『秘するべき使命 4』

 

 熱さと、冷たさ。
 戦いを前にしたかのような奇妙なまでの興奮と、それとは裏腹の冷たい鈍痛が、同時にヒュンケルを支配していた。

 脳裏が真っ白になってしまいそうな衝撃を受けているのにもかかわらず、ヒュンケルは手にした剣を手放しはしなかった。
 片手に剣を、片手で弟弟子を受け止めながら、ヒュンケルは目を見張って何度も何度も目の前の光景を確かめる。

 だが、何度見てもそれは変わることはなかった。
 背から血を流し、目を閉じたままぐったりとして、動きもしないポップの姿――最悪の、そして二度と見たくないはずの光景が再現された苦痛に、身も心も焼かれてしまいそうになる。

 幼い頃の記憶が、ふと脳裏を掠めた。
 崩れ去っていくバルトスを前にして、何もできずにいるしかなかった幼い自分。悲しみに押し潰されそうになったヒュンケルの目に映ったのは、若き日の勇者だった。

 吹き荒れる悲しみや苦痛をすべて怒りに変え、アバンを睨みつけた時の猛々しい感情が、ヒュンケルの中に蘇っていた。

「おまえが……やったのか……!」

 ゆらりと。
 彼から何かが立ち上ぼるのが見えたと、後に多くの兵士達が証言した。それは『殺気』と呼ぶのが一番相応しいのだろう。

 近衛隊長としてのヒュンケルしか知らない新兵でさえ、魔王軍軍団長の地位に相応しい禍々しいまでの殺気を感じ取ったのだ。
 周囲から見てでさえ感じとれる鬼気を、すぐ目の前でぶつけられた犯人達の衝撃は大きかった。

「……ひ……っ」

 声になりきっていない呻きを漏らし、血に染まった剣を持っていた男は投げ捨てるように武器を捨てた。
 だが、それでも少しも減じることのない迫力に、泣かんばかりに首を左右に振ろうとする。だが、恐怖に強張りまくっているせいか、その動きはひどく鈍かった。

「ち……違……っ、違い、ますっ!? そんなつもりじゃ……」

 呂律が回りきっていない言い訳を、ヒュンケルは聞いてさえいなかった。
 何が違うというのか。
 あの時、ポップはヒュンケルを止めるのを最優先したせいで自分を守ろうとさえしていなかった。

 言い換えるなら、ポップは自分の身を捨ててまでこの男を庇ったのだ。そのポップに対して、男は武器を止めることすらしなかった。
 おそらくは止める気がなかったのではなく力量的にできなかったのだろうが、ヒュンケルにとっては同じことだ。

 この男のせいで、ポップが傷を負った――それ以上を、考えることなどできない。
 片手に力を込め、ヒュンケルは再び剣を振るおうと考えた。
 だが、さっきのように、相手に一撃で致命傷を与えて止めるためではない。犯人に対する慈悲どころか、罪悪感さえ消し飛んでいた。

(どこに……当てればいい?)

 相手を制止するよりも、より苦痛を与えるであろう場所を狙いたいと思ってしまう自分の邪悪さを痛いほど感じながら、ヒュンケルは剣を握り締める柄に力を込める。
 と、その時、腕の中でポップが身動ぎした。

「……う…ゲ、ゲホッ、ケホ……ッ!」

「ポップ!」

 苦しそうに咳き込んでいるとはいえようやく反応を見せたポップを見て、ヒュンケルの中に安堵が浮かぶ。

「べ……ベホイミ!」

 自分の胸元に手を当ててポップがそう唱えた途端、掌から放たれた暖かい光はその薄い身体を突き通り、背中の傷を癒やしていく。
 服の裂け目から見えていた痛々しい傷が見る間に修復されたかと思うと、ポップはいきなりむっくりと起きあがった。

「……あー、びっくりした。痛くて一瞬、意識が飛びかけたぜー。でも、もう平気だから離せよ、傷は治したしさ」

 場違いな程に脳天気で明るい声が周囲に張り詰めていた緊張感を緩めさせ、殺気に支配されていた兄弟子の気を幾分かでも和らげる。
 息を飲んで状況を見守っていた兵士からも、歓声が上がった。

「大魔道士様、ご無事だったんですか!?」

「よかった、一時はどうなることかと……! さすが大魔道士様ですね!」

 それを耳にした時の、犯人達の顔は見物だった。

「だ……だい、ま、どうし?」

 そろいもそろってポカンと口を開け、到底信じられない言葉を聞いたとばかりに自分を見つめる犯人らに向かって、ポップは屈託なく笑い掛ける。

「そっ。自分でも柄じゃないと思うけど、一応、おれ、二代目大魔道士なんだよ。
 で、ものは相談だけど、あんたら今度こそおとなしく逮捕されてくんない? 今なら、たいした罪にもならないからよ」

「「え?」」

 意外さに思わず、声を上げてしまった犯人らの声にかぶさるように、兵士達からも同じような声があがる。
 ただ、犯人らと違って兵士達の声には意外さに驚くだけでなく、明らかな不満や憤りが感じられる。

 それもそうだろう、兵士達にしてみれば彼らは大魔道士を傷つけた極悪犯だ。生死を問わずに緊急逮捕をしてもいいぐらいの気持ちでいるのに、とうの被害者がこんなことを言い出したのでは戸惑うのも無理はない。
 だが、犯人らの戸惑いは兵士達以上だった。

「ど、どうして……? オレ、は、あんたを殺してしまうとこだったのに……」

「別におれ、死んでないし。それにさ……さっきの話も聞いちまったし、そうなるとなんか、ほっとけないじゃん。
 おれもできるだけの口添えはするから、もうこんなことは止めにしてくれないか?」

「で、……でも……」

 ポップからの申し出は、犯人らにとっては願ったり叶ったりと言うレベルに都合のいいものだ。だが、それだけの好条件にも関わらず、犯人らはためらう様に何度もヒュンケルの方を盗み見る。

 ヒュンケルは、一応は剣を下ろしてはいた。だが、まだ剣を手放してはいないし、彼の目は油断することなく鋭い光を称えている。ほんのわずかでも何かきっかけがあれば、その剣を振るうことも辞さない気迫に満ちあふれている。

 無言のまま犯人を凝視している寡黙な戦士と目が合うだけで、犯人らはヒッと引きつった声を漏らして震えだす。
 まるで、復讐を望む者とその対象となる者が逆転したかのような光景だ。

 今すぐにでも実行しかねない銀髪の戦士に向かって、恐れる様子もなく声を掛けたのはポップだった。

「おめえも、いつまで剣で脅しつけてるんだよ!? こいつらが考え直すんなら問題ないだろ、おまえに実害があったわけじゃないし。
 もう、許してやったっていいじゃん」

「………………」

 ヒュンケルはしばし、迷う様にポップと犯人らを見比べる。ポップにとってはともかく、犯人らにとっては生きた心地もしない時間だったが、ヒュンケルは小さく溜め息をつく。

「……おまえがそう言うのなら、な」

 いかにも不本意そうな様子ながら、それでも剣を納めたヒュンケルを見て犯人らだけではなく、彼の部下に当たる兵士一同までもが大きく安堵の息を吐いた――。





「……自分達の浅はかさが、身に染みました……」

 取調室の中、きちんと姿勢を正して座りこんだ犯人らは、神妙な表情で自分達の犯した罪を認めていた。
 彼らの意見は、全員一致で固まっていた。

「どのような裁きも、甘んじて受けるつもりです。申し訳ありませんでした」

 改悛の意思を示す犯人らの取り調べに当たっているのは、副隊長だった。
 本来ならこのような大事件の取り調べは当事者でもある近衛隊長が当たって当然なのだが、ヒュンケルの顔を見るだけで犯人らが怯えきってしまう。

 これではまともな取り調べもできないからと、副隊長が代わりを引き受けたのだ。
 経験豊かなベテラン兵士である彼は、手際よく犯人らの供述をまとめていく。その上で、彼らの真意を問い質すのも忘れなかった。

「それは、もう隊長への復讐を果たす気はない……そう解釈していいんですかい?」

「はい。……オレ達には、その資格はないと思いしりましたから」

 平穏で申し分のない国を一度失い、魔王軍や怪物に怯えた日々――それらは確かに犯人達に深い傷を与えた。
 だからこそ、それを与えた存在に対して憤る権利が自分達にある……そんな風に錯覚していたのだ。

 今思えば、こんな傲慢な勘違いもない。
 自分達の中にある不満や苛立ちを正当化させ、復讐だから何をしてもいいのだと思い込もうとしていただけだと、はっきりと分かる。

 大切な人を失う悲しみや怒りは、そんなものでは済まされない。
 あの時、倒れたポップを見てヒュンケルが浮かべた怒りの形相が、それを教えてくれた。理性や正義すらも薄れる程の激情――そこまでの思いがあって始めて、復讐を成し遂げる覚悟が生まれるのだと。

 罪を犯してでもやり遂げたいと思う程の情熱も、他人を傷つける覚悟もないままの自分達がいかに未熟だったか、心の底から思い知らされた。
 なにより、自分達が敵に回そうとした相手のことを見くびり過ぎていた。

「…………あんなに怖い思いをしたことは、ありませんでした。もう二度と、あの人と敵対したいだなんて思えません」

 俯いたまま震えている犯人らに対して、副隊長はよく分かるとばかりに大きく頷いて笑った。

「そりゃ、同感だねぇ。あっしだって、大魔道士様絡みのことであの隊長を怒らせたいとは思わないからね、おっかなくて」





「……結局、被害は二代目大魔道士が軽傷を負ったのみ。犯人らは現在は一応身柄を拘束しているが、特に背後関係がなく、犯罪歴もなし。再犯の可能性も薄く、大いに反省してる、とのこと。年も若いことだし、情状斟酌の余地あり、ね」

 事件のあらましの書かれた報告書と、目の前にいるポップとヒュンケル――要は事件の当事者達を見比べて、レオナは問い掛ける。

「ふぅん。――それで、念のために確認しておくけど、問題は特に起こらなかった……私はそう認識しておいていいのかしら?」

 レオナのその問い掛けに、ヒュンケルは重々しく眉を顰め、逆にポップはパッと顔を輝かせる。

「うん、そうしてくれると助かるぜ。あいつら、そんなに悪い連中ってわけでもないみたいだし」

 厳密に彼らの罪を追及するのであれば、問答無用の大罪になる。
 なにしろ、王女の裁きに不服を唱えてパプニカ王国近衛隊長に危害を加えようと計画し、結果的に大魔道士を負傷させたのだから。
 最悪の場合死罪、軽くても数年の実刑は免れないところである。

 だが、法律には抜け穴と言うか、適度に拡大解釈できる緩さというものがあるものなのだ。
 この程度の規模の小さな事件ならば、この国の最高の司法官でもあるレオナの温情の匙加減でなんとでもなる。

「まあ……被害者であるポップ君がそう主張するなら別にそうしてもいいんだけど……。でも、本当に大丈夫なの?」

 ちらりと気遣わしげな視線を向けるレオナに対して、ポップは明るく笑って見せた。

「へーきへーき、怪我はなんともないって、もう完全に治したよ。だいたい怪我って言っても掠り傷だったし、割り込んだおれの自業自得だしさー」

 いかにも気楽なポップの言葉に、ヒュンケルはジロリと無言のまま睨みつける。

「な、なんだよ? なんか、文句でもあるのかよ!?」

「………………」

 沈黙したまま、だが、何か言いたげにヒュンケルは弟弟子を睨み続ける。
 その視線に根負けした様に、ポップはしぶしぶのように謝罪を口にする。

「あーっ、分かったよ! わ……悪かったよ、迷惑かけてよ。すまなかった、って……思ってる」

 饒舌なポップにしては珍しく、ひどく言いにくそうに、ぽつりぽつりとやっと言葉を口にする。
 ポップにしてみれば、こんなに言いにくい言葉もない。

 ただでさえわだかまりのある兄弟子に対して謝るだなんて、ポップにしてみればそれこそ断崖絶壁から魔法抜きで飛び下りるぐらいの覚悟と勇気が要求される難事業だ。
 だが、確実にヒュンケルに迷惑をかけた自覚があるだけに、このまま知らん顔をしているのも気が引ける。

 それに、謝りたいのはヒュンケルに迷惑をかけたこと、だけではない。
 それよりももっと気になるのは、ヒュンケルの心の傷を抉ってしまったことの方だ。
 ヒュンケルが自分の過去を必要以上に気にして、それを償うために過剰なぐらいパプニカのために尽くそうとしているのを、ポップは知っている。

 だが、どんなに誠実に振る舞ったとしても、ヒュンケルをそれでも許せないと思う人間は一定数存在する。
 それに対して言い訳しようともせず、淡々と罪をそのまま受け止めようとする兄弟子の不器用さを見る度に、ポップは苛立ちを感じていた。

 だからこそ今回の犯人達の件はヒュンケルに気付かれない様にこっそりと片付けたかったのに、結果としては想定した以上の大騒動になってしまった。

 そんなつもりはなかっただけに、ポップとしては素直に済まないと思ったからこそ、しぶしぶながら謝ったのだ。
 だが、ヒュンケルの反応はポップの神経を逆撫でするものだった。

「……そんな謝罪なら、いらん」

「なっ、なんだよっ、その言い草はっ!? てめえっ、人がせっかく下手にでて謝ったっつーのになんだよ、その上から目線はっ!?」

 ついさっきまでの殊勝さはどこに行ったやら、怒り狂うポップをヒュンケルは無言のまま、やはり何か言いたげな視線を向けるばかりだった――。





(……本当に、どこまで分かっていないんだ)

 ――文句なら、山ほどある。
 だが、あり過ぎるせいで口下手なヒュンケルでは到底言葉になりきらず、胸の中でぐるぐると渦巻いてしまう。

 謝ってほしいと思うことや、もっと反省してもらいたいと思うのは、そんなことではない。正直、ヒュンケルにとってはこの程度の迷惑などなんの問題にもならない。
 どんな大騒動になったとしても、ポップが無事ならばそれでいい。

 だが、ポップが自分自身を粗末に扱い、怪我をしたことだけは許せないと思う。
 だいたい、体調不良気味で魔法があまり使えないのに無防備に城の外に飛び出した段階で、ヒュンケルの不満ゲージは膨れ上がっていたのだ。

 それだけならまだしも、犯人に同情するあまり自衛のための魔法すら使おうとしなかったその態度は、許せる範囲を大きく振り切っている。

 敵にさえ同情する人の良さを持つポップが、他人に情けを掛けるのは珍しいことではない。それはヒュンケルも知っているし、ポップの長所だとも思っているが、ものには限界というものがある。

 ポップが何もしなければ、あの犯人達の恨みはヒュンケルに向かっただろうし、そうなれば今回の様に穏便には済まなかった可能性は高い。
 理由はどうあれ、近衛隊長を狙って攻撃してきた犯人なら、ヒュンケルはそれなりの対処をとっただろう。

 そうなるのは確かに心苦しい上に、あまり歓迎できることではない。最悪の結末を回避してくれたポップの配慮には、感謝も感じている。
 だが、だからと言って他人を庇ってポップ自身が身代わりになって怪我を負うなど、許容範囲を完全に逸脱する行為だ。

 たとえポップ本人が望んでやったことであり、結果的に実害が全くなかったとしても許せるものではない。
 それぐらいだったら、自分がポップの代わりに怪我をした方がよっぽどましだとさえ思う。

 文句を言うだけ言った後、膨れてそっぽを向いてしまったポップを見つめながら、ヒュンケルは、一人、思う。

 ――誰にも言ったこともないし、特に本人には一生告げるつもりがないが、秘密の使命のように心に深く刻んだ思いがある。
 自分のことを全く顧みず、他人の為に無茶をするこの弟弟子を、なんらかの形で助けたい。

(もっと、自分を大切にすればいい――)

 実は、兄弟弟子がそろって同じことを考えていることなど、二人とも気がつかなかった。





「ふぅん。いろいろとまだ問題はありそうな気もするんだけど……まあ、いいわ。それじゃあ、この件はこれで終わりってことにしておきましょう」

 持ち前の聡明さからポップとヒュンケルの間に根深く存在する意識の差を感じつつも、根がサバサバしたレオナはあっさりと結論を下す。彼女がこういう言い方をする以上、この事件は不問と言うことで決着がつく。

 犯人達は、微罪で開放されるだろう。ぬかりのない王女の裁きならば、その後、更生のために彼らに相応しいボランティアなり労働なりが用意されることも疑いようがない。
 取り急ぎ上がってきた報告書を気持ち良いぐらいビリビリと破いてごみ箱にほうり込んだ後、レオナはふと思い出したように小首を傾げた。

「ところで……ポップ君、ダイ君を知らないかしら? まだ、帰ってこないみたいなんだけど」

「「あ」」

 互いに顔を見合わせたポップとヒュンケルの声が、珍しくもぴったりと重なった――。





 その頃。
 とっぷりと日が暮れ、屋台など完全に店仕舞いし人通りさえなくなっている広場の噴水の前で、ダイは未だにぽつんと、その場に立ち尽くしていた。

「……ポップ、遅いなぁ」

 さすがは純粋の勇者様というべきか。
 きょとんと首を捻っているダイは、待っている間に買い込んだ色違いのメーダの焼き物だの、ちょっとした小物だのを抱え込んだままだった――。

         END


《後書き》

 300000HIT 「ポップがヒュンケルに謝罪(もしくは感謝)する話」でした♪ どちらにするのか悩んだ揚げ句、謝罪にしてみました。
 しかし、ダイがすごく貧乏くじを引いて可哀相な立場になっていて、すみません〜っ。
 んでもって、やたらと長引いたのもすみません。単にポップがヒュンケルを庇う、というシチュエーションを書きたかっただけなのに、犯人らの説明や理由づけを書いてたらえらく長引いちゃいました。

 しかし、この話、一番最初は『無茶をしたポップを庇って、ヒュンケルが怪我をする』というネタのつもりで書き始めたのですが、いつの間にか逆転しちゃったのが自分でも不思議です(笑)
 ところで、ダイがあまりに哀れなので、ちょっぴりおまけを付け加えてみました♪

 


《おまけ》

(あれ?)

 ポップの執務室の片隅で、ダイは再び小首を傾げていた。
 前も見掛けたカレンダーに、丸が一つ増えているのに気がついたからだ。だが、丸と同時に大きなバツ印も同時に重なって書かれている。
 今まで見た中で、初めての印だ。

(……何か、あったのかな? えっと、この日って確かポップが約束忘れて、うんと待たされた日だよね?)

 ダイにしてみれば、その日に港で起こった大騒ぎやら、レオナの温情で迅速に済まされた裁きの話などは一切知らない。
 ダイが知っているのは、あの日、ポップとヒュンケルが申し訳なさそうに夜になってからやっと来たことと、その後、数日程ポップがやけにおとなしかったことぐらいだ。

 いつもならレオナやヒュンケルからちゃんと休養や食事を取れと言われても右から左に聞き流しがちなのに、ここ数日は珍しくも素直に従っていた。
 なんとなく何かがあったことは察したダイだが、それを詳しく聞きはしなかった。

「おい、ダイ。待たせたな、仕事にケリがついたから出かけようぜ。この時間なら、まだランチとかやってそうだしさ」

 ポップからそう声をかけられ、ダイは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「うんっ!」

 この前の埋め合わせに一緒に街に遊びに行く約束――それこそがダイにとっては一番大事なことであり、それ以外のことははっきり言ってどうでもいい。

「ね、どこに行く、ポップ? おれね、おれね、肉が食べたいな!」

 主人に呼ばれた犬宜しく、ご機嫌にポップに駆け寄ったダイの脳裏からは、正体不明のカレンダーのことなどすっかりと消え失せた。

「昼から食欲旺盛だよなー。ま、おれも腹減ったからちょうどいいけどさ」

 笑いながらダイの頭を撫でてくれるポップの手が、心地好い。ダイは元気良くポップと並んで歩きだした――。
                                     END
 

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