『背中合わせの沈黙 ー前編ー』

 

「私とダイのコンビでは、実力的に不服かね?」

 どちらかといえば静かな、穏やかさすら感じさせる言葉には恐ろしいまでの迫力があった。

 鍛え上げられた肉体に、精悍さの感じられる容貌。防御など気にする必要もないとばかりに、身に付けた鎧は最小限のものでありながら、竜を象った剣は禍々しいまでに大きく、並の戦士なら持て余しそうな代物だ。

 だが、彼にその剣が相応しくないなどとは、誰も思わないだろう。
 ただ、その場に立っているだけなのに凄まじいまでの存在感と、威圧感を抱かせる男だった。

 若いだけの戦士にはない風格と、戦う前から並外れた強さを感じさせる男の登場に、水を打ったようにその場が静まり返る。

 魔王軍に比べればあまりにも乏しい戦力で敵地に赴こうとする勇者一行にとっては、共闘の申し出はある意味願ってもないことだ。
 本人が言う通り、彼ならば実力的には申し分はない。彼の実力を不足と思う者は、誰一人としていない。

 だが、それでもなお勇者一行は静まり返り、誰も口を利けなかった。
 彼の正体を知っている者も、知らない者も、その反応に違いはなかった。

 彼こそは、竜騎将バラン。
 魔王軍の一員でありながら、大魔王バーンに限りなく肉薄する実力者と目された男だ。

 不意に現れたバランに、ついさっきまで白熱して議論していたはずの勇者一行達は誰もが口を噤んでいた。
 彼が伝説と謡われた竜の騎士であると知っている上に、実際に彼と戦ったメンバーの動揺はさらに大きい。

 なにしろバランは死闘を演じた相手という他に、勇者ダイの実の父でもあるのだから――。

 人間、怪物問わずにどんな相手にも物怖じを見せないダイでさえ、言葉を失っていた。呆然としたように、突然現れた父親を見ているだけだ。

 いつも調子のいい軽口を叩くポップも、沈黙してしまっている。バランの出現に驚いて腰を抜かしてしまったポップは、しゃべるどころかその場にへたりこんで身動きさえできない有様だ。

 蘇生したとはいえ、バランとの戦いが原因で一度は命を落としたのだから、怯えるのも無理はあるまい。

 勇者一行の要というこの二人がこの有様なのに、他のメンバーが口を出せるわけがない。
 勇猛さと指揮力では他の追随を許さないレオナでさえ驚きに立ちすくむ中、最初に沈黙を破ったのはエイミだった。

「ヒュンケルっ!?」

 初めて出会ったバランの覇気に萎縮していたエイミだが、最初の驚きが収まれば彼女の目はバランよりも彼と共に部屋に入ってきた者に注がれていた。

 ごく当たり前のようにバランの隣に並ぶクロコダインではなく、彼の腕に抱きかかえられたままのヒュンケルに。目を閉じたまま、身動きもしないヒュンケルに気が付いた途端、エイミは金縛りの呪縛から解かれた。

「ヒュンケル、ヒュンケルッ、しっかりしてっ!」

 ほぼ取り乱してヒュンケルに駆け寄るエイミに、数名の人間が息を飲む。思わず止めかけたのは、ヒュンケルに近付くということが即ちバランへの接近を意味しているからだ。

 たとえ現在は静かにしていたとしても、凶暴さで知られた獣の側に不用意に人が近付くのは危険だ。
 それと同じ恐怖感から、エイミの周囲の人間は彼女を引き止めようと手を伸ばしかけた。

 だが、エイミの目にはもはや恋する相手しか映っていなかった。バランに目もくれず、ヒュンケルへ駆けつけたエイミだが、意外にもというべきか、バランは身動き一つしなかった。

 泰然と佇むだけのバランは、至近距離まで駆け寄ってきたエイミを気にも止めていないらしい。
 それにホッとしたのは見ている方だけで、エイミ本人はヒュンケルの無残な姿に悲痛な声を漏らす。

「……ひどい……!」

 実際、ヒュンケルの姿はひどいものだった。
 一見五体満足なように見えるし、目だった外傷がないとはいえ、彼の鎧は形を保っているのが不思議なぐらいの無数のひびが入っている。

 本来ならば、それは有り得ない現象だ。
 ヒュンケルの鎧は、魔界の名工ロン・ベルクの作った特製の品だ。魔法を弾き、並の鎧以上の強度を誇るの鎧は、めったなことではひび一つ入らない。

 それをここまで傷つけるだけの物理攻撃を受けたヒュンケルのダメージが、小さいはずもない。
 現にエイミが必死になってかける回復魔法にも、ヒュンケルはびくりとも反応しなかった。

 呼吸はしているから生きているのは間違いないが、回復魔法すらまったく及ばない重傷に、エイミは涙をはらはらとこぼす。

「なんで、こんなことに……っ、いったい、誰が、こんなひどいことを……!?」

 泣きながら回復魔法をかけるエイミの声音には、抑えきれない怒りが含まれていた。もし、犯人が分かったのなら彼女は力が及ばなかったとしても戦いを挑むのではないかと思わせる響きが、そこにはあった。
 だが、それを聞いていながら、バランは静かに告げる。

「私だ」

「え……っ!?」

 エイミだけでなく、その場にいたほぼ全員の目が驚愕に見開かれる。

「い、いや、待ってくれ、それは間違いでは無いがこれには色々とわけがあって――」

 慌てて執り成す様に口を挟もうとしたのはクロコダインだが、それさえ拒絶する様にバランは短く言い切った。

「事実だ」

「…………っ、そ、そんな、なんてことを……っ」

 驚きに呆然としていたエイミの顔が、見る見るうちに怒りで赤く染まっていく。ヒュンケルを一途に慕う娘にとって、その発言は潔いというよりも盗人猛々しいとしか思えない。

 相手との力の差も顧みず、エイミはそのまま怒りをぶつけようとしたが、それを寸前で止めたのはレオナだった。

「落ち着いて、エイミ。ヒュンケルは確かに重傷だけど、命には別状はないわ」

 いつのまにか彼らの側に行き、ヒュンケルに軽く手を当てているレオナは落ち着き払っていた。

 14才という若さにも関わらず、国で一番の回復魔法の使い手でもある彼女の診断に間違いはあるまい。
 それに幾分かホッとはしたようだが、それでも乙女の怒りはそうやすやすとは鎮まらなかった。

「でも、姫様……っ」

「――いいからここは控えなさい、エイミ」

 凛とした、澄んだ声が響き渡る。
 そう大きな声とは言えないのに、不思議な程によく通るその声は、王族ならではの強制力があった。
 仕えるべき姫からの直接命令に、エイミはハッとしたような表情を見せる。

「は、はいっ、姫様……っ」

 あれ程取り乱し、興奮していたエイミを一言の命令だけで控えさせたレオナは、バランへと向き直った。

「最初に、一つお聞きしてもいいかしら。あなたはどうして、この場所のことをお知りになったの?」

 多少顔が青ざめている感があるものの、バランを相手に堂々と向かう合う気丈さは見上げたものだと言うしかない。

 勇者一行とバランが死闘を演じたのは、それ程前ではない。しかも、その中でレオナはバランに殺されかけたこともある。
 だが、内心はどうあれ、表面上はレオナの様子に全く怯えは見られなかった。

「クロコダインから聞いた」

「そう……」

 小さく頷き、レオナは今度は視線をクロコダインに向けた。

「クロコダイン。
 あなたは全ての事情を見聞きした上で、この方をここへと案内したのね?」

 その質問に隠された意味は、深い。
 なにしろ、ここ、サババの作戦基地は世界各国の王達が協力し合い、大魔王と戦うために志願した勇者達を集めた場所だ。

 言わば、人間達にとって最後の砦にも等しい重要拠点だ。
 その場所を、攻撃前に魔王軍に知られては人間達の未来は断たれたも当然だ。だからこそ世界でもこの場所を知っているのはごく限られた、選ばれた一握りの者達にすぎない。

 拠点の位置を、敵とも味方とも付かぬ者に知らせる危険さを、かつて魔王軍に一員であったクロコダインはよく承知しているはずだ。
 だが、誇り高き獣王はレオナの視線を真正面から受け止めた上で、力強く頷いた。

「その通りだ」

 彼の頷きに、部屋の空気が多少なりとも変わる。
 特に、クロコダインをよく知っている者ほど、その雰囲気が強かった。
 人間を気に入るあまり、魔王軍を抜けて全力で人間達に力を貸すクロコダインの義理堅さ、人情の厚さは充分以上に信頼のおけるものだ。

 クロコダインがバランを信頼できると判断したのなら、まず心配には及ばないだろう――獣王クロコダインとは、他人にさえそう思わせるだけの度量の広さを持った男だった。

「そう、分かったわ」

 頷いて見せたものの、レオナにとっては本当はそんなやり取りをする必要はなかった。

 もちろん、彼女とて最初に衝撃を受けたのは変わらないが、バランの隣にクロコダインがいるのを見た時から、聡明なレオナには真相はお見通しだったのだから。

 いかに脅されようとも、それに屈するような獣王ではない。なのにクロコダインがバランを伴って現れたのなら、どんな事情があるにせよ、クロコダインがバランを信頼のおける共闘相手と見込んでここに案内してきたのは間違いはない。

 それを動揺する勇者一行全員に聞かせるためにこそ、レオナは多少芝居掛かっているのを承知で、クロコダインに質問をしたのだ。
 レオナが予想した通り、みんな、バランを見る目が多少なりとも変化した。特にダイとポップの反応に目を配りながら、レオナは慎重に交渉を開始する。

「ところであなたの今の発言ですけど、私達の味方になってくださる……そう解釈してもいいのかしら?」

「そんなつもりはない」

 素っ気ない返答に、レオナは顔色一つ変えなかった。
 レオナも、人を見る目には自信がある。
 やることなすこと唐突で、しかも言葉で自分の行動を説明することのできない不器用さを持つこの男が、根っからの悪人とは思えない。

 ただ、人間に絶望したあまり、人間を拒んでしまっている――レオナはそう解釈している。

 しかし、その拒絶は絶対のものではないだろうとも思っている。ダイとの戦いが、バランの心を動かしたのは疑いの余地がない。

 そもそも、勇者と本気で手を組むつもりがなければ彼がこの場に現れることすらなかっただろう。
 ここに姿を現したという事実そのものが、彼の本気を現している。拒絶していた人間に対して、わずかではあっても心を開こうとしているのだ。

 だが、それだけでは駄目だとレオナは考えていた。
 人間は、言葉によってコミュニケーションをとる生き物だ。本人の意思を、本人の口から聞くことで言葉は初めて説得力を持ち、信頼へと繋がる。

 その最初の一歩を引き出すため、レオナはバランとダイに均等に注目を注ぎながら、慎重に言葉を選ぶ。

「でも、先々に関してはともかくとして、この次の戦いには協力していただけるつもりがおありのようね」

「ああ」

 短いが、それは明確なバランの意思表示であった。

「そう……それなら、あなたの申し出を喜んでお受けしますわ」

「レオナ姫っ!?」

「そ、そんなっ!?」

 焦った声で否定気味の声を上げたのは、アキームとバウスンだった。国は違っても、魔王軍の猛攻と真正面から戦い、敗北した経験を持つこの二将軍には、その魔王軍の将を仲間として受け入れるなど思いもつかない暴挙だろう。

 実際にクロコダインやヒュンケルと敵対しながらも受け入れ、仲間としてきたダイ達と違って抵抗意識が強いのも無理はない。
 だが、レオナは敢えて否定の言葉を最後まで言わせず、声を張り上げた。

「忘れないでちょうだい、私達が今、なんのためにここにいるのかを。
 私達の目的はただ一つ……この地上を、そこに住む人々を大魔王の手から守るために。そのためだけに、私達はここに集まったはずよ」

 そう言いながら、レオナはアキームやバウスンだけではなく周囲をぐるりと見回した。

「いたずらに過去を問うのは、無意味なことだと私は考えます。大切なのは未来であり、これからのためにどう行動するかだと思っています」

 一人一人に目を合わせながら、レオナは自分の言葉が彼らの心に届くことを祈る。どんな理想も、信念も、他人に共感させることができなければ意味がない。

 だが、レオナは知っている。
 他の人の心を動かし、協力させることのできる理想は、すでに理想ではない。
 実現することのできる、現実になるのだと。

「一度は敵対したにせよ、志を共にする相手ならば拒む理由はないわ。
 それが勇者ダイの考えだし、私達の共通理念でもあります。
 悪戯に過去に拘るのは、無意味なこと。過去は取り戻せなくとも、共に未来を紡ぐことができる……私は、そう信じています」

 レオナの演説を、誰もが反論もせずに聞いていた。そのせいで、彼女が言葉が途切れた後、しばし、沈黙が訪れる。

 一種の不安すら招くその沈黙を破ったのは、ぱちぱちと気の抜けた拍手の音だった。
 自然、その音の主に注目が集まる。

「さっすが姫さん、いいこと言うねえ」

 妙に軽くて調子のいい口調は、床に座り込んだままの魔法使いのものだった。

「ポップ君……!」

 いつの間にか姿勢を整えて座り直していたポップは、さっきまでのびびりっぷりが嘘のように、開き直った口調で言ってのける。

「ま、考えてみりゃ、そうだよな。
 今は敵だの味方だのって言ってられる状況じゃねえんだし、協力してくれるって相手から言ってきてくれたんだからよ」

 そう言いながら立ち上がったポップの目は、しっかりとバランへと向けられていた。当然、バランもポップの方に視線を向けるが、今度はポップは怯える素振りすら見せなかった。
 それどころか目をしっかと合わせ、確かめるように言う。

「あんたは、魔宮の門の話を知ってるのかい? あれは……竜の騎士でも壊せないって話だけどさ」

 聞きようによっては不躾とも思える質問に、バランは初めて眉を顰める。
 それを見て、怯えに似た表情の変化を見せたのはレオナやクロコダインの方だった。バランと実際に戦った彼らは、知っている――逆鱗に触れられた時の、竜の騎士の怒りの姿を。

 理性をなくし、魔獣のごとく暴れ回るバランの凄まじさを、実際に目の当たりにしたのだ。

 そのきっかけは、些細なことからでも発生しかねない。バランの感情を揺さぶるのは、それだけで危険な行為だ。
 あの時、その場にいたどころか、その逆鱗をもろにぶつけられたポップもそれは知っているはずなのに、彼は気にしている様子も見えない。

 幸いにも、ほんのわずかの不快さを漂わせながらも、バランはその質問に対して返事をする。

「試してみなければ、分かるまい」

「そりゃごもっとも。なんせ聞いた話じゃ、今まで何百年も一度も開いたことがないっつー扉だもんなー」

 何のつもりで作ったのやらと、へらへらと楽しげにひとしきり笑った後、ポップは急に真面目な顔になった。

「そして、あんたは――ダイと、それを試してくれるつもりなんだな?」

 その言葉には、繰り出される刃に似た鋭さがあった。
 返答次第によってはただでは済まさないぞと言わんばかりの気迫が、そこには込められている。

 それは、ポップとバランの実力差を思えば、無茶にも程のある詰問だった。
 もし、バランがポップの発言に気を悪くし、彼を殺そうと思ったのなら即座に実行できるだろう。

 そんなことは、一度バランと戦ったポップ自身が一番よく分かっているはずだ。
 だが、ポップは決して引かないぞとばかりに、バランに挑むような視線を向けている。

 一瞬とはいえ張り詰める空気を案じたのか、ダイは無意識に動きかける。それはバランへ向かうとも、ポップを庇うともつかない、中途半端な動きだった。
 しかし、その時、バランが短く答えた。

「そのつもりだ」

 その答えを聞いた途端、ポップはニッと笑って勢いよくダイの肩を叩く。

「だってよ、ダイ! よかったな、これで問題解決だ!!」

「え? え?」

「ああ、心配すんなよ、おまえらが魔宮の門をぶっこわしに行く間、おれ達はしっかりとハドラー親衛隊らは引き受けるからよ」

 などと、ポップは戸惑うダイにお構いなしに調子よく肩をバンバンと叩くが、ダイは安心しきれなかった。

「確かにそうかもしんないけど、心配するなって言っても……」

 確かに元々そういう作戦ではあった。
 大魔王バーンの元へ行くには、彼の居城への唯一の出入り口である魔宮の門を砕く必要があるが、それは竜の騎士の力を持ってしても破壊不可能。

 そして、魔宮の門のある死の大地に近付いた途端、死の大地の守護を務めるハドラー親衛隊達が攻めてくるのは、必然。
 これを上手く解決するための案を、勇者一行は寸前まで散々話し合っていたのだ。

 勇者一行で最大の攻撃力を持つダイが、魔宮の門を砕くための主力に、そして親衛隊に通用する魔法を使えるポップが陽動作戦の要とする作戦が上げられていたが、それでも駒が足りなかった。

 ダイ一人の攻撃力で門が砕ける見込みは、薄いのだから。
 しかし、バランが門の破壊に加わるのなら、確かに足りなかった分の駒は綺麗に埋まる。

 だが、ダイにしてみれば別の心配もある。
 ダイとバランが組むならば、門はなんとかなるかもしれない。

 しかし、親衛隊と互角に戦えるのは、ダイ、ヒュンケル、ポップの三人だけだ。言っては悪いが、他の連中ではいても牽制程度のことしかできないだろう。

 そして、ダイが魔宮の門を引き受ける以上、囮も兼ねて親衛隊と戦うポップと一緒に戦うことはできない。さらに、ヒュンケルの今の状態を見れば、到底明日の戦いに参戦できるとは思えない。

 つまり、ハドラー親衛隊と戦うのは、実質ポップ一人ということになる。
 ポップがいくらハドラー親衛隊と互角に戦えるだけの魔法を身に付けたとはいえ、この前の戦いでポップの手の内は連中に知られてしまった。

 それだけならまだしも、相手にはどんな魔法でも跳ね返してしまう魔法道具を持った敵が混じっている。
 それを思えば、とても安心などできない。
 だが、ポップは疑われるのが心外とばかりに、肩を竦めて見せた。

「なんだよ、おめえは? 今はぐだぐだ言っている場合じゃねえだろ、とにかくあの門をぶっこわさないと先には進めないんだからよ。
 大魔王バーンを倒すためには、さ」

 その言葉に、ダイはハッとせずにはいられない。

「バーンを……そうだよね、おれ達がやらないと……!」

 怪物達の狂気を掻き立てて戦いに巻き込み、多くの村や町を戦火に包み、人間を滅すると宣言した大魔王バーン。
 彼の存在を、そのままにしておくことはできない。強くそう思うからこそ、ダイは今まで戦ってきたのだ。

 自分の中の源泉の動機を再確認したダイの顔が、見る見るうちに引き締まる。幼さを多分に残すあどけないはずの顔立ちに浮かぶのは、紛れもなく戦いを前にした戦士の表情だ。

 そんなダイの肩に両手をかけ、ポップは彼を真正面から覗きこむような格好になる。

「そうだ、おれ達がやらなきゃ世界が終わっちまうんだ。
 だから力を合わせて、やれることをやるっきゃねえだろ? おれ達はおれ達で頑張るからよ、おまえはこっちを気にせず、親父さんと一緒に門をぶっこわしてこいよ」

「うん……!」

 力強く頷いた後で、ダイは気がついた。ポップが、バランを自分の父と呼んだことに。

(あ……っ)

 今まで感じたことのない戸惑いに、ダイは思わずバランの方に目をやってしまう。

 ポップの質問を通して、バランはダイと一緒に行く意思をはっきりと示した。
 それと同様に、ダイもポップの質問に答えることで、バランと一緒に行く意思を表明したのだ。

 それに対し、バランがどんな反応を見せるのか気になったのだが、彼は泰然としたままだった。

「よかったわ、ダイ君もバランさんも賛同してくれて、なによりね。じゃあ、後の問題は親衛隊対策ね、ポップ君、こっちの地図も見てくれるかしら?」

「おう、今行くって」

 レオナに呼ばれ、ポップがダイから離れてまた円卓について会議に参加し始める。
 ポップに釣られるようにダイも円卓の自分の席へと戻りはしたものの、役割的に親衛隊とは戦わないため特に発言することもない。

 おまけに、話が難しくなり過ぎたせいもあり、とてもついていけずに黙りがちになってしまうダイは、時折、バランの方を伺わずにはいられない。
 特に見るつもりがあるわけではないのに、どうしても目を引かれてしまうのだ。

 バランは、話し合いには一切参加しなかった。
 自分の役割が決まったのなら、後の話し合いには興味が無いとばかりに、壁際まで下がって佇んでいる。

 どこを見ているともつかない静かな眼差しからは、何の感情も感じ取れない。
 無言のままで佇むバランを、ダイもまた言葉にださぬまま意識し続けていた――。


                                                      《続く》

 

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