『天の川、地上の川 ー後編ー』

 

「な? もう終わっただろ?」

 と、得意そうにそう言いながらポップがダイのもとに戻ってくるまで、ものの数分とは掛からなかった。
 魔法という概念のない異界では、ポップの使った魔法は鬼達の度肝を抜く術だったのだろう。そう苦労するまでもなく、簡単に追い散らすことができた。

 傷一つ負うどころか、息すら乱さないままケロリとした顔で戻ってきたポップを、ダイは口をあんぐりと開けたまま見ていた。
 驚きを隠しきれないその間抜け顔までもがダイそっくりだと、ポップは思わず笑う。

「さ、治療の続きをしようぜ。もうちょっとの間、じっとしていろよ」

 さっきの手当てで、一応は傷を塞いだ。だが、ダイの傷は背中のものだけではなかった。 よく見ればダイの身体は生傷、古傷問わずに傷だらけだった。ろくに手当てもしないまま自然治癒したと思える傷、もしくはその途中である傷も幾つもあった。

 それに顔色の悪さや目の下に浮かんだクマを見れば、ダイが今までどんなに過酷な旅をしてきたのか、容易に想像がつく。
 それらの傷を完全に癒し、体力をも回復させるために、ポップは自分に使える最大限の力を発揮して回復魔法を唱えた。

 わずかに緑色を帯びた暖かな光を受けて、ダイがほうっと息をつく。
 ポップにとっては在り来たりの回復魔法に過ぎないが、異界のダイにとっては奇跡にも等しい効果なのかずいぶんと驚いているようだった。

「すごいや……どんどん、身体が楽になる。なんか、夢でも見ているみたいだ」

「まっ、タナバタの夢、とでも思っておきゃあいいよ。おれもそう思うことにするしさ」
 タナバタは遠く引き裂かれた恋人達が再会する日だ。その伝説を拡大解釈してか、普段はめったに会えない者達が再会する日に相応しいともされている。
 その日にこんな魔法陣にでっくわしたのも、何かの縁というものだろう。

「たなばた……」

 最初、不思議そうにそう呟いたダイを見て、もしかしてこのダイもタナバタは知らないのかとポップは思ったが、意外にもそれは裏切られた。

「ああ……もう、そんな季節だったんだね。すっかり忘れてた」

 初めて、笑顔がダイの顔に浮かぶ。それはかすかなものだったし、どこか寂しそうな顔ではあったが、笑顔なのには変わりはなかった。

「七夕は……いつも、ポップと一緒に過ごしたんだよ」

「そうなのか」

「うん。
 短冊の船に願いをかけて、一緒に船を追って川沿いを走るんだ。どっちの船が遠くまで流れるか、いっつもそうやって競争していた」

 懐かしむように、そしてひどく嬉しそうにそう言うダイだったが、ぐったりとして身動きもできないままだったし、目は少しばかり焦点があってなかった。
 それも、無理のない話だ。

 出血のダメージもさることながら、これ程の怪我を負いつつ過酷な世界を旅してきた疲れは、決して少なくはないだろう。

 それに回復魔法による急激な回復というものも、意外と身体や精神へ負担がかかるものだ。
 意識が多少朦朧としてもおかしくはない。

「だるいんだったら、寝てていいぜ。一眠りして、目が覚めた時には身体が回復してるはずだからよ」

 いかにも眠そうに目をとろんとさせているところや、口調があやふやな辺りを見れば、短い時間であっても眠った方がいいと思った。
 だが、ダイは目を閉じるどころか、よりいっそうぱっちりと目を見開き、いやいやと首を振る。

「やだよ。だって、目を閉じてるぐらいなら、ポップの顔を見ていたいもん」

 聞いている方が照れくさくなることを、さらっと言えてしまうストレートさは、ダイそのものだ。
 女の子が相手だったのならそのままイチコロにしてしまいそうな天然たらしっぷりに、ポップは思わず苦笑してしまう。

「……おまえって、ホント、ダイそっくりだな。顔が似てる奴は、中身も似るものなのかねえ?」

 ポップにしてみれば、それは治療の合間の暇潰しの軽口に過ぎなかった。
 ここが本当の平行世界なのだとしたら、同じ人物の間に繋がりがあるのは当然のことだ。分岐により世界が離れてしまったとはいえ、元来、同一人物なのだから。

 だが、そんな理屈など明らかに知らないらしいダイは、首を捻って生真面目に考えこんでしまった。

「うーん、どうだろ?
 ……おまえは、おれの知っているポップとは、ずいぶん違うよ。だって、ポップは空も飛べないし、火を操る術を使ったのは見たことあるけど、鬼を一発で追い払う術なんて使えないし、こんな風に人を癒す術も使えないもん。
 すごくそっくりだけど、全然違う」

 難しいことを考えている時の癖も共通しているのか、眉を寄せて一生懸命に考えている顔もダイにそっくりだ。

「でも、似てる。全然違うのに、すごくそっくりだよ」

「なんだよ、そりゃ?」

 語彙が乏しいと言うか、言うことが少しばかり直球すぎて、ちょっと分かりにくい辺りも本物のダイとご同様のようだ。
 だが、本人は至って大真面目に言葉を続ける。

「おれを助けてくれるとこ、よく似てる。
 ポップも……おれのポップも、いつもおれを助けてくれたんだ。
 普段は怠け者で面倒臭がりやで、おじさんのお手伝いだってサボり放題の奴なんだけど」
 

(おーおー、耳が痛いねえ)

 自分が言われているわけじゃないと分かっていても、ポップはつい肩を竦めたいような気分にさせられてしまう。
 だが、ちゃかしもせずに黙ってそれを聞いていたのは――ダイの声を遮りたくはなかったからだ。

「でも、ポップがおれが困った時や辛い時は、いつだって助けてくれるんだ。
 あいつ、ホントにすごいんだ!
 ポップが大丈夫だって言うと、どんな時だって大丈夫だって気分になれるんだ。
 あの時だって――」

 そこで、言葉が唐突に途切れた。
 嬉しそうに、ひどく熱心に話していたダイの顔が、見る見るうちに曇っていく。
 明るい日差しを投げ掛けていた太陽が、急な雨雲に覆われて見えなくなるように、ダイの顔からも笑顔は瞬く内に消えた。

「ポップは……おれを助けるために、奴に連れて行かれちゃったんだ」

 ぽつり、と押し出された言葉は、すでにポップに語っている言葉ではなかった。
 治療手であるポップを見つめている目はそのままでも、どこか遠い。

「もう、二度と戻れなくなるって分かっていたくせに、おれを庇って……っ。――だから、おれが助けに行かないと……っ!」

 悔しさが滲み出ているその言葉を、ポップは無言のまま聞いていた。
 その悔しさも、言うに言いがたい絶望感も、どうしても諦めきれない思いも、ポップにはよく分かる。それこそ手に取れるかと思うほど、その気持ちは鮮明だった。

「そうか……その気持ち、分かるぜ」

 自分を庇って、いなくなった親友を助けたいと思う気持ち――それこそ、ポップが抱いているものと全く同じだ。
 ここはどうやら、自分とダイの立場が全く逆になった世界のようだ。

 詳しい事情までは分からないが、この世界ではポップがダイを庇い、そしていなくなってしまったのだろう。
 それを思えば、ダイがたった一人でこんなに無茶な旅をしている理由など、簡単に推理できる。

 だが、それはいくらなんでも無茶がすぎるのではないだろうか。
 回復魔法すら使えないのにこんな危険な場所を一人で旅をして、ここまで傷だらけになっているダイはひどく痛々しく見える。

 なによりさっきダイの見せた辛そうな表情が、ポップの目に焼きついていた。
 異界で、たった一人で流離っている小さな勇者。
 その姿が、おそらくは今、魔界にいるだろうと思える本物のダイと重なるだけに、目を反らせない。

 違うとは分かっているのに、それでもポップは力を込めて魔法の力を注ぎ続けることに専念する。
 そのせいか『それ』に最初に気がついたのは、ダイの方だった。

「あれ? おまえの身体……なんか、色が薄くなってない?」

「え?」

 ダイに言われて自分の身体を見下ろし、ポップは魔法の輝きが薄れ始めたのに気が付いた。
 回復魔法を放っている手はともかくとして、全身を覆っていた光が薄れてきている。

 慌てて魔法陣の方を振り返ると、空に浮かんでいる魔法の光も先程よりも幾分弱まっているのが見て取れる。

(やべ……っ、まずいかも)

 真っ先に浮かんだのは、その危機感だった。
 全ての魔法がそうだというわけではないが、時間制限のある魔法というのも幾つか存在する。その魔法のほとんどは、効力が消えかけてくると輝きを失うものがほとんどだ。

 魔法陣とて、それは変わらない。
 光を失った魔法陣など、ただの落書きに等しい。
 ましてや、あの魔法陣はポップ自身の力で作り出したものではない。

 失われたら、もう一度作り出すのは不可能かもしれない……つまり、言い換えれば、あの魔法陣が消滅したらポップは二度と元の世界に帰れなくなる可能性が高い。
 咄嗟にそこまで計算したポップだが、どこか心配そうに自分を見ているダイに気がつき――ニヤリと笑った。

「そうか? 気のせいなんじゃねえの? あ、それとも魔法が決定的に足りてないのかな、特にここら辺が」

 ことさら何でもないように言いながら、ポップはダイの頭を乱暴に撫でつつ、回復魔法の光を強める。

「ちょ……っ、ポップ、そこは最初からケガしてないよっ?!」

「ふうん、そうかー? なんか、中身が空っぽな手応えがするんだけどよ〜」

「えーっ?! なんだよ、それっ!!」

 からかうとムキになるあたりもダイに似ていると実感しつつ、ポップはさりげなくダイの目の上に手を当てた。

「いいから、少し目を閉じていろよ。今、完全に回復させてやるからさ」

 すでに八割程度は回復しているはずだが、ポップは治療途中でダイを放り出して慌てて魔法陣に戻る気にはなれなかった。
 こんな薄暗い上に、敵しかいないと分かりきっている世界に、傷ついたダイを一人取り残すなんて、とても考えられない。

 せめて、完治させるまでぐらいは手を貸してやりたい――そう思う。
 もっとも、その考えが危険を伴うものだとポップはちゃんと承知していた。いくらポップが世界屈指の回復魔法の使い手になったとはいえ、これだけ体力を消耗したダイを完全に回復させるまで、後数分はかかるだろう。

 わずか数分――だが、されど数分だ。
 ここでの選択次第で、この先の人生が大きく変わるかもしれない危険性を承知の上で、ポップはダイの治療のために力を注ぐ。

(……悪いな、ダイ。
 でも、おまえだってここにいたなら、おれと同じことをしただろ?)

 目の前にいるダイではなく、自分の親友であるダイに向かって、ポップは心の中だけで囁きかける。
 元の世界に、帰りたくないわけがない。

 というか、絶対に戻らなければならない理由が、ポップにはある。
 どうしても譲れない、絶対に叶えると決めた夢が。
 だが、それでも傷ついたダイを見捨ててこのまま立ち去るなんて、ポップにはできなかった。

 多少の危険を冒してでも、親友そっくりな――いや、違う世界のもう一人のダイを助けたいと思う。
 こんな風に思うのは、ポップの個人的な思い……はっきり言えば、ただのわがままだ。
 だからこそダイには光の変化に気付かせないように手で彼の目を塞いだのだが、ダイはその手を掴んで不意にむっくりと起き上がった。

「わっ?! な、なんだよ、急に、びっくりするじゃないか。おまえなぁ、回復魔法をかけおわるまでじっとしてろって、何度言えば分かるんだよ?!」

「ご、ごめん。でも、ずいぶん身体が楽になったから、ここらで一度場所移動しときたいと思って。
 ここ、同じ場所にずっといると危ないんだ。
 ちょっと、一緒に来てくれる?」

 正直、ポップにしてみれば少しぐらい危険でも、この場にとどまってさっさと魔法をかけ続けたいところだが、なにしろここは異界だ。
 ポップの常識や力の及ばない敵が存在するかもしれないと思えば、この世界に慣れているダイの意見に従った方がいいと思える。

「分かった。で、どっちに行けばいいんだ?」

「こっちだよ」

 と、ダイはポップの手を引き、そのまま飛び上がった。これには、ポップも少なからず驚いた。

「なんだよ、おまえ飛べるのかよ?! さっき、人間が飛べるわけないとか言ってたじゃないか」

 てっきり、この世界の人間は全般的に飛べないものかと思っていただけに、ポップの抗議はいささか八つ当たりっぽいものになる。

「うん、人間は飛べないよ。でも……おれは、人間じゃないから」

 子供っぽい口調にそぐわない、どこか大人びた寂しげな表情にポップは一瞬、息を飲んだ。
 だが、次の瞬間にはさっき以上の剣幕で食ってかかる。

「何言ってやがるんだよ、そんなのおまえが飛べるっつーだけだろ?! おれはな、飛べるけどれっきとした人間だっつーの。
 そんなの、関係ないだろ!」

 理屈にすらなっていないポップの屁理屈を聞いて、ダイは少しばかり目を丸くし――それから笑った。

「……そんなとこまで、似てるんだね。
 ホント、おまえってポップに似てるよ」

 そう言いながら、ダイは空中でギュッとポップに抱きついてくる。力任せのその抱擁に、ポップはとりあえず文句を付けてみる。

「おい。これじゃ、飛びにくいっつーの」

 飛翔呪文に基本的に視覚は関係がないとは言え、首の辺りに思いっきりしがみつかれたせいで、ダイの身体が邪魔して前が全く見えなくなった。
 が、ここでもがこうと思わなかったのは、どうせ相手がダイだと思う気持ちがあるせいだ。

 ダイの方がポップよりもずっと腕力があるせいで、力づくでこられると振りほどくのは難しい。ならば、抵抗するだけ体力のムダだとポップは敢えてもがこうとはしなかった。 それに、お人好しなダイは人が本気で嫌がることをするタイプじゃない。いつでも手放してもらえると思う安心感があるからこそ、ポップはダイの好きなようにさせていた。

 なにより――ダイの抱擁も、ポップにとっては懐かしいものの一つだ。
 ボサボサの髪の感触も、子供特有の暖かい体温も、ぎゅっとしがみつく腕力の強ささえ、懐かしすぎて胸が詰まる。
 だからこそ、ポップはダイの言葉をうかうかと聞き逃した。

「さっきは言わなかったけど、ポップって時々、すごく無茶なことをするんだ。
 それに、時々、平気な顔でウソをつくし。怖くって震えていたくせに、それでもおれを庇って、平気だって笑っていた」

 それはちょっと聞いただけならば、さっきまでダイが話していたもう一人のポップの話と大差はなかった。
 だから、ポップが気がついたのは突き飛ばされた後でだった。

「だから――ごめん。おまえのウソには、騙されないよ」

「――――?!」

 いきなり明るいところへと放り出された違和感と、上下感覚すら分からない一瞬の浮遊感。
 以前にも覚えがあるその感覚は、思っていた以上にポップにショックを与えたらしかった。

 そのせいで、ポップは自力で飛ぶこともしないまま、突き飛ばされたいきおいのままで魔法陣の中へと飛ばされる。
 そのわずかな間、ポップは呆然とダイを見ているしかできなかった。

 つい一瞬前までは確かに触れ合っていた少年が、魔法陣の光の減少に合わせるように闇の中へ消えていく。

「助けてくれて、ありがとう」

 最後に、その言葉が聞こえた気がした――ような気がしたのは、果たして現実か、それともポップの都合のいい幻想か。
 次の瞬間、ポップは眩い光に包まれていた――。

 

 


「う、うわわぁっ?!」

 と、ポップが叫んだのと、バシャッと派手な水音が上がったのは、どちらが先か。
 どちらにせよ、ポップは思いっきり川の中に飛び込んでいた。すぐさま飛び上がったとはいうものの、ずぶ濡れになった上に、まったく覚悟のないところに水に飛び込んだせいで鼻の中に水が入り込んでツーンと痛む。

「ゲ、ゲホッ、ゴホッ……ちくしょーっ、あの野郎、どこまでダイみたいな真似してくれるんだよ……っ?!」

 何度も咳込み、ポップは激しく頭を振るって水滴を飛ばし、ついでに顔も拭く。特に、目の辺りを何度もこすっているのは、溺れかけた苦しさと悔しさのせいだ――少なくとも、ポップはそう思いたい。

 やっと落ち着いて周囲を見回し、ポップはここが自分が元いた川だと気がついた。
 地上には蛍が飛び交い、空を見上げれば天の川が光っている。だが、さっきと違ってあの魔法陣はどこにも存在しなかった。

 天の川と地上の川が重なり合う奇跡の時間は、終わってしまった……ほとんど直観的だが、ポップは何となくそれを悟った。
 あの異界へ、ポップが再び行ける望みはほどんとゼロに近いだろう。

 それが分かるだけに、元の世界に戻れた喜びよりも、喪失感にも似た無念の方が強かった。
 ――しばらくの間、ポップはその場に立ち尽くしていた。そのままなら、当分の間ずっとそのままだったかもしれない。

 だが、夜風の冷たさは、水に濡れた身体には厳しすぎた。とても、現実を忘れてこの場に佇んではいられない。
 ぶるっと身震いをしてから、ポップは溜め息混じりに呟いた。

「まあ……、そうだよな。あいつが正しいっていえば、正しいよな」

 あの瞬間のダイは、正しかった。
 どんなに似ていようとも、たとえ別世界に存在するもう一人の親友だったとしても。
 それでも、ポップにとってのダイは、一人しかいない。
 そして、もう一人のダイにとっても、同じことだろう。

 それを思えば、それぞれが元の世界で、それぞれの親友を助けるのが筋というものだ。そんなのは、ポップにも分かっていた。
 だが、分かっていながら情に流されかけた自分を、もう一人のダイが助けてくれた。

「……だからって、礼を言う気にはなれねーけどよ」

 はっきり言って、ポップは黒の核晶から助けるためとはいえ、ダイに蹴飛ばされたことだって許しちゃいない。
 もう一人のダイの目的が、ポップを元の世界に戻すためだったと分かっていても、感謝する気にはなれない。

(あいつ……あんなに、嬉しそうにしてたくせによ)

 じっと、自分を見つめ続けていたあのダイの目を、ポップは覚えていた。
 ポップが自分のポップに似ていると、この上なく嬉しそうに語っていた口調も、忘れない。

 あのダイがどこに行くつもりだったか知らないが、回復魔法や攻撃魔法を得意とするポップの手助けなら、絶対に役に立ったはずだ。
 どんなに頭が悪かったとしても、それぐらい分かったはずだ。
 だが――それでもあのダイは、ポップを突き飛ばした。

「だから、おまえは大バカ野郎だってんだよ……! ったく、ダイと名のつく奴は、どいつもこいつも大バカばっかりだ!!」

 腹立ち紛れに罵りながら、とにかくポップはオーザム城に戻ろうとした。このままでは、夏だというのに冗談抜きで凍死してしまいそうだ。
 そこまでいかなかったとしても、下手をすれば風邪を引きかねない。

 だが、まだ懐に入れていた短冊に気が付いて、ポップは足を止めた。
 奇跡的にも、その短冊は濡れてはいなかった。そして、願いを書くつもりで持ってきたペンも無事だ。

 少しだけ考え、ポップは素早くペンを短冊に走らせ、乾くのも待たずに船を折る。
 そうしながらポップが思い浮かべたのは、ついさっきまで一緒にいたダイの方ではなかった。
 共に冒険した、自分の勇者であるダイの顔を思い浮かべながら、ポップは小さく呟く。
 

「悪ィな。
 けどよ、来年はさ……絶対、おまえと一緒だぜ。タナバタを一緒に祝おうな」

 無人島育ちでごく当たり前の常識すら知らないダイにとっては、きっと初めて聞く話に違いない。
 何を見ても珍しがり、ごく有り触れた物を見てでさえ面白がって目を輝かせるダイに時々呆れながらも、あれこれ説明をするのがポップは結構好きだった。

 全くの白紙の状態のダイは、何の偏見もなくごく自然に初めてのものを受け入れる。
 そんな素直な反応を見せるダイと一緒にいると、ポップにまで全てのことが新鮮に思える。

 ダイとの旅は、楽しかった。ダイと一緒にいるだけで、何気ない日常でさえどんなに新鮮味に溢れていた楽しい日々だったか。
 ダイと離れて随分経ってから、ポップはやっとそれに気がついた。

「ダイ。おめえはどうだったろうな」

 ポップがダイとの旅を楽しんだように、ダイもポップとの旅を楽しんでくれていたのなら、いい。
 そして、もう一度会えたのなら、もっと面白いことをいくらでも教えてやろう。

 オーザム式のタナバタも悪くはないが、ポップにとってやはり印象深いのはアバンや母から聞いた方法だ。
 だから来年の夏には、アバンから習ったのと同じやり方で、笹に願いをかける方法を教えてやろう。ダイの願いが叶うように、ポップもまた、願いをかけよう。

 秋には豊かな秋の実りを満喫しながら、収穫祭を楽しもう。食いしん坊な小さな勇者と一緒に、食べ物なんて見るのもイヤになるぐらい目一杯食べ歩きをしてみよう。
 冬には、みんなで一緒にクリスマスをしよう。家族や大切な人と一緒に過ごす聖なる夜の賑やかさを、そして子供にだけ許されたサンタクロースを待つ楽しみを教えてやろう。


 そして、春はダイの生まれた季節だ。ダイ本人は「えーとね、おれがじいちゃんに拾われたのは、だいたい春ごろだよ」なんて言って、誕生日というのを今一歩理解していないような感じだった。

 あの話を聞いた時から、ポップは春になったらダイのためにサプライズパーティを開いてやろうと決めていた。
 まだ誰かにそれを話したことはないが、その話にはきっとみんなも乗ってくれる。ポップは、すでにそう確信していた。

 誕生日パーティなんて知りもしない小さな勇者のために、その時にはみんなで盛大にダイの誕生日を祝おう。

 大切な人が生まれてきた日を特別な一日として、他の祝日と同じか、それ以上にお祝いするものなのだと教えてやろう。そして、ポップや他の仲間達の誕生日も祝えと、プレゼントを強要してやる。

 まあ、お子様な上に世間知らずで、しかもちょっとセンスがずれているダイのことだから、きっととんちんかんなプレゼントを大真面目に持ってきそうだが、それぐらいは大目に見てやってもいい。
 そうなったら、さんざんからかってやろう。

 魔王軍との戦いの時は過ごすことのできなかった四季折々を、細やかな日常を、今度こそダイと一緒に過ごすのだ。
 それらの夢は、叶うことのない儚い希望なんかじゃない。ダイともう一度会いさえすれば、容易く叶えることのできることばかりだ。

「そうだよな……簡単な話じゃねえか」

 自分に言い聞かせるように、ポップは低く呟く。
 本人は自覚してはいなかったが、それは大魔王との戦いの際、黒の核晶爆破寸前の時にバーンに向かって言った言葉と同じ響きがあった。

『順番通りじゃねえか……何が、おかしい?』

 不可能への挑戦を微塵も感じさせない不敵さで未来を断じた魔法使いの少年は、今もその心を違えていない。
 決して折れない意思の強さで、綱渡りの奇跡の要求される未来だけを見つめている。

「おれは、生きている。
 ダイだって、そうだ……だから、おれ達はまた、絶対に会える。当たり前の話じゃねえか」

 今にも途切れそうな、細く、困難な道なのは否定しない。
 だが、ポップにとってそれは、疑問の余地すらない一本道だ。
 互いに生きてさえいれば、必ず会える――そう信じている。

 いや、信じる。信じ抜いて見せる。
 多少の時間は掛かるかもしれないが、それはポップの努力次第でかなえられるはずの願いだ。

 いつか、自分の手で必ずかなえると堅く心に誓った願いは、すでにポップの中に深く根差している。
 ならば、わざわざ星に願いをかけるまでもない。

「おれの相棒は、おまえだけだ」

 口に出して、ポップはその言葉をはっきりと自分に言い聞かせる。
 ポップが全てをかけて救いたいと思うのは、本来の相棒に対してだ。どんなに同情を感じても、つい、立ち去りがたい思いを抱いたとしても、もう一人のダイを助けることはできない。

 そして、ポップを突き放したあのダイも、それは望んではいないだろう。
 だからこそポップは、今年のタナバタは異界にいるもう一人のダイのために使うことにした。

『もう一人のダイが、もう一人のおれと会えますように』

 今年の短冊に、ポップはそう書いた。
 なんとか船に形に見えなくもない形におり上げた短冊を、ポップができるだけ気をつけて、そっと川に浮かべる。
 もし、それが沈まないまま川を下っていけば、願いは叶うはずだ。

 だが、ポップはたった今自分が流した船の行方も、目で追わなかった。それをするのは、もう一人のダイとポップの役割だ。

『七夕は……いつも、ポップと一緒に過ごしたんだよ。
 短冊の船に願いをかけて、一緒に船を追って川沿いを走るんだ。どっちの船が遠くまで流れるか、いっつもそうやって競争していた』

 自分とは違う、タナバタの日の願いのかけ方。自分達とは違う形の、だがとても大切な日常が、きっと彼らの間にもあったのだろう。
 ポップがダイとの日常を望むように、もう一人のダイもそれを望んでいるのに違いない。
 いつか、もう一人のダイとポップが無事に再会して再び一緒に過ごせるように……ポップは、今年のタナバタにそう願いをかけた――。
                                   END



《後書き》
 4周年記念アンケート企画、11のお題挑戦の一つです!
 こちらのお題では『おかしな扉でパラレル世界!』『ノーマル設定』『おれの相棒はおまえだけだ』『絶対死なせない……!』の課題をクリアしてます♪


 パラレル希望のお題を見た時から、筆者の唯一(笑)のパラレル設定の東方話とのクロスオーバーを考えていました。
 パラレルだけでも苦手なのに、クロスオーバーともなればさらに難度がアップするのであれこれと書くのに悩みましたが、思い切ってチャレンジするのって大切ですねv


 苦手だからと最初から敬遠していたら、クロスオーバーは多分、一生書かなかったでしょう(笑)
 改めて、素敵なアンケートリクエストをくださった方々に感謝します!
 

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