『緑の服のサンタクロース ー中編ー』 |
「主よ、この良き日に我らに糧を与えたもうことを、感謝致します」 食前には決まりの、神父のお祈りが静かに響く。 クリスマスや新年会、子供達の誕生日などの大切なお祝いの日には、聖堂を片付けてそこでお祝いをするのが昔からの習慣だ。 ここ数年は人手が足りなくて省略することも多かったが、今回はレナは頑張りに頑張って支度を整えた。 「さあ、みんな! メリークリスマス!」 と、いかにも明るく言ったレナの言葉に対して、バラバラッと戻ってきたのはどうにもお義理っぽいクリスマスの挨拶に過ぎなかった。 だが、それもまだましな方だ。 (……や、やっぱ、ちょっと貧弱だったかしら……?) 30人ぐらいは並べる大きな長テーブルだというのに、実際にこの場にいるのはたったの9人ぽっきり。 (しょぼい……我ながらしょぼすぎるわっ) レナも目一杯頑張ってはみたものの、いかんせん材料や資金不足は如何ともし難いものがある。 クリスマスのために大切に取っておいた食材が腐ってしまっていたり、ぎりぎりまで畑で育てようと思っていた野菜がカラスに食べられてしまったり。 ケーキ等は論外、とっておきの砂糖を使ってやっとクリスマスクッキーだけは作ったものの、ご馳走らしいご馳走を用意することは出来なかった。 なまじ、部屋だけ立派なのがかえって哀れ味を誘う。 場を盛り上げようとさっきオルガンを弾こうとしたレナだが、長い間、調律もしないでほったらかしにしておいたオルガンは音が狂いまくっていて、場を盛り下げるだけなのでやめてしまった。 ツリーもレナの力ではごく小さいものを用意するのがやっとで、せっかく子供達が作ってくれた飾りも全部を飾りきれなかった。 古い毛糸を有効利用して、それぞれに手作りの手袋とか帽子とかを作りはしたが……日常品であるそれらがそれらが、クリスマスプレゼントに相応しいとはレナでさえ思えない。 これでは、よい思い出にするどころか、最低の嫌な思い出にしかならないだろうと、レナは泣きべそをかきたい気分になった。 (ああっ、それもこれもみんな貧乏が悪いのよっ!! ああ、神様……っ、いるなら助けてくださいっ。サンタクロースでも構わないからっ) シスター見習いには相応しくない、実に不謹慎な祈りを捧げた瞬間だった――聖堂の扉をノックする音が響いたのは。 「え?」 思いがけない来訪者に、一同はびっくりしてそちらに注目する。 そして、冬場の、しかも夕暮れ時に教会を訪れる者なんて皆無に等しい。 妙に外れた時間にやってきた不意打ちの来訪者に戸惑う子供達を促したのは、神父だった。 「お客さんのようだね。レナ、扉を開けて差し上げなさい」 「え……でも……」 まさかとは思うけど、泥棒とか怪物だったら……そんな風に思ってしまうのは、やはり今日、これでもかと言わんばかりに続いた不運のせいか。 それに、本物の客が来たとしてももてなしどころか余分な食料すらないという現実的な問題が、レナの頭をかすめる。 「クリスマス・イヴのお客様は、歓迎するものだよ。ほら、サンタクロースだってそうじゃないか」 わずかに茶目っ気を見せる神父に、レナはくすりと笑って考えを切り換えた。 「そうですね。サンタクロースだったら、素敵ですね。分かりました、すぐに扉を開けますわ」 重く、古めかしい扉が音を立てて開かれる。 「ジャック……ッ!?」 「あっ、ジャック兄ちゃんだーっ!?」 「ホントだっ」 さっきまで沈み込んでいた教会の雰囲気が、一気に賑やかなものへと変わる。 「や、やあ、メリークリスマス、みんな。突然、来てごめん」 「なに言ってるのよ、大歓迎よ! さ、入って」 と、促しながら、レナはこっそりとジャックの耳元に口をよせて囁く。 「嬉しいわ、ジャック、ちょうどいいところに来てくれたわ! ね、もしかしてプレゼントとか持ってきてくれたの!?」 期待を込めてレナから囁くのを、さもしいと責めるのは酷だろう。 『次に帰ってくる時には、きっと土産をいっぱい持って帰るからな!』 と、大口を叩いて巣立って行ったジャックだ。 なにより、昔から仲がよくて遠慮のない間柄なだけに、普通の客には言えないようなことも口にできる。 「い、いやその……オレ、今はほとんど一文無しで……っ。ごめん…………」 (――何しにきたのよ、あんた……) 一瞬、頭に浮かんだその言葉をかろうじて噛み殺したのは、ジャンクが腕に抱えている包みがぴくりと動いたせいだった。 「それじゃ、これ、何なの?」 「そ、そうだっ。神父様っ、大変なんだっ、さっき森の奥に倒れている子がいたんだよっ。なんとか、助けられないかな!?」 そう言いながら、ジャンクは包みをはらりと解く。マントにしっかりと包まれていたから分からなかったが、その中にいたのは一人の少年だった。 「え、ええーっ!?」 あまりに予想外の展開は、レナの想像や想定を遥かに超えている。 「……その子、怪物に襲われたのか?」 最近の彼には珍しい、反抗や反発を感じさせない素直な言葉。いかにも心配そうに言うエースに釣られたように、子供達がジャックと少年を取り囲む。 「血がでてるよ。いたい、いたいなの? かわいそう……」 「ねえ、この子、おっきしないけど、大丈夫?」 子供達が口々に心配そうに少年を覗き込む中、一番最後にやってきたの神父だった。足腰が弱ってきたせいで早くは歩けない中、精一杯急いでやってきた神父は少年の額に手を当てる。 「ふむ、熱は高いが、手当てをすれば助かるだろう。 その提案を嫌がった子は、一人もいなかった。それどころか、みんなが両手をあげて賛成の意思を示す。 「うんっ、それで何をすればいい? おれ、ゆっくりなら薪だって割れるよ」 まっさきにそう言ったのは、エースだった。 「あたし、薪を運ぶーっ!」 「ぼくも、ぼくも、できるーっ」 その光景を、レナは目を丸くして見ていた。 (……いえ、違うわ) 一度そう思ってから、レナは自分の考えを打ち消す。 神父の言葉をきっかけに、子供達は忙しく働き始めた――。 「お湯をもっと沸かしておくれ! 薪をどんどん燃やして、部屋を暖めないと。先の分は後で何とかするから、どんどん薪を作っておくれ。 目の回るような忙しさの中、てきぱきと指示を下しているのは神父だった。 緊急時には頼りがいのあるリーダーとして、周囲の者に的確な指示を出すぐらい朝飯前である。 特に、エースの頑張りはレナの予想以上だった。ジャックが帰ってきたとはいえ、回復魔法の使えるジャックは神父と共に倒れた子供の手当てに回ってしまい、力仕事をやる余裕まではない。 最年長の少年がエースな事実は変わらないのだ。 たとえば、薪割りだ。 エースが怪我をしてからというもののレナ一人で割っていたため、あまり量は作れなかった。 レナは薪割りとはしっかりと立って、両手で斧を目一杯降り下ろして割るものだと思い込んでいた。そのやり方だとすぐに疲れてしまって、そう多くはできないのだ。 身体を安定させるため切り株に座りながらになるが、薪を割る作業ははっきりいってレナよりも巧い。 前は、エースも立って、斧を使って薪を割っていた。だが、足を痛めた後、エースはずっと違う形でも手伝えるようにと考えていたに違いない。 自分が役立てるのが嬉しいのか、熱心に働いているのはエースだけではない。小さな子供達も、自分にできる目一杯の力で、一生懸命頑張っている。 総合的に見れば、レナがほとんど一人でやるよりもずっと多くの作業が、進んでいく。 子供達は持てる分だけの薪やら水やらを運んだり、神父に言いつけられた物をきちんと探してくる。 釣瓶を落としては水を汲み上げる作業を繰り返しながら、まるで奇跡が起きたようだとレナは思う。 「あれー? なんで今頃、木なんか切っているんだい? まさか、今からツリーの支度とか?」 ちょっと呑気な男の声には、どこか聞き覚えがあった。 「っていうか、あの枯れ木のどこがツリーに見えるわけ? あんたの目って、相変わらず節穴よねー」 ガヤガヤと、まとまった人間がこちらに歩いて来るのを見て、レナは大きく目を見張った。 「うそっ、カーロ兄さんっ!? ソータお姉ちゃんも、それにロワにピックにリガス、ゾケルやミーレス……!? みんな、いったいどうしたの!?」 やってきたのは、みんなこの孤児院出身の先輩達ばかりだった。何年も会っていないはずの彼らは、にこやかに挨拶してくる。 「そりゃあ、里帰りに決まっているだろ。メリークリスマス……って言いたいところだけど、なんだか大変みたいだな。 教会は、一気に賑やかになった。 レナよりも年上の女性が、何人もいた。 「あんた達はよく頑張ったわ。さ、交替するわよ! 今度はあたし達が頑張るから、あんた達はしっかりとご飯を食べて、眠りなさい。クリスマス・イヴに夜更かしする子供は、サンタクロースに嫌われるんだから」 姉御肌のソータを始めとした女性陣は、レナの作った料理を温め直した上に、持参してきた料理も少し付け加えて、子供達に食べさせていく。 からっぽ近くなった薪小屋を見て、ついでだから薪を集めてくると、夜の暗さもものともせずに数人で森に向かっていく。 「さ、レナ、あんたもいいから休んでおいで。あんたは少し頑張り過ぎみたいね、たまには早めに寝た方が美容にもいいわよ」 レナまでもが、小さな子供のようにゆっくりと休めるなんてそれこそ何年ぶりのことだろう。 「ジャックも疲れているだろうに、休ませてあげられなくてすまないね。 神父の言葉に、ジャックは力強く頷いた。 「はい、神父様。オレなら、全然平気ですから」 みんなの手前、詳しい容体を言うのを避けたものの、この少年がひどく衰弱していていることはジャックにでさえ見て取れる。 「ところで、この子はなんて名前なんだい? この辺の子ではないようだが……」 やっと手当てに一段落が付いた頃、神父がそう質問する。 「いや、オレも知らないんです。ほら、遺跡があるでしょう、あそこで倒れていたんですよ。オレは、この教会の新入りかな〜と思ってたんですけど」 と、言いながらも、今となってはジャックも、それはまずありえないだろうと思い直していた。 旅のせいで薄汚れているとはいえ、この少年の着ている服はそんじょそこらの村の子が着るような服ではない。 親に捨てられるような育ちの子とは、訳が違う。 「……ィ……ダイ……ッ」 ひどく辛そうに見えるのは、熱に浮かされているという理由だけではないだろう。何度も繰り返して呼ぶ名前に、何の意味があるのかは分からない。 なかなか熱が引かず気を揉まされたが、少年の容体がようやく落ち着いたのは夜明け近くまでかかった――。
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