『騎士の想い、彼女の願い ー中編ー』

  
 

「わ……笑えるわけねえだろうがぁああっ! そんな条件……強欲っつーか、ド厚かましいわいっ! だいたい図々しいにも程があるだろうがっ! ちょっとばかり美形で背も高いと思って、色男ぶって調子に乗りやがって! 地位も欲しいし名誉も欲しけりゃ、嫁もついでに欲しいだとっ!? それもよりによってマァムを……っ、ふざけるのも大概にしやがれっ、あの気障ったれ野郎めがーっ!」

 怒髪天を突く。
 そんな言葉があるが、今のポップはまさにそんな勢いで腹を立てまくっていた。頭から湯気を立てそうな勢いで怒りまくり、檻の中の獣のごとく無意味にうろうろと歩き回っている。

「くそっ、メドローア……いや、そんなんじゃ物足りねえな、ベタンを最低でも5連発でかけた後で拡大版フィンガー・フレア・ボムズ……いや、調整をかければ氷系でもできるよな……」

 何やら物騒な計画を練っているのか、危ないセリフを口走りつつうろつくポップの後ろを、忠実な犬のごとくダイがうろうろとまとわりついているから、なおさら部屋が騒がしく感じる。

 もっとも、無駄にうるさい男どもと違い、女性陣はそれを気にする様子もなくソファに腰掛けている。
 特にレオナは、ダイとポップの騒動などは見事なまでにスルーして、ひどく嬉しそうに身を乗り出していた。

「うふふふっ、やるじゃなーい、彼ってばなかなかの策士よねー♪ 求婚を受けるなら、決闘はやめるけどマァムは彼の妻となる。
 で、マァムがそれを断るなら、古来からの作法の決闘に則り、マァムの財産ごとマァム自身を手に入れる……吟遊詩人の伝承歌みたいなロマンチック展開ね! 
 どうする、マァム? 頭が良くて、それでいて強引さも持ち合わせた男って、ポイント高いわよ〜。
 ついでに、地位と名誉も漏れなくついてくるし」

 まるで面白いお芝居を観劇しているがごとく、気楽に楽しんでいるレオナに対して、怒りに満ちたポップが突っ込みを入れる。

「姫さんっ、なに面白がっているんだよっ!? それどころじゃねえだろうっ!?」

「……と、言われてもねー。だって、求婚されたのはマァムだし、決闘を申し込まれたのも、マァムなのよ? なら、それをどうするか決める権利は、マァムにしかないわ。
 違う?」

 凛とした声を響かせるレオナの言葉に、ポップはぐうの音も出ない。
 いつもそうだが、彼女の言葉は見事なまでに違わずに真実を射ぬく。
 まさに、それは正論だ。

 マァムの人生がマァムのものである以上、その結論を出せるのは、彼女をおいて他にはいないだろう。
 その意味では、レオナは正しい。
 正しいのだが……。

「と言うわけで、外野にできることがないともなれば、せいぜい楽しむぐらいっきゃないじゃない?」

 だからと言って、ここまで気楽に割り切って楽しまれるのも、また問題がある様な気がしてならない。

(いやっ!! いやいやいやっ、前半はともかく後半はどこかおかしいだろっ、それっ!)

 全力でそう突っ込みたいのは山々だったが、辛うじてその言葉をポップが飲み込んだのは……生真面目に考え込んでいるマァムの反応が気になったからだ。

「あ、あのよー、マァム……? それで、どうする気、なんだよ?」

 おそるおそると言った調子で尋ねるポップの声に反応して、俯きがちに考え込んでいたマァムは、今、目が覚めた様に顔をあげた。

「そうね。……約束しちゃったんだし、決闘は受けないといけないわよね」

 それは、いかにもマァムらしい律義さだった。
 半ば無理やり押しつけられた条件付きの決闘など本来なら応じる義務もないだろうに、一度引き受けたことは最後までやりとげようとする気真面目さが、マァムにはある。

 その真面目さもまた、マァムの魅力だ。
 が……、そうとは分かっていても、マァムの選択はポップにとってはひどく落ち着かないものではあった。

 負けた時の条件を思えば、到底承服出来るものではない。――が、マァム本人が望んだ決断ならば、ポップはないがしろにはできない。

「そ、そうかよ……」
 なにやら物言いたげに、だが、それを無理やり押し込めたような複雑な表情で、黙りこんでしまった――。






 人の気配のない習練場で、剣と剣のぶつかりあう音が響き合う。
 それは、本物の剣ではない。
 稽古用の、刃を潰した模擬刀だ。もっとも、模擬刀と名はついていても、重さや大きさは本物の剣と変わらない。

 単に切れないだけであって、身体に当たれば打撲は免れない代物である。
 だが、二人の戦士――ダイとマァムは憶することなく、実戦さながらの気迫を込めて剣を振るっていた。

 一見、二人の勝負は互角に思える。
 だが、目のある者が見たのならば、徐々にダイの方が優勢になっているのを見抜いただろう。

 稽古を始めて以来、少しの息切れも起こしていないダイに対して、マァムの方は長引く程にスタミナを消費し、息が荒くなっていく。
 やがて、彼女が肩で息をし始めたのを見て、ダイは剣をダラリと下げて動きを止めた。

「マァム、ここで一休みしよう」

「ま、まだまだ、大丈夫よ……っ」

 強がるマァムに対して、ダイは優しく、だがきっぱりと首を横に振った。

「ううん、今はスタミナをつける訓練してるんじゃないし、疲れきっても意味ないよ。少し、休もうよ」

 重ねてのダイの勧めに、マァムはようやく構えていた剣を納めて座り込んだ。

 ダイの言葉は、正しい。
 今、行っている訓練は、魔王軍との戦いの中でよく行っていた、自分の力を底上げするための特訓ではない。
 実戦から遠ざかった勝負勘を取り戻すため、そして日常生活の中でいささか鈍った身体の動きを調整するための訓練だ。

 あくまで身体を慣らし、動きを滑らかにすることが目的である。
 だいたい、決闘の日は明日に迫っているのだ。疲れきってしまう程に身体に負担をかけては、それこそ本末転倒というものだ。

 言われるままに座り込んで初めて、マァムは自分の疲れを自覚する。すっかりと息が切れて肩で息をしているし、手もひどく重く感じる。
 考えてみれば、これほど長時間剣を振り続けたのなど、騎士になるための訓練を受けた時以来ではないだろうか。

(久々に筋肉痛になりそうね、これって)

 筋肉の強張りを取ろうと手首の辺りを軽く回しながら、マァムは改めてダイに感謝をする。
 決闘に備えて、訓練に付き合おうかと言い出してくれたのは、ダイの方だった。

 しかも、手加減をした肩慣らしの稽古の域を超え、かなり真剣に、実践的な模擬試合に何度も付き合ってくれている。
 それは、マァムにとっては非常にありがたい手助けだった。なにしろ、マァムは剣での戦いをそれほど得手とはしていないのだから。

 マァムは、騎士としてはそう弱い方ではない。実際、元々は僧侶戦士だけあって、剣もそこそこは使えるのだ。
 だが、自分の天性が剣にあるとはマァムは思ってはいなかった。

 マァムの強みは、素早い動きにこそある。
 腕力こそはそこそこレベルだが、瞬間的な速度で急所の見極めのできる動体視力と判断力が、マァムにはあった。

 それは、幼い頃からアバンにもらった魔弾銃を使ううちに、自然に身についた特質だ。
 魔弾銃は確かに特筆すべき珍しい武器ではあるが、その威力は詰めた呪文によって左右される。

 正直な話、ネイル村で一番の……そして、唯一の攻撃魔法の使い手だった長老の魔法は、そうたいした物ではなかった。
 使えるのはせいぜい初級呪文のものであり、魔法の攻撃だけで敵を倒せるような術は取得していなかった。

 そのため、マァムは常に弱い呪文を効果的に使うように工夫してきた。
 弱い威力の呪文でも確実に敵にダメージを与えるためには、狙い目を絞る必要がある。同じ理屈で、腕力こそはさほどではなくとも、絶妙のタイミングと場所を狙って攻撃すれば、敵を倒すことができる。

 その長所を、マァムは重視しようと思った。
 ダイのように強い武器を使えるように訓練し、攻撃力をあげる訓練をしようかと考えたことが、なかったでもない。

 だが、強力な武器という物は、総じて重量があるものだ。
 成長期の男子であり、どんどん腕力や筋力が上がっていくダイに比べて、女子であるマァムは肉体的成長はほぼ頭打ちだった。

 半端に武装を強めても、マァムにそれを支えるだけの筋力が備わるとは言い切れない。動きを鈍くしたところで、長所である速度を殺すだけ。
 自分の長所を最大限に活かすために武闘家に転職したマァムは、格段のレベルアップを遂げることに成功した。

 だが、それはよい結果ばかりをマァムに残したわけではない。
 ただでさえ多いとは言い兼ねた魔法力の最大量が減ったし、新たな呪文を覚えることも不可能になった。

 なにより、並の武器を装備すればかえって戦闘力を落とすという、武闘家特有の欠点を背負ってしまった。
 騎士となった今でも、武器の扱いを苦手とする傾向は変わっていない。

 それでも、元の戦力が常人をはるかに引き離しているだけに、普通の騎士や戦士と戦う際には不得手な剣の勝負でも勝つことができた。
 例えるなら、利き手を封じてわざと逆の手で戦う、ハンデ戦のようなものだ。

 だが、格下相手ならばともかく、実力が伯仲した相手ともなればそんな余裕をかまして勝つのは難しい。

 マァムの見たところ、あのフランツという騎士はかなりの使い手だ。
 自分では勝てるかどうか――そう悩むマァムの心を読み取ったかの様なタイミングで、ダイがポツンと呟いた。

「……あの男の人、かなり強いよ」

 珍しく眉間に皺を寄せているのは、ダイも不安を感じているからだろう。
 腕の立つ戦士ほど、相手の強さを計る力に長けるものだ。ましてや竜の騎士であるダイは、本能的といっていい鋭さで敵の戦力を計る能力を身に備えている。
 それだけに、マァムはダイの判断を聞きたいと思った。

「どのくらいかしら?」

「……おれはあの男の人と会ったのは初めてだけど、名前は知っているよ。前に、ヒュンケルから聞いたもん」

 近衛騎士隊長の任についているヒュンケルは、レオナやポップの護衛として他国に行く用事は多い。
 その際、他国との交流を図るため、騎士同士での合同訓練に加わることもしばしばある。他国の騎士と手合わせするのは、別に珍しいことではない。

「ヒュンケル、久しぶりに引き分けたって言ってた」

 言いにくそうに、ダイは言う。
 正義と邪悪、二人の両極端な師に育てられたヒュンケルは、本来は自由奔放な太刀使いを得意とする。

 それゆえにヒュンケルもまた、ルールに乗っ取った騎士として戦う時は、戦力が多少ダウンする。だが、それを差し引いて考えたとしても、騎士の模擬試合でヒュンケルと互角に戦える相手――それは、強さの目安としては十分過ぎるほどの情報だ。

 マァムも模擬試合に参戦したことがあるし、それに近い形での訓練で、何度もヒュンケルと対戦したことがある。
 だが、騎士としてのマァムは、到底ヒュンケルには及ばない。彼女は騎士戦でヒュンケルに勝つどころか、引き分けたことさえ一度もない。

 勝負は、算術の計算のように足し引きで勘定しきれるものではないと分かっていても、それは不吉な情報だった。
 ヒュンケルと引き分ける程の騎士に、マァムが勝てるとは思えない。

(……少し、考えが浅かったかしら)

 今になってから、マァムは少しばかり後悔を感じてしまう。
 勝てないかもしれない勝負を受けたことを、後悔しているのではない。負けた時に、相手の条件を受け入れられないと、最初から意思表示しなかった点についてだった。

 騎士として、また領主として、正々堂々と戦った末に負けたのなら、潔く領地を手放す決意はできている。
 だが、財産などいくら失ってもいいが、結婚などはマァムにとっては想定外もいいところだ。

 突然の求婚に動揺したせいもあり、マァムはとにかく勝ってから、断りをいれようと思っていた。
 元々、真正直なマァムは駆け引きをあまり得意としない。そんな彼女が、周到に仕組まれた付加条件を回避するのは難しい。

 それを可能とするのはただ一つ、マァムが戦いで勝利を収めることだった。
 どんな決闘であれ、勝者は自分の意思を押し通す権利を獲得する。それは勝者の当然の権利であり、負けた者の要求が却下されるのも自然な流れだ。

 だが、それを許されるのは勝利した時のみだ。
 負けた後になってから、実は最初から結婚する気などなかったなどと打ち明けるのは、ずいぶんと公平さを欠いた話だ。

 どうすればいいのかと悩むマァムだが、考えに集中しようにも、それを邪魔する声が聞こえてくる。

「だから、あんな奴の言うことなんか、最初っから聞くことなんかねえのによ〜。だいたい、マァムの奴は顔のいい男には昔っから弱すぎなんだよ……ったく」

 などと、不貞腐れきったような様子で、ブツクサと聞こえよがしな文句を言っているのはポップだった。

 マァムとダイが訓練すると聞いて、ポップもついてきたのはいいのだが、正直、戦士同士の模擬訓練で魔法使いの出来ることはない。
 ただ、単に見ているだけだった。

 二人が訓練している間は別に何も言わずに見ているだけで、邪魔になるような真似はしなかったのだが、休憩に入った途端コレである。
 マァムもムッとした表情を見せるし、おおらかなダイでさえ困ったような顔でたしなめにかかった。

「ポップ〜、それっていくらなんでも言い過ぎじゃないかなぁ?」

「フンだ、文句ぐらい言わせてくれたっていいだろ? 一番、言いたいことは我慢してんだからよ」

「一番言いたいこと? それって、何?」

「マァムが、勝つ方法だよ」

 ポップのその一言に、ダイもマァムもハッとした顔になる。
 ポップなら、それも可能だ。
 魔王軍との戦いの中、ポップの頭脳は幾度となく勇者一行を助けてくれた。見掛けによらぬ頭の良さを発揮して、ポップはいつだって起死回生の策を授けてくれた。

 わずかな力を活かして強大な敵に打ち勝つという点に関しては、ポップは明らかにマァム以上だ。

 実力が及ばない相手に対して、劣勢を跳ね返す策を捻り出すなど、ポップにとってはお手のものだ。
 それを誰よりも知っているダイは、パッと顔を輝かせて身を乗り出す。

「そっか! ポップなら、どう戦えばいいか、分かるんだね」

 無邪気に喜ぶダイに対し、ポップは珍しく、重々しく頷いた。

「ああ。
 おれには、どう戦えばあの気障野郎に勝てるかの策もあるし、勝てなかったとしても相手を言いくるめられる理屈もあるぜ。
 ――でもよ、そんなの言えねえだろ」

「え? なんで?」

 そう問い返したのはダイだが、まったく同じ言葉をマァムも脳裏に浮かべていた。
 ポップは、仲間のためにならいつでも力を貸してくれる。それはマァムにとっては、すでに信念とも言える強さで、胸に刻み込まれている。

 なのに、あえてポップが自分に手助けしない道を選ぶ理由が分からない。
 だが、その疑問はポップの次の言葉で氷解した。

「だってよ……おれは、見てきたからよ」

 ぽつんと、ポップが呟く。

「マァムが武闘家になるのも、その後、騎士になったのも、おれはずっと見てきたんだ。なら……それを否定するようなこと、できっこないだろ」

「? それ、どういう意味?」

 きょとんとした顔でダイが首を傾げるが、ポップの言葉はマァムの胸にはすんなりと染み通る。

(そう、よね。ポップは、いつも私を見ていてくれた……)

 武闘家になる前――まだ僧侶戦士だった頃、マァムは自分の力不足を感じていた。
 助けられてばかりの存在でいるのが申し訳なくて、誰かを助ける力を手に入れたいと思ったのだ。

 騎士になった時も、そうだ。
 ポップやレオナを助けるため……そのための力として、地位が欲しかった。
 今にして思えば、それに意味があったのかと考える時もある。魔王軍との戦いで、マァムは結局最後のバーンとの戦いでは役に立たなかった。

 無理を押してまで主戦力になろうとするよりも、エイミやメルル、レオナの様に最初からサポート役を目指していた方が、良かったかもしれないと思ったこともある。

 だが、それでもマァムは自分の力を、信じたいと思った。自分の出来る限りのことをしたいと思い、戦う道を選択してきたのだ。
 それを、ポップはずっと見てきてくれていた。

 反対しないで、とは言えないだろう。
 実際、最初にマァムが武闘家になろうとした時などは、ポップは拗ねまくって、不機嫌になっていた。
 だが、それでもポップはマァムに反対はしなかった。彼女の意思は妨げず、最終的にはいつだって応援してくれた。

 それが、どんなに心強かったか――。
 今も、そうだ。
 剣の稽古の相手をしてくれるダイと違って、ポップはただ、マァムを見ているだけだ。

 それが、どんなに辛くてもどかしいものなのか、マァムにはよく分かる。
 バーンと戦うダイとポップを、『瞳』の中から見ているだけしかなかったあの時の悔しさや辛さは、未だに忘れていない。

 ましてや、確実に相手を勝利に導く算段があるのなら、尚更だろう。
 にも拘らず、黙って自分を見ていてくれる……目立ちにくいが、そんなポップの優しさや協力が、マァムには嬉しかった。

「……ありがとう、ポップ」

「なんだよ、おれは別に礼を言われるようなことなんか、してねーよ」

 真摯に告げた礼に対してそんな憎まれ口をたたくものの、それはポップ特有の照れ隠しにすぎない。ダイはダイで、何が何だか分からないと言う表情できょとんとしているままだが、それも彼らしいと思う。
 だから、マァムは笑顔のままで続けた。

「あなたのおかげで、決心が固まったわ」

 吹っ切れたような表情が、マァムの顔に浮かんでいた――。


                                                        《続く》
  

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