『幻の王と夢の呪文 ー前編ー』

 

「しっかし、つくづく思うけど、王女様や女王様ってのは大変な商売なんだなぁ」

 やけにしみじみとそう呟く魔法使いの少年の言葉に対して、眉目秀麗、勇猛果敢で知られる美貌の王女は済ました顔でさらりと答えた。

「あら、今頃分かったの?」

 当たり前じゃないと言わんばかりのしたり顔で答える間も、レオナは目を書類から離さないままだ。
 書類に目を通し、末尾にサインを書き込むという単調ながらも集中力と根気のいる作業をさっきから何度も繰り返している。

 時として赤いペンでさらさらと修正を加える作業も発生しているせいか、机の片隅におかれた書類の山はなかなか減らない。
 ポップから見れば見るだけでゲンナリする作業だが、レオナは文句も言わずにせっせとその仕事をこなしている。

 それをチラッと見てから、ポップは再び目の前の机の上に広がる古文書や古書の類いをうんざりとした目で眺めやる。
 読書は割合に好きな方だが、自分の趣味とは全く異なる本を読むのはあまり面白くはない。

 ことに、法律関連の文章は時代を問わずに面白さとは対極にあるものだ。
 形式張っていてやたらと堅苦しく、また、誤解を誘っているとしか思えないような曖昧な部分や、幾通りもの解釈できそうな難解な文章の羅列である。

 正直、ポップとしてはちょっと見ただけで投げ出したくなってしまうのだが、生憎とそうする訳にもいかない。
 これには、ダイとレオナの結婚のための切り札となる可能性が含まれているのだから。
 世界を救った勇者であるダイに、パプニカ王女であるレオナ――おとぎ話や伝説ならば、彼らが物語の終わりに結婚をするのはごく当然の展開だし、理想的なハッピーエンドと言えるだろう。

 だが、現実はおとぎ話とは違うものだ。
 いくら勇者ではあっても一般市民と一国の王女が結婚するのは、相当に難しい。
 まあ、家柄で言えばダイはれっきとした王族なのだが、駆け落ちの最中に生まれたダイは故国アルキード王国でさえ正式な王子と認められてはいなかった。

 その上、父親であるバランは純粋な人間ではなく、しかもアルキードそのものがすでに滅びてしまった現在では、ダイを王子だと立証するのは難しい。
 おまけに苦労して証明させたとしても、土地すら残さずに滅亡してしまったアルキード王国出身の王子という身分では、他国の姫との結婚に有利な肩書きとは言えない。

 さらにいうのであれば、レオナはただの王女ではない。
 唯一の王位継承者であり、パプニカ王国の女王となる身だ。他国に嫁ぐ王女よりも、もっと結婚相手には慎重になる必要性がある。

 ただでさえレオナが女王となるのに不満を感じ、反対する派閥が存在するのだ。そんな相手にとって、ダイとレオナの結婚が反対材料の一つになるのが目に見えている。
 それを押さえるためにも、理論武装は重要だ。

 たとえ神話級に古い話ではあっても、先例がある話ならば相手を説得しやすい。法律を盾に文句をつけてくるような連中ほど、先例や法律という戒律に縛られやすいので、巧くそこを突けばいい。

 こちらの意見に賛成させるのは難しくとも、反対を抑えることぐらいはできるようになる。

 だが、困ったことに古文書を解読できる文官は、ごく少ない。
 非常に難解で習得に時間が掛かる文章なだけに、三賢者でさえそれほど読めるというわけではない。

 古文書を解読できるぐらいの技術がある文官ともなれば、老齢の者に限られている。……が、年のせいかいささか頑固になった文官達はそろいもそろってダイとレオナの結婚には難色を示している。

 さすがに表立って反対はしないが、その代わり決して賛成できないと控え目に意思表示している連中である。彼らに命令しても、古文書の中からダイ達の結婚について有利になるような材料を見つけてはくれないだろう。

 あるいは発見したとしても、レオナ達がそれを読めないのをいいことに気が付かないふりをしかねない。

 古文書を読める知識を持ち、なおかつダイとレオナの結婚に賛成してくれる人材――その両方をかなえるのは、ポップしかいなかった。
 勉強嫌いのポップは時間が掛かる上に面倒な作業を最初は嫌がったものの、レオナの誠意溢れる脅し……いや、説得に結局は応じた。

 それ以来、しぶしぶながらも地道に作業を進めている。
 各国の法律や古文書の解読を続けているが、思うような成果も上がらないせいか、疲れやストレスがたまってきているらしい。
 溜め息混じりの愚痴が、時々こぼれ落ちるのも無理はないだろう。

「いっそ、姫さんが男だったらもっと楽だったろうによ」

 そうポップがこぼしたのは、深い意味はなかった。
 ただ、一般市民と結婚するのであれば、女王よりも王の方が簡単だと思っただけのことだ。

 実際、身分の低い女性を王が見初めた場合、かなり強引な手を使って側室や正室にした記録はいくらでもある。
 その想いが言わせた言葉だったが、レオナの表情に一瞬、暗い影がよぎる。

「そうね……、お父様や他の人にもよく言われたわ」

 かすかに苦笑が混じる辺りに、レオナの苦労が見て取れる。それを見て、ポップはようやく自分の失言に気が付いた。
 男女の扱いは、必ずしも公平ではない。

 特に、男子が家柄を相続するのが当然と考える風潮は王侯貴族はもちろん、庶民の間にも根強い。
 女王が認められている国もあるが、それはあくまで王子が生まれない場合だけであり、王子が生まれた場合は年齢に関係なく男子が国を相続するのが慣例だ。

 単に生まれた時の性別によって、持って生まれた才能や度量に関係なく、自分の存在を否定される――それはレオナのように有能な女性には口惜しいことだろう。
 現に、今もレオナは年若い女性だと侮られ、政治の場でずいぶんと動きを制限され、苦労を強いられている。

 それに思い至って悪いことを言ったなと思うものの、ポップはそれを素直に謝りはしなかった。

「でもまあ、考えようによってはラッキーだったかもな。だって姫さんが男だったりした日には、今ごろ世界征服してたかもしれねえんだし」

「もう、ポップ君ったら! 誰が世界征服なんかしたがるっていうのよ? あたしはそこまで野心家じゃないわよ」

 プンと膨れて返す言葉に、明るさが戻る。
 聡明な姫は、軽口めかしたポップの言葉の裏に秘められた賛辞や、謝罪の意思を感じ取ってくれたようだ。
 機嫌よさそうに笑いながら、レオナは書類の束をまとめてから立ち上がった。

「さて、と。今日はここまでにしておきましょうか。
 ポップ君もそろそろ休んだら」

 すっかりと暗くなった窓の外を見ながら、レオナはそう促す。
 だが、ポップは本をめくりながら生返事を返してきた。

「んー、今日借りた分を読んでからにするよ。あとちょっとで終わるから」

「そう? じゃあ、あまり無理しないでね」

 ポップの返事に意外さを感じながらも、レオナは止めなかった。
 見た目によらない特技を幾つも隠し持っているポップは、読書スピードの速さもずば抜けている。

 本人はほとんど意識していないようすだが、普通の人が本を読むよりもずっと読む速度は速い。それこそ単にページをパラパラとめくっているだけのように見える速度で、しっかりとその中身を熟読しているのである。
 あれほど読書が早いのなら、残った本を読むのにそう時間はかからないだろう。

 そう思ったからこそ、レオナは労う言葉を残して要領よく書類をまとめる。
 レオナの本来の執務時間は朝食後から夕方ぐらいの間なのだが、まだ国が復興途中で忙しいため、一日の大半を執務に取られているような状況だ。
 そのため、自主的に残業するのも珍しくはない。

 特にさして重要でもない書類整理などは、夕食後の空いている時間に執務室以外で行うことも多い。
 ここはポップのために用意した客室の一つで、特に書類書きに対応していて辞書や資料が調えられた部屋だ。

 ポップがちゃんと仕事を進めているか心配で、見張りも兼ねて押しかけてきたレオナだったが、ポップは予想外にも結構熱心にやってくれているようだ。
 どことなく弾む足取りで、レオナは自室へと帰っていった――。






(あーあ、パァーッと一発で逆転できるような方法があればいいのによ)

 あくび混じりに本をめくり、参考になりそうな文章や参照元の名前をメモりながら、ポップはそう思わずにはいられない。
 だいたい、こういう地味な作業はポップの好みではないのである。

 魔法を使うにしても、ポップは弱い魔法を組み合わせて地道に攻撃するよりも、強い魔法で一発勝負を仕掛ける傾向がある。

 小さな理論武装をコツコツと組み立て、書式を整えるなんて作業は全然好みではない。もっと楽で、明確な方法を求めるのも無理はないだろう。
 そんなことを思いながらとある古文書を開いたポップは、顔をしかめた。

「ん? なんだよ、これ」

 書かれているのは古代語であり、タイトルも法律用語っぽい単語だったが、ページを開いてすぐに目に飛び込んできたのは魔法陣だった。
 大きめの五芒星……それぞれの頂点に人が立つ配置は、古代期にはよく行われた儀敷魔法の典型的なパターンだ。

 そして、その絵に添えられた文章を読み初めてすぐ、ポップはこれが法律書ではなく魔法書と気がついた。
 とりあえず古代の法律書を片っ端から借りてきたつもりだったが、タイトルのせいで間違えたようだ。

 しかし、間違いに気付いてからもポップはその文章を読み続けた。
 本来ならさっさとページを閉じて、次の本を確認した方がいいとは分かっている。
 だが、何冊どころか何十冊も法律書ばかり読んでいたせいで、ポップはいささか気分転換したい気分だった。

 フィクションとしてなら面白おかしい冒険物の話を好むポップだが、魔法使いだけあって魔法書には興味を引かれる。
 ましてやこの魔法書は、ポップにとって未知の魔法だった。たちまち引きつけられ、夢中になって読み込む。

(えーと、なになに……モシャトルソ……聞いたことない魔法だけど、モシャスの一種か?)

 大抵の魔法は、同じ系統の魔法は同じ名前を冠しているものだ。
 変身魔法として有名なモシャスと似た語幹を持つ魔法ならば、モシャスの上級系の魔法だろうかとポップは見当をつける。

 古代期には、現代ではすでに失われている魔法も数多く使われていたといのは、魔法の勉強をしている者にとっては常識だ。
 現在よりももっと強力な効果を持つ呪文も、少なくはなかったらしい。
 それだけにポップは、モシャトルソの呪文に期待心を抱いてしまう。

(へえ……5人でかけるのか)

 大戦中の大破邪呪文もそうだったが、昔の魔法には数人がかりで成し遂げる魔法が少なくはなかったらしい。
 このモシャトルソも、そんな集団魔法の一つのようだ。

『魔法力の有無ではなく、心許したる仲間5人の絆こそが魔法の効力を強める。
 5人の仲間と共に手を繋ぎ、呪文を唱えよ』

 呪文の唱え方や方法は、大破邪呪文とほぼ変わらない。では、どんな効果がと胸を躍らせながらページをめくったポップは――思わず舌打ちしていた。

「ちぇっ、誰だよ、こんなことしたの!?」

 最後近くのページが2、3ページほどむしり取られているのを見て、ポップは憤慨せずにはいられない。
 これでは、肝心要の部分が分からないではないか。

 だが、それでも未練がましくかすかに読める部分を拾い読みしたポップは、気になる一文を発見した。

『……効力、灼かなり。かつてこの魔法を使いたるパプニカ王アンゼは、この魔法にて想い人であった庶民との婚儀を果たす……』






「え? 本当にそんな、都合のいい魔法なんてあるの?」

 喜んでいるというよりは、むしろ当惑気味の表情でそう尋ねてくるレオナや仲間達に向かって、ポップは手にした魔法書を振りかざして見せた。

「ああ、ちゃーんとここに書いてあったぜ。その証拠にアンゼって王も、ちゃんといたんだろ?」

 ポップのその言葉に頷いたのは、いつも通りレオナの後ろに控えていたアポロだった。

「アンゼ王……パプニカ国史のごく初期にでてくる王の名前ですね。大層な名君だったという伝説の王ですが、残念なことに文章としての記録がかなり曖昧で実在を疑われている王なのですが。
 文献によっては女王とされていたり、王とされていたりと、一定していないんです」

 三賢者の中で最年長だけあって、一番歴史に詳しい彼の言葉は説得力があったようだ。
 だが、それでも疑問を感じているのか、マァムが小首を傾げる。

「でも、その魔法とダイとレオナの結婚が、どう関係するの?」

「だから、そこのところは破けちゃってて読めなかったんだよ。でも、魔法の使い方とかはちゃんと書かれているし、問題ないって。
 使ってみれば、すぐに分かるよ」

 そう主張するポップの意見に、必ずしも全員が賛成というわけではなかった。
 特に三賢者などは、心配そうな表情を隠せていない。ポップの実力を疑うわけではないのだが、だからといって効力がよく分からない魔法に対して恐れを感じないわけがないのだろう。

 そんなためらいは多かれ少なかれ、みんなが持っているのか迷いがあるらしかった。
 しかし、その迷いを吹っ切って最初に決断したのは、勇者だった。

「そうだね、やろう」

 何の気負いもなく、きっぱりと言い切る辺りが、ダイが勇者と呼ばれる所以だろうか。
 仲間達に向かって、ごく当たり前のように笑顔を向ける。

「だって、これってレオナのためになる魔法なんだろ?」

「ダイ君……!」

 目をきらきらと輝かせて感激するレオナが、ダイが続いてこぼした一言を聞き逃したのは幸いだった。

「それに、これがうまくいったらポップも本ばっか読まなくてすむようになるんだよね!」

「…………」

 マァムとヒュンケルが一瞬顔を見合わせたところを見ると、その言葉は少なくとも二人の耳には入ったようである。
 が、賢明にも二人ともその件には触れようとはしなかった。

「そうね、ダイやレオナのためになるのならもちろん、私も力を貸すわ」

 マァムはもちろん、ヒュンケルも彼らのために協力を惜しむ気などない。ポップの指示に従って、5人で輪を繋ぐような形で円陣を組む。

「おーし、じゃあ、始めるぜ!」

 古代の魔法を復活させるにしてはどうにも軽い調子で叫んだポップの声に応じ、5人の足下に光の円が浮かび上がる。
 そして、すぐにポップの身体が緑色の光の輝きに包まれた。

「へえ……ミナカトールとは、ちょっと違うんだね」

 輝くポップの姿を見ながら、ダイが感心したように呟く。緑色の輝きがポップの胸もとのアバンのしるしから放たれているのは大破邪呪文の時と同じだが、あの時のように光柱がそびえ立つことはない。
 術者の身体全体をふんわりと覆う卵形の光となって、輝いていた。

「ああ、そうみたいだな。おめえもやれよ、ダイ」

 そう言いながらポップはすぐ隣にいたダイへと手を伸ばす。その手を繋ぐと同時に、青い光が生まれる。
 そして、赤、紫、白と続いた光の輝きが一周して、ポップの反対側の手へと戻ってくる。
 レオナの手を掴み、ポップは鍵となる呪文を唱えた。

「モシャトルソ!」

 その言葉と同時に、5つの卵形の光は大きく膨れ上がり、虹の輝きを持つ大きな卵形の光へと変化した。

「……!? 姫様っ!」

 中身の見通せない光の卵に驚き、思わずエイミが悲鳴を上げるが、その驚きは中にいる者も大差はなかった。
 輝く光の奔流に目が眩み、何も見ることができない。おまけに、ポップは急激な脱力感を味わっていた。

「うわ……な、んだ……これ…?」

 独特な脱力感は、魔法力を失う時に感じるものには違いない。
 だが、魔法力をどんどん高めた結果、メドローアでさえ数発は打てるようになったポップにとって、この魔法力不足は久々の感覚だった。

 たった一度の魔法にも拘らず、魔法力を全て吸い尽くされていくようで、気が遠くなっていく。

「ポップ!? ポップ、大丈夫?」

「ポップ君!? 聞こえてる!?」

 手を繋いでいるダイとレオナがポップの手をギュッと掴み、必死になって呼び掛けてくるのが聞こえる。

 どういう原理か知らないか魔法力を吸われているのはポップだけで、どうやら二人は取りあえず無事らしい……それを考えたのを最後に、ポップはそのまま意識を失っていた――。






 ぽよん。

 それが、最初の感覚だった。

(ん……)

 ぼんやりと覚醒しかけたような、まだ半分眠っているような……そんなあやふやな意識の中で、ポップは無意識にその感触にすがりつく。

 ぽよん、ぽよん。


 ごく柔らかい膨らみを頬に感じ、ポップはうっとりとせずにはいられなかった。
 どこまでも柔らかでありながら弾力があり、すべてを包み込んでくれるかのような包容力を持つ物体。

 目を開けて確認をする前から、ポップの本能はその感触だけで正体を悟っていた。
 この至福の柔らかさを持つ、二つの膨らみは――。

(うわ〜、て、天国っ!? おれ、天国にきたのかっ!? もう、いっそこのまま目を覚ましたくないっ!)

 心の底から、ポップはそう決心する。
 きちんと目が覚めたせいで状況は分かったが、それでもポップは目を開けようとは思わなかった。

 おそらくはベッドに横たわっているポップの頭を、誰かが抱き締めている……しかも、それは女の子だ。
 柔らかな胸に半ば顔を挟まれるような格好でいるのだと知った今、ポップは一秒でも長くこの天国を味わうつもり満々だった。

 心配そうにポップの頭をゆっくりと撫でてくれる手も気になるが、それ以上にふくよかな膨らみに心惹かれるのは思春期男子としては当たり前だ。

 だが、ポップの思惑に反して、彼を抱き締めている方はそうは思っていなかったらしい。ポップは身動き一つしないように頑張っていたのだが、気配に感づいたのか声を掛けてきた。

「……あ、ポップ、起きた?」

 甲高さの感じられる声。
 それが半ば予測、というより期待していたマァムのものだったのなら、ポップはそれこそ熊に遭った時以上の熱心さで死んだふりを決め込んでいただろう。
 だが、その声は――幸か不幸か、別の意味で聞き覚えがあるものだった。

「え!? ダ、ダイッ!?」

 聞き間違えるはずもない相棒の声に思わず目を開けてしまったポップに、ダイが喚声を上げて抱きついてきた。

「わぁいっ、やっと目を覚ましたんだね、ポップ! よかった、すっごく心配したんだよ、だってポップってばもう三日間も寝たっきりだったんだから」

 嬉しそうにそういうダイの言葉の内容も、ポップに驚きを与える力は無かった。というか、そんなのどうでもいい。
 問題なのは――。

 ぽよんっ。

 ダイに抱きしめられた時にまた感じた柔らかい弾力に、ポップは慌てふためかずにはいられない。なんとかもがいてダイの肩に手をかけ、いったん距離を保とうとする。

「い、いやっ、ちょっと待て、ダイ!? 今、おまえなんか……」

 変だ、と言おうとした言葉は、そのまま喉の奥に張り付く。大きく見開かれた目は、目の前にいる親友に釘付けになっていた。

「どしたの、ポップ?」

 くりくりした目も、見慣れたぼさぼさな髪も、頬に残る十字傷も、ポップがよく見知った親友のものに違いはない。
 だが、きょとんとした顔でこちらをじっと見ているのは、明らかに女の子だ。よく焼けた肌に似合う、簡素な白いワンピースが欲にあってはいた。

 まだ13、4才ぐらいなのに妙に発育のいい胸が、やけに目についてしまう。
 どこからどう見ても、完璧に女の子――だがそれでいて、話す内容もその顔も、ダイとしか思えない。

「だ……ダイ、……だよな?」

 恐る恐る尋ねると、少女――いや、ダイはますます不思議そうな顔をする。

「そうだよ。なんでそんなこと、聞くの?」

 ごく当たり前のようにそう返された時が、ポップの限界だった。

「なんでもなにも……っ、一体どういうことなんだよ、こりゃぁああああ――――っ!?」                             

                                《続く》

 

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