『背中合わせの沈黙 ー後編ー』

 

「ええっ!?」

 ビックリしたあまり、ダイは手にした寝具一式を全て落としてしまう。ボトボトっと落ちた寝具を見て、マァムはわずかに眉を寄せる。

「いやね、汚れちゃうじゃない」

「あ、ごめん」

 慌てて寝具を拾い上げ抱え直したものの、ダイの動揺は収まらなかった。

「で、でも、なんでわざわざおれの部屋に……?」

「だって、他に空いている部屋がないんですもの」

 マァムの言葉は、単純明快だった。
 それに、それが事実だとはダイだって知っている。復興中だったとはいえ仮にも城なだけに部屋数には不自由しなかったパプニカ城と違い、ここはさして大きくもない砦だ。

 各国から派遣される有志の数に合わせて、廃墟の中から急遽用意された簡易的な砦なだけに、余剰の部屋なんて物はない。
 ましてや、戦いの初日に怪我人が多数出たため、なおさらだ。安静を必要とする怪我人に優先的に部屋をふったため、部屋数は全然足りない。

 戦いのメインとなる勇者一行は比較的優遇されているとはいえ、大半の人間は相部屋や、大部屋での雑魚寝を余儀なくされている。
 なにしろ指揮者であるレオナでさえメルルやエイミと同室という有様なのだ、誰か新しい人が入ってくるなら誰かと同室せざるを得ない。

 だが、怪我で寝込んでいるヒュンケルと同じ部屋を割り振るのはあんまりだとは、ダイでさえ思う。
 大体、ヒュンケルの怪我の原因はそもそもバランなのだし、それでなくとも怪我人と一緒では双方共に眠りにくいだろう。

 かと言って、ポップに同室を頼むのもよくない気がする。
 バランと会った時、ポップはひどく驚いていたし、怖がっていた。

 最終的には助かったとはいえ、一度はバランに殺されたようなものだし、無理もないだろう。
 そんな相手と同室になっては、よく眠れないかもしれない。

 それは、非常に困るとダイは思う。明日の戦いに備え、ポップには魔法力を充分に回復させてもらわないといけない。そして、魔法力の回復のためには、良質な睡眠が必須だ。

 魔法使いは普通の人以上にゆっくりと、よく眠らなければならないと分かっているだけに、無理を言う気はダイにはなかった。

(けど、マァムなら……!)

 思わず、縋るような目をダイはマァムに向けてしまう。

「えっと、それってマァムの部屋じゃだめなの?」

 マァムも一人部屋が割り振られているし、部屋の広さもダイの部屋と大差はない。それに、バランと戦わなかったマァムなら別に彼に対してなんのわだかまりもないだろう。
 いいアイデアだと思ったのだが、マァムはあっさりと一蹴した。

「だめに決まっているでしょ、男の人と同室だなんて」

 とんでもないとばかりにそう言われて、ダイはきょとんと首を傾げる。

「え、なんで?」

 野宿はもちろん、ダイとポップとマァムの三人で宿屋に泊まる時はいつだって一部屋しか取らなかったし、それをマァムが嫌がったことはない。
 それだけに、なんでダイやポップならよくてバランだとだめなのか、ダイには本気で分からなかったのだが、マァムは呆れたように言う。

「なんでって、そんなの常識でしょ。とにかく、ダイの部屋しかないんだからよろしくね。バランさんには、私から言っておくから」

 それだけ言うと、マァムは荷物をダイに押しつけて踵を返す。
 他に適当な部屋がないという実質上の都合もあるが、マァムがダイとバランの同室を薦めるのは悪気でもなければ、善意でもない。

 親子が同じ部屋で寝泊まりする――マァムにしてみれば、それは当たり前の感覚だ。

 いかに事情や行き違いを抱えていようとも、親子は親子だとマァムは考えている。平和な村で生まれ、両親の愛情に恵まれて育ったマァムには、親子であろうとも断絶せざるを得ない関係があるとは、想像すらもつかない。

 たとえ、一時的に不仲になったとしても必ず和解できると信じている。
 ダイとバランの間で繰り広げられた熾烈な戦いを知らず、あの食事光景しか見ていなかったマァムにしてみれば、彼らは不器用であっても普通の親子と思えた。

 だからこそ、マァムは当惑するダイの気持ちなどまったく無頓着に、バランを探してさっさと歩きだした――。







(え〜!? うまくできないよぉ〜)

 途方に暮れた表情で、ダイは自分の部屋の中を落ち着きなくうろつき回っていた。
 とりあえずマァムに言われた通り寝具を部屋に運びこんだものの、その後がうまく行かずにダイはおろおろとするばかりだ。

 一応、空いている木箱などを重ねてベッドらしき形を整えようとはしているが、正直な話ダイはこの手の作業は苦手だ。
 前にテランの山小屋でヒュンケルがやった時はいとも簡単そうに見えたのだが、自分でやるとすごく難しい。

 木箱や衣装箱など寝床にちょうどよさそうな置き場は幾つかあっても、全部大きさが違うためにうまく並べるのはそれだけで大変だ。
 でこぼこしている部分が多くてダイの目で見て出さえ寝にくそうだし、長方形に並べられないせいで寝具と形が合わない。

 ただでさえ不器用な方なのに、まだ来ないバランを気にしているせいで全然上手くできない。
 さっさとベッドを作って、バランがくる前に寝てしまえばいいと思ったのだが――それは完全に手遅れだった。

 ドンドンッ。

 ノックというにはあまりに鋭い、金属音にも似た固い音にびっくりして振り向いたダイの目の前で、扉が開いてバランが入ってくる。

「あ……」

 何を言っていいのか分からず、呆然と目を見開いているだけのダイと部屋の様子を一瞥したバランは、ずかずかと部屋に入ってくるとダイの手から寝具を取り上げた。

 別に乱暴な手つきではなかったが、なんの前置きも言葉もない行動だっただけに、まるで奪い取られてしまったような気がする。
 呆気に取られるダイの目の前で、バランはわずかにダイを押しやるように手を伸ばす。

 その手が、ダイに触れたわけではない。
 だが、庇うような形で目の前を遮る手に押されるような形で、ダイは後ろに後ずさった。

 それを確かめることもなく、バランは寝具を手にしたまま木箱を整えて寝場所を作る。ダイが並べようとすると歪な正方形にしかならなかった木箱は、バランの手に掛かると普通のベッドに近い大きさの長方形へと姿を変える。

 ダイがやるとデコボコとして寝にくそうだったのだが、並べ方が巧みなのかバランの手に掛かると高さもそろえられ、ベッドの体裁が整った。
 ダイが苦労しまくった時間の何分の一かの時間でベッドを用意したバランは、淡々とした口調で宣言する。

「私は、こちらを使わせてもらう」

 ほぼ背を向けるような形で一方的に告げられた言葉なだけに、ダイは返事をし損ねた。壁に向かって横になったバランの大きな背を見てから、やっとダイは思い当たる。
 この人が、自分にベッドを譲ってくれたのだ、と――。

 当たり前の話だが、いくら木箱を組み合わせてそれっぽい簡易ベッドを作ったとしても、本来のベッドの方が眠りやすいのは当然だ。
 テランの山小屋で、ダイ達がポップにたった一つのベッドを譲ったように、バランもまた、自分に眠りやすい場所を譲ってくれたのだろう。

(ありがとう、って、言った方がよかったのかな?)

 ずいぶん経ってからその言葉がダイの中に浮かんだが、それはいささか遅すぎる感があった。
 譲ってもらった直後ならともかく、これだけ時間が経ってからいうのもなんだか間抜けだ。

 それに眠ろうとしているところなら、無闇に声を掛けるのは迷惑かもしれない。

 気配で、まだ眠っていないのは分かる。だが、言葉を拒絶するように背を向けたままぴくりとも動かないバランを見つめ、ダイもまた無言のままベッドに横たわった――。








「ほんっと、起きねーよな、こいつ。ちぇっ、面倒ごとは人に押しつける気かよー?」

 ひっきりなしに憎まれ口を叩きながらも、ポップの手は休まなかった。
 意外なぐらい器用な手つきでヒュンケルの額に置かれたタオルを取り上げ、水で濡らして冷やし直してまた彼の額の上にのせる。

 その際、ポップが広げたタオルの中心部分に軽く手を当ててから畳み直したのを、レオナは見逃さなかった。

 氷系魔法でタオルの一部を凍らせ、冷たさが持続させるための仕掛けだ。しかもタオル全体を凍らせず、なおかつ凍り付いた部分が直接皮膚に触れないように内側に巧みに折り畳む手際は見事だ。

 見た目以上の魔法の技量と細かい心遣いがなければできない看病をこともなげにやる間も、ポップの文句は収まらない。

「だいたい、こいつの手助けっていっつもこんなんばっかだっつーの。美味しいところにはしゃしゃりでてくる癖して、助け方が大雑把すぎるんだよ! 細かいところは思いっきり手を抜くんだからよ〜」

 ぶつぶつと大袈裟に文句を言い続ける魔法使いの意地っ張りさ加減に、レオナは笑いを噛み殺すのに苦労する。

「さぁーて、いつまでもこいつが起きるのを待ってらんないし、部屋に戻るとしますかね」

 ふわぁと大あくびをし、ポップが腰を上げるのをレオナは止めなかった。むしろちょうどいい機会とばかりに、自分も腰を上げる。

「そうね、早く休んだ方がいいわ。特にあなたはね」

 明日の戦いでは、ポップは陽動作戦の要となる。そのためにも充分に休養を取ってもらい、本領を発揮してもらう必要がある。

「まぁな、明日は予定とずいぶん違ってきちまったしな」

 一瞬、真顔になるポップは、明日の作戦の険しさを理解しているのだろう。
 バランが参戦したとはいえ、ヒュンケルの離脱は正直、痛い。

 だが、レオナはすでに、心配すらしていなかった。
 命を張った力技で兄弟子が成し遂げようとした竜の騎士の親子の和解は、すでに最初の一歩は踏み出した。

 妹弟子のさりげないお節介もあることだし、ヒュンケルの力が及ばない分は、ポップが補ってくれるだろう。
 戦力的な意味でも、親子の和解の意味でももはや心配には及ぶまい。
 それを確信しながら、レオナは部屋を辞去した――。








(……う……ん?)

 奇妙な寝苦しさに、眠りがフッと浅くなるのをポップは感じた。
 元々、今夜はあまりよく眠れなかった。
 バランやヒュンケルの心配に加え、明日の戦いへの不安……あまりに不安要素が多すぎてとても安眠などできはしない。

 レオナほどの確信をもたないポップにしてみれば、不安を抱えたままでそれでも身体を休めるために横になっていたようなものだ。

 いつものような熟睡とは程遠く、うつらうつらとした浅い眠りをとるのがやっとだった。
 なのに、その眠りさえ破られようとしている。

(だめだ、明日のために寝とかないと……)

 無理にでも眠ろうと、寝返りをうとうとしてポップは自分の身体が全く動かせないことに気が付いた。
 一瞬、金縛りかと焦るポップの耳に、申し訳なさそうな小声が聞こえる。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 聞き慣れた声に、ポップは目を開けるよりも早く安堵を感じる。
 ポップにしてみれば、知らない間に自分のベッドにダイが紛れ込むのは、日常茶飯事だ。それに比べれば、金縛りの方がよっぽど非日常である。
 ホッとすると同時に、ポップは身体の緊張を解きながらも文句を言う。

「起こしちゃった、じゃねえよっ。バカ力だすなよな、てめーはっ。ちったぁ、手加減しろって」

 ダイに悪気がないのは分かっているが、ギュッと力ずくでしがみつかれるとポップにはいささかきついものがある。

「痛かった?」

 ポップの文句に応じてか、ダイの手から力が緩む。とは言え、ポップをしっかりと抱きしめているのには変わりはないのだが。

 まるでお気に入りのぬいぐるみにしがみつく幼児のように、けっして離そうとしない手に苦笑しつつ、ポップはようやく自由になった手を伸ばし、ダイの頭を撫でてやる。

「まったくよー。こんな時間に、いったいなんだよ?」

 そう言いつつも、ポップには分かっていた。
 ダイがポップのベッドに潜り込んでくる時は、心配や不安を抱えている時だ。

 アバンが死んだばかりの頃、ポップがなかなか寝付かれなかった時や、魔法力を使いきったポップが昏睡した時など、ダイはよくこんな風にポップにぴったりとくっつきに来る。

 ポップが自己犠牲呪文を唱えた後、特にその傾向が強くなっていると知っているだけに、ポップはダイの侵入を咎めたり、拒んだりするつもりは全くない。
 それに――今日は他にも理由がありそうだとポップは看破していた。

「眠れないのか?」

 尋ねると、ダイは素直にこくんと頷く。

「うん。なんか、寝苦しくって……眠れないんだ」

 途方に暮れたようにそう言うダイの声がやけに子供っぽく、心細そうに聞こえるのがなんだかおかしかった。

 だが、そう思ってからポップは改めて思い直す。
 人並外れた強さを持っているし、戦いに関してはしっかりとしているからついつい忘れがちだが、ダイはまだ12才……本当に子供なのだ、と。

「ここで寝てもいい……かな?」

 恐る恐る遠慮がちに尋ねるダイに、ポップは笑って答えた。

「しゃあねえな、今日は特別だぜ」

 ポップの答えに、ダイの表情が目に見えてホッとしたものになる。窓からの薄明りの光の中でも分かる程、嬉しそうな笑みを浮かべる勇者に向かって、ポップはおどけて言ってのけた。

「ホントなら、人の安眠を邪魔するような奴なんかは蹴りだしてやってもいいぐらいだけど、ま、明日は大勝負だしな」

「明日……」

 ダイの表情に、わずかに影が差す。

「明日は……おれ、ポップとは一緒に戦えないんだね」

 噛み締める様にそう言うダイに、ポップも真顔になって頷いた。

「そうだな」

 不安を覚えるのはポップも同じ――というよりも、ポップの方がその気持ちが強いかもしれない。

 今まで、ダイとポップはほとんどの戦いで一緒に行動してきた。作戦上、二手に分かれて戦ったことも今までなかったわけではないが、それはすぐに合流することを前提にしたものだった。

 明日の作戦のように、互いに互いの作戦の主力となる前提の上での別行動は、初めてかもしれない。
 離れ離れになる不安がないとは言えないが、今となっては、それは避けて通れない道だ。

 もう、最初の頃の様な、勇者に憧れる少年と半人前の魔法使いの旅ではない。
 全ては、大魔王との戦いのために――。

 勇者とその魔法使いとして、世界を救うための戦いを始めてしまった以上、ダイにはダイの、ポップにはポップの役割を果たす必要がある。

(多分、その方が勝率がいいだろうからな)

 声にださずに、ポップは思う。
 昼間の作戦会議では口にはださなかったが、ダイではなくポップが魔宮の門を砕く役目を負う作戦も、考えないではなかった。

 戦力を分散させるのは、本来愚策もいいところだ。敵が強大であると分かっているなら尚更、戦力は一点集中させて突破を図るのが有効だ。
 全員で魔宮の門に攻め込み、ダイが親衛隊達と戦って時間を稼いでいる間にポップが門を砕く――それも、一つの手だ。

 だが、その場合、それは一か八かの一発勝負になる。ポップの極大消滅呪文を使えば、確かにあの門を砕ける可能性がある。
 しかし、もし、あの門に魔法反射の効力が込められていたとすれば、呪文を放った瞬間に消滅するのはポップの方だ。

 しかも、最悪の場合、仲間達を巻き添えにする可能性すらある。以前、ポップはミストバーンに魔法を放ち、それを倍増されて打ち返されたことがある。
 敵が所持している能力が、敵の本拠地にしかけていないと断言はできない。

 マトリフの忠告を覚えていればこそ、ポップは自分が門を砕く役目を負うと志願はできなかった。

 やはり戦力を分断して囮と実行部隊に分け、ダイをメインに物理的な力任せの攻撃で門を壊すことを考えた方が、まだしも安全だろう。
 そのためには、バランの協力は願ってもないものだ。

 だが……戦力的判断とは別に、ポップはダイの気持ちの方も気になる。昼間はダイとバランの両方に、会話で言質を取ったとは言え、無理強いさせたいとまでは思っていないのだ。

「明日、おまえは明日は親父さんと一緒に戦うんだ。――いやか?」

 その質問に、ダイは目をぱちくりとさせる。

「え? そんなの……考えたこと、なかった……」

 揚げ句、初めて気が付いたとばかりにそんな間の抜けたことを言うダイに、ポップは自分の心配を返せと言いたい衝動に襲われたが、ぐっと堪える。
 首を捻りつつも、ダイは話し始めたからだ。

「えーと……なに話していいのか分からないし、あの人が何考えてるのかも分からないし、一緒にいるとなんか、息が詰まっちゃう様な気がするんだけど」

 ダイの言葉はたどたどしい上に、ひどく自信なげで途切れがちだ。

(おいおい……っ、そんなんで大丈夫なのか!?)

 そう言いたい衝動も、ポップはなんとか堪える。傍から聞いていてもどかしい上に分かりにくい話ではあるが、ダイはダイなりに一生懸命に考えつつ話しているのは間違いないのだから。

「でも……いやだっていうのとは、違うと思う」

 太い眉を思いっきり寄せながら、ダイが辿り着いた結論は、それだった。

「――そっか」

 ホッと息をつきながら、ポップは気が付く。ダイの答えを待つ間、ずっと息を止めていた自分を、自覚した。
 どうやら、思っていた以上に緊張していた様だ。

 だが、だからこそ、今の言葉に安堵できる。
 嘘やごまかしの言えないダイは、いつだって直球勝負だ。そのダイが、バランを『嫌ではない』と判断したのなら、安心できる。

「そっか……、なら、いいんだ」

「いい、のかな?」

「嫌じゃあ、ねえんだろ。なら、そのうちなんとかなるもんだって。ま、明日はがんばれよ」

 気楽に言いながら乱暴にダイの頭を撫でてやると、ダイもやっと納得したのか笑顔を見せる。

「うん……! ポップもね」

 強く頷いた小さな勇者は、甘えるように魔法使いにしがみつく。その力がいささか強すぎてちょっとばかり苦しいなと思ったが、ポップはダイの好きなようにさせてやる。

 いささか窮屈だが、こんな風に互いの体温を感じているのは、気分的に落ち着く。いろいろと感じていたわだかまりや、強張りが溶けて、気持ちが解けていくような感じだ。

 そんな風に感じているのは、ポップだけではない様だ。
 ようやく眠気を感じだしたのかダイもあくびをしているのを見て、ポップは毛布をかけ直してやった。

「じゃあ、そろそろ寝ようぜ。おやすみな、ダイ」

「うん……、おやすみ、ポップ……」

 そして、二人ともそのまま、眠りについた――。







「ちょっと! ポップ、いつまで寝ているのよ、寝坊もいい加減に――あら? ダイ、ポップの所で寝ていたの?」

 翌朝、ノックもせずにいきなり部屋に飛び込んできて毛布をはぎ取ったマァムが、目を丸くしてダイとポップを見やる。
 ダイの方はマァムがやってくると同時に目を覚まして即座に起きたが、ポップの方はまだ眠いのか身を縮めて丸まってしまっている。

 もっともマァムも慣れたもので、すぐに起きないポップを容赦なく揺さぶり、後5分で起きないとベッドから叩き落とすわよと脅しをかける。
 見慣れたポップとマァムの朝の攻防を見ながら、ダイは気になっていることを聞いてみた。

「おはよ。あのさ、マァム、その……あの人は?」







 険しい岩山の頂上に、その男は立っていた。
 そう高い場所ではないとはいえ、足場も不安定な上に風に吹き曝しになる場所であり、決して居心地のいい場所とは言えない。
 取り柄と言えば、見晴らしがいいところぐらいのものだ。

 だが、男は危なげもなく悠然とその場に佇んでいた。
 それは、誰に強制されたわけでもない。

 朝早くに起きてきたバランは、進められるままに簡単な朝食を取った後、出発の時間まで見張りをしていると言い残し、自分からそこに行ったのだという。

 確かにそう思ってみれば、見張りには絶好の場所と言えなくもない。
 だが、どうしてもそこで見張り続けなければいけない状況でもないし、わざわざ居心地の悪そうな場所を選んで立っている気がしれないというのが、見物している者達にとって共通の見解だった。

 むしろ他人を拒むために、容易には近付けないところを選んでわざわざ立っているかのように見える――。

「バランさんは、ずっとあそこにいられるんです。作戦開始時までこちらにいた方がいいのではないかとお引き止めはしたんですが、必要ないとおっしゃって……」

 そう説明するエイミの口調は、いささか固い。
 ヒュンケルに重傷を負わせたバランに対して印象が悪いせいもあるだろうが、チームワークを重視する勇者一行の行動を見ているだけに、バランの自分勝手な行動に対して憤りも感じているのだろう。
 だが、レオナは苦笑しただけだった。

(こればっかりは仕方がないわ)

 本人から共闘を申し出てきたとはいえ、元々、バランがこちらに協力する義理などない。ましてや、こちらの都合に合わせて足並みを揃えろと要求することなど、できやしない。

 戦いの手順についての打ち合わせは、すでに済んだ。後は実行するだけであり、ぎりぎりの時間まで彼が一人でいたいというのであれば、自分達にはそれに口出しをする権利はあるまい。
 ただ――レオナは、ダイを見ずにはいられない。

「…………」

 近付くのに躊躇を感じているのか、ダイもまた、ここから動かない。だが、バランから目を逸らすこともできないのか、じっと彼の方を見ているダイの姿が気にかかる。

 ダイのことを思えば、もう少し、父親であるバランから歩み寄って欲しいと思うのは贅沢というものだろうか。
 親子でありながら遠い距離感を漂わせるダイとバランにもどかしさを感じたのは、おそらくレオナだけではなかっただろう。

 だが、誰も口を出せずにいる中、ダイの背をぐいっと押したのはポップだった。

「わ!?」

 たいした力ではないはずだが、ダイにとってはそれは不意打ちだったらしい。驚いた弾みで2、3歩踏み出したダイの背に、ポップは気軽な口調で声を掛ける。

「行ってこいよ、ダイ」

 その言葉が、ダイに踏ん切りを与えたのは間違いなかった。

「……うん!」

 地面を強く蹴ったダイの身体が、宙に浮かぶ。そして、そのままバランの方に向かうのを一同は見た。
 だが、それを見てもなお、一同の顔からは不安の色合いは完全には消えたわけではなかった。

「……ダイさんを行かせてしまって、よろしかったんでしょうか?」

 特に心配そうな顔をしているのは、メルルだった。
 消え入りそうな声でぽつんと囁かれた言葉は独り言のようなものだったが、ポップがあっけらかんと返事をする。

「いいも悪いもないって。
 あんな所にわざわざいるってことは、あっちだってそのつもりで待っているんだろうしさ」

「――――!!」

 その言葉に、一同は改めてバランの居場所に見直す。
 確かに、バランがいるのは岩山の天辺だ。普通の人ならそうそう登れないし、そもそも登ろうとも思わない様な場所だ。

 そこに気楽に行けるのは、空を飛ぶ能力を持った者達だけ……それに気付けば、バランの立ち位置がさっきと違った意味に見えてくる。

「そうかもしれないわね。ううん――きっと、そうだわ」

 レオナは小さく、頷いた。








 ダイは、慎重に岩山の天辺に下り立った。
 ダイにとって飛翔呪文は、やっと最近使えるようになったばかりの呪文だ。あまり得意とは言えない分、自然にゆっくりとした動きになる。
 そんなダイの姿が、バランが見逃すはずもない。

 だが、バランはダイに何も言わなかった。自分と同じ場所に下り立ったダイを見届けてから、わずかに身体の向きを変える。
 完全に自分に対して背を向けたバランを、ダイはしばらくぼうっと見ていた。

 背を向けるその態度を、拒絶と受け止める人間は多いだろう。
 だが、戦士にとって背中を見せるという行動は、全く別の意味を持つ。戦士にとって、敵に背中を見せるという行動は有り得ない行動の一つだ。

 有り得ないというより、決してしてはならない行為と言った方がいいかもしれない。
 背中は、人間にとって無防備な急所の一つだ。それをわざわざ敵に向けるということは、それだけで命を危うくする行為だ。

 翻って言うのなら、戦士にとって背中を見せられる相手というのは、味方だけだ。相手に信頼を置かなければ、背を預けるなんて真似はできはしない。
 それに気がついた途端、じんわりと胸の奥が熱くなった。

(この人は……おれを、信頼してくれているんだ……!)

 バランは何も言わないし、ダイ自身も何を言っていいのか分からない。だが、それでもバランが見せる無言の背中は、前とは少し違って見えるような気がする。

 しかし、以前とは違うその背中に、どう応えればいいのかはダイには分からない。だから、ダイはバランに習って自分も彼に背中を向ける。

 それは、近い様で遠い距離だった。
 体温の感じられない距離だし、ピリピリとした緊張感の様なものを感じずにはいられない。
 また、見ている方向もまるっきり正反対だ。

 だが、それでいて、背中合わせの距離は世界で最も近い場所でもある。
 竜の親子は互いに互いを意識しながらも無言のまま、背中合わせに佇み続けた――。


                                     END


《後書き》

 470000hit 記念リクエスト、『二次道場向けで、死の大地での戦いの前、バランが戦列に加わる所〜ダイとバランが背中合わせで立つシーンの間を埋める話をお願いしたいのです』でした♪

 ポップやマァムが意外にお節介しまくっていますが、バランパパさん、根本的にコミュニケーション力が足りていませんっ(笑) 若いパパさんのためのイクメン講座でも受けた方がいいですよ、絶対!

 まあ、冗談はさておき、原作でダイとバランがまったく話していないような雰囲気だったので、捏造話でも『会話らしい会話をさせない』のを前提に、不器用な親子の半日を追ってみることしました。

 公式ガイドブックを見る限りでは、バランが合流した翌日に即、死の大地への突撃なのでこの親子が一緒に過ごせた時間ってすごーく少ないんですよね〜。

 ところで、今回ふと気がついたのですが、ヒュンケルって実は、作品中でお姫様抱っこされるシーンが2回もあるんですね(笑)

 マァムとクロコダインに一度ずつお姫様抱っこされています。まあ、形はお姫様抱っこでも、なんというか、いまいち色気にかけるとゆーか、消防隊員が要救助者を抱きかかえているかのような印象を受けるんですが。

 そして、筆者はさらに気がついてしまいました。本物のお姫様なのにレオナは一度だけ……これはポップと同じ記録です(笑)

 しかし、レオナがお姫様抱っこされているシーンって、最初の頃のダイなので身長的にすごく難ありだったりします。
 手なんかほとんど引きずりそうだし、

 体格差のあるアバンに抱っこされたポップの方が、絵になるお姫様抱っこシーンだったような気がしますね(笑)
 とりあえず、個人的にベストオブお姫様抱っこシーンは、ポップがメルルを抱き上げているシーンを押しますっ! ポプマ派ですけど♪

 …いや、推薦したくても、ポップがマァムを抱き上げているシーンがないもので(笑) ヒュンケルがマァムをお姫様抱っこ、なおかつマァムからヒュンケルに熱烈に抱擁シーンならあるんですけどねー。

 

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