『特別な聖夜 ー後編ー』 |
「メリークリスマス、サンタさん!」 「ね、ね、サンタのお兄ちゃん、こっちも食べてよ、すごく美味しいんだよ!」 「ケーキのイチゴ、あたしの分もあげるーっ」 「見て、見て、このツリーの飾り、ぼくが作ったんだよー。ほら、緑色のサンタさんのやつ!」 古びてはいても丁寧に掃除が行き届いた大聖堂の中で、楽しそうな声はとどまることなく響き渡る。 それはいつもなら質素を旨とするこの孤児院で、ちょっぴり豪華な食事が振る舞われる数少ない機会だ。 手作りのケーキを中心に、鳥の丸焼きだの美味しそうなパイだの卵を10個ぐらい使った目玉焼きだのと、レナが作れる限りのありとあらゆるレパートリーが披露されている。 だが、今日の賑やかさがいつになく豪華な食事のせいだけとは思えない。 ご馳走そっちのけで子供達は一際はしゃいでおり、心から楽しそうに笑っている。 (……なんで、こーなったんだろ?) その光景を大きなテーブルの端っこで眺めつつ、ちょっとぱさついたサンドイッチを虚しくもぐもぐと食べながらジャックは自問自答せずにはいられない。 レナが台所に立ち始めた頃から、彼女の失敗作を処理するのはジャックの役割だったのだから。 ジャックにとっては子供の頃から何度も見てきた光景ではあるし、自分も何度も参加してきたものだ。 それに、今日の賑わいの中心人物は、こんな風に祝福や注目を集めて当然の人物だ。 近衛兵と言う立場から、身近でポップを見てきたジャックは知っている。 名乗りなどしなくても、ただの旅の少年として訪れたポップが歓迎されるのも当たり前だろう。 「しかし、またクリスマスに会えるとはね。無事で本当に良かった、ずっと気になっていたんだよ」 神父までもが皺だらけの顔に満面の笑みを浮かべ、ポップに話しかけている。 「あ、あの時は本当にありがとうございました。ホント、命拾いしましたよ〜、なのにロクに礼も言わずに旅だっちゃってすみません」 「いやいや、礼を言うのはこちらの方だよ。あの日は、色々と小さな奇跡も起こったことだしね」 思わせぶりに小さくウインクする神父は、ポップの正体は知らないはずだ。 足や顔に大きな傷を負っていた子供達があの夜、奇跡的に癒やされたこと。 それらの複数の幸運と、あのクリスマスの日に訪れた少年の存在が無縁ではないと見抜いているらしい。 「クリスマスの客人は、幸運の使者……いつだって歓迎だが、君は特に幸運を運んでくれるみたいだね。 「ありがとうございます、それって、こっちも大助かりですし!」 「いやいや、君さえよければいつまでもここにいてくれていいんだよ」 何も知らない神父がそう言うのは心からの善意であり、一種の社交辞令だとは分かっている。が、分かってはいても、ジャックにはいささか心臓に悪かった。 (あぁあああっ、神父様っ、余計なことおっしゃらないでくださいよっ!? それ、マジでシャレにならないからっ! ホント、最悪で国際問題勃発しまくりになるからっ) 二代目大魔道士が置き手紙一つ残して内緒でお忍びの旅に出ただけでもすでに大問題なのに、それが予定を延長して帰ってこない事態になった日にはいったいどんな大騒動が発生することか。 「こら、あんた達、ちょっとうるさいわよ! お行儀良くなさい、クリスマス当日に良い子にしとかなくて、サンタさんが来なかったらどうする気なのよ?」 通りすがりに子供達に注意を投げつけながら、一時も休む間もなく忙しく飛び回っているのは、レナだ。 まあ、それはそれで仕方がないし覚悟もしていたとはいえ、ここまで全く話す機会がないとは思わなかった。 食事の喧騒に紛れて、こっそりと夜、二人っきりで合う約束を取り付けることができるだろう……そう思っていたのだ。 「全く、もう……! 騒がしくてごめんなさいね、ポップさん。迷惑じゃなかったかしら?」 給仕の合間、レナが腰を下ろすのは主賓席の隣……つまりは、ポップの隣だった。大切な客人に失礼のない様、なおかつ給仕しやすい場所にいるだけとは分かっている。 (う、ううぅうう〜っ、レナ、オレにはあんなしおらしい態度を見せないって言うのにっ。ま、まさかとは思うけど、大魔道士様が本当に気に入った、なんていうんじゃないだろうな〜?) そう思うと落ち着かないものを感じてしまうのは、ポップとの結婚が有り得ない話ではないと思ってしまうせいか。 大戦の頃からの仲間である拳聖女マァムやテランの王女メルローズ姫との恋愛説も囁かれてはいるが、具体的な話にはなっていない。 おまけに世界的な英雄でありながら、ポップは庶民の出身である。普通の貴族子弟と違い、結婚相手に貴族の令嬢を望む必要はない。 まあ、ポップの正体を知らないレナが玉の腰を狙うはずはないと理屈では分かっていても、それでも意中の娘が世間的に見て評価の高い男と一緒にいる図と言うのは、心臓に悪いものだ。 やきもきとしながらジャックはとりあえず、残り物だけはちゃんと食べておこうと、もぐもぐと口を動かして焦げた目玉焼きを頬張り続けるのだった――。
「はいっ、じゃあ次は賛美歌を歌いましょうね。みんなー、ロウソクはちゃんと持ったかしらー?」 食事が終わり、レナが子供達にロウソクを渡し始めた頃には、ジャックはすでに諦めの極致にさえ達していた。 食事の後、神父が行う短いミサを終え、祝福の火を別けてもらった後は、みんなで歌うのがクリスマスの習慣だ。オルガンを弾く役目を持つレナには、ますます近付けなくなってしまうだろう。 だが、意外なことにレナはオルガンの前には座らず、代わりにエースが腰を下ろす。 「あ、ジャック、まだロウソクもらっていなかったの?」 「い、いや、それは別にいいんだっ。それより、おまえがオルガン弾くんじゃないの? つーか、エースってオルガンなんか弾けたっけ?」 「そう言えば、ジャックは知らなかったのよね。あの子って意外と音楽の才能があったみたいで、ちょっと教えただけなのにコツを飲み込んじゃったみたい。 「そうだったんだ……」 思いがけない弟分の成長は、驚かされはするが素直に嬉しい。そして、それは思わぬチャンスをジャックにくれた。 普段なら神父やレナの周囲に集まりがちな孤児達も、今日はサンタクロースと信じる少年の近くから離れようとしない。 「ちょ、ちょっと、ちょっと、こっちにっ」 「? なによ?」 きょとんとした顔をしているレナをツリーの近くまで引き寄せてから、ジャックは歌の邪魔にならない様、小声で囁いた。 「なぁ、知ってるよな。宿り木の話……」 「……!」 レナの目が、大きく見開かれる。 クリスマスの日、ツリーに宿り木の飾りを吊す習慣のことを。その宿り木の下では、誰が誰にキスをしてもいいと言われている。 もし、これで彼女が嫌がって逃げる様ならどうしようとドキドキものだったが、レナは少しも嫌がらなかった。 静かな賛美歌が流れる中、照明を落とした教会の中で各自の持っているロウソクの炎だけがチラチラと揺れている。 誰もがクリスマスと、その日に訪れてくれた珍しい客人に気を取られているせいで、隅にいるジャックとレナには全く気が付いていない。 「あ……」 わずかに顔を赤らめながらも、レナは全く抵抗しなかった。むしろ潤んだような目で見上げてくる姿勢は、ジャックがすることを悟った上で待ち受けているようにさえ見える。 ふるふると震えている睫が、ふと閉じられた。そして、いつになく艶めいて見える唇がかすかに突き出されるようで――。 (こ、ここで決めなきゃ男じゃないっ!!) キスをして、その余韻が覚めない内に彼女の手に指輪を渡す……完璧な計画だとジャックは思う。これなら決して雄弁とは言えない自分でも出来るし、なかなかしゃれていて記憶に残るプロポーズになるだろう。 (が、がっ、頑張らないとっ!! あ、いや、だけど頑張り過ぎてやりすぎちゃったりしたら元も子もないから、手加減もしないとっ。つーか、オレ、鼻息荒くなってねーかな? な、何秒ぐらいやればいいんだろっ!?) 無駄に気合いを入れながらジャックは、自分も目を閉じて顔を寄せる。 「「メリークリスマスッ!」」 陽気な挨拶と同時に、教会の中に飛び込んできたのはサンタとトナカイだった。……と言うか、サンタとトナカイの衣装を身に付けた年若い男女だ。 彼らが手にしているランプは普通のもの以上に明るく、まるでスポットライトの様に強く輝いて教会内までも白々と照らしだす。 「え? ええ――っ?」 キス寸前だったと言うのに、いきなりの珍入者のせいでそれがぶち壊されてしまった衝撃さえ、今の驚きの前には霞む。 だが、彼らの驚きなどジャックの比ではない。 そして、本来ならサンタが持つはずの巨大な白い袋をなんの疑問も感じない様に背負っている、着ぐるみを着たトナカイ少年。 予想もしない――と言うか、予想できるはずもない超大物の突然の来訪に、ジャックは本気で倒れそうになった。 「ダイッ、それにひ……っ、な、なんだってこんなところにっ!?」 呼びかけた途端、トナカイ少年は嬉しそうにポップに飛び付いた。 「ポップ、メリークリスマスッ!! わあいっ、やっと言えたっ! 急にいなくなったから、探しちゃったじゃないか」 「探したって、いったいおまえ、なにやってんだよっ!? ちゃんと手紙にクリスマスが済んだから帰るから、ひ……その、大事な人と一緒に楽しくクリスマスを過ごせって書いておいただろ!?」 「あ〜ら、『大事な人』がいきなり欠けてしまって、それでも楽しいクリスマスを過ごせる訳ないじゃない? まったく、このあたしを出し抜こうだなんて甘いのよ」 長い金髪をさらっと靡かせたサンタが、そう言いながら胸を張る。 「ど、どうやってここが分かったんだよ、おれ、何にも言ってなかったのに……」 「フフン、あたしの推理をもってすれば全てお見通しなのよっ」 得意げに笑うレオナの横で、ダイがニコニコしながら言ってのける。 「あ、メルルに聞いたんだ」 「ちょっ、ダイ君っ、バラさないでよ〜っ!? せっかく、ここはハッタリをかけておこうと思ったのに〜」 わいわい騒ぎまくる三人に戸惑いながら、それでも神父が声をかける。 「この二人はポップ君のお友達なのかね?」 「あ、はい! おれ、ダイって言います!」 元気よく答えるダイを見て、神父は納得した様に頷き、目を細めた。 「……そうか、君がダイ君か。よい名前だね、メリークリスマス、この教会にようこそ」 しゃあしゃあと慣れた口調で偽名を名乗る自国の王女を、ジャックは呆然と見つめるだけで精一杯だ。 今年はこの孤児院こそがその幸運な対象に選ばれ、自分達が派遣された……見事なでっち上げで適当に神父を丸め込む口調の滑らかさは詐欺師も真っ青な程、流暢だ。 「いやあね、何も伝わっていないなんて連絡が行き違っちゃったのかしら? お騒がせしてごめんなさい、驚かせちゃって」 (そりゃあもう、心臓麻痺を起こしそうなレベルに……っ!) 一人、青ざめてハクハクと息をしているジャックだが、その他の孤児達にしてみればこのラッキーを疑う理由などありはしない。 「すごいや! サンタさんの友達も、やっぱりサンタさんなんだね!」 はしゃぐ子供達に、レオナとダイは袋からプレゼントを取り出しては渡していく。そのプレゼントがとてつもなく効果なものだったらどうしようかとジャックは一瞬心配したが、幸いにもそれらの品はごくありふれた玩具ばかりだった。 新品の玩具であり、パプニカの城下町でならともかくこんな辺境の村には珍しい品ばかりではあるが、値段はそう高くはない。 これならあの二人の正体を知られる手掛かりにはならないだろうとホッとしたものの、神父がプレゼントのお礼にと二人に止まっていく様にと進めるのを聞いて、心配度がぐんと跳ね上がった。 ポップ一人だけでも頭が痛かったのに、さらにはダイとレオナまで城を抜け出してお忍びとは……! まあ、たとえ合法的で臣下に承認させた正当な手段であったとしても、パプニカきっての重要人物三人を自宅に連れ帰った自分に対して、上司である近衛隊長から厳しい追及があるのは疑う余地もないが。 (ああ……オレが望んだわけでもないのに、なんだってこんな目に……っ!?) こぼれ落ちそうになる涙を堪えるためジャックは目頭を押さえつつ、残る片手で愛しい少女にすがろうとした。 「こらっ、取り合いしないの! ほらほら、仲良く並んで、並んで!」 さっきまでのいいムードはどこへやら、すでにレナはジャックを放りだして玩具に夢中になる子供達のケンカを止めている真っ最中だった。 (……神様、オレ、あんたに恨まれてでもいるんスか〜っ!?)
《後書き》 350000hit その2、「ポップが教会のその後が気になりX'mas に里帰りするジャックに無理いってついて行くお話(サンタコスのレオナとトナカイコスのダイがこっそりついて来て乱入ありで)」でしたっ♪ オリキャラの孤児院メンバーが意外にも好評で、リクまでいただけて嬉しい限りです。 しかし、ジャック君がものすごーく気の毒な役割になってしまった気がします(笑) ところで作品中でもちらっと触れていますが、ダイとレオナがポップを探すためにメルルが協力しています。 で、こちらは全く触れていませんが、コスプレのためにはエイミとマリンが、孤児のためのプレゼント選びにはバダックさんが協力しています。
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