『綻びていく秘密 1』

 

「ふうむ、こいつはいい。こんな上物は、久し振りだ」

 どちらかと言えば無口で、無愛想なはずの武器職人は珍しく顔を綻ばせ、喜色を現す。 その喜びようは、極上の酒をもらった時に匹敵するものだった。
 彼が手にしているのは、黒っぽいだけの、やたらと軽い石ころのような固まり。

 普通の人間なら特に興味も持ちそうもないその固まりを、彼はこの上ないプレゼントでももらったかの様に、上機嫌で何度も眺めまわす。
 ロン・ベルクの家に立ち寄ったヒュンケルとラーハルトが土産にと渡したのは、旅の最中に彼らが偶然手に入れた鉱物だった。

 ヒュンケルは知らなかったが、ラーハルトに言わせるとそれはミスリル銀と呼ばれる非常に珍しい鉱物らしい。
 強度があり、魔法力によく反応する性質を秘めている上に金属離れした軽さを持つため、主に魔法使いの装備に使われる金属だと言う。

 もっとも珍しすぎて普通の職人では扱い方さえろくに知らないような代物で、いつものように冒険の収穫品として適当な店に売り飛ばすこともできない。
 どうせ自分達には意味がない物なら、活用できる者へ渡した方がいいだろう。その程度の考えで渡しただけの土産だったが、ここまで喜んでもらえるとは悪い気がしない。

「貴重な物を、どうもありがとうございます。話には聞いたことがあるけど、ボクは本物のミスリル銀を見たのは初めてですよ」

 そう礼を言いながら、ノヴァはそつのない動作でヒュンケルとラーハルトにお茶を差し出す。
 ラーハルトは別になんとも思わなかったようだが、ヒュンケルにはノヴァの変化は目についた。

「……ずいぶんと、背が伸びたな」

 本心からの驚きを込めて、ヒュンケルはノヴァを見返した。
 元々、ヒュンケルはあまりノヴァとは親しくはなかった。
 その上、ヒュンケルがノヴァに最後に会ったのは、ダイが行方不明になった直後辺りの頃だ。

 それからというものの、彼とは会う機会がなかった。
 ノヴァが故郷リンガイアに帰り、復興のために大いに力を貸しているという噂なら、聞いている。
 去年には最年少の将軍の地位にもついたと、レオナからの手紙で知らされた。

 その際、ノヴァがロン・ベルクの通いの弟子となって、リンガイアとランカークスを往復しながら鍛冶の修行をしているとは聞いたが、自分の目で見たのはこれが初めてだ。
 以前に会った時のままの印象で固定されていたため、ノヴァの変化はヒュンケルの目には鮮烈だった。

 まず、背が伸びたのは一目瞭然だ。
 前は見下ろす位置に頭があったはずの少年は、今は視線が多少下がる位置ほどまでにその差を詰めていた。

 前はいかにも貴族の坊っちゃんと言った育ちの良さが拭えなかったのだが、今は職人風の格好が様になっている。
 ついさっきまで鍛冶仕事をしていたのか、邪魔な髪の毛を無造作に布で覆い、袖のない上着に簡素なズボンだけというワイルドな格好が、今ではノヴァにしっくりと合っていた。
 いかにも少年らしい頬の丸みも今はやや削げ落ち、子供っぽい雰囲気が薄れた代わりに、男らしさが増したように見える。

 そう見えるのは、筋肉のつき方が以前より増したせいかもしれない。将軍という兵役についたせいか、鍛冶という力仕事を日常的に行っているせいか、肩回りなど以前よりも一回り以上逞しくなっているのが一目で分かる。

 火傷や小さな傷が無数についた両腕は、痛々しさよりも本職ならではの逞しさの方をより強く感じさせる物だった。
 まだ青年と呼ぶには少々早いかもしれない。だが、出会った時は少年以外の何者でもなかったノヴァが、確実に少年から青年へと近付いているのがはっきりと見て取れる。

 さすがに成長期というべきか、16才から17才への一年間はノヴァに大きな変化をもたらしていた。

「そうですか? 自分では、あまり分からないんですが」

 それに精神の持ち様も以前とは違ってきたのか、背が伸びたという褒め言葉をノヴァはさらりと受け流す。
 ダイと比べられることに異常な程に拘り、自分を大きく見せようと肩肘を張って背伸びしていた頃とは、明らかに違う余裕が生まれたようだ。

「そういえば、ついこの前、ロモスでポップに会った時にも同じことをいわれましたっけ」
「ポップに会ったのか?」

 思わぬところから飛び出してきた弟弟子の名に、ヒュンケルは思わず耳をそばだてる。


「ええ。彼は相変わらずですね、王との面談の場だというのに旅人の服姿のまま、いつもの口調のままなんですから。
 おまけに、ちょっと目を離すとルーラで出かけようとするし」

「ふん。あいつらしいな」

 憎まれ口の様なラーハルトの相槌に、ヒュンケルも同感だった。
 身分に無頓着で、どこにでもひょいひょいと魔法で飛んでいく弟弟子の変わりのなさは聞いていて、微笑ましく感じられる。

 ポップが宮廷魔道士見習いとして各国に留学を始めたのは、もう一年以上も前のことだ。 もっとも、ポップは忙しいはずの留学生活の合間も、相変わらず魔法を使って好きな所を飛び回っているらしい。

 レオナや他の仲間達とは頻繁に連絡を取っているらしく、ヒュンケルやラーハルトがどこに行っても、あちこちで彼の噂は聞く。
 そのせいで、長い間会っていないという実感が薄い。

 だが冷静に思い返せば、ポップが留学を開始する直前にパプニカで会ったのを最後に、それっきり会っていない。

「ポップは、元気だったか?」

 思わずそう聞いてしまうのは、ヒュンケルが最後に会った時は、ポップが体調を悪くして寝込んでいたせいだろう。

 ポップの活躍を耳にしている以上、彼が元気になったのは疑いようがないのだが、ヒュンケルの中では、ダイを探して憔悴しきっていた頃のポップのイメージが拭いがたく残っている。

 魔王軍との戦いの時に魔法を使い過ぎた後遺症で健康を損ね、休養を薦められたのにも関わらず、倒れるまで無理を繰り返していた。
 そのイメージを払拭してくれる話を聞きたいと思って振った話題に、ノヴァはわずかに眉を潜めた。

「うーん。元気だった、と言いたいところなんですが…………」

 ノヴァはためらうように口ごもったあげく、ボソリと呟いた。

「ちょっと、疲れているというか……どこか無理しているように見えましたね。痩せたというか、一回り小さくなったというか  」

 そこまで言ってから、ノヴァは自分の言葉に、ヒュンケルのみならずラーハルトまでもが凝視しているのに気づいたらしい。場を執り成すように、フォローを入れる。

「あ、でも、そう見えただけで、話したらすごく元気そうでしたよ! あの軽口も変わっていなかったし、ずいぶんと頑張っているみたいでしたし!」

 そう言えば、こんなことがあったといかにもポップらしいエピソードを語るノヴァの話に耳を傾けながら、ヒュンケルは一抹の不安を消せなかった――。

 

 

 ゆったりとした袖のついた長衣の服装は、見る人が見れば一目で賢者の衣装と分かる豪華な品だった。
 それも、高位の賢者が儀式の時に着るような特上品だ。

 だが、それだけ豪華な衣装を着ているにもかかわらず、頭には黄色のバンダナを巻いただけの格好なのがちょっとアンバランスだが、それは目立つまい。
 なにしろ、そんな立派な賢者の衣装を着ているのがほんの14、5歳ほどの少年だという事実の方が、よほどアンバランスで目立つのだから。

 大人達に囲まれているせいか、その少年は実際以上に小柄に見えた。だが、会話の主導権を握っているのは、明らかに彼なのが見て取れる。
 大人達が見せる態度が礼儀以上の尊敬や敬意の籠ったものなのも、一目瞭然だ。

 自分よりもはるかに年上の兵士や文官達に書類を片手にあれこれと話している少年を、ヒュンケルは邪魔をしないように離れた場所からじっと見つめていた。
 やがて話が終わったのか、男達が散り散りに去っていく。さすがにホッとしたように大きく息をついた少年は、なにげなくこちらを見て――目を大きく見張った。

 強い驚きに目をまんまるくしている少年に向かって、ヒュンケルは軽く手を上げてみせた。

 別に、呼ぼうと思ったわけではない。
 彼が忙しそうなのは見て取れたし、それを邪魔するつもりなんて最初からない。単に挨拶を送るだけの仕草、それだけのつもりだった。

 だが、そんな意図を読めないはずはないだろうに、彼は立派な衣装の裾を蹴散らしつつ、ものすごい勢いでこちらに走ってきた。
 城の中でそれは行儀が悪いのではないかとヒュンケルはちらりと思ったものの、それを注意するよりも彼が駆けつけてくる方が早かった。

「ヒュンケル?! てめえ、なんでここに……っ?!
 だいたい、今まで一年以上音沙汰無しで、どこに行ってやがったんだよ?! 相変わらず、変なタイミングで登場してきやがるんだな、てめえは! もう、姫さんに挨拶したのか?! それとも、まだなのかよ。あ、ラーハルトの奴はどうしたんだよ? まあ、あいつに限って死ぬわけねえと思うけどよ」

 驚きから喜び、さらに怒りの感情へと、目まぐるしく動く表情の変化を見せるのが、ヒュンケルにはなんとなく嬉しかった。
 ポンポンと叩きつけられる文句でさえ、以前とまるで変わりがないのが心地好い。

 だが、あまりに質問のテンポが早すぎて、無口なヒュンケルでは返事をする余裕がないのが、困るといえば困る。
 答えようとする前に、もう相手は次の文句か質問をぶつけてくるので、その度に生真面目なヒュンケルはどちらを優先して答えるべきか一瞬、考えてしまう。

 結果、黙り込んでいるヒュンケルに、一方的に少年ばかりが話しかけてくる図になってしまう。
 しばらくそうした後、少年の機嫌は大きく斜めの方向へ傾いたらしい。

「なんだよ、なんだよ、せっかく久しぶりに会ったってえのにろくに話もしないでだんまりを決め込みやがってよ! 相変わらず、スカした野郎だな!!」

「…………」

 矢継ぎ早の質問をぶつけられた揚げ句、この結論は理不尽だと思わないでもないヒュンケルだが、とりあえず彼が黙ったのでやっと口を開くことができた。

「――元気そうだな、ポップ」

 一年振りに再会した弟弟子に、ヒュンケルはようやく挨拶の言葉を投げかけた。

 

 

「へー、じゃあ、おまえらはしばらくパプニカに滞在するのかよ」

 数分後、なんとか機嫌を直したポップは、書類を抱え込んだままてくてくと歩く。
 その足取りに合わせて並んで歩くのに、ヒュンケルはいささか苦労する。ずいぶんと長い間、山だの森だの荒野だのを旅していたヒュンケルにとって、固い石できちんと整備された床というのは馴染みが悪い。

 おまけにしばらくの間ラーハルトと一緒に旅をしていたせいか、常に早足のような速度で歩く癖がついてしまって、気を抜くとポップを置き去りにしそうになる。
 ポップに合わせてゆっくりと歩くのに、ヒュンケルはかなり難儀していた。

 だが、もっと急げないのかなどと言えばせっかく直ったばかりのポップの機嫌が悪化するのは見えているし、今は早く歩けと急かす理由もない。
 それに、行く先はポップしか知らない。
 ちょうど昼だし、食堂で飯でも食わないかと誘ったのは、ポップの方だ。

 大戦中もパプニカ城に長くとどまらなかったヒュンケルより、ポップの方がはるかにこの城の構造には詳しい。
 彼の案内に付き合うため、ヒュンケルは意図的にゆっくりと足を運ぶように努力する。


「ああ。姫のご許可がおりたからな」

「なんだよ、初耳だよ?! そんな話、まだ姫さんから聞いてないぜー。ったく、余計な注文やらお説教は毎日のようにしてくるし、こまめに伝言もしてくるのに肝心な話は遅いんだからよ!」

 いささか膨れて、ポップが文句をつける。

「それにしても、おまえらもおまえらだよ。昨日のうちにここに来たんなら、もっと早くおれんとこにも来れただろうによ。
 おれの部屋の場所ぐらい、知っているだろ?」

 もちろん、それは知っていた。だが、ヒュンケルにはヒュンケルの事情があったのである。

「到着が遅い時間になったからな。寝ているのを起こすのも悪いだろう」

「なんだよ、人を子供扱いして! ガキじゃあるまいし、んなに早寝するわけねーっつの」
 むくれるポップの表情を見ていると、どうみても子供っぽさを拭えないのだが、ヒュンケルは敢えてそれ以上は説明しなかった。
 だいたい、できるはずはない――みっともなさすぎて。

 城を訪れた礼儀として、ヒュンケルとラーハルトはまずは城主であるレオナに面会を求めた。だが、半分とは言え魔族のラーハルトと一緒だったせいで門番に警戒されまくってしまった。

 しかも、口下手なヒュンケルが自分がアバンの使徒だと説明しなかったため揉めに揉め、もう少しで牢屋に放り込まれかねない状況だったのである。
 結局、事態解決に乗り出してきたアポロがヒュンケルの正体に気がつき、レオナと無事に面会はできた。

 だが、門番らや兵士達が自分達の無礼さに青ざめ態度を一転させて謝罪をするなどの騒ぎになったため、それが解決するまで相当時間がかかってしまった。
 結局、話が片付いたのはすでにとっぷりと夜になってしまったのだ。

 ポップが確実に寝ているかどうかは分からない時間だったが、起こすにせよあるいは寝る時間を遅らせるにせよ、わざわざ睡眠を妨げるのはためらわれた。

 急ぐ用事があるわけでもないし、しばらくパプニカに滞在する予定なのだから面会を焦る必要もないと思ったのだが、ポップの方はヒュンケルのその判断が不満らしい。
 まだどこか不貞腐れた表情だったが、それでもようやく話題を変えてくれた。

「それにしてもさ、おまえらなんでいきなりパプニカに来たんだよ? この辺の捜索とかは、真っ先にやったんじゃなかったっけ? この辺に、何か用事でもあんのか?」

 訝しげな質問に、ヒュンケルは思わず苦笑する。
 この辺になど、用はない。
 用があるのは、ここ――正確に言うのなら、ポップにだけだ。

 だが、聡い癖に自分の価値には鈍感な弟弟子は、その可能性は全く思い当たらないらしい。

「おまえだけならまだ、姫さんに用があるのかと思ったけど、ラーハルトもってのが意外だったぜ。
 あいつなら用事なんかおまえに押しつけて、さっさと先に進みそうなタイプだと思ってたのに」

 容赦のないポップの言葉だが、ヒュンケルもまったく同感だった。
 ノヴァからポップの次の留学先がパプニカだと聞き、ヒュンケルはパプニカにしばらく戻りたいと提案した。

 それは、ある意味でラーハルトとの旅を中断させたいという提案に等しかった。
 一緒に旅をしているとはいえ、ヒュンケルとラーハルトはそれほど仲がよいとは言えないものがある。
 ダイやポップのように、何があっても無条件に一緒にいるという感覚など皆無だ。

 次にどこに行くのかを互いに提案することはあるし、反対する理由がない限り一緒に行動しているものの、意見が分かれた時には別行動を取るという暗黙の了解が二人の間にはある。

 だからこそ、久々にポップの安否を確認したいというヒュンケルの個人的な欲求に基づく寄り道など、主君の捜索第一主義のラーハルトは拒否すると思っていた。
 正直な話、ラーハルトが反対どころか文句の一つも言わずについてきたことが、ヒュンケルには不思議なぐらいだ。

 それだけにその理由が気にかかっていたが、ポップの方はさして気にもしていない様子だった。

「まっ、それよりおまえら、覚悟しといた方がいいぜー。姫さんってあれでちゃっかりしているからよ、居候にただ飯なんか食わせてくれないぜ。絶対、なんか用事をいいつけられるようになるに決まってら!」

 楽しそうなポップの声を、ぶっきらぼうな一言が断ち切る。

「それは願い下げだな」

 それに驚いて振り返ったのは、ポップだけだった。ヒュンケルの方は、足音をほぼ立てないラーハルトの接近にとっくに気が付いていたのだから、驚くには値しない。
 が、ポップは目を丸くして半魔族の青年を見上げる。
 しかし、その驚きはすぐに笑みへと変化した。

「ラーハルトッ?! なんだよ、おまえ、いつの間に?! 人を驚かせんなよ、ったく、おまえもヒュンケルの奴と一緒だな、狙ったタイミングででてくるんじゃねえって。
 はははっ、でも、元気そうじゃん、おまえも!」

 

 

「しっかしよ、おまえらって、なんか……なんとなく雰囲気変わったよなぁ」

 ポップがそう言ったのは、再会の挨拶が一通り済み、場所を食堂に移した後だった。ついさっきまでおおはしゃぎしてあれこれおしゃべりしていたポップもやっと落ち着き、銘々がセルフサービス式の食事を手に席に着いたところだ。

 ポップがしみじみとした口調でそう言うのを聞いて、ヒュンケルとラーハルトは軽く目を見合わせた。
 自分では、全く心当たりがなかったからだ。

「そうか?」

「そうかって、自分で気付いてないのかよ? なんかさー、二人とも日に焼けて前より逞しくなった感じじゃねえか。肩回りとかも厚くなった感じだし……ずりいよなー」

 何がずるいのかは分かりかねるが、そう言われれば思い当たらないでもない。
 特に前と比べて鍛えているつもりはないが、旅を続けていれば自然に体力も使うし、日に当たる時間が以前より増えたのは当然の話だ。

 それに、ヒュンケルにしろラーハルトにしろ、まだ年齢的に伸びしろはある。さすがに身長の伸びは止まっただろうが、まだまだ筋肉をつけていくことはできるだろう。
 それを妬まれたり、文句を言われてはヒュンケルとしては困るのだが。
 しかし、ラーハルトは辛辣だった。

「ふん、馬鹿馬鹿しい。そう言う貴様は、そう変わったようには見えんな」

 戦いの時と同様、ずばっと切り付けるように核心を突くのは、いかにもラーハルトらしい。
 ムッとした顔になりながら、ポップは膨れて文句を言い返す。

「なんだよ、どこに目をつけてんだよ? これでも最近は、結構魔法使いっぽく見えるようになったって言われてんのによ」

 確かに、今のポップは前よりも格段に魔法使いらしく見える。
 だが、ラーハルトの目は確かだった。

「ああ、見掛けはな」

 今のポップは、以前よりも大人びた印象は確かにする。
 だが、それは主に衣装の影響だ。以前はどう見ても普通の少年と大差のない旅人の服を着ていたが、今は賢者か魔法使いの盛装のような格好をしているのだ、その差は大きい。
 だが、中身はといえば――あまり変わったようには見えない。正直に言ってしまえば、ほとんど変わっていないようにさえ見えてしまう。

 15才から16才へ。
 自分がその年齢ぐらいだった頃を考えれば、予想以上に成長していない。普通ならそろそろ男っぽさが出てきはじめる年頃だが、ポップはいかにも少年と言った線の細さが抜けきっていない。

 顔立ちもまだまだあどけなさが強く残っていて、ヒュンケルの記憶の中のポップとの相違点が見当たらない。
 感情を隠さず、そのまま顔に出すところも変わっていないせいで、よけいに子供じみた印象が拭えない。

「そもそも、ろくに食べないから伸びないんだろう」

 と、ラーハルトは不作法にも食べているフォークでポップのトレイを指す。
 食堂に備え付けのトレイの大きさは同じだが、ポップの選んだ食事の量はずいぶんと控え目だ。

 昼食だから軽くしようとしたヒュンケルやラーハルトのトレイに比べると、半分以下である。
 しかもがっつりと肉がメインなヒュンケル達の食事と違い、パンとスープがメインとしか言い様がない、ダイエット中の女子のような細やかさな食事だ。

 育ち盛りの男子としてはずいぶんと軽めの食事に、ラーハルトはさも馬鹿にしたかのような一瞥を送る。

「そんなちゃらちゃらした格好をするより、もっと食べたらどうだ」

「余計なお世話だ! 今日は、あんまり腹がへってないだけだっつーの!
 それに、おれだって好きでこんな格好をしてるわけじゃねえよ! あちこちの城に出入りしていると、身なりとかも気にしろってうるさく言われるんだよ!!」

「喧しい。食事中に騒ぐな」

「てめえからケンカふっかけといて、なんだよ、その言い草はっ?!」

 激しく言い争う  と言うよりは、やたらと突っ掛かるポップをラーハルトが軽くいなしている印象が強いが、元気いっぱいのやり取りにヒュンケルは微笑ましさを感じていた。 いかにもポップらしい気の強さや、ぽんぽんと文句をぶつける言い草が、懐かしかった。そういう点では、ポップはほとんど変わっていない。

 他人を巻き込むこの調子のよさが、懐かしかった。
 普段なら沈黙を押し通し、他人とはほとんど会話をしないラーハルトでさえ、ポップが相手だと引きずられるというのか、こうしてやりあっているのだから。

 一年という空白時間などなかったかのように、前と同じく接してくる弟弟子にヒュンケルは大いに安堵していた。
 だが――ふと、疑問が浮かばないでもなかった。

 変わりがないのは嬉しいが、あまりにも変わりがなさ過ぎるのではないか、と――。
                                    《続く》

 

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