『深い、深い森の中で ー後編ー』 |
「うわぁあああっ?!」 どう見ても勇者にも大魔道士にも見えない必死の形相で、みっともない叫びながらまっしぐらにポップは逃げる。 「あ、待ってよ、ポップ〜」 そのポップを追う形でダイも走り出したので、当然のようにその後をライオンヘッドも追って来る。 「バッキャローっ、なんで同じ方向に逃げてくるんだよっー、意味ねーだろっ?! こーゆー時はバラバラに逃げるのがセオリーだろうがっ!」 「えー、やだよ、そんなの!」 迷いもせず、きっぱりとダイは言い返す。 別々の方向に逃げて、怪物が確実に自分を狙ってくると言うのなら、そうしたってよかった。
とにかくポップから離れないように――それを最優先しながら走るダイは、決してポップを追い抜かないように気をつけていた。 本気で走ればダイの方がポップよりも足が早いのだが、ダイの目的はライオンヘッドから逃げることなんかじゃない。常に、ポップとライオンヘッドの間に自分が入るように気をつけながら、控え目に提案してみる。 「それよりさ、ポップ。こうやって逃げるよりも、何とかした方が手っ取り早くない?」
「んー? でも、このままじゃいずれ追いつかれるし」 その言葉には、少しばかりの嘘が含まれていた。 デルムリン島にいた頃など、時には丸一日島中を駆け回って遊んでいたものだ。まあ、デルムリン島の怪物と違って、このライオンヘッドはどうもかなり怒っているみたいだが、それでもたいした問題はないとダイは考えていた。 怪物の怒りというものは、動物と同じで長続きはしないものだ。怪物にとって人間は食料というわけでもないし、いつまでも執拗に狙うということは有り得ない。 だが、ポップにはそこまでの持久力がないのは分かりきっている。 その前に、何とかした方がいい……と、ポップにも分かっているだろうに、それでもついつい逃げてしまうのは習性というものなのか。 「グゥルルルウ……ッ」 相手が逃げられないと分かったのか、ライオンヘッドは勝ち誇ったような足取りで悠然と二人の前を歩き回り、喉の奥から唸り声を響かせる。 「く、くそ……っ、しょうが、ねえな……っ。やるしか……ねーのかよ……」 ゼイゼイと苦しそうに息をつきながら剣を抜くポップを見て、ダイは思わず言ってしまう。 「だから、言ったじゃないか。もっと、早く決心すればそこまで疲れなかったのに」 「う、うるせーっ……、それより、そこ……どけ……っ」 ゼイゼイ言いながらも、ポップは前に立つダイを押し退けてライオンヘッドに向き合おうとする。 「え? ポップ、何する気?」 ポップを庇って前に出ていたダイは、きょとんとせずにはいられない。 「何って……、今はおれが勇者、なんだから、おれが……っ、前に出るのが筋だろ……っ」
重そうに剣を引きずりつつ、肩で息をしているポップはどう見たって大丈夫なようには見えないのだが、ポップは至って本気のようだ。 その構えには、ダイは見覚えがあった。 「アバンストラッシュ――ッ!」
シン、と妙に静まり返った空気がやけに重たく感じる。
「やかましいわっ、そんなもん言われなくったって分かってるんだよっ!!」 顔どころか、首や耳まで真っ赤に染めてポップが叫ぶ。無論、それは怒りが原因ではない。 あまりの恥ずかしさ、ゆえだ。 技を放ったポップだけでなく、食らうはずだったライオンヘッドでさえどこか気まずそうにしているというのに、ダイはどこまでも勇者だった。 「形はよかったけど、でもあれじゃ無理だよ〜」 ダイが口にしたのは、別に嫌味でもなんだもなく純然たる事実だ。 それも、ポップが今使おうとしたのは、俗にアバンストラッシュアローと呼ばれる技の方……剣にためた闘気を放つタイプの技の方だ。 だが、型だけで効力を発揮できる程、技と言うものは甘くはない。 しかし、第三者であるダイは冷静にそう見物することができても、当事者であるポップにとってはとてもそんな風に考えられるはずが無い。 「くっそおっ、アバンストラッシュなんてぜんっぜん使えねーじゃんっ! つーか、こんな変な姿勢から切りかかるなんて力入らねえんだよっ、無茶にも程があるっつーのっ! ――師の最高必殺技を全否定である。 (いや……それ、先生のせいじゃないと思うんだけど) と、ダイは思ったのだが、正直者で率直な彼にしては珍しく口には出さなかったのは、アバンストラッシュうんぬんはともかくとして、アバン先生が嘘つきというのは正しいかもしれないなと思ったからだった。 実際、アバンに嘘をつかれたことは何度もあるのだから。 「くそぉっ、こうなったら今度はてめえだっ! おいっ、なんか魔法を使えよっ!」 「ええっ、おれがっ?!」 突然の無茶ぶりにダイも驚くが、ポップはどこまでも強引だった。 「なにが『ええっ』だ、一応、おまえだって魔法を使えるんだし、おれよりも条件がましだろうがっ!」 確かに、ポップの言い分にも一理はある。 勇者は本来転職できる職業ではないが、もし勇者から魔法使いになった場合は、優秀な魔法使いになるだろう――一般的には。 (殴ろうと思ったんだけどなー) 剣が使えないなら、正直、ダイには素手のままで攻撃した方がよっぽど手っ取り早いしダメージも期待できる。 「メラゾーマッ」 力ある言葉に応じて、ダイの中の魔法力が高まり、杖の先端から放出される。 「あれ?」 「あれ? じゃねえよ、あれ? じゃっ! ここぞとばかりに文句を言いまくるポップに対して、ダイは困ったような顔で頭を掻く。 普通、初心者魔法使いならば杖を使った方が使いやすいものだが、いろいろな意味で規格外なダイは、素手の方が魔法が使いやすいである。 「アホかぁああっ、どーすんだよっ、この状況っ?!」 騒ぎ立てるポップをよそに、ダイはしっかりと杖を持ち直す。 (やっぱ、この杖で殴った方が早いや) 仮にも魔法使いにあるまじき決心を固めたダイだが、敵に向き直ろうとしてもう一度目を丸くする羽目になった。 「あ。いなくなってるや」 「え?」 騒ぐだけ騒いでいたポップも、やっとその事実に気がついたのか、驚きに目を丸くする。 ポップもダイも攻撃という意味では思いっきり失敗しまくったわけだが、騒ぎに呆れたのかそれとも他の理由があったのか、ライオンヘッドはいつの間にかいなくなっていた。 とりあえず、今のダイとポップにとっては天の助けである。 「な、なんだよ〜、驚かせやがって」 憎まれ口を叩きつつ、ポップはその場にへにゃりと座り込んだ――。
「あのさー、やっぱり一度パプニカに戻ってみる? マトリフさんとかなら、何か知ってるかもしんないし」 考え、考えながらダイがようやく思いついた提案を、ポップは即座に切り捨てる。 「却下だ」 交渉の余地などないぞとばかりにバッサリと、そう言い切りながらポップは焚き火の中にぽいっと薪をほうり込む。 「だーれが、こんなことで師匠のとこに顔を出せるもんかよ?! 確かに師匠ならこの手の解毒方法には詳しいかもしんねえけど、あのクソジジイに大笑いされてバカにされまくるに決まってるぜ!」 腹立たしげにそう言いきった後、ポップは自信たっぷりに宣言する。 「それに、パプニカに戻ったりしたら……賭けてもいいぜ。 ポップのその言葉を、ダイは否定できなかった。 「そうだよね。レオナ、やっぱり怒ってるかな?」 「『かな?』じゃねえよ、怒りまくりに決まってるだろ! 今帰ったりした日にゃ、おれもおまえも絶対に牢屋かどこかに閉じ込められるぞ! 今度も、ダイは反論できなかった。 「いや、それは困るけど」 「だろ? だから、これが一番手っ取り早いんだよ」 そう言いながら、ポップはこんがりと焼けたキノコの刺さった串を、ダイへと突き出す。ポップのもう片手には、同じ物がすでに用意されていた。 数時間経ち、おそらくはキノコが消化されたはずなのに元に戻らない自分達に業を煮やして、ポップがもう一度キノコを食べようと言い出したのである。 元に戻りたいと思う気持ちはもちろんあるが、それ以上にポップに危険な目に遭わせるのが嫌だという気持ちが強い。 「じゃあ、せめておれが先に食べるとかじゃだめかな?」 このキノコが今度はどんな作用をもたらすか分からない以上、自分が先に実験台になった方が安心ではないかとダイは思ったのだが、ポップは強く言いきった。 「何言ってんだよ、一緒に食べなきゃ意味ねーだろ。片方だけじゃ、元に戻れるかどうかも分からねえんだから。 目をギュッと閉じて、嫌そうにキノコにかぶりつくポップを見て、ダイも慌ててそれに習った――。
「メラ!」 その言葉と同時に、炎が踊る。 「ハァッ!!」 鋭い呼気と共に放たれた剣は、一見、ただの素振りと見えただろう。だが、闘気の込められたその一振りは、見えないエネルギーを飛ばしていた。 「よぉーしっ、大・成・功! へへへっ、やったな、勇者と大魔道士様の完全復活だぜっ」
「ふわぁーあ、しっかし、朝っぱらからえらい目に遭ったもんだぜ。 「うん、そうだね」 まだ日は高いし、正直言えばダイは全然疲れていないのだが、それでもダイは文句も言わずにポップのすぐ隣に腰を下ろす。 ライオンヘッドとさんざん追いかけっこをしたのだから、疲れるのも無理もない。ダイも同じぐらいは走ったのだが、体力のないポップの方がより疲れたのは分かりきっている。 しばらく眠らせてあげた方がいいのかなと思いながらも、ダイは聞かずにはいられなかった。 「ねえ、ポップ。あの時言ったことって……ホント?」 「んー? あの時のって、いつのだ?」 目を閉じたままで、面倒くさそうながらもポップは一応返事をしてくる。 「ほら、さっき……ポップ、言ったじゃないか。おれと会ったのは、失敗だったって」 そう尋ねるダイの胸が、どきどきと早鐘を打つ。怪物に追いかけられた時よりもよほど早い鼓動を刻む心臓を抱え、ダイは息を飲んで答えを待った。 「おれ、そんなの言ったっけ?」 「言ったよ、キノコを最初に食べた後で」 あれは、ダイにとっては聞き逃せない一言だった。 だいたいポップ本人も、言った文句の半分以上は言った側から忘れてしまうのだし、そんな些細なことならいちいち気にしたって仕方がない。 「ああ。そのことかよ」 思い当たったのか、ポップはぱちりと目を開ける。 「そんなの、本気で思ってるに決まってるだろ。おまえと出会っちまったのは、人生最大の失敗だって。 ニヤリといたずらな笑みを浮かべ、ポップは挑発的にダイを見上げる。 「だいたい、このおれが魔王なんかと戦う羽目になったのも、覚える気なんかぜんぜーんなかった呪文を必死こいて修行して幾つも使えるようになったのも、二代目大魔道士なんて御大層な名前を名乗るようになったのも、元はといえばおまえのせいなんだぜ?」 指を折って数えて見せるポップに、ダイは返す言葉もない。 「おまけに、平和になった今だって毎日が大冒険だしな〜。ったく、飯を食うだけも命懸けって、どんだけだよ?」 文句ばかりを言っているようでも、ポップの口調は決してダイを責めるようなものではなかった。 明るくて、むしろおもしろがっているようなからかいを含んだ笑い話としか思えないものだったが、生真面目なダイはそれをまともに受け止めて、しょぼんとしてしまっていた。 思い当たる節が嫌という程あるだけに、とても笑い話として軽く聞き流せなどしない。 (だって、ポップは――) ダイは、知っている。 それは、戦いが終わってからも同じだ。 ポップ自身は決して教えてくれないが、それがどんなに危険な上に困難で、命懸けのことだったのか――なんとなくだが、想像がつく。 今だって、それは同じだ。 ダイに付き合わなければ、ポップはもっと気楽に、楽しく過ごせているのではないか……そんな風に思ってしまう。 パプニカでレオナの手助けをするとか、でなければ故郷に帰って家族と暮らすとか、あるいはネイル村でマァムと過ごすか そんな風に過ごす方がポップにとっては幸せなのかもしれない。 肩を落として、しょんぼりと縮こまるダイの隣で、ポップがゆっくりと身を起こす気配がした。 撫でるというよりも、まるで髪の毛をかき混ぜてでもいるかのように乱暴なのに、そのくせひどく暖かく感じられる手が。 「なによりも……これだけ毎日冒険の連続だっていうのに、まだおまえと旅をしてえなんて思っちまうんだから、もう、どうしようもないよな。 驚いたダイの目に映るのは、すぐ隣にいるポップの笑顔だった。 「出会っちまったのが、運のツキってやつかねえ?」 口ではそう言っておきながら、ポップの顔から笑みが消えることはない。なにより、乱暴なのに優しい手が、ダイの不安も魔法のように溶かしてくれる。 「ううん。おれは、ポップと出会えてよかったと思ってるよ」 そう言った途端、ポップの顔が赤くなったのをダイは見逃さなかった。 「バ、バッカ、なに、照れくさいこと言ってるんだよ! おれは、おまえのそんなところが嫌いだぜ」 やけに早口にそう言いながら、ぷいっとそっぽを向く照れ屋のポップに、今度はダイが笑顔になる番だった。 頭を撫でてくれたポップの手が離れてしまったのは惜しいが、今度はダイからポップへと力一杯抱きついた。 「おれは、ポップのそんなとこが大好きだよ!」
4周年記念アンケート企画、11のお題挑戦の一つです! それだけではなく、実はアンケートの際にメールで応募していただいたセリフ『おまえと出会ったのが、人生最大の失敗だったよ』も入っていたりします。 ふっふっふ、白状しましょう……筆者はリアル連載時、靴べらを身構えてアバンストラッシュに挑戦したことがあります♪ あれをもし誰かに見られでもしたら、それこそ憤死ものの恥ずかしさだったでしょうね(笑) まあ、それはさておき、これはメダルクエストの一つでもあるんですが、メダルなんか一向に見つかっていない上に迷子になりまくりとは。
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