『魔界での再会 ー後編ー』 |
必死に駆け寄ろうとした距離を、絶望的に遠く感じる。 「やっと、おれの名を呼びやがったな」 ニヤリと笑ったポップは、すぐに表情を引き締めて片手を高々と掲げた。 「あーあ、ここにいる連中はずいぶんと長く彷徨っているみたいだな。 からかうようなその口調には、どこかしら優しさが感じられる。 「器は地へ。 普段のお調子者ぶりが嘘のように、真剣な声で唱えられる魔法の言葉。
賢者のみが放つことのできる、非常に高いレベルでの聖なる魔法の輝き。 「彷徨える魂よ、浄化を受けよ! 叫ぶようなその声を上げた瞬間、ポップの周囲から立ち上ぼったのは、目には見えない炎だった。 その炎に焼かれた霊魂達は、声になりきってない声をもらす。 ここにいる死霊達は、この結界に呪縛された存在のはずだった。 だが、今のポップの呪文により、死霊達は真の意味での開放を迎えた。 大小の光の輝きが下から上へ――まるで地上から天に向かって降る雨のごとく、流れていく。 「……あ……」 呆然とその光景を見つめ――それから、ダイはゆっくりと、すぐ目の前にいる少年を見つめる。 だが、目を見張る様な成長を見せた親友を、信じられない様な思いで見つめずにはいられなかった。 ダイの知っている限り、ポップはずっと魔法使いだった。最後の最後で賢者の能力に目覚めたものの、それでもポップの基本は魔法使いであり、彼の能力は主に戦いのために特化したものだった。 だが、離れていた間にポップは、見違えるほどに成長した様だ。 「帰るぞ、ダイ!」 呆然と、ダイはポップを見上げた。 ポップが目の前にやってきて、ダイに救いの手を差し伸べてくれる。 ――だが、これは現実だった。 「……ダメだよ、ポップ。おれは、ここから出ちゃいけないんだ」 その言葉を口にするのは、恐ろしいほど勇気が必要だった。
それは、竜の騎士の記憶から得た知識だった。 長年に渡って積み重ねられてきた戦いの遺伝子の記憶は、ダイに正確な知識と最善手を授けた。 「この結界は、竜を封印するためのものなんだ……これを破ったりしたら……ヴェルザーも開放することになってしまう……! どんどん小さくなる言葉を、ポップは最後まで言わせてもくれなかった。 「ふざけんな! おれは、絶対におまえと一緒に帰るんだ!」 そう怒鳴るポップの姿には、見覚えがあった。 嬉しすぎて、襟首を掴まれたことすら気にもならない。 (あ。ポップ、小っちゃくなってる) ほとんど同じ目線で向き合って、ダイは真っ先にそう思い――すぐに自分の思い違いに気がつく。 かつて、いつも見上げていたはずの年上の親友が、自分とほぼ同じか、もしかすると小さくさえ見えることはダイには驚きだった。 「おまえと一緒じゃなきゃ、おれだって帰らねえよ。おれはここに来るためにっ! 姫さんを怒らせて、マァムとメルルを泣かせてまで来たんだからよ!」 ポップの口から飛び出してきた名前が、思いも寄らぬ強さでダイに郷愁を呼び起こす。普段、できるだけ思い出さない様にと気をつけているせいで薄れ掛けた仲間の女の子達を、思い出してしまう。 初めての人間の友達、気が強くって、とても頭がよく、頼りになるお姫様だったレオナ。 一緒に旅をするのが楽しかった、しっかり者で優しいマァム。 (……そういや、ポップって女の子に弱かったもんなぁ) 彼女達とのポップのやり取りを想像し、場違いと思いながらも少しおかしくなってしまう。 「あいつらだけじゃねえんだ、みんなを半分騙して、協力させて! 師匠のいいつけも、先生との約束だって破っちまったんだ、今更一人でのこのこと帰れるわけねえだろ?! 帰ったら帰ったで、説教フルコースが確約済みなんだよ! 腹立たしそうに言うポップの意見は、どう聞いても無茶苦茶だ。というか、すごくワガママだ。 あれからずいぶん経っているのに、それでも変わりのないポップの存在が震える程に嬉しい。 「首に縄をつけてでも、おめえを連れて帰るって。せめて、姫さんぐらいは引き受けてもらわねえとな」 「……ずるいよ、ポップ。それって、一番、大変なのを押しつけてる気がする〜」 思わず、当時のままの気分になって言い返した後で、ダイは気がついた。 結界の中心部分、やや小高くなったところに座する石でできた竜。 「この地に縛られた霊達を、解放したのはおまえか」 石のままなのにも関わず、ヴェルザーは目覚めた時は自由に喋ることができる。そして、どうやって見ているのか知らないが、ヴェルザーはポップのことを見つけたようだ。 「おまえは……人間、だな」 その言葉に、ビクンと身を強張らせたのはダイの方だった。 そのヴェルザーがポップに目を止め、興味を示すというのは不吉な兆候に思える。 「ああ、そうだよ。おれは、正真正銘の人間さ」 いかにもポップらしい軽口を、意外にもヴェルザーは気に入ったらしい。 「面白い。面白いぞ。まさか、魔界に生きたまま、しかも自ら望んでやってくる大馬鹿者がいようとはな。 「大馬鹿ねえ……まあ、その辺は否定しないけどよ」 大袈裟に肩を竦めて見せたポップは、敵意がないと示すかの様に軽く両手を広げて見せる。 「言っておくけど、おれはあんたとは戦うつもりもないし、そんな理由もないぜ。 「ほう? 天下の竜の騎士を大馬鹿呼ばわりするとはな……! 石であるはずのヴェルザーの身体が、揺らぎ始める。 (ここで切り札を吐きだすつもりか……!) 石になったとはいえ、ヴェルザーは決して無力ではない。魔力を駆使してバーンのもとに幻影を送ったり、配下であるキルバーンを生み出して結界の外に送り出すなどの力を持っている。 その力を使えば、ヴェルザーは石化の呪いを一時的とは言え振り払うことも可能だ。 ヴェルザーが全力を出して暴れたとしても、この結界を壊せない。 ヴェルザーは、ここが勝負所と判断したのだ。 「あらら、あちらさんはその気のようだぜ。こうなったらもう、逃げられるわきゃあねえな。 済ました顔でそう言うポップの意見が正しいのは、ダイにも分かっていた。 本気で戦いを挑んできた竜から逃げれる術など、ありはしない。 そんなことは、並外れた賢さを持っているポップには簡単に見抜けるし、計算もできるはずだ。 「ひどいや、ポップ。……それって、選択の意味、ないよ」 ポップを見捨てるという選択肢は、最初からダイの中にはない。そんなことは分かっているだろうに、無茶な選択肢をあえて口にするポップに対して、ちょっと拗ねてみたくなったのだ。 「何言ってんだ、あの時に人を問答無用で蹴り落としやがった癖に。選択の余地があるだけ、まだありがたいと思いやがれ」 (……ホント、ポップってワガママだよなぁ) そう思いながらも――少しも、悪い気はしなかった。 「……勝算は?」 その問いに、ポップは驚いた様に目を見張る。珍しく絶句したポップに対して、ダイは重ねて問いかける。 「何か、考えがあるんだろ、ポップ?」 驚きの表情が、みるみるうちに嬉しそうなものへと変わっていく。 「おうともよ! 勝てる算段もつけずに、こんな魔界くんだりまでいきあたりばったりに来るわけないだろ」 不敵な笑みが、ポップの顔に浮かぶ。 「安心しろ、おれ一人ならまだしも二人がかりなら、話は別だ。バーンに挑んだ時ぐらいの勝算ならあるぜ」 「うわっ、低っ?!」 と、思わず言ってしまうのは、あの時の戦いが恐ろしいまでに綱渡りを繰り返した上での、辛勝だったせいだ。 「大魔王を見事打ち倒した勇者様が、なに言ってやがる! それとも、確実に勝ち目が見えなきゃ、戦えないとでも言うつもりかよ?」 「まさか」 今度は、ダイの顔に笑いが浮かぶ番だった。
どんなに勝率が低かろうと、そんなのは問題にもならない。 と、それを見越していたかのように、ポップは背負っていた剣を外して、ダイの方へと軽く押しやる。 ずいぶんと久しぶりに手にする自分の剣は、驚く程しっくりと手に馴染んだ。まるで、自分の手の延長線であるかのように、自然にダイの手の中に収まる。 そして、誰よりも頼みにしている相棒が、すぐ隣にいる。
それは、ポップに向かってというよりも自分に向かって言い聞かせる言葉でもあった。 「必ず勝って……、そして、一緒に地上に帰ろう、ポップ」 あの時。 「おう、あったりまえだろ! おれとおまえは、今度こそ一緒にみんなのところに戻るんだ」 その言葉が、どれほど嬉しく聞こえることか。 《後書き》 でも、原作のあの悲しいラストシーン以来、ダイとポップが再会する話を見たくて見たくて堪らなくて、あれこれと考えまくっていたので、その一つを形にすることができて嬉しいですっ! |