『迷子のいる洞窟 ー前編ー』

  


「先生〜っ、どうしておれは行っちゃダメなんですかぁ? 置いてくなんて、ひどいですよ!」

 と、頬を膨らませて、不満そうにそう言う弟子に対して、アバンは噛んで含めるように、丁寧に言い聞かせた。

「どうしてもなにも、決まっているでしょう? いいですか、この洞窟は見習い魔法使いにとっては危険すぎるからですよ、見ていてごらんなさい」

 そう言いながら、アバンは松明を片手に持ったまま、洞窟内部に向かって小石を投げてみせる。

 転がった小石は反響して予想外に大きな音を立て、奥の方まで転がっていく。
 と、その音に驚いたように引きつるような泣き声と、闇の中を飛び回る音が響き渡った。 小さいとはいえ、闇に光る赤い目がいくつも飛び交うのが見えた。

「はいっ、問題です。今、あそこに見えた怪物はなんだか分かりますか、ポップ?」

「ええっ!? 見えたっていうか、暗くって見えなかったじゃないですかー。あんなの分かりっこないですよ!」

「ノンノンノン、駄目ですよ、ポップ。考えもせずに諦めたりしちゃあ。いいですか、はっきりとは見えなくてもヒントはあったでしょう?」

 そう促されて、ポップは洞窟の中を覗き込む。
 入り口付近はごく普通の洞窟のように見えるが、奥まった部分ほど複雑に広がり、底しれない深みを感じさせる闇が広がっている。
 中からひんやりとした冷気を感じるのは、鍾乳洞特有の特徴だ。

「えっと……光る目は、そんなに大きくはないから鳥ぐらいの大きさですよね。
 それに、松明の光じゃなくて小石の音に反応したってことは、光じゃなくて音に敏感な生き物……?」

 順序だてて推論していく弟子を、アバンは満足げに見つめた。
 彼が弟子入りしてから、すでに三ヵ月以上経った。しかしポップはいまだに魔法の一つも使えない、見習い魔法使いのままだ。

 だが、まったく成長していないというわけではない。
 そりゃあ修行嫌いの上、魔法を使うのを怖がるわ、勉強はトコトン嫌がって極力サボろうとするわ、いまだに甘えん坊なのか単に師を信用していないのか、長い時間離れるのを嫌がるわと、問題山積みの弟子ではある。

 だが、ポップは賢さは抜きんでている。
 教わった知識と、目の前で得た情報を照らし合わせて、正解を導き出せるだけの頭脳を持っている。
 そう時間も掛からず、ポップは答えを弾き出した。

「分かった! コウモリ系の怪物でしょ、先生! ドラキーですか?」

 得意そうに目を輝かせる愛弟子の頭を、アバンは優しく撫でてやった。

「ぴんぽーん、正解ですよ、ポップ。その通り、ここの洞窟にいるのはドラキーの仲間です」

 ベテランの戦士や魔法使いなら、鳴き声を聞いただけでそれを察するだろう。だが、旅を始めたばかりのポップには、それほどの経験はない。
 にも拘らず、自分の知っている範囲の知識と推理だけを頼りに正解に辿り着けるポップの賢さを、アバンは高く評価していた。

 この思考回路や頭の回転の速さは、魔法使いにとって大きな武器となる。
 だからこそアバンは、ポップの好奇心や探求心を伸ばす方向で、ゆっくりと育てていく予定でいる。
 単に正解を教えるだけにとどめず、手を掛けても詳しい説明を惜しまなかった。

「でも、ここにいるのはただのドラキーじゃないんですよ。いいですか、ポップ、見ててくださいよ」

 そう言いながら、アバンは手のひらに魔法の光を生み出す。
 洞窟を明るく照らす、レミーラの呪文のちょっとした応用だが、ポップには物珍しかったのか目を丸くしてそれを見ている。

 それ以上に驚きを見せたのは、周囲にいる村人達だった。
 田舎の村に住む村人達にとっては明らかに、初めて見る魔法だったのだろう。驚きを隠しもしない彼らの前で、アバンは魔法の光を洞窟の中へと飛ばしてみせた。先ほどの小石と同様に、奥の方まで光はふわふわと飛んでいく。

 その途端、洞窟内で怪物達がけたたましい声をあげた。
 さっき、小石に反応したのとは比べ物にならない速度と勢いで、魔法の光目掛けて飛び交いだす。

 前後左右、上下を問わずに飛び交うドラキー達の体当たりを食らい続けた魔法の光は、数秒と持たずにふいっと消えた。

「な、なんですか、あれ……?」

 怯えたように身を引くポップに、アバンは答えた。

「あれは、ダークドラキーと呼ばれるドラキーの亜種ですよ。見ての通り、魔法力に引かれる性質を持つ、少し特殊なドラキーでしてね。
 普通の人間にはまったく興味を示しませんが、魔法力を持った人間には襲いかかってくる性質を持っているんですよ」

 それを聞いた途端、ポップが露骨に怯えた顔を見せるのも無理はない。
 いくらドラキーがそれほど強い怪物ではないとはいえ、あの勢いで連続的に襲いかかられてはただではすまない。
 気後れして怯えを見せるポップに、アバンはここぞとばかりに囁いた。

「だから、危ないと言ったでしょう? あなたはこの洞窟には、入らない方がいいですよ」
「でもっ、それなら先生だって危険じゃないですか!」

 食い下がるポップを、アバンは優しくいなした。

「私は、魔法力をコントロールできますから大丈夫です。でも、ポップ……あなたにはまだ、ちょっと無理でしょう」

 そう指摘すると、ポップは悔しそうに俯いた。
 普通、魔法を使える人間は微弱な魔法力を気配として漂わせるものだ。それは無意識の行動であり、人間や動物が動くと気配が漂うのと似ている。

 が、訓練を受けた人間や、狩りをする動物が、気配を相手に悟らせないように静かに身を潜めることができるように、魔法力の気配も静めることは可能だ。
 そもそも魔法使いが初期から行う訓練である瞑想は、体内の魔法力を制御するためのものだ。

 れっきとした魔法使いならば、それはできて当たり前のこと。
 だが――ポップは、まだ魔法を使えない。
 それは、魔法力をコントロールする術がまだ身に付いていないという意味と等しい。幾つもの魔法契約も済ませたし、魔法を使う寸前まで術を操ることはできる。

 だが、まだ魔法を使えるようにはなっていないのだ。
 当然、身体から微弱に零れる魔法力を制御するなんて力を、身に付けているはずがない。それなのに、ポップの魔法力の素質はずば抜けている。これほど魔法力のある子は、そうそうお目にかかれるものではない。

 まだ未熟で自分で使えもしないとはいえ、ポップの中に潜在的に眠る魔法力の量はおそらく自分以上だろうと、アバンは見ている。
 体内に魔法力を溜め込んでいるのに、実際に魔法を使えないポップがこの洞窟に入ったりしたら――。

 魔法力の気配は通常の状態ではごくわずかなものだから、すぐには襲われないかもしれない。ダークドラキーがいかに魔法力に敏感とはいえ、彼らの知能はごく低いし、判断力もそう高くはない。

 だが、ポップが魔法を使おうとしたり、そうでなくとも感情的に大きく動揺したりすれば、アウトだ。
 さっきの魔法の光のように、ダークドラキー達に襲いかかられるのは目に見えている。
 そこまで分かりきっているのに、わざわざ弟子を危険な場所に連れていく気など、アバンには毛頭なかった。

「……というわけで、すみませんが私が戻ってくるまで、この子をよろしくお願いします」

 ポップを説得した後、アバンは村人達に向かって丁寧に一礼する。それを見て、村長を初めとする村人達は慌てて止めた。

「いやいや、頭を下げるのはこちらの方だよ。すまねえな、旅人さん、何の関係もないあんたにこんな危険なことを頼んじまって……」

 人の良さそうな初老の村長は、アバン以上に深々と頭を下げる。
 ここは、王城から遠く離れた片田舎の小さな村だ。
 平和でのんびりとした農村だが、そんな村にでもちょっとした危険や事件が起こるものだ。

 アバンとポップがこの村を通り掛かった時、この村の人達は大騒動の真っ最中だった。 弱いとは言え怪物が多数住み着いている、村外れの洞窟――そこに、村の子供が迷い込んでしまった。

 なにせ、この洞窟は鍾乳洞の一種だ。
 狭く、不規則な上に奥がどこまで広がっているかも分からないこの洞窟に、村人は基本的に近寄らないようにしていた。

 洞窟に入りさえしなければ光を嫌う性質の強い怪物はほとんどでてこないし、そもそも迷路のような構造になる鍾乳洞自体が迷う危険性が高い場所だ。
 だが、好奇心が強くて危険や注意に関して無知なのが、子供というものだ。

 厳しく禁止されていることにかえって興味を持ってしまったのか、冒険気分で何人かが洞窟に入ってしまった。
 案の定、怪物に驚いてすぐに泣きながら戻ってきたのだが……二人だけ、戻ってこない子がいた。

 さっそく子供を探すための捜索隊を送りこんだものの、怪物に襲われる者が続出。
 いっそ、怪物を追い出して全滅させるために煙で燻したらどうかとか、それでは子供の命も危ないとか、混乱した意見が飛び交う始末。

 にっちもさっちもいかなくなったところ、よろしければ手をお貸ししましょうかと声をかけたのがアバンだった。
 その提案に、村人達はこぞって大歓迎をした。

 修行の目的で旅をする戦士や魔法使いが、怪物退治などをして村人を助けるのはそう珍しいことではない。
 大抵はわざわざ村人が依頼して、腕の立つ者を遠くから呼び寄せるものなのに、困った時に丁度現れるだなんて渡りに船もいいところだ。

 しかも、アバンは礼金など必要ないと言った。まさに、村人にとっては救世主のようなものだ。
 にも拘らず、アバンはいたって謙虚だった。

「そんなこと、お気になさらずに。私も旅が長いですから、怪物のやり過ごし方は慣れています。剣や魔法も、それなりに使えますしね」

 陽気にウインクしてから、アバンは松明を掲げて他の男達に声をかけた。

「いいですか、この松明は一本で二時間ほど燃えます。これが尽きた時点で子供達が見つからなかった場合、一度入り口に引き換えしてください。それと、この通路を探したという合図のために書くためのチョークは、充分にありますか?」

 怪物に襲われなかった者――即ち、魔法力がない男達全員にアバンは助力を頼み、松明と目印を書き込むためのチョークを持たせて虱潰しに枝道を探す作戦を立てた。
 それぞれが担当する枝道を丹念に探すことで、無駄な二重捜索や探し損ねを防止する方針だ。

 村の男達と混じり合って、あれこれと話し合っているアバンを見つめながら、ポップは拗ねたように少し離れた場所にいた。

(ちぇっ、おもしろくないのっ!)

 そもそもポップが村を飛び出してきたのは、アバンのようになりたかったからだ。
 自分のピンチの時に、颯爽と現れてかっこよく救ってくれた、アバンのような『勇者』になりたくて。

 ……まあ、勇者や戦士の素質はないときっぱりと宣言された今、魔法使いになるのも悪くはないと思っている。
 アバンの使えるような魔法を自在に使えるようになればそれはそれでかっこいいし、剣ではなく魔法で戦っても、要は強くなれればいい。

 だが――ポップの憧れとは裏腹に、道は遥かに険しく、遠かった。
 すでに、弟子入りしてから三ヵ月。
 魔法こそは使えないものの、アバンと一緒に旅するようになってから怪物とでっくわしたことは何回もあるし、様々なことを学んだ。

 ポップ的には、旅に出る前より自分が成長したし、事件や怪物に対して場慣れしたと思っている。
 なのに――ただの女子供のように、安全な村に残されてお留守番だなんて、冗談ではない。

 それでは、村にいた頃と全然変わってはいないではないか。
 村人と一緒に洞窟へと入っていくアバンを見て、ポップのご機嫌はますます斜めに傾く。 ただの村人よりも、まだ自分の方が役に立たないと言われているようで、なんだか面白くない。

「さ、君はとりあえずワシの家で休むといい。誰か、この子を家まで送ってくれないか」
「ええ、分かりました。さ、いらっしゃい、ぼうや。旅で疲れているでしょう? 美味しいおやつでも用意してあげましょう」

 村長の命令に、気の良さそうなおばさんが小さい子を労るような態度でポップの肩に優しく手をおいた。





「おーい、聞こえますかぁ〜。ジーノ君、シルちゃん――聞こえたら、返事をしてくださーい」

 アバンの声は、幾度かの輪唱を繰り返して響き、そして消えた。
 洞窟では、声が反響して響く。
 近くでこの声を聞いたのならともかく離れたところでは、反響して増幅された声は本来の声とは似ても似つかない不気味な音として聞こえるはずだ。

 だからこそアバンは子供達を怯えさせないように、時間と場所をおいて呼び掛けるようにと捜索隊に頼み、自分でもそう実行している。
 だが、効果は全くないようだ。

 返事は全然聞こえないし、子供の姿はちらりとも見えない。
 いなくなった子供は兄妹で、10歳の少年と7歳の少女だと言う。
 まだ幼い子供達だから、そう遠くには行けないだろうしすぐに見つかるだろうと思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。

(さて、どうやって逃げたんでしょうかね?)

 多少でも経験のある者なら、洞窟内で無闇に動くのは危ないと知っている。迷ったと気がついた時はその場から動かないのがベストだし、動くにしても目印を付けながら移動する。

 だが、まだ幼い子供達にそれを期待するのはさすがに酷だろう。その上、子供の発想や行動は、時として大人の予測を超える。
 行方不明になってから、すでに半日近く。

 いかに捜索しにくい鍾乳洞の中とはいえ、これだけの数の大人が探しても見つからないともなると、よほど変なところに隠れている可能性もある。

(こんな時、あの子がいれば助かったかもしれませんね)

 時々無茶をしでかすまだまだ子供な愛弟子は、突飛な発想や柔軟な視点を持つという点ではアバン以上だ。
 正直、連れてくれば良かったとも思ったが、アバンにはそうする気はなかった。

 子供を守るのが、大人の役目だ。
 未来への可能性を秘めた子供達が、正しく成長していけるように導き、守ってやることこそが大人がすべきことだ。

 子供を危険に晒してまで利用しようとするだなんて、責任のある大人としては失格な行為だとアバンは考えている。
 助けを求めている子供達を救うべく、アバンは手にした松明をしっかりと握り直して、また洞窟の奥へと進んでいった――。





 そこは、光を吸い込んでいくような暗闇。
 ただの洞窟だと分かっているのに、まるで果てしない暗黒の闇にまで続いているような暗がりを前にして、ポップは足を竦めた。

 もちろん、そんなのは錯覚だ。
 これはただの洞窟だし、暗闇に対する対策としてポップはちゃんと松明を持ってきた。アバンが作った特製の松明で、たっぷりと松やにを含ませたものは軽く二時間は明かりが持つ。

 それに、松明は闇を払うだけでなく、火を恐れるたいていの怪物にも有効な対策だ。もし怪物に襲われても、松明で脅せば追い払える。
 なのに、そうと分かっていても闇や怪物に対する恐怖は拭えない。

 アバンと一緒の時は、洞窟に入るのがこんなに怖いとは思わないのに、一人で行くことを思うと足が竦む。
 一瞬、アバンに言われた通り、村長の家でおとなしく待っていようかなと思ったものの、ポップは自分の弱気を振り捨てるように強く首を振った。

 ポップの目標は、アバンだ。
 アバンのようになるために、ポップは自分の村を飛び出して追ってきたのだ。留守番なんかに、甘んじるつもりはない。

 何の役にも立たない子供なんかではなく、自分だってアバンの手助けをできるのだと証明したい。

 だからこそ、あれこれと面倒を見てくれた親切な村人をごまかし、しかも洞窟前に人がいなくなるのを見計らって、こっそりと抜け出してきたのだ。
 ガチガチに震えながら、それでもポップは松明をギュッと握り締めて先へと進む。

(こ、こわくなんかないしっ、それに、魔法を使わないってんなら、おれ、得意なんだからなっ)

 ……魔法使いとしては、全然自慢にはならない気がするが。
 ビクビクしながら歩くポップのはるか頭上、高く吹き抜けたような洞窟の天井辺りを飛ぶ気配が幾度もした。

 闇に光る赤い目は、先ほどアバンの作り出した魔法の光に飛び掛かってきたダークドラキーに間違いがない。
 だが、ドラキー達はポップを目掛けてすぐに襲ってくるということはなかった。魔法の力を感知しなければ襲わない――そういうことなのだろう。

 とりあえず最初の枝道まできたポップは、ふとそこで考え込んだ。
 幾つもの分かれ道があるそこには、それぞれに色の違うチョークで矢印が書き込まれている。

 すでに調べ尽くした枝道には、入った印と同時に出た印が書かれている。
 その中で数色がまとまって入った印だけが書き込まれているのが、一番広い通路である道だった。

 色違いのチョークが捜索隊が先に進んだという印だと、説明を盗み聞きしていたポップは知っている。
 それを見ながら、ポップはさっきちらりと聞いた子供達の話を思い出す。小さい子が多すぎて、具体的な場所はとても聞き出せなかったが、おおまかな意味は分かった。

『大人の知らない道を見つけて、びっくりさせてやろうと思った』

 そう言いながら泣いていた子供達と、村長宅の壁に張られていた、色褪せた洞窟の地図を思い出す。
 あまり人の入らない場所とはいえ、長年のうちには入る人も少なからずいたのか、大きな通路は判明しているらしい。

 大体の形は、覚えている。
 入り口から幾つか続いている分かれ道は、ほとんどが行き止まりだと聞いた。現に、すでにそこを捜索したが甲斐がなかったことを、出入りの証拠であるチョークが無言のまま教えてくれている。

 一番広い道だけが、広めの鍾乳洞へと辿り着く。そこから先がまた細かく分岐しているため調査は行われず、地図は止まっていた。
 アバンや村人は、子供達がその鍾乳洞の先に進んだのを前提にして、捜索を行っている。
 だが、ポップはその鍾乳洞に行くずっと手前の、最初の別れ道で足を止めて考え込む。 村にいた頃、冒険を夢見て地図を見るのが好きだったポップには分かる。
 子供にとって、地図は完成されたものだ。
 まだそれが製作途中のものだなんて、思わない。

 ポップも実際にアバンと旅に出るまで、自宅で見た地図と実際の道が違うなんて、思いもしなかった。
 だから、地図でしか見たことのない場所で、その先に道が書いていないのなら、単純にその先は行き止まりだと考える。

 鍾乳洞を見てみたいから行くのならともかく、大人を出し抜くのを目的で洞窟探索をするのなら、わざわざ行き止まりなど目指さない。
 それにいくら子供とはいえ、他の数人を説得して洞窟探検に誘うのなら、明確な目的や根拠が必要だ。

 たとえば……地図に載っていない、枝道を見つけたなら?
 入り口のすぐ近くに、大人も知らない道がある――そんな風に友達に誘われたのなら、冒険好きな子供ならのってくるだろう。

 ポップの目はチョークさえ書かれていない、窪みや穴に向けられる。
 大人にとっては、枝道にさえ数えないであろう細いただの穴でも、身体の小さな子供にとっては立派な通路だ。

 そして、そんな穴の一つを覗き込んだ時、手にした松明が大きく揺らいだ。奥からわずかな風が吹き込んでいるらしい。

(ん……これなら、いけるかな?)

 もうじき14歳のポップにとってはずいぶんと窮屈で小さい穴だが、四つん這いになればなんとか通れないことはない。
 まあ、ずっとそのまま進むというのはちょっと困るが、幸いにも狭かったのはごく短い間だった。

 子供がやっと通れる程度の細い穴の奥には、ふいに広がっていた。
 入り口付近の通路とは比べ物にならないが、それでも一応通路とよべる程度の広さと高さをもって、なだらかな下り坂になって奥へと続いている。

 大人ではちょっときついかもしれないが、ポップぐらいの身長ならば余裕で立って歩ける道はどうやらかなり奥の方まで続いているらしい。
 しかも、道は一本道だ。

 危なくなったら引き返せばそれですむ……そう思う気持ちと、大人が気がついていない道を自力で発見したわくわくした感覚が、ポップを先へと進ませた。
 足を滑らせないように慎重に足を進ませるポップは、すでにこの洞窟に潜んでいる怪物の特徴など、すっかり忘れきっていた――。

 


                                            《続く》
  
  

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