『三人の王子と、お姫様 4』

 

「大魔道士様が……!?」

 病室にいるということも忘れたかのように、部屋の中にいる者達、そして部屋に入りきれなかったもののアバンの使徒達を気にして廊下に並んでいた人々が大きくどよめいた。 二代目大魔道士ポップ。

 今や、世界一の知名度を持つ彼は、現役の魔法使いはもちろん、賢者や僧侶以上の魔法の使い手として世間に知られている。
 だが、噂ばかりが先行している割には、ポップが実際に魔法を使うところを目撃した者は、少ない。

 魔王軍との戦いの最中、実際にポップの活躍を見た者ならば当然のように彼の魔法の凄さは知っているし、それを自慢げに語るのも珍しくはない。
 だが、現在のポップはよほどのことがない限り魔法を使うことはないため、噂ばかりが広がっている様な有様だ。

 凄いと誰もが口を揃えて噂するのにも関わらず、実際には見ることの出来ない魔法――それに、人々が多くの期待を乗せるのも当然だろう。

 思わぬところで大魔道士の魔法が見られるかもしれないと、人々が興奮に沸き立つのも無理はなかった。
 だが――。

「あいや、お待ちをっ! お待ちくださいっ、ポップ殿っ!」

 ざわめく一同の中で真っ先にそう声をあげたのは、アキームだった。
 若くしてベンガーナ王国の将軍位を獲得した男は、ダイ達にとっては魔王軍時代からの知己の間柄だ。

 だが、非常に堅苦しいと言うか生真面目なこの男ときたら、何度顔を合わせても大仰なまでに肩肘を張った態度を崩さない。
 そして規律を守ることに関しては、ベンガーナだけでなく世界各国にまで知られ渡った、筋金入りの石頭だった。

「ポップ殿に異議を唱えるのは非常に心苦しいのですが、しかし、あなたが回復魔法を唱えるのは世界会議にて正式に禁じられたはずです! 
 いくら恩人であり、テラン国王たるフォルケン様の危機とは言え、禁止条例を破るのは感心しないと存じますが」

 目上の者に奏上する口調で、だが、規則は決して曲げるべきではないという断固たる意思を込めて、アキームは言う。
 知り合いだからと言って手加減する気など微塵も感じられない、ガチガチな杓子定規なご意見を聞いて、ポップがわずかに苦笑する。

「うっわ〜、相変わらず頭、固ぇよなぁ」

 などと、仲間内にだけ聞こえる様な軽口を叩くポップは気楽なものだが、アキームの言葉に周囲の空気がまた変わった。

「そ……っ、そうですとも! 我がテラン王も、世界会議にてその条約に賛成の意を示しておられます。
 いかに王の命を助けるためとはいえ、それをないがしろにするなど、いかがなものかとっ」

 ツヴァイのすぐ後ろにいた中年の男が、声を張り上げる。あれは確か、ツヴァイ王子の元教育係であり今は側近として彼を支えている重臣の一人だとメルルは記憶していた。
 彼に同調する様に、その通りだと頷き合う者は意外なほど多かった。

 それも無理のないことだろう。
 世界会議の場で、ポップは各国の王達の目の前で、公的な場で回復魔法は決して使わないとの取り決めに賛同している。

 人の命は神の定めたものである以上、魔法の力によってその長短を左右することがあってはならないし、また、その力を持つポップに過度を期待や荷重がかからないようにと配慮した上で決められた法案である。

 世界各国の王達が共同で取り決めた条例なのだ、それを命の危機だからと言って一国の王が勝手に破っては示しがつかなくなる。
 それを無視して実行した場合、責められるのはテラン王よりもポップの方だろう。

 人助けをしたことが罪に値するなどとは馬鹿げているが、法律と言うものは一度発布されてしまえば往々にして、立案者の思惑を超えた困った解釈をする者が発生するものだ。 例えば、貧しい人々を救済する目的で作られた法律が、小賢しく法の抜け穴を追及する金持ちに利用され、私腹を肥やす輩が続出するように。

 今も、そうだ。
 本来、ポップが他人を助けようとして、自分の許容量以上の回復魔法を使い過ぎる事態が発生しないようにとの優しさから作られたはずの法律だった。大魔道士の奇跡を望んで、多くの人が彼の魔法を要求するのを制限するために。

 だが、立案者の思惑はさておき、ポップが法律を破ったのなら、それを格好の攻撃の的にして足を引っ張りかねない政敵は幾らでもいる。
 各国の王達がポップのためを思いやったからこそ生み出した法律が、ポップ本人の思いやりの自由を奪うとは皮肉な話だ。

(……ポップさん……っ)

 不安で一杯になりながら、メルルはポップを見つめる。
 王や義父を助けてもらいたい気持ちはあるが、そのためにポップが困った立場に追い込まれるなど、メルルは望んではいない。

 だが、ポップは心配するなとばかりにメルルに軽く目配せを送り、猛反対する連中に向き直った。

「お静かに。もちろん、世界各国の王様が決めた法律を破る気なんか、さらさらありませんよ。
 でもよ――破邪呪文は、回復魔法とは言えませんよね?」

 その一言に、ハッとしたような表情を見せた者は多かった。

「これが病気なら、おれだって手だしなんかしません。でも、『呪い』は病気なんかじゃない。他人の悪意のせいで、命を縮められるようなことが、許されていいわけがない……! 
 だから、おれは王様達に破邪呪文をかけたいんです」

 強い意志の込められた、力強い言葉。
 真剣な表情でそう望むポップを、それ以上止められる者はいなかった。最も反対していた、ツヴァイの側近でさえしぶしぶとながら念を押す。

「……大魔道士様、本当にシャナクをおかけになるだけですな?」

「ああ、もちろん。知っての通り、シャナクは回復どころか、呪いの解呪以外の効果は全くない呪文です。
 おれの見立てが間違っていたって、王様達にはなんの害もない話ですよ」

 ポップのその言葉が、反対派にとっては最後の決め手となったらしい。

「……承知致しました、大魔道士様。法に抵触しない上に危険がないのでしたら、あなたのご厚意を阻む理由がありませんな」

「王子、ですが……っ」

 側近はまだ不安要素があるようだったが、ツヴァイは上に立つ者だけがもつ貫禄をもって、目線だけで部下を制する。

「それでは、お手数ですがよろしくお願いします」

 代表して正式に依頼したツヴァイに対して、ポップはしっかりと頷いた。

  






「父なる神よ、数多の精霊よ……!! 我が願いに耳を傾けたまえ……」

 静かな、だがよく通る声が部屋の中に響き渡る。
 それは、有り触れたシャナクの呪文。
 教会に行って少し寄進すれば、いくらでも聞けるような有り触れた呪文にすぎなかった。
 だが、言葉はその辺の唱える僧侶と同じだというのに、大魔道士の呪文は特別だった。 彼が口を開くだけで、周囲の空気が変わる。
 彼の全身から放たれる清浄な光の輝きが、まるで大聖堂にでもいるような神聖さを生み出す。

 いかに外見が若かろうと、ポップはまさに大魔道士なのだと、見ている者は誰もが納得する。
 目を逸らすことすら惜しいと思えるほど眩い光に包まれた大魔道士は、一気に呪文を完成させた。

「神の物は、神の元へ。人の子の者は、人の子の者へ。
 不自然なる祈りは、祈り手へと送り返し給え――シャナク!」

 それぞれの手を、フォルケン王と実兄に当てて唱えた呪文は、光となって二人に吸い込まれていく。

 奇跡のようなその光が、余韻を残して消えていくのを惜しいと思った者は多かっただろう。だが、奇跡の本番はそれからだった。

「……こ、こ……は?」

 弱々しい声とと共に、王の目が見開かれる。それとほぼ時を同じくして、王の実兄が身を起こそうとしてか手を動かす。

「父上っ、伯父上っ!!」

 ツヴァイやアイン、それにメルルが慌てて駆け寄る中、側についていた兵士達も血相を変える。

「王様っ!? 王様が、目覚められたぞっ!?」

 驚き、喜ぶ人々の中で、ただ一人青ざめたまま呆然としたのは、ツヴァイ王子の側近だった。

「そ、そんな……!? まさか、本当に呪われていただなんて……っ」

「そっ。神のものは、神の元に。
 そして、呪いは術者の元へと戻るってワケですよ。たとえ、呪いを掛けた本人が自覚はしていなかったとしてもね」

 とてもさっきまであれほどの神秘性を漂わせていたとは思えないほど軽い調子で、ポップは言う。
 だが、ポップが浮かべている不敵な笑みや射るような視線は、魔王軍との戦いの中で敵に対して見せていたものと同じだった。

「ところで、……ずいぶんと顔色が悪い様ですが、大丈夫ですか? どこか、具合でも悪いとか?」

 普通に聞けば、ただ、相手を気遣うだけの言葉なのに、王子の側近は血相を変えてぶんぶんと首を振った。

「いっ、いや……っ、いやっ、なんでもないっ、あるわけがないっ、そんなはずは……っ。いえ、その、失礼……」

 何度となく汗を拭い、意味不明の言い訳を口にしながら引き下がるその男を、レオナとアバンがどこか冷ややかな目で見送る。
 それを見て、メルルは漠然とながらこの件の黒幕が誰だったのか、分かった気がした――。

   






「さっ、ポップ君。
 メルルのためだもの、問答無用でとりあえず協力はしたけど、ちゃーんと説明してもらおうかしら? あたしの目は、節穴じゃないのよ」

 メルルの私室、仲間達だけでそろって囲んだお茶会の席で、ずいと身を乗り出したのはレオナだった。

「さっき、ポップ君が使っていた魔法って、ただのシャナクじゃないでしょ?
 ちょっと変な輝き方だったけど、あたしの勘だとあれってキアリーよね」

 勘だと言いながら、レオナにはよほどの確信があるようで、それは断言に等しかった。おまけに、アバンまでもがレオナに同調して頷く。

「そうですね、あれはキアリーとベホイミの同時掛けでしたね」

「え? そうだったの、おれ、全然分かんなかった。ポップがシャナクって言ってたし、シャナクだと思ったよ」

 素直にそう言うダイの意見に、メルルも賛成だった。実際、メルルも多少の回復魔法を使えるが、あれが破邪呪文ではないとは気付かないし、そもそも疑いさえしなかった。
 あの場にいた者も、そうだろう。
 唱えた呪文と、実際にかけた魔法が違うだなんて、聞いたこともない。

 だが、そんな離れ業のような魔法を使って見せた大魔道士は、紅茶を飲みながらあっさりと肯定した。

「ああ、先生の言う通り、あれってシャナクに見せかけただけで、ただのキアリーとベホイミだよ。
 適当な理由をつけて、効きそうな呪文を唱えるつもりだったんだ。
 アポロさんからの報告書を見て、どうも呪いってよりは毒物じゃないかって思ってたんだけど、ビンゴだったよな」

「つまり、ポップ君には最初からこれは、病気ではないって分かっていたわけ?」

 顎に手を当て、首を傾げるしぐさを見せるレオナにポップは頷いた。

「もちろん。
 だいたいさ、最初っからおかしいと思っていたんだ。流行病だってんならともかく、兄弟がそろっていきなり揃ってぶったおれて、意識も戻らないなんて不自然過ぎるぜ。
 薬物によるものか、あるいは呪いか……絶対、誰かが変な細工をしたんだって思ってたんだよ。それも多分、王様にとってごく身近な人間が」

「そうと分かっていたなら、すぐにテランの人達に教えてあげればよかったのに。アポロさんだって、この国に来ていたんでしょう」

 それはいかにも、正義感が強くて慈愛深いマァムらしい意見だった。困っている人や、苦しんでいる人を無条件に救いたいと願い、そのために最短の方法をとろうとする真っ直ぐな思考。
 だが、勇者の魔法使いは、もう少し先まで展開を読み、考えていた。

「その手も考えたけど……身近に犯人が潜んでいるなら、かえってまずいかもなって思ったんだよ。

 アポロさんにこっそりとキアリーをかけてもらって治してもらったとしても、犯人をきちんと突き止めなければ再び狙われかねない。
 だから、犯人の炙り出しを兼ねて、ハッタリをしかけるために派手にやったわけ。ケケッ、見事に引っ掛かってくれたよな〜」

「そりゃ、仮にも大魔道士様が魔法で呪い返しをしたなんて言ったら、大抵の人間はビビッちゃうんじゃない?

 まあ、犯人さえ分かればいくらでも手の打ちようもあるし、結果オーライなんだけど……それにしても、よくもまあ、あんな堂々と無茶をやらかしてくれたわね。
 おかげで、あたしやメルル、アバン先生まで国際条約違反者よ」

 などといかにも不満そうに文句を言いながらも、茶目っ気に溢れるレオナの笑みになんの後悔も感じられない。もちろん、それはアバンやメルルも同じことだ。
 それが分かっているせいか、ポップの口調も軽いものだった。 

「だーいじょうぶ、唱えたのは『シャナク』なんだからバレやしないって。
 前にさ、ちょっとばかり研究したことがあんだよね〜。『唱えた呪文と効果の違う魔法を使えないかどうか』ってのをさ」

 ポップのその説明を、ダイは理解しきれなかったのか目をきょとんとさせる。

「え、えっと? ……それって、どーゆー意味、ポップ?」

「そうだな、どう説明すればおまえにも分かるか……。あのよ、呪文って、慣れればいちいち言う必要がないだろ?」

 ポップに聞かれて、ダイは自信なげに頷いた。

「え。あ、う、うん。……うんと頑張れば、ね」

 熟練した使い手ならば、無詠唱でも呪文は使えないわけではない。だが、それはひどく困難だ。

 魔法をジャンプと仮定するのであれば、呪文とは助走のようなものだ。勢いをつけるためには必須であり、それを抜きにいきなり魔法を使うのは、寝転んだ姿勢から唐突にジャンプする以上に難しい。

 当然、魔法があまり得意でないダイは、あまり無詠唱で魔法を使える方ではない。
 だが、ポップは中級程度までの魔法なら、全て無詠唱で即座に発動可能だ。

「それをもう少し、捻れないかなって思ったんだよ。呪文を唱えないのではなく、別の呪文を唱えながら発動させられないかな、って」

 その説明だけで、すぐにピンときたのはアバンだけのようだった。

「なるほどね、なかなか面白いところに目をつけますね。さすがはポップです」

「え? え? ど、どーゆーこと?」

「だからよー、つまり、こーゆーことだよ。『ボケダイッ』!」

 ポップがそう叫んだ瞬間、生み出された炎の塊がダイを襲う。言葉こそは目茶苦茶だが、その魔法効果は確かに火炎呪文だ。

「うわわっ!? ポッ、ポップ、今の何っ!?」

「だから、理論の実践だよ。呪文じゃない言葉を唱えても魔法を使えるかどうかって、実験」

「違うよっ、そこじゃなくって、なんでよりによって『ボケダイ』なんだよーっ!?」

(……メラをぶつけられた件は、どうでもいいのかしら?)

 などとメルルはこっそりと心配してしまったが、ポップの火炎呪文をまともに食らい服もちょっぴり焼け焦げたのに、ダイはいたって元気そうなので、問題はないのだろう。……多分。

「まあ、いいじゃん、言いやすければなんでもよかったんだから。
 でもよ、ここまでは出来るけど、別の呪文を唱えながら違う呪文を使うってのは、どうも上手くいかないんだ。
 『メラ』と唱えながら、ヒャドは使えない」

 そう言うポップの指から、一瞬氷が生まれかけたもののボウッと浮かんだ炎が打ち消し、すぐにフイッと消えてしまう。

「メラを思い浮かべながらヒャドを使おうとしても、呪文のイメージに引きずられてしまうせいか、結局口にした呪文の効果がでちまうんだ。
 まったく、上手くいかないよなー、『メラゾーマ』とか言いながらマヒャドでもぶつければ、相手の油断やら混乱を誘えるのにさ」

 どこまで本気なのか、さも残念そうに言うポップのすぐ横で、ダイがボソッと呟いた。
「…………それをされたら一番困るの、おれだと思う」

 その言葉が聞こえていなかったのか、無視しただけか、ポップは平然と説明を続ける。

「そんなわけで呪文入れ替えは諦めてたんだけど、ある時気がついたんだよ。回復魔法なら、この手が使えるってね」

 ポップの顔に、得意そうな、悪戯っぽい表情が浮かぶ。

「知っての通り、おれは元々魔法使いだったし、僧侶の呪文なんか全然使えないと思っていた。まあ、最後の戦いのちょっと前に、師匠の命令でほとんどの呪文の契約はやらされたんだけど。

 でも練習さえしたことなかったのに、最後の戦いの時に一気に大量の僧侶系魔法が急に使える様になったからさー、まだイメージが固まってないみたいなんだ」

「……魔法とは、そういうものなのか?」

 呪文に無縁な戦士のせいか、ヒュンケルには今一歩理解しにくいらしい。

「そういうもんなんだよ。
 ヒュンケル、てめえだって『獣王会心撃』って叫びながらグランドクロスは使えないだろ?」

 その例えは分かりやすかったのか、魔剣戦士は素直に頷いた。

「ま、イメージがあやふやなのは、ある意味であの法律のおかげだな。あのせいで戦後は回復魔法をあんまり使わなかったから、ますますイメージが固定されにくかったみたいで、僧侶系の呪文に限ってなら違う呪文を唱えながらでも別の魔法を発動できるんだ。
 よっと、『ニフラム』!」

 ダイに向かって再び投げつけられた呪文は、退散呪文――邪悪なる者を光の中に消し去る呪文だ。
 だが、その呪文は柔らかい光を帯びて一瞬だけ輝き、ダイの赤くなった肌を見る見るうちに元に戻した。

「え? あれ……これ、ホイミ?」

 戸惑って目をぱちくりさせるダイの頭をくしゃくしゃと撫で、まあ、いずれはイメージが固定化されてこんな小細工も出来なくなるんだろうけど、とポップは笑った。
 そんなポップを、メルルは感謝を込めて見つめる。

 彼は、いつもそうだ。
 未来が見えるだけの自分と違って、ポップは誰もが思いつかない方法をもって、未来を切り開く。

 口先を駆使し、魔法を操り、仲間達の手を借りて奇跡を起こすことが出来る魔法使い。

「……本当に、ありがとうございます。ポップさんも、皆さんも……っ」

 溢れでそうなる涙を堪えながら、メルルはポップやアバンの使徒達に礼を述べる。本当ならば、もっと、もっと伝えたい感謝の思いがあるのに、たったこれだけの言葉しか言えない自分がもどかしい。

 だが、ポップやダイ達はそんなことは分かっているとばかりに優しくメルルを受け入れてくれた。

「いいんだよ、メルル、当たり前のことをしただけなんだからさ」

「そうだよ! だって、メルルもおれ達の仲間じゃないか!」

「ええ、仲間を助けるためなら、全力を尽くすわ。そうでしょう?」

「……無論だ」

 拙い感謝の言葉も最後まで言うことのできない自分に対して、なんて嬉しい言葉を言ってくれるのか。
 思わず泣いてしまったメルルを、レオナが慰める様に優しく抱き締めながらこっそりと囁く。

「ねえ、メルル。
 内緒だけど、あたしはずっと思ってたことがあるのよ……最後のアバンの印を受け取るのはあなたの方が相応しかったんじゃないかってね。
 だからあたしにとっては、あなたもアバンの使徒の一人なの」

 メルルにだけ聞こえる小さな声は、どんな大声よりも強く、彼女の胸に染み渡った――。

   






「やあ、メルローズ。おめでとう」

 そうドライが言ったのは、前の予言から一週間後のことだった。
 ツヴァイ王子の側近が辞職して王宮を去り、事件に一通りのカタがつき、フォルケン王や実兄の体調も持ち直して、アバンの使徒達がそれぞれ帰国した後のこと。

 祭りが終わった後の様にどこか寂寥としたテラン城の噴水に、ドライはいた。
 国の騒動など関係ないとばかりに飄々とした態度を崩さなかったこの第三王子は、この大騒ぎにもほとんど関与しなかった。

 そして、王宮が落ち着いたのを見計らって、別荘に帰ると言い出した彼を、誰も敢えて引き止めなかった。
 王や兄王子達にだけ簡単な挨拶をすませ、ぶらっと帰るのがいつもの彼のやり方だが、意外にもメルルにも挨拶がしたいとの申し出があった。

 堅苦しい面会はごめんだからと、城の噴水で会いたいと言う要望に従って来た途端、開口一番にそう言われて、メルルは思わず首を傾げる。

「あの、それはどういう意味ですか……?」

「なぁに、お祝いはお祝いさ。心からの賛辞を送らせてもらうよ。
 キミは、最悪の未来を回避したんだから」

 その言葉に、メルルはハッとする。
 ポップや仲間達の助けで王達は助かり、結婚の話も白紙に戻って、大きく安堵はしたものの、メルルの心にはずっと不安が引っ掛かっていた。

 今は、大団円に見えるかもしれない。
 だが、未来とは少しのきっかけで劇的に変化していくものだ。
 ドライから聞いた不吉な未来が、いつか実現するかもしれないかという不安――。
 しかし、二つの未来を告げる占い師は、今は自信を持って一つの未来を否定した。

「分岐が過ぎるまでは、ボクにもどちらの未来が訪れるのか分からない。でも、分岐さえ過ぎてしまえば、簡単に分かる。
 二つではなく、一つの未来しか見えなくなるからね。
 もう、ボクの目には、あの不吉な塔は見えない」

 それを伝えておきたかったんだ、とそれだけを言い残し、ドライはもう用は済んだとばかりにそのまま歩きだそうとする。
 そんな彼の背中に、メルルは思わず呼び掛けていた。

「ま、待ってください! あのっ、それではもう一つの未来というのは、いったいどんなものだったんですか!?」

 その声に、ドライはぴたりと足を止める。

「もう一つの未来? なんだ、そんなのを聞きたいのかい?」

 振り返った顔に浮かぶのは、少しばかり皮肉めいた、だが優しさの感じられる笑顔だった。

「話すまでもないよ。
 だって、キミ自身、もう見始めているじゃないか」

「え?」

「アバンの使徒達と手を取り合って、一つの理想を目指し、キミ自身の意志で進む未来……こちらの未来が辿り着く先は、キミの目で確かめられるものだしね」

 だから、キミの先の楽しみのためにこちらの未来は黙っておくよと、秘密めかして唇に指を立てて見せ、未来を知る占い師は去っていった――。


                                      END


《後書き》

 200000hit (その4)記念リクエスト、『メルル中心のテランお家騒動な内容でメルルとアバンの使徒たちの友情』でしたっ♪
 王女メルルと騎士マァムの設定がお気に召したとの嬉しいお言葉をいただきましたので、頑張ってみましたが、ど、どうでしょうか?

 テランの三王子、捏造満載でやりたい放題に書いたオリキャラ揃いですみませんですが、書いてて結構楽しかったです。

 童話なんかでは、欲張り長男、ちゃっかり次男、とんだボケナスか心優しく欲がないかの両極端な三王子がセオリーですが、テラン三王子のモチーフは懐かしの○子3兄弟だったりします(笑)
 自分が一番、次男な感じで。

 ところでこのお話、こっそりと裏のダークワールドの『闇の翼』の分岐にあたるお話だったりもします。
 もし、ここでメルルが自分を犠牲にしてでもポップを助けるつもりでどちらかの王子と結婚したなら、『闇の翼』ルート発生!

 それをきっかけにツヴァイ王子の野心の暴走が発生し、終いには世界各国の王達のぎすぎすした争いに繋がるという裏ストーリーがあったりします。いや、どうでもいいバッドエンディングルート裏話なんですけど。

 

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