『緑の服のサンタクロース ー後編ー』 |
「すっげえー。魔法みたいだよな、これって」 翌日、目をあんぐりと開けてジャックがそう言ったのは、夕方近くになってからだった。もっともその大寝坊を、誰も咎めたりはしなかった。 他人の寝坊には人一倍うるさいタチのレナにしても、数年振りに寝過ごした朝だった。 一晩、ぐっすり眠って、起きてみたら劇的に周囲が変わっている――まさか、そんな子供の頃の夢が実現するだなんて、ジャックにしてもレナにしても、思ってもみなかった。 聖堂は、一気に華やいでいた。 今一歩汚れていた部分も綺麗に掃除され、見違える程変わって見える。 台所の方から賑やかな声が聞こえると同時に、美味しそうな匂いがぷんぷんと漂ってくるのは、女性陣の活躍ゆえだろう。 そして、男連中は薪小屋を満杯にしようとせっせと薪を割ったり、あちこち補修が必要な場所を修繕したりするのに忙しい。 昨日降った雪を雪かきしつつ雪だるまを作っている姿は実に楽しそうで、見ている方まで嬉しくなる。 だが、彼らは朝、起きた時に一人残らずさまざまなプレゼントを枕元の靴下の中に見つけた。 「ホントよね……あたしも、びっくりしちゃった。だって、急にみんなが孤児院に帰ってきてくれたんだもの。何の連絡もなしでよ、信じられる?」 レナの驚きや喜びは、ジャックにも理解出来る。 生活に追われてなのか、それとも約束自体を忘れてしまったからなのか……いずれにせよ、寂しい話だ。 この孤児院の存続が危ないと聞いて、ここを巣立っていった者達ができる限りの援助を持って、駆けつけてきてくれたのだ。 だが、一人一人ができる限りの物を持ち寄り、わずかでも寄付金を持ってきてくれた。それを合計すると、ちょっとした金額にはなったし、楽しいクリスマスを過ごすには十分な支度もできた。 この先もずっと存続するのは無理でも、クリスマスを無事に過ごして新年をこの教会で迎えられる。 この教会が財政的に立ち行かなくなった時、ダメで元々と神父は国に援助を申し入れた。 だが、これで少しは希望が出てきた。 「でもよ、こんなにいっぱいの人が帰ってくるんだったら……オレなんか帰ってこなくっても、よかったかもな」 「なに言ってるのよ。あたしは――ジャックが帰って来てくれて、嬉しかったわ」 彼が帰ってきた時に一瞬だけ思った不満を棚に上げ、レナはきっぱりとそう言った。それは、まんざら口先ばかりの言葉でもない。 あの、最低のクリスマス。 「そ、そうか?」 レナの言葉一つで、ジャックの表情が面白いほど現金に変わる。 「それにしても、よかった……。オレもおまえに会った時、嬉しかったよ。おまえがシスターになってなくってさ」 照れくさそうに、ジャックはレナの赤毛に触れる。 理由は一つ……シスターならば、教会の一員としていつまでもここにいられるからだ。今のままでは所詮レナは、臨時手伝いのままだ。 だからこそ成年と認められる17才になると同時に、レナは正式なシスターになるための誓願を立てたいと神父に申し入れた。 普段は子供達が自主的に願うことは、甘やかしすぎなぐらいなんでも受け入れてくれる神父が、その時だけは断固として頷かなかった。 神に仕えるということは、世俗の幸せを捨てるということだから、と。もちろん、その中でしか見つけられない幸せや、人生の支えを得ることが出来る。 (神父様は、このことを知ってらっしゃったのかしら?) 前より逞しく成長したジャックを目の前にして、初めてレナは神の花嫁にならなくてよかったと思った。 髪を撫でていたジャックの手が、自然にレナの背に回り、抱きしめようとする。それを感じ取りながらも、特に抵抗しなかったレナだが――ここぞという時に、子供特有の甲高い声が聞こえてきた。 「ねえ、ねえ、レナお姉ちゃん! サンタさんのお洋服、かわいたよー」 「きゃっ!?」 「わわわっ!?」 途端に、二人は弾かれたようにパッと左右に散る。……別に、そこまで大袈裟に離れる必要はないのだが、咄嗟の時には、人間はついつい本能的に行動してしまうものらしい。 「? どしたの、ジャック兄ちゃん?」 「姉ちゃんも、顔、まっかだよー? なんで?」 無邪気な子供達が不思議そうに首を捻る後ろで、一人だけニヤニヤと笑っているのは松葉杖をついているエースだった。 「い、いやぁ、なんでもないって。で、その、サンタさんの服ってなんだ?」 うわずった声で、それでもなんとか話を逸らそうとするジャックの言葉に、フィオーリがきちんと畳んだ緑色の旅人の服を差し出した。 「緑の服じゃ、サンタって言えないと思うけどなー」 と、ちょっと小生意気そうに言うエースに比べ、他の子供達は純朴だった。 「でも、クリスマス・イヴに来たんだよ! それに、あのお兄ちゃんが来てからいっぱいっぱい、いいことあったんだし!」 「そーだよぉ! ね、サンタさん、元気になった?」 口々に昨日の少年を心配する子供達に、頷いたのはレナだった。 「ええ、あの子はもう元気になったわよ。パーティにも参加できるって、神父様が言っていたわ。 それは、この上なく楽しい夜だった。 集まった大人達も、孤児院の子供達も、誰もが心から楽しんだ夜になった。 ただ、さすがに病み上がりのせいか時間が経つに連れ、顔色が悪くなっていくのは否めない。 「すんません、なにからなにまで面倒かけちゃって……」 「なに、気にすることはないよ、困った時はお互い様と言うだろう? 「そういや、お礼言いそびれてたけど、あんたがおれを発見してくれたんだって? ありがとうな、おかげで命拾いしたよ」 ちょっとふらついてはいるものの、少年は割に元気だった。ジャックの手を借りるまでもなく、ちゃんと歩いている。 「いや、お礼を言うのはこっちだよ。ちょうど、教会に帰ろうにも帰れなくって参っていたところだったからさ。 (いや、オレってば何、マジで子供に人生相談しているんだろ?) と、一瞬思ったものの、言ってみたくてたまらなかった言葉はそうそう簡単には止まらない。 「もう、この先どうしていいか、頭が痛いよ。いい仕事ってのはないもんかねー」 ジャックにしてみれば、本気で聞いたつもりはなかった。 「回復魔法が使えて、そこそこ力もあるんだったら……兵士なんてどうかな?」 「兵士? 僧侶じゃなくて?」 少年のあげた職業の意外さに、ジャックは思わず聞き返す。 驚いたことに、少年はジャックでさえ知らないようなことをすらすらと教えてくれる。 その件では、ジャックは今までさんざん苦汁を嘗めてきた。仕事につきたくても、家を借りたくても、ジャックが孤児だというだけで拒否する者はうんざりするほど多かった。 だが、少年はあっさりと首を横に振る。 「そりゃ、そういう国もあるけど、パプニカ王国なら大丈夫だろ。基本、上の方の人間からして実力主義だし、第一、今は空前絶後の人手不足なんだからさ」 やけに詳しそうにそう言ってのける少年の知識に、ジャックは驚かずにはいられない。 なぜ、こんな年若い少年がそんなことを知っているのか不思議だが、ただの当てずっぽうとは思えない説得力があった。 「それに、兵士になって辺境の警備を希望すれば、うまくすれば出身地の近くに配属される可能性も高い。 「あ、それ、いい!」 と、思わずそう答えた段階で、ジャックはほぼその気になっていたと言っていい。 「そうだよなー、ダメ元でチャレンジしてみるかな! なんとか金を貯めて、エースやフィオーリを治してやりたいし」 それは、孤児院に戻ってきてすぐ、ジャックの胸に新たに生まれた野望だった。 ただ、そのためには少なくはない謝礼金やら旅費やらその他諸々が必須だろう。一文無し近いジャックからみれば、それは広大な山のごとく高い目標ではあったが、それでもわずかでも希望があるのなら、登る気だった。 「エースって、あの足の悪い子だろ。それに、あの女の子も……」 少年は、再び何かを考え込むように俯く。それを、ジャックは彼の気分が優れないせいだと思い、ベッドへと寝かし付けて毛布をかけてやる。 「あ、具合悪いのに長話なんかして、疲れさせて悪かったな。 少年の部屋を出てから、ジャックは彼の名前を聞き忘れたことに気がついた。 (ま、明日にでも聞けばいいか) そう思って、そのままジャックは再び、パーティ会場へと戻っていった。 翌日、レナはいつもよりも早起きした。 ましてや昨日は珍しくたっぷり寝たせいも手伝って、自然に目が早く覚めた。 起きてすぐに礼拝堂に祈りを捧げに行く神父の習慣に合わせて、レナは朝一番にそこの掃除をする習慣がある。 そう思ったのだが、意外にも礼拝堂は綺麗に片付いていた。どうやら、昨日のパーティ直後に先輩達はまとめて大掃除もしてくれたらしい。 それに感謝しつつ、それでも一通りいつもの手順で掃除を始めたのは、もはや習性としかいいようがない。 「う……そ……っ!?」 寄進箱の中に入っていたのは、数枚の金貨だった。 『本当にどうもありがとう。挨拶もしないまま旅立って、すみません。 (な、なにこれ、なにこれっ!? 金貨なんて初めて見たわっ、これだけあれば2、3ヵ月は暮らせる――って、そんなこと考えてる場合じゃないわっ) ホウキをほったらかしにして、レナはダッシュでみんながいる方へと走り出す。 「ちょっと、誰かーっ。誰か、あの子を知らないっ!?」 そう声を掛けながら、レナが真っ先に飛び込んだのはあの少年が寝ているはずの客間だった。 彼の荷物もなくなっているし、きちんと毛布が隅の方に畳んである。それは、少年がちょっと席を外したのではないことを示している。 「なんだ、なんだ、レナ!? あの子が、どうかしたのか?」 駆けつけてきたジャックや神父も、空になったベッドや彼が残していった手紙や金貨を見て、心配そうに顔を見合わせる。 「たっ、大変だよっ、レナお姉ちゃんっ。エースがっ、エースがね……っ」 駆けつけてきた子供が息を切らしてそう言い終わる前に、後から来た子供が急き込んで言い放つ。 「それより、フィオーリだよっ! お姉ちゃんも、神父様もすぐ来て!」 エースやフィオーリに何かあったのか――顔色を変えて駆けつけた大人達が見たものは、松葉杖を放り投げて一人で歩いているエースと、嬉しそうに何度も鏡を覗き込んでいるフィオーリの姿だった。 彼女の顔を半分台無しにしていた火傷の痕は、跡形もなく消えている。今の彼女を見て、昨日の顔を思い出す方が難しいぐらいだ。 誰もが心から望み、だが、そう簡単には叶わないだろうと思っていた願いは、たった一夜で夢のように叶っていた。 「そんな……嘘みたい。奇跡って、こんなにも続くものなの?」 だが、レナの言った『奇跡』は、その後もまだ続いた。 定期的な収入源が確保できたおかげで、孤児院の存続が決まった。 その奇跡に気をよくしたのか、ジャックは大恩あるパプニカ王国に恩返しできるように近衛兵を目指すだなんて、さらに大きな奇跡を目指し始めた。 クリスマスの日に起きた、『奇跡』の数々。それに、どのくらいあの少年の存在が関わっているのかは定かではないが、孤児院の子供達は今は、全員が一つのことを信じている。 サンタクロースは本当にいて、緑色の服を着ているのだと――。 《後書き》 サイト三年目のクリスマス話で〜す! …と言っても、主人公達ではなくオリキャラ満載なのですが(笑) これは去年のクリスマス話、『空っぽの腕』と『とある兵士の物語』のサイドストーリーに当たるお話です。 |