『いつか、繋がる物語 8』

  
 

「ふん……こんなものか」

 そうザムザが呟いて、洞窟の中を見回したのは夕暮れ近くになってからだった。
 ザムザがこの洞窟に居たのはそう長い時間ではないが、住み着いた場所にはどうしても痕跡や生活感が残るものだ。

 不用品ならばそのまま放置しておけばいいし、用済みの子供達は処分すればそれでいい。だが、ザムザがこの場に持ち込んだ書物や、ザボエラのために集めた研究データなどはそうはいかない。

 必要なデータを最小限にまとめたりという作業を行うのに、思ったよりも時間がかかってしまった。
 だが、なんとか雑用を済ませたザムザは、一番の問題……モルモット達に目を向ける。その際、ザムザがもっとも気に掛けたのは当然のことながらポップだった。

 子供一人がやっと入れるぐらいの大きさの檻に、閉じ込められているのはポップだった。それは、本来なら人を閉じ込めるためのものではない。猛犬などを一時的に閉じ込めるのに使う代物なのだろう。

 堅い木製の床と天井を、鉄の柵で繋いだ作りになっている檻は、天井がやけに低くてたとえ子供だろうと立つことは不可能だ。
 そのせいか、ポップは手足を丸めた窮屈そうな姿勢で力なく横たわっている。

「おい。起きているか」

 軽く檻を蹴飛ばすと、ポップは小さく呻いてわずかに身動ぎする。ぼんやりと目を見開いてはいるし、意識がまったくないと言う訳ではなさそうだ。

 だが、ポップは何をするでもなくぼんやりと横たわっているだけで、ろくな反応を見せない。
 配下に命じて檻に閉じ込めさせてからずっと、ポップはそんな風だった。

(やれやれ。まだ、意識がはっきりと戻っていないのか。これでは、せっかく用意した麻酔も使えないではないか)

 舌打ちしたい気分で、ザムザは内心毒づく。
 ザムザの考えでは、実験動物は麻痺させた状態で保持するのが最適だ。
 実験動物というものは、時として非常に厄介な行動をとるものだ。

 自分が死ぬ運命と分かった途端、猛然と暴れだしたり、脱走を企んだり、自暴自棄になって自傷行為に走ったりさえする。
 肝心の実験を済ませるまで、勝手にそんな真似をされるのは困る。

 それを防ぐために、ザムザは移動や実験の合間には神経を麻痺させるガスでモルモットの動きを封じるのを基本としている。
 それがいかに残酷なことか、ザムザは理解してはいなかった。

 意識ははっきりとしたままで、だが、身動き一つできない状態で実験を待たなければならない――それは、実験動物の立場から見ればこの上もない恐怖だろう。

 だが、傲慢な実験者であるザムザは、自分の都合を優先して考える。
 その思考のまま、ザムザはポップをこのまま連れていくのが最善と判断した。

 それは、慈悲などではない。
 まだ半端に薬の影響で意識が朦朧としているポップに、新たな薬を投与する危険を慮ったに過ぎない。

 ザムザも研究者の端くれだけあって、薬の無闇な投与や重複の危険性は、よく承知している。
 ただでさえ弛緩系の薬と睡眠薬を二重に投与されているポップに、これ以上新たな薬や魔法を上掛けするのは、害になる危険性が大きいと判断した。

 実験のせいで、ポップが死のうと廃人になろうと構う気はないが、ザボエラの元に連れて行くまでは、ポップにはできるかぎり健康体でいてもらった方がいい。
 それだけの理由で、ザムザはポップに麻酔を与えるのを思いとどまった。

 多少、面倒ではあるが手下の怪物に檻ごと運ばせればいいと結論付け、ザムザは岩牢の檻の中にいる子供達に目をやった。

「……ひ……っ」

 それだけで、子供達は怯えて後ずさろうとする。
 だが、ザムザはそれを許さなかった。

「おまえ達、檻の柵の所へ一列に並んで手を出せ。今、すぐにだ」

 その命令を聞いて、子供達は怯えながらもザムザに従った。そんな子供達に対して、ザムザはやけに上機嫌に言った。

「ほうら、これを見ろ。今から、おまえらにこれをくれてやろう」

 ザムザが差し出した物――それは子供達にとっては魅力的な物ではあった。
 ちょうど、子供が手の中に握り込める程の大きさの、金色をした石。一見金属に見える物の、重さから金ではないとすぐに分かる石の固まりだ。

 うまく角が取れて滑らかな楕円形の小石は、金銭的な価値はないだろうが、見た目や大きさが手頃だった。
 もし、偶然、子供が拾ったのならば、気に入って宝物として大事にする――そんな風に扱われてもなんの不思議もない。

 だが、囚われの身の子供達にとっては、その石はひどく恐ろしい物に見えた。
 石自体が怖いのではない、マントの男こそが怖いのだ。自分達を誘拐したこのマントの男が、恐ろしくてたまらない。

 一応、食事などの最低限の物はくれるし、これといった虐待を加えるわけではない。だが、怪物や悪党を手下としてこき使い、自分達を閉じ込めている男に対して、恐怖を抱くのは当然だろう。

 まるで触れれば爆発する爆弾を前にしたかのように、べそをかいてためらう子供の一人に、ザムザは強引に石を押しつけた。

「……?」

 石を手にした子は、それを手にしても何の問題もないことに安堵した表情を浮かべる。
「いい子だ。それを受け取れば、ちゃんとおまえ達を無事に帰してやるぞ」

 さらには、この言葉が後押しになったのか檻の中にいる子供達は全員がその小石を受け取った。無意識のように、大切そうに握り締めたり、ポケットにしまう子供達を見て、ザムザはほくそ笑む。

 今、子供達に与えた石は、ただの石ではない。
 魔誘石と呼ばれるその石は、実は地上の物質ではない。
 魔界の宝石の一種であり、ごく弱い呪いの力が働いている。その名の通り、魔法力の強い者を引きつけ、また引きつけられる力を持つ石なのだ。

 一定以上の魔法力を持った者がこの石を身に付けた場合、離れなくなるし、本人も手放したいとは思わなくなる。
 さらに言うのなら、この石には探知魔法に反応しやすい性質もあり、ごく簡単な魔法操作で石の場所を探ることもできる。

 つまり、この石を手にした子供達は、今度、ザムザの思惑ですぐに居場所が割れるということ。
 今はいらない獲物に、いつでも追跡可能な首輪をつけて離してやるのと同じ感覚で、ザムザは子供達を開放しようと考えていた。

 再び実験動物を集める際、彼らを利用することになんのためらいも、罪悪感もない。ましてや今の自分の行為が、ヒュンケルとの約束に抵触するなどとは全く思いもしなかった。

「さあ、ここから出て行っていいぞ。好きにするといい」

 鍵を開けてやったザムザは、子供達が我先にと逃げ出すかと思っていた。
 だが、予想に反して、子供達はおずおずと外には出てきたものの、すぐには逃げ出さずに今にも気掛かりそうにもう一つの檻を見つめる。

「どうした? なぜ、逃げない?」

 疑問を口にすると、子供の一人が思い切ったように言葉を押し出す。

「あ、あの……子達は……?」

 その質問を聞いて、ザムザはやっとこの子達が他の子供達を気にしているのだと、気がついた。
 もっとも、それはザムザには理解できない感情だったが。

(人間とは、どいつもこいつも変なことばかりを気にするものだな)

 自分以外の命など、どうでもいい。
 自分以外が傷つこうと死のうと、構わない。
 弱肉強食が基本である魔族の世界では、そんな考えが当たり前だ。

 他人の命を気に掛けるなど、甘すぎるぐらい愚かな考えだと軽蔑すら感じている。
 ゆえに、ザムザは冷笑を浮かべながら平然と言った。

「ああ、あのゴミどもなら気にすることはない。もともと、あれはあのまま放置する予定だったのだからな」

 そもそも、ヒュンケルとの約束など、最初からザムザにとっては守る気さえなかった。確かに、ザムザには残虐趣味はないし、役に立つ『もの』ならば無闇に壊したり殺したりするつもりはない。

 だが、ゴミならば話は別だ。
 直接殺すほどの残虐さはないが、このまま開放せずに置き去りにするのに、ザムザは何の罪悪感も感じなかった。

 だいたい、いくら子供達を帰してやるとは言っても、町から半日以上離れた場所にある洞窟から解き放ったところで、無事に助けたとは言いがたいものがある。
 だが、自分の目的以外は斟酌しない酷薄さが、ザムザにはあった。

「……っ!?」

 開放された子供達も、まだ閉じ込められたままの子供達も、その冷たさに凍り付いたように立ちすくむ。

 邪魔なだけの子供達を追い払うため、魔法の一つでも放って脅してやろうかとザムザが考えていた時だった。
 その声が聞こえてきたのは――。

「やれやれ……全ての子供達を開放してくれるのなら、少しは手加減しようかと思っていたのですが、その考えはいただけませんね」

 特に大声を張り上げているという風でもないのに、よく通る声が洞窟内に響き渡る。
 ハッとしてそちらに目をやったザムザの目に映ったのは、すでに抜いた剣を手に提げた男――アバンだった。

 まるで、散歩でもしているような気楽さで、ゆったりと歩を進めてきたアバンは、子供達に向かって優しく笑いかけた。

「いい子達ですね。あなた達は先に洞窟の外にお逃げなさい。心配いりませんよ、他の子達は私が必ず助けますから」

 アバンのその声を聞いて、迷うように立ちすくんでいた子供達も、ようやく動き始めた。慌てて駆け出していく子供達を、ザムザはあえて放置する。
 元々子供が逃げようと、死のうと、何の興味もない。

 だが、自分の前に立ちはだかった人間からめを離さないまま、ザムザは手にした杖を握り締める。

「貴様……、何者だ?」

「それはこちらのセリフですよ。
 あなたは、どうやら人間ではないようですね。魔族とお見受けしましたが――いったい、なんのために子供達を拐うんです?」

 その言葉に、ザムザはわずかに眉を顰める。
 今のザムザは、深くフードをかぶったマントを羽織ったままだ。ごくわずかにしか肌を露出していないこの状態にも関わらず、一目でザムザを魔族と見抜く男に、ザムザは警戒心を持った。

「それを聞いてどうするつもりだ」

「そうですねー、言うなれば冥土の土産、ってところですかね?
 聞けたら、ラッキーかなと思いまして」

 いささかおちゃらけたような口を叩く男は、ザムザには気に入らなかった。
 だからこそ、ザムザは彼の質問に応じる気になった。

「……まあ、いいだろう。教えてやろう、この子は我が魔王軍の将来のための、実験体になるのだ。
 名誉に思うがいい、たかが人間ごときが偉大なる魔王軍の役に立てるのだからな!」

 それは、ザムザの虚栄心から出た言葉だった。
 魔族を恐れないこの男を驚かしてやりたいという、子供っぽい動機。そして、どうせ殺すのなら何を言っても構うまいという冷酷な計算がザムザにはあった。

「ふん、貴様ごときには、過ぎた真実だったか。まあ、満足したのなら、あの世にいくといい」

 アバンの驚きを快く受け止めながら、ザムザはさっきから溜め込んでいた魔法力を、一気に解き放つ。
 大きな固まりとなった炎が男を飲み込むのを、ザムザは満足げに見送った。
 炎の魔法は、ザムザの最も得意とするものだ。

 人間を焼き殺すなど、たやすいこと。
 子供達の悲鳴が聞こえる中、ザムザは男の悲鳴もそれに続くことを疑わなかった。
 ――が、炎が男を包んだかと思った瞬間に、剣が一閃した。
 鋭い一撃が炎を蹴散らし、無傷の男が現れた。

「勘違いなさらないでください、別に私が冥土に行くだなんて、一言も言っていませんよ。冥土に行くのは、あなたの方です」

 その台詞と共に切り込んできたアバンの剣を、ザムザは杖で辛うじて受け止める。だが、その剣に込められた力の強さに、戦慄が走る。

 先ほどの魔法を切り裂いた腕といい、ほんの一瞬で相手の間合いまで飛び込んでくる早さといい、到底ただの戦士のできることではない。
 鍔競り合いのような形で肉薄した相手に、ザムザは青ざめながら問いかけた。

「貴様……っ、何者なんだ!?」

「質問に答えてくれたあなたへのお礼に、私も答えるのが礼儀ですね。いいでしょう、教えてあげます。私の名前は、アバン。
 アバン・デ・ジニュアールです」

 聞き覚えのある名に、ザムザの感じた驚きは大きかった。

「アバン……ッ!? まさか、勇者アバンかっ!?」

「おや、それをご存じとは。やはりあなたは、魔王軍の配下のようですね。
 どうです? 冥土に行く代わりに、おとなしく降伏してみる気はありませんか? あなたには、もっと色々と聞きたいことがありますので」

 そう言いながら、アバンは剣に込める力を強めた。腕力に劣るザムザは、それにジリッと押されてしまう。

「く……っ!?」

 悔しさに、ザムザは顔を歪める。
 アバンの見せる余裕が実力差ゆえだと、ザムザは今こそ悟った。

 アバンが一気に自分に攻撃しないのは、生け捕りにして捕虜とする目的があるせいだと、今更ながら気がつく。
 だが、それだけはさせるわけにはいかない。

「くそ……っ、出でよっ、パペットマン!」

 大声で叫んだ声に、ザムザの荷物の中から魔法の筒が反応を示す。
 十体の怪物が、筒から外へと飛び出した。
 木製の、顔のないマネキンのような怪物……パペットマンだ。操り人形のようにカクカクと動くその怪物に、ザムザは命令する。

「その檻を、洞窟の外へと運びだせ!」

 ザムザの命令に、四体のパペットマン達が檻に取り付き、ぎこちなく動き始めた。

「……!」

 アバンが一瞬とは言えそちらに目をやったのを見て、ザムザは自分の狙いの正しさを確信する。

(やはり、人間は愚かだな)

 目前の敵よりも、子供を助けることを優先しようとすれば、気が散るのは当然だ。
 だが、他の子供達はともかくとして、あの檻に閉じ込めた子供だけは、一緒に連れて行かなければ困る。
 だからこそ、ザムザが人質として利用するのは、奥にいる子供達の方だった。

「残りのパペットマンは、奥の檻の子供達を殺せっ!」

 その命令に、アバンが顔色を変えたのをザムザは心地好く受け止めた。
 今度は、身を翻そうとするアバンを、ザムザが魔法力の籠もった杖で引き止める番だった。体術は苦手なザムザとて、パペットマン達がポップの入った檻を洞窟の外に運びだす時間ぐらいを稼ぐことはできる。

 後は、この人間が岩牢に閉じ込められた子供を救おうとした隙を見て、魔法で逃げ出せばいいだけの話だ。
 今、必要なのはほんのわずかの間の時間稼ぎ。

 その間に何人かの子供は殺されるかもしれないし、部下であるパペットマンを使い捨てることになるが、そんなのはザムザにとってはどうでもよい。

「おっと、もう少し私に付き合ってもらおうか……!」

 杖自体に魔法力を注ぎ、腕力を増幅させてアバンを鍔競り合いから逃さないようにする。
「……っ」

 アバンの焦りを感じながら、ザムザはパペットマンが岩牢に近付くのを見て勝利を確信していた。

「や……いやぁっ、来ないでーっ!」

「うわぁああっ、助けて……っ!!」

 子供達の悲痛な声が複数上がるが、心を持たないパペットマンがそれに心を動かすことはない。
 ごく当たり前のように檻を開けようと、柵に手をかける。
 だが、ちょうどその瞬間、ポップを閉じ込めていた檻が火を噴いた。

「――!?」

 アバンとザムザが、同時に驚いて息を飲む。
 木製の檻の天井は一瞬で燃え尽き、中からポップがゆらりと立ち上がった。

「ギギッ!?」

 急に、担いでいた檻のバランスが狂ったせいだろう、パペットマン達が手を滑らせたのか檻が転げ落ちる。
 そのせいでポップも一緒に転げ落ちたが、自由になった彼は緩んだ鉄の柵を押し退け、洞窟の奥へと進みだす。

「ポップッ!?」

 アバンの呼び掛けに、ポップは見向きもしなかった。
 と、言うよりも、その目はぼんやりと焦点が合っていないままで、足下もおぼつかない。

 戦っているアバンとザムザの側をなんの関心も持たずに通り過ぎ、檻の方へと向かう。彼が意識が朦朧としている状態なのは、疑いようがなかった。

 だが、ポップは迷いのない動きで子供達のいる檻に手を向け、魔法を発射する。
 続け様に数発放たれた炎が、パペットマン達を一瞬で焼いた。六体のパペットマンが黒焦げとなり、動きを停止させてパタパタと倒れる。

「ば、馬鹿なっ!!」

 驚いた瞬間、無意識に力が抜けたのだろう。
 その隙を逃さず、アバンが両腕に力を込め、突き放す。魔法力の籠もっていない杖があっけなく斬られ、その勢いでザムザは後ろに突き飛ばされる。
 そのまま、自分に切り付けようとするアバンを見て、ザムザは身の危険を悟った。

「くそ……っ」

 舌打ちと共に素早く呪文を唱えたザムザの身体は、アバンの剣をかいくぐるように消えた。
 咄嗟に入り口に目をやったアバンは、そこに出現したザムザが光の軌跡となって去るのを見た。

(……逃がしてしまいましたか)

 迷宮脱出呪文――一瞬で術者を出口まで運ぶこの魔法は、浅い部分にいても有効だ。出口まで瞬時に移動し、そのまま移動呪文で逃げられたのでは追いようもない。
 それに、今は敵を追うよりも子供たちの無事を確認する方が先だ。

「みんな、無事ですか?」

 岩牢に閉じ込められている子供達の方に向き直ると、檻の中の子供達はこくこくと頷く。だが、ポップだけはそうではなかった。
 今にも魔法を放とうとしているかのように腕を構え、身構えたままだ。

「ポップ、私です。……分かりませんか?」

「………………」

 問い掛けに、ポップは空ろな目をしたままで、答えようとしない。だが、それでも魔法を放つために身構えていた腕が、ゆっくりと下ろされる。
 そして、今までぼうっと霞んでいたポップの目に、光が戻る。

「……せ…、ん……せい?」

 戸惑ったような呼び掛けをするポップは、状況が分かっていないのかやたらと瞬きを繰り返し、周囲をキョロキョロと見回す。
 だが、そんな些細な動きでも身体にこたえるのか、ふらついて倒れそうになったポップをアバンはしっかりと抱き留めた。

「おっと、大丈夫ですか、ポップ?」

「おれ……? どうして、こんなとこに……確か、宿屋で、変な奴に襲われて……?」

 あやふやな口調には力が籠もっていないし、まだ熱が引いていないままなのか、触れた額はいつもよりもずっと熱い。
 だが、どこにも怪我をした様子もないポップの姿に、アバンは少なからずホッとしていた。

「その辺は、後でゆっくりと説明してあげますよ。
 迎えに来るのが遅くなって、すみませんでしたね、ポップ。でも、あなたが無事でよかった。
 本当によく頑張りましたね、ポップ」

 心からの安堵と労いを込めて、アバンはやっと取り戻した愛弟子の頭を撫でてやる。
 普段のポップならそんな扱いをされれば猛然と反抗しそうなものだが、今はさすがにそれだけの元気もないらしい。

 アバンの顔を見て安心したのか、そのまま目を閉じた。その身体からぐんにゃりと力が抜け、気絶するように寝入ってしまう。

「おやおや……」

 動かなくなったポップをどうすればいいのか、アバンは少しだけ迷う。ポップだけならばまだしも、ここには助けを持つ子供達が大勢いる。
 だが、迷うまでもなく洞窟の入り口の方から、大勢の足音が聞こえてきた。

「アバン様、ご無事ですか!? ご助力に参りましたぞ!」

 町で会った近衛兵達が駆けつけてきたのを知って、アバンは子供達は彼らに任せることにする。
 自分の胸に持たれかかったまま脱力した愛弟子を、アバンは大切そうに抱き上げた――。 

                                            《続く》
 
 

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