『大魔道士の祝福 ー後編ー』

  
 

 眩い太陽の光が部屋を明るく照らしだし、小鳥達が楽しげに囀る。
 爽やかで、気持ちのよい朝。
 ……が、その朝の光景を見て、ポップは少しも喜ばなかった。

「あ〜〜っ、な、なんで、もうこんな時間……っ?!」

 起きるなり、ショックを受けたように窓の外を睨みつけ、ふるふると震えているポップに向かって、マトリフは皮肉に声をかける。

「こんな時間と言いてえのは、オレの方だっつーの。まったく、たかがラリホーなんかで半日以上寝るだなんて、かけたオレの方がビックリだぜ。
 スライムだって、こんなに呑気にすぴすぴとおねんねしねえよ」

 そこは、ポップにとっては見慣れた部屋だった。
 ポップの自室として割り当てられている、パプニカ王国の幽閉室。
 ポップが眠っていたのは自分のベッドだが、マトリフはどうやらソファで寝ていたらしい。起きたばかりなのか、伸びをしたり首の骨をゴキゴキと鳴らしたりしている。

「それ以前に、あんな強力なラリホーなんてありかよっ?! ラリホーじゃなくて、ラリホーマじゃねえのかよ?」

 よりによって、最弱なスライムと比べられた不満からポップが言い返すと、マトリフはからかい半分に手を上げて見せた。

「ほう? そりゃあ、全力のラリホーマをかけてもらいてえって意味か? そうだな、てめえはどうやら寝不足みてえだし、なんなら一ヵ月ぐらいおねんねさせてやろうか?」

 実際には、どんな大魔法使いだとしても催眠呪文で長期に亘る睡眠をとらせるのは不可能なのだが、ポップはまともに受け取ったらしい。

「じょっ、冗談じゃねえよっ!!」

 ぶんぶんと首を振り、ポップが後ずさった時、ノックの音が聞こえた。

「失礼する」

 律義に一礼して入ってきたのは、ヒュンケルだった。

「てめえ、何しにきたんだよ?!」

 朝っぱらからやってきた兄弟子に、ポップは不快と不審の色を隠せない。
 だが、ヒュンケルはポップが何を怒っているのか分からない様子だった。

「何、と言われても、見ての通りだが」

 確かに、一目瞭然だ。
 ヒュンケルが両手で持っている大きめのトレイには、湯気の立っている食事が二人分、乗せられている。

 焼きたてと一目で分かるパンや、湯気の立つスープにコーヒーが香しい芳香を放っている。
 色とりどりの野菜が盛り込まれたサラダに、二種類の卵料理が添えられ、バターだけでなくチーズも用意されていた。

 それだけなら城での平均的な朝食メニューだが、小さな瓶に入った少し変わった色合いのジャムは、ポップの好物の野苺のジャムだろう。
 いかにも手作りっぽいその品は、根っからの庶民であるポップには一際美味しそうに見える。

 城での食事は美味しいことは美味しいのだが、どこかよそ行きの味というか、店で食べる味に似ている。
 家庭料理特有の暖かみや素朴な味わいに慣れているポップには、少しばかりとっつきにくく感じる時があるのだ。

 それだけに、手作り感漂う食材が一品でも混じっているのは、ホッとできる。
 まさにいたせりつくせりの朝食だが、それをわざわざ持ってくるという兄弟子の親切が、ポップの癪に障る。

 だいたいこの部屋は塔に近い構造になっているだけに、食事を運ぶだけでも大変だ。それを知っているだけに、ポップは普段は自分で食堂に降りていって食べるようにしている。 部屋で食事を取るのは具合の悪い時ぐらいのものなので、こんな風にわざわざ食事を運ばれるのは、病人扱いされているようで腹立たしい。

 ――まあ、実際に体力の落ちている今のポップは半病人のようなものなのだが、本人にはまったくその自覚がないままだ。
 ひとしきり文句を言いたいところだったが、辛うじてそれを止めたのは、ヒュンケル本人はやけに疲れているように見えたせいだ。

 妙にげっそりと、やつれているように見える。
 それでも生真面目にテーブルの上に持ってきた朝食を並べながら、ヒュンケルは淡々と言った。

「マトリフ師。あなたの要望は通った。すでに、支度もできている」

「そうかよ。なんだ、案外あのお姫さん、話せるじゃねえか」

 ヒュンケルとマトリフの会話の意味は、眠っていたポップにはさっぱりと分からない。首をひねっているポップに、マトリフは上機嫌で声をかけた。

「特別サービスだ、おまえにも面白えモンを見せてやるよ。
 さっさとその食事を食べちまいな」

 

 


「「「おはようございます、ご主人様♪」」」

 ちょうど朝食を食べ終わった頃を見計らったように、綺麗にそろった声と同時に部屋の中に飛び込んできた三人のメイド達を見て、ポップはギョッとして一歩引いた。
 そんな弟子を、マトリフはおかしそうに冷やかす。

「てめえ、何をビビッてんだよ? メイドさんのご登場なんざ、男の夢じゃねえか」

 確かに、それにはポップも反論する気はない。
 従順にして、淑やかな専属メイド  庶民にとっては夢のまた夢の存在だし、憧れはある。

 ……まあ、実際に城で暮らすようになってからというものの、メイドというか侍女といい職業は一家の主婦並に地味な職種であり、衣装も実用最優先で地味な代物だと知ってから理想は半減したりもしたが。

 だが、今、目の前にいるメイド達は、まさに男の夢を結晶化したかのような『メイドさん』だった。
 汚れの目立たない黒をベースにした服は、メイドや侍女の形式通りだが、思いきったミニスカートのワンピースは、到底実作業向きには見えない。

 ちょっと身を屈めたのならスカートの下が見えてしまいそうな、絶好の短さだ。
 身に付けているエプロンも、服を汚れから守るというよりは、より胸を強調するためのデザインとしか思えない。

 ガーターストッキングが丸見えなのも目の保養だが、さらに眩く見えるのはストッキングとスカートの間に存在する、眩いまでの素肌だった。
 しかも、どの娘も美貌といい、若さといいスタイルといい文句無しの一級品ときている。


 それが始めて見る相手だったのなら、ポップもいきなりメイドさんがやってくるという不自然さも忘れて、思いっきり喜びに浸っただろう。
 ――が、惜しむらくは彼女らは全員が知った顔だった。

「な……っ?! な、なにやってんスか、エイミさん、マリンさんも?!」

 とびっきりのメイドの正体は、紛れもなくエイミにマリン。パプニカ三賢者にして、美人姉妹として名高い二人は、どこか恥ずかしそうにもじもじとしている。
 それとは対照的に、姫君にあるまじきメイド姿を披露しているレオナは、恥ずかしがる気配もなく両手に腰を当て、堂々と文句をつけてきた。

「ちょっと、ポップ君、なんでそこであたしの名前は呼ばないのよ?」

(いや、姫さんの場合は珍しくもないし)

 と、思わず口にしそうになった本音を、ポップは辛うじて噛み殺す。
 レオナが突飛な格好をするのは別に意外とも思わないし、驚きも感じない。
 ベンガーナデパートで、ほぼ水着同然の踊り子の服などを平気で着たお姫様ならば、このぐらいはアリだろう。

 だが、何の理由でこんな格好をしているのが分からず、ポップは目移りしつつもなんとか再度疑問を口にする。

「い、いや、それより、なんでそんな格好なんか……っ?!」

「……マトリフ師の、ご要望でな」

 そうぽつりと呟いたのは、ヒュンケルだった。
 朝食を運んだ後、そそくさと部屋から出ようとしたのにも関わらず、マトリフに無理やりと引き止められたヒュンケルは所在無さげに部屋の隅に立っていた。

 意味もなく窓をの外を見ているのは、レオナ達への気遣いのつもりなのだろうが、わざとらしすぎてかえって逆効果に見える。

「『儀式魔法を引き受ける代わりに、この城一番の美女を5人そろえて、メイド服姿で接待しろ』との希望でな。
 …………いろいろと苦労した」

 しみじみと呟くヒュンケルに対して、ポップは珍しくも同情じみた気持ちを味わう。
 レオナに対して、マトリフの無茶な要望を伝言するなど、そんな難作業はポップだったら絶対にやりたくはない。

 ましてや、こんなセクハラめいた要望など言った日には、レオナが怒髪天を突く怒りを発動させるのは火を見るより明らかだ。

 かといって、マトリフの希望を無視すれば、絶対に何らかの報復なり嫌がらせが戻ってくること、請け合いである。
 そんな板挟みな立場に立たされた兄弟子が、やつれて見えるのも納得だ。

「一応、言ってはみたが、まさか本気で美人メイドをそろえてくれるとはねえ。しかも、あんたまで混じるとは、思いもしなかったぜ」

 ニヤニヤと鼻の下を伸ばしつつ、面白そうに言うマトリフに対して、レオナは済ました顔で言い返す。

「あら、城で一番の美女5人をそろえろとのご要望でしょ? まさか、その条件でこのあたしが選ばれないとでもお思いでして?
 それとも、あたしではご不満とでも?」

 

 


(ホント、たいしたタマだよな、このお姫サマは)

 美人メイドに向けるのとは違う目で、マトリフは目の前にいるメイドな姫君を見返した。 本来なら、これはレオナが直々にしなくてもいい役目だ。
 マトリフの要望に対して、適当な侍女なり、あるいは金で雇える娘にメイドの格好をさせて送り込んでくるだけでもよかったのだ。

 だが、それをわざわざ、自分や自分の腹心の部下で行うあたりにレオナの懐の深さや聡明さが伺える。
 マトリフが求めているものが単におふざけのセクハラ要求ではなく、レオナ側の真意を見抜くためにあると、悟っているのだ。

 普通の姫なら断るであろう無茶を突きつけられ、どう反応するのか様子を見ていると気がついたからこそ、彼女は自分自身で応じてきた。
 その反応に、マトリフは満足している。

 もし、レオナが自分は全く手を汚さず、他者に汚れ仕事や嫌な仕事を命令するのを当然と考える、王侯貴族にありがちなワガママ娘だと判断したのなら、マトリフは決して彼女の依頼に乗る気はなかったのだから。

 戦時中に、マトリフはレオナの器量を一応見定めてはいた。
 非常時にもかかわらず、しっかりと対応できる気丈さと器の大きさは父親譲りの資質だと思ったものだ。

 だが、苦難の時と平穏な時で、コロリと態度を変える者の多さを、マトリフは知っている。
 戦乱時には名君として振る舞いながらも、平和になった途端、堕落する支配者は決して少数ではない。しかし、それはいらぬ心配だったようだ。

(この分なら、このお姫さんは大丈夫みてえだな)

 メイド姿のレオナが部屋に飛び込んできた時点で、マトリフは彼女の依頼を受けてやってもいいと言う気になっていた。
 ――だが、それはそれとして、役得は役得としてしっかり楽しむのが、マトリフの流儀だった。

「いやいや、とんでもねえ。いずれ劣らぬ美女揃いとは、全く目の保養だねえ。ケケケッ、長生きはするもんだぜ」

 などと言いながら、マトリフはとてもその年齢とは思えない素早さでマリンとエイミを一気に抱え込む。

 まさに両手に花と決め込んだマトリフは、間髪入れずにマリンのお尻を揉みしだきつつ、エイミの乳房にタッチする。
 電光石火とも言えるその素早さに、誰も止める隙すらなかった。

「ああっ?! ご、ご主人様、お戯れをっ」

「い、いやぁんっ?! お、お許し下さぁい、ご主人様ぁ!」

 途端に上がる黄色い声が、妙に色っぽく聞こえるのもメイド服マジックというものか。制止するどころか、かえって誘うがごとく男心をそそる声に、マトリフがさらに手を動かしかけた時――しなやかな手が老人の手を逆手に取った。

「ご主人様、セクハラは禁止……で、ございますわよ」

 取ってつけたような語尾で、なんとかメイド言葉っぽく敬語を使おうとして失敗している娘を見て、ポップは目を真ん丸くした。

「マ、マァムッ?! お、おまえまでなんちゅー格好……っ?!」

 三人より一歩遅れて入ってきたマァムもまた、同じくメイド姿だった。
 だが、服は同じでも、ポップにとってマァムが一番眩く見えて、目を引く存在なのは当たり前だろう。

「だいたい、なんでおまえがここに……?!」

「もうすぐ、例の儀式があるでしょ? だから、洋服とかお祝いのことをレオナに相談しにきたのよ」

 武闘家の手際で関節を決められて、痛みにわめているマトリフをやっと手放して、マァムは答える。

(……そういや、姫さんがそんなことを言ってたよーな……)

 忙しさに紛れて忘れかけていたが、今回の儀式は大掛かりなお祝い事だ。お祝いだの装束だのをどうするかなどは、招待状をもらった人間にとっては重要事項だ。

 そして、王族や貴族のしきたりなどに詳しくないマァムやメルルのために、レオナは勇者一行が招待される大きな集まりの際には必ず二人を自国に招き、衣装などを融通している。

 もう、儀式まで一週間を切っているし、マァムがパプニカに来てもおかしくはない。……まあ、正直言えば自分が眠っている間に来たのなら、起こしてくれればいいのにとは思ったが。

「条件は『城で一番の美女5人』でしたものね、ご主人様。別にパプニカの人間じゃなきゃダメなんて、聞いてないもの」

 ニコニコしながら、先手を打ってマトリフの文句を封じるレオナの度胸に呆れつつも、ポップはふと不安になった。

「……まさかとは思うけど、残りの一人ってメルルじゃないよな?」

 声を潜めてのポップの囁きに、マァムが少しばかり顔を曇らせる。

「……気になるの?」

「そりゃ、当たり前だろ」

 レオナやマリン、エイミ、それにマァムならまだいい。気の強い彼女達なら、マトリフのセクハラにビクともせず、それどころかピシャリとやり返す強さがある。
 ――まあ、正直に本音を言えば、マァムのメイド姿なんてレアなものは、たとえ師匠であろうともその目に触れさせたくはないとは思うけれど。

 それとは全く違う意味で、メルルにもメイドの仮装などしては欲しくない。
 気弱なメルルでは、マトリフのセクハラに反抗できないのではと思うと、無理強いするのは気が引けてしまう。

 そんなことに気を回してしまったポップは、マァムがちょっと怒った理由など分からなかった。

「…………違うわよっ」

 ぷんとそっぽを向くマァムに、ポップが訳が分からないといった表情でおたつくのを、もちろんレオナは見逃さない。

(あーあ、ポップ君ってば相変わらずよねえ)

 くすくすと笑いながらも、レオナは真打ち登場に備えてドアの方へと注意を向けさせる。


「ところでご主人様、五人目のメイドを紹介致しますわ。彼女は、かつて美人コンテストで優勝した実績を誇る美女ですのよ」

 その言葉に、関節技のダメージでうめいていたマトリフも、マァムの機嫌を気にしてオロオロしていたポップも、ついドアの方へと視線を向ける。
 だが――期待は、一瞬で失望に変わった。

「こう見えても、ワシは40年前のミス・テランなんじゃ」

 40年前ならば、問題はなかっただろう。
 だが……超ミニスカのメイド服と言うものは、若い娘向きのデザインである。老齢のご婦人には、無理があり過ぎる代物だ。

 小柄な老婆――ナバラのメイド服を見て、失礼にもげんなりした顔を見せたマトリフは、打って変わって真面目な顔を見せた。

「……あー、こっちの要望は十分堪能させてもらったこったし、それじゃそろそろ、儀式魔法の打ち合わせと行こうか」

 

 


 それより数日後、カール王国の大聖堂で大掛かりに行われた魔法儀式を見るため、大勢の人々がそこに集った。
 世界各国の王達はもちろん、アバンの使徒達も招かれた上で行われる儀式の主役は、まだ生後数日の赤ん坊  カール王国女王フローラとアバンの間に生まれた王子だった。

 王の第一子……即ち、王位継承者が生まれた際、行われる聖なる儀式。
 戦乱が続いたせいでここ2、30年程の間失われていた儀式なだけに、その復活は人々にとって平和の復興の証しと映った。

 母親の腕の中ですやすやと眠っている王子に名を授けるのと同時に、世界一の賢者が祝福を与える。
 銀糸を縫い込んだ真っ白な装束に身を包んだマトリフは、まさに世界最高の賢者の名に恥じない装いと威厳に満ち溢れていた。

 特に大声を張り上げているわけでもないのに、その声は大聖堂中に響き渡る。
 大魔道士は、澱みのない口調で呪文を詠唱し、危なげのない手つきで印を切る。
 そのマトリフのすぐ近くには、同じ型だが淡い緑色の装束に身を包んだポップがいた。


 自分の側に控えさせた弟子に、よく見ていろと忠告するまでもない。初めて見る儀式魔法に興味津々なのか、ポップはまばたきすらも惜しむように、師の一挙一動を見つめている。
 その視線を感じながら、マトリフは満足感を味わっていた。

(……それでいい)

 なにもわざわざ時間を掛けて、自力で古文書を解き明かす必要など、ない。小難しい魔法論や、術の形式を分析する必要すらないのだ。
 たった一度、見せるだけでいい。
 それだけで、ポップはその魔法を自分の物にすることができる。

 世界の平和のためではなく、生まれたばかりの王子のためでもなく、たった一人の弟子のために、マトリフは呪文を唱える。
 正統なる王国の王位継承者の生誕を言祝ぐための古代からの呪文は、王子の真上に小さな光の魔法陣を描き出す。

 それと全く同時に、大聖堂の外から大歓声が上がった。
 窓から外を見た者ならば、その理由を察するだろう。空に大きく浮かび上がった、光の魔法陣……それは、大きさこそ差があれど、王子の上に浮かんだものと同一のものだった。


 そして、空に浮かぶ光の魔法陣はカールだけのものではない。
 天の祝福を受けたとされる、古き王国達  テラン、アルキード、パプニカ、カール、リンガイア、オーザム、ベンガーナの七国の空に同時に浮かび上がるのだ。

 古来より伝わる、王位継承者生誕を世界に知らしめるための儀式魔法。話には聞いたことはあっても、長い間失われていた魔法なだけに、それを見る人々の感動や慶びは新鮮なものだった。

 奇跡とも呼べる魔法をものの見事に復活させた初代大魔道士に向けて、人々は喝采を惜しまなかった――。

 

 


「師匠、大丈夫かよ……?」

 大歓声に紛れる小声でそう言いながら、さりげなく自分を支えながら退出を手伝う弟子に、マトリフは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「フン、誰に向かって言っていやがる?」

 正直言えば、久し振りの大魔法はやはりそれなりに身体に負担はあったが、弟子相手に弱音を吐く程マトリフは老いたつもりはない。
 ポップの手を軽く払い、自力で歩きながら大聖堂を後にする。

 アバンやフローラの心遣いで、儀式魔法を終えればマトリフやポップはすぐに退出して休めるようにスケジュールが組まれているからこそ、できる強がりだった。

「それよりも――いいか、次はねえぞ」

 二重の意味を含ませ、マトリフは弟子に向かって小声で言う。
 次にこの儀式が行われるのは、どんなに早くても数年は先になるだろう。さすがにその頃まで生きている自信など、マトリフにもない。

 そして、もし案外早く機会が訪れ、さらに自分が存命だったとしても、その気はすでになかった。

「オレは今後、金輪際こんな面倒くせえ儀式魔法なんぞをやる気はねえんだよ。
 次は、てめえがなんとかするこったな――二代目大魔道士さんよ」

 その言葉に、一瞬、ポップが目を見張る。
 その驚きが、ゆっくりと喜びへと変わっていくのが、マトリフには見てとれた。

(馬鹿め、分かり易すぎなんだよ)

 ポップが、自分自身を『大魔道士』と自称し始めたのは、魔王軍との戦いの最中からだ。 ハッタリが聞く上に使い勝手のいいその呼び名を、ポップは政治の場でも活用しているし、世間もその呼び名を受け入れている。

 しかし、初代大魔道士であるマトリフ本人は、今までポップのその呼び名について、コメントしたことはなかった。

 だが――それは、言わなかっただけのことだ。
 本心ではとっくの昔から、ポップのその称号を認めている。だが、本人だけはそれを自覚もしていなかった。

「あ、ああ、任しといてくれよ、師匠! おれ、そのうちきっと、あんたの称号に相応しいような大魔道士になってやるからよ!」

 元気良くそう答える弟子に、マトリフは苦笑する。

「……ホントに馬鹿な奴だな、てめえは」

 自分を知らないにも、程がある。
 ポップが自分に追いつく未来など、マトリフはとっくに期待などしていない。
 当の昔に自分を追い越してしまった弟子の背を、マトリフは小突くように軽く叩いた。                                     

                                                       END
 


《後書き》
 190000hit 記念リクエスト、『ポップ&マトリフの師弟活躍話』です! …その割には、師匠ばっかりが活躍して、ポップはほとんど活躍してないのが申し訳ないのですが(土下座)

 し、しかし、『何故か人知れず不幸に見舞われるヒュンケル』のオプションは組み込んだつもりですっ。…ええ、彼の不幸も直接には描写されとりませんが(笑)
 それはさておき、一度は書いてみたかったメイドハーレムでのセクハラ三昧を実現できて満足ですっ♪
 

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