『ときめきの白い日 6』

 

 パプニカ城下町にある公園近くのカフェは、そのおしゃれさと日替わりのケーキセットの豊富さで知られている。
 数か月前に雑誌で紹介されたこともあって国でも一、二を争う有名なデートスポットでも知られているとは言え、店の性質上、女性客の割合の方が多いのは否めない。

 内装やメニューもいかにも若い女性に受けそうな、ファンシーで可愛らしい色彩でまとめられている。その甲斐があって女性には抜群に人気があるのだが、男にとってはどうにも尻の据わりが悪いというのか、落ち着かない感じがする店だ。
 それでも、恋人と一緒ならばさして居心地が悪い店とは言えないだろう。

 実際、ジャックもまるっきり夢に見なかったわけではない。
 窓際の席で、意中の彼女と向かい合わせに座りながらプロポーズを実行するなんてのは夢のシチュエーションだ。

 ましてや恋人はたった今、命の危機にあったばかりだ。その影響もあり、普段よりもうわずった感情になっていたとしてもおかしくはない。





『ああ……ジャック、怖かったわ……っ』

 涙さえ浮かべ、まだ震えているレナを抱き締めるのはもちろんジャックの役割だ。

『大丈夫だよ、レナ。君のことはオレが……命に代えても守って見せるから』

 まあ、実際には今回レナを助けたり守ったりしたのは、ヒュンケルだったりポップだったりダイだったりするのだが、それはそれ、追究しないで欲しい。

 ジャックが彼女を守りたいという気持ちに嘘偽りはないし、その気持ちだけならたとえ勇者やその仲間達にさえ引けを取る気はないのだから。
 そして彼女の震えを沈め、落ち着くまで待ってから、心を打ち明ける。

『レナ……。これからもオレに、君を一生守らせてくれないか?』






 だが――現実は常に無情なものである。

(…………いったいなんで、こんな羽目になったんだろうかな…………)

 内心の失望がうっかりと溜め息にならない様に気をつけながら、ジャックは自分の真向かいに座る少女の様子を控え目に窺う。
 確かにレナはジャックの真正面に座っているのだが、彼女の目はまるっきりこちらを見てなどいない。

 机を挟んだ向こうにいるジャックなどそっちのけで、レナは自分のすぐ隣に座った少女とのおしゃべりに夢中だ。

「あ、それ、分かる、分かるーっ」

「でしょ!? ホント、下らないいたずらばっかりして勉強やお手伝いをサボってばかりいるんだから! 男の子ってホント、どうしようもないと思わない、エイミさん?」

「そうよね、本当に男の子って困ったものよね! ちょっと目を離すと、男の子同士で騒ぎばっかり起こすんだもの! しかも、毎回毎回面倒なことばっかり! それって、すっごく分かるわぁ!!」

 せっかくのデートスポットで思い人と久しぶりの再会を果たしたというのに……絶好のシチュエーションとは程遠いにもほどがある。

 一時も休まることなくおしゃべりをしつつ、さらにはちゃっかりとお茶とケーキを口に運んでいるという離れ業を事も無げに演じている少女達の口達者さに、ジャックはとてもついていけなかった。

 女同士で盛り上がっている会話だと、男では割り込むどころか相槌を打つのすら難しい。

 ……まあ、話に割り込む余地があったところで、ジャックには自国の王女に向かって『あんた、邪魔だからちょっと黙ってて』なんて言う度胸などさらさらないのだが。
 そんな勇気は、たとえ勇者や大魔道士にだってありはしないだろう、多分。

 どうやらレオナはクリスマスの時に名乗った偽名で押し通す気らしく、普通の女の子になりきってレナと楽しげに会話を弾ませている。
 王女と孤児院育ちのレナでは生活環境が違い過ぎるし、全く接点がなさそうに思えるのだが、意外と話が合うのか大盛りあがりだ。

 主に身近な男子に対する不満で持ち上がりまくる女子らに、口を挟める男などいようか。 ジャックはもちろんダイやポップも耳が痛い話題に、居心地悪そうな顔をして手持ちぶさたにお茶を啜っているばかりだ。

 このお茶がまた、いかにも女の子好みのおしゃれな名前と花の香りのついたハーブティーなのが泣かせてくれるのだが。
 多分、高価な品なのだろうが、ジャックの好みとはかけ離れたお茶だが、レナは気に入ったらしくお代わりまでしている。

 ケーキも男の目から見れば不必要なまでに飾り立てられているくせに小さくて、食べ手がない代物にしか見えないのだが、女の子にはたまらない魅力があるらしい。

 あれだけ熱心におしゃべりする合間に、わざわざウェイターを呼び寄せて二度までもお代わりを頼んでいるのだから恐れ入る。
 たった今、命の危機を乗り越えたばかりのか弱い少女とも思えない。

(け、けど、レナが元気なのはいいことだよな、うん)

 自分で自分に言い聞かせる様に、ジャックは無理にでもそう思うようにする。
 ショックにうちひしがれるレナなど、見たくもない。それに比べれば、はしゃいで嬉しそうな彼女を見る方がどんなに安心できることか。

 レオナの会話を遮りたくないのとは全く違う理由で、ジャックはレナの会話を遮りたいとは思わない。
 同じ年ぐらいの少女と話す機会の少ないレナにしてみれば、気の合う女の子と思う存分話せるのが嬉しくてたまらないのだろう。

 まだ若いのに孤児達の母親代わりとして常に苦労しているレナにとっては、めったにないストレス解消の場に違いない。
 それを思えば、ジャックもレナの上機嫌に水を差すのはためらわれる。

 レナが自分じゃなく他の女子と話してばかりいるのが寂しいと打ち明けるのは、男としてあまりにも器が小さくてみっともない気がするではないか。
 ここはやはり男らしくでーんと構え、女の子達のおしゃべりを笑って聞いているぐらいの度量を見せたいものである。

(…………でも、ものすごーく仲間外れ気分になるので、できれば早く終わってください、お願いします)

 志を大きさとは裏腹の小さな本音を隠しつつ、ひたすらちびちびとお茶を啜っていたジャックの傍らでは、やはりダイが退屈そうにケーキをポイポイと口に放り込んでいる。
 勇者様と言えども、やはり女子のおしゃべりにはなす術がない様である。が、幾つめかのケーキを食べようとして、ダイはハッとした評定をする。

「っ、あっ、そうだっ」

 その言葉と同時に、ダイがひょこっと立ち上がる。

「おれっ、思い出したことがあるから、ちょっと行ってくるねっ。すぐ戻るから!」

 そう言ったかと思うと、ダイは止める間もなく店の外へと駆け出していってしまう。それを見て、ポップも慌てて腰を浮かしかけた。

「あ、おい、待てよ、ダイ!! 一人だけ、ずりいぞ」

「いえっ、大魔……じゃなくって、ポップさんこそ待ってくださいよっ、オレを一人にしないでくださいっ」

 さすがにダイは間に合わなかったものの、ポップだけは逃がしてたまるかとばかりにジャックはがっちりと彼の腕にすがりつく。

 この国の最高権力者であるレオナに対して、一兵士であるジャックが逆らえるはずがない。王女であるレオナのわがままや気紛れを抑えられるとしたら、ダイとポップを置いて他にいないのだ。

 みっともなかろうが何だろうが、ここで最後の頼みの綱に逃げられてたまるものかとジャックも必死だった。

「え、いや、一人って……おまえにはお目当ての娘がいるだろ、邪魔者は消えるから後は若い二人でうまくやれよ」

「っていうか、あなたの方が年下でしょっ!? それにそう言うのなら、本当に二人っきりにしてくださいよっ!」

「無茶言うなよ、ご機嫌の姫さんのおしゃべりを遮れるわけねーだろっ!? んな怖いことできっかよ!?」

「何を抜かしてやがりますか、あんたは大魔道士さまでしょうがっ!」

 少女達の耳には入らない様にごく小声で応酬しているポップとジャックは、目立たないように互いに攻防を重ね合う。
 と、そんな二人の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「おやおや、すっかり話が盛り上がっているご様子で。いや、若いってのはいいねえ」

(いえいえ、全然盛り上がってなんかいませんけどっ!?)

 むしろ、これが盛り上がっている様に見えるというならあんたの目は節穴かと問い質したいとは思う。
 だが、気安く砕けた口調で話しかけてくる副隊長の登場を、こんなにありがたく感じたことはなかった。

「せっかくのお楽しみのところを悪いんですが、事件のことでちょいと聞きたいことがいくつかあるんですがね、いいですかい?」

  






「ええ、そうなの、まさか乗せてもらった荷馬車が暴走するだなんて、思いもしなかったわ。馭者の人ったら、止めるどころかさっさと一人だけ飛び下りちゃったし。
 せっかく一番安い馬車を選び抜いてから値切り倒したっていうのに、災難だったわ!」

 それはむしろ、値切り倒した安馬車だからこそそんないい加減な馭者に遭遇したのではないかとジャックは思ったが、とりあえずそれは口にはしなかった。

 孤児院の厳しくも険しい財政状況はジャックも知っているだけに、経理を預かるレナが出来る限り経費を削りたがる気持ちは分かるし、責められない。

 責めるのなら、その無責任極まりない馭者の方だろう。
 まあ、だがその馭者についてはそう心配しなくてもすぐに見つかるだろうとジャックは楽観していた。

 なにしろ馬車と馬と言う大きな証拠品を残しているのだ、調べれば馬車の持ち主を探し出すのはそう難しくはあるまい。
 そう思っているのは、副隊長も同じなのだろう。慣れた態度でてきぱきと的確に質問を重ね、調書を書き込んでいく。

 それが終わる頃、レオナもまたようやくお御輿を上げる気になってくれたらしかった。
 今度また孤児院に来てねとか、お手紙を書くわなどとやり取りした挙げ句、ようやく席を立った女の子二人を見てジャックは心からホッとするのを感じる。

 ずいぶんと時間も掛かったし、予想外にあれこれあったけれど、これでやっとレナと過ごせるのだと胸が高鳴る。
 が、その希望は他ならぬレナ自身の声であっけなく打ち砕かれた。

「あのう、すみませんが、帰りの馬車っていつ頃出発するのでしょうか? できれば、すぐにでも帰りたいんですけど」

「え、えええっ、ちょっ、ちょっと待ってくれよっ、レナっ!? まさか、もう帰っちゃうのかよっ!?」

 今まで我慢に我慢を重ねていたのも忘れ、思わずジャックはその場に立ち上がって大声を出していた。

 カフェの他の客達が咎める様な目でジャックを見るが、そんなのは知ったことじゃない。
 なにせ、ジャック的にはこれから先こそが本番だ。
 なのに、レナはごく当たり前の様に言う。

「そんなの当たり前でしょ、いつまでも孤児院を空けておけるわけがないじゃない。用事が済んだら速攻で帰るわよ」

「い、いや、そうかもしれないけどっ。でも、そんなに急がなくったって……っ。だってせっかく会えたばかりなのに」

 正確に言うのなら、ジャックがレナと一緒にカフェで過ごした時間は決して短いものではない。
 むしろ、たっぷり話す時間があったと言っていいだろう。

 普通の事情聴取ならこれほど待ち時間があるのは考えにくいので、その辺は副隊長が気を利かしてくれたらしい。
 が、惜しむらくはレナがレオナとばかりしゃべっていたせいで、ジャック的にはレナとはまだろくすっぽ話すらしていない。

 せっかくこれからいろいろと話したり、プロポーズをしようと思っていたのにと、ジャックは泣き付かんばかりに彼女を見つめる。
 だが、彼女は悲しいぐらいジャックの気持ちなど分かっちゃくれなかった。

「なに大袈裟なこと言ってるのよ、会いたければいつだって会えるでしょ。そう言うなら、今度の休みにでも戻ってきなさいよ」

「で、でもよっ、オレ、まだ、チョコのお礼も言ってないんだぜっ!?」

 しかし、ジャックの気も知らないレナは不思議そうな顔できょとんとするばかりだった。
「え? 何、それ? あたし、チョコをジャックになんて送ってなんかないわよ? そんな高いもの、送るわけがないじゃないの」

  

(ジャ、ジャックになんて……って)

 衝撃の事実だった。
 しかも事実以上にその言い回しに密かにぐさりと傷ついたものの、到底聞き捨てならない台詞にジャックは慌てて主張する。

「嘘だろ……? だ、だって、ほら、現にここにチョコがあるじゃないかっ、レナからの手紙と一緒に届いたんだぜ!?」

「あたしの?」

 不思議そうに首を傾げながら、レナはジャックの差し出した手紙と小さなチョコレートの包みを手に取って見比べる。
 そして、首を振りながら言った。

「この手紙は確かにあたしが書いた物だけど、チョコはあたしが送った物じゃないわよ?」

「へ?」

 そもそもの前提を根源から崩されてしまって、ジャックは呆然と立ちすくむ。大袈裟に言うのであれば、せっかく築き上げた塔がいきなり足下から崩れ去ったしまったかのような感覚――。

 唖然とするジャックに代わって、包みにちょっかいを出してきたのはポップとレオナだった。

「えー? あ。これ、ひょっとしてアレじゃね? ベンガーナデパートのおまけ。特定の時期の郵便にだけ、サービスでおまけをつけるって奴。確かクリスマスにも、なんかやってたっけ、あそこって」

「それなら、あたしも聞いたことあるわ。バレンタインデーの時期にはチョコのおまけがつくなんてしゃれていると思ったけど、案外小さなおまけなのね」

 初耳である。

(っていうか、なんだってそんな俗っぽいことにまで情報通なんですか、お二人ともっ!?)
 ついそうわめきだしたい気分に襲われたジャックだったが、彼にとどめを刺したのはレナの一言だった。

「そう言えば、この前バレンタインデーだったのね、忘れたわ」

(わ、忘れてたって……)

 ジャックの方は忘れるどころか、一ヵ月以上前からずっと気にし続けていて、ずっとその比を意識しまくって、夢にまで見る程だったのだが。
 ただただ呆然と立ち尽くすジャックの反応を、どうもレナは完全に誤解している様子だった。

「でもどうせ、ジャックって甘いものってあまり好きじゃないんでしょ。これだって、封さえ開けてないじゃない」

 そうじゃない、とジャックは言いたかった。
 男としてはちょっとみっともないから、あまり積極的に甘いものが好きだと広言する気はないが、孤児院育ちのせいで甘いお菓子になどほぼ縁のなかったジャックは、むしろ甘いものは好きな方である。

 しかし、孤児達の中では最年長の男子となった時から、ジャックは自分がしっかりしなければと思ってきた。

 甘いおやつを苦手だと見栄の混じった嘘をつき、レナや小さい子に分けたりしたものだ。……が、どうやらジャックのその密かな気遣いはレナには全く通じていなかったらしい。

 本当はチョコはそれこそ貪りつきたいほど、大好きだ。もしこれが他の誰かから貰ったチョコならば、とっくの昔に食べ尽くしていた。

 が、それがレナからのバレンタイン・デー贈り物だと思ったからこそ、勿体なくって手を付けなかっただけの話だ。
 しかし――レナはとことん、ジャックの心理を誤解している様子だった。

「食べないのなら、これ、ちょうだいね。溶かしてチョコクッキーにでもすれば、大勢に行き渡るもの! あの子達、チョコなんて一度も食べたことがないからきっと喜ぶわよっ」

 この一ヵ月と言うものの、ジャックが心の宝物として大切に大切にしまっておき、時に取り出してはニヤニヤして眺めていたチョコの包みは、恋する少女自身の手によってあっけなく奪われた。

 その衝撃から立ち直れずに目も空ろになっているジャックを見て、さすがに気の毒になったのか、副隊長がいささかわざとらしく手を叩いて見せる。

「あー……。あー、そういや申し訳ない、帰りの馬車ですけどね、馬車の手配はともかく、馭者の手が足りないんですよ。
 どうです、馭者の手配が出来るまで少しここで待ってては――」

 そう言いながらジャックに向かって目立たない様にウインクして見せる副隊長の姿が、天使の様に光り輝いて見えた。
 他の目撃者の方の話も聞きたいですし、とさりげなくレオナとポップを席から外させようとしてくれる辺り、まさに後光が輝いて見える。

 さっきまでとは打って変わったビッグチャンス到来に、ジャックは一瞬で生き返る。
 しかし――やはり、現実は厳しかった。

「それなら、オレが手を貸そう」

 静かにそう言いながら登場してきた男に、カフェにいた女の子達のざわめきが見事に鎮まり返る。

「あ、いえそんな……隊長の手を借りるほどのことでは」

 なんと言う間の悪さかと、ジャックは天を呪いたくなる。
 動揺のあまりうわずったジャックの言葉や、副隊長の目配せの意味など朴念仁で生真面目な隊長にはまるっきり通じちゃいなかった。

「遠慮はいらん。オレは今日、明日は非番だ」

(ぁあああっ、この人ってはどうしてこう空気を読めないんだよっ!? いいえっ、決して遠慮なんかじゃなくって、余計なことしないでくださいよ――っ!!)

 もう少しジャックに勇気があったのなら、そう叫びたいところだ。
 しかし、幸か不幸かジャックには理性と常識がたっぷりとあったし、その上、レナは素早かった。

「まあ、助かります! それではお言葉に甘えて、是非お願いしますわ」

 そう言うレナの顔が、ひどく嬉しそうに見えるのはジャックの気のせいだろうか?
 驚きと衝撃のあまり、自分も非番だから自分がレナを送るとジャックが言い出そうと思い付くよりも早く、レナはヒュンケルの手を借りてあっさりと馬車に乗り込む。

「じゃあ、エイミさん、ポップさん、今日は本当にありがとうたのしかったわ。ダイ君に挨拶出来なくて悪いけれど、よろしく言っておいてくれる? ――あ、ジャックもまたね」

 主にレオナとの別れを惜しみつつ、おまけ程度にジャックに手を振ったレナはそのまま馬車で去っていく。
 それも、ヒュンケルの隣に座って、だ。
 その光景に、思わずジャックは不吉なことを連想してしまう。

(ああ……なんか新婚旅行っぽくね、あれ?)

 ヒュンケルには悪気や下心などなく、ただ、ただ部下思いの上に見掛けによらず親切なだけだと承知はしていても、今の光景のダメージは大きかった。

 自分で自分の想像に傷ついてしまった傷心のジャックに対して、さすがに気まずいものを感じるのかレオナやポップ、副隊長までもが何か気遣う視線をするのがかえっていたたまれない。

(これなら、いっそはっきり言われた方がましかも……)

 遠回しに傷を撫で回されるような扱いに泣きべそを掻きたい気分で立ちすくむジャックの側に、何かが勢い良く舞い降りてくる。それが勇者だと気がついたのは、場違いな脳天気な声がかけられた後だった。

「ね、見て見て、これ! これがジャックさんが探してた奴かな?」

 と、ダイが得意そうにジャックに差し出したものは――なくしたはずの指輪だった。
 この騒ぎでほとんど忘れかけていたとはいえ、給料三ヵ月分を注ぎ込んだ指輪のデザインをさすがに見間違えたりはしない。

「そう……ですけど、いったいどこに?」

 確か、誰かに盗まれたはずではなかったのか。驚いて思わず尋ねると、ダイは嬉しそうに笑う。

「おおがらすの巣の中!」

「はあ? なんだ、そりゃ?」

「だから、城の裏山のおおがらすの巣の中に転がってたんだよ、これ。ポップ、知らないかな? おおがらすやデスフラッターって、レオナと同じでキラキラしたのが好きなんだよ」

 怪物を同列で語られたのが不満なのか、レオナが微妙に顔をしかめたのがジャックにはハラハラものだったが、ダイはひたすらのん気なものである。

「あの部屋に鳥の羽が散ってたから、もしかしたらって思って探してみたらビンゴだったんだ」

「って、それじゃあ最初から分かっていたのかよ、てめえはっ!? なら、もっと早く言えよっ!!」

「え、だって言おうとしたけど、ポップもみんな、忙しそうだったしー」

 全く悪びれた様子もなくそう言うダイは、周囲を見回してから無邪気に尋ねた。

「ところで、ジャックさんの好きな人はどこにいるの? そういや、ヒュンケルの姿も見えないけど」

「……………………」

 クリティカルヒットなダメージだった。
 何の事情も知らないのに、さすがは勇者というべきか。
 遠回しな心遣いというのも堪えるものだが、直球の質問というのもぐっさりと胸に突き刺さるものだと、ジャックはしみじみと実感した。

(ぁああああああああっ、なんだってこうなるんですかぁあぁぁ、神様っ!?)

 こうして、ジャックにとって二度目のプロポーズ作戦は、またも失敗に終わったのである――。


                                      END


《後書き》

『………………隊長ぉ〜。あまり、罪なことをしてはいけやせんぜ。いくらなんでもあれはないでしょう、あれは。
 だいたいね、よりによってホワイトデーに町の目立つところであんな騒ぎを起こしただけでも問題続出だっていうのに……ホントに罪なお人ですね、まったく(苦笑)』

 ……と、本編でいれそこなった副隊長のお説教を真っ先に後書きに書いちゃいましたが、500003hit 記念リクエスト『ジャックのホワイトデープロポーズ作戦&ダイとポップの迷探偵ストーリー』です♪

 ええ、可哀相にまた無残に失敗しちゃっいましたが(笑) 
 ま、まあ、世の中には三度目の正直と言う言葉もあることですし、薄幸のジャック君には不幸に押しつぶされることなく頑張ってほしいものですv

 

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