『そして、繋がる物語 ー前編ー』 |
「うわぁ、いい眺めーっ」 気球船からひらりと身軽に飛び下りたダイは、開口一番にそう言った。 ほんの数日留守にしただけなのに、パプニカ王国はずいぶんと変わって見えた。ダイ達がベンガーナ王国に旅立つ前から復興が目覚ましかったが、また一段と活力が強まってきたようだ。 半ば壊れていた町並みは、人々の手によって修復が施されている。行き交う人々の表情も明るく、上空から見てでさえ活気が感じ取れた。 「こうして見ると、初めて見たパプニカとは別のとこみたいだね」 ダイに悪気はなかった。 邪気が全くないからこそ、余計にこたえる。当時、魔王軍の不死騎団長を勤め、パプニカを攻め入った張本人は、他ならぬヒュンケルなのだから。 (恐ろしい人かと思っていたけど……) こんな時、エイミは戸惑わずにはいられない。 レオナと共に、いち早く王城を脱したエイミは、パプニカ城に怪物が攻め入った時のことはほとんど知らない。 一見したところヒュンケルは心を表に見せない、寡黙で何を考えているか分からない人のように見える。実際にヒュンケルの襲来を目撃したパプニカ兵士の話では、血も涙もない、鬼神のごとき腕前の狂戦士だったと聞いていた。 元魔王軍の軍団長であり、一時とはいえ人間の敵に回ったアバンの使徒。 だが、エイミが今、目にしているのは、パプニカの戦火の傷跡に心を痛め、体調が悪そうな弟弟子を気遣う心を持つ、繊細な青年の姿だった。 「よいしょ……うわっ!?」 ダイやヒュンケルは苦もなく飛び越えたのだが、大人の腰以上の高さのある気球船の籠は体調の悪い今のポップには、乗り越えるのも大変らしい。 「大丈夫か」 「いいったら、一人で降りれるって!」 だが、それでも意地を張って助け手を払いのけようとするポップを、苦笑まじりに眺めているヒュンケルは――とても、漏れ聞いた噂とは一致しない。
結局はヒュンケルの手助けを借りてやっと気球船の籠を乗り越えたポップは、はしゃぐダイに対して、不機嫌そうに異を唱える。 「そうかぁ? おれはむしろ、初めて見たパプニカを思い出すけどな」 「なに言ってんのさ、ポップ。最初に見たとき、町とか壊れててびっくりしたじゃないか」 勇者一行は、常に一定のメンバーで旅をしているわけではない。その時の都合や条件によりメンバーが入れ替わる流動的な一行だが、その中でダイとポップだけは常に一緒に行動してきた。 それだけに、二人の旅の記憶に食い違いが出るのが珍しい。 「……ああ、そっか。おまえが言ってんのは、マァムと3人で来た時のことだろ。おれが今言ったのは、その前ん時だよ」 笑いながら、ポップは軽く言った。 「アバン先生と一緒に来た時は、パプニカは今よりもずーっと眺めのいい国だったんだぜ」 「アバン先生と?」 意外な言葉に、ダイはきょとんと目を見張った。それはダイだけではないようで、ヒュンケルもポップの方に注意を払う。 「ああ、ほら、覚えてないか、ダイ。元々アバン先生は、パプニカ王国の依頼でおまえを勇者として鍛えにいったんだ。だから、デルムリン島に行くちょい前まで、この国にいたんだよ。ま、ほんの数日だったけどさ」 「へぇ〜。そうだったんだぁ……」 わずか3日しか修行を受けられなかったが、ダイはアバンを尊敬し、慕ってもいる。師の話を聞けるのは、素直に嬉しかった。 先生の死はダイにも悲しみも与えたが、長い間一緒に旅をしていたポップの方が、その想いがより深いのは当然だろう。まだ衝撃が生々しいせいか、ポップはあまりアバンについて話したくはないようだ。 だからダイも無理に話をせがむ気がなかったが、ポップの方から話をしてくれるのなら、いつだって大歓迎だ。 「……ん、あれ? でも、ポップってレオナに会ったことなかったよね?」 「そりゃそうさ。おれは城には、結局一度も行かなかったもん。パプニカのお姫様の噂は聞いていたから、ちらっとでも見れたらいいなって思ってたんだよなー、あの時は」 実物を知らなかったからなぁ、などと、本人がいたなら決して聞き捨てはくれないであろう余計な軽口を添えるところが、ポップらしい。 「ならば、なぜ城に行かなかったんだ? 弟子の望みを、聞かない男ではなかっただろうに」 疑問から、ヒュンケルがつい口を出してしまう。 ポップにとっても、またパプニカ王国側としても、別に不都合な話でもない。 だが、アバンは世界を救った勇者だ。 その弟子であるポップが、その場に全く関わっていない方が、不思議なぐらいだ。 パプニカ王女レオナの器量の大きさから考えて、当時は存命だったパプニカ王もまた、器の大きい人だっただろう。ただ威張り散らすしか脳がない世俗的な王族ならまだしも、自分の成すべきことを心得ていた人の上に立つ人間ならば、才能豊かで前途ある魔法使いとの面会を疎む理由がない。 アバンの家庭教師の腕を見定めるためにも、アバンの直弟子の同行はむしろ望むところと思える。 それは、細やかな疑問にすぎなかった。 が、ポップの顔に「しまった!」とでもいわんばかりの表情が浮かぶ。自分の失言を隠そうとしてか、ポップはぷいっとそっぽをむいて早口に言った。 「……あん時はちょっとごたごたしてて、それどころじゃなかったんだよ!」 それっきりポップは口を閉ざしてしまったが、そのせいでその疑問はヒュンケルだけではなく、ダイにも強く印象を残す疑問となった――。
白髪の老戦士は、蓄えた髭をちょいといじって、小首を傾げた。 すでに老齢の域に達している上に、ポップとほぼ変わらないほどの小柄な体格の彼は、本人が自称するほど大した戦士には見えない。だが、年齢に似合わぬ、たっぷりとした茶目っ気を含むその明るさは、多くの人に好かれている。 王女レオナの信頼も厚いバダックは、その気になれば名誉職を得て玉座の近くに席を置くのも可能だろうが、彼は至って欲のない実直な男だ。 姫の警護や相談役は若い者に任せ、城の細かな雑用を熱心にこなしている。今も、城の中庭で薪割りなどという地味な作業を、黙々とこなしている最中だった。 「だめだよ。ポップは、聞いて教えてくんない時は、何回聞いても絶対教えてくんないもん」 世間知らずのダイが投げかける質問に、ポップは大抵なんでも答えてくれる。普通の人なら呆れてしまうような常識について聞いても、ポップはちゃんと相手にしてくれる。 「それに、今はポップ、具合悪いし……」 いつもは元気いっぱいなダイの顔が、沈んだ表情に取って代わる。 死亡がこたえているのか、それとも毒の副作用なのか、しつこい微熱がなかなか引かないため、パプニカに戻ってからも部屋で寝ていることが多い。 休んでいるポップの邪魔をしたくはないが、いつもは一緒に行動している親友がいないと退屈な上に、心配ばかりが沸きあがるらしい。 「ねえ、バダックさん、教えてよ。知っていることだけでいいからさ」 「ふぅむ〜。アバン殿がパプニカ王宮に招かれたのは、確か、……そうそう、あの事件の後だったのう。あれは、実に嘆かわしい事件じゃった」 ダイに話をせがまれ、バダックは嬉しそうに相好を崩す。年寄りにとって、自分の話を聞きたがってくれる相手ほど歓迎できる相手はいない。 「あの頃、巷では魔法力の高い子供達が誘拐されるという事件が連発していてのう。当時はご存命だった国王……姫様のお父上も、たいそう気にしておられた。国王直々の命令で色々と手を尽くしても成果は上がらず、手掛かりも見つからないのに次々と子供達が消えていく……そんな時に、颯爽と現れたのがアバン殿じゃった!」 「へえ……っ!」 初めて聞く、敬愛する師の勇者としての冒険談に、ダイはここに来た目的も忘れて、目を輝かせて聞きいっていた。 「誘拐されていた子供達を助けて下さった旅の者がいると聞いて、王宮にお呼びしたんじゃが……まさかその男が、あの大勇者アバン殿だったとはのう。実に欲のない、控え目なお人柄の方じゃった。 王の褒美を丁寧に辞しておられた。自分はただ、弟子を助けるためにやっただけにすぎないからと、言ってのう」 「弟子? ……って、ポップのこと!?」 ダイの指摘に、バダックは今、初めて気がついたように、ぽんと手を打った。 「ああ……、今にして思えば、そうじゃったんじゃろうな。あの時はお弟子さんの具合が悪かったとかで、面会には連れてこなかったから気づかんかったが」 「そうだったとはね……! それは惜しいことをしたわねー、知っていたのならあの時にポップ君に会うのも、一興だったのに」 「え? あれっ、レオナ?」 ごく当たり前のように割り込んできたレオナを見て、ダイがきょとんとするのも無理はない。 アポロ達から、レオナがとても大切な仕事をし始めたということは聞いているので、ダイはできるだけ彼女の邪魔をしないように、無闇に近付かないように気をつけている。 まあ、ダイにしてみればレオナの不意打ちには少しビックリするものの、彼女に会えるのはいつだって大歓迎だ。 「なんだ、レオナもこの話を、知っていたんだ」 「ええ、そりゃあ少しはね。あの時はあたしもお父様と一緒に、アバン先生にお会いしたもの。 好奇心の強いレオナにしてみれば、それはいささか残念な話だった。 王がこの事件に関しては城内に箝口令を発したせいもあり、レオナは特にこの事件については詳細を知らない。 だが、それでも知りたいと思うのは、単に事件に対する好奇心というだけではない。 「ちょうどいいわ。ダイ君、ポップ君へのお見舞いがてら、ちょっと聞きにいきましょうよ」
多少膨れっ面ながらも、バレたからには隠してもしょうがないと思ったのか、ポップは案外素直に聞かれた質問を肯定した。 「ああ、そうだよ。確かにあの時の誘拐事件ん時は、おれは誘拐された子供の一人だったし、事件を解決したのはアバン先生だよ」 「やっぱりそうなんだ! それ、どうして話してくれなかったんだよ」 「そうよ、そうよ、ケチケチすることないでしょ!?」 と、そろって身を乗り出すダイとレオナに対して、ポップは少しばかり身を引くような素振りを見せる。 が、ベッドの上にいる時点で、逃げるなど不可能と言うものだろう。もともとベッドボードに寄りかかって座っている段階で、ポップはすでに追い詰められているも同然なのだから。 「だってよ、あんまり面白い話でもないしさ。だいたい、おれは誘拐されていた間、変な薬飲まされたせいでずっと眠っていたし、話そうにもほとんど覚えてねえんだよ」 ポップにしてみればあの時のことはあまり思い出したくもない上に、そもそも思い出そうにも無理がある話だ。 「先生に助けられた後だって意識がぼんやりしてて、ちょっと記憶が飛んでいるんだ。よっぽど強い薬だったみたいでさ、完全に解毒するまで随分かかっちまった」 「そんなに大変だったの? 大丈夫だった、ポップ?」 途端に心配そうな表情になるダイを、ポップは軽く笑い飛ばす。 「ばっかだな。大丈夫じゃなかったら、おれが今、ここにいるわけないだろ?」 「あ、そっか! それもそうだよね」 ――普通なら、聞く前から推察できそうなごく当たり前の事実である。 この二人も、ポップを心配して見舞いに来たという立場はダイ達と同じだ。だが、いかにもお子様な三人と一緒になってはしゃぐほど子供でもないし、いささか気恥ずかしいものがある。 「そう言えば、あの頃ザボエラがなにやらこそこそとした動きを見せていたな。今思えば、あれは……その件に絡んでいたのか」 ポップの話には、当時魔王軍にいたクロコダインにとっても聞き覚えのある話だった。もっとも、姑息なザボエラと性があわず、極力接触を持たないようにしていたクロコダインは、小耳に挟んだ程度しかその話は知らない。 だが、同じく魔王軍に籍を置いていた立場であり、パプニカ攻略に当たって実際にザボエラと話をしたヒュンケルは、もっと詳細な事情も知っていた。 魔王軍の一員としての過去だけでもヒュンケルにとっては恥ずべきものだというのに、同僚の誘拐を察知していながら完全に制止することができなかった。 相手に追従する美辞麗句を並べ立てながら、平気で裏で約束を反故して恥とも思わない――ザボエラにはそんなずるさがある。 あの時、ザムザに誘拐された子供達が無事に解放されたかどうかなど、ヒュンケルには確かめる方法がなかった。魔王軍を去ってからは、なおさらだ。 「黒幕とかまでは知んないけどよ、あの時に誘拐された子供達は全員無事だったのは覚えてるぜ。先生もそう言ってたしさ」 ポップのその一言にホッとしたのは、ダイやレオナばかりではなかった――。
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