『秘するべき使命 3』 |
「あいつが……っ、銀髪の狂戦士が、みんな悪いんだっ!! あんなことをしでかしておいて、のうのうと生きているあいつが……っ!」 理屈では、理解していた。 戦いによって大切な人を失い、心に傷を負う悲しみは理解するが、個人が個々の感情により私刑に走れば、それは魔物との戦い以上に国を荒らす元になる。 だが、人の心は理屈や理想のままには動かないものだ。 今はパプニカ王国の近衛兵隊長として活動しているヒュンケルが、真面目に勤務しているのも分かっている。 平和だったパプニカの街を踏みにじり、多くの人を死に追いやった軍団長への恨みつらみは、根深く心に突き刺さってしまっている。 最初は、それだけだった。 互いに傷を舐め合うように単に愚痴をこぼすぐらいだったなら、それも問題はなかっただろう。 感情に任せて文句をぶつけ合ううち、落ち着くどころか反って怒りを掻き立て、暴走気味にさえなっていた。 かつて、ヒュンケルがパプニカの街に対してそうしたように、自分達も彼に対して攻撃を行って、何が悪いのか? 自分達はレオナ姫がそうしなかった正義を正す為に、然るべき手段をとるだけのこと――。 もっとも素人の悲しさで、彼らは意欲こそ高くても行動力は今一歩なのが不幸中の幸いだったというべきか。 城に堂々と登城して王女に不正を訴え出るだけの正当性もなければ、詳細な情報を集めて真っ向からヒュンケル失脚を目論むだけの頭脳もなかった。 その結果、彼らはあわよくばとチャンスを狙い、こそこそと城の周辺をうろついてはヒュンケルの様子に探りをいれると言う行動をとるようになった。傍目から見れば変質者一歩手前の、どう見ても正義があるとは思えない行動を取りまくっているのだが、すでに正常な感覚を失っている彼らに自覚はない。 ヒュンケルへの恨みばかりに凝り固まっている彼らにとって、ポップの存在はちょっとしたチャンスだった。 いかにも非力そうな、ごく平凡な少年……彼を人質に取れば、あのヒュンケルに目にものを見せることができるのではないか。 結局彼らはいつまでも踏ん切りも付けられず、ぐずぐずとポップの後を尾行しているしかできなかったのである――。
ぽりぽりと頭を掻きながら、ポップは呆れ半分に目の前にいる若者達を眺めやる。 「わ……っ、悪かったよ、どうか許してくれないか……っ!? オレ達、どうかしていたんだ……っ、いくらあいつが憎いとはいえ、何の関係もない人を傷つけようなんて……!」 「本気じゃなかったんだよっ、い、いや、言い訳になるかもしれないけど、本当にあいつ以外に何かする気なんかなかったんだ!!」 ポップの魔法に恐れを成したのか、年下の少年に向かってペコペコと謝りまくる連中には悪気というものが一切感じられない。 (これだったら、いきなり怪物に襲われたり、じゃなきゃ七面倒臭い黒幕がいるとかの方がいっそ楽だったよなー。ったく、ヒュンケルめ、話が全然違うじゃん!) まさかヒュンケルが口から出任せを言ったなんて思いもしないポップにしてみれば、余計な面倒ごとを拾った気分である。 今のところ犯罪こそ犯していないものの、彼らがその一歩手前辺りまで踏み込みかけているのは間違いない。 今なら説教や厳重程度で済むレベルだ、普段のポップなら間違いなくそうする。だが――彼らの狙いが他ならぬ兄弟子にあることが、ポップを迷わせる。 (間違ったってヒュンケルの奴がこんな根性無しな奴等にどうにかされるなんて思わねえけど……あいつ、無茶なところがあるからなー) 自分のことを完全に棚に上げ、ポップは真剣にそう思わずにはいられない。 自分が魔王軍の一員だったことを必要以上に気にして、その罪を償う為ならば死んでも構わないと考える精神。 自分で自分をそこまで厳しく律し、自ら不幸を望むような真似をして、誰が幸せになれるというのか。 脅しのための魔法だけで震え上がったこの男達は、間違いなく実戦など知るまい。他人と戦い、傷つける覚悟もない者が復讐をしたところで気が晴れるとも思えない。もしヒュンケル打倒を果たしたとしても、せいぜい罪悪感や罪の意識に苛まれるのがオチだ。 それを思えば、連中とヒュンケルを会わせない方がいいと思える。 ピリピリピリピ――ッ!! 「ここら一帯は完全に包囲した! 無駄な抵抗をやめて人質を解放し、おとなしく投降しろ!」 声を張り上げる兵士達はポップの目から見て出さえ気迫に満ちあふれ、怖いぐらいの覇気がある。 「ひっ……!?」 「な、なんでっ、こんなに!?」 あまりの数の多さと手際の良さに恐れを成したのか、若者らの顔色が青ざめるのを通り越して土気色に変わる。 (やりすぎだろ、これはっ) こっそりと心の中で兵士達の総指揮者である兄弟子に文句を付けつつ、ポップは弱腰な彼らに向かって励ました。 「大丈夫だって、まだ何もしてない訳だしちゃんと事情を話せば分かるって」 兵士達が殺気立っているのは、彼らを『反対派』と間違えているせいだとポップは認識していた。 体調不良の大魔道士の保護こそが、最大問題――兵士達はそう認識している。 実際には使えないことはないのだが、制御が甘くなるため使用したがらなくなるのだ。牽制や脅し程度ならまだいいが、普段と違い魔法の強弱を完全に操れなくなる。それではいざという時手加減ができなくなるなるからと、魔法を使わずに済ませようとする。 大魔道士本人が自衛のための魔法を禁じ手にしてしまう分、兵士達はそれを上回る対応をするつもりでいる。 正体不明の若者達がポップに危害を加える可能性を危惧して、必要以上に警戒し、神経を尖らせていた。 怯えきっていた若者達は完全にすくみあがり、動く気力もなくへたりこんでいたのだから。 「……ひ……っ」 「ぅぁああ……っ!?」 たとえ、幽霊と真正面から顔を突き合わせたところで、これ以上驚くことも怯えることもなかっただろう。 ほとんどの者は震えて蹲っているだけだったが、恐怖が臨界を超えたのか一人は立ち上がって絶叫する。 「く、くるなぁっ!? こないでくれぇえっ!」 その叫びは、脅しというよりは悲鳴にしか聞こえなかった。身構える姿勢も、戦うためというよりもへっぴり腰で後込みしているようにしか見えない。 「く……っ、くるな……っ、来たら……オレは……」 彼が手にしているのは、安物の銅の剣にすぎない。 完全にイッてしまったような目をして、うわ言めいたことを呟く犯人は、ひどく危うかった。 「よせ……! 武器を、捨てろ」 わずかに顔をしかめて、ヒュンケルができるだけ冷静に声をかける。 そして、それは思わぬ悲劇を招くことも珍しくない。本人にその気がなくとも、本人や周囲を傷つけかねないのだ。 それは百も承知しているはずだったが、さすがのヒュンケルも身内が事件に絡んでいては平静ではいられない。 「そいつから、離れるんだ……!」 犯人に向けたともポップに向けたともつかない一言は、落ち着き以上に苛立ちを感じさせるものだった。 ポップときたら魔法を使う気配もなく、それどころか犯人を心配するように話しかけている。 「ど、どうしたんだよ、急に!? やめろよ、そんな真似は。ほら、武器なんか捨てろって」 友人に話しかけるように親しげに、犯人から剣を取り上げようとするポップの行為は、見上げた善意と言っていいだろう。 「う、うわぁあああっ!?」 悲鳴を上げ、犯人が刃物を振り上げたのを見た瞬間、ヒュンケルは彼への慈悲を捨てた。 (許せ、とは言わない……!) 魔王軍との戦いが終わった今となっては、もう二度と人を斬りたいなどと思ったこともない。たとえ重犯罪人だろうと、二度と人を殺したくなどない。 ヒュンケル自身の命を狙ってきたというのなら、もう少し恩情を掛けてやっても良かった。 迷いのない動きで腰の剣を抜き、犯人へと切りかかる。その動きのせいで、犯人の意識はポップからヒュンケルへと向けられた。 「ぁああああっ!?」 悲鳴を上げ、瞬きを繰り返しながら敵を認識し、怯えながらも剣を向けようとする――無駄が多く、雑な動きだ。 最初の一歩を踏み出し、剣を鞘から脱ぐ仕草がすでに攻撃の予備動作に繋がっていた。水が上から下に流れるように、ごく自然に、ヒュンケルは剣を振る。 犯人が慌てふためきながら不器用に剣を身構え直すより早く、ヒュンケルの剣は彼に致命傷を与えるはずだった。 「やめろっ!?」 不意に自分と犯人の斜線上に飛び込んできた、人影。 「くぅっ!?」 苦痛の悲鳴が、自然に漏れるのも無理はない。 だが、それでもなんとか、犯人を斬り殺すはずだった剣はぎりぎりで止まってくれた。緑色の旅人の服に触れるか触れないという所で止まった剣を、ヒュンケルは慌てて引いた。 犯人を庇うように、自分の目の前に立ちはだかった弟弟子を怒鳴りつけながら、ヒュンケルは素早く彼の様子を確かめる。 だが、ポップは苦痛に顔を歪ませながら、ゆらりとふらついた。持たれ掛かるように倒れてくる細い身体を、ヒュンケルは無意識に受け止めた。 「――っ!?」 その光景を、ヒュンケルは一瞬、理解しきれなかった。 (ポップ……ッ!?) ヒュンケルの胸にすっかりと身を預けている、弟弟子――だが、普段ならこんなことがあり得る筈がない。 だが、今はぐったりと力なくヒュンケルに持たれ掛かったポップは、彼の手を振り払いもしない。
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