『三人の王子と、お姫様 3』 |
ずらりと揃って登場したアバンの使徒達に、会場がざわめいた。 だが、その有名さとは裏腹に、彼らと直接顔を合わせたことのない者は多い。庶民だけでなく、貴族階級でもそれは同じだ。 ましてやこんな風に揃って登場するなど、国際的に大掛かりな儀式の場か、パーティでもなければ有り得ない。 「これは驚きました、レオナ姫。まさか、あなたが直々にお出でくださるとは……! しかも、他のアバンの使徒達までもが揃うとは、なんたる光栄、いやいや壮観ですな」 演技以上の驚きを込め、このパーティの主催に当たるツヴァイが彼らを迎える。 だが、この程度の規模のパーティであれば、忙しい王族がいちいち足を運ぶなど有り得ない。 現に、ベンガーナ王国からはアキーム将軍が、リンガイア王国からはバウスン将軍が参加しているだけだ。ロモス王国からは王子が一人参加しているが、まだ成人に達する前の末の王子な辺りが、この件に関する関心の度合いを示している。 「お久しゅうございます、ツヴァイ王子。ご招待に甘えて、大勢での押しかけてしまってごめんあそばせ。 いかにも他意のない、若い女の子らしい気紛れやわがままと見せかけた茶目っ気に溢れた言い訳が、かえってチャーミングに見える。 可憐で可愛らしく、甘え上手なお姫様にこんな風にねだられて、断れる男がいるものだろうか。 「お許しだなんて……むしろ、アバンの使徒達の勢揃いを拝見出来るとは、光栄ですとも。 あなた方のダンスは素晴らしいと噂に聞いております。間近でそれを見られるとは、私は運がいい」 いかにも機嫌よさげにそう答えるツヴァイを見ながら、メルルは少しばかり心配になってダイ達の様子を窺ってしまう。 だが、アバンの使徒全員がダンスが得意だと思うのは、大きな間違いだ。 おそらく、アバンの使徒がダンス上手という噂はそこから生まれたのだろう。 二人よりはましとは言え、マァムとて大差はない。 だが、メルルの心配をよそに、ダンスについては彼らは明らかに打ち合わせをすませてからここに来ていたらしい。 「では、先陣は私がきらせていただきますわ。 凛とした声を響かせて、姫の前に恭しく膝をついたのは、白銀の騎士服に身を包んだ女騎士だった。 「マアムさん……! レオナ姫と踊らなくて、よろしいのですか?」 驚きと戸惑いの中、後半は他の人に聞こえない様に、メルルはこっそりと囁く。 「レオナは大丈夫よ。今日は、ダイがいるから」 よく見れば、レオナ姫のすぐ側には盛装したダイが控えている。 世界を救った勇者を押し退けてまで、姫に求婚する勇気を持つような男はこの世にはいまい。 「でも、ポップさんは……?」 パーティには常に賢者として参加するポップは、中性と見なされて男女どちらからもダンスを申し込まれる立場だ。 人あしらいの巧いポップは大抵は無難にいなしているが、あまりにしつこく絡まれる時はマァムが彼の側に付き添う。 そうでなかったとしても、ポップもまたメルルの結婚相手として周囲の期待を集めている人物だ。 そんな人達にポップが嫌がらせをされるのではないかと心配になったが、その心配もマァムは笑い飛ばす。 「ポップも平気よ。だって、私よりもずっと頼もしい騎士が護ってくれているもの」 そういって、目立たないように指す方向に、珍しくも、ヒュンケルがポップの側に付き添っているのが見えた。普段はパーティが苦手でとことん出席を避けるヒュンケルだが、今日ばかりは盛装で参加している。 ヒュンケルやラーハルトはパーティに参加した場合、いかにもしぶしぶ参加したという雰囲気まるだしで、退屈そうに隅の方の壁に寄り掛かっているのが常だ。 元不死騎団長の面目躍如とばかりの鋭い眼光で牽制をしかけているせいで、踊りを申し込む者どころか、人も近寄らない空間が発生してしまっている。 「だから、心配はいらないわ。どうか、私と踊ってください、メルローズ姫」 差し延べられる手を前に、メルルはためらわずにはいられない。 彼らの優しさや実行力は、メルルが一番よく知っている。メルルが助けを求めれば、きっと助け手を差しのべてくれる……だからこそ、それに甘えていいのだろうかという迷いがあった。 「ありがとうございます、姫。 わざとらしいその言葉が、いささかぎこちないのは仕方がないだろう。真正直なマァムは、それほど演技が上手いとは言えないのだから。 だが、自分を助けてくれようとする騎士に恥をかかせない様に、メルルは素直にその手に従ったせいで、不自然さが薄れる。
くるくるとダンスフロアの真ん中辺りを回りながら、マァムは小声で囁きかけてくる。 「あなたが、大変なのは分かるの。そして、あなたが私達に迷惑をかけないようにと、一人でなんとかしようとしていることも……。 必ず自分が守ると言わんばかりに、しっかりとメルルを抱えた手は、暖かい。 「私だけじゃ、ないの。レオナも、ダイも、ヒュンケルも、アバン先生だって手を貸してあげたいと思っているの……それに、ポップが言っていたわ」 恋のライバルに当たる相手から聞かされる、大好きな人の名前にメルルは一瞬ドキリとする。 「あなたを助ける方法は、あるって。もし、あなたが協力してくれるのなら……そう言っていたわ。 「マァムさん……」 何の衒いもためらいもなく、ポップを信じていると言い切ることのできるマァムが、メルルには眩しく見える。 気弱で内気なメルルと違い、前向きで、無条件で他人に助け手を差し延べることのできる人だ。 マァムの方にはまだ迷いがある様だが、それでも彼女の気持ちの中でポップが占める部分はとても大きいだろうとメルルは予測している。 ヒュンケルと一緒に並んで立っているポップは、じっとこちらの方を見つめている。落ち着き払ったその態度に、演技が混じっていないとは言えない。 だが、今のポップの落ち着きは、演技というよりはマァムに対する信頼の証しである様に思える。 「……ありがとうございます、マァムさん。 恋の競争相手として、メルルは自分がマァムと競えるとは思っていない。だが、ポップを信じるという一点においてなら、メルルはマァムだけでなく他の誰にも負けてはいない。 魔王軍との戦いの最中、バーンとの戦いの時だけとは言え、ポップと心を繋げた瞬間は、メルルにとって生涯の思い出だ。 あの時のポップの心の強さを、メルルは忘れたことはない。あれほどの絶望から立ち上がり、最後の最後まであがこうとしたポップのあの強さは未だに閃光のようにこの胸に焼き付いている。 そのポップの言葉を、どうして疑えるだろう? 「よかった……!」 自分のことの様に嬉しそうに微笑み、マァムはその笑顔のままポップの方を振り返る。それだけで意思が通じたのか、ポップも笑顔で軽く指を立てて了承の合図を送ってきた。
「…………ううっ!?」 少しばかり大袈裟な声を上げて頭を抱えて蹲るポップに、誰よりも大騒ぎしたのはダイだった。 「わっ!? わわっ、大丈夫、ポップ!? どしたの!?」 どこか棒読みのような気がする――と思うのは、メルルがダイをよく知っているせいだろうか。 「どうなさいました、大魔道士様?」 少なくとも、ツヴァイ王子は全く不審に思っていないのか、気遣わしげにポップに声を掛ける。 「あ、いえ、たいしたことは……。なぜか、この部屋に入った途端、頭痛がしたものですから」 素のままのポップを知っている者ならつい吹き出してしまうような丁寧さで、大魔道士はそう言った。 「え……ポップ君もなの? 実は私もなの……ああ、どうしてなのかしら?」 いかにも物憂げに、額に手を当てるしぐさをするレオナはひどく弱々しく、誰かの支えがなければ倒れてしまいそうな様子だった。 まさに、レオナは完璧だった――押さえた手の下から、メルルにだけ見えるようにちゃっかりとウインクしてのけた茶目っ気さえなければ。 「わー、ぽっぷだけじゃなくてれおなまで!? 大変だ、どうしようあばん先生っ?」 慌て過ぎていささか呂律が回らなくなっている勇者様のお言葉を聞いて、彼に支えられてやっと立っているはずの大魔道士が、こっそりと肘打ちを食らわしたのを見たのは、どうやらメルルだけだったらしい。 他の人はダイの言葉に釣られて、アバンへと注目していた。 「困りましたね、実は私もさっきから頭痛を感じているのですよ。……不思議ですね、この部屋に何か、あるのでしょうか?」 そう言いながら、アバンはゆっくりと部屋の中を見回す。 それだけでもメルルにしてみれば大きな助けだと思ったのに、どうやらポップの作戦はパーティが終わってからが本番だったらしい。 王達を疲れさせてはいけないからと引き止めようとした者達もいたが、アバンの使徒全員を遮れる人間などこの世にいるわけがない。 なにより、ツヴァイがダイ達の申し出に感激し、進んで案内したために十数人程の人数での見舞いとなった。 「……なにか、この部屋には……よくない魔法の気配が感じられます。そう……言うなれば、呪い、とでも言うべきものが」 ポップのその言葉に、その場にいた全員が大きくどよめく。 「呪いですって!? 馬鹿な……っ」 そう言いかけてから、ツヴァイは慌てて謝罪する。 「いや、失礼。決して大魔道士様のお言葉に疑念を挟むつもりはなかったのですが。 「そうですね、見た限り、ポップの反応が一番ひどくて、レオナ姫の反応はそれよりも弱い。私の頭痛は、二人のそれよりもずっと軽いようです。 稀にですが、呪いの相手が無意識に悪意の念をぶつけてしまうことで、自然に呪いが発生してしまうことがあります。 もっともらしくそう言いながら、アバンはメルルを向き直る。 「この城で最も鋭敏な感覚をお持ちと言うのなら、占い師であるメルローズ姫をおいて他にないでしょう。 突然ぶつけられた質問に焦ったものの、マァムが伝えてくれた伝言のおかげでメルルには心の準備が出来ていた。 「え、ええ……。 嘘ではないものの、真実ではないことを口にするのは疲れるものなのだと、メルルは思い知った。 確かにこの部屋に入るのは気が重かったが、それは単に王や義父が心配だっただけだ。だが、身近な存在であるメルルのその言葉は、テラン国内にいる者ほど信じたようだ。 「そうだったとは……!」 「そう言えば、姫様がこの部屋に入る時は、いつもお辛そうでしたわ!!」 「ええ、いつもお顔の色が優れなくて……!」 メルルの様子を都合よく解釈した侍女達の言葉のおかげで、ツヴァイ達もそれを信じたらしい。 「そんな、難病だと言うだけでも手に負えなかったのに、呪いだなんて……! そんなものに、どう対処すればいいと言うんだ!?」 「なぁに、呪いなら、解けばいいだけの話ですよ」 あっさりとそう言ったのは、ポップだった。 「テラン王には魔王軍との戦いの時に、さんざんお世話になったんです。いつか、お礼をしたいと思っていました。
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