『幻の王と夢の呪文 ー後編ー』 |
「ねえ、聞いてよ! おれとポップは、おそろいの……えーと、うえでんぐどれすとかいうのを着て、一緒に結婚するんだって! 「いやっ、待てよっ!? なに具体的にとんでもない話を進めてんだよっ!?」 無邪気にそう話すダイの影で、なにやら恐ろしい計画まで水面下で進行しているっぽい裏を感じ取ってゾッとし、ポップは非難する目をレオーネへと向ける。 「ああ、そう言えば順番が前後してすまなかったね。 「へ? だ、第一王妃って……ダイは!?」 そんなことを気にしている場合ではないのだが、ダイを差し置いて自分を王妃へと望むレオーネの真意が分からずに戸惑ってしまう。 「もちろん、ダイにも求婚したさ。彼女は受けてくれたよ――第二王妃としてね。 熱の籠もった瞳が、真っ直ぐにポップへと向けられる。だが、それが愛とか恋とかとは無縁な光なのはポップにでさえ分かっていた。 (まあ、考えてみれば名案といえば名案なのかもしれねえけど) 頭のどこか、冷静な部分でそうも思う。 だからこそ大抵の王族は感情を度外視して、まだ子供と言える年齢のうちに王女を他国の王子や王へと嫁がせるのである。 自国にとってもっとも有益な女性を選び、正妃として迎え入れる手腕が欠かせない。その前には、自分の恋愛感情など後回しだ。 思えば、王女レオナの側で二代目大魔道士ポップが相談役として政治に関わるのは、いろいろと問題が発生した。 しかし、王に対して王妃が助言するのは、ある意味で当然のこと。少なくとも、それに対して表立って不満を言える臣下などいまい。 庶民の立場でパプニカの政治に対して関わりたいのであれば、もっとも無難な上に説得力もあり、悪くない地位には違いない。……まあ、ポップはそんなものは望んだことさえなかったのだが。 そして、ポップが政治的にレオーネを支えるのなら、ダイはその純粋な愛と無邪気さで精神的な支えとなる。 有能で職務に適した女性を第一王妃を据え、最愛の女性を第二王妃にと選ぶ……ある意味で、理想的な関係とさえ言えるだろう。 ダイとレオナ、もしくはポップとレオナの結婚よりもよほど簡単に認められることだろう。 「ぼくは、君にもダイにも側にいてほしい。ポプリーヌにディーナ……形は違うけれど、パプニカ王にとっては欠かせない妃として同列に愛しむつもりだ。 言いながらレオーネは恭しくポップのガウンの裾を手に取り、それにキスをする。 「な、な、なななななっ!? な、なにを言ってくれやがるんだよっ、きゅっ、うこんって、んな無茶な……っ!?」 どんなに理屈ではこれがパプニカやレオナに取っては最善だと分かっていても、割り切れるわけがない。ましてや自分が女性の立場でもプロポーズだなんて、それだけでも我慢しきれない。 「第一おれはっ、マァムが……っ」 動揺のあまりもつれる舌で反論しかけてから、ポップはハッと気がつく。 「あっ、マァムは!? あいつはどうなったんだよ!? それにヒュンケルも……っ」 衝撃に続く衝撃のせいで麻痺しかけていたが、あの魔法のせいで性別が変わったというのなら、自分やダイやレオナだけですむはずがない。 「おやおや、求婚の最中に他の男を気にされるとはね。 くすくすと笑い、レオナはあっさりとガウンの裾を手放し、立ち上がってから気取った仕草でポップに手を差し伸べた。 「彼なら、今ごろはあそこにいるんんじゃないかな。ほら」 ポップの手を引いてバスルームを抜け出して窓際へと誘ったレオーネは、軽く中庭を指差す。何気なくそちらに目をやったポップは――かっくんと顎を外してしまいそうなぐらい大きく口を開けた! 「ま……ぁむ?」 そこにいたのは、赤毛の武闘家だった。 やや短め切られた髪は、さながらライオンのたてがみのように靡いていた。 レオーネが貴族的な気品を備えたハンサムなのに比べ、マァムはワイルドな魅力の方は強い。 男性用の武闘着を着た体付きも、どうみても女性のものではない。 少女だった時には柔らかさや曲線が勝っていた肉体美は、今や理想的な筋肉美として躍動していた。 (あれって……おれより逞しくねえ?) なにやらそれだけでも打ちのめされてしまうポップだったが、マァムは仲間達の視線に気付く様子もなく修行に打ち込んでいる真っ最中だった。 「はぁっ!」 気迫の籠もった声と共に放たれたマァムの蹴りは、たった一撃で人形だけでなくその下の地面にも大きな穴を穿つ。 「わあ、マァムってば張り切っているねー」 ダイが声を掛けると同時に、こちらを振り返ったマァムはパッと顔を輝かせた。 「あ!」 言うなり、マァムの身体が跳ねた。 「ポップ、目が覚めたんだね!? よかった、心配してたのよ!」 暖かな笑顔に、親しげな口調。 いかにも年相応の少女の甲高さだったマァムの声は、声変わり直後の濁声へと変化していた。 「ま、マァム、お、おまえ……っ」 一体どこから突っ込めばいいのやら。 「ダメだなぁ、マァムは。また女言葉になっているよ」 「あ、いっけない……じゃなくって、いけね、の方がいいのかな? うーん、男言葉ってどうもまだ、慣れないのよね……だぜ? あーん、難しいわ、レオはよくそんなにすぐに上手く喋れるわねぇ」 タオルで汗を拭うしぐさの男っぽさとは裏腹に、女言葉の抜けきっていない半端な言葉遣いは強烈だった。 大切に、大切に抱え込んでいたガラス細工の宝物が、ガラガラと崩れ去っていくような崩壊感に思わず泣きべそをかきたくなるポップをよそに、レオーネとマァムは楽しげに笑っている。 「TPOに合わせた会話を徹底的に学ぶのは、帝王学の初歩だからね。 「ううん、別にいいわ。私はそういうのってどうも苦手だし、あまり慣れて無いから。 「そうだね、マァムってもうその身体に慣れたみたいだしね。動きが昨日よりももっと早くなっているよ!」 ダイの褒め言葉とも思えない褒め言葉に、マァムは嬉しそうに笑う。 「ええ、男の腕力や体力って凄いのね! いきなりパワーアップできちゃったもの、嘘みたい! 心底嬉しそうにそうはしゃいでいるマァムを前にして、ポップはただ震えるばかりだった。 (そ、そういう問題か!? これって、そういう問題なのか!? マァム……おまえ、女としても男としても、なんかものすごーーーーく間違ってるんじゃねえのか!?) ふるふると震える手で窓枠にしがみつき、なんとかいろいろと堪えているポップだったが、ノックとともに控え目な声がかけられた。 「……失礼。ポップが起きたと聞いたので」 ややハスキーで硬質な印象の声は聞き覚えがないものだったが、自分の名前が入っていたせいでポップはドアに目を向ける。 (うわっ、美人っ!) 途端に、目が奪われるのは男の性か。――いや、肉体的にはポップも今は女性なのだが、精神的には少年のままの彼の目はその美女に注がれてしまう。 すらりとした長身の、巨乳美女だった。 マァム以上のサイズのその胸は、爆乳とよぶに相応しい。 だが、それでいて色気過剰に見えないのは、彼女のもつ生真面目な雰囲気のせいだろうか。 ひどくセクシーな体付きとは裏腹に、まるで本人の意思とは無縁に生け贄に捧げられた乙女であるかのような表情の差がギャップとなり、不思議な魅力を醸し出していた。 (え?) その色の組み合わせを見て、初めてポップの心臓がどくんと跳ねる。不吉な予感に喉が奇妙に渇くのを感じて唾を飲み込もうとしたが、からからの喉ではそれさえできなかった。 「……」 だが、ポップに変わるようなタイミングで生唾を飲み込んだのは、エイミだった。強張った表情で美女を見つめる彼女の顔色は、青ざめている。 「……どうやら無事なようだな」 見た目や声音の女性らしさを裏切る、素っ気なくもぶっきらぼうな一言。それを聞いた途端、ポップは確信した。 「ヒュ……ヒュンケルぅう!? な、なんだっておまえ、そんな格好っ!?」 兄弟子の変わり果てた姿に、ポップはもう少しで腰が抜けるところだったが、驚くにはまだ早かった。 「ああ、その格好は側室用のドレスだよ。 あっさりと言ってのけるレオーネに、ポップは本日何度目になるか数える気もなくした絶叫を上げる。 「そ、側室ぅうっ!? お、おいっ、あんた何人、嫁さんもらう気なんだよっ!?」 ポップの感覚からすれば、ダイと自分の二人をまとめて嫁にするという感覚からして信じられないのだが、王族というものは庶民とはその辺が違うらしい。 「あれ、妬いてくれているのかい、嬉しいね」 「違げーよっ! 断じて妬いてるとかじゃねーよっ!」 即座に、ポップはそれだけは否定する。 まあ、ナンパ成功率の高い男子に対するやっかみじみた感情を抱いていないとは言い切れないが、それでもこれは焼き餅ではないと自信を持って言い切れる。 むしろ、そのムキになる態度こそが焼き餅の証明とでも思ったのか。可愛い子猫のじゃれつきをあやす余裕の表情で、レオーネはポップに語りかける。 「心配はいらないよ、ポップ。 「……っ」 一瞬、ポップが詰まってしまったのはその的確さを認めてしまったせいだ。 王に気に入られて身近に召される女性という意味では同じでも、王妃と側室では大きな差がある。 それは、王妃には政治的権利が与えられるが、側室にはそれが全くないという点だ。子供をもうけたとしても、王妃の子と違って側室の子の王位継承権は認められない。 王女が敗戦国の将軍を引き抜いて厚遇すれば、それをやっかむ者や不満に思う者は多いだろう。 なぜか男という者は、女性が嫁いだ男性に対しては従順になるという幻想を抱くものである。 現実問題として、王族庶民を問わずにそんなことはほとんど奇跡的な確率なのであるが、そんな現実よりも女性を支配下に納めたという安心感が強いというのは否定できまい。 そのため、戦後処理として敵国の王女を嫁とするのはごく有り触れた手段の一つだ。 「――御意のままに。一度はパプニカを滅ぼした贖罪となるなら、この身がどうなろうと構わない。 目を伏せて淡々とそう告げる巨乳美女の言葉に、ポップは思わずにはいられない。 (いやっ、それ、ヤバいから! 男女で意味が全然違って聞こえるしっ!?) なにやらものすごく危ない予感に冷や汗をかくポップをよそに、レオーネは至って上機嫌に言った。 「ねえ、ポップ。 衝撃に継ぐ衝撃の連続の日とはいえ、このショックは他の何よりも大きかった。 まあ、確かに異種族間の交流や絆を強めるために、結婚を増やすのはごく当たり前の手段ではあるのだが。 が……メンバーがメンバーである。 (ははは、おれ、もーだめ……) とんでもないハーレム風景が脳裏を過ぎり、ポップの残り少なかった精神力は完全に刈り取られてしまった。 「わ、ポップ!? ポップ、どうしたの、しっかりして――っ!?」 慌てたようなダイの声を聞いたのを最後に、ポップの意識が遠ざかっていった――。 「……ップ、ポップ!! しっかりしてよ、大丈夫!?」
「あ、起きた?」 思いがけないぐらいすぐ目の前で自分を覗き込んでいるのは、レオーネとダイ――。 「う、うわぁあああっ!?」 思わず悲鳴を上げて飛び退いたポップに、二人は呆気に取られた表情を見せる。が、片方はすぐに正気に返った。 「もう、なによ、ポップ君ったらっ! 人の顔を見て、化け物にでも会ったみたいに怯えないでよ、失礼しちゃうわ!」 長い栗毛を靡かせてご立腹するパプニカ王女……その姿を、ポップは何度となく見返して、瞬きする。 「え……あ……レ、レオ……いや、姫、さん?」 「そうよ、他の誰に見えるのよ?」 呆れたようにそう言いながらも、取りあえず腹立ちを納めたのか近寄ってきたレオナはそのほっそりとした手をポップの額に当てる。 「……熱はなさそうだけど。でも、ひどく顔色が悪いわね、気分でも悪いの?」 「ポップ、大丈夫? 机なんかで寝ちゃ、体に悪いよ」 心配そうに覗き込んでくるダイは、少女では無かった。どう見ても元気一杯の、いかにも少年らしい少年のままだ。 「机……?」 改めて、ポップは自分の居場所を確認する。 そして、ポップは机に座ったままだったし、着ているのだって寝間着ではない。いつもの服だ。 「いやね、もしかしてあの後ずっと仕事を続けていたの? 無理しないでねって言ったじゃない」 「い、いや、ずっとってわけじゃ……じゃあ、おれ、机で寝てた、のか?」 言われてみれば、やけに身体の節々が痛むし、妙に寒気がする。この季節にベッドで横にならずに机で一晩寝てしまったのなら、何の不思議もない――と、ポップ的にはすんなり納得できたのだが、ダイは憤慨したように文句を言い出した。 「机で寝てたのかって、ポップ、ダメじゃないか、ちゃんとベッドで寝なきゃ! すっかり身体だって冷えちゃってたし、顔色だってすごく悪いし、うなされていたし、おれ、すごく心配したんだよ!」 「全くよ、無理をしろなんて誰も言ってないじゃないの。だいたい君は、普段は怠け者の癖に一度何かを始めると根を詰め過ぎるのよ。 こんな時ばかりは意見がぴったりと一致して責め立ててくる二人に対して、いつものポップなら笑ってごまかすなり、あるいは言い返すなりと、それなりの反応を見せただろう。 だが、今日ばかりはそれどころじゃない。ついさっき見たばかりの悪夢で、胸がどきどきしていまだに動悸が静まらない。 (ゆ、夢、だったんだよな、あれ? 夢、でいいんだよな?) あまりにもリアルで、現実を超える程に現実的だった悪夢に震えているポップを見て、ダイは心配になったらしい。 「……? ポップ、なんか様子が変だけど、本当に大丈夫? 調子が悪いんだったら、無理しちゃダメだよ」 そう言いながら、見た目以上の力でしっかりとポップを抱きかかえて立ち上がったのは、ダイだった。 小柄ながらがっちりとした体格のダイは、ポップ以上に力が強い。以前に比べればずっと男らしさが目立ち始めた身体は、子供っぽさの中にゴツゴツとした堅さが混じり始めている。 間違ってもぽよんぽよん感などないダイの胸に持たれかかって一瞬安堵を感じたポップだが、ハッとしてもがいた。 「え? ポップ、ちょっと、暴れないでくれよっ!?」 ダイが騒ぐが、それどころではない。 (まさか、まさか――まさかとは思うけどっ!) さっき以上に嫌な感じで心臓がどきどきするが、ポップは敢えて胸を押さえないようにして鏡の前に立つ。 確かめるよりも先に目を瞑りたいという衝動が沸くが、勇気を振り絞って鏡を見ると――そこに写るは、見慣れた自分の姿だった。 「…………よ、よかったー……」 一気に緊張が抜け、ポップはバスルームの床にへたりこんだ。 が、密かに喜びまくるポップの内心など知らないダイとレオナは、彼の行動を理解できるはずもない。 「ポップー? いったい、どうしちゃったんだよー?」 「ポップ君……あたしの頼んだ仕事は、別に急ぐ話でもないんだしゆっくりでも構わないのよ? だいたい、最初から実現は難しいかもって思っている話なんだし。 「いいや!」 気遣うレオナの言葉を決然と遮って、ポップはすっくと立ち上がる。 なにしろポップ自身がやりたいと思ったわけではなく、レオナから押しつけられたからこそしぶしぶ行っていた仕事だったのだから。 優秀な頭脳を持っていながらも、ぎりぎりまで追い詰められないと本気にならないという、修行時代から変わらない癖を持つポップは乗り気でないことはなかなかやろうとはしない。 だが、今やかつてないほどの切迫感と危機感が、ポップの精神に火をつけた。 その際、ポップは机の上に魔法書がないかどうかをちらっと確かめる。思った通り、机の上にあるのは法律の古文書ばかりで魔法書など一冊もなかったが、だからといって一度火のついたポップのやる気を減じる理由にはならなかった。 万が一にも。 レオーネ王子の野望――それを防ぐためになら、ポップはなんでもするつもりだった。 「休んでいる暇なんか、ねえって。これからは本気でいくぜ……! のんびりなんかしていられるもんかよ」 たとえ魔王を倒した勇者や、世界を救った勇猛果敢な姫であっても、本気になったポップを止められるはずもない。 かくして、この日を境にパプニカ王女レオナとアルキード王国の遺児と噂される勇者ダイの婚約話はとんとん拍子に進むことになる。 END
500000hit 記念企画、『アバンの使徒5人の性転換ネタ』(健全、ギャグ)でした♪ つまり、ダイが魔界にいかずに一年後に地上に帰ってきて、ポップもダイ捜索ためにの無茶をせず、パプニカ城に勤めていないという設定……そのせいで、ポップの自室は魔界ルートでお馴染みの幽閉室ではなく1階の客間になってます♪ しかし、自分で書いてて思いましたが…レオーネ王子が誕生した方が、いっそ世界統一が進むような気がします(笑) 内容が内容なだけに夢落ちネタにしちゃいましたが、これをマジもので続けたらもれなく地下室向きな話になりそうで怖かったですよ〜。
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