『三人の王子と、お姫様 1』 |
世界で最も美しい姫は、誰か? 勇者の心を一目で射止めたと謡われる囚われの美姫ローラ姫、そのあまりの美貌ゆえに名を呼ぶことさえ憚られた砂漠の国の姫、一夜にして滅びた王国の悲恋の王女ソアラ姫など、伝説に名を残す姫君も数多くいる。 伝説が先行して絵姿もろくに伝わっていない美女に関しては、その美の真偽を問うのも野暮というものだろう。 貴族階級の子女まで含めるならまだしも、れっきとした王族の姫で、なおかつ未婚の姫ともなれば数が限られる。 魔法王国パプニカに相応しく賢者の資質に優れ、勇猛さで名の知られたパプニカ王女レオナ姫。 降るような婚儀が持ち掛けられるという観点から美の基準を計るのであれば、いまやメルローズ姫こそが世界で最高の美を誇る姫と言えるかもしれない。 ほぼ婚約者と確定した勇者ダイが常に側にいるレオナ姫よりも、まだ決まった相手を持たぬメルローズ姫に婚儀を持ち掛ける者が多いのは当然だろう。 しかも、大魔道士ポップの留学をきっかけにテランには国民が戻りつつあり、徐々にとはいえ昔の活気を取り戻しつつある。 美しい姫を娶り、古代期には世界各国の中で最大の王国であった過去を持つテラン王国の王となり、かつての栄光を取り戻す――野心を持つ若き王候補にとっては、あまりに魅力的な話だ。 しかも、メルローズ姫はただの姫ではない。 少しばかり強引な手を使ってでも、かの姫君を手にいれたい……そう望む者は、決して少なくはなかった――。
頃は、夜明け前。 「さすがはメルローズ姫でございますね、よくお分かりで……。ただ今、非礼を承知で夜明けを待たずに殿下や姫にご連絡を差し上げた方がいいかどうか、相談していたところでございます」 そう深々と頭を下げたのは、テランの宮廷薬師長だった。 元々病弱であり、寝込みがちな王が体調を崩すのはそう珍しいことではない。だが、並ぶベッドに横たわっているのは、メルルの義父であり、テラン国王の実兄だった。 「それで、陛下とお義父様は……!?」 心配そうに問い掛けるメルルに、薬師長は穏やかな口調で諭す。 「ご安心を、姫君。なんとかお命はお守り致しました。ですが……色々と手を尽くしましたが、お二人とも意識が戻らないのです。 その言葉が、メルルに与えたショックは大きかった。 「そんな……! お二人とも、昨日まであんなにお元気だったではないですか!」 テラン国王フォルケンは、確かに高齢であり病身ではある。 ましてや、国王の実兄は高齢とはいえ、至って身体は丈夫であり持病すらない。 それがたった一晩でここまで急激に、しかも二人そろって体調を大幅に崩すなど、普通では考えられない。しかも、二人が倒れることに関してメルルはなんの予知も感じなかった。 高い予知能力を持つメルルは、身近な人間の危機に対してもっとも敏感だ。 だからこそ、夜明け前にふと見た嫌な夢への不安が捨てきれず、失礼とは思いながらも朝まで待てずに二人の様子を確かめにきた。 ――占い師でなくとも、この先の騒動に見当はつく。国王の崩御は、ただでさえ国にとって一大事となる。 第一王位継承者こそ決まっているものの、その次の国王候補は決まってはいないのだから。 ほぼ同い年であり、なおかつ能力的にも大差のない三人の王子のうち、誰がこのテランの王位を継ぐのに相応しいのか……それは、ここ数年、テラン王国を悩ませている由々しき問題だ。 現国王フォルケンはその問題を時間に任せ、各王子達の資質が見えるようになるまで気長に待つという形で先送りしてきた。 実子では無いとはいえ、三人の王子は王にとっては息子や甥にあたる者達だ。 だが、今回、彼が倒れたことでその配慮が裏目に出てしまったようだ。
何も映らない水晶玉を前にして、メルルは首を俯かせた。 占いとは、ある意味で神の領分だ。 テランの時期国王にもっとも相応しいのは誰か――この占いも、どうやらその類いの占いらしい。 だが、決してメルルのせいではなかったとしても、他人の期待する占いができない時は申し訳ない気分になる。 今、彼女の目の前にいるのは、テラン王国第二王子ツヴァイだった。 わざわざ人払いまでして妹姫に占いを求めた王子は、不備に終わった占いに対して落胆の表情は浮かべなかった。 「そうか。ならば、メルローズ姫。突然だが、結婚を考えてはもらえないだろうか」 切り口口上でずばりとそう切り出すツヴァイに、メルルは思わず目を丸くする。だが、そんな彼女の驚きに構わずにツヴァイはひどく生真面目に、まるで業務命令文章を読み上げるような堅苦しさで求婚の言葉を述べる。 「その際、できるのならば、私との婚儀を結んでもらえれば有り難い」 その言葉に、メルルは当惑せずにはいられない。 「でも、私は……」 「ああ、分かっている。君が、嫁ぐことで外交を繋ぐしか脳のない並の王女とはわけが違うと言うことは。父上が君へ約束した条件も、知っている」 メルルの婚儀は、本人が自分の意思で了承し、なおかつ彼女の保護者が賛同した人物でなければならない。 普通ならば王族や貴族階級の姫は、本人の意思とは無関係に、親や家柄などの都合によって若いうちに嫁がされるものだ。 婚儀などよりも、占いというメルル自身の特質によって各国の王族との関係を強めることのできる彼女には、婚姻の自由と言う特権が与えられた。 「あの条件がある以上、無理に、と言うつもりはない。 そこまで言って、初めてツヴァイは眉間に皺を寄せた。 テランの誇る薬師が尽力しているにもかかわらず、彼らは目覚めない。カール王国から取り寄せた貴重な薬草も、ベンガーナより送られた医師団も、果てはパプニカ王国から派遣された三賢者の魔法も、何の効き目もなかった。 このままでは崩御は遠くないのではないかと噂され始めたし、国民の間にも不安が広がっている。 しかし、困ったことに、その王を決めるべき人間がいない。 元々、フォルケン王は次の王を選ぶまで時間稼ぎをしていようとした節があり、そのために実の兄を第一王位継承者に選定していた。 兄弟で密かに協力し合い、数年を掛けて、王子達の中から相応しい王を選ぶ……その計画は、今や意味のないものとなってしまった。 「次の王を選ぶのが、何よりも火急と考える。そして、国王が倒れた今、それを成し遂げるのにもっとも相応しいのは……君だ、メルローズ姫」 「わ、私などが、そんなことは……」 「いいや、できる。 だからこそ、私は君の占いを求めた。しかし、それが叶わないのであれば――王女としての、君個人へと質問させてもらいたい。 真剣に質問するツヴァイに、メルルはなんと言っていいものか悩む。 だが、ツヴァイが真面目にテランの未来を思い、だからこそ保守的なこの国を変えていこうとしているのは、誰も認める事実だった。 彼が王となれば、テランには間違いなく新しい風が吹くだろうと確信できる。 どちらかといえば革新的な思想を持つツヴァイの意見は、保守的なテラン王国には合わないのか会議の場では荒れることも度々だ。 頭でっかちとでも言うのか、勉強だけができる優等生に有り勝ちだが、理屈は通っていても実際には使えない理論に頼ることが多いのだ。 この先、経験や勉強を積めば彼は優れた王になるかもしれないが、今の段階では意欲があり過ぎて失敗しかねない危なっかしさを持つ王子にすぎない。 だからこそ、フォルケン王もツヴァイの成長を見定めるため、気長に待つ方針だったし、メルルの見方もそれと大差はない。 少し考えてから、メルルは自分の中の考えをまとめてやんわりとした言葉を選ぶ。 「……資質があるかないかだけを問われるのであれば、資質はおありだと、私は考えます」 「そうか。 そう言って、ツヴァイは席から一度立ち上がり、回り込んでメルルの足下に跪く。 「占いでなくとも、良い。 その問い掛けにどう答えていいものか、メルルは迷わずにはいられない。 もちろん、それは庶民の感覚であり、王族の婚儀には少なからず政略が絡むものだとは知っている。 しかし、そんなメルルの迷いを気にせず、身分にも関わらず跪いた王子は、請うような視線で彼女を見つめながら、ドレスの裾をそっと摘み上げて唇を当てた。 「君が私に対して、義理の兄以上に対する気持ちを持っていないのは、承知している。また、私も君に対して抱いている感情は好意であり、恋ではないと思っている。 だが、私は君を大切にすると、確約しよう。共に同じ志を持ち、共に歩むことで、自然に愛が育まれるものだと私は考えている。 書面や人を介しての求婚の打診を受けるのは珍しくもなくとも、こんな風にも真っ正面から求婚されるのはメルルも初めてだった。 愛の籠もった求婚とは、呼べないかもしれない。
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