『特別な聖夜 ー前編ー』 |
年にたった一度だけ訪れる、聖なる日――クリスマス。
「はい、こちらですね。どうぞ」 宝飾店の店員は、笑顔のままマニュアル通りの挨拶と共にそれを差し出してきた。 (と、とうとう、手に入れたぞ……っ) 思わずガッツポーズをとりたくなる気持ちを抑え、ジャックは震える手でその箱を受け取った。 だが、そうお高くはなかろうとも小さかろうとも、きちんと宝石がついていて、リングの内側には男の名のイニシャルから女の名のイニシャルを刻んだその指輪の意味することは、明白だ。 すなわち――エンゲージリング。 給料三か月分どころか、ボーナスにまで食い込んでくれた指輪を、ジャックは大切そうにポケットにしまい込んだ。 (レナの奴、どんな顔をするかな?) 幼い頃から家族同然に暮らしてきた、少女だった。だが、年を重ねるにつれ女の子らしくなっていく彼女は、いつの間にかジャックにとっては眩く見えてきた。 家族も同然なだけでは、我慢できない。家族以上の関係になりたいのだ。
貯金を貯めていくうちに、孤児院の女の子達も成長してレナの代わりを勤めるようになるだろうし、そうなればなんの問題もない。
「おーい、ジャック、何のんびり歩いてんだよーっ。そんなに呑気にしてると、教会に着く前に日が暮れちまうぜ?」 少し先を進んでいる少年が、そう言いながら手を振ってくる。 (あぁああっ、なんでこんなことになったんだろうっ?!) 声にも顔にも出さないように努力しつつ、ジャックは自問自答せずにはいられない。 そんな肩書きを抜きにしたとしても、個人的な知り合いとしてのポップも、ジャックは気に入っている。 だが、今回の話は別にジャックから頼んだわけではない。 (これって、今ごろ城では大騒ぎになっていないか?! つーか、この状況ってもしかして、オレ、世間的には大魔道士様誘拐犯と思われてもおかしくないんじゃないかっ?! ポップ本人に自覚はないが、ポップを大切に思っている者がどれほどいることか。 そして、勇者と言うものは、大切な人を守りたいという考えを人一倍強く持っている人種のようである。 ちょっとした風邪だの、かすり傷程度の怪我でも過剰なぐらい心配する。しかも、なまじ純真なだけに質が悪い。 規格外すぎる程体力に恵まれた竜の騎士の全力疾走のせいで、廊下や壁やら扉に多大なダメージがでたりするのなど、しょっちゅうである。 もしポップに何かがあって、その犯人が人間だとダイが思い込んだ場合……どのような破壊神が発生するのか、考えたくもなかった。 ジャックにとっては上司である近衛騎士隊長のヒュンケルも、ポップの保護者という意味ではダイに勝らずとも劣らない。 政治的に敵が多く狙われやすい癖に自覚が全くなく、無防備に振る舞うポップを常に守ろうとしている。 実際にポップを狙った事件は幾度か起こっているし、その度にヒュンケルが見せた活躍や、地獄の鬼もかくやと言わんばかりの表情を、ジャックを初めとする近衛兵達は知っている。 それだけに、ポップの護衛に関することに関してのミスは絶対に避けたいと思うのが、近衛兵達の本音だ。 だいたい、一国の王女であるレオナからしてポップを特別扱いしているのだ。身分的にはただの宮廷魔道士見習いにすぎないのに、ポップの待遇は最高級の王族にも匹敵する厚遇っぷりである。 ポップのためだけに用意された部屋や、彼個人の警護のための規則を見るだけでも、ポップがパプニカ王国にとってどれほど大切な存在か、知れるというものだ。 噂しか知らない民衆のみならず、一般の兵士や侍女、侍従など、城に勤めている者達にも、ポップの人気は高い。 一見平凡なように見えるが、彼ほど印象的な少年もそうはいないだろう。 そう言う意味では、ポップが孤児院にやってくるのは、賛成したい。忙しい大魔道士に頼むのは気が引けて、一言も伝えたことなどなかったが、彼の無事を知ればみんなさぞや喜ぶだろうから。 (――が、それはそれとして、なにもクリスマスでなくっても! いや、別にクリスマスでもいいけど、よりによって今度のクリスマスだなんて……っ!) 内心、血の涙を零しつつ、ジャックはそれでも失礼にならないように気をつけて、遠回しにポップを止めようとはしてみた。 「だけど、大魔道士様〜、本当にお城のクリスマスに出なくていいんですか? 皆様、心配しているんじゃ……」 「へーきへーき。今年は別にクリスマスの公式行事もないし、ちゃんとクリスマスがすぎたら帰るって置き手紙してきたし」 気楽にポップはそう言ってくれるが、ジャックとしてはそうそう気楽な気持ちにはなれなかった。 たとえ置き手紙があったとしても、ポップが行方不明になってダイ達が心配もしないとは思えない。むしろ、大問題に発展しているのではないかという危惧を抱えながら、それでもジャックは説得を諦めなかった。 「でも、勇者様も楽しみにしていらっしゃいましたよ」 特に兵士の役職についているわけではないが、体力の余っているダイは兵士の練習に混ざって訓練する機会が多い。それだけに、クリスマスの話を嬉しそうにするダイを、ジャックは直接見たことがある。 ポップやレオナに何をあげようかと熱心に考えていたダイは、確実にこのことを知らないに違いない。 「だってよー、クリスマスって言えば、ふつー、カップル達が盛り上がる夜じゃん。それなのにおれが城にいたら、姫さんやダイに悪いだろ。せっかくの聖夜に、邪魔したくないしさー」 などと言われて、こっちでもあんたは邪魔です、などと大魔道士に向かって言える者がこの世にいるだろうか? 大魔王を見事に倒し、世界を救った勇者ダイ。 この二人、仲は実に良い。 見ている者にとってはもどかしく、早くもっと深い仲になって欲しいと思わずにはいられない二人。 ……………が、できれば自分とは無関係のところでやってほしかったと思うのは、身勝手な考えというものだろうか? 「な、ならば、せめてご自宅で過ごされては?」 期待を込めて、ジャックはそう薦めずにはいられない。 一応は成人と言える年齢だが、まだまだ完全に大人と呼ぶには無理がある年齢でもある。仕事に就いてはいても、休暇には親元に里帰りしてなんの不思議もない年頃だ。 親がないジャックにしてみれば、ポップが親孝行ついでに実家で甘えてくるのは、素晴らしくいい考えのように思える。 「ああ、おれも最初は家に帰ろうかな〜って思ったんだけどさ、おれん家だとダイの奴も知っているから、探しにきかねないんだよ」 「…………それは、そうでしょうね」 思いっきり頷ける話ではあった。 母鳥の後をついて回るヒヨコのごとく、常にポップを探しては後を追っている。 「それにうちの親父ときたら、お袋と一緒に温泉旅行に行くんだからクリスマスから新年まではずっと留守にする、邪魔するんじゃねえぞ、なんて言いやがるんだ! まったく、いい迷惑だぜ」 本気でいい迷惑だと、ジャックも思わずにはいられない。 いや、それはそれで構わないが、告白さえできていない若い恋人達の希望の芽を踏みつぶさないで欲しいものである。 「つーわけで、おれ、しばらく暇なんだよ。考えてみればあの時あんなにお世話になったのに一度もお礼を言ったことなかったし、いい機会だしさ。そーゆーわけだから、よろしくなっ」 そうとまで言われては、ジャックにはたった一つしか返事が思い浮かばなかった。 「……はあ、こちらこそよろしくです」
孤児院に付くか付かないかのうちに、元気のいい声がジャックを迎える。孤児院の庭で遊んでいた子供達が、目敏く客人を見つけて集まってきた。 庭のあちこちで遊んでいた子供達だけでなく、孤児院の中にいた子供達までもが、わらわらと集まってきた。 「え……あれ? あっ、お兄ちゃんって、もしかして?!」 ポップを見つめて最初は訝しげな表情を見せた子供達は、すぐに目を輝かせた。 「緑のサンタクロースさんだ! そうだよ、間違いないよ!」 「へ? サンタ?」 きょとんとした表情を見せるポップをよそに、子供達は一気に盛り上がって歓声を上げだした。 「うわーっ、クリスマスにサンタさんが来てくれた! レナねーちゃんっ、サンタさんがきたよっ!!」 「サンタさんっ、あの時はどうもありがとう!」 「また来てくれたんだねっ、わーいっ、わーいっ!」 はしゃぎ、大騒ぎする子供達の声を聞き付けたのか、レナがエプロンで手を拭きながら飛び出してきた。 「こらっ、あんた達、何をそんなに騒いでるのっ?! また、なにかしたんじゃないでしょうね?」 飾り気のない普段着姿で、料理の最中だったのか手にまだ粉が付いている姿のままのレナを見て、ジャックは胸がときめくのを感じた。 「レ……」 挨拶しようと口を開き掛けたジャックより早く、レナがポップを見つけて甲高い声を上げる。 「え……あっ、うそっ、もしかしてあなた、あの時のクリスマスの子?! えーっ、まさかまた会えるだなんて! 喜びに声を弾ませながら、レナはポップの手をとって教会へと誘う。それだけでなく、子供達もポップの背を押し始めた。 「そうだよ、サンタさん、中に入って、入って!」 大盛り上がりな彼らが教会へ入っていくのを、ジャックは唖然として見送っていた。と、ぽつんと取り残されているジャックに対して、レナが扉の所で振り向きざまに声をかけてくる。 「あ、ジャック、入る時にちゃんと扉しめてよね。きちんと戸が閉まっていないと、暖房の効きが悪いのよ」 (………………………オレへの言葉って、それだけ? 会うの、半年ぶりなのに……っ)
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