『少し、重たい秘密 ー中編ー』 |
思いっきり眉をしかめ、ノヴァは目の前にある『廃坑』を眺めやる。 ポップの瞬間移動呪文で一度近くの場所まで移動し、後は飛翔呪文を使って辿り着いた坑道はちょっとした山の上にあった。 一応入り口に板を張って塞がれてはいるが、それはひどくおざなりなものであり、しかも朽ちてボロボロになっていた。 しかし、ポップは全く気にする様子もなく、無造作に板を蹴飛ばしてどかすと、さっさと中に入ってしまう。 「ちょっと待ってくれよ、ボクが先を行くよ」 洞窟探索の基本は、体力がある者を先頭に立てるのが基本だ。いくら腕が立つとは言っても、防御力の低い者が先陣を切るのは不用心過ぎる。 「ちぇっ、おまえまでヒュンケルみたいな真似しやがって……」 などと文句をぼやきつつも、それでもポップはそれ以上の意地を張ることもなく、後ろをおとなしくついてきながら聞き慣れない呪文を唱える。 「な、なんだい、これは?」 驚いて、ノヴァは周囲を見回した。光といっても、眩いものではない。魔法を使う瞬間に放たれる輝きとも、また違っていた。 「これ、レミーラの呪文だよ。前に試しに契約してみたんだけど、案外使えるんだよな、これ」 呪文の名前を聞いてから、ノヴァはやっと昔習ったことのある知識を思い出した。 洞窟など闇に閉ざされた場所を明るく照らしだす効果があり、松明よりもずっと光量が大きく広範囲に渡って作用する。 だが、使用する魔法力そのものは微量にすぎないのに、発動には術者のセンスが必要とされる。 (相変わらずすごいな) ポップはヘラヘラと調子がよいだけの軽い少年の様に見えるが、見た目とは裏腹に、確かな知識と卓越した魔法センスを持ち合わせている。 「しかし、……外に輪を掛けて、中の道もひどいものだな」 レミーラは、ランプや松明などとは比べ物にならないぐらいに周囲を明るく、そして広く照らしだす魔法だ。 「なにしろ、古いからなー。 後ろの方から、ポップの気楽な声が聞こえる。 「使われなくなってからもう数十年……いや、もしかすると数百年近くは経つんじゃないかな? (そこのどこが危険じゃないと言うんだ?!) 心の底からそう怒鳴りたい衝動が込み上げたが、ノヴァはなんとかそれを堪えた。なにしろここまでボロボロの坑道では、大声で騒ぐなどの振動さえまずいかもしれない。
襲い来る怪物に対して、ノヴァの剣は目にも止まらぬ速度で一閃する。 「ヒギイィッ?!」 計ったように正確に鼻先を掠めた剣に驚いたのか、怪物は奇妙な悲鳴を上げて逃げ出した。 「ヒュ〜、やるじゃん! お見事、お見事」 一応、言葉だけ聞くのなら褒められてはいるのだろう。だが、ぱちぱちとやる気のない拍手を添えられているせいもあり、むしろバカにされているとしか思えない。 (まったく、少しはキミも何かをしたらどうなんだ?!) 喉元まで込み上げるその言葉をノヴァはクッと堪え、辛うじて飲み込んだ。 ポップが一人で無茶をするのを防ぐために、ノヴァはわざわざこんな所までついてきたのだから。 出会う怪物の種類や数こそは多いものの、そのほとんどが雑魚とも言える低レベルの怪物ばかりだ。 実際、少し前 まだ、ダイ達と出会う前のノヴァなら、そうしていただろう。 そんな心境になったのは、ダイやその仲間達の影響が大きい。 知能の高い怪物や魔族は、ほぼ人間と変わらない感情や思考を持っている。中には尊敬に値する相手もいるものだと、ノヴァが納得するまでそう時間はかからなかった。 確かめもしなかったが、ポップも同じ考えらしく、ノヴァが怪物を追い払っているだけなのを見ても一言も文句を言わない。 「それにしても、さっきから出てくる怪物がみんな雑魚ばっかりだよなー。記録だと、かなり強い怪物が出現したって話だから、もっと手強いのが出てくるかと思ったのに」 (そう思うのなら、キミも手伝えばいいだろう?!) と、口からはみ出そうになった感想を何とか堪え、ノヴァはポップに言い返す。 「だけど、それはもう随分昔の話なんだろう?」 「ああ、数百年前の話だし。当時の勇者がその怪物を倒した後、この坑道は封鎖されたって話なんだ」 「なら、いいことじゃないか」 そうノヴァは思ったが ポップはあからさまにがっかりしている様子だった。 「……ちょっとは強い怪物がいた方が、希望があったんだけどなー」 ぽつりと呟かれた聞き捨てならない独り言に、ノヴァは思わず突っ込まずにはいられない。 「おい?! キミは何を期待しているんだ?!」 「あっ、いや、別にーっ。それより、えーと、今度はその三差路を一番左、だな」 手にした古い羊皮紙を見ながら、わざとらしく話を逸らすポップをいまいましく思いながらもノヴァはそれでも律義に答えた。 「三差路? ここ、どう見ても道が二つしかないよ」 「え? あー、古い地図だからなー、後で道が塞がれたみたいだな。 「お茶の時に砂糖を渡すみたいな言い方で、気軽なこと言わないでくれよっ?!」 「なんだよ、おまえならできるだろ? ほら、闘気技でぱーんっとさ」 「だから、簡単に言わないでくれったら、できることはできるけど、あれはあれで結構大変なんだよ!」 などと言い争いをしつつ、ポップとノヴァは洞窟の奥へと向かっていった――。
「ここ……かい?」 思わず息を潜めながら、ノヴァは『それ』を見つめる。 それはノヴァにとっては、初めて見るものだった。空気中に唐突に、三日月形の黒い闇が浮かび上がっている。そのせいで、ごく小さな黒い月が突然そこに現れたように見える。 しかし、その禍々しさはただ事とは思えなかった。 ノヴァもそこそこ以上に魔法を使える自信があるが、その歪な闇から感じられる魔法力はいい方向のものとはとても思えない。 「ああ……やっと見つけた」 そう呟いて、ポップは無造作に近付いて歪な闇に触れようとする。見過ごすにはあまりに危険な行動を取る魔法使いを、ノヴァは慌てて止めた。 「おい、何をするつもりだ?! いきなり正体不明なものに触ろうだなんて、無茶なことはやめろ!」 「無茶じゃねえよっ、それにこれだって正体不明じゃねえよ! こいつは、空間の歪みなんだ……」 ノヴァの制止にムッとした顔をしながらも、ポップの目は歪な闇から動かない。ひどく熱心に『それ』を見つめながら、ポップは早口に言った。 「ずっと、探していたんだ……こいつは魔界へと通じる穴なんだよ! 興奮のせいか、ポップの顔は紅潮し、声は明らかにうわずっていた――。
(すげえ……! まさか、本当に見つけられるだなんて……!) 強い興奮を、ポップは抑えきれなかった。 伝説では、地上と魔界、そして天界はそれぞれが行き来できないように厳重に封じられているとされている。 しかし、魔界と地上の間にある封印は、天界のものと比べればいささか緩い。そのせいか、ところどころにこの二つの世界に繋がる空間の歪みが発生することがある。 だが、人間のポップにはそれは不可能な方法だった。実行するには魔法力が絶対的に足りないし、仮に魔法力が足りたとしても肉体強度が足りなくて、空間の歪みを開いた瞬間に身体が引きちぎれてしまうだけだ。 しかし それでも、ポップは可能性を捨てきれなかった。 ほとんどが偶発的に発生する物であり、しかも大抵の場合は数回使用すれば自動消滅……つまり、何かが数度通り抜ければ消えてしまう物なのだ。 今まで誰も立証したことはないが、それらは空間の歪みに触れて世界を移動した事件……そう解釈できるのではないかと、ポップは前から考えていた。 それでも可能性が高そうな場所に幾度となく行ったこともあるが、すでに歪みは失われていて何もなかった。 とある鉱山の坑道で不気味な黒い月が出現し、そこから見たこともない怪物が出てきた。恐れおののいた人々はそこに至る道を塞ぎ、鉱山自体を廃棄した……そんな記録を見た時から、ポップはずっと疑いを持っていた。 そしてその疑惑は、大きく外れてはいなかったようだ。 そのせいもあって今回もどうせ空振りだろうと思ってたいした期待もせず、一応確かめるつもりできたのだが――本物の空間の歪みを発見したのは嬉しい驚きだった。 近寄ってはいけないと、ピリピリと本能に警戒が走る。 (ダイ……ッ!) ダイが魔界にいるのなら、魔界へと通じているはずのこの空間の歪みこそが、ダイに繋がる道となる。 「ポップ! それに触るのはやめるんだっ、何かよくない気配がする!!」 必死になって怒鳴りながらポップを引き止めるノヴァが、自分を心配してくれているのは理解できる。だが、今のポップにはそれは邪魔としか思えない。 「平気だって! いいから離せよっ、邪魔するなって!」 もがいてノヴァの腕を振り切ろうとするものの、腕力ではポップよりもノヴァの方が上だった。 「どこに平気だという根拠があるんだ?! だいたいキミが言ったんだろ、これが魔界に繋がっているって! 強くそう言われ、ポップはやっと正気を取り戻した。 理想を言うのなら、ポップだって単独で魔界に行くなんて無茶はしたくはない。できるのなら、仲間の協力やバックアップは欲しい。 魔界へ行く手段も見つけられない状態では仲間達もあまり積極的に手を貸してはくれない上、ポップの無茶を諫めがちだったが、現実に行く道を見つけたのなら話は違ってくるだろう。 アバンやマトリフは魔界でも通用するような知識を知っているだろうし、レオナやフローラは王族ならではの魔法道具を所持しているかもしれない。 ラーハルトやヒム、それにクロコダインならば、人間と違って魔界へ行っても瘴気で身体がやられることもないはずだ。 もちろん、危険があるだけにいろいろと反対されるのは目に見えているが、それでもポップ一人で無茶をするよりもずっと成功率が上がるはずだ。 それを思えば、ポップだって一人で無理をするよりも、ちゃんと仲間の協力が欲しい。 できれば留学に一段落付いてから、それが無理でも最低限、せめて置き手紙ぐらいは残していくぐらいのつもりはある。……一応は。 「い、いや、こっそりと一人で魔界に行く気なんかは、ないって、今んとこ」 ポップからすれば掛け値無しの本音だったのだが、ノヴァの疑わしそうな視線は強まる一方だった。 「だったら、なんで不自然にどもるんだい?」 「ホ、ホントだって! 今日はなんの準備もしてねえし、確かめに来ただけなんだよ。 やっと見つけた空間の歪みに我を忘れかけていたが、本来、ポップはここを確かめにきただけだ。 まだ十分に資源が残っているはずなのに封鎖された廃坑……それをもう一度発掘すれば、ロモス王国にとって有益になると思った。 古い文献を見た限りでは魔界からやってきた怪物はすでに倒されたようだし、もし別の怪物がまだいたとしてもポップの力でも倒せそうな種類だった。 ダイを思えば、時空の歪みを発見した方がいいのはもちろんだが、駄目なら駄目でメリトがあった方がいい。
「まったく、キミって奴は……! 本当に、今日はボクが一緒でよかったよ。 そう言ってノヴァはそのままポップの腕を引いて歩きだそうとしたが、さすがにここでそのままはいそうですかと帰れない。 「ま、待ってくれよ、ノヴァ! 「冗談じゃないよ、それでキミが魔界に言ってしまったら、ボクは戻ってみんなになんて言えばいいんだい? 痛い程に腕に力を込められ強引に引きずられそうになり、ポップは慌てて首をブンブン振る。 「だから待てっつーの、別におれが今すぐ魔界に行くだなんて言ってない! 触らなくてもいいから、あれを魔法力で調べてみたいんだよ!!」 ポップの知っている範囲の知識では、空間の歪みというものには魔法力が働いているものだ。 さすがに細かい仕組みや術式までは分からなかったとしても、魔法力の絶対量を感じ取ればその空間の歪みが今も起動可能なものかどうかぐらいは、見当を付けることができる。
ノヴァが渋々許可を出し、やっと腕を離してくれた。 ノヴァの気が変わらないうちがチャンスとばかりに、ポップは手のひらに魔法力を集めながら、それを空間の歪みに向ける。 だが、それはずいぶんと不自然なものだった。 「……っ?!」 その感覚に引きずられたのか急激な目まいが起こり、ポップは一瞬とはいえ立ち眩みを起こす。 「ポップッ?!」 ノヴァの悲鳴じみた声と、腕が抜けそうな程引っ張られるのは同時だった。 「……ぐぁあっ?!」 わずかに上がった鈍い声が自分の悲鳴だと、ポップはノヴァの腕の中でやっと気が付いた。 だが、それでも完全には避けきれなかったのか、胸元が大きく切れて血が滲みだしているのが見えた。 「ポップ、ポップ?! 聞こえるかい、しっかりしろっ!!」 ひどく焦ったノヴァの声がやけに遠くから聞こえるなと思いながら、ポップはそれに返事をすることができなかった。 (……ち…くしょう、こんな時に……っ) 傷の痛みとは別に、覚えのある胸の疼痛が込み上げてくる。同時に、いきなり水の中に突き落とされたような息苦しさに、意識が遠のきかける。
|