『青空に羽ばたいて ー後編ー』

 

「どう? 異常はないかしら?」

 お茶の時間になると、レオナが直々にやってきて近衛兵にそう尋ねるのは、ダイが帰還して以来の新しい習慣だ。

 見舞いに、と言うよりはお茶を兼ねて息抜きをするためにレオナは決まってポップの部屋へと訪れる。
 理由は簡単――ここでなら、ポップだけでなく漏れなくダイもいるからだ。

「はっ、問題ありません! 大魔道士様は、お部屋から一歩も出ておられません」

「ダイ君は?」

「勇者様なら、いつものように朝から大魔道士様のお部屋にいますよ。ただ、つい先程、一度退出された後、大きな荷物を持ってまたお部屋に戻られましたが」

「あら、そうなの?」

 いつもとは違う答えに、レオナは少し疑問に思う。
 と、塔の上の方からバシンとドアを激しく開ける音と同時に、ポップの怒声が響き渡った。

「この大バカ野郎がーーっ! 余計なもの、拾ってくるんじゃねえ! いいからそれ、さっさと出しやがれっ! 元いたところに置いてこいっつーのっ!!」

「わ、分かったよー」

 焦ったような声と同時に、バタバタと勢いよく走って降りてくる音が聞こえる。やがて、螺旋階段から姿を表したダイを見て、レオナは思わず後ずさった。

「ダッダイ君っ?! そ、それ、なにっ?!」

 正確に言うのなら、目を見張る対象はダイではない。
 大切そうに、ダイがしっかりと両手で抱えているものだ。

「大ミミズだよ。あ、って言ってもこれぐらいの大きさなら大人ってわけじゃないから、えっと……子大ミミズになるのかな?」

 と、ダイは真剣に首を傾げるが、レオナにとってはそんな区分など心底どうでもい。にょろんにょろんと蠢くその生き物に、悪い意味で目が釘付けだ。

「ゆ、勇者様、大ミミズか子ミミズかはさておき、勝手に場内に動物を連れてこられては困ります!」

 ドン引きになりかけながらも、さすがは兵士らは職務を忘れはしなかった。大ミミズは、それ程危険な怪物というわけではない。
 実際、スライムよりもやや強いかどうかというレベルであり、むしろ弱い怪物の一種と言える。

 特に凶暴な性格をしているわけでもないし、その辺で見掛けたら見逃すレベルの怪物だ。 だが、一応、城内は動物の持ち込みは禁止という規則になっている。

 これがまだ、ダイが子猫か子犬でも拾ってきたとでも言うのなら、兵士どころかレオナでさえ咎めはしなかっただろう。ダイの優しさを考えて、貰い手を探すとか、今後無差別に拾ってこないとの条件付きで飼う許可を出したかもしれない。

 百歩譲って、それがスライムかなにかでも、そうしただろう。人間と怪物の共存する世界は、レオナの目指す最終目的の理想だ。
 だが――大ミミズはいくらなんでも想定外すぎた。

 世界屈指の勇敢な姫君として名高いレオナでも、やっぱり普通の女の子な部分がないわけではない。
 蛇やその類いの気持ち悪い系の虫や爬虫類を苦手とするという点では、レオナも平凡な少女と同様だ。

「ダ、ダイ君っ、そのコ、外へ連れてって! いいっ?! どこにいたか知らないけど、ちゃんと元にいたところに戻してきてねっ!!」

「そ、そうですよ! 姫様や大魔道士様のおっしゃられる通り、大ミミズは捨て……もとい、元いた所に返してきてください!!」

 声を揃えてレオナや兵士がそう言うのを聞いて、ダイは少し驚いたような顔を見せたが、すぐに笑顔で力強く頷いた。

「うん、そうするよ。ちょっと、時間がかかるかもしんないけど……じゃ、行ってくるね、レオナ!」

 その挨拶を残して、ダイは回廊の窓に足を掛けてそのまま移動魔法で飛び出していく。普段ならダイやポップが窓から魔法で飛び出していくのは厳重に注意するレオナだが、今日ばかりは止めようとすらしなかった。

 だいたい、あんな大ミミズを持って正門から出られた日には、侍女を初めとした大勢の人間の間でパニックが起きること、請け合いである。
 問題を未然に防いだことにホッとしつつ、やっと大ミミズショックから立ち直ったレオナは足音も高らかに螺旋階段を上りだした。

「ちょっと、ポップ君っ! あなたからもダイ君に言ってちょうだい、捨て犬や捨て猫ならともかく捨て大ミミズなんか拾ってきちゃ困るって……」

 勢い込んで言いかけた文句が途中で消えたのは、開きっ放しのドアの中が無人なのに気が付いたせいだ。
 一間しかない上、換気のために今はバスルームへの扉も開けっ放しになっているせいで、一目で部屋に誰もいないのが確認できる。

 本来なら、それは有り得ない光景だ。
 ポップがさっきまでこの部屋にいたのは、確かだ。声も聞いたし、そもそもポップがこの部屋から出ていないことは見張りの兵士達の発言で証明されている。

 幽閉室という性質上、この部屋から出入りできるのはレオナが今昇ってきた螺旋階段しかないはずだ。
 ポップやダイの力なら、無理やり壁なり窓の格子を壊せば脱出可能とはいえ、魔法を使えばそれは即座に警備室に伝わる仕掛けが備わっている。

 もし、ポップが魔法を使ってこの部屋を脱出したというのなら、それが発覚しないはずがない。
 戸惑うレオナの目に留まったのは、きちんと片付けられた机だった。

 いつも散らかしっ放しのポップにしては珍しく、きちんと書類を寄せてある机は、やけに片付いているように見える。

 そして、机の上にこれみよがしに一枚の紙が置かれ、重しのように古びた杖が乗せられている。
 なんとなく嫌な予感を感じながら、レオナはまずその紙を手に取った。

『やあ、姫さん、唐突だけどおれとダイは旅に出ることにした。
 小さなメダルを探しに行く。とりあえず、100枚はゲットしてメダル王に会ってみたいよな。
 と、ゆーわけで当分は帰らないんで、後はよろしく。
                                   ポップ
 P・S お土産、期待しててくれよ♪』

 見慣れた筆跡で書かれた、短い手紙。
 それを読むうちに無意識に手に力が籠り、プルプルと震えてしまう。それと同時に、レオナは机の上におかれた杖の正体にも気が付いていた。

 実物を見るのは初めてだが、この特徴的な形の杖は文献で見たことがある。それは、紛れもなく変化の杖だ。
 幽閉室は魔法を感知する術がかけられているため魔法には反応するが、魔法道具を使用した場合は一切分からない。

 それに気が付いた途端、すべてのからくりに気がついてしまったレオナは、声の限りに絶叫していた。

「……な、何が小さなメダルよっ?! よくもだまくらかしてくれたわね、あの詐欺師大ミミズ魔道士――っ!!」

 

 


「ダイ、もう下ろしてくれよ」

 と、大ミミズが言ったのは、ダイが瞬間移動呪文で地面に下り立った後のことだった。 地面に下ろした大ミミズが、にゅるりにゅるりとのたうったかと思うと、ポンッと煙を上げて人間の姿へと戻る。
 そこにいたのは、ポップだった。

「へっへへー、脱出成功♪ あー、やっぱ、自由っていいよな〜」

 などと、呑気に伸びをするポップと違って、ダイは少しばかり罪悪感があるようだった。


「レオナ、怒ってなきゃいいんだけどなー」

「平気だって、ちゃんと置き手紙も書いてきたんだし。それにしてもあの役立たずの杖も、使い道によっては役に立つもんだよなー」

 変化の杖――対象に向かって振ると、ランダムに姿を変化させる効力をもった杖だ。ただし、どんな姿になるかは全くのランダムであり、変身魔法と違って能力値は一切変化しない。

 あくまで、姿を一時的に変えるだけの効き目しかないのだ。しかも、半数以上の確率で怪物の姿になってしまう。うかつに町中で使えばパニックが起きてしまうという、厄介な上に役にも経たない魔法道具だ。

 行方不明中のダイを探している際、偶然見つけたものの、これといった使い道が思い付かないのでずっとしまい込んでいた魔法道具の一つだ。

「……あの手紙も、レオナを怒らせそうな気がするんだけど」

 未だに読み書きが苦手なダイには、ポップが実際になんと書いたかまでは分からない。だが、小さなメダルを探す旅に出るというのは、どうもレオナには気に入らないんじゃないかという気がしてならない。
 だが、それにもポップは気楽なものだった。

「へーきへーき。つーか、アバン先生よりマシな理由だって。
 なんせ、先生ときたらおれが弟子入りしてからずいぶん長い間、『内緒ですよ? 私の旅の目的はですねー、実は……東方伝説の実在を確かめるためなんですよ!!』とか大ボラふいてたし」

「せ……先生、そんなこと言ってたんだー」

「言った、言った! しかも、言うだけじゃなくって、実際に東方伝説っぽい洞窟とか遺跡もしょっちゅう見に行ってたしな。元勇者が何やってんだよって感じだろ?」

 おかしそうに笑いながら、ポップはダイの首に巻きつけるように腕をかける。そのまま体重を掛けながら、からかい半分に頭をこづく。
 だが、それは少しも痛くなかった。

「くすぐったいよ〜、ポップ!」

「なーにがくすぐったいだ、いいから余計な心配なんかしてないで、せっかくの旅を楽しめばいいだろ。
 姫さんだって、すごいお土産でも持って帰れば機嫌を直してくれるって」

(そ、それは、どうだろ?)

 と、チラッとは心配は残るものの、ダイはすぐに思い直した。

「うん……! そうだね、せっかくの旅だもんね」

 メダルを探す旅――まあ、ダイにとっては、正直、貨幣の価値や意味などどうでもいい。ダイにとっては、金貨や宝石だって石ころと大差がないのだから。
 ダイが小さなメダルに特別なものを感じたのは、ポップが大事にしているものだから、という理由にすぎない。

 数枚のメダルが、ポップにとってはアバンとの旅を思い出させる懐かしい物であることに間違いはない。
 それが、ダイには羨ましかったのだ。

 もちろん、ダイにもポップとの旅の思い出はある。バーンを倒すためにポップと過ごした旅の思い出は、きっと一生忘れない。
 だが、そんな厳しくも印象に残る旅だけではなく、楽しくて気楽な旅の思い出もほしかった。

 ポップがアバンと過ごした日常的な旅の思い出を大切に抱いているのは前から知っていたし、それは羨ましくてたまらなかったのだから。
 自分も、そんな思い出をポップと共有したくて――そのための理由なら、なんでもよかった。

 見つけるも何も、小さなメダルを探す前から、ダイの一番の願いは叶っている。
 ならば、今はそれを素直に喜べばいい。

「ポップ、これからよろしくね!」

 そう言ったダイの顔には、それこそ太陽のような笑顔が浮かんでいた――。

 

 

(それでいいんだよ、ダイ。それで、いい――)

 やっと笑顔を浮かべたダイを眺めながら、ポップは心からの満足を味わう。
 ダイがいなくなった時から、ポップにはずっと望みがあった。

 ダイを見つけたら絶対にぶん殴ってやると言っていたのとは全く違う、心に秘めた望みが。
 誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりなんかない。だが、ポップには心に強く決めた望みがある。

 ポップの望みは、ダイの幸せだ。
 地上を守るために自分の全てを投げ出そうとしたあの小さな勇者に、今度こそ自分の意思で幸せを掴み取ってほしいと思っていた。

 だから、ダイが窮屈な城に閉じ込められて参っているのなら、旅に出るのもいいと思った。
 ダイが常識や知識を身に付けること自体は賛成だが、それは焦らなくてもいいだろうと思える。

 厳しい戦いを乗り越え、過酷な魔界を生き延びて地上に戻ってきた小さな勇者は、やっぱりそれだけの時間をおいても本質は変わっていない。
 自分のことを後回しにして、他人を優先してしまう優しさを持っている。

 心配をかけた負い目から仲間達の気持ちを優先して、自分のやりたいことを押し殺してでも我慢しているのではないかと、ポップはずっと案じていた。

(相変わらずバカだよな、こいつ。もっと、好き勝手にやっていいのによ)

 ダイの今までの頑張りを考えれば、そのぐらいのわがままや自由は許されるだろう。自分にできる限りなら、それに付き合うつもりでいる。
 もし、ダイが望むのなら、これが永遠の旅になっても構わない。

 レオナにはちょっぴり悪い気がするが、彼女なら分かってくれるだろうと言う確信もある。
 レオナの望みも、ポップと同じだ。

 もちろん恋する少女として、ダイに常に側にいてほしいと思う気持ちがあるだろう。だが、それ以上に、レオナはダイの幸せを望んでいる。
 地上にやっと戻ってきた小さな勇者が、笑顔でいること――それこそがレオナの一番の望みだと、ポップは知っていた。

 だから、もしダイが本気で望むならば、レオナは自分の望みや、こっそりと流す涙を押し殺してでも小さな勇者を旅立たせてくれただろう。
 だが、ポップはそんな旅立ちはちょっと遠慮したかった。

 どうせなら心配も気遣いも必要のない、気楽な旅がいい。楽しむために旅立って、その気になったらひょいと戻ってきて珍しいお土産を披露する――そんな旅が、望みだ。
 ダイの行方不明の時の不安からまだ抜けきっていないレオナにも、教えてやりたいことがある。

 無理に城に縛り付けようとしなくても、ダイはもちろん、ポップだってどこにも行ったりはしない、と。
 旅に出たとしても、必ずレオナのところに戻るのだ、と。

(ま、姫さんもしばらくは怒ってるだろうけど、そのうち分かってくれるさ)

 ダイを取り戻すために共同戦線を張っていた同志として、ポップはレオナを信頼している。
 楽観ではなく、紛れもない事実としてポップはそう確信していた――。

 

 

 

「さて、と。じゃ、そろそろ行くとして……ここ、どこだ?」

 ひとしきりダイとじゃれ合った後で、ポップは改めて周囲を見回した。
 だが、ダイの答えを聞くまでもなく、穏やかな自然の広がる湖畔の風景を見て、気が付く。

「ここかよ……懐かしいな」

 それは、二年前の月夜のこと。
 勇者へ掛けられるあまりにも大きな期待に押し潰されそうになった小さな勇者が、逃げ込んだ場所。
 竜の騎士の伝説の神殿が眠るという、湖のほとりにダイとポップは立っていた。

「うん、おれもびっくりした。ルーラで飛んだら、自然にここに来ちゃったみたいだね」


 ダイもまた、懐かしむような視線で周囲を見回す。

「ま、悪くないスタート地点じゃん。じゃ、こっからメダル・クエスト、スタートだ!」
 笑って手を差し出すポップに、ダイもまた笑顔のまま手を握り返す。

「うんっ!」

 

 

 抜けるような青空の下で。
 こうして、勇者とその魔法使いの、小さなメダルを探す旅が始まった――。
                                     END
 


《後書き》

 4周年記念アンケート企画、11のお題挑戦の一つです!
 こちらのお題では、『変化の杖』『ノーマル設定』『オレがさ、遠いトコに行きたいって〜』の課題をクリアしてます♪(…多分)

 ところで、筆者は普段は『ダイが二年間魔界で行方不明後、パプニカに戻ってきてみんなで幸せに暮らす』バージョンの世界を基本に書いていますが、別分岐の未来も幾つか考えています。

 ダイとポップの二人旅というのもその一つで、それもできればものすごーく気楽で、楽しい感じの旅がいいなと思っていました。
 今回の企画のおかげで、小さなメダルの絡めての旅立ちを思い付けて満足ですv

 この設定は気に入ったので、そのうち続きを書いてシリーズ化するかもしれません。まあ、予定は未定なんですが(笑)

 


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