望により人間を襲うだけなら、さしたる問題にはならない。その魔族さえ退治すれば済むことなのだから。

 だが、魔王が現れた場合は話が別だ。
 魔族達が寄り集まり、魔王軍という大きな組織を作った場合、その被害は甚大なものになる。

「やはり、か……。実は、ここ数週間の間に怪物達の行動が活性化してきたと言う報告例が、ワシの耳に届いてきている。
 今のところ被害は少ないものの、もしや魔王復活の予兆ではないかと危惧していたのだ……!」

 温厚そうなパプニカ王の眉間に、深い皺が刻まれる。
 怪物は普段は、それほど恐れる相手ではない。野生動物と同じく、多少の危険はあるものの決して共存できない生物ではないのだ。

 だが、魔王が行動を開始した場合、例外なく怪物は魔王の邪悪な意志の影響を受け、凶暴化する……!

「まだ、人々は気付いておらぬが、魔王が実在するならば、近い将来に必ずや未曾有の危機が人々を襲う……! 
 アバン殿、罪なき人々を助けるためにも、どうか一刻も早く、次なる勇者を育て上げていただきたいのです……!」

 真剣な表情で、パプニカ王はしっかりとアバンの手を握り締める。その力強さこそが、パプニカ王の内心を現していた。
 その心に報いるように、アバンもまた、真摯な表情で力強く頷く。

「分かりました、約束いたします。次なる世代を守るために、私も力の及ぶ限り努力しましょう」






「――で、そんな話をオレんとこに持ち込んで、どうしようって気だ。とっくの昔に隠居した身だぞ、オレは」

 渋面を通り越して、怒っているとしか思えない顔でギロリと自分を睨みつけてくる老魔道士を、アバンは少しも恐れなかった。
 済ました顔で、言ってのける。

「いえいえ、どうというわけではありませんがね、ただ、耳に入れておいてくれるだけで、充分ですよ。
 とりあえずは、ね」

 海岸の洞窟でこっそりと隠れ住んでいたいと望む友人の考えを、アバンは尊重している。それに、老齢の上に体調が完全ではないマトリフが、現役時代のように自由に動けないことも、だ。

 マトリフにパプニカ王国を助けてほしいとは、アバンには積極的には言えない。だが、この老魔道士の卓越した知恵と深い人間観察力があれば、なにか有事が起こった時に必ず多くの人を助けられるとも確信している。

 だからこそ、アバンはパプニカ王から聞いた話や自分の知った話をマトリフに伝え、後は彼の判断に任せようと思う。
 そのついでに、少しばかり知恵も借りたかった。

「まあ、魔王はさておくとして、一つお聞きしたいんですが、これが何なのか分かりますか?」

 そういってアバンが取り出したのは、小石ほどの大きさの丸い固まり……ザムザが子供達に与えた金色の石だった。

「子供達の話によると、誘拐犯に渡されたそうです。
 ですが、この石を渡すのをひどく嫌がって、半ば無理やり取り上げてきたものなんですが……いったいどんな効果を持つ魔法道具なんですか?」

 子供達の反応は、アバンには解せないものだった。子供達は一人残らず、誘拐犯にいい印象は持っておらず、ひどく怖がってもいた。
 だが、その犯人から渡されたはずの石をひどく大事にしていて、手放そうとはしない。それを取り上げようとすると、不安さえ感じるらしい。

 呪いの効果があるのかと思い、シャナクをかけるなどして破壊したものの、正体が掴めないだけに不安がある。
 だからこそ、アバンは一つだけ石を手元に残し、マトリフの意見を仰ぎにきたのだ。

「ふぅん」

 気がなさそうに石を手に取ってじろじろとみたマトリフは、それをぽいっと放り出して洞窟奥のタンスの辺りをごそごそと探し出した。

「こいつを見てみな」

 と、マトリフが取り出したのは古びたベルトだった。もっとも上質な皮を使っているのか、見た目の古さとは裏腹に皮はしなやかだった。
 そして、ベルトのバックルに金色のコイン状の石がつけてある。

 それに刻まれた模様は、どう見てもマトリフの顔に似せたふざけたデザインだったが、それを手にしたアバンはハッとせずにはいられない。

 その石は、アバンの持ってきた石と同じものだった。それも、単に偶然似ているというレベルではない。
 近付けた二つの石が、共鳴するようにわずかに反応し合っている。

「ふん、やっぱりな。
 この石はな、魔誘石って言って、先の大戦の最中に手に入れたもんなんだよ。普通の人間にとっては、ただの石ころに過ぎねえ。だが、魔法力の高い奴にとっては、この石に引きつけられるし、引きつける効果がある。

 おまけにどうやら探知魔法に反応しやすくできているみたいでな、この石を持った人間を見つけるのは簡単なんだ。それも、高い魔法力を持った者ほど見つけやすくなる。
 ――この意味が、分かるか?」

「……悪辣ですね」

 穏やかなアバンには珍しく、その顔に遠慮なしの怒りが浮かぶ。
 魔法力の高い人間を選別し、見分けるための魔法道具。というよりも、むしろ罠と言っていいだろう。

 何も知らない子供がこの石を見たら、喜んで拾い、友達に自慢して見せびらかすだろう。その中で、石は魔法力の高い者の手へと渡る。そういう性質を備えているのだから。
 頃合いを見て、石を与えた者は子供達の居場所を探し、回収する――卑怯なやり口に、アバンは唇を噛み締める。

「まったく、卑怯な上に気の長い罠だぜ。ま、魔族ってのは寿命が長いからこんな真似ができるんだろうけどな。
 前の大戦の前後、数百という数が、このパプニカにバラまかれたんだ」

「な……っ!?」

 予想を超える数に、アバンは思わず腰を浮かし掛けた。

「慌てるなって。当時の魔誘石は、もうとっくの昔に全部回収して破壊ずみだよ。オレがあの時、なんのために王宮魔道士になったと思っていやがるんだ?」

 だが、そんなアバンの驚きが楽しくてたまらないとばかりに、マトリフはニヤニヤ笑う。

「それに、この石も役に立たなかったわけでもねえぜ。おまえ、パプニカ城に行ったんなら、若い賢者や僧侶、魔道士らが多くにいたのに気がつかなかったか?」

「そう言えば……」

 パプニカ王の側にいた、三賢者と名乗った若者達や彼らに並んでいた僧侶や魔法使い達を思い出す。
 特に、賢者などは修行が難しく成長がもっとも遅いために、若いうちに就任するのは難しい職業だ。

 それにも拘わらず、パプニカの賢者はまだ20才そこそこの若い青年や娘ばかりだった。

「魔誘石を探して回収するついでに、才能がありそうなガキどもを十数人ほど発見したんで、そいつらに修行させるようにと王に推薦しといたんだよ。
 おかげで誘拐などの被害はゼロ、逆にパプニカは優秀な人材を早期発見できたってわけよ」

 ケケケと笑ってみせるマトリフに、アバンも釣られて笑ってしまう。

「まったくあなたには適いませんね、マトリフ」

 マトリフの最大の長所は、卓越した魔法力でもなければ、抜群の魔法センスでもない。深い人生経験に裏打ちされた、抜群の洞察力。常に冷静さを失わず、状況を見事なまでに見切って最善の手段を選択する精神力にある。それを誰よりも良く知っているアバンは、今度は安心して尋ねることができた。

「ところで、今回の犯人と大戦中にその石を配ったのは、同じ人物だと思いますか?」

「多分、違うんじゃねえのか? 
 今回の誘拐事件と、前回の石を利用した誘拐未遂とじゃ、やり口が違い過ぎる。同一犯とは思えねえな。
 だが、同じ魔法道具を使ったところを見ると、何らかの繋がりはあるんだろうよ」

 確信ありげに、マトリフが断言する。
 その意見に、アバンも賛成だった。魔族は見た目で年齢が計れないとはいえ、意外と直情的なザムザは人間と直接接触し、短期計画を立てて動いていた。

 長期に亘る罠を張って、表に出ようとしない15年前の魔誘石の犯人とはやり方が違い過ぎる。

「ま、だが、こんな奴は気にする価値もねえだろうな。どうせ、警戒するのなら魔王に注意しとくんだな。
 こんな小汚なくてセコい手を使う奴じゃ、小細工が関の山ってもんだろうぜ。
 だいたい魔王が存在しない間は活動を停止していたぐらいだ、自分一人っきりでは動くこともできないような、小物なんじゃねえのか?」





  

 一際小柄で貧相な体格の魔族は、それを隠そうとするかのようにことさら胸を張り、目の前にいる魔族を見下ろす。
 彼の名は魔王軍が六団長の一人、妖魔師団長ザボエラ。

 そのザボエラの目の前で、長身の身体を折り曲げるように、目一杯に縮こまって跪いているのは、ザムザだった。

「…………それで、おまえは目的も果たせずにノコノコと戻ってきたと言うわけか」

 ザボエラの声はひどく冷たく、息子に対するものとはとても思えない程、そっけない響きのするものだった。

 その声はザムザにとっては、叱責よりもひどく身に堪えるものであり、心を切り刻まれる。
 父親の失望を買うこと――それ以上に、ザムザにとって恐ろしい罰はなかった。

「も、申し訳ありません。ですが、まさか、よりによってあの勇者アバンが邪魔をしてくるなどとは思いも寄らず……っ」

 必死になって、ザムザは言い訳をしようとした。今度のことは想定外の邪魔者が入り、しかもそれがあまりにも大物であったがゆえに不運だ。
 決して自分のミスや怠惰ではないと、主張したかった。

 せめて、自分が父親の命令に忠実に従い、命令を果たそうと努力したことだけでも知ってもらいたいと思う。
 だが、ザボエラはザムザの弁解を最後まで聞こうとさえせず、容赦なく切って落とした。

「呆れたものじゃな。たかが、人間の子供を誘拐する……それさえもできないとは、飛んだ役立たずじゃな」

 ザボエラの決め付けに大いに恐縮するザムザは、知らない。
 今回の命令自体が、ザボエラのミスを尻拭いするためのものだったとは。
 今から十数年以上前、まだハドラーが魔王だった頃にザボエラは多数の魔誘石を地上にバラまいておいた。

 ザボエラの考えでは、それは撒き餌だった。
 大人の目から見れば何の価値がなかったとしても、珍しい石に好奇心を持つ子供は多いだろう。

 数百という石を手にした子供の中で、高い魔法力を持つ子供だけはその石を持ち続け、選別される。
 いずれ、必要となった時にその石を手掛かりに、モルモットを揃えればいい。

 そう考えていたのだが、その後、ハドラーの死亡をきっかけに魔族の地上からの一時撤退などが相次ぎ、長い間放置したままだった。
 だが、つい最近になってハドラーが復活し、魔王軍という後ろ盾と共に地上に戻ってきたザボエラは、かつての仕掛けを利用してモルモットを回収するつもりだった。

 だが、あれほどバラまいたはずの石が、すべて壊され反応を見せなくなっている事実に、ザボエラがどんなに焦ったことか。
 研究はすでに進み、適切なモルモットがいなければ頓挫してしまう段階なのだ。だからこそ、ザボエラはザムザにモルモットを集めるようにと命じた。

 成功すればそれでよいし、失敗したとしてもそれはそれでよい――最初からそのつもりだったのだから。

「のう、ザムザ。ワシは常々言っておるじゃろう……? 役に立たぬものなど、ただのゴミじゃと」

「わっ、私は、父上のためにお役に立てます! 父上のご命令なら、どんなことにでも従いますから!」

 父親の関心を失うまいと自分から罠に飛び込んできた健気な息子に向かって、ザボエラはほくそ笑みながら声を掛けた。

「そうか、その覚悟があるのなら話は早い。
 栄えある魔王軍のために、そしてこのワシの栄誉のために、おまえにモルモットになってもらおうか」

 絶望の表情を浮かべる実の息子を、ザボエラは何の躊躇もなくモルモット用の部屋に連れて行くようと、配下に命じる。

「ま、待ってください、父上っ!?」

 まだ、何か言おうとする息子の声を聞こうともせずに聞き流しながら、ザボエラの関心は机の上に置いた水晶玉に移っていた。
 ザムザに渡した、魔誘石。

 それらも早くも壊されたことは分かっていたが、一つの石だけは違っていた。無事なのは分かっているが、魔法を弾く聖なる結界を張られたのか、居場所が特定できない。
 昔もそうされたのを覚えているが、今回の魔誘石に感じる手応えは、それよりも容易い雰囲気がある。

(ふむ、ザムザの話からして今回の魔誘石を手にしたのは、おそらくは勇者アバンか……)

 狡猾なザボエラは、素早く様々なリスクや利益を計算し始める。
 ザボエラが全力を注げば、おそらくはアバンの施した結界を破って、魔誘石から彼の居場所を探るのは可能だろう。

 だが、かつてハドラーを倒した勇者と正面きって戦うなど、御免だった。それよりももっと楽で、もっと効果的な手段がある。

(そういえば、あのハドラーめがずいぶんとアバンを恨んでいた様子じゃったな……)

 ハドラーにアバンの居場所を進言すれば、復讐心に駆られた彼は自ら勇者を倒しに向かうだろう。
 有益な情報を流した見返りとして、ハドラーに恩を着せることもできるし、邪魔者を倒すこともできて一石二鳥だ。

「フッフッフ、これはいいわい……!」

 哄笑するザボエラの顔が、水晶玉に歪んで映っていた――。




  
 
「では、ありがとうございます、マトリフ。おかげでいろいろ助かりましたよ」

 話を終えて、洞窟の外までアバンを見送りにきたマトリフは、いささか不思議そうに尋ねる。

「それはいいがよ、アバン。おまえ、例の弟子はどうしたんだ?」

「ああ、あの子なら今は宿屋に預けていますよ。あなたに預けようかと思ったのですが、やっぱり止めることにしましたので」

「やめたって……。おいおい、今になってから、日和ったのかよ?」

「と、いうか、少し先延ばしにしてもらっていいですか? 
 実は今回、パプニカ王家からの依頼で、勇者候補の少年を鍛える仕事を請け負ったんです。なんでも南の小島に、将来有望な勇者の卵がいるそうなんですよ」

「それなら、なおさらここに置いていった方がいいんじゃねえのか? その方が面倒がねえだろうによ」

 教育のやり方に、王道というものはない。
 だが、教師の手間や密度を考えれば個別指導した方が能率は良いし、成果も期待できる。
 それはマトリフが指摘するまでもなくアバンも承知しているはずだが、彼は首を左右に振った。

「ええ、そうとも思いましたが……あの子にとっても、これはいい機会になると思うんですよ」

 自分に憧れて、家を飛び出してきたポップに、アバンは様々な知識を与え、魔法を教え、新しい世界を見せてやってきた。
 だが、ポップが心から欲していたのに、そして、アバンもその望みを承知していながら、与えてやれなかったものもある。

 同じ年頃の、友達。
 そればかりは、いかに万能型家庭教師だと自負するアバンといえども、与えてやることができない。人懐っこく誰とでもすぐに打ち解けられるポップは、旅の最中の間も多くの子供に出会い、友達になってきた。

 だが、旅暮らしを続ける以上、別れは付き物だ。
 一緒に遊び、学び、同じ時間を過ごす友達をポップが望んでいるのを、アバンはちゃんと知っていた。

「共に修行を受けた仲間や、兄弟弟子というのは、やはり特別な存在だと思いますよ。
 マトリフ、あなただってそうでしょう?」

「ふん……」

 不貞腐れたように外方を向くマトリフの真意を、見抜けないアバンではない。
 軽く十数年……下手をすれば数十年になりかねないほど昔、まだマトリフが師匠について魔法を習っていた頃。

 その頃、共に修行していたのに夜逃げした弟弟子が、マトリフにはいる。毒舌家で、人間嫌いを気取って世捨て人のように暮らしていたマトリフが、珍しく漏らした過去の話をアバンは記憶にとどめていた。

 大半が根性なしの弟弟子をけなすような口調だったものの、その割にはマトリフが未だに彼を気にとめているのは一目瞭然だった。
 弟弟子の特徴や年齢が似通う魔法使いを見掛ける度に、マトリフが確かめるように目をやるのを、何度となく見てきた。

 意外と照れ屋なところのあるマトリフは決して認めようとはしないが、彼はいまだに弟弟子を心配し、機会があれば会いたいと願っているのだろう。

「それに、今回の事件のおかげで、見えてきたこともありますから――」

 無意識の状態でこそ、人の本質は如実に表れる。
 連続して与えられた薬物の影響で意識が朦朧としていたポップに、自覚はないだろう。

 ポップはあの時、パペットマン達が自分自身の檻を近付いたのを見ても、何の反応もしなかった。実際に運ばれた時でさえ、ポップは抵抗はしてはいない。

 だが、それでいてポップは、パペットマン達が子供達の檻に近付くのを見た途端、行動を開始した。
 多くの戦士や武闘家がそうするように、戦いに反応したのではない。

 前から思ってはいたが、ポップの闘争心はそう高くはない。武闘家や戦士の多くがそうであるように、無意識状態でも敵を求めて戦おうとする気概はまるでない。
 おまけに、防衛本能もそれほど高くはないようだ。

 無力な弱者を守るためにこそ、ポップは動いた。
 無意識の際に見せる行動がその者の本質を示すのだとしたら、ポップの本質は間違いなくそこにあるのだろう。

 自分自身の身を守ることより、他人を思い、庇おうとする資質。
 その資質に、アバンは心当たりがあった。
 ポップは時々、びっくりするような無茶をしでかす子ではあったが、そのきっかけはともかくとして、行動原理はいつも同じだ。

 自分よりも、弱いものを守りたいと思って勇気をふり絞る――思えば最初に出会った時から、ポップはそうだった。
 自分だけ助かりたいのなら、他の手段は幾らでもあった。村を守ろうと目一杯頑張るためにこそ、ポップはあれほどの勇気を見せたのだ。

 それは自分よりも強い師に守られたままでは、開花しにくい資質だろう。
 だが、弟弟子でもある仲間との出会いで、その資質が大きく伸びる可能性があるかもしれない――アバンにはそう思えた。

「ふん、本当に甘い男だな。時には弟子を突き放すのも、師匠の役目ってもんだろうによ」

 呆れたようにそう言いながらも、マトリフはそれ以上文句を言わずに肩を竦めて見せる。 それは暗にアバンの意見を肯定し、受け入れてくれたのだろうと、アバンは解釈した。

「すみませんね、マトリフ。
 とりあえず、勇者候補の少年をある程度育てたら、また挨拶に来ますよ。約束します、その時は必ず二人の弟子を連れてきますから」

「ああ、それを楽しみにさせてもらおうか。だが、あんまり長く待たせるなよ、オレももう年なんだからよ」

「またまたそんなことを。あなたなら、私よりもずっと長生きしますよ。では、約束を覚えておいてくださいね」

 軽口めいたその言葉を残し、アバンの姿が軌跡を描いて空へと舞い上がる。

 それを、マトリフは黙って見送っていた――。




  


 キィ、キィと、微かにきしむ木の音と、繰り返される波の音。
 その二重奏が、ポップの耳をくすぐる。
 単調な、どちらかと言えば眠りを誘うような音だが、今のポップにとっては覚醒のきっかけになった。

 眠い目を無理に押し開け、真っ先に見えたアバンの姿に安堵する。
 だが、その周囲の光景を見て、ポップは驚いて跳ね起きていた。

「……先生、ここ、どこですか? ってか、なんで海の上っ!?」

 良く見れば、アバンとポップは小さな船に乗って大海原にいた。さすがにこの変化に焦ってきょろきょろと辺りを見回すポップだったが、アバンは常と変わらぬ態度でにっこりと笑う。

「やっと、本格的に意識が戻ったみたいですね。気分はどうですか、ポップ?」

「どうって、別に何ともないですけど。……えっと、先生? おれ……いったい、どうなってたんですか?」

 ポップにしてみれば、今までのことは断片的で、しかも夢のように朧気な記憶しかない。自分が誘拐されたことや、他にも掴まった子供達がいたことは、ぼんやりと覚えてはいるものの、それはあやふやすぎる記憶だ。

 だが多少の戸惑いは感じても、ショックや恐怖が少ないのはすぐ目の前にアバンがいるおかげだ。
 アバンが自分を助けてくれたこと――それだけは、ポップも覚えている。

 そして、アバンと一緒にいるのなら、不安を感じる必要などない。師に絶対の信頼と思慕を抱くポップにしてみれば、たとえ見知らぬ場所であっても、アバンと共にいるのなら危険とは思わない。

 ただ、あまりに急な展開についていけず、きょとんとした顔で首を捻るばかりだ。そんなポップを見て、アバンは荷物の中からサンドイッチとジュースを取り出して薦めた。

「何があったのかは、これからゆっくり話してあげますよ、ポップ。
 まずは、おなかに少し物を入れた方がいいですよ。慌てず、ゆっくりとね」


 


 

 最初は食欲がなかったのか水だけ飲んでいたポップだったが、一度口に物を入れると空腹を思い出したのだろう。
 ガツガツとサンドイッチにかぶりつく愛弟子に、アバンは優しい目を向ける。

 ポップ本人は自覚も記憶もないだろうが、ポップが最後に食事を取ってからすでに三日近い日付が経っている。
 一応、ポップを助けた後、回復魔法や解毒魔法をかけてやり、意識朦朧としていた彼に水やマトリフの調合した薬は飲ませたものの、その後もポップは昏々と眠っていた。

 おそらく、薬物が抜けるまでの時間に身体も心も休養を必要としていたのだろう。
 アバンが城にいっている間も、マトリフの洞窟にいっている間も、ポップは目を覚まさなかった。

 その間、ポップの面倒を見てくれていたのは、宿屋の主人だった。決して彼のせいではないのに、自分の宿屋から子供が誘拐されたのを悔いていた主人は、自分からポップの面倒を見させてほしいと頼み込んできた。
 そして、完全に良くなるまでここに居てくれていいとまで、言ってくれた。

 だが、魔王の存在が明らかになった今、アバンには急ぐ理由ができた。だからこそ、ポップの意識が戻る前にアバンは旅だった。
 パプニカ王が船を用意してくれるという話を断り、小船ごと魔法で移動する方法を選んだのも、少しでも早くデルムリン島を目指すためだ。

「ほらほら、あまり焦って食べると喉に詰まらせますよ、ポップ」

「ふぁい。ほれで……デルムリン島へはいつ着くんですか?」

 ごくりと口の中の物を飲み込み、ポップは興味津々という雰囲気で聞いてくる。

「そうですねー、ここからだと後、数時間と言ったところですかね?」

 大海原のど真ん中に位置する、大灯台まで瞬間移動呪文で飛んだおかげで、ずいぶんと時間と距離を稼いだ。
 そろそろ島が見えてくる頃だろうとの予想に違わず、周囲を見回していたポップが嬉しそうな声をあげる。

「あっ、先生っ! あっち! あっちに、島が見えますよ! あれですか?」

「ああ、そうみたいですね。
 じゃあ、ポップ、食事も終わったようですし、漕ぎ手を交替してもらいましょうか」

「えー、おれが漕ぐんですかぁ?」

 肉体労働の嫌いなポップがちょっと文句を言うが、意外と素直に交替したのは島への興味があるせいだろう。

「怪物だらけの島か……勇者候補の少年って、どんな奴なんだろうなぁ」

 期待に胸を膨らませているようなポップに比べ、アバンは奇妙な胸騒ぎを感じていた。なにか、良くない事が起こりそうな……そんな漠然とした予感を抱きながら、舳先に立って少しずつ近付いてくる島を見つめる。

 魔王の復活は、これよりほんの少しだけ未来のこと……だが、まだ、アバンもポップもそれを知らない。
 運命の時は、刻々と迫っていた――。




  


 勇者に憧れて家出した、魔法使いの少年。
 魔法使いになれと育てられながら、勇者になりたいと願う少年。
 もうすぐ、二人の少年は出会い……そして、大冒険が始まる――。

 


                                      END


《後書き》

 やっと書きあがりました、123456hit 『アバンとポップの話』でしたっ。
 ……その割には、ついうっかりとフルメンバーに近いお話になっていますが(笑)
 でも、ダイと出会う直前に、ポップがみんなとニアミスをする話ってのを一度書いてみたかったんです。

 それに加えて、前々からアバンがデルムリン島に来たタイミングが解せなかったもので、辻褄のあう説明を求めていたんですよ。
 だって、魔王復活=怪物の凶暴化と説明されていたのに、アバンがデルムリン島に来たのは怪物が凶暴化し始めた直後……いつ、王様に頼まれたのかとずっと疑問だったんです。


 DQ4のライアンのように、早い段階から魔王の存在と勇者の誕生を知っていたのかな〜と考えてはいましたが、理屈付けが難しくててこずりました。
 でも、やっと書き上げられて、満足です♪
 
 

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