『数えきれない光 ー後編ー』

 

「…………へ?」

 人間と言う者は、予想外のことが起きると咄嗟には対応できにくいものだ。
 勇者一行の一員であり、その頭脳を大魔王にさえ認められた二代目大魔道士でも、その辺は変わらない。

 思わず間の抜けた声を上げ、ポップは答えでも探すようにまじまじとノヴァやレオナ、ヒュンケルを見返してしまう。
 自信たっぷりなノヴァはもちろん、どこか面白がっているようにこちらを見ているレオナ、どこまでも生真面目な表情を崩さないヒュンケル。

 反応こそは三者三様だが、冗談の気配がないという点では一致している。徹夜明けで寝ぼけた頭がやっとそれを認め、さらにノヴァの言葉の意味をようやく悟って、ポップはすっ頓狂な声をあげた。

「な……っ、なんでおまえがオーザムの使者なんだよっ?! おまえ、一応、リンガイアの将軍だろうがっ」

 ノヴァの公式身分は、自分でも名乗った通りリンガイア将軍だ。
 だが、ポップが無意識のように口走った『一応』の一言で、ノヴァはさらに目を吊り上げて、不機嫌そうな顔になる。

 正直に言ってしまえば、バランのせいでリンガイア王国の軍隊は壊滅的なダメージを受け、一度は完全に崩壊した組織だ。
 国を立て直すと同時に軍隊も再編成したとはいえ、ベテランの兵士の損失は大きく、新兵達を揃えて少しずつ立て直している最中である。

 そのためにもっとも貢献しているのが、ノヴァの父親にあたるバウスン将軍だ。実質的には彼こそがリンガイア軍の要である。
 腕こそは立ってもまだ年若いノヴァが兵士の育成に向くはずもなく、生まれやこれまでの実績を評価され将軍位は与えられているものの、名ばかりと言っていい。

 ポップが各国を留学するために、王宮に出入りするのに適当な身分として宮廷魔道士見習いという役職についたように、ノヴァも各国へ大使として自由に出入りできる地位についたに過ぎない。

 瞬間移動呪文の使い手であり、勇者一行の一員だったというネームバリューを活かして、各国に外交係として飛び回るために与えられたような役職だ。
 そういう意味では、一応将軍だというポップの言葉はそう的はずれとは言えない。

 だが、それでもノヴァには自分の地位にそれなりの誇りや自負がある。なにより、北の勇者はプライドの高い少年だった。

「一応、は余計だよ。こう見えても、ボクはちゃんと任命式を受けた正式な将軍なんだから。
 各国の王から士官の要請を受けているのに、のらりくらりと躱している見習い宮廷魔道士にとやかく言われたくはないね」

 ノヴァの言葉もまた、事実だ。
 だが、いかにも馬鹿にされたようにツンとした口調でそう言われて、ああ、その通りだよと笑い飛ばすような度量もおおらかさもポップにはない。
 むしろ、ムキになって言い返さずにはいられない程度に、ポップの心はひたすら狭い。
 

「見習い宮廷魔道士で悪かったな! ったく、なら見習いになんか構わずに将軍様のお仕事でもやってりゃいいじゃないか、どんな仕事があるのか知らないけどよ!」

 無論、ポップもノヴァが祖国では『将軍』としての仕事がろくすっぽないことなど、百も承知だ。
 腹を立てるついでに、ちくっと嫌味の刺を刺すのは忘れないらしい。
 もちろん、その攻撃を黙って受け止める北の勇者ではない。

「だから、仕事でここに来たって言っているじゃないか! キミをオーザムへ送り届けるのがボクの任務なんだよ、言っておくけれどこの任務はキミがなんと言おうと遂行するからね!」

 ほとんど喧嘩を売っているような勢いでそう宣言され、ポップの声も自然に大きくなる。


「勝手に決めるなよ、そんなこと! だいたい、オーザムだったらおれ一人でルーラできるっつーの、別におまえのお出迎えなんかいらねーよっ!」

「そんなのはボクだってそう思うけど、オーザム王子に直々に頼まれたんだ、断れるわけがないだろう?!
 本日の主役の、たっての望みなんだから!」

「う……っ」

 ノヴァの怒濤の口撃に、ポップもさすがに怯む。
 相手が王族だからと言って今更遠慮するようなポップではないが、誕生日の子供の願いを無下にするのはさすがに気が引ける。

 まだ幼いのに頭が良く、また、他人を気遣う優しさを持った小さな王子を知っているだけに、言い返せずに黙り込んだポップを見て、ノヴァが勝ち誇ったように言う。

「分かっただろう? そうでもなけりゃ、ボクもヒュンケルさんも、遊びや物好きでいちいち盛装したりしないよ」

「……って、そういや! さっきから気になってたけど、ノヴァだけじゃなくって、ヒュンケル!
 おめえもなんだって朝っぱらから、そんな格好してるんだよ?!」

 と、ポップは兄弟子を睨みつける。ノヴァに文句を言うのは不利と見切った途端、八つ当たりの矛先を元々気に入らない兄弟子にぶつけるのはどうかと思う態度だが、ヒュンケルは気にした様子もない。

「オレは、おまえの護衛だ」

 素っ気にないにもほどのあるヒュンケルの説明に、ただでさえ斜めに傾いていたポップの機嫌は、さらに一気に傾いた。

「はあっ? 護衛ーっ?! いらねーよ、そんなのっ。
 だいたい必要ないだろ、別に危険な所に行くわけじゃないんだし」

「何言ってるんだよ、他国に――」

 呆れ顔でノヴァがそう言いかけたのを止めたのは、ヒュンケルだった。

 


(それは、言わなくていい)

 ノヴァの肩に軽く手を置き、小さく首を振ることでヒュンケルはその意思を北の勇者へと伝えていた。
 もちろん、ヒュンケルはノヴァの言い分は理解している。他国へ出かける貴人に護衛を付けるのは、至って常識の発想だ。

 それはある意味で、他国には危険があると前提する思考でもある。しかし、その思考をする者が猜疑心が強いと判断するのは酷と言うものだ。
 どんな国でも善人もいれば悪人もいる。万が一の危険を考え、対処する手を打っておくのは別に悪いことではない。

 だが、ポップはそうは考えていない。
 各国の王達とも個人的知り合いであり、また、留学を重ねて各国との誼を深めたポップにとっては、他国は警戒すべき場所ではない。

 なにより自分自身の価値という物に気が付いていないこの魔法使いは、自分に護衛をつけるだけの価値があるだなんて、まるっきり思っちゃいない。
 その根本的な勘違いが有る限り、ポップとノヴァで護衛が必要か不必要かを論じたところで、揉めるだけだろう。

 それに――過保護なようだが、ヒュンケルとしては他国を無条件に信頼する弟弟子の甘さに、ケチをつけたくはない。

 サンタクロースを無邪気に信じる子供に、実際に人の家に勝手に忍び込んでくるのは泥棒だけだと教える気まずさなど、好んで味わいたくもない。
 だから、ヒュンケルは当たり障りのなさそうな理由を上げた。

「この前、あんな事件があったばかりなんだ、いざと言う時のために人手があった方がいいだろう」

 他国の人間を疑うでもなく、また、ポップに護衛が必要だと納得させる理由としては手頃だろうとヒュンケルは考えたのだが、ポップはやけに驚いたような表情で顔を引きつらせた――。

 


「あ、あんな事件って……?!」

 ギクリと心臓が跳ね上がるのを、ポップははっきりと自覚する。
 ポップ自身でさえ、夢なのか現実なのかはっきりとは分からなかった、あの事件――なぜ、おまえがそれを知っているのかと聞き返さなかったのは、あまりに驚き過ぎたせいだった。

 だが、それが逆に幸いした。
 驚きの余り絶句しているポップよりも、ヒュンケルが口を開く方が先になったのだから。
 

「この前、幽閉室に不審者が入り込んだ事件だ。まだ、手がかりさえ掴めていないままだろう」

 いささか不思議そうにそう言われ、ポップはドッと肩から力が抜けるのを感じる。

「あ、……ああ、あっちの話かよー」

 寸前に味わった体験の印象が余りにも強烈過ぎてすっかりと忘れかけていたが、そう言えばそうだったとポップは思い出す。
 ポップが幽閉室にいる時に侵入者に襲われかけたのは、そう昔の話ではない。

 が、ポップ的にはそれはどうでもよかった。
 なのに、ヒュンケルやラーハルトはやけに気にして、必要以上に警戒している。頼みもしないのに、犯人を突き止めるまではパプニカを動かないと宣言してあれこれと捜査をしているのは、実はポップにとってはそうありがたくもない。

 みんなには肝心な情報を伏せているものの、実のところ、その犯人もキルバーンなのだから。

(まったく、あの野郎が絡むといっつもろくなことがねえぜ)

 内心舌打ちするポップだが、心の中でキルバーンへ八つ当たりをする間もなくレオナが笑顔のままで切り込んでくる。

「あらぁ? あっちの話って、ポップ君は他にも事件と呼べるような話の心当たりでもあるのかしら?」

 再び、ポップはギクリとせずにはいられない。
 可愛らしい顔とは裏腹に、レオナは実に抜け目のない支配者だ。些細な失言も決して見逃さずに突っ込んでくるし、やり手の尋問官も顔負けな程に誘導尋問やかまかけも得意だ。
 レオナ逹には自分がキルバーンとの接触したことを伏せているという負い目があるだけに、これ以上深く突っ込まれたくはない。

 普段ならまだしも、昨夜のあの出来事の後、しかも徹夜明けの疲れた状態でレオナとの舌戦に勝てる気はしない。
 慌てて、ポップは話を逸らそうとした。

「と、とにかくっ、護衛なんかいらないだろ、ノヴァだっているんだしさ。こいつがいりゃ、別に問題ないじゃん」

 と、いきなり180度意見転換をしたポップに、ノヴァは侮蔑の眼差しを一瞬向けたかと思うと、わざとらしい程に丁寧に首を振る。

「――なにをおっしゃられる、大魔道士様。未熟な将軍一人では御身を守れるかどうか……ここは万全を期して高名なる剣士ヒュンケル殿にもご同行していただいた方が、安全かと」

「をいっ?! 何、どーでもいい時ばかり謙虚になってんだよっ、てめーはっ?! いつもの無駄にでかい自信はどこにやりやがった?!
 おまけになんだよ、その嫌みったらしい敬語はっ!」

「敬語がそんなに嫌なら、やめてもいいけど。
 でも、王族の前でも平気でタメ口を叩くキミにそう言われるなんて、なんだか屈辱だね」

 これ以上の屈辱はないとばかりに大袈裟に言ってのけるノヴァに、ポップが言い返そうと口を開きかけるが、パンッと手を打ち鳴らす音がそれを遮った。

「はいっ、そこまで! まったく、いい加減にしてよね、放っておけばどこまで陰険漫才なんかで遊んでいる気なのかしら?
 今は、そんな時間もないでしょう――特に、ポップ君は」

 堂に入った態度で割って入るレオナが、ぴしっとポップの鼻先に指を突きつける。目玉を突き破らんばかりの勢いに一瞬気を取られたポップが、その指先から流れ出す魔法力に気付いたのは込み上げる眠気を感じてからだった。

「ひ、ひめさんっ、らりほーかけひゃ…なぁ……」

 へなへなとその場に崩れこみかけたポップを、予め分かりきっていたかのように受け止めたのはヒュンケルだ。

「いつまでも言い争っていたって、時間が勿体ないだけじゃない。もう、一寝入りした後でルーラで移動ってことで納得してあげるから、さっさと眠っちゃいなさいよ。心配しないで、ベッドにぐらいは運んであげるから」

 と、まるで自分がやるかのように言っているレオナだが、実行するのは間違いなくヒュンケルだろう。
 それを悟ってか、ポップはあくびを無理やりかみ殺しつつ文句を言い返した。

「んなの……余計なお世話もいいところだっ。ベッドにぐらい、自分で行くって!」

「あら、眠りたいって言ったのはあなたじゃない、手っ取り早く願いを叶えてあげようと思ったのに。人の親切は、素直に受けるものよ?」

「ふ……っざけんなよっ、無理やり魔法かけて何が親切だって?! っていうか、おまえも離せっつーの!」

 文句を言いながらも、ポップは案外元気にヒュンケルの腕を振り払いながら、歩きだす。 皮肉といえば皮肉な話だが、ヒュンケルへの反発心こそが眠気を一時的にでも吹き飛ばしているようだ。

 しかし、やはり徹夜明けのせいか足下がふらふらと頼りない感じで、見ていて危なっかしいことこの上ない。

 いっそのこと抱き上げて運んだ方がよっぽど手っ取り早い上に安定感があるだろうか、ヒュンケルは律義なことにふらつくポップの後をいつでもサポートできるようについて歩く。
 それを見送りながら、レオナは笑い混じりに呟いた。

「やっぱり、マトリフ師のようにはいかないわね」

 催眠呪文はレオナの得意呪文の一つではあるが、さすがに自分よりもレベルの高い相手にはそうそう効かない。
 腐っても大魔道士と言うべきか、あそこまで睡眠不足で体力も消耗している様子なのに、呪文を撥ね除けるポップの精神力はたいしたものだ。

 彼の身体を心配する味方からすれば、こんな時に無駄に発揮されるその精神力の強さには、褒めるよりも呆れるものを感じてしまうのだが、まあ、いい。
 曲がりなりにも休息はとるつもりになったようではあるし、レオナも今日ばかりは文句を控えるつもりだった。

「まあ、いいわ。ご希望通り、ぎりぎりの時間には起こしてあげる。
 でも、それって、あなたに頼まれたからじゃないわよ?」

 レオナのその言葉が、ヒュンケルの支え手を振り払って歩くのに必死なポップの耳に、届いていたかどうかは怪しいものだった。ましてや、その後のノヴァの言葉は尚更だろう。


「そうだよ、キミにわざわざ丸め込まれるまでもなく、すでに頼まれていたんだから――オーザムの王子にね」

 そう呟くノヴァの顔にも、済ましたレオナの顔にも等しく、どこか共犯者めいた笑みが浮かんでいた――。

 

 
「北の勇者よ、急な呼び出しにも関わらずよく来てくださいました。まずは頼みを快諾してくれて、礼を言います」

 まだ幼い王子は、そのあどけなさに似合わない真面目さでしっかりとノヴァを見上げながら、そう言った。
 まだ幼いだけに口調こそはたどたどしさが残るものの、さすがは王族と言うべきか彼の説明は分かりやすかった。

 ポップをオーザム王国に招待するにあたって、瞬間移動呪文を使ってほしい――それが、王子がノヴァへと頼んだ依頼内容だ。

 オーザム王国復興において、ポップが果たした役割は大きい。だからこそ、ポップの今回の招待は主賓に近い扱いになっている。
 それはオーザムの感謝の表れであり、純然たる好意からくるものだ。

 だが、王子は知っていた。
 普通の人間にとっては晴れがましいまでの名誉であり、喜ぶに違いない褒美であっても、ポップにとってはそれはあまり嬉しいことではない、と。

 行方不明になった勇者ダイを探すため、少しでも時間があれば捜索に当てたいポップにしてみれば、他国からの呼び出しはいっそ迷惑だろう。
 だが、あの人のよい魔法使いは誘いを断らなかった。しかも、礼儀に則って気球船で訪れる予定だと言う。

 オーザム王子の誕生日を祝うために潰れるであろうポップの自由時間を、少しでも短縮してあげたいのだと訴える彼の言葉にノヴァは大いに感銘を受けた。

「本来なら、他国の方にこのような依頼をするのは筋違いなのですが、お恥ずかしい話、今のオーザムでは瞬間移動呪文の使い手がいないのです」

 だから、一足先にオーザムに訪れているノヴァにこの依頼をしたのだと説明する王子に、しっかりとした子だと、ノヴァは感心せずにはいられない。
 まだ5才にもなっていないのに、もう自分やポップの立場というものを理解している。 そして、王子が理解しているのはそれだけではなかった。

「戦いが終わった後、大魔道士様は勇者様を探しているんだって、ぼくは習いました。でも、それは違うんですね」

「違う、とは?」

 やや疑問を感じて、ノヴァは思わず問い返す。
 ポップがダイを探しているのは、純然たる事実だ。それだけにその通りではないかとノヴァは思ったが、小さな王子は首を振って彼の思い違いを正す。

「だって、あの方は言っていました。
 自分は、ダイを……友達を探しているだけなんだって」

「…………!」

「あの方にとっては、勇者も王子も関係ないんですね。別に肩書きじゃなくって名前で呼んでくれて構わないって、言ってくれましたし、自分もそうするって……。
 『王子』になってから、ぼくのことをランディって名前で呼んでくれたのは、あの方だけなんです」

 ひどく嬉しそうにそう言う王子の顔に、初めて子供らしい表情が浮かぶ。
 それは、ノヴァにとってはある意味で懐かしい記憶を連想させられるものだった。
 救世主として先頭にたって戦うことを義務づけられた小さな勇者が、あの魔法使いと一緒にいる時には、なんの衒いもなく子供らしい表情を見せていた記憶を。

 敵も味方もお構いなしに、気さくに話しかけてくるポップの気軽な口調に助けられた者は多い。
 この王子も、多分、その一人なのだろう。
 その目には、はっきりとした憧れが浮かんでいた。

「だからぼくも、大魔道士様ではなく――ポップさんを、助けてあげたいんです」

 


(ふふっ、まったく将来有望な王子様よね、オーザムのこの先が楽しみだわ)

 くすくすと笑う声を潜めながら、レオナはまだ見たこともない北の国の王子を思う。
 年齢も、生まれも、立場も違う。
 だが、この場にいないオーザムの王子も含め、レオナだけでなく勇者一行と関わった者達は等しく同じ願いを持っている。

 勇者ダイの帰還。
 そして、そのためにも、親友を助けようと無茶を繰り返すこの魔法使いの少年に、力を貸したい――そう思っている。

 だからこそ、レオナ達は手を貸せる範囲ではポップへの手助けを惜しむ気などない。ポップには知らせさえしなかったが、ノヴァが昨日やってきた時からヒュンケルも交えて十分に打ち合わせを重ねている。

 パーティに出るのがポップの気晴らしになり、また、その前後に彼が自主的に十分な休養を取るようならば、口出しも手出しもする気などなかった。
 だが、もしポップが睡眠不足なのにも関わらず無理をするようならば、確実に休養する時間を取らせるため、些か策を弄するつもりだった。

 なにしろ、ポップはかなりの意地っ張りだ。
 休めと言って素直に休むような性格なら、レオナ達だって心配もしなければ余計なお節介を焼くまでもない。

 前もって移動時間を短縮できることを教えたりすれば、その時間もダイ捜索のために当てかねない無茶さがポップにはある。

 だからこそ、ポップに不意打ちを仕掛けるためにレオナはノヴァがパプニカに来た事実も伏せておいたし、早朝にいきなり盛装でポップの所へとおしかけて驚かせ、様子を探るつもりだった。
 しかし、ポップが自室ではなくダイの剣の所にいたのはさすがに想定外だったが。

(ホント、ちょっと目を離すとポップ君ってろくなことしないわよね。いずれ、見張りの強化をしなきゃダメね)

 ポップを狙っているらしき正体不明の侵入者に対してだけでなく、ポップ自身の無茶を封じるためにも、彼の部屋を厳重に見張らせるシステムに思いを巡らせつつ、レオナは確かめるようにダイの剣に目をやった。

 相変わらず赤く輝いている宝玉にホッとするものを感じながらも、レオナは明け方に感じた胸騒ぎを思い出さずにはいられない。
 突然、感じたあの感覚。
 それを、言葉で説明するのは難しい。

 だが、眠っていたはずなのに突然意味もなく目が覚め、やけにダイの剣が気になって気になって仕方がなくて、その場に駆けつけずにはいられない感覚を、他にどう表現すればいいのか。

 しかも、それはレオナだけのものではなかった。ヒュンケル、それにノヴァまでもが同時に同じ感覚に襲われたのだから、とてもただの胸騒ぎだと無視しきれなかった。
 だからこそダイに何かがあったのではないかと気になり、ポップの所に行く前に三人そろってこんな時間にここに来たのだ。

(ポップ君も同じ胸騒ぎを感じたのかしら?)

 ちらりとそれが気になったが、どうしても今聞かなければならない程の質問ではない。それを聞くのは、いつでもいいだろう。
 心配したが、今のところダイの剣にはなんの異常も見られないし、ポップも至って元気そうなのだから。

 レオナはもう一度、ダイの剣に目をやってから、先を行くポップとヒュンケルの後を追った――。

 

 

 日が暮れ掛けたオーザムの空の上に、フッと瞬間移動呪文の軌跡が走り、空中に忽然と人が出現する。

 二人の騎士を両手に従え、きらびやかな法衣を身に付けた少年――もし、地上からそれを見ていた者がいたのなら、思わず見とれてしまう光景だっただろう。
 ……が、実際に彼らが喋っているのを聞いた者は決してそうは思わなかっただろうが。
 

「あー、何やっているんだよ、こんなに空高くに移動するなんて! 着地が下手なのは知っていたけど、移動の腕が落ちたのかい?」

 不服そうに文句をつけるノヴァに、ポップもムキになって言い返す。

「うるさいなっ、別に場所は間違ってねーだろっ?! ただ、ちょっと思ったよりも高くなっちまっただけで!」

「ちょっともなにも、ここ、どれだけ上空だと思ってるんだよっ?! 本当にキミは、毎回ルーラを失敗しなきゃ気が済まないのかい?」

「人聞きの悪いことを言うなよっ、毎回な訳ないだろ、せいぜい5回に3回だっつーの!」


「それって失敗の方が多いじゃないかっ?!」

 リンガイアの将軍と宮廷魔道士見習いの低レベルな言い争いを、ヒュンケルは聞かなかったふりを貫き通す。
 人前では言えない事実だが、大魔道士となった今でさえ、ポップは瞬間移動呪文の着地を苦手としている。

 が、よその国へわざわざ魔法で訪れた大魔道士が、地べたに投げされる姿を見せるのはどう考えても外交上問題があるし、第一みっともない。
 着地の下手さをカバーするためにポップは公的に他国を訪問する時は、目的地の上空に瞬間移動呪文で飛んだ後、飛翔呪文に切り換えて着地するという一手間を掛けている。

 普通に移動呪文を使うよりもよほど難しい上に、無駄に魔法力を消費する行動ではあるのだが、ポップにとってはまだその方が楽だ。
 しかし、今日は少しばかり、移動した先は上空すぎた。
 上空特有の寒さに、ノヴァがぶつくさと文句を言う。

「だから、ボクが移動呪文を使うって言ったのに……!」

 そう言いながら、ノヴァは早く下に移動しようと自分でも飛翔呪文を使って降りようとする。
 だが、ポップはピクリとも動かずにその場にとどまっていた。その目は、食い入るようにオーザムの大地を見つめている。

 その目に浮かんでいるのが、ただの好奇心かなにかだったのなら、ノヴァは強引にでもポップを引っ張って下へと向かったし、ヒュンケルもさっさとポップを促しただろう。
 だが、大地を見つめるポップの目には、やけに真剣だった。

 それは、ダイの剣を見る時に見せる目とひどく似ていた。
 ポップだけに限らないが、ダイの剣を見る時の仲間達は決まって、希望と渇望が混ざりあった色をその目に宿している。

 だからこそ、ノヴァもヒュンケルもしばしの間、かけるべき言葉を失う。ついさっきまで、ポップと激しく言い争っていたノヴァでさえ声をかけるのをためらう雰囲気が、今の彼にはあった。
 やっとヒュンケルが声を掛けたのも、ずいぶんと時間が経ってからだった。

「どうかしたのか?」

 普段のポップなら、それが気遣いからの問い掛けだと分かっていたとしても、兄弟子からの言葉には反発の一つもしただろう。
 だが、今のポップは、地上にだけに気を取られている様子だった。

「……いや、ただ明かりが増えたな、って思ってさ」

 そう呟く間も、ポップの目はオーザムの大地から逸らされることはなかった――。

 


 何をしにきたのかも忘れて、ポップはただ、見覚えのある角度から大地を見つめていた。 忘れもしない、あの夢とも現ともつかない中で見たオーザムは、荒れ果てきっていた。 曇天に覆われた夜空よりもまだ暗く、明かりの一つも見えない闇に覆われた国だった。
 仲間達が戦うあの光景にはショックを受けたが、ポップにとって始めて見たオーザムもそれと大差はなかった。

 ほとんど明かりも見えない上に、壊れるどころか焼き尽くされて跡形もなくなった家の跡がわずかに残っているだけの村々……フレイザードの狂気の炎で一度焼き尽くされた国は、ひどいものだった。

 だが、今、ポップの目の前に広がるのは数えきれないぐらいの光だった。
 一つ一つはそう大きくはないし、形の大きさもバラバラだ。だが寄り集まっているその光はまるで天の川のように明るく、そして、それ以上に暖かに地上を照らしている。

 オーザムを彩る、無数の橙色の輝き。それは目で明らかに感じることのできる、復興の証しだ。

「………………すげえよな、人間ってのはさ」

 大魔王のせいで、地上は一度は壊滅寸前にまで追い詰められた。魔王軍の被害を受けたのはほぼ世界全域といっていいが、その中でもっとも被害が大きかったのがこのオーザムだった。

 戦後、復興が始まったのがもっとも遅かったのも、このオーザムだ。
 だが――それでいながら、オーザムの人々は逞しかった。厳しい自然環境の中で培われた粘り強さこそが、オーザムの民の一番の特徴だ。

 彼らは決して諦めることなく、また、手を休めることなくせっせと復興のために力を尽くした。
 その手は、今も休むことがない。

 ポップがオーザムに留学していた短い期間でさえ目を見張る速度で復興していた北の地は、ほんのわずかの間を置いただけでまた、さらなる復興を遂げたらしい。
 数えきれない光を目にしながら、ポップは無意識に視線を隣へと向けていた。

『うん、ホント、すごいよね!』

 地上に宿る光にも負けない程、目をきらきらと輝かせて、嬉しそうに笑う勇者はここにはいない。
 実際にその姿を、その声を聞いたかと思うほど鮮明に相棒を思い出せるのに、ダイはここにはいない。

 しかし――今、ポップの隣にいるのは小さな勇者ならぬ、北の勇者と自分の兄弟子だ。 その事実に落胆を感じなかったといえば嘘になるが、それでもポップは繋いでいる手に力を込める。

「……さーて、いつまでもサボってないで、そろそろ行こうぜ。じゃないと、遅刻しちまうしよ」

 オーザムの大地を輝かせる光と同様に、夢で見た姿とは大きく違う姿を見せる二人の手は現実感に溢れていた。
 そして、ポップが力を込めた分だけ、同じ力を込めて握り返してくれる。

「よく言うよ、サボっていたのはキミじゃないか」

 ノヴァの憎まれ口が不思議に心地好く聞こえる中、ポップ達は暖かな光に彩られた大地へとゆっくりと降りていった――。
                         END


《後書き》

 430001hit記念リクエスト『公式の場でのポップとノヴァの陰険漫才、オプションとしてヒュンケルつき』です!
 しかし、陰険漫才はともかくとして公式の場じゃなくて仲間内だけで終わっている気もするんですが(笑)

 でも、ポップとノヴァの言い争いシーンって、書いてて妙に楽しかったですv
 本当はポップが仲間の悲惨な姿を思い出してしんみりするおまけ話になるはずだったのが、ノヴァ君のおかげで違う方向に進んだ気がします。

 そして、この話に登場するオーザム王子のイメージや設定はうちの神棚の奉納品『望まざる明日』からいただきました! 快く使用のご許可とお名前までいただけて、大感激です♪

 

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