『深い、深い森の中で ー後編ー』

 

「うわぁあああっ?!」

 どう見ても勇者にも大魔道士にも見えない必死の形相で、みっともない叫びながらまっしぐらにポップは逃げる。
 ダイなど見向きもせずに一目散に逃げ出すその逃げっぷりは、彼が駆け出し魔法使いだった時さながらのものだった。

「あ、待ってよ、ポップ〜」

 そのポップを追う形でダイも走り出したので、当然のようにその後をライオンヘッドも追って来る。
 と、それを見てポップが噛みつくように怒鳴りつけた。

「バッキャローっ、なんで同じ方向に逃げてくるんだよっー、意味ねーだろっ?! こーゆー時はバラバラに逃げるのがセオリーだろうがっ!」

「えー、やだよ、そんなの!」

 迷いもせず、きっぱりとダイは言い返す。
 ダイにしてみれば、怪物の一匹や二匹を自分が引き受けるのは別に文句はない。そりゃあ、剣が使えない今の状況では多少はてこずりそうだが、それでもライオンヘッド程度の怪物なら自前の体力だけでもなんとでもできる。

 別々の方向に逃げて、怪物が確実に自分を狙ってくると言うのなら、そうしたってよかった。
 だが、問題なのは怪物がポップの方を追っていく可能性と――なにより、迷子問題だ。


 ただでさえこの森の中を延々と迷い続けているのだ、離れ離れになって迷うともなれば手に負えない。普段のポップならいざ知らず、勇者レベル1な今のポップでは心配だ。
 ライオンヘッドからは無事に逃げられたとしても、その先でポップが一人でもっと危険な怪物とでっくわす危険がある以上、絶対に離れる訳にはいかない。

 とにかくポップから離れないように――それを最優先しながら走るダイは、決してポップを追い抜かないように気をつけていた。

 本気で走ればダイの方がポップよりも足が早いのだが、ダイの目的はライオンヘッドから逃げることなんかじゃない。常に、ポップとライオンヘッドの間に自分が入るように気をつけながら、控え目に提案してみる。

「それよりさ、ポップ。こうやって逃げるよりも、何とかした方が手っ取り早くない?」


「バ、バカ言ってんじゃねーよっ?! 魔法を使えないおれと、剣を使えないおまえで、どうやってなんとかするんだよっ?!」

「んー? でも、このままじゃいずれ追いつかれるし」

 その言葉には、少しばかりの嘘が含まれていた。
 ダイとしては、ライオンヘッドと追いかけっこするのに不満はない。体力には自信があるし、怪物と駆けっこするのも慣れている。

 デルムリン島にいた頃など、時には丸一日島中を駆け回って遊んでいたものだ。まあ、デルムリン島の怪物と違って、このライオンヘッドはどうもかなり怒っているみたいだが、それでもたいした問題はないとダイは考えていた。

 怪物の怒りというものは、動物と同じで長続きはしないものだ。怪物にとって人間は食料というわけでもないし、いつまでも執拗に狙うということは有り得ない。
 早ければ小一時間、長くても半日も走り続ければ、ライオンヘッドの方が根負けか体力負けして振り切れるだろう。

 だが、ポップにはそこまでの持久力がないのは分かりきっている。
 足こそは早いが、ポップには徹底的に体力に欠けている。どう考えても、ライオンヘッドよりも、すでに肩で息をし始めているポップの方は先に力尽きるに決まっている。

 その前に、何とかした方がいい……と、ポップにも分かっているだろうに、それでもついつい逃げてしまうのは習性というものなのか。
 しかも、踏ん切りの悪いポップがやっと決心をつけるまでにはさらにもう10分ほど逃げまくり、袋小路まで追い詰められてからのことだった。

「グゥルルルウ……ッ」

 相手が逃げられないと分かったのか、ライオンヘッドは勝ち誇ったような足取りで悠然と二人の前を歩き回り、喉の奥から唸り声を響かせる。

「く、くそ……っ、しょうが、ねえな……っ。やるしか……ねーのかよ……」

 ゼイゼイと苦しそうに息をつきながら剣を抜くポップを見て、ダイは思わず言ってしまう。

「だから、言ったじゃないか。もっと、早く決心すればそこまで疲れなかったのに」

「う、うるせーっ……、それより、そこ……どけ……っ」

 ゼイゼイ言いながらも、ポップは前に立つダイを押し退けてライオンヘッドに向き合おうとする。

「え? ポップ、何する気?」

 ポップを庇って前に出ていたダイは、きょとんとせずにはいられない。

「何って……、今はおれが勇者、なんだから、おれが……っ、前に出るのが筋だろ……っ」


「そりゃそうだけど……大丈夫、ポップ? 何も無理しなくても」

 重そうに剣を引きずりつつ、肩で息をしているポップはどう見たって大丈夫なようには見えないのだが、ポップは至って本気のようだ。
 むしろ庇われるのが気に入らないとばかりに邪険にダイを押し退け、しっかりと剣を身構える。

 その構えには、ダイは見覚えがあった。
 剣を逆手に持ち、身体を極端に捻った独特の前傾姿勢……その姿勢から一気に伸び上がるように剣を振り上げながらポップは叫ぶ。

「アバンストラッシュ――ッ!」

 

 

 シン、と妙に静まり返った空気がやけに重たく感じる。
 技を放った態勢のままでいるポップも、威嚇の姿勢のままのライオンヘッドも、まるで凍りついたかのように動かない。
 張り詰めた独特の重い空気の中、憶しもせずに発言したのは世界を救った勇者だった。


「……なにも起きないね」

「やかましいわっ、そんなもん言われなくったって分かってるんだよっ!!」

 顔どころか、首や耳まで真っ赤に染めてポップが叫ぶ。無論、それは怒りが原因ではない。

 あまりの恥ずかしさ、ゆえだ。
 決め技をかっこよく叫んだのにまるっきり無効だったなんて、途方もない羞恥プレイを人前で実行したかのような恥ずかしさを伴うものだ。

 技を放ったポップだけでなく、食らうはずだったライオンヘッドでさえどこか気まずそうにしているというのに、ダイはどこまでも勇者だった。
 全く空気を読まず、平然と言う。

「形はよかったけど、でもあれじゃ無理だよ〜」 

 ダイが口にしたのは、別に嫌味でもなんだもなく純然たる事実だ。
 ポップも一応はアバンの教えを受けただけに、一通りの体術は心得ている。それに、ダイの戦いを常に一番近くで見ていたせいか、型だけをあげるのなら、ちゃんとアバンストラッシュに近い動きをしている。

 それも、ポップが今使おうとしたのは、俗にアバンストラッシュアローと呼ばれる技の方……剣にためた闘気を放つタイプの技の方だ。
 今の状況ならその技の方が有効だと言う判断は正しいし、ダイがクロコダインと戦った頃のアバンストラッシュよりも、よほど型は綺麗だと言える。

 だが、型だけで効力を発揮できる程、技と言うものは甘くはない。
 ポップには決定的に筋力がかけている。そのせいでスピードも威力も足りないし、なによりも全く闘気がないせいで単なる演舞となってしまっている。

 しかし、第三者であるダイは冷静にそう見物することができても、当事者であるポップにとってはとてもそんな風に考えられるはずが無い。
 身悶えするような羞恥心のままに、ポップは剣を地べたに叩きつけて叫んだ。

「くっそおっ、アバンストラッシュなんてぜんっぜん使えねーじゃんっ! つーか、こんな変な姿勢から切りかかるなんて力入らねえんだよっ、無茶にも程があるっつーのっ!
 アバン先生の大嘘つきーーっ!!」

 ――師の最高必殺技を全否定である。

(いや……それ、先生のせいじゃないと思うんだけど)

 と、ダイは思ったのだが、正直者で率直な彼にしては珍しく口には出さなかったのは、アバンストラッシュうんぬんはともかくとして、アバン先生が嘘つきというのは正しいかもしれないなと思ったからだった。

 実際、アバンに嘘をつかれたことは何度もあるのだから。
 根が生真面目なだけに、一部は間違っていても一部は正しい意見にはどう突っ込みを入れていいか悩んでしまったダイに、ポップは怒鳴りつける。

「くそぉっ、こうなったら今度はてめえだっ! おいっ、なんか魔法を使えよっ!」

「ええっ、おれがっ?!」

 突然の無茶ぶりにダイも驚くが、ポップはどこまでも強引だった。

「なにが『ええっ』だ、一応、おまえだって魔法を使えるんだし、おれよりも条件がましだろうがっ!」

 確かに、ポップの言い分にも一理はある。
 元々、ダイの魔法力は決して低くはない。勇者は実は、魔法力の伸びに恵まれた職業だ。 僧侶よりも高い魔法力や知力に恵まれ、魔法使いに次ぐ魔法力と攻撃魔法の種類を使いこなせるようになるものだ。

 勇者は本来転職できる職業ではないが、もし勇者から魔法使いになった場合は、優秀な魔法使いになるだろう――一般的には。
 だが、ダイは魔法はとことん苦手だった。

(殴ろうと思ったんだけどなー)

 剣が使えないなら、正直、ダイには素手のままで攻撃した方がよっぽど手っ取り早いしダメージも期待できる。
 だが、ポップがそこまで言うのならと、ダイは素直に魔法の準備へと心を切り換えた。
 もちろん、ダイにはポップの動機が自分だけ恥をかくのは嫌だから巻き添えにしてやろうと言うものだなんて、気がつくはずも無い。
 言われるままに杖を手にしたダイは、気合いを込めて叫ぶ。

「メラゾーマッ」

 力ある言葉に応じて、ダイの中の魔法力が高まり、杖の先端から放出される。
 ――が、それはいつも以上にちっぽけな炎だった。まるでろうそくのように小さな炎は、杖の先からプッと飛び出したかと思うと、頼りなくヒラヒラと揺れながら落下する。

「あれ?」

「あれ? じゃねえよ、あれ? じゃっ!
 しょぼっ?! なんだよっ、その情けないにも程のあるメラゾーマはっ?! どこぞの大魔王様を気取って『今のは、メラゾーマじゃなくってメラだ』って奴かよぉっ?!」

 ここぞとばかりに文句を言いまくるポップに対して、ダイは困ったような顔で頭を掻く。
「うー、やっぱ、杖って難しいよ〜。そういや、じいちゃんに習った時も失敗ばっかだったし」

 普通、初心者魔法使いならば杖を使った方が使いやすいものだが、いろいろな意味で規格外なダイは、素手の方が魔法が使いやすいである。
 まあ、使いやすいとは言っても、元々使える魔法のレベルが高くはないのだが。

「アホかぁああっ、どーすんだよっ、この状況っ?!」

 騒ぎ立てるポップをよそに、ダイはしっかりと杖を持ち直す。
 いずれにせよ、魔法使いレベル1どころかマイナスにまで下がってしまったような己の実力に、ダイは早々に見切りをつけていた。

(やっぱ、この杖で殴った方が早いや)

 仮にも魔法使いにあるまじき決心を固めたダイだが、敵に向き直ろうとしてもう一度目を丸くする羽目になった。

「あ。いなくなってるや」

「え?」

 騒ぐだけ騒いでいたポップも、やっとその事実に気がついたのか、驚きに目を丸くする。 ポップもダイも攻撃という意味では思いっきり失敗しまくったわけだが、騒ぎに呆れたのかそれとも他の理由があったのか、ライオンヘッドはいつの間にかいなくなっていた。 とりあえず、今のダイとポップにとっては天の助けである。

「な、なんだよ〜、驚かせやがって」

 憎まれ口を叩きつつ、ポップはその場にへにゃりと座り込んだ――。

 

 

「あのさー、やっぱり一度パプニカに戻ってみる? マトリフさんとかなら、何か知ってるかもしんないし」

 考え、考えながらダイがようやく思いついた提案を、ポップは即座に切り捨てる。

「却下だ」

 交渉の余地などないぞとばかりにバッサリと、そう言い切りながらポップは焚き火の中にぽいっと薪をほうり込む。
 その途端、ぼうっと炎が大きく燃え上がった。

「だーれが、こんなことで師匠のとこに顔を出せるもんかよ?! 確かに師匠ならこの手の解毒方法には詳しいかもしんねえけど、あのクソジジイに大笑いされてバカにされまくるに決まってるぜ!」

 腹立たしげにそう言いきった後、ポップは自信たっぷりに宣言する。

「それに、パプニカに戻ったりしたら……賭けてもいいぜ。
 即、姫さんにバレるね、絶対」

 ポップのその言葉を、ダイは否定できなかった。
 ダイから見れば魔法を使っているのかと思うぐらい、レオナは噂には早耳の上に、頭の回転が早い。
 彼女に対して隠し事をしようとしても、あっという間に見抜かれてしまうだろう。

「そうだよね。レオナ、やっぱり怒ってるかな?」

「『かな?』じゃねえよ、怒りまくりに決まってるだろ! 今帰ったりした日にゃ、おれもおまえも絶対に牢屋かどこかに閉じ込められるぞ!
 二度と旅に出られなくなってもいいのかよ?」

 今度も、ダイは反論できなかった。
 レオナの気の強さや意志の強さがダイは好きだし、ここぞという時には彼女が手段を選ばないのもよく知っている。
 それだけに、いかにもレオナならやりそうだと思ってしまう。

「いや、それは困るけど」

「だろ? だから、これが一番手っ取り早いんだよ」

 そう言いながら、ポップはこんがりと焼けたキノコの刺さった串を、ダイへと突き出す。ポップのもう片手には、同じ物がすでに用意されていた。
 それは、朝食べたキノコと同じ物だ。

 数時間経ち、おそらくはキノコが消化されたはずなのに元に戻らない自分達に業を煮やして、ポップがもう一度キノコを食べようと言い出したのである。
 正直、ダイにはそれがいいとも悪いとも判断がつかない。

 元に戻りたいと思う気持ちはもちろんあるが、それ以上にポップに危険な目に遭わせるのが嫌だという気持ちが強い。

「じゃあ、せめておれが先に食べるとかじゃだめかな?」

 このキノコが今度はどんな作用をもたらすか分からない以上、自分が先に実験台になった方が安心ではないかとダイは思ったのだが、ポップは強く言いきった。

「何言ってんだよ、一緒に食べなきゃ意味ねーだろ。片方だけじゃ、元に戻れるかどうかも分からねえんだから。
 ほらっ、じゃあやるぞ!」

 目をギュッと閉じて、嫌そうにキノコにかぶりつくポップを見て、ダイも慌ててそれに習った――。

 

 

「メラ!」

 その言葉と同時に、炎が踊る。
 手袋に覆われた細い手の先から、初級火炎呪文とはとても思えない大きさの火球が飛び出していく。
 その後から、ダイは剣を振るった。

「ハァッ!!」

 鋭い呼気と共に放たれた剣は、一見、ただの素振りと見えただろう。だが、闘気の込められたその一振りは、見えないエネルギーを飛ばしていた。
 ダイの飛ばした闘気弾はたやすく炎の塊に追いつき、それを蹴散らす。それが消えるのを見て、ポップが満足そうに頷いた。

「よぉーしっ、大・成・功! へへへっ、やったな、勇者と大魔道士様の完全復活だぜっ」


 嬉しそうにハイタッチをした後、ポップは大きく息をついてその場にごろんと寝っ転がった。

「ふわぁーあ、しっかし、朝っぱらからえらい目に遭ったもんだぜ。
 あーあ、つっかれた〜。一休みしようぜ」

「うん、そうだね」

 まだ日は高いし、正直言えばダイは全然疲れていないのだが、それでもダイは文句も言わずにポップのすぐ隣に腰を下ろす。
 目を閉じて気持ちよさそうに休んでいるポップは、放っておけばそのまま寝入ってしまいそうに見える。

 ライオンヘッドとさんざん追いかけっこをしたのだから、疲れるのも無理もない。ダイも同じぐらいは走ったのだが、体力のないポップの方がより疲れたのは分かりきっている。 しばらく眠らせてあげた方がいいのかなと思いながらも、ダイは聞かずにはいられなかった。

「ねえ、ポップ。あの時言ったことって……ホント?」

「んー? あの時のって、いつのだ?」

 目を閉じたままで、面倒くさそうながらもポップは一応返事をしてくる。

「ほら、さっき……ポップ、言ったじゃないか。おれと会ったのは、失敗だったって」

 そう尋ねるダイの胸が、どきどきと早鐘を打つ。怪物に追いかけられた時よりもよほど早い鼓動を刻む心臓を抱え、ダイは息を飲んで答えを待った。
 だが、そんなダイの不安とは裏腹に、ポップの答えは気が抜けるぐらいあっさりしたものだった。

「おれ、そんなの言ったっけ?」

「言ったよ、キノコを最初に食べた後で」

 あれは、ダイにとっては聞き逃せない一言だった。
 ダイは、基本的にポップがどう文句を言おうとも気になどしたことがない。
 口が悪くて気の短いポップは、気分に任せてダイを罵りまくるのなんて日常茶飯事だからだ。

 だいたいポップ本人も、言った文句の半分以上は言った側から忘れてしまうのだし、そんな些細なことならいちいち気にしたって仕方がない。
 だが、今日言われたことだけは奇妙なぐらいに引っ掛かった。
 それに、ポップもその言葉を忘れたわけではないらしい。

「ああ。そのことかよ」

 思い当たったのか、ポップはぱちりと目を開ける。

「そんなの、本気で思ってるに決まってるだろ。おまえと出会っちまったのは、人生最大の失敗だって。
 おまえに関わったせいで、おれの人生、変わりまくりなんだからさ」

 ニヤリといたずらな笑みを浮かべ、ポップは挑発的にダイを見上げる。

「だいたい、このおれが魔王なんかと戦う羽目になったのも、覚える気なんかぜんぜーんなかった呪文を必死こいて修行して幾つも使えるようになったのも、二代目大魔道士なんて御大層な名前を名乗るようになったのも、元はといえばおまえのせいなんだぜ?」

 指を折って数えて見せるポップに、ダイは返す言葉もない。

「おまけに、平和になった今だって毎日が大冒険だしな〜。ったく、飯を食うだけも命懸けって、どんだけだよ?」

 文句ばかりを言っているようでも、ポップの口調は決してダイを責めるようなものではなかった。

 明るくて、むしろおもしろがっているようなからかいを含んだ笑い話としか思えないものだったが、生真面目なダイはそれをまともに受け止めて、しょぼんとしてしまっていた。 思い当たる節が嫌という程あるだけに、とても笑い話として軽く聞き流せなどしない。
 

(だって、ポップは――)

 ダイは、知っている。
 魔王軍と戦いの最中、ポップがどれ程に必死になって自分を助けてくれていたかを。文字通り命を懸けて、ポップはダイを何度となく救ってくれた。

 それは、戦いが終わってからも同じだ。
 魔界に落ちたダイを助けるために、ポップは人間の身でありながら魔界まで迎えにきてくれた。

 ポップ自身は決して教えてくれないが、それがどんなに危険な上に困難で、命懸けのことだったのか――なんとなくだが、想像がつく。

 今だって、それは同じだ。
 旅に出たいというダイのわがままに、ポップは付き合ってくれている。それはダイにとっては物凄く嬉しいことだし、毎日が楽しいが……ポップも同じように思ってくれているかどうかが、気掛かりだった。

 ダイに付き合わなければ、ポップはもっと気楽に、楽しく過ごせているのではないか……そんな風に思ってしまう。

 パプニカでレオナの手助けをするとか、でなければ故郷に帰って家族と暮らすとか、あるいはネイル村でマァムと過ごすか  そんな風に過ごす方がポップにとっては幸せなのかもしれない。

 肩を落として、しょんぼりと縮こまるダイの隣で、ポップがゆっくりと身を起こす気配がした。
 すっかりと萎縮してしまい、ポップの顔を見る勇気もないダイの頭に、暖かい手が乗せられる。

 撫でるというよりも、まるで髪の毛をかき混ぜてでもいるかのように乱暴なのに、そのくせひどく暖かく感じられる手が。

「なによりも……これだけ毎日冒険の連続だっていうのに、まだおまえと旅をしてえなんて思っちまうんだから、もう、どうしようもないよな。
 おまえが元凶だって分かりきっているのに、離れようだなんて思いもしねえんだもんよ。ホント、お手上げだよ」

 驚いたダイの目に映るのは、すぐ隣にいるポップの笑顔だった。
 心の底からの、手放しに嬉しそうな笑顔のままでポップは飽きることなく、ダイの頭をくしゃくしゃと撫で続ける。

「出会っちまったのが、運のツキってやつかねえ?」

 口ではそう言っておきながら、ポップの顔から笑みが消えることはない。なにより、乱暴なのに優しい手が、ダイの不安も魔法のように溶かしてくれる。
 沈み込んでいた気分をあっという間に消し去ってくれた魔法使いに、ダイは真正面から告げた。

「ううん。おれは、ポップと出会えてよかったと思ってるよ」

 そう言った途端、ポップの顔が赤くなったのをダイは見逃さなかった。

「バ、バッカ、なに、照れくさいこと言ってるんだよ! おれは、おまえのそんなところが嫌いだぜ」

 やけに早口にそう言いながら、ぷいっとそっぽを向く照れ屋のポップに、今度はダイが笑顔になる番だった。

 頭を撫でてくれたポップの手が離れてしまったのは惜しいが、今度はダイからポップへと力一杯抱きついた。
 そして、どこまでも直球に自分の本心を口にする。

「おれは、ポップのそんなとこが大好きだよ!」
                                     END



《後書き》

 4周年記念アンケート企画、11のお題挑戦の一つです!
 こちらのお題では『能力値そのまま二人の職業が入れ替わる』と『勇者のくせに生意気だ』『おれはおまえのそんなとこが嫌いだ』『アバンストラッシュ(ポップ)』『ノーマル設定』をクリアしています♪

 それだけではなく、実はアンケートの際にメールで応募していただいたセリフ『おまえと出会ったのが、人生最大の失敗だったよ』も入っていたりします。
 今回、何が楽しかったかといえば、なんと言ってもポップのアバンストラッシュです(笑)

 ふっふっふ、白状しましょう……筆者はリアル連載時、靴べらを身構えてアバンストラッシュに挑戦したことがあります♪ あれをもし誰かに見られでもしたら、それこそ憤死ものの恥ずかしさだったでしょうね(笑)

 まあ、それはさておき、これはメダルクエストの一つでもあるんですが、メダルなんか一向に見つかっていない上に迷子になりまくりとは。
 どうやら、メダル100枚まではすごーく先が長そうです(笑)

 

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