『三人の王子と、お姫様 2』 |
「メルローズ姫。 「なぜ、それを……?」 微熱が下がらないからこのままで失礼すると、見舞いさえベッドに横たわったままで応答するアイン王子の思わぬ早耳に、メルルは驚かずにはいられない。 「ああ、ツヴァイ本人が、昨日、直接私に言いに来ましたから。 くすりとわずかに苦笑して、アインは説明する。 あの第二王子は、小細工抜きで真っ向から本音をぶつけることを最善と考えるところがある。 「思った通りに行動する……本当に、ツヴァイのそんなところは昔から少しも変わらない。 私には、それが羨ましかったですよ」 すでに手遅れなことを語るように弱々しくそう言うアインだが、彼は実はごく若い。 癖のない見事な金髪に、細面の整った顔。ほっそりとした印象の立ち姿は、パーティでいつも若い娘達の注目の的だ。 もっとも、アインはパーティのような華やかな場所にはあまり出席したがらない。 「本当に、彼には申し訳ないと思っているのですよ。私さえいなくなれば、ツヴァイは問題なくこの国の王になれるのに……。 「そんな……、お気の弱いことをおっしゃらないでください」 自虐的なアインの言葉に対して、メルルは首を横に振った。 テランのように穏やかで保守的な国には、やはり保守的であまり自己主張しない王が求められるものなのだから。 しかし、子供の頃に大病をしたのをきっかけに病弱になったのが、アインの最大の欠点だ。 確かに、騎士や戦士などのように身体を使うことを要求される仕事に就くのは無理だ。だが、ごく軽い文官としての仕事ならば、なんとかこなせるだろう。 薬師も医師も、注意を払って生活するのであれば長生きできる可能性は十分にあると何度となく励ましているにもかかわらず、アインには覇気と言うものがない。 何もかも諦めきったかのような、諦観の雰囲気のある儚げな王子だ。 「いえ……、私のことなどどうでもいいことです。 まだ答えをだしあぐねている問題を振られ、メルルは思わず言葉に詰まってしまう。そんなメルルの迷いが分かるのか、アインは特に答えは求めなかった。 「メルローズ……、あなたがもし、この国の行く末を案じ、この国の未来のために手を尽くしたいと望むのであれば、私との婚儀も考えてはみませんか?」 「え!?」 予想外の求婚に目を丸くするメルルだが、アインは淡々と言葉を続ける。 「驚かれるのも無理はありませんが、実は私は前々から考えておりました。 メルル本人には買いかぶりとしか思えない意見だが、それはそれで一つの解決策でもある。 実際、野心的なツヴァイが王位に就くのに反対している一派は、アインとメルルとの婚儀を望んでいる風潮がある。 しかし、今、アインはメルルを一心に見つめながら、恭しいと言っていい態度で求婚を口にする。 「メルローズ……あなたの目には、未来が映る。その力を持ってすれば、この国の舵取りなどたやすいことでしょう。 あなたの力を最大限に生かすのには、ツヴァイの后としての補助にとどまらず、あなたこそが国主になるのが最善と思えます。
テラン王宮の中庭、噴水から流れ落ちる水を眺めながら、メルルは一人、物思いに耽っていた。 もっとも、それは男性から求婚されたという驚きや戸惑いからくるもので、決して相手を意識しての動揺ではない。 尊敬や、仮にも家族として縁を結んだという親しみは感じているものの、ごく薄い感情に過ぎない。 そして、恋愛感情を抜きにしても、メルルにはアインとツヴァイのどちらが王に相応しいのか、判断できない。 だが、予知の力も全く働かないのに、こんな難問をメルル個人の力で判断しなければならないなんて、明らかに荷が勝ち過ぎている。 「迷っているみたいだね、メルローズ」 振り返った視線の先にいたのは、占い師の装束に身を包んだ青年だった。 「お義兄さま……」 そう呟く言葉は、どうもぎこちなくて馴染まなかった。 メルルと同じく予知の力を見込まれたが故に王族の養子となった第三王子は、二人の王子と違って普段はほとんど王宮にいない。 そんな彼と二人っきりで話すのは、もしかするとこれが初めてかもしれないとメルルは思った。 「いいよ、別に実の兄ってわけでもないんだし。公式の場以外ではドライって呼んでいいよ」 どこか飄々とした口調でそう言ってのけたドライは、他の二人の王子よりもやや若い。詳しくは知らないが、メルルよりも2、3歳年上なだけだろう。 だが、さすがは占い師というべきか、全てを見透かすような不思議な目をしている。 「――なるほどね。 「え?」 「なぜって、この件には大魔道士ポップが大きく関わってくるからさ」 思いもかけないその言葉に、メルルはハッと息を飲む。 「ボクには見えるよ。 そう言いながら、ドライは噴水に手を浸す。彼の手をきっかけに、流れる水が左右に分かれて散り、水面に落ちていく。 「彼は正しく魔法使いだね――全てを変える魔法を使える。 「あなたには……何が、見えているのですか?」 思わずそう尋ねると、ドライは面白いものでも見るような表情で、メルルを見つめ返した。 「へえ。それを聞くとは、いい度胸だね。 もちろん、メルルはそれを知っていた。 ドライは常に二つの未来を予知するが、その未来が両立することはないのだから。 言い換えるのなら、彼は常に二つのプレゼントを差し出す意地悪なサンタクロースのようなものだ。 だが、どちらの箱に何が入っているかは、決して教えてはくれない。彼自身も、知らないのだから。 彼の予言を聞いた人が、自分が分岐を間違えたと気がつくのは、すでにその分岐を選択してしまって片方の未来に辿り着いた後のことだ。 むしろ、かえって迷いや未練を招くとされ、疎まれることが多い。 「……お教えください」 「いいよ、キミが望むのなら」 軽く頷き、ドライは軽く目を閉じた。 「はっきりと見えるね、良い未来と悪い未来が。悪い方の未来を、教えてあげよう。 目を瞑ったまま呟くドライの言葉は、メルルに語りかけるというよりはまるで独り言のようだった。 「どこにあるのかは、分からない。だが、高くて、変な気配を感じる厳重な塔だよ。……そうだね、おそらくは閉じ込めた者の魔法力を封じるしかけがあるんだろうね」 「……!」 不吉な仕掛けに、メルルは胸が痛くなるのを感じた。 「そう遠くない未来だよ……でも、今とはずいぶん違う。各国間の緊張が高まり、戦乱の危機が迫る世界だ。 ……ボクの知っている王も、半分ぐらいはいなくなっている。 想像していたよりももっとひどい未来が、咄々と語られていく。 「そんな中、英雄をそこに閉じ込めようとする動きが発生する。 「そんな……っ」 我慢できずに思わず上げてしまった声を、メルルは慌てて抑える。予知を語る最中に余計な口を差し挟むことは、非礼である上に術者の集中を乱す行為だ。 「……彼の仲間は、反対している。 目を閉じたままのドライは、ふと遠くを見やるように一方向を向いた。まるで実際にその塔を見つめているかのように、ドライは同情的に呟いた。 「まるで、人身御供だね。……ううん、人柱と言うべきかな。 そこまで言ってから、ドライはぱちりと目を開ける。そして、もう話はお終いとばかりに軽く両手を広げて見せた。 「今のボクに見えるのは、とりあえずはそこまで。その先に、また、何らかの分岐があるみたいだね」 その先など聞かなくとも、それだけでもメルルにとっては衝撃的過ぎる未来だった。 穏やかな湖から、突然、暴風雨の吹き荒れる海に投げ出されたように激しく揺れる胸を押さえながら、メルルは必死に問うた。 「そんなのって……どうすれば、それを回避できるの!?」 「そう聞かれても、困るよ。知っているだろう、ボクは未来は見えても、そこに辿り着くための道など見えない。 お手上げとばかりに、ドライは肩を竦めて見せる。 「でも、大いに悩んででも、キミは自分で答えをだした方がいい。
(……今日、決めなければならないの……!?) 畏怖の籠もった目で、メルルはそっとパーティ会場を伺った。 本来ならまだ未婚の二人の王子を射止めようと考えて、若い娘の出席が増える普通だろう。 姫となって以来、今まで幾度もパーティに参加してきたメルルの目には、今日のパーティはいかにも異様に映った。 だが、たった一つだけ例外がある。 はっきり言ってしまえば、今日のパーティの意図は見え透いている。 第一王子アインか、第二王子ツヴァイか。 おそらくは一番問題が少なく、また、すんなりと決まるであろう国王選定だ。少なくとも内乱など、テラン国内の騒動は起きないですむだろう。 (私が選べば……ポップさんは助かるの?) 愛のない結婚。 震えながら、メルルは二人の義兄を見つめる。 だが、それが終わって、二人がダンスを求めてきた時……一体、自分はどちらの手を取るべきなのか。 (ポップさん……っ) 無意識に助けを求め、心の中で彼の名を呼んだ時のことだった。 「ご報告申し上げます! パプニカ王女レオナ様、並びに勇者ダイ様、及び騎士ヒュンケル様、大魔道士ポップ様、騎士マァム様がお着きです!」 いつもより誇らしげに、伝令兵が新客の到来を声も高らかに告げた――。
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