『特別な聖夜 ー前編ー』

 

 年にたった一度だけ訪れる、聖なる日――クリスマス。
 それは、教会で生まれ育った孤児であるジャックにとっては、子供の頃から特別な日だ。 だが、今年は特別中の特別。
 今年はいつも以上に大切で、一生に一度というレベルで特別な日になるはずだった――。

 

 

「はい、こちらですね。どうぞ」

 宝飾店の店員は、笑顔のままマニュアル通りの挨拶と共にそれを差し出してきた。

(と、とうとう、手に入れたぞ……っ)

 思わずガッツポーズをとりたくなる気持ちを抑え、ジャックは震える手でその箱を受け取った。
 手のひらに収まるぐらいのサイズの、ビロード張りの軽い箱の中に収まるのは、小さな指輪。

 だが、そうお高くはなかろうとも小さかろうとも、きちんと宝石がついていて、リングの内側には男の名のイニシャルから女の名のイニシャルを刻んだその指輪の意味することは、明白だ。

 すなわち――エンゲージリング。
 婚約を申し込むのには欠かせないアイテムである。

 給料三か月分どころか、ボーナスにまで食い込んでくれた指輪を、ジャックは大切そうにポケットにしまい込んだ。
 これを、聖夜に大切な人に渡すのである。

(レナの奴、どんな顔をするかな?)

 幼い頃から家族同然に暮らしてきた、少女だった。だが、年を重ねるにつれ女の子らしくなっていく彼女は、いつの間にかジャックにとっては眩く見えてきた。
 他の子供達とは違って、彼女だけは特別だと気がついたのは、いつの頃からだっただろうか。

 家族も同然なだけでは、我慢できない。家族以上の関係になりたいのだ。
 自惚れかもしれないが、そんな自分の気持ちを彼女も知っていてくれているだろう。この指輪を渡せば、きっと察してくれる  まあ、優しすぎる上にしっかり者の彼女は教会の孤児の母代わりと言う役目を負っている以上、すぐには結婚できないだろうとは思う。


 ジャックもそれは同じだ。一応一人前の兵士になったとはいえ、まだ寮で暮らしているジャックには結婚できるだけの準備が整いきっていない。
 だが、兵士として経験や実績を積めば、昇進もできるだろうし、晴れて一軒家を手に入れることはできる。

 貯金を貯めていくうちに、孤児院の女の子達も成長してレナの代わりを勤めるようになるだろうし、そうなればなんの問題もない。
 いずれは、結婚できるだろう――そのための約束として、これを渡しておきたいのだ。 薔薇色の未来を夢見て、ジャックはクリスマスの日を待ち望んだ。

 

 


 そして、クリスマス・イヴの朝。
 ジャックは重い足取りで、故郷への道程を歩いていた。

「おーい、ジャック、何のんびり歩いてんだよーっ。そんなに呑気にしてると、教会に着く前に日が暮れちまうぜ?」

 少し先を進んでいる少年が、そう言いながら手を振ってくる。
 それが、単なる友達ならばなんの問題もなかった。だが、それが世界最高の大魔道士であり、勇者の右腕として世界を救ってくれた大英雄だともなれば、大問題であった。

(あぁああっ、なんでこんなことになったんだろうっ?!)

 声にも顔にも出さないように努力しつつ、ジャックは自問自答せずにはいられない。
 大魔道士が一介の兵士の里帰りにつきあってくれるだなんてのは、そりゃあものすごく光栄な話である。

 そんな肩書きを抜きにしたとしても、個人的な知り合いとしてのポップも、ジャックは気に入っている。
 年も割合に近いし、公式行事以外の場所では気安く話し合う間柄でもあるし、普段のジャックなら彼と共に行動するのに何の不満もない。

 だが、今回の話は別にジャックから頼んだわけではない。
 というか、こっそりと城を抜け出したポップが、誰にも内緒でジャックに強引についてきているともなれば、話は全く別だ。

(これって、今ごろ城では大騒ぎになっていないか?! つーか、この状況ってもしかして、オレ、世間的には大魔道士様誘拐犯と思われてもおかしくないんじゃないかっ?!
 うぁあああっ、そんなことになったらいずれは結婚どころじゃないよっ?! 兵士なんか即クビっ……いや、それどころじゃすまないだろうな〜)

 ポップ本人に自覚はないが、ポップを大切に思っている者がどれほどいることか。
 まず、その筆頭に上げられるのは、なんと言ってもダイだ。
 世界を救った勇者であるダイと、大魔道士ポップは親友同士だ。驚くほど仲のよい二人は、常に一緒にいると言っていい。

 そして、勇者と言うものは、大切な人を守りたいという考えを人一倍強く持っている人種のようである。
 ポップに何かあった時、誰よりも心配し、真っ先に動くのは決まってダイだ。

 ちょっとした風邪だの、かすり傷程度の怪我でも過剰なぐらい心配する。しかも、なまじ純真なだけに質が悪い。
 ポップの具合が悪いと聞いた時など、全速力で走って彼の下に駆け付けるのは、いいとしよう。

 規格外すぎる程体力に恵まれた竜の騎士の全力疾走のせいで、廊下や壁やら扉に多大なダメージがでたりするのなど、しょっちゅうである。
 悪気が全くなくとも、ダイの全力行動は思いっきり問題発生の元になる。

 もしポップに何かがあって、その犯人が人間だとダイが思い込んだ場合……どのような破壊神が発生するのか、考えたくもなかった。

 ジャックにとっては上司である近衛騎士隊長のヒュンケルも、ポップの保護者という意味ではダイに勝らずとも劣らない。
 アバンの使徒と言う絆を持つせいか、ヒュンケルはポップの身の安全に置いては神経質な程に気を使っている。

 政治的に敵が多く狙われやすい癖に自覚が全くなく、無防備に振る舞うポップを常に守ろうとしている。

 実際にポップを狙った事件は幾度か起こっているし、その度にヒュンケルが見せた活躍や、地獄の鬼もかくやと言わんばかりの表情を、ジャックを初めとする近衛兵達は知っている。

 それだけに、ポップの護衛に関することに関してのミスは絶対に避けたいと思うのが、近衛兵達の本音だ。

 だいたい、一国の王女であるレオナからしてポップを特別扱いしているのだ。身分的にはただの宮廷魔道士見習いにすぎないのに、ポップの待遇は最高級の王族にも匹敵する厚遇っぷりである。

 ポップのためだけに用意された部屋や、彼個人の警護のための規則を見るだけでも、ポップがパプニカ王国にとってどれほど大切な存在か、知れるというものだ。
 それに、国にとって大切というだけではない。

 噂しか知らない民衆のみならず、一般の兵士や侍女、侍従など、城に勤めている者達にも、ポップの人気は高い。
 気さくで親しみやすく、ちっとも偉ぶったところのないポップは、初対面の人間ともすぐ馴染む性格だ。

 一見平凡なように見えるが、彼ほど印象的な少年もそうはいないだろう。
 現に、ジャックの育った孤児院でもそうだ。ポップがその孤児院に訪れたのは三年も前、しかもたった一晩過ごしただけなのに、いまだに孤児院の連中はポップを覚えているし、また会いたいと噂することもある。

 そう言う意味では、ポップが孤児院にやってくるのは、賛成したい。忙しい大魔道士に頼むのは気が引けて、一言も伝えたことなどなかったが、彼の無事を知ればみんなさぞや喜ぶだろうから。

(――が、それはそれとして、なにもクリスマスでなくっても! いや、別にクリスマスでもいいけど、よりによって今度のクリスマスだなんて……っ!)

 内心、血の涙を零しつつ、ジャックはそれでも失礼にならないように気をつけて、遠回しにポップを止めようとはしてみた。

「だけど、大魔道士様〜、本当にお城のクリスマスに出なくていいんですか? 皆様、心配しているんじゃ……」

「へーきへーき。今年は別にクリスマスの公式行事もないし、ちゃんとクリスマスがすぎたら帰るって置き手紙してきたし」

 気楽にポップはそう言ってくれるが、ジャックとしてはそうそう気楽な気持ちにはなれなかった。

 たとえ置き手紙があったとしても、ポップが行方不明になってダイ達が心配もしないとは思えない。むしろ、大問題に発展しているのではないかという危惧を抱えながら、それでもジャックは説得を諦めなかった。

「でも、勇者様も楽しみにしていらっしゃいましたよ」

 特に兵士の役職についているわけではないが、体力の余っているダイは兵士の練習に混ざって訓練する機会が多い。それだけに、クリスマスの話を嬉しそうにするダイを、ジャックは直接見たことがある。

 ポップやレオナに何をあげようかと熱心に考えていたダイは、確実にこのことを知らないに違いない。
 勇者の期待を思うと、ポップは尚更城にいた方がいいとジャックは考えるのだが、大魔道士はそれより一歩踏み込んだ考えを持っていた。

「だってよー、クリスマスって言えば、ふつー、カップル達が盛り上がる夜じゃん。それなのにおれが城にいたら、姫さんやダイに悪いだろ。せっかくの聖夜に、邪魔したくないしさー」

 などと言われて、こっちでもあんたは邪魔です、などと大魔道士に向かって言える者がこの世にいるだろうか?
 それに、ジャックにもポップの言い分は分かる。

 大魔王を見事に倒し、世界を救った勇者ダイ。
 そして、勇者が命を懸けて救った姫、パプニカ王女レオナ。
 世間が期待する最高のベストカップルとも言える恋人同士だが、身近にいる者なら知っている。

 この二人、仲は実に良い。
 だが……どうにも色気にかけると言うのか、お子様お子様しているというのか、カップルと言うにはかなり無理があるのだ。

 見ている者にとってはもどかしく、早くもっと深い仲になって欲しいと思わずにはいられない二人。
 そんな彼らの後押しのつもりで、邪魔にならないようにこっそりと身を隠そうとするポップの思いやりや考えには、全面賛成する。

 ……………が、できれば自分とは無関係のところでやってほしかったと思うのは、身勝手な考えというものだろうか?

「な、ならば、せめてご自宅で過ごされては?」

 期待を込めて、ジャックはそう薦めずにはいられない。
 大魔道士と呼ばれてはいるが、ポップはいたって若い。なにせ、やっと来月に18才になると言った年齢だ。

 一応は成人と言える年齢だが、まだまだ完全に大人と呼ぶには無理がある年齢でもある。仕事に就いてはいても、休暇には親元に里帰りしてなんの不思議もない年頃だ。
 詳しくは知らないが、ポップが両親健在であり、実家がパプニカ王国以外にあるというのは有名な話だ。

 親がないジャックにしてみれば、ポップが親孝行ついでに実家で甘えてくるのは、素晴らしくいい考えのように思える。
 だが、ポップは軽く肩を竦めた。

「ああ、おれも最初は家に帰ろうかな〜って思ったんだけどさ、おれん家だとダイの奴も知っているから、探しにきかねないんだよ」

「…………それは、そうでしょうね」

 思いっきり頷ける話ではあった。
 なにしろ、勇者ダイが暇さえあれば大魔道士ポップの所へ行きたがるのは、パプニカ城では誰もが知っている程有名な話だ。

 母鳥の後をついて回るヒヨコのごとく、常にポップを探しては後を追っている。
 ポップが実家に帰るなら、ダイもその後を追っていっても何の不思議もない。――だが、それではダイはいいとしても、レオナ姫のご機嫌は保証できまい。

「それにうちの親父ときたら、お袋と一緒に温泉旅行に行くんだからクリスマスから新年まではずっと留守にする、邪魔するんじゃねえぞ、なんて言いやがるんだ! まったく、いい迷惑だぜ」

 本気でいい迷惑だと、ジャックも思わずにはいられない。
 ポップの両親ならばそこそこの年齢だろうに、新婚夫婦に匹敵するラブラブぶりではないか。

 いや、それはそれで構わないが、告白さえできていない若い恋人達の希望の芽を踏みつぶさないで欲しいものである。

「つーわけで、おれ、しばらく暇なんだよ。考えてみればあの時あんなにお世話になったのに一度もお礼を言ったことなかったし、いい機会だしさ。そーゆーわけだから、よろしくなっ」

 そうとまで言われては、ジャックにはたった一つしか返事が思い浮かばなかった。

「……はあ、こちらこそよろしくです」

 

 


「あっ、ジャック兄ちゃん、お帰りーっ。あれ、その人、お客さん?」

 孤児院に付くか付かないかのうちに、元気のいい声がジャックを迎える。孤児院の庭で遊んでいた子供達が、目敏く客人を見つけて集まってきた。
 なにせ普段から森の奥で暮らしているだけに、この孤児院にはあまり客は来ない。それだけに子供達は来客を珍しがって、喜んで受け入れる傾向がある。

 庭のあちこちで遊んでいた子供達だけでなく、孤児院の中にいた子供達までもが、わらわらと集まってきた。

「え……あれ? あっ、お兄ちゃんって、もしかして?!」

 ポップを見つめて最初は訝しげな表情を見せた子供達は、すぐに目を輝かせた。

「緑のサンタクロースさんだ! そうだよ、間違いないよ!」

「へ? サンタ?」

 きょとんとした表情を見せるポップをよそに、子供達は一気に盛り上がって歓声を上げだした。

「うわーっ、クリスマスにサンタさんが来てくれた! レナねーちゃんっ、サンタさんがきたよっ!!」

「サンタさんっ、あの時はどうもありがとう!」

「また来てくれたんだねっ、わーいっ、わーいっ!」

 はしゃぎ、大騒ぎする子供達の声を聞き付けたのか、レナがエプロンで手を拭きながら飛び出してきた。

「こらっ、あんた達、何をそんなに騒いでるのっ?! また、なにかしたんじゃないでしょうね?」

 飾り気のない普段着姿で、料理の最中だったのか手にまだ粉が付いている姿のままのレナを見て、ジャックは胸がときめくのを感じた。
 いかにも勝ち気な彼女らしく、そんな風に文句を言う姿さえもが愛しく見える。

「レ……」

 挨拶しようと口を開き掛けたジャックより早く、レナがポップを見つけて甲高い声を上げる。

「え……あっ、うそっ、もしかしてあなた、あの時のクリスマスの子?! えーっ、まさかまた会えるだなんて!
 いったい、どうしてここに……あ、ううん、話は後でいいわね、とにかく中に入って! この孤児院に来るまでに冷えたでしょう、お茶でも入れるわ」

 喜びに声を弾ませながら、レナはポップの手をとって教会へと誘う。それだけでなく、子供達もポップの背を押し始めた。

「そうだよ、サンタさん、中に入って、入って!」

 大盛り上がりな彼らが教会へ入っていくのを、ジャックは唖然として見送っていた。と、ぽつんと取り残されているジャックに対して、レナが扉の所で振り向きざまに声をかけてくる。

「あ、ジャック、入る時にちゃんと扉しめてよね。きちんと戸が閉まっていないと、暖房の効きが悪いのよ」

(………………………オレへの言葉って、それだけ? 会うの、半年ぶりなのに……っ)


 なにやらものすごく割り切れないというか、ひどく物悲しい気持ちが込み上げてくるのを感じながら、ジャックはとりあえず言われた通り、扉をきちんと閉めたのであった――。                                    《続く》

 

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