『騎士の想い、彼女の願い ー前編ー』

  
 

 壁の華。
 それはパーティには本来あってはならぬものなのに、必ず発生するものだった。
 本来ならばパーティでは、女性は下にもおかぬ扱いで持てはやされ、丁重に扱われてしかるべきなのだが、その例から漏れる娘というのは必ずいるものだ。

 楽しむためにきたはずのパーティで、誰からも声を掛けられることなく、忘れられたように壁際にぽつんと佇んでいるだけの女性。

 それを、壁の華と呼ぶ。
 美しいドレスが壁を彩る華のように見えることから俗にそう呼ばれるのだと、前に誰かから聞いたことをマァムは思い出していた。

(それなら私は、華というより雑草かしらね?)

 自嘲するわけでなく、ただ単なる感想としてマァムは自分と周囲の女性達を見比べてそう思う。
 パーティに参加する女性は、年齢にかかわらず色鮮やかなドレスを身にまとい、きらびやかな宝石で身を輝かせるものだが、マァムは違う。

 マァムが着ているのは、銀糸の織り込まれた白装束……騎士としての盛装だ。髪を後ろで緩く結んだ髪形も、侍従がよくやるものであり、言わば男装のようなものだ。
 公的な場に出る際は、マァムは常にこの格好で出席することを選ぶ。

 マァムは他の娘達と違い、良家の令嬢として結婚相手を探すためにパーティに出席しているわけではない。
 カール王国に隣接する広大な自治領の領主としての義務として、否応なく参加しているだけだ。

 ロモスの大貴族の主催するパーティなだけに、地元というしがらみのあるマァムは参加を断れなかった。
 当然、結婚の意思などないから余分な騒動を避けるためにドレスを着ず、男装のままでできるだけ控え目に過ごすのが常だ。

 男女問わずにマァムにダンスを申し込む人の数は多いが、今となっては彼女はすべての誘いを断っているし、自分からも特に誘いをかけることはない。
 その結果、壁の華になるのは当然というものだろう。
 だが、マァムはその結果に満足していた――。







「よっ、マァム。楽しんでいるか……って、わけないか」

 と、気安い調子で声を掛けてきたのは、新緑の法衣を身にまとった少年――ポップだった。

「ポップ。あなたも来ていたの?」

 思いがけない、だが嬉しい再会に、マァムは自然に笑みを浮かべる。

「まあな、姫さんとダイの付き合いでさ。でも、やっぱパーティって疲れるよな〜」

 賢者としての盛装をしたポップもまた、中性として扱われ男女問わずに誘いを受ける立場ではあるが、誘いを片っ端から断る点ではマァムと同じだ。
 ポップはマァムよりもずっと社交的で、パーティでの振る舞いもずっと慣れてはいるものの、基本はマァムと大差がない。

 どうしても外せない用事のあるパーティ以外はまず参加しないし、パーティで結婚相手を探すこともない。
 壁の華の立場に甘んじながら、二人が眺めているのはこのパーティの主賓とも呼べる二人の姿だった。

 フロアの中央で、周囲の注目を浴びながら踊っている一組の男女。恋人と呼ぶにはあまりに若い、十代前半ほどの年頃の二人だった。
 男性のリードが頼りないせいでどこかぎこちのないダンスは、おままごとをしているかのようで、見ていて微笑ましい。

 世界を救った勇者と、彼に助けられたお姫様のダンスを、誰もが好意的な眼差しで見守り、祝福している。
 だが、それを誰よりも喜んで見つめているという点にかけては、ポップとマァムを上回るものはいないだろう。

 ――この光景こそがポップとマァムが心から望み、実現させるために全力を尽くしてきたものだ。
 大切な仲間であるダイとレオナが、互いの想いのままに結ばれる未来を、二人は願う。 だが……今のところ理想にはほんの一歩、届いちゃいなかった。

「ポップーッ、なんでそんな隅っこにいるんだよ?」

 ダンスが終わった途端、ダイは義務がやっと終わったとばかりにポップの元に飛んで来る。
 ダンスが終わったのなら、男性はパートナーの女性を気遣い、カクテルなどの飲み物などを薦めたり休ませたりするものだという常識は、まだ身に備わっていないらしい。

 もっとも、レオナもそんなダイの行動を咎めることなく、彼と一緒にこちらに歩いて来る。

「ホント、こんなところにいないで、少し踊ってきたら? ポップ君になら、踊りを申し込む『男』はいくらでもいるんじゃない?」

 にこやかに言っているレオナだが、『男』の一言を強調する辺り、からかっているとしか思えない。
 ポップの方はそれに露骨に顔をしかめるが、ダイはまともに受け止めた。

「じゃあ、おれと踊ろうよ、ポップ!」

「アホかっ、おまえはっ!? 男同士では踊らないもんなんだって、何度言ったら覚えやがるんだっ!?」

「いいじゃない、ポップ君は『賢者』なんだし。別に男女どっちと踊っても、問題はでないでしょ? ね、それなら久々にあたしと踊ってよ、ポップ君」

「あっ、レオナ、抜け駆けはずるいや!」

 恋人と見るにはまだまだ早い、友達同士のじゃれ合いのような雰囲気をみせるダイ達に、マァムは苦笑せずにはいられない。
 でも、これはこれで、望んだ光景の一つだ。

 マァムにとって大切な仲間達……ダイやポップ、レオナが幸せそうに笑っていられるのなら、それ以上望むものはない。
 そんな風に考えていたマァムのすぐ近くに、スッと近付いてきた人影があった。

「失礼ですが、これをお受け取り願えませんか?」

 丁寧にかけられた声は、思いがけないぐらい張りがあってよく通る。
 その声に気がついたのか近くにいたダイ達ばかりでなく、周辺の人間からの視線が集まった。

 マァムに声を掛けてきたのは、長身の美青年だった。
 着ている服はマァムと同じく、騎士としての盛装。ごく淡い水色の髪やそれよりも少し濃い色の瞳は、北方の血を引いていると一目で分かるものだ。

 殊更人目に立つように、わざと目立つしぐさで白い手袋をスッと引き抜いた青年は、それを白薔薇のブーケに添えてマァムに渡した。

「え、どうも?」

 意表を突かれて思わず受け取ってしまったものの、意味が分からずにきょとんとした顔を向けるマァムに対して、青年は一礼した。

「本来の作法ならば、これは叩きつけねばならないところなのですが、女性に対してそれはあまりに非礼というもの。変則的な渡し方となった不作法は、お許し願えますか」

「……!」

 花と一緒に手にしてしまった、白い手袋をマァムはハッとして見つめる。
 手袋を相手に叩きつけるという動作は、騎士にとっては無視しきれない意味がある。
 それは、古来より伝わる決闘の申し込みに他ならない。
 果たして、青年は堂々とした口調で口上を述べた。

「申し遅れましたが、我が名はフランツ・アインホルン。
 リンガイア王に仕える騎士です。
 カール自由騎士マァム殿。貴殿に、決闘を申し込ませて頂きたい」

 その宣言に、パーティ会場がざわりと揺れる。
 ただの壁の花から、一気にパーティの中心の舞台に引き上げられたような感覚に、マァムは目まいを覚えた――。







「なんなんだよっ、あの気障野郎はっ!? ったく、人前であんな派手な申し出をしてきやがるとはどんだけ目立ちたがり屋なんだよ、まったく!」

 パーティが終わった後。
 賓客の逗留のために割り当てられた客間で、腹を立てまくってそう怒鳴っているのはポップだった。

 本来なら、ダイやレオナ、ポップにマァムはそれぞれ別の客間を与えられているのだが、さっきの衝撃的な出来事の相談のためにみんなで一室に集まっている。
 着替えもそっちのけで、ぷんすかと腹を立てまくっているポップに対して、レオナは冷静にツッコみをいれた。

「でも、決闘の申し込みなら、普通は人前で派手に行うものよ。秘密裏に申し込んで、うやむやにされるのを防ぐためにね」

 普段のポップなら、レオナの冷静、かつ的確な助言で落ち着きを取り戻すことが多い。が、今は火に油を注ぐようなものだった。

「冗談じゃねえよ! だからって、あんなやり方は騙し討ちみたいなもんじゃねえか! 逃げられない状況をいきなり作り出しやがって!」

 変則的とはいえ、マァムは相手からの手袋を受け取ってしまった。
 それは即ち、決闘を了承したということ。
 騎士として、一度受けた決闘を断ることなどできるはずがない。そんな真似をすれば騎士失格の烙印を押され、資格を剥奪されるだけだ。

 花束をそっちのけで、白い手袋を手にして考えこんでいるマァムに向かって、ポップは声を張り上げて宣言する。

「あんな卑怯な手で決闘を申し込む奴なんか、おまえが相手をすることはねえ、おれが変わってやるよ! あんな奴なんか、メドローアでぶっ消してやるっ!」

 騎士が決闘を正式に受けた場合、それから逃げることは許されないが、代理人を立てることは許される。
 許されはするのだが――。

「ポップ〜……。騎士の決闘に魔法使いが混ざるのって、あんまりよくないと思うんだけど」

 ダイが首を傾げながらも、反対をする。
 騎士が決闘を受ける際、どのような武器を使用するかの選択権は、挑戦された側にある。
 その際、特別のことがない限り、五分の条件で武器を選択するのが決まりだ。
 騎士と魔法使いが決闘してはならないという決まりはないとはいえ、魔法が使えない騎士に魔法使いが挑むのは、どうみても公平な勝負とは言えないだろう。

「それぐらいなら、おれが変わろうか?」

「バカかっ、おまえはっ!? 騎士同士の決闘に勇者がしゃしゃり出るだなんて、おれが出る以上に反則だろうがっ!」

「あ、ポップだって、やっぱり自分が出るのって反則だって思ってたんじゃないか!」

 ぎゃあぎゃあと言い争いを開始しだしたダイとポップを呆れた目で一瞥し、レオナはマァムに向き直った。

「それで、マァム。あなたは、どう考えているの? この決闘を、受ける? それとも断りたい? 
 どちらにせよ、あたしにできることがあるなら協力するわよ」

 王女と言う立場ながら国を実際に治めているレオナの政治力は、非常に強い。リンガイア王に交渉を持ち掛け、この決闘を取り消させることぐらいは、できないこともないだろう。

 だが、それは他国への干渉にあたり、相当の苦労や微妙な駆け引きを必要とされるものになる。
 だからこそ、そんな面倒なことを進んで自分からやってもいいと言ってくれるレオナの友情に、感謝をせずにはいられない。

「ありがとう、レオナ。……でも、これは私の問題だし、私が解決してみるわ」

 自立精神の強いマァムならではの答えに、レオナはまるでその答えが分かっていたとばかりの静かな笑みを浮かべる。

「……あなたらしいわね。分かったわ、それなら健闘を祈るわ」

 いち早く静観の意思表示を示すレオナに比べて、ポップの方は全く落ち着きと言うものに欠けている。

「そんなこと呑気な言っている場合か!? あんな奴、なんならこれから闇討ちをかけたって――」

 などと物騒な意見を口走るポップを遮ったのは、ダイだった。

「あれ? 誰か、来たよ」

 気配を察する力が強い上、耳がいいダイには廊下を歩く足音を聞き取るのはたやすいようだ。
 ダイの言葉が終わるか終わらないかの頃、扉をノックする音が聞こえる。

「なんだよ、今、取り込み中……って、ええっ!?」

 一番ドアの近くにいたポップが苛立たしげに開け、びっくりして後ずさる。
 そこにいたのは、今、噂しまくっていた当の相手、フランツだった。

「なっ、なんなんだっ、おまえはっ!? 何しに来やがった、闇討ちかっ!?」

 動揺したポップがそう口走る後ろで、ダイが「昼間でも闇討ちって言うのかな?」と、無邪気に首を傾げている。
 もっとも、戸惑っているのはフランツも同じだった。

「闇討ち? なんのことですか、私はただ、マァムさんがこちらにいらっしゃると聞いて、お尋ねしたのですが」

「はい、私ならここにいますが」

 マァムがドアの方に近付くのを見て、フランツは破顔した。

「急にお尋ねして、申し訳ありません。
 本来なら、従者を寄越して決闘の日程や予定を決める方が礼儀かと思いましたが、敢えてまかり越させていただきました」

 そこで一呼吸置いたのは、果たして計算なのか。
 どちらにせよ、フランツは真正面からマァムを見つめて、きっぱりと言った。

「貴女に、お会いしたくて」

「え……?」

 意外な言葉に、マァムはきょとんとするばかりだ。そんな彼女に対して、フランツはまるで貴婦人に対する様な仕草で、恭しく一礼した。

「よろしければ、一緒に庭を散歩してはいただけませんか。少し、あなたに話したいことがあります」






     


 貴族の庭園には、例外なく花壇が存在する。
 庭を楽しむのも、貴族の楽しみの一つ。それだけに、ガーデニングに贅を凝らし、整えるのはごく当たり前のことだ。

 だが、素朴な村で生まれ育ったマァムには、きちんと刈り込まれ、整えられた庭はよそゆきすぎてどうにも落ち着かない。
 もちろん綺麗だとは思うのだが、自然の草花とは大きく違う花壇の花々は、どうも自分には合わないような気がするのだ。

(これなら、魔の森を散歩する方が気楽ね)

 年頃の娘らしからぬことを考えながら、マァムはフランツと共にゆっくりと庭園を巡る。 自分から誘ったくせに、フランツはなかなか話を切り出そうとはしなかった。足取りも女性に合わせようとしているのか、やけにゆっくりとしたものだ。

 それに、せっかく花も盛りと咲き誇っている花壇を、ろくに見ようともしてはいない。マァムの方ばかりを見ている視線が、なんだか気になる。

 と言っても、睨まれているとか、敵意を込めた視線と言うわけではない。眩いものを見つめるかのような視線……どこかで見たことのある様なその目が、胸騒ぎを呼び起こす。 気まずさを払拭したくて、マァムは自分から声を掛けた。

「あの……あなたは、なぜ私に決闘を挑んだんですか?」

 それは、マァムが自分に決闘を挑む騎士に向かって、必ず聞く質問だった。
 今のマァムは、ただの村娘でも勇者一行の武闘家でもない。
 最高位に位置する騎士。

 一国に匹敵する領土と、そこに住まう領民を倒置するべき立場にいる領主だ。それを自覚しているからこそ、マァムは決闘相手に対しては慎重になる。
 決闘相手の中には――というよりは、大半以上が、さしたる目的意識もなく地位を望む者だった。

 だが、仮にも現領主としては、領民に迷惑をかけるだけの後継者など認めるわけにはいかない。
 決闘相手と躊躇なく戦うために、相手の意思を知りたいと思う。

「まず、騎士として最高峰の地位を得るためです。騎士を志した時から、どうせ目指すのなら最高の物を目指したいと考えておりましたので。
 山は高ければ高いほど、攻略のしがいがあるというものです」

 自信に満ちた張りのある声でそう言った後、フランツはカール自治領に対する抱負や意見を述べる。それらに受け答えしながら、マァムは彼の思慮深さや動機に、感心を覚えてしまう。

 ポップやレオナを助けるため――マァムの騎士になりたかった目的は、それだった。その意味では、もう目的は果たされている。
 持ち前の責任感から途中で投げ出すこともできずに領主の座を預かってはいるものの、マァムは正直それに執着はしていない。

 それに相応しい領主候補が現れたのならば、自分から進んで譲ってもいいとさえ思っていた。
 その意味では、この青年は条件に見事に適っている。

 確かに野心家であり、多少の策略を使う人間ではありそうだが、それは宮廷に生きる人間としては欠点とは言えないことを今のマァムは知っている。

 レオナやポップが策略を駆使して政治を望む方向へと進めている姿を、凄いとか、なんて努力しているんだろうと称賛こそすれ、それが悪いだなんて思わない。
 それと同様に、この青年の野心にも悪意は抱けなかった。

(……この人になら、後を任せてもいいのかもしれない)

 マァムがそう思い始めた時、フランツは足を止めた。それに合わせ、マァムもやはり足を止める。

「ですが、決闘を挑む最大の理由は別にあります。
 騎士としての最高の地位だけでなく、もう一つ欲しいものがあるからこそ、貴女に挑みたいと思いました」

 フランツの手が、ごく自然にマァムの手を取る。その仕草が余りにも自然で、警戒心を抱かせないものだっただけに、マァムは反応が遅れた。
 そんなマァムを、フランツは熱を帯びた目で見つめる。

「貴女ですよ、マァムさん。
 騎士としての貴女も美しいが、貴女が地位やしがらみから解き放たれ、一人の女性へと戻る姿を見てみたいと、心より望んでおりました」

「え……?」

 思ってもいなかった言葉に、マァムはきょとんと目を見張る。

「私の伴侶として、私の傍らから支えては頂けませんか?」

 愛の囁きとともに、フランツはゆっくりとマァムの手を捧げもち、その甲にそっと唇を当てる。

「私の求婚を受けてくださるのなら、決闘など取り下げましょう。女性に剣を向けるなど、本来は恥じるべきことなのですから。
 ですが――私はどうしても、貴女が欲しい。そのためになら貴女が騎士という立場であることさえ、よかったと思ってしまう。

 決闘という制度を利用し、戦うことで貴女が得られるというのなら、挑まずにはいられない……!
 強欲な男と、お笑いくださって結構です。ですが、これこそが私の本心――」

 熱烈なまでの、求婚の言葉。
 そこまで聞いて、ようやくマァムは思い当たる。
 自分を見つめる、熱っぽくも真剣な眼差し。それに見覚えがあるのも、道理だった。それは、いつか、バーンパレスでポップが見せた目にそっくりだった。

 マァムが好きだと、真正面から告白してきた時に見た、あの目に。
 一人の男が、異性として自分を求めてくれている。
 その事実にようやく思い当たり、マァムは遅ればせながらやっと頬を赤らめた――。


                                     《続く》
  

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