『大魔道士の祝福 ー後編ー』 |
眩い太陽の光が部屋を明るく照らしだし、小鳥達が楽しげに囀る。 「あ〜〜っ、な、なんで、もうこんな時間……っ?!」 起きるなり、ショックを受けたように窓の外を睨みつけ、ふるふると震えているポップに向かって、マトリフは皮肉に声をかける。 「こんな時間と言いてえのは、オレの方だっつーの。まったく、たかがラリホーなんかで半日以上寝るだなんて、かけたオレの方がビックリだぜ。 そこは、ポップにとっては見慣れた部屋だった。 「それ以前に、あんな強力なラリホーなんてありかよっ?! ラリホーじゃなくて、ラリホーマじゃねえのかよ?」 よりによって、最弱なスライムと比べられた不満からポップが言い返すと、マトリフはからかい半分に手を上げて見せた。 「ほう? そりゃあ、全力のラリホーマをかけてもらいてえって意味か? そうだな、てめえはどうやら寝不足みてえだし、なんなら一ヵ月ぐらいおねんねさせてやろうか?」 実際には、どんな大魔法使いだとしても催眠呪文で長期に亘る睡眠をとらせるのは不可能なのだが、ポップはまともに受け取ったらしい。 「じょっ、冗談じゃねえよっ!!」 ぶんぶんと首を振り、ポップが後ずさった時、ノックの音が聞こえた。 「失礼する」 律義に一礼して入ってきたのは、ヒュンケルだった。 「てめえ、何しにきたんだよ?!」 朝っぱらからやってきた兄弟子に、ポップは不快と不審の色を隠せない。 「何、と言われても、見ての通りだが」 確かに、一目瞭然だ。 焼きたてと一目で分かるパンや、湯気の立つスープにコーヒーが香しい芳香を放っている。 それだけなら城での平均的な朝食メニューだが、小さな瓶に入った少し変わった色合いのジャムは、ポップの好物の野苺のジャムだろう。 城での食事は美味しいことは美味しいのだが、どこかよそ行きの味というか、店で食べる味に似ている。 それだけに、手作り感漂う食材が一品でも混じっているのは、ホッとできる。 だいたいこの部屋は塔に近い構造になっているだけに、食事を運ぶだけでも大変だ。それを知っているだけに、ポップは普段は自分で食堂に降りていって食べるようにしている。 部屋で食事を取るのは具合の悪い時ぐらいのものなので、こんな風にわざわざ食事を運ばれるのは、病人扱いされているようで腹立たしい。 ――まあ、実際に体力の落ちている今のポップは半病人のようなものなのだが、本人にはまったくその自覚がないままだ。 妙にげっそりと、やつれているように見える。 「マトリフ師。あなたの要望は通った。すでに、支度もできている」 「そうかよ。なんだ、案外あのお姫さん、話せるじゃねえか」 ヒュンケルとマトリフの会話の意味は、眠っていたポップにはさっぱりと分からない。首をひねっているポップに、マトリフは上機嫌で声をかけた。 「特別サービスだ、おまえにも面白えモンを見せてやるよ。
ちょうど朝食を食べ終わった頃を見計らったように、綺麗にそろった声と同時に部屋の中に飛び込んできた三人のメイド達を見て、ポップはギョッとして一歩引いた。 「てめえ、何をビビッてんだよ? メイドさんのご登場なんざ、男の夢じゃねえか」 確かに、それにはポップも反論する気はない。 ……まあ、実際に城で暮らすようになってからというものの、メイドというか侍女といい職業は一家の主婦並に地味な職種であり、衣装も実用最優先で地味な代物だと知ってから理想は半減したりもしたが。 だが、今、目の前にいるメイド達は、まさに男の夢を結晶化したかのような『メイドさん』だった。 ちょっと身を屈めたのならスカートの下が見えてしまいそうな、絶好の短さだ。 ガーターストッキングが丸見えなのも目の保養だが、さらに眩く見えるのはストッキングとスカートの間に存在する、眩いまでの素肌だった。
「な……っ?! な、なにやってんスか、エイミさん、マリンさんも?!」 とびっきりのメイドの正体は、紛れもなくエイミにマリン。パプニカ三賢者にして、美人姉妹として名高い二人は、どこか恥ずかしそうにもじもじとしている。 「ちょっと、ポップ君、なんでそこであたしの名前は呼ばないのよ?」 (いや、姫さんの場合は珍しくもないし) と、思わず口にしそうになった本音を、ポップは辛うじて噛み殺す。 だが、何の理由でこんな格好をしているのが分からず、ポップは目移りしつつもなんとか再度疑問を口にする。 「い、いや、それより、なんでそんな格好なんか……っ?!」 「……マトリフ師の、ご要望でな」 そうぽつりと呟いたのは、ヒュンケルだった。 意味もなく窓をの外を見ているのは、レオナ達への気遣いのつもりなのだろうが、わざとらしすぎてかえって逆効果に見える。 「『儀式魔法を引き受ける代わりに、この城一番の美女を5人そろえて、メイド服姿で接待しろ』との希望でな。 しみじみと呟くヒュンケルに対して、ポップは珍しくも同情じみた気持ちを味わう。 ましてや、こんなセクハラめいた要望など言った日には、レオナが怒髪天を突く怒りを発動させるのは火を見るより明らかだ。 かといって、マトリフの希望を無視すれば、絶対に何らかの報復なり嫌がらせが戻ってくること、請け合いである。 「一応、言ってはみたが、まさか本気で美人メイドをそろえてくれるとはねえ。しかも、あんたまで混じるとは、思いもしなかったぜ」 ニヤニヤと鼻の下を伸ばしつつ、面白そうに言うマトリフに対して、レオナは済ました顔で言い返す。 「あら、城で一番の美女5人をそろえろとのご要望でしょ? まさか、その条件でこのあたしが選ばれないとでもお思いでして?
美人メイドに向けるのとは違う目で、マトリフは目の前にいるメイドな姫君を見返した。 本来なら、これはレオナが直々にしなくてもいい役目だ。 だが、それをわざわざ、自分や自分の腹心の部下で行うあたりにレオナの懐の深さや聡明さが伺える。 普通の姫なら断るであろう無茶を突きつけられ、どう反応するのか様子を見ていると気がついたからこそ、彼女は自分自身で応じてきた。 もし、レオナが自分は全く手を汚さず、他者に汚れ仕事や嫌な仕事を命令するのを当然と考える、王侯貴族にありがちなワガママ娘だと判断したのなら、マトリフは決して彼女の依頼に乗る気はなかったのだから。 戦時中に、マトリフはレオナの器量を一応見定めてはいた。 だが、苦難の時と平穏な時で、コロリと態度を変える者の多さを、マトリフは知っている。 (この分なら、このお姫さんは大丈夫みてえだな) メイド姿のレオナが部屋に飛び込んできた時点で、マトリフは彼女の依頼を受けてやってもいいと言う気になっていた。 「いやいや、とんでもねえ。いずれ劣らぬ美女揃いとは、全く目の保養だねえ。ケケケッ、長生きはするもんだぜ」 などと言いながら、マトリフはとてもその年齢とは思えない素早さでマリンとエイミを一気に抱え込む。 まさに両手に花と決め込んだマトリフは、間髪入れずにマリンのお尻を揉みしだきつつ、エイミの乳房にタッチする。 「ああっ?! ご、ご主人様、お戯れをっ」 「い、いやぁんっ?! お、お許し下さぁい、ご主人様ぁ!」 途端に上がる黄色い声が、妙に色っぽく聞こえるのもメイド服マジックというものか。制止するどころか、かえって誘うがごとく男心をそそる声に、マトリフがさらに手を動かしかけた時――しなやかな手が老人の手を逆手に取った。 「ご主人様、セクハラは禁止……で、ございますわよ」 取ってつけたような語尾で、なんとかメイド言葉っぽく敬語を使おうとして失敗している娘を見て、ポップは目を真ん丸くした。 「マ、マァムッ?! お、おまえまでなんちゅー格好……っ?!」 三人より一歩遅れて入ってきたマァムもまた、同じくメイド姿だった。 「だいたい、なんでおまえがここに……?!」 「もうすぐ、例の儀式があるでしょ? だから、洋服とかお祝いのことをレオナに相談しにきたのよ」 武闘家の手際で関節を決められて、痛みにわめているマトリフをやっと手放して、マァムは答える。 (……そういや、姫さんがそんなことを言ってたよーな……) 忙しさに紛れて忘れかけていたが、今回の儀式は大掛かりなお祝い事だ。お祝いだの装束だのをどうするかなどは、招待状をもらった人間にとっては重要事項だ。 そして、王族や貴族のしきたりなどに詳しくないマァムやメルルのために、レオナは勇者一行が招待される大きな集まりの際には必ず二人を自国に招き、衣装などを融通している。 もう、儀式まで一週間を切っているし、マァムがパプニカに来てもおかしくはない。……まあ、正直言えば自分が眠っている間に来たのなら、起こしてくれればいいのにとは思ったが。 「条件は『城で一番の美女5人』でしたものね、ご主人様。別にパプニカの人間じゃなきゃダメなんて、聞いてないもの」 ニコニコしながら、先手を打ってマトリフの文句を封じるレオナの度胸に呆れつつも、ポップはふと不安になった。 「……まさかとは思うけど、残りの一人ってメルルじゃないよな?」 声を潜めてのポップの囁きに、マァムが少しばかり顔を曇らせる。 「……気になるの?」 「そりゃ、当たり前だろ」 レオナやマリン、エイミ、それにマァムならまだいい。気の強い彼女達なら、マトリフのセクハラにビクともせず、それどころかピシャリとやり返す強さがある。 それとは全く違う意味で、メルルにもメイドの仮装などしては欲しくない。 そんなことに気を回してしまったポップは、マァムがちょっと怒った理由など分からなかった。 「…………違うわよっ」 ぷんとそっぽを向くマァムに、ポップが訳が分からないといった表情でおたつくのを、もちろんレオナは見逃さない。 (あーあ、ポップ君ってば相変わらずよねえ) くすくすと笑いながらも、レオナは真打ち登場に備えてドアの方へと注意を向けさせる。
その言葉に、関節技のダメージでうめいていたマトリフも、マァムの機嫌を気にしてオロオロしていたポップも、ついドアの方へと視線を向ける。 「こう見えても、ワシは40年前のミス・テランなんじゃ」 40年前ならば、問題はなかっただろう。 小柄な老婆――ナバラのメイド服を見て、失礼にもげんなりした顔を見せたマトリフは、打って変わって真面目な顔を見せた。 「……あー、こっちの要望は十分堪能させてもらったこったし、それじゃそろそろ、儀式魔法の打ち合わせと行こうか」
王の第一子……即ち、王位継承者が生まれた際、行われる聖なる儀式。 母親の腕の中ですやすやと眠っている王子に名を授けるのと同時に、世界一の賢者が祝福を与える。 特に大声を張り上げているわけでもないのに、その声は大聖堂中に響き渡る。
(……それでいい) なにもわざわざ時間を掛けて、自力で古文書を解き明かす必要など、ない。小難しい魔法論や、術の形式を分析する必要すらないのだ。 世界の平和のためではなく、生まれたばかりの王子のためでもなく、たった一人の弟子のために、マトリフは呪文を唱える。 それと全く同時に、大聖堂の外から大歓声が上がった。
古来より伝わる、王位継承者生誕を世界に知らしめるための儀式魔法。話には聞いたことはあっても、長い間失われていた魔法なだけに、それを見る人々の感動や慶びは新鮮なものだった。 奇跡とも呼べる魔法をものの見事に復活させた初代大魔道士に向けて、人々は喝采を惜しまなかった――。
大歓声に紛れる小声でそう言いながら、さりげなく自分を支えながら退出を手伝う弟子に、マトリフは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 「フン、誰に向かって言っていやがる?」 正直言えば、久し振りの大魔法はやはりそれなりに身体に負担はあったが、弟子相手に弱音を吐く程マトリフは老いたつもりはない。 アバンやフローラの心遣いで、儀式魔法を終えればマトリフやポップはすぐに退出して休めるようにスケジュールが組まれているからこそ、できる強がりだった。 「それよりも――いいか、次はねえぞ」 二重の意味を含ませ、マトリフは弟子に向かって小声で言う。 そして、もし案外早く機会が訪れ、さらに自分が存命だったとしても、その気はすでになかった。 「オレは今後、金輪際こんな面倒くせえ儀式魔法なんぞをやる気はねえんだよ。 その言葉に、一瞬、ポップが目を見張る。 (馬鹿め、分かり易すぎなんだよ) ポップが、自分自身を『大魔道士』と自称し始めたのは、魔王軍との戦いの最中からだ。 ハッタリが聞く上に使い勝手のいいその呼び名を、ポップは政治の場でも活用しているし、世間もその呼び名を受け入れている。 しかし、初代大魔道士であるマトリフ本人は、今までポップのその呼び名について、コメントしたことはなかった。 だが――それは、言わなかっただけのことだ。 「あ、ああ、任しといてくれよ、師匠! おれ、そのうちきっと、あんたの称号に相応しいような大魔道士になってやるからよ!」 元気良くそう答える弟子に、マトリフは苦笑する。 「……ホントに馬鹿な奴だな、てめえは」 自分を知らないにも、程がある。 END 《後書き》 し、しかし、『何故か人知れず不幸に見舞われるヒュンケル』のオプションは組み込んだつもりですっ。…ええ、彼の不幸も直接には描写されとりませんが(笑) |