『三人の王子と、お姫様 1』

 

 世界で最も美しい姫は、誰か?
 その質問に答えるのは、難しいだろう。なぜなら、美は見る人の心によって違うもの。また、時代によっても『美』とは移ろうものだ。

 勇者の心を一目で射止めたと謡われる囚われの美姫ローラ姫、そのあまりの美貌ゆえに名を呼ぶことさえ憚られた砂漠の国の姫、一夜にして滅びた王国の悲恋の王女ソアラ姫など、伝説に名を残す姫君も数多くいる。

 伝説が先行して絵姿もろくに伝わっていない美女に関しては、その美の真偽を問うのも野暮というものだろう。
 だが、現在の姫君の中から美姫を上げるというのなら、それほど悩みはすまい。

 貴族階級の子女まで含めるならまだしも、れっきとした王族の姫で、なおかつ未婚の姫ともなれば数が限られる。
 今現在、人々が競って名を上げる美姫と言えば、この二人だ。
 レオナ姫に、メルローズ姫。

 魔法王国パプニカに相応しく賢者の資質に優れ、勇猛さで名の知られたパプニカ王女レオナ姫。
 神秘の国テランの血を色濃く引き、占いの資質に恵まれ、その清楚な美しさからテランの真珠と称えられるテラン王女メルローズ姫。

 降るような婚儀が持ち掛けられるという観点から美の基準を計るのであれば、いまやメルローズ姫こそが世界で最高の美を誇る姫と言えるかもしれない。
 彼女に望まれる縁談の数は、パプニカ王女レオナよりも上だ。

 ほぼ婚約者と確定した勇者ダイが常に側にいるレオナ姫よりも、まだ決まった相手を持たぬメルローズ姫に婚儀を持ち掛ける者が多いのは当然だろう。
 なにしろ、テランは深い伝統と最も古い血統を誇る王国だ。現在でこそ人口の流出により国力が弱まっているというものの、やはり歴史と伝統を持つ国には違いない。

 しかも、大魔道士ポップの留学をきっかけにテランには国民が戻りつつあり、徐々にとはいえ昔の活気を取り戻しつつある。

 美しい姫を娶り、古代期には世界各国の中で最大の王国であった過去を持つテラン王国の王となり、かつての栄光を取り戻す――野心を持つ若き王候補にとっては、あまりに魅力的な話だ。

 しかも、メルローズ姫はただの姫ではない。
 占い師として優れた能力を持ち、他国にまで鳴り響いた予知の力を持つ、神秘の力を秘めた姫君である。

 少しばかり強引な手を使ってでも、かの姫君を手にいれたい……そう望む者は、決して少なくはなかった――。

   






「陛下は!? お義父様は、ご無事ですか!?」

 頃は、夜明け前。
 息を切らして駆けつけ、王の私室をノックした姫君を見て、その部屋に集まっていた誰もが驚きの表情を見せたものの、その無礼を咎めなかった。
 むしろ、感嘆したような色合いが強い。

「さすがはメルローズ姫でございますね、よくお分かりで……。ただ今、非礼を承知で夜明けを待たずに殿下や姫にご連絡を差し上げた方がいいかどうか、相談していたところでございます」

 そう深々と頭を下げたのは、テランの宮廷薬師長だった。
 そして、ここにいるのは彼だけではない。
 医師や回復魔法の使い手、それに侍女や侍従達が慌ただしく動き回っている。そんな喧騒の中で、ベッドに横たわったまま微動だにしない王の姿があった。

 元々病弱であり、寝込みがちな王が体調を崩すのはそう珍しいことではない。だが、並ぶベッドに横たわっているのは、メルルの義父であり、テラン国王の実兄だった。

「それで、陛下とお義父様は……!?」

 心配そうに問い掛けるメルルに、薬師長は穏やかな口調で諭す。

「ご安心を、姫君。なんとかお命はお守り致しました。ですが……色々と手を尽くしましたが、お二人とも意識が戻らないのです。
 申し上げにくいのですが、このままの状態が続きますようならば、最悪の場合をお覚悟なさった方がよろしいかと――」

 その言葉が、メルルに与えたショックは大きかった。

「そんな……! お二人とも、昨日まであんなにお元気だったではないですか!」

 テラン国王フォルケンは、確かに高齢であり病身ではある。
 だが、彼の病は加齢も手伝って緩やかに衰弱していくものであり、急激に悪化する類いの病気ではなかったはずだ。

 ましてや、国王の実兄は高齢とはいえ、至って身体は丈夫であり持病すらない。
 現に、昨日は王族が一堂に会しての食事会であり、フォルケンはいつになく元気なように見えた。

 それがたった一晩でここまで急激に、しかも二人そろって体調を大幅に崩すなど、普通では考えられない。しかも、二人が倒れることに関してメルルはなんの予知も感じなかった。

 高い予知能力を持つメルルは、身近な人間の危機に対してもっとも敏感だ。
 直接血は繋がっていないとはいえ、義父として優しく接してくれる国王の実兄や、メルルが一介の占い師に過ぎない頃から目をかけてくれていた国王に、メルルは親しみを感じている。

 だからこそ、夜明け前にふと見た嫌な夢への不安が捨てきれず、失礼とは思いながらも朝まで待てずに二人の様子を確かめにきた。
 だが、この予感ばかりは当たってほしくはなかったと、メルルは俯いて唇を噛み締める。

 ――占い師でなくとも、この先の騒動に見当はつく。国王の崩御は、ただでさえ国にとって一大事となる。
 それが、国王と第一王位継承者が同時に倒れてしまっては、騒ぎが起こらないはずがない。

 第一王位継承者こそ決まっているものの、その次の国王候補は決まってはいないのだから。
 しかも、国王候補の王子達は三人存在している。

 ほぼ同い年であり、なおかつ能力的にも大差のない三人の王子のうち、誰がこのテランの王位を継ぐのに相応しいのか……それは、ここ数年、テラン王国を悩ませている由々しき問題だ。

 現国王フォルケンはその問題を時間に任せ、各王子達の資質が見えるようになるまで気長に待つという形で先送りしてきた。
 その方針を優柔不断だと言う者は、少なくは無い。だが、フォルケン王を尊敬する者は、その長考は彼の優しさと聡明さの表れだと理解している。

 実子では無いとはいえ、三人の王子は王にとっては息子や甥にあたる者達だ。
 まだ年若い王子達がしっかりとした考えを持ち、国を治めるという自覚を持った上で王位を望んで欲しいと望み、長い目で見守ってきた。

 だが、今回、彼が倒れたことでその配慮が裏目に出てしまったようだ。
 つい昨日までの平穏な毎日が、急に遠ざかってしまう感覚を覚えながら、メルルは呆然と佇んでいた――。


  






「……申し訳ありません、私にはこの先の未来は視えません」

 何も映らない水晶玉を前にして、メルルは首を俯かせた。
 本来なら、それはメルルが謝らなければならないことではない。
 占いは、本人の熱意や努力がほとんど反映されないものだ。熱意以上に本人の資質が重要であり、また、予知というものは求めるから降りてきてくれるというものではない。

 占いとは、ある意味で神の領分だ。
 どんなに優れた占い師であれ、決して占えない事柄と言うものがある。魔王軍との戦いの最中、人間と魔王の戦いの結末が決して占えなかったように。

 テランの時期国王にもっとも相応しいのは誰か――この占いも、どうやらその類いの占いらしい。
 メルルがこの国の王女となって以来、何度も繰り返した占いにも関わらず、一度も予知を引き寄せることが叶わなかった。

 だが、決してメルルのせいではなかったとしても、他人の期待する占いができない時は申し訳ない気分になる。
 どこか後ろめたい気持ちのまま、メルルは伺うような視線を目の前の人物に向ける。

 今、彼女の目の前にいるのは、テラン王国第二王子ツヴァイだった。
 メルルよりも十歳以上年上の彼は、テランには珍しく武人タイプで、いかつい顔と体つきが目につく王子だ。

 わざわざ人払いまでして妹姫に占いを求めた王子は、不備に終わった占いに対して落胆の表情は浮かべなかった。
 まるで、最初からメルルがそう答えると思っていたかのように、小さく頷いただけだ。

「そうか。ならば、メルローズ姫。突然だが、結婚を考えてはもらえないだろうか」

 切り口口上でずばりとそう切り出すツヴァイに、メルルは思わず目を丸くする。だが、そんな彼女の驚きに構わずにツヴァイはひどく生真面目に、まるで業務命令文章を読み上げるような堅苦しさで求婚の言葉を述べる。

「その際、できるのならば、私との婚儀を結んでもらえれば有り難い」

 その言葉に、メルルは当惑せずにはいられない。

「でも、私は……」

「ああ、分かっている。君が、嫁ぐことで外交を繋ぐしか脳のない並の王女とはわけが違うと言うことは。父上が君へ約束した条件も、知っている」

 メルルの婚儀は、本人が自分の意思で了承し、なおかつ彼女の保護者が賛同した人物でなければならない。
 それは、メルルがテラン王家の養女となる際に正式に保証された、メルルの権利だ。

 普通ならば王族や貴族階級の姫は、本人の意思とは無関係に、親や家柄などの都合によって若いうちに嫁がされるものだ。
 だが、占い師としての能力を買われてテラン王族の一員となったメルルには、婚姻の義務は無縁だ。

 婚儀などよりも、占いというメルル自身の特質によって各国の王族との関係を強めることのできる彼女には、婚姻の自由と言う特権が与えられた。
 テラン王が確約し、世界会議の場でその権利を承認されたメルルは、自分の意思で結婚を決めることができるのだ。

「あの条件がある以上、無理に、と言うつもりはない。
 だが、できるなら君の意思で、テランの王女としてこの国を守って欲しいと願っている。なぜなら君の婚儀こそが、今回の跡継ぎ騒動を丸く収めるのに最適な方法なのだから」

 そこまで言って、初めてツヴァイは眉間に皺を寄せた。
 国王と、第一王位継承者である王の実兄が意識不明の状態に陥ってから、すでに3日が経つ。

 テランの誇る薬師が尽力しているにもかかわらず、彼らは目覚めない。カール王国から取り寄せた貴重な薬草も、ベンガーナより送られた医師団も、果てはパプニカ王国から派遣された三賢者の魔法も、何の効き目もなかった。

 このままでは崩御は遠くないのではないかと噂され始めたし、国民の間にも不安が広がっている。
 それを治めるためにもっとも必要なのは、次の王を決定することだろう。然るべき者が王位を埋めることで、人心は安定するのだから。

 しかし、困ったことに、その王を決めるべき人間がいない。
 本来なら次の王を決めるのは現国王だが、彼は遺言状を書く暇もなく意識を失ってしまった。

 元々、フォルケン王は次の王を選ぶまで時間稼ぎをしていようとした節があり、そのために実の兄を第一王位継承者に選定していた。
 もし、自分に何かあったとしても、実兄が自分の代わりをしてくれると見込んでのことだ。

 兄弟で密かに協力し合い、数年を掛けて、王子達の中から相応しい王を選ぶ……その計画は、今や意味のないものとなってしまった。
 数年も王位不在のままで過ごすわけにはいかない。すぐにでも新たな王を、最悪の場合でも王位継承者を選定する必要があるのだ。

「次の王を選ぶのが、何よりも火急と考える。そして、国王が倒れた今、それを成し遂げるのにもっとも相応しいのは……君だ、メルローズ姫」

「わ、私などが、そんなことは……」

「いいや、できる。
 テラン一……いや、世界一の占い師である君が予知した者ならば、王に相応しいと誰もが承認するだろう。

 だからこそ、私は君の占いを求めた。しかし、それが叶わないのであれば――王女としての、君個人へと質問させてもらいたい。
 私には、王の資質はあると思うだろうか?」

 真剣に質問するツヴァイに、メルルはなんと言っていいものか悩む。
 メルルは共に王宮で暮らす家族の一員として、この義理の兄に当たる王子を見てきた。
 良くも悪くもエネルギッシュで、常に積極的な言動をとるツヴァイ王子は、メルル個人にとっては少々苦手な人物ではある。

 だが、ツヴァイが真面目にテランの未来を思い、だからこそ保守的なこの国を変えていこうとしているのは、誰も認める事実だった。
 受け身になりがちなテランの国民性に歯がゆさを持つメルルにしてみれば、ツヴァイの積極性は決して不快なものではない。

 彼が王となれば、テランには間違いなく新しい風が吹くだろうと確信できる。
 ただ、それが良い変化かどうかは、メルルには判別がつかない。
 ツヴァイが政治に非常に積極的であり、自分から進んでテラン王国の政策に関わろうとしているのは知っている。

 どちらかといえば革新的な思想を持つツヴァイの意見は、保守的なテラン王国には合わないのか会議の場では荒れることも度々だ。
 残念ながら、と言うべきか、ツヴァイの意見は斬新であり意欲的であることは確かだが、実際性に乏しい場合が多い。

 頭でっかちとでも言うのか、勉強だけができる優等生に有り勝ちだが、理屈は通っていても実際には使えない理論に頼ることが多いのだ。
 そのせいで熱心さとは裏腹に、彼の政治的実力の評価はごく低い。

 この先、経験や勉強を積めば彼は優れた王になるかもしれないが、今の段階では意欲があり過ぎて失敗しかねない危なっかしさを持つ王子にすぎない。
 それは王子であるなら許される欠点だが、王となる者が持つには危険過ぎる性質だ。

 だからこそ、フォルケン王もツヴァイの成長を見定めるため、気長に待つ方針だったし、メルルの見方もそれと大差はない。
 王としての資質は持っているが、だが、今はまだ未熟で後見を必要とする王子。

 少し考えてから、メルルは自分の中の考えをまとめてやんわりとした言葉を選ぶ。

「……資質があるかないかだけを問われるのであれば、資質はおありだと、私は考えます」

「そうか。
 それを聞いて、安堵した。君がそう思ってくれるのであれば、頼みたいことがある」

 そう言って、ツヴァイは席から一度立ち上がり、回り込んでメルルの足下に跪く。

「占いでなくとも、良い。
 君が選んだ伴侶ならば、時期国王に相応しいだろうとテラン国民ならば誰もがそう思い、納得するだろう。
 ……そう考えるからこそ君が欲しいと思うのは、君には不快だろうか?」

 その問い掛けにどう答えていいものか、メルルは迷わずにはいられない。
 メルルにとって、結婚とは愛の成就だ。
 まず、お互いの気持ちが先にあり、共に一生を送ってもよいと思える相手だからこそ、受け入れるもの……そう認識している。

 もちろん、それは庶民の感覚であり、王族の婚儀には少なからず政略が絡むものだとは知っている。
 だが、理屈で知っていたとしても、感情ですんなり納得できるわけではない。
 不快とは思わないものの、当惑する――そう考えるのが妥当だろうか。

 しかし、そんなメルルの迷いを気にせず、身分にも関わらず跪いた王子は、請うような視線で彼女を見つめながら、ドレスの裾をそっと摘み上げて唇を当てた。
 古来より伝わる、貴婦人への求婚の礼儀作法そのままに。

「君が私に対して、義理の兄以上に対する気持ちを持っていないのは、承知している。また、私も君に対して抱いている感情は好意であり、恋ではないと思っている。

 だが、私は君を大切にすると、確約しよう。共に同じ志を持ち、共に歩むことで、自然に愛が育まれるものだと私は考えている。
 それを踏まえた上で、私との結婚を考えてはくれないだろうか」

 書面や人を介しての求婚の打診を受けるのは珍しくもなくとも、こんな風にも真っ正面から求婚されるのはメルルも初めてだった。

 愛の籠もった求婚とは、呼べないかもしれない。
 だが、誠意の感じられる真正面からの求婚の言葉に、メルルは頬が赤くなるのを自覚せずにはいられなかった――。


                                     《続く》

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