『三人の王子と、お姫様 2』

 

「メルローズ姫。
 ツヴァイが、あなたにプロポーズしたそうですね」
 そう言ったのは、テラン王国第一王子のアインだった。

「なぜ、それを……?」

 微熱が下がらないからこのままで失礼すると、見舞いさえベッドに横たわったままで応答するアイン王子の思わぬ早耳に、メルルは驚かずにはいられない。

「ああ、ツヴァイ本人が、昨日、直接私に言いに来ましたから。
 自分は王になるのを目当てにメルローズ姫に求婚した、とね」

 くすりとわずかに苦笑して、アインは説明する。
 ライバルに当たる兄王子に向かって堂々とそう宣言する当たり、いかにもツヴァイらしい生真面目さというべきか。

 あの第二王子は、小細工抜きで真っ向から本音をぶつけることを最善と考えるところがある。

「思った通りに行動する……本当に、ツヴァイのそんなところは昔から少しも変わらない。 私には、それが羨ましかったですよ」

 すでに手遅れなことを語るように弱々しくそう言うアインだが、彼は実はごく若い。
 ツヴァイより数ヵ月ほど上だが、同い年なのだから。
 ツヴァイとは打って変わって、アイン程『王子様』と言うイメージに相応しい青年もいないだろう。

 癖のない見事な金髪に、細面の整った顔。ほっそりとした印象の立ち姿は、パーティでいつも若い娘達の注目の的だ。
 まるで物語の中から抜け出してきたかのように、線が細く、繊細な印象を与える美しい王子。

 もっとも、アインはパーティのような華やかな場所にはあまり出席したがらない。
 物静かで自室に籠もりがちな、そんな気弱な王子だった。

「本当に、彼には申し訳ないと思っているのですよ。私さえいなくなれば、ツヴァイは問題なくこの国の王になれるのに……。
 こんな病弱でいつ死ぬか分からない私などより、彼の方がよほどこの国を治めるのに、相応しいでしょうにね」

「そんな……、お気の弱いことをおっしゃらないでください」

 自虐的なアインの言葉に対して、メルルは首を横に振った。
 実際、アインに王の資質がないとは言えない。
 温厚で他人の意見を柔軟に取り入れ、常に周囲への気遣いを忘れないアインは、ある意味ではツヴァイ以上に王に向いていると言える。

 テランのように穏やかで保守的な国には、やはり保守的であまり自己主張しない王が求められるものなのだから。
 彼が健康でさえありさえすれば、アインこそがテランの第一王位継承者として誰からもすんなりと認められただろう。

 しかし、子供の頃に大病をしたのをきっかけに病弱になったのが、アインの最大の欠点だ。
 病弱なのは、確かに施政者としては致命的な欠陥かもしれない。だが正直なところ、アインの体調はそれ程、悪いとは言い切れない。

 確かに、騎士や戦士などのように身体を使うことを要求される仕事に就くのは無理だ。だが、ごく軽い文官としての仕事ならば、なんとかこなせるだろう。
 腺病質であり、普通の人間なら些細な病ですむ軽い病気でもこじらせがちな傾向は持っているが、致命的な病を抱えているわけではないのだ。

 薬師も医師も、注意を払って生活するのであれば長生きできる可能性は十分にあると何度となく励ましているにもかかわらず、アインには覇気と言うものがない。

 何もかも諦めきったかのような、諦観の雰囲気のある儚げな王子だ。
 今も、アインは自分自身のことよりも、義弟に当たるツヴァイやメルルのことばかりを案じていた。

「いえ……、私のことなどどうでもいいことです。
 ところで……メルローズ、君はツヴァイの求婚を受けるつもりがおありですか?」

 まだ答えをだしあぐねている問題を振られ、メルルは思わず言葉に詰まってしまう。そんなメルルの迷いが分かるのか、アインは特に答えは求めなかった。
 それどころか、別の提案を持ち掛けてくる。

「メルローズ……、あなたがもし、この国の行く末を案じ、この国の未来のために手を尽くしたいと望むのであれば、私との婚儀も考えてはみませんか?」

「え!?」

 予想外の求婚に目を丸くするメルルだが、アインは淡々と言葉を続ける。

「驚かれるのも無理はありませんが、実は私は前々から考えておりました。
 知っての通り、私は病弱の身……そう長い命ではないでしょう。また、そうでなかったとしても、王が病気で政務が執れない間は、王妃が実権を握るのは自然なこと。
 私は、あなたならば誰よりも素晴らしいテラン王になるだろうと確信しています」

 メルル本人には買いかぶりとしか思えない意見だが、それはそれで一つの解決策でもある。
 現王の第一王子であるアインの王位継承が危ういのは、健康上に問題がある上に未婚なせいだ。彼が結婚さえすれば、問題の半分は解消される。

 実際、野心的なツヴァイが王位に就くのに反対している一派は、アインとメルルとの婚儀を望んでいる風潮がある。
 だが周囲の一方的な期待はともかくとして、それを強制されたことはなかったし、ましてや本人からそう匂わされたことはなかった。

 しかし、今、アインはメルルを一心に見つめながら、恭しいと言っていい態度で求婚を口にする。

「メルローズ……あなたの目には、未来が映る。その力を持ってすれば、この国の舵取りなどたやすいことでしょう。

 あなたの力を最大限に生かすのには、ツヴァイの后としての補助にとどまらず、あなたこそが国主になるのが最善と思えます。
 もし、お嫌でなければ……私と結婚してください。
 そして、あなたが女王となって、この国を治めてはいただけないでしょうか?」


   





(……どうしよう? どうすれば、いいのかしら?)

 テラン王宮の中庭、噴水から流れ落ちる水を眺めながら、メルルは一人、物思いに耽っていた。
 二人の王子からの突然の求婚に、まだ動悸が治まらない。

 もっとも、それは男性から求婚されたという驚きや戸惑いからくるもので、決して相手を意識しての動揺ではない。
 正直な話、二人の王子に対してメルルが感じている感情は、あくまで年の離れた義兄に対するものだ。

 尊敬や、仮にも家族として縁を結んだという親しみは感じているものの、ごく薄い感情に過ぎない。
 結婚の相手として、メルルが望んでやまない相手は別にいるのだから――。

 そして、恋愛感情を抜きにしても、メルルにはアインとツヴァイのどちらが王に相応しいのか、判断できない。
 対照的な特徴を持つ二人の王子は、どちらも一長一短があり、その優劣がつけられない。
 フォルケン王でさえ判断がつかなかった難しい問題なのに、その答えをメルルがだすことが求められている。

 だが、予知の力も全く働かないのに、こんな難問をメルル個人の力で判断しなければならないなんて、明らかに荷が勝ち過ぎている。
 自分の分を超える大問題に苦悩するメルルに、静かな声がかけられた。

「迷っているみたいだね、メルローズ」

 振り返った視線の先にいたのは、占い師の装束に身を包んだ青年だった。

「お義兄さま……」

 そう呟く言葉は、どうもぎこちなくて馴染まなかった。
 公式の書類上では兄妹とはいえ、メルルは実は、彼とだけはほとんど顔を合わせたことはない。

 メルルと同じく予知の力を見込まれたが故に王族の養子となった第三王子は、二人の王子と違って普段はほとんど王宮にいない。
 テランの外れにある別荘の一つに居住し気楽に暮らして、どうしても欠かせない公式行事の際だけ城にやってくる。

 そんな彼と二人っきりで話すのは、もしかするとこれが初めてかもしれないとメルルは思った。

「いいよ、別に実の兄ってわけでもないんだし。公式の場以外ではドライって呼んでいいよ」

 どこか飄々とした口調でそう言ってのけたドライは、他の二人の王子よりもやや若い。詳しくは知らないが、メルルよりも2、3歳年上なだけだろう。
 貴族的な雰囲気を持つ兄王子達と比べて、どこか庶民的というか、割と普通っぽい雰囲気を持つ少年だ。

 だが、さすがは占い師というべきか、全てを見透かすような不思議な目をしている。
 その目をじっとメルルに向け……ドライは小さく笑った。

「――なるほどね。
 キミ程の占い師が、兄王子達の跡継ぎに関する未来が全く読めないのが、不思議でならなかったんだけど、ようやく理由が分かったよ」

「え?」

「なぜって、この件には大魔道士ポップが大きく関わってくるからさ」

 思いもかけないその言葉に、メルルはハッと息を飲む。

「ボクには見えるよ。
 あの大魔道士がこの件に関わるかどうかで、全てが大きく変わるのが。
 彼の行動、彼の言葉が、他者を大きく動かすのがボクには見える。それにより流れが変わり、その流れがもっと大きな流れを変えていく……」

 そう言いながら、ドライは噴水に手を浸す。彼の手をきっかけに、流れる水が左右に分かれて散り、水面に落ちていく。

「彼は正しく魔法使いだね――全てを変える魔法を使える。
 言い換えるなら、彼の今後の選択こそが世界の運命を大きく変えるのさ」

「あなたには……何が、見えているのですか?」

 思わずそう尋ねると、ドライは面白いものでも見るような表情で、メルルを見つめ返した。

「へえ。それを聞くとは、いい度胸だね。
 知っているだろう? ボクには、常に二つの未来が見えるんだ」

 もちろん、メルルはそれを知っていた。
 半分の確率で、彼の予知は必ず当たる。
 それは、有名な話だ。だが、それが有名なだけに、彼に未来を予知してほしいと頼む者はほとんどいない。

 ドライは常に二つの未来を予知するが、その未来が両立することはないのだから。
 おまけに、彼自身、二つの未来のどちらが現実化するのかは分からないのだ。些細な分岐により、未来の道が二つに分かれるのを予知できるくせに、その分岐のどちらを選べばいいのかは全く察知することはできない。

 言い換えるのなら、彼は常に二つのプレゼントを差し出す意地悪なサンタクロースのようなものだ。
 決して中を見ることのできない二つの箱を差し出し、それぞれに何が入っているかは教えてくれる。

 だが、どちらの箱に何が入っているかは、決して教えてはくれない。彼自身も、知らないのだから。
 そして、その箱の片方しか手に入れられない。

 彼の予言を聞いた人が、自分が分岐を間違えたと気がつくのは、すでにその分岐を選択してしまって片方の未来に辿り着いた後のことだ。
 だからこそ、彼の予知は役に立たない。

 むしろ、かえって迷いや未練を招くとされ、疎まれることが多い。
 だが、ポップが関わってくると聞けば、メルルにはその予知を無視できなかった。

「……お教えください」

「いいよ、キミが望むのなら」

 軽く頷き、ドライは軽く目を閉じた。

「はっきりと見えるね、良い未来と悪い未来が。悪い方の未来を、教えてあげよう。
 ああ……これはひどいな。キミは、この未来が見えないことを感謝すべきだよ。
 ――高い、塔が見える」

 目を瞑ったまま呟くドライの言葉は、メルルに語りかけるというよりはまるで独り言のようだった。

「どこにあるのかは、分からない。だが、高くて、変な気配を感じる厳重な塔だよ。……そうだね、おそらくは閉じ込めた者の魔法力を封じるしかけがあるんだろうね」

「……!」

 不吉な仕掛けに、メルルは胸が痛くなるのを感じた。
 魔法力を封じる塔……それが希代の魔法使いであるポップに関わる未来だとすれば、あまりにも不吉だった。

「そう遠くない未来だよ……でも、今とはずいぶん違う。各国間の緊張が高まり、戦乱の危機が迫る世界だ。
 と、言うよりも、すでに水面下の戦いは始まっているね。暗殺など少しも珍しくはない、見えざる刃が活躍する時代だ。

 ……ボクの知っている王も、半分ぐらいはいなくなっている。
 誰もが疑心暗鬼に取りつかれ、他人を信用できないでいる。魔王軍との戦いよりも、質が悪いね」

 想像していたよりももっとひどい未来が、咄々と語られていく。

「そんな中、英雄をそこに閉じ込めようとする動きが発生する。
 愚かな話だね……かつて自分達を救ってくれた英雄を、一度は心から感謝して称えた相手を、化け物のように恐れて獄鎖に繋ごうとするだなんてね」

「そんな……っ」

 我慢できずに思わず上げてしまった声を、メルルは慌てて抑える。予知を語る最中に余計な口を差し挟むことは、非礼である上に術者の集中を乱す行為だ。
 気を散らしはしなかっただろうかと心配したが、ドライの口調に変化はなかった。

「……彼の仲間は、反対している。
 だが、英雄の決意は揺るがない。そこに自ら閉じ込められることで、世界の戦争を回避できるならばと、英雄が自らその塔に閉じ込められる道を選ぶのさ。
 閉じ込められる前なら、簡単に逃げ出せるし、その塔を壊すこともできるのにね」

 目を閉じたままのドライは、ふと遠くを見やるように一方向を向いた。まるで実際にその塔を見つめているかのように、ドライは同情的に呟いた。

「まるで、人身御供だね。……ううん、人柱と言うべきかな。
 自分が踏みにじられるのを承知の上で、それでも大切な人を、多くの人を救いたいと願っている。
 さすがは英雄と言うべきかな、実に見事な覚悟と揺るぎのない決意が見える。
 だけど、英雄の最も身近な人間が、それに反対しているのが見えるよ……」

 そこまで言ってから、ドライはぱちりと目を開ける。そして、もう話はお終いとばかりに軽く両手を広げて見せた。

「今のボクに見えるのは、とりあえずはそこまで。その先に、また、何らかの分岐があるみたいだね」

 その先など聞かなくとも、それだけでもメルルにとっては衝撃的過ぎる未来だった。
 ついさっきまで頭を悩ませていた求婚に対する動揺など、この未来に比べれば物の数にも入らない。

 穏やかな湖から、突然、暴風雨の吹き荒れる海に投げ出されたように激しく揺れる胸を押さえながら、メルルは必死に問うた。

「そんなのって……どうすれば、それを回避できるの!?」

「そう聞かれても、困るよ。知っているだろう、ボクは未来は見えても、そこに辿り着くための道など見えない。
 見えない道を、道案内はできないよ」

 お手上げとばかりに、ドライは肩を竦めて見せる。

「でも、大いに悩んででも、キミは自分で答えをだした方がいい。
 キミの選択により、運命は大きく変わるのだから」


   





(……今日、決めなければならないの……!?)

 畏怖の籠もった目で、メルルはそっとパーティ会場を伺った。
 王族にとって、パーティとは一種の外交だ。
 テラン王とその兄が病気で倒れているのにも関わらず、延期も中止もしないで開かれたこのパーティが、二人の王子のお披露目であることは明らかだ。

 本来ならまだ未婚の二人の王子を射止めようと考えて、若い娘の出席が増える普通だろう。
 だが、今日はそれとは真逆だった。

 姫となって以来、今まで幾度もパーティに参加してきたメルルの目には、今日のパーティはいかにも異様に映った。
 パーティ会場が、異常なまでに黒く見えるのは、男性が多いせいだ。
 本来ならば、パーティは男女ペアで参加するのが礼儀だ。

 だが、たった一つだけ例外がある。
 特定の娘の結婚相手を多くに知らしめるために開かれる、婚約発表も兼ねたパーティ。そのパーティだけは、男女比がグンと偏るのが通例だ。

 はっきり言ってしまえば、今日のパーティの意図は見え透いている。
 メルルが誰と最初に踊るかを確かめるため、それだけにこれほど多くの人々が集まったのだ。

 第一王子アインか、第二王子ツヴァイか。
 彼らのどちらかをメルルが選べば、すんなりと時期国王が決定するし、国民だけでなくこのパーティの出席者達もそれを期待しているだろう。

 おそらくは一番問題が少なく、また、すんなりと決まるであろう国王選定だ。少なくとも内乱など、テラン国内の騒動は起きないですむだろう。
 テラン王国内での王位争いが、世界の政情にどう影響を与えるかは分からない。だが、波風が最も少ない道を選ぶことが、平和への一番の近道と思える。

(私が選べば……ポップさんは助かるの?)

 愛のない結婚。
 まだまだ結婚に夢を抱く、恋する少女にとっては辛すぎる現実だ。
 だが、ポップをあの悲惨な未来から助けることができるのなら、それでもいいと思えた。
(でも……どちらを……?)

 震えながら、メルルは二人の義兄を見つめる。
 今は、まだいい。
 パーティの開会の演説や、出席者達との挨拶がすむまでは、アインもツヴァイも動けない。

 だが、それが終わって、二人がダンスを求めてきた時……一体、自分はどちらの手を取るべきなのか。
 なまじ未来が見えないだけに、どちらを選べばいいのか分からない。それにも関わらず、選ばなければならない不安と圧迫感に、押し潰されそうになる。

(ポップさん……っ)

 無意識に助けを求め、心の中で彼の名を呼んだ時のことだった。

「ご報告申し上げます! パプニカ王女レオナ様、並びに勇者ダイ様、及び騎士ヒュンケル様、大魔道士ポップ様、騎士マァム様がお着きです!」

 いつもより誇らしげに、伝令兵が新客の到来を声も高らかに告げた――。


                                                      《続く》

 

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