『少し、重たい秘密 ー後編ー』

 

「ポップッ?!」

 魔法使いの少年の名を叫びながら、ノヴァは必死になってその身体を支えていた。だが、全く力の入っていない身体が、目を閉じたままの青ざめた顔が、返らない返事が、不安を掻き立てる。
 何より、ポップの胸元に広がる血の染みが、最大限にノヴァの心を揺さぶった。

(こんなことになるなんて……!)

 それは、一瞬のことだった。
 ポップが魔法力を使った途端、黒い三日月が弾け飛び、その余波の光がポップにも降り懸かった。

 咄嗟に危ないと感じ、ポップの腕を引っ張ったつもりだったが  一歩、遅かった。黒い歪みはその一撃と共に消えたが、一瞬の光は、ポップの胸を切り裂いていた。
 まるで鋭利な刃物ですっぱり切った様な傷跡に、ノヴァは久しく忘れていた戦慄を思い出す。

 超魔ゾンビと化したザボエラと戦った頃に感じた背筋が凍る程の悪寒が、ノヴァの身体を震わせていた。
 それは、恐怖から生まれるものではない。
 自分の力の未熟さを、心の底から悔いるがゆえに生まれる震えだった。

 油断していたつもりはない。実際、護衛としてノヴァがとっていた行動は概ね間違ってはいまい。
 だが、それでもポップを守れなかった後悔が、悔しさとしてノヴァの胸を焼く。

 しかし、今は自分の未熟さを悔やんでいる場合ではない。ノヴァは震える手で、ポップの首筋に手を伸ばす。
 脈を確かめ、ポップの生死を確かめるために。
 その間も、ノヴァは何度もポップに呼び掛けずにはいられなかった。

「ポップ……ポップ、聞こえたら返事をしてくれ! ポップ!」

 焦っているせいか、それとも動揺のせいか、首筋にあるはずの大動脈の位置を探し当てるのに手間取る。
 だが、手にしっかりと感じる脈動に、ノヴァは心の底からホッとした。

(よかった、生きている……)

 生存を確信してから、ノヴァは思い切って傷口に触れ、傷の深さを確かめる。
 落ち着いて確認すれば、傷はそれ程深くはない。胸という急所だから焦ったが、傷自体は意外と浅手のようだ。出血量もさして多くはない。

 これなら、回復魔法をかければ確実に助かるだろう。
 返事がないのはどうやら気絶しているせいだと気が付いたノヴァは、覚悟を決めていささか乱暴にポップを揺さぶった。

「ポップ! 起きるんだっ、目を覚ませっ!」

 怪我人をこんな風に乱暴に扱うのに罪悪感を感じないでもなかったが、この状況ではそれがポップを助ける唯一の道だ。
 いくら浅手とはいえ、傷を負ったままの状態で放置していいわけがない。だが、手当てをしようにもノヴァは回復魔法は使えないし、薬草一つ持っていない。

 しかしポップならば、意識さえ取り戻せば自分で自分に回復魔法が使える。
 ここは無理にでもポップの意識を目覚めさせ、応急手当てでもいいから回復魔法をかけさせるのが一番いい。

 そう思ったからこそ心を鬼にして揺さぶった結果、ポップが呻き声を上げながら目を開けた。
 人形の様にぐったりと力なく寄り掛かっていただけの身体にも、多少の抵抗感というか、動きを感じる。

「ポップ、気がついたかい?! いいかい、まずは自分で自分に回復魔法をかけて……」

 そう言いかけた言葉を遮ったのは、ポップの咳き込みだった。
 それは、ただ喉が詰まって咳き込む咳でも、風邪の時に出る咳とも違った。爆発的といっていい勢いでの咳き込みは、ポップの取り戻したばかりの体力をやすやすと奪い去った。


 再び、ポップの体重がノヴァの手にずっしりとのし掛かる。それだけならまだしも、咳き込み過ぎたせいかポップの口許から鮮血が散りだしたのを見ては、とても放ってはおけなかった。

(まさか、肺まで傷が届いているのか?!)

 ポップの傷はそれ程深いようには見えなかったが、もし肺にまで達する様な重傷だとすれば話は根本的に変わってくる。
 どんな偉大な魔法使いとて、肺をやられては呪文を唱えることはかなうまい。
 苦しそうなポップを見て、ノヴァは一瞬の迷いの後、決断した。

「しっかりするんだ……! 今、人を呼んでくるから」

 言いながらノヴァはポップをできるだけそっと地面に下ろし、横向きに横たえさせる。 本当ならこのままポップを連れて迷宮脱出呪文を唱え、瞬間移動呪文で安全な場所に連れて行き、手当てを受けさせた方が早いのは分かっている。

 だが、病人や怪我人を移動系の呪文で運ぶのは、よくないとされている。
 特に一瞬で移動できる瞬間移動呪文は、たとえ術を使わずに運ばれる立場であろうとも身体にかかる負担は少なくはない。迷宮脱出呪文だとて、同様だ。
 最悪の場合、移動の衝撃で傷を一層深めてしまう可能性がある。

 重傷者の場合は看護をする者を連れてくる方が、ベストだ。しかし、立ち上がろうとしたノヴァの手を、弱々しい手が掴む。
 なんのつもりかと戸惑うノヴァの前で、咳の合間の苦しい息に紛れ、やっと聞こえる程度の声がかけられた。

「……へー…き、だ……からよ。少し、待てば……自分で、治せる……」

「そんな有様で、何を言っているんだよ?! そんなわけないだろ?!」

 ここに10人の人がいたら、10人ともがノヴァに賛成するに違いないだろう事実を、ポップは首を振って否定する。

「自分で…治せ……る、から……行くな……!」

 その言葉を信じたわけではない。
 むしろ、ますます不安が強まっただけだが、それでもその場にとどまったのは、ポップの言葉を信じたわけではなく、咳き込みが一段とひどくなったからだ。

 もうノヴァの手を握るのに回す力も無いのか、横倒しになった姿勢のまま咳き込むポップをとても放っておけず、ノヴァは彼の側に屈み込んだ。

 ひどく苦しげなポップに対して何もできないが、せめて背を撫でずにはいられない。ゴツゴツした背骨をすぐ皮膚の下に感じる、痩せた身体付きが不安を煽るのを感じながら、ノヴァは馬鹿の一つ覚えの様に同じ言葉を繰り返した。

「ポップ……、ポップ、しっかりしてくれ」

 聞いているだけでも胸が苦しくなる様な咳き込みは、幸い、長くは続かなかった。
 しばらくは苦しそうに胸を押さえていたポップだが、咳が止まればその苦しみも薄れたらしい。

「う…ぇー……ぜーー、はぁー……」

 苦しそうに息をつきながらも、呼吸がある程度鎮まるのを待ってからポップは改めて自分の胸に手を当てて、小さく呪文を唱える。途端に柔らかい光が広がって、青ざめていたポップの顔色が格段に良くなった。

 裂けた服の間から見えていた傷跡は見る見るうちに消え、新しい皮膚が再生されていく。瞬く間に、ポップの傷は完治していた。
 破れた服と血の跡さえなければ、ポップが怪我をしただなんてもはや誰にも分からないだろう。

「な、平気だって言ったろ?」

 ニヤリと笑ってちょっと自慢そうに言ってのけるその調子のよさは、いつものポップのものだ。

「…………」

 それを見て、ノヴァは大きく息をつくと同時にへなへなとその場に座り込んでいた。自分でも意識してはいなかったが、それだけ気を張っていたせいもあるし、安堵感で力が抜けたのだ。

 が、そのまましばらく放心した様に座り込んでいたノヴァだったが、ポップが身体を起こそうとするのを見て正気に返った。

「お、おい?! さっき怪我したばかりなのに、まだ動いたりしては……」

 怪我は治ったとはいえ、ポップの動きはいかにも鈍くて辛そうだ。それだけに押しとどめようとしたが、ポップときたらノヴァの手をうるさそうに払いのけながら周囲を見回す。


「そんなことより、さっきの空間の歪みはどうなったんだ?」

 揚げ句にこの言いっぷりに、ノヴァがカチンとするのも無理もあるまい。

「そんなこと?! キミは今、死にかけたばっかりなんだぞっ、なのによくそんなことを言えるなっ?!」

 心配させられた反動で、ノヴァの文句は自然にきついものになってしまう。その勢いに押されたのか、多少たじろぎつつもポップは取り繕う様な笑みを浮かべ、調子よく反論する。

「あ、いや〜、んな大袈裟な。死ぬって程の怪我じゃないんだし、第一もう治ったんだから、いーじゃん、な?」

「そう言う問題じゃないだろ! だいたいボクがあれほど言ったのに、あんな不気味で得体のしれないものに不用心に魔法を使ったりするからそんな目に遭ったんじゃないか!!」


「わ、分かった、分かった、おれが悪かったって、うっかりしてたんだよ。なんせ、あんなはっきりとした空間の歪みを見つけたのは初めてだったからさ。
 それで、あれはどうなったんだよ?」

 一応謝ってはいるものの、どうにも誠意も反省も欠ける態度に目を釣り上げつつも、まだ動きの悪い身体をひねってあちこちを見回すポップを見て、ノヴァは溜め息をついた。 ざっと見ただけでもすでに周囲にあの闇が無いのが一目瞭然なのだが、ポップはまだ熱心にあの闇を探している。

 ポップの諦めの悪さは、ノヴァもよく知っている。事実を教えなければ、彼はきっと納得しないだろう。

「……あれなら、さっき弾けて消えたよ」

 怪我をしたポップには、見る余裕は無かったかもしれない。だが、ノヴァは一部始終を見ていた。
 仮にも勇者を名乗るノヴァは、並の戦士以上の動体視力を持っていると自負している。
 よく観察していたわけでは無いが、あの黒い三日月の様なものがポップを傷つけると同時に消滅したのは目撃した。

「え……」

 それを聞いた途端、ポップの顔に浮かんだ表情もノヴァは見てしまった。
 あまりにも無防備な、傷ついた子供の様な顔――。
 ポップはすぐに顔を伏せて俯いたが、一瞬だけでもノヴァの視力には十分だった。

「そ……、そっかぁ、じゃあ、しかたがねえか。あーあ、今回も無駄足だったな。ちぇっ、こんなことなら昼寝でもしていた方がましだったぜ」

 伏せた顔からは表情は伺えないが、いかにもポップらしいあっけらかんとした明るい口調だった。その言葉だけを聞いていたのなら、ノヴァもまんまと騙されてしまったかもしれない。

 しかし、さっきの一瞬の表情を見てしまった後では、今のポップの言葉は空元気としか思えなかった。

「じゃ、帰るとしますかね」

 と、立ち上がって伸びをして見せるポップは見事なまでにいつも通りで、先程の傷心ぶりを感じることはできない。
 だが、それが見せかけだけかと思うと、なんだか居心地が悪いというか、落ち着かない気がする。

「あ、ああ。もう動いても、平気なのかい?」

 それだけに気遣う言葉が出てしまうが、ポップは何事も無かった様に笑って見せた。

「ああ、へーきへーき。
 それより、戻る前にちょっと頼みがあるんだけどよ――いいか?」

 もったいぶったポップの言葉に、ノヴァは即答した。

「ボクにできることなら」

 普段なら、まず、ノヴァはすぐそうは答えなかっただろう。
 ポップの無茶さは、共に冒険をした期間の短いノヴァでさえよく知っている。うかつに彼に賛成する様なことを言えば、どんな無茶に巻き込まれるか分かったものじゃない。

 それだけに、まず話を聞いてからでなければそうそう頷けるものではない。
 だが、今は――ポップのために何か、少しでも力になってやりたいと思った。

「へえー」

 ノヴァの返事が意外だったのか、ポップは一瞬きょとんとして、それからニヤリと笑う。


「ありがてえ。じゃあさ、ここに空間の歪みがあったことは、なかったことにしておきてえんだよ
 ロモス王には、黙っててくんない?」

「なんだって?」

 思わず、ノヴァは眉をしかめてしまう。
 仮にも騎士の端くれとしては、ポップの言葉に素直に頷くのには抵抗があった。
 基本的に、騎士は戦って国を守ることこそが責務だ。

 騎士の能力は戦いにこそ使われるべきであって、戦いや事件の解決を考える必要はない。それは、王の役割なのだから。
 騎士は己の正義に従い、忠義を捧げてもよいと信じた王に仕えるものだ。だからこそ王の判断に全幅の信頼を置き、判断を預ける。

 騎士は政治的な方面に関与する必要はないし、王の判断に従い戦いのみに全力を注げばいい……少なくとも、ノヴァはそう考えている。
 そんなノヴァにとって、たとえ自国の王でなくとも王に対して隠し事をし、自分の一存だけで事件を内々に処分するなんて思いもつかないことだった。

「それは……賛成はできないな。王は、国内で起こった事件を知る権利と義務があると思わないか?
 報告ぐらいしておいた方が、いいと思うけど」

「かもな。
 でもさ、知っているか? 空間の歪みって奴は、一度消滅したら二度と発生はしないんだ」

 そう言うポップの口調は、穏やかだった。態度にも、動揺は見られない。
 だが、目だけはごまかしが利かない。
 自分で自分の言葉に傷ついたような、一瞬の揺らぎがその目をよぎったのをノヴァは見逃さなかった。

「つまり、ここはもう二度と空間の歪みなど発生しないんだぜ。
 それなのに、わざわざここには魔界と繋がる道があったんだ、なんて言ってどうなるってんだよ?
 王様やみんなに、余計な心配させるだけじゃないか」

 ポップのその言葉を最後まで聞き終え、ノヴァはしばし瞑目してから答えた。

「分かったよ……やっぱり賛成は、できないけどね」

 常識的にはいろいろと問題がありそうな気もするが、ポップの判断自体はノヴァは間違ってるとは思わない。

 実はロモスには魔界と人間界が通じている穴がありました、二代目大魔道士がそれを調べようとしたらいきなりその穴が破裂して重傷を負いました、なんて知らせは大騒動を起こすだけだ。しかも本人の怪我はすでに完治、穴も完全に塞がれています、では、対処もへったくれもあるまい。

 それだけに、この件が露見すればポップの行動の方が問題視されることになるだろう。 本人の自覚はさておくとして、大魔道士ポップはいまや世界的な有名人であり、重要人物だ。
 勇者ダイがいない今、勇者一行の中で一番の実力者であり、民衆からの人気も高い。

 そんな彼が独断で危険なことをやらかした事実が表沙汰になるのは、あまりよろしくない騒ぎを引き起こす。
 ポップに反感を抱く者はここぞとばかりにその行動を非難するだろうし、ポップに味方をする者達も放置するとは思えない。

 心配の感情から、ポップの行動に制限を加えようと考えるだろう。
 だが、それがポップにとって望ましいこととはノヴァには思えなかった。

 なにより――さっきの傷ついたようなポップの表情が、忘れられない。
 最初にあの空間の歪みを見つけた時、ポップがあれほど夢中になったのは、あれがダイへと繋がる手掛かりだったからなのだろう。

 それを失って、ポップがどれ程傷ついたか……想像するのは難しくなかった。
 それだけに、これ以上ポップに負担をかけたくないという気遣いがノヴァの中に生まれた。

「ボクはこの件を秘密にすると、誓うよ。北の勇者の名前に懸けてもいい」

 生真面目に誓いの言葉を口にすると、ポップは途端にホッとしたような顔を見せる。

「ありがとな、助かるぜ」

 そこで終わっていればよかったのだが、生憎そうはいかなかった。

「ついでに頼みたいんだけどよ、ノヴァ。このことは先生や姫さんには、内緒にしといてくんないかな?」

「…………えー?」

 『ついで』と言うには大きすぎる隠匿に、ノヴァは露骨に顔をしかめずにはいられない。が、ポップは構わずにガンガンと押してきた。

「だって、あの二人に知らせたら間違いなく国際問題だぜ? ただでさえ長ったらしくて時間のかかる世界会議の時間を、これ以上長引かせたいのかよ?」

「いや、……ボクもそれはちょっと嫌だけどさ……」

 立場上、ノヴァも戦後に世界会議に参加したことがあるが、それを光栄と思えたのはたった一度っきりで、そんな殊勝な気持ちなど今や綺麗に消え失せてしまった。
 根っからの武人であるノヴァにとって、文官達が頭脳を武器に凌ぎを削り合う政治的なやり取りは面白くも何ともない。

 むしろ、時間がかかるだけの退屈なものとしか思えない。それを引き伸ばすようなことは、できるなら避けたい。
 ……とはいえ知人に隠し事を作るような真似は、ノヴァにはあまり気が進まなかった。


「だけど、公式には伏せてもらうようにお願いして、アバン様やレオナ姫にだけならお知らせしてもいいんじゃないのかい?」

 他国の国主とはいえ、ノヴァは大戦中に知り合った勇者一行への尊敬や信頼は深い。しかも、ポップはアバンの弟子であり、レオナとは一応兄弟弟子に当たる仲のはずだ。
 ポップとアバン、レオナの繋がりは、相当に深いはずだ。

 こんな風にいささか無視のいい頼みごとでも引き受けてくれるだろうと、ノヴァでさえ信じられる。
 だが、ポップの方はとんでもないとばかりに大きく首を横に振った。

「冗談! 姫さんに教えるなんて、論外だって!! んなことがバレたら、姫さんがどれ程怒りまくると思ってんだよ?!」

 大袈裟に怯えて見せるポップに、ノヴァは首を傾げずにはいられない。

「……あのレオナ姫が、かい?」

 ノヴァにとって、レオナ姫は尊敬のできる王族でありながら、ノヴァを仲間の一員と認めて気さくに話しかけてくれる相手だ。
 時として王女にあるまじき大胆な発言やら行動を取るのにギョッとさせられるが、幸いにもと言うべきかノヴァは彼女とそれ程深い付き合いは無い。

 レオナの怒りをぶつけられた経験が無いだけに、ポップの怯えようがピンとこないのである。

「ったく、猫を被った顔しか知らないって、幸せだよな〜。冗談じゃないって、姫さんってばマァムよりもずーっと性格きついんだよ。姫さんの説教を一度でも食らえば、おまえも意見がコロッと変わるぜ」

 大戦中の経験から言って、マァムよりきつい女性がいるとは思えないけど  と思ったものの、ノヴァはそれは口に出さずに別人を推薦した。

「なら、アバン様にお話したらいいじゃないか」

「いやだよ、そんなの。アバン先生は怒ったりはしないけど、心配を掛けたくないしさー。ほら、今はフローラ様が大切な時だろ?」

 その意見には、ノヴァも同意せざるを得ない。
 対戦終了後、盛大な結婚式をあげたアバンとフローラは、めでたく子宝にも恵まれた。このまま順調なら、後2か月ほどで子供が生まれるはずである。
 出産間近の妻を持つ男に、負担や心配をかけるのはさすがに気が引ける。

「…………そうだね。仕方がないか」

「後、ついでにヒュンケルの奴にも。あいつには、こんなの、ぜーったいに知られたくねえんだよっ!」

 まあ、その気持ちはノヴァにも分からなくはない。
 男というものは全般的にそうだが、年頃の少年と言うものは特に、何かとライバル視している存在に対して意地を張りたい生き物だったりするからだ。

 ダイに散々こだわり、意識しまくった過去を持つノヴァにしてみれば、そんなライバル心に振り回される意地は理解できる。

(……でも、なんでヒュンケルさんなのかは理解できないけどさ)

 言ってはなんだが、ポップとヒュンケルでは比べようにも差があり過ぎる。
 そもそも魔法使いと戦士というかけ離れた職業で張り合ったところで、何の意味があるだろうか。

 途方もなく無駄な意地を張っているなと些か呆れたものの、これも乗りかかった船だとノヴァは頷くことにした。

「……わかったよ。彼にも黙っておくよ」

「後、ロン・ベルクさんにも」

「先生にもかい?!」

「だって、ロン・ベルクさんに話したら、親父と母さんに筒抜けになっちまうじゃないか。さすがに、これ以上心配はかけたくねえよ」

 その言い分が正論だと思えるだけに、ノヴァはこれにもしぶしぶ頷いた。
 今更も何も、家出息子のポップはすでに十分以上に心配をかけまくっているだけに、これ以上の負担を彼の両親にかけるのは気が咎める。

 なにしろ、ノヴァにとってはジャンクやスティーヌは師匠の隣人であり、しょっちゅう顔を合わせて世話になっている相手だ。
 彼らに余計な心配をかけたくないという点では、ノヴァとポップの意見は一致している。


(先生を信用しないわけじゃないけど……秘密は広げない方が守りやすいものな)

 などと、自分で自分で言い聞かせようとしているノヴァだが、ポップの方は遠慮というものが無かった。

「それと、マァムの奴もあれで結構心配性だしな、知られたくねえんだ。あ、おっさんにも内緒な、心配かけちまうだけだし。
 チウの野郎は……知ったらきっと、おれのことを思いっきり馬鹿にするだろうから知られるのは嫌だな。
 えーと後は――」

「どれだけ秘密にしておきたいんだっ、キミはっ?!」

 次々と知り合いの名前をあげまくるポップに呆れながら、ノヴァは自分で言い出したこととはいえ迂闊な誓いを立てたことを後悔したくなった。
 少しばかりの秘密を預かるつもりが、いつの間にかひどく重い秘密を引き受けてしまったような気が、ひしひしとする。

 ポップのことを思えば、むしろ約束を破って仲間に触れ回った方がよかったのかもしれないとさえ思えてくる程だ。
 だが、自分で言い出した誓いを撤回するには、ノヴァはあまりにも誇り高い少年だった。
 

「まったく……! ほら、とりあえず肩を貸すから、リレミトで脱出してからロモスに戻ろう。ほら、しっかりと掴まってくれよ」

 腹を立てつつ、ノヴァはポップの腕を強引に引っ張って自分の肩に回させる。姿勢を安定させてから、ノヴァは迷宮脱出呪文を唱えた――。

 

 

 

「ほら、ポップ、ちゃんと歩いてくれって!」

 洞窟の入り口に飛んでいたノヴァは、肩を貸したポップを半ば引きずるように歩きだす。 なにしろ瞬間移動呪文は障害に弱く、移動軌道上に障害物があると失敗してしまう。

 天井や樹木に頭をぶつけて落下、なんて無様な真似をしないためにも、空が見える地点まで移動する必要がある。
 だが、ポップはやけにもたついていて歩くのが遅かった。

「って、そうせかすなよ、歩きにくいんだから! つーか……おまえさ、背、伸びた?」
 

 と、ジト目で自分を見上げる少年を見下ろしている事実に、ノヴァは初めて気が付いた。 ノヴァがポップに肩を貸したのは、これが初めてじゃない。魔王軍との戦いの中、海で遭難したポップを救出した時も、こうやって肩を貸した覚えがある。

 あの時は、ポップとノヴァの間にそれ程の体格の差はなかった。だから肩を貸すのもやりやすかったが、あの時に比べて今の方がやり難さを感じるのはポップがふらついているのが原因ではない。
 両者の間に身長差が生まれたのが、何よりの原因だった。

「やっぱ、背ェ伸びてるよ、絶対! それになんかよ、おまえって肩幅も前よりずっとたくましい感じになってねえ?!」

 やけにムキになって、食ってかかる様にいってくるポップに、ノヴァは呆れずにはいられない。

「そりゃあ成長期だし」

 背が伸びるなんて、ごく当たり前の自然現象にケチをつけられても困る。が、ポップはとんでもない不公平にでっ食わした様に膨れてみせる。

「だからって、いつの間に……っ。ちぇっ、おまえばっかりずりいな〜」

「何いっているんだよ、キミだって成長期だろ」

「そりゃあそうだけどよ〜  」

 いちゃもんをつけるチンピラのようなチープさでぶつくさと文句をいっていたポップが、そこで突然ぷっつりと黙り込んだ不自然さにノヴァは気が付かなかった。
 もし、肩を貸しているのでなければ、ポップが何か考え込むような表情をしているのに気が付いただろうが、その姿勢では身体が密着し過ぎていてかえって顔は見えにくい。

 何より、ついさっきポップから預けられたばかりの秘密の重さに気を取られていたノヴァは、新しい秘密には気がつかなかった。
 ポップ自身もたった今気が付いたばかりの、小さな秘密に――。

「ほら、ルーラを唱えるからちゃんと掴まっていてくれよ。さっさと戻って、その服を何とかしないと」

 黙ったままのポップを不思議に思うこともなく、ノヴァは移動呪文魔法を唱えた――。

 

 


 後の話になるが、廃坑の再利用についての提案したポップの意見はロモス王に取り上げられた。

 貴重な鉱石が豊富に取れる鉱脈はロモスにとって大きな益を運ぶものであり、魔王軍の攻撃によって荒らされた国を復興させるどころか、国をさらに大きく発展させる源となった。

 そのためロモスの歴史書には、救国の英雄として二代目大魔道士ポップの名が刻まれることになるが、それは少し先の話である――。
                                  END


《後書き》

 ポップのロモス王国留学編のエピソードの一つです♪ 留学中の話はまだ少ないのですが、ポップはこんな調子で各国を留学してはその国の復興を手助けしていたという感じで考えています。

 しかし、その手伝いをする羽目になったノヴァ君、なんだかすごく重い秘密を抱えこまされることになった気が(笑)
 この秘密って、少しどころじゃない気がするのは……ま、まあ、気のせいですよねっ?!
 ところで公式設定には一言も書かれていませんし、なおかつ、原作にはそれを匂わせるシーンなど一コマもありませんが、筆者は確信に近い強さで信じています――ロモス王は愛妻家に違いないと!

 多分、普通の王族っぽく見合いだと思うんですが、見合いの場で会った時から相手が気に入って、それから静かで穏やかな、だが確実な愛を育んできたのではないかと予測っ。 彼は善良な王様であるのと同時に、良き夫、良き父親なイメージを持っています♪

 


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