『おやつの時間 ー後編ー』

 

「さあっ、みんなっ、いいか!? これはだな、あのマァムさんが作ってくださったお菓子なのだ、心して食べる様に!」

 高々と振り上げられた手に握られたナイフとフォークが、キラリと光る。
 二代目獣王の演説に、隊員達が大いに盛り上がってワアッと騒ぐ中、ただ一人冷静なのは隊員ナンバー12号だった。

「いや、隊長さん、オレは別にいらねえんだけどよー」

 と、ぼやくヒムの表情には、どうせ言っても無駄だろうと悟っているかのように、どことなく諦めのようなものが浮かんでいる。
 そして、その考えは正しかったらしい。

「はっはっは、遠慮は無用だ! 手に入れた報酬を公平に部下達に配付するのも、隊長の努めだからな!!」

 少々やせ我慢している風ではあるがそれでも立派なことを言ってのけるチウを見て、ヒムを除く獣王遊撃隊達は一斉に『さすがは我らが隊長だ!』と尊敬の目を向ける。
 実際、チウの心掛けの立派さは、ポップでさえ認めるものだ。

 マァムの手作りのパイというものが、彼女に憧れているチウにとってどれ程貴重なものか、同じくマァムに恋するポップにはよく分かる。
 そして、大ネズミというものは見た目以上に大食漢だ。パイの一つや二つ、ぱくっと食べてしまうのは簡単だろう。

 ましてや、恋する娘の手作りともなれば独り占めしたくなるのが人情だ。
 だが、チウは至って正義感が強く公平な性格の持ち主だった。アップルパイの美味しそうな匂いに釣られたのか、単に物珍しさに引かれただけなのか、いつの間にか集まっていた遊撃隊を前にして食べ物を独り占めできるような男ではない。

 普通の怪物ならば、人間の食べ物になど興味は示さないものだが、魔王軍との戦いに参加した遊撃隊のメンバーは一応は人間とほぼ同じ食事を食べていた時期がある。
 そのせいか彼らはデルムリン島の怪物達と違って少々食事の好みが人間寄りに偏っていて、特に甘い物には目がない。

 ものすごーく羨ましそうにアップルパイに視線を注ぐ仲間達を前にして、宝を独り占めするほどチウは性格が悪くはない。
 彼は寛大にも、無二の宝であるはずのそのアップルパイを、仲間全員に分け与えると宣言した。

 すごく惜しかったのか涙目になりかかっているものの、そう決心したチウは実に公平だった。
 きちんと人数分の数を数え、パイを切り分けた。その際、ポップやブラスにまで分けてくれようとしたぐらいだ。

 もっとも子供には意外と甘いブラスはチウ達の取り分が少しでも増える様にと遠慮したし、ポップも今はおなかがいっぱいだからと辞退したが。

 ついでにいうなら、ヒムも「どうせ、食べなくても平気だし」と辞退した一人だったのだが、部下達を平等に扱うと決めたチウは彼を例外にはしなかった。
 全員にお皿を用意し、切り取ったアップルパイを並べてやる。

「さあっ、みんな、いただきますっ、だ!」

 チウの合図に合わせて、全員が一斉にそれぞれの種族での鳴き声をあげ、目をキラキラさせてアップルパイにかぶりつく。
 ――が、次の瞬間、全員が一斉に雄叫びをあげだした。

「な、なんじゃっ!? どうしたんじゃ、みんなっ!?」

 驚き、心配してオタオタするブラスの目の前で、遊撃隊の面々はのたうち回ったり、必死になって水を飲んだりしている。
 だが、ポップはその光景をごく当たり前のように眺めていた。

「あー、やっぱ、こんなオチかよ〜」

 と、他人事のようにつぶやく魔法使いの少年に向かって、チウは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「き、きさまぁっ!? よくもボクをだましたなぁっ!!」

「人聞きが悪いことを言うなよ、別に騙しちゃないって。それ、本当にマァムが作ったんだぜ――半分はな」

 一応はマァムの手作りなのは間違いないのだが、そのアップルパイときたらとんだ失敗作なのである。
 なにしろ――製作には、レオナが絡んでいたのだから。

「……やっぱ、食わなくって正解だったかー」

 しみじみと頷きながら、ポップは自分で自分の先見の明を褒めたたえずにはいられない。
 村でたくさん取れたリンゴをレオナにも分けたいと、マァムがポップに移動呪文を頼んだのはそんなに前のことではない。

 その際、久々に出会った女の子同士で盛り上がって、なぜか手作りのアップルパイを作ろうと言う話が持ち上がったらしい。

 その間、別室で読書していたポップは手作りの現場は見ていないが、三賢者がしょっちゅう「ひっ、姫様っ!? それは砂糖ではなく塩ですっ」などと叫んだり、やたらと奇妙な音やら匂いが漂ってきたのは、知っていた。

 ほぼ万能型の才能を見せる王女ではあるが、どうやらレオナはあまり料理が得意ではないらしかった。
 まあ、料理など作る必要もない身分の少女だ、お菓子を作るのだって始めてだろうし、初心者が多少失敗するのは当然だろう。

 そう思っていただけに、ポップにとっては最終的に外見はまともな品物ができた方が、よほど不思議だった。
 急ぐからとお茶を断って旅立とうとした際、レオナとマァムにお土産にどうぞと持たされたそれを、ポップは正直持て余していた。

 やけに自信たっぷりなレオナや、「ちょっと失敗しちゃったけど、ごめんね」と申し訳なさそうにしていたマァムは、まだいい。
 だが、聞こえてきた物音や妙におどおどとポップを伺うように見ていた三賢者の目付きから言っても、どうにもこのアップルパイは失敗作の雰囲気が濃厚だ。

 まあ、それだけなら別に食べるのは不満はないが、致命的なことにこのアップルパイは一人で食べるのには量が多すぎる。
 最近余り食欲がないポップにとっては、尚更だ。

 寝不足で胃が荒れているのか、それともあまり定期的な食事をとらないせいで胃が弱ったのか、今のポップはあまり消化の悪いものは受けつけられない。
 サクサクとした歯応えのせいで誤解されがちだが、パイはどっさりのバターを生地に練り込んでいるため、見た目以上にこってりとして胃にもたれるものだ。

 それに、食欲や体調以外の理由でもポップはこのアップルパイを食べるのを遠慮したい理由があった。
 マァムが自主的に作った手作りだというのなら、ポップだって迷いもしない。

 だが、ポップは知っていた。
 マァムもこの手作りには関与してはいるものの、作ろうと言い出したのも、熱心に作業をした方もレオナの方だった、と。

 その事情を知っているポップからしてみれば、このアップルパイはマァムとレオナの合作とは思えない。
 むしろ、レオナの手作りをマァムが手伝った品としか思えなかった。
 それが、ポップの手をためらわせる。

(姫さんもよ、本来ならあいつに食わせたかっただろうに……)

 女の子が熱心に手作りの菓子を食べさせたがる相手というのは、決まっている。想いをよせた相手にこそ、それを望むはずだ。
 そして、それは男の子だって変わりはしない。

 このアップルパイをポップ以上に喜び、食べたがるはずの少年が誰か知っているだけに、自分が代わりに食べるのにはためらいがあった。
 その少年が、今、食べるものにも不自由するような環境にいるかと思えば、尚更だ。
 かと言って、捨てるのはもっと忍びない。

 だからこそ喜んで食べてくれそうな上に、なおかつ有効利用できそうな相手としてチウを選んだのである。
 一応はマァムの手作りというのも嘘ではないことだし、それに少しぐらい失敗作でも怪物達の味覚ならば大丈夫だろうという読みがあった。

 怪物だからと差別する気はないが、クロコダインを始め、怪物に育てられたダイや魔物に育てられたヒュンケルは食べ物の味にはいささか無頓着だった。
 ポップからすればこれはちょっと……と思う様な味のものでも平気で食べてしまうのを何度も目撃していた経験がある。

 その幅広い味覚を思えば、塩と砂糖を取り違えた素人料理でも大歓迎するだろうとポップは思っていた。
 が、なぜか怪物達は地べたにひっくり返ってのたうっているし、チウに至っては目に涙を浮かべつつ絶叫する。

「分かっていたのなら、こんな危険物を人に薦めるなぁーっ!」

「危険物って、何大袈裟なこと言ってるんだよ。せいぜい、ちょっと間違えたぐらいだろ、それ」

「いや……そんな生易しいものじゃないぜ、これって……。本当に、人間が作ったものなのかよォ?」

 オリハルコン製のヒムまでもが、口許を押さえつつ低い声で呻く。
 そんなチウやヒムの反応を、大袈裟すぎるとポップは本気で思っていた。――この時は、まだ。

「まあまあ、そう怒るなって。今回は悪かったけど、そのうち埋め合わせに何か美味い物でも持ってきてやっからさー」

 などと、調子よく言いながらポップはその場を去る……そのつもりだった。ポップが手に入れたい情報ややりたいことは幾らでもあるし、時間は幾らあっても足りないぐらいなのだ。

 しかし。
 怒るチウだけなら無視もできる。だが、生まれて始めてのお菓子体験にわくわく期待しまくって、しかもそれが裏切られしょんぼりとしている怪物達は別だった。

 不味な手作り菓子のダメージからやっと抜け出した怪物達は、みんながみんな、しょんぼりと沈み込んでしまっていた。

「きゅぅ〜ん……」

「くぅ〜ん……」

 ドラキーのように小さな怪物から、グリズリーのように大きな怪物までもが一様に、肩を落として切なげに鳴いている図は、哀れ味を誘う。
 嫌味や当てつけでやっているのではなく、心底しょんぼりとしているだけに、彼らに対しては罪悪感が沸いてくる。

 いくら急いでいるからとはいえ、彼らをそのまま放置できるほどポップは図太くも薄情でもなかった。

「あーっ、もうしょうがねえな、おれが悪かったよ!」







 ジュッと、軽い音がその場に響く。
 熱くしたフライパンの上に落とされるのは、液体と固体の中間ぐらいの柔らかさの黄色の固まりだ。

 それは火で炙ることで、何とも言えない香ばしい匂いを漂わせる。その匂いに釣られたのか、ごくっと唾を飲み込む音が複数か所から聞こえる。
 その表面にぶつぶつと小さな穴が浮かびだすのを待ってから、ポップはおもむろにフライパンを軽く左右に揺るってからそれをふいに上へ揺する。

 たいして力を入れた様には見えないのに、ポップのそのわずかな動きに合わせてフライパンの上でホットケーキがくるっと見事に回転して裏返る。
 その一瞬のジャンプの見事さに、見物人達からどよめきが上がった。沸き上がる歓声を無視して、ポップはそのまましばらく待つ。

 さっきと違って裏側の焼具合は目で確かめることはできないが、目で確かめなくてもポップには自信があった。

『いいですか、ポップ。いい料理人というものはですね、味覚だけでなく五感全ての感覚に優れているものなのですよ。
 特に、聴覚は重要です。焼き具合や揚げ具合の微妙な変化は、音で感じ取れるものですよ〜』

 料理にはやたらとこだわりのあった師の言葉を思い出しながら、ポップは微かに聞こえる音や匂いだけで最適の焼き加減を察知する。
 だから、ポップはわざわざフライ返しを使って、ホットケーキをひっくり返して裏面の色を確かめるような手間はかけなかった。

 完成を確信すると同時に皿の上でぽんとフライパンを直接ひっくり返し、ふんわりと焼けたホットケーキをそこに落とす。
 そのまま流れる様な動作でフライパンを火に戻して次のたねを落としてから、ポップはたっぷりのバターと蜂蜜を熱々のホットケーキの上にかけた。

 ホットケーキの熱でバターが見る見るうちに溶けだしていき、ねっとりとした蜂蜜と絡み合ってじんわりと焼きたての生地に染み込んでいく。

「ほれ、いっちょあがりだ」

 と、グリズリーの前に差し出すと、嬉しそうな雄叫びをあげつつ彼はホットケーキを食べ始める。

「うぉおお〜ん♪」

「そ、そうか? 美味い……のか? それはよかったな」

 ポップにはダイと違って怪物の言いたいことなど分からないが、彼らが喜んでいることぐらいは分かる。
 それも、ものすごいはしゃぎっぷりである。あまりにも大袈裟な喜びように、ポップがちょっと疑問になるぐらいだ。

(これが、そんなに嬉しいもんかねえ?)

 怪物達が大喜びしているのは疑いようがないが、こんなものはただのホットケーキだ。 ポップの感覚では、ホットケーキなんてあまりにも手軽すぎてお菓子のうちにさえ入らない。
 材料さえ揃えば、簡単に作れる。

(まあ……これ、材料が材料なんだけどよ)

 なにしろ、ここはデルムリン島だ。
 人が暮らしていない南海の孤島である。普通の食材を手に入れるのは、難しい。ブラスに頼んで比較的近いものを分けてもらったが、そもそものベースの粉が小麦粉でさえない。
 正式な名は知らないが、ブラスの話では椰子の一種であり、実を石臼で引くと小麦粉によく似た粉になるので、それを捏ねて焼いたものをパン替わりにダイに食べさせていたと言う。

 卵はキメラからもらった物であり、ミルクはあばれうしどりの物と、ポップの感覚から言うとちょっと悩んでしまうような食材ではある。

 だが、そんな有り合わせの物でも、とりあえず作れてしまうのがホットケーキの手軽さと言う物だ。
 砂糖やメープルシロップの代わりに、クマチャがどこからか持ってきた蜂蜜もあることだし、十分な甘みも付けられる。

 ポップ的には、それがちゃんとした蜂蜜なのかどうかという疑惑を捨てがたいのだが、少なくとも味は普通の蜂蜜っぽかったし怪物達は誰も気にしていないのでいいことにしている。

 詫び代わりにと、とりあえず一番簡単にできるお菓子ということでホットケーキを作ると言い出したのはポップだが、それがここまで受けるとは思いもしなかった。

「おう、これならオレでも分かるぜ。結構、美味いんじゃねえのか、これ」

「そりゃどーも」

 ヒムの褒め言葉をおざなりに聞き流し、ポップはせっせとホットケーキを焼きまくる。手軽に焼けるとはいえ、なにせ食べたがっている相手は一人や二人じゃない。
 十数人分に行き渡るようにホットケーキを焼くともなれば、それなりの労働になる。

 幸いにもアバン仕込みの料理の腕があるポップには、複数のフライパンを使って連続的にホットケーキを焼くのはさして難しくもない。
 時間がかかるのが難点だが、それでもたまにはこんな時間もいいとポップは思う。

 ここのところ、自分が必要以上に焦っている自覚がなかったわけではない。たまには息抜きした方がいいと分かっていても、ダイの行方が気になってじっとしていられず、十分な休みを取れないことが多かった。

 ダイ捜索とは全く関係のない行動を、これほど長く取るのはポップにとっては久し振りだ。
 実際、ポップは忙しさに追われ、珍しくもダイのことを忘れかけていた。
 ブラスの一言を聞くまでは――。

「まったくじゃな、ポップ君。
 いや、ポップ君がこれほどの料理上手だなんて知らなかったわい。ダイ達も知っていたなら、教えてくれればよかったのに」

 その一言に、悪気はなかったのだろう。
 親しい人間の意外な一面を知らなかったことに驚き、つい、口から出てしまった……それだけのことだ。

 だが、その言葉にポップは一瞬凍り付いたように動けなくなる。
 それはほんの一瞬だったし、ホットケーキにはしゃぐ怪物達の間では目立たなかった。だが、さすがにブラスだけはポップの表情の強張りに気が付いて、慌てて執り成すように話題を変える。

「さすがはアバン殿のお弟子さんじゃな、アバン殿も料理が上手かったから……、ポップ君もやはりアバン殿から料理を習ったのかの?」

「あ、ああ、うん、そーなんだ。正直、男が料理なんか習うのは嫌だったんだけどさー」
 ブラスの気遣いを受けて、ポップも何とか笑顔を取り繕ってホットケーキ作りを再開する。
 だが――その内心には、深く刺さった刺のように小さく疼くものが残った。

(そんなの……無理なんだよ、じーさん)

 今になってから、ポップは思い出してしまう。
 時間的にダイとブラスが会う機会が少なかったせいもあるが、そもそも教えようにもダイは知らなかったはずだ。

 ダイやゴメちゃんには、一度もホットケーキを作ってやったことなど、なかったのだから。
 作る気になればいつでもすぐに作れるものだし、味だってそれほどたいしたものでもない。

 だから、ポップは魔王軍との戦いの最中、一度もホットケーキなど作りはしなかったし、作ろうとさえ思ったことはなかった。
 そんな余裕などなかったと、言い訳するのは簡単だ。

 ダイと出会って以来、旅と冒険の連続だったのだから。
 だが、徹底的に甘い上に料理好きの師匠を持ち、三食おやつ付きの弟子生活を存分に味わっていたポップには、旅先だったからというのは言い訳にもならない。

 アバンから料理もある程度受け継いだポップには、戸外で料理するなんて難しいことではない。
 その気になれば、いつでもできた。
 ダイに作ってやれば、きっと喜んだだろう。ゴメちゃんだって、そうだ。

 あの無邪気な怪物と勇者は、きっと今のチウ達の様に目を輝かせ、焼き上がったホットケーキを見てお日様の様な笑顔を見せたに違いない。

 だが――ポップは面倒がって、一度も作りはしなかった。その気になればいつでも機会はあると思って、幾度もあったはずのチャンスをあっさりと見逃し続けてしまったのだ。

(ダイ……ッ)

 胸を締め付けるような、切ない痛みが込み上げてくる。だが、その痛みに引きずり込まれそうになったポップを現実に引き戻したのは、チウの声だった。

「おいっ、なんか焦げ臭いけど平気なのか、それ?」

「あ、いけね」

 気が付けば、一つのホットケーキを焼き過ぎるところだったのに気付き、ポップは慌てて裏返す。
 普通のものに比べていささか焦げ目が多いそのホットケーキは、失敗といえば失敗作だ。 だが、決して食べられないほど致命的なものではない。

「ほれよ、これ、おまえにやるよ」

 器用にチウの皿へと入れてやると、二代目獣王は不満そうに頬を膨らませた。

「なんでボクのだけ焦げたのをよこすんだっ!? 嫌がらせかっ!?」

「大袈裟なこと言うなよ、別にそれ、そんなに味は悪くないと思うぜ。それによ、次はうんといい出来の奴をおまえにやるからさ」

 いいながら、ポップは再びフライパンに新しいホットケーキのたねを落とした。
 次のホットケーキに集中しながら、ポップは心の中で自分に言い聞かせる。

(そうだ……失敗なんて、やり直せばいいだけの話じゃないか)

 失敗してしまったからと、諦めたのならそこまでだ。
 諦めるのは、まだ早い。なぜならポップの後悔は、二度と手に入らない実現不可能な夢なんかじゃない。

 正体が神の涙というアイテムだったとしても、ゴメちゃんは確かに存在したし、条件さえ整えばいつか再びこの地上に戻ってくるはずだ。
 それを探し出して、再び前と同じ願いをかけるのは、確かに困難な上に奇跡的な確率となるだろう。

 だが、それでも叶わない夢ではないはずだ。
 それに、ダイだってそうだ。
 今はまだ、ポップはダイの居場所を掴んではいない。でも、そんなことはたいした問題ではない。

 これから探せばいいだけのことだ。
 ダイを探して、もう一度会って――そうすれば、ホットケーキぐらい食べさせてやればよかったなんて後悔はいくらでも取り戻すことができる。

(待ってろよ、ダイ……!)

 今度、ポップがひっくり返したホットケーキは焦げ目のない綺麗な出来で、まるでお日様のような明るい黄色だった――。
 
                                      END
  


《後書き》

 ホットケーキ、大好きですっ。
 個人的な好みでは、『縁がカリッと』派! 油を多めに引いてわざとフライパンを熱くし、やや水分を多めにした生地を薄めに落として、縁をこんがりと焼くのが好きなんです♪

 ついでに言うと、市販のホットケーキの粉を使用しないで自分で小麦粉と砂糖を調整して焼くのも、結構好きです。
 そうするとペッタリとしたパンケーキ風に仕上がるんですが、たまに重曹をちょっぴり混ぜて無駄に膨らみまくるホットケーキを作るのも楽しかったです。量に失敗すると、途端に苦くなったりしますが(笑)

 さらにさらに、バター&メープルシロップも好きなんですが、チープにマーガリン&蜂蜜が好きなんですよ〜っ。

 ――と、ホットケーキへの熱意が溢れ過ぎて食べ物の描写が長引きましたが(笑)、ダイが行方不明中のポップの魔界探索話の一つです。
 チウにスカウトされた遊撃隊メンバーで魔界育ちが混じっているのに気付いた時から、彼らから魔界の話を聞くパターンを考えていました。

 魔界のイメージは人によって違うでしょうが、筆者のイメージはだいたいこんな感じです。
 しかし、チウ君やその他の遊撃隊を書くのが楽しくて、そっちとのやり取りがメインになっていますけどね(笑)

 そして、クロコダインがいないのは、彼は今、ロモス王に頼まれて魔の森を守る役割を負っているからです。もう少し経ったら、クロコダインだけでなくチウ君もロモス王国森林警備隊の一員になりますが、今はその過渡期だったりします。

 ところで、レオナ姫のポイズンクッキングの腕の冴えを、ポップはこの頃は知りません。 この時はマァムの全面手助けがあったから威力が弱いものの、食べたのが怪物達だったのが不幸中の幸いというものです。

 もし、ポップがうっかりと食べていたら……一人旅中だし、体力も落ちていたしで、最悪そのまま儚くなっていた可能性が(笑)
 彼がレオナの腕前を実感するのは、ダイが帰ってきてからずっと後の話になりますv

 

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