『ときめきの白い日 6』 |
パプニカ城下町にある公園近くのカフェは、そのおしゃれさと日替わりのケーキセットの豊富さで知られている。 内装やメニューもいかにも若い女性に受けそうな、ファンシーで可愛らしい色彩でまとめられている。その甲斐があって女性には抜群に人気があるのだが、男にとってはどうにも尻の据わりが悪いというのか、落ち着かない感じがする店だ。 実際、ジャックもまるっきり夢に見なかったわけではない。 ましてや恋人はたった今、命の危機にあったばかりだ。その影響もあり、普段よりもうわずった感情になっていたとしてもおかしくはない。 『ああ……ジャック、怖かったわ……っ』 涙さえ浮かべ、まだ震えているレナを抱き締めるのはもちろんジャックの役割だ。 『大丈夫だよ、レナ。君のことはオレが……命に代えても守って見せるから』 まあ、実際には今回レナを助けたり守ったりしたのは、ヒュンケルだったりポップだったりダイだったりするのだが、それはそれ、追究しないで欲しい。 ジャックが彼女を守りたいという気持ちに嘘偽りはないし、その気持ちだけならたとえ勇者やその仲間達にさえ引けを取る気はないのだから。 『レナ……。これからもオレに、君を一生守らせてくれないか?』 だが――現実は常に無情なものである。 (…………いったいなんで、こんな羽目になったんだろうかな…………) 内心の失望がうっかりと溜め息にならない様に気をつけながら、ジャックは自分の真向かいに座る少女の様子を控え目に窺う。 机を挟んだ向こうにいるジャックなどそっちのけで、レナは自分のすぐ隣に座った少女とのおしゃべりに夢中だ。 「あ、それ、分かる、分かるーっ」 「でしょ!? ホント、下らないいたずらばっかりして勉強やお手伝いをサボってばかりいるんだから! 男の子ってホント、どうしようもないと思わない、エイミさん?」 「そうよね、本当に男の子って困ったものよね! ちょっと目を離すと、男の子同士で騒ぎばっかり起こすんだもの! しかも、毎回毎回面倒なことばっかり! それって、すっごく分かるわぁ!!」 せっかくのデートスポットで思い人と久しぶりの再会を果たしたというのに……絶好のシチュエーションとは程遠いにもほどがある。 一時も休まることなくおしゃべりをしつつ、さらにはちゃっかりとお茶とケーキを口に運んでいるという離れ業を事も無げに演じている少女達の口達者さに、ジャックはとてもついていけなかった。 女同士で盛り上がっている会話だと、男では割り込むどころか相槌を打つのすら難しい。 ……まあ、話に割り込む余地があったところで、ジャックには自国の王女に向かって『あんた、邪魔だからちょっと黙ってて』なんて言う度胸などさらさらないのだが。 どうやらレオナはクリスマスの時に名乗った偽名で押し通す気らしく、普通の女の子になりきってレナと楽しげに会話を弾ませている。 主に身近な男子に対する不満で持ち上がりまくる女子らに、口を挟める男などいようか。 ジャックはもちろんダイやポップも耳が痛い話題に、居心地悪そうな顔をして手持ちぶさたにお茶を啜っているばかりだ。 このお茶がまた、いかにも女の子好みのおしゃれな名前と花の香りのついたハーブティーなのが泣かせてくれるのだが。 ケーキも男の目から見れば不必要なまでに飾り立てられているくせに小さくて、食べ手がない代物にしか見えないのだが、女の子にはたまらない魅力があるらしい。 あれだけ熱心におしゃべりする合間に、わざわざウェイターを呼び寄せて二度までもお代わりを頼んでいるのだから恐れ入る。 (け、けど、レナが元気なのはいいことだよな、うん) 自分で自分に言い聞かせる様に、ジャックは無理にでもそう思うようにする。 レオナの会話を遮りたくないのとは全く違う理由で、ジャックはレナの会話を遮りたいとは思わない。 まだ若いのに孤児達の母親代わりとして常に苦労しているレナにとっては、めったにないストレス解消の場に違いない。 レナが自分じゃなく他の女子と話してばかりいるのが寂しいと打ち明けるのは、男としてあまりにも器が小さくてみっともない気がするではないか。 (…………でも、ものすごーく仲間外れ気分になるので、できれば早く終わってください、お願いします) 志を大きさとは裏腹の小さな本音を隠しつつ、ひたすらちびちびとお茶を啜っていたジャックの傍らでは、やはりダイが退屈そうにケーキをポイポイと口に放り込んでいる。 「っ、あっ、そうだっ」 その言葉と同時に、ダイがひょこっと立ち上がる。 「おれっ、思い出したことがあるから、ちょっと行ってくるねっ。すぐ戻るから!」 そう言ったかと思うと、ダイは止める間もなく店の外へと駆け出していってしまう。それを見て、ポップも慌てて腰を浮かしかけた。 「あ、おい、待てよ、ダイ!! 一人だけ、ずりいぞ」 「いえっ、大魔……じゃなくって、ポップさんこそ待ってくださいよっ、オレを一人にしないでくださいっ」 さすがにダイは間に合わなかったものの、ポップだけは逃がしてたまるかとばかりにジャックはがっちりと彼の腕にすがりつく。 この国の最高権力者であるレオナに対して、一兵士であるジャックが逆らえるはずがない。王女であるレオナのわがままや気紛れを抑えられるとしたら、ダイとポップを置いて他にいないのだ。 みっともなかろうが何だろうが、ここで最後の頼みの綱に逃げられてたまるものかとジャックも必死だった。 「え、いや、一人って……おまえにはお目当ての娘がいるだろ、邪魔者は消えるから後は若い二人でうまくやれよ」 「っていうか、あなたの方が年下でしょっ!? それにそう言うのなら、本当に二人っきりにしてくださいよっ!」 「無茶言うなよ、ご機嫌の姫さんのおしゃべりを遮れるわけねーだろっ!? んな怖いことできっかよ!?」 「何を抜かしてやがりますか、あんたは大魔道士さまでしょうがっ!」 少女達の耳には入らない様にごく小声で応酬しているポップとジャックは、目立たないように互いに攻防を重ね合う。 「おやおや、すっかり話が盛り上がっているご様子で。いや、若いってのはいいねえ」 (いえいえ、全然盛り上がってなんかいませんけどっ!?) むしろ、これが盛り上がっている様に見えるというならあんたの目は節穴かと問い質したいとは思う。 「せっかくのお楽しみのところを悪いんですが、事件のことでちょいと聞きたいことがいくつかあるんですがね、いいですかい?」
「ええ、そうなの、まさか乗せてもらった荷馬車が暴走するだなんて、思いもしなかったわ。馭者の人ったら、止めるどころかさっさと一人だけ飛び下りちゃったし。 それはむしろ、値切り倒した安馬車だからこそそんないい加減な馭者に遭遇したのではないかとジャックは思ったが、とりあえずそれは口にはしなかった。 孤児院の厳しくも険しい財政状況はジャックも知っているだけに、経理を預かるレナが出来る限り経費を削りたがる気持ちは分かるし、責められない。 責めるのなら、その無責任極まりない馭者の方だろう。 なにしろ馬車と馬と言う大きな証拠品を残しているのだ、調べれば馬車の持ち主を探し出すのはそう難しくはあるまい。 それが終わる頃、レオナもまたようやくお御輿を上げる気になってくれたらしかった。 ずいぶんと時間も掛かったし、予想外にあれこれあったけれど、これでやっとレナと過ごせるのだと胸が高鳴る。 「あのう、すみませんが、帰りの馬車っていつ頃出発するのでしょうか? できれば、すぐにでも帰りたいんですけど」 「え、えええっ、ちょっ、ちょっと待ってくれよっ、レナっ!? まさか、もう帰っちゃうのかよっ!?」 今まで我慢に我慢を重ねていたのも忘れ、思わずジャックはその場に立ち上がって大声を出していた。 カフェの他の客達が咎める様な目でジャックを見るが、そんなのは知ったことじゃない。 「そんなの当たり前でしょ、いつまでも孤児院を空けておけるわけがないじゃない。用事が済んだら速攻で帰るわよ」 「い、いや、そうかもしれないけどっ。でも、そんなに急がなくったって……っ。だってせっかく会えたばかりなのに」 正確に言うのなら、ジャックがレナと一緒にカフェで過ごした時間は決して短いものではない。 普通の事情聴取ならこれほど待ち時間があるのは考えにくいので、その辺は副隊長が気を利かしてくれたらしい。 せっかくこれからいろいろと話したり、プロポーズをしようと思っていたのにと、ジャックは泣き付かんばかりに彼女を見つめる。 「なに大袈裟なこと言ってるのよ、会いたければいつだって会えるでしょ。そう言うなら、今度の休みにでも戻ってきなさいよ」 「で、でもよっ、オレ、まだ、チョコのお礼も言ってないんだぜっ!?」 しかし、ジャックの気も知らないレナは不思議そうな顔できょとんとするばかりだった。
(ジャ、ジャックになんて……って) 衝撃の事実だった。 「嘘だろ……? だ、だって、ほら、現にここにチョコがあるじゃないかっ、レナからの手紙と一緒に届いたんだぜ!?」 「あたしの?」 不思議そうに首を傾げながら、レナはジャックの差し出した手紙と小さなチョコレートの包みを手に取って見比べる。 「この手紙は確かにあたしが書いた物だけど、チョコはあたしが送った物じゃないわよ?」 「へ?」 そもそもの前提を根源から崩されてしまって、ジャックは呆然と立ちすくむ。大袈裟に言うのであれば、せっかく築き上げた塔がいきなり足下から崩れ去ったしまったかのような感覚――。 唖然とするジャックに代わって、包みにちょっかいを出してきたのはポップとレオナだった。 「えー? あ。これ、ひょっとしてアレじゃね? ベンガーナデパートのおまけ。特定の時期の郵便にだけ、サービスでおまけをつけるって奴。確かクリスマスにも、なんかやってたっけ、あそこって」 「それなら、あたしも聞いたことあるわ。バレンタインデーの時期にはチョコのおまけがつくなんてしゃれていると思ったけど、案外小さなおまけなのね」 初耳である。 (っていうか、なんだってそんな俗っぽいことにまで情報通なんですか、お二人ともっ!?) 「そう言えば、この前バレンタインデーだったのね、忘れたわ」 (わ、忘れてたって……) ジャックの方は忘れるどころか、一ヵ月以上前からずっと気にし続けていて、ずっとその比を意識しまくって、夢にまで見る程だったのだが。 「でもどうせ、ジャックって甘いものってあまり好きじゃないんでしょ。これだって、封さえ開けてないじゃない」 そうじゃない、とジャックは言いたかった。 しかし、孤児達の中では最年長の男子となった時から、ジャックは自分がしっかりしなければと思ってきた。 甘いおやつを苦手だと見栄の混じった嘘をつき、レナや小さい子に分けたりしたものだ。……が、どうやらジャックのその密かな気遣いはレナには全く通じていなかったらしい。 本当はチョコはそれこそ貪りつきたいほど、大好きだ。もしこれが他の誰かから貰ったチョコならば、とっくの昔に食べ尽くしていた。 が、それがレナからのバレンタイン・デー贈り物だと思ったからこそ、勿体なくって手を付けなかっただけの話だ。 「食べないのなら、これ、ちょうだいね。溶かしてチョコクッキーにでもすれば、大勢に行き渡るもの! あの子達、チョコなんて一度も食べたことがないからきっと喜ぶわよっ」 この一ヵ月と言うものの、ジャックが心の宝物として大切に大切にしまっておき、時に取り出してはニヤニヤして眺めていたチョコの包みは、恋する少女自身の手によってあっけなく奪われた。 その衝撃から立ち直れずに目も空ろになっているジャックを見て、さすがに気の毒になったのか、副隊長がいささかわざとらしく手を叩いて見せる。 「あー……。あー、そういや申し訳ない、帰りの馬車ですけどね、馬車の手配はともかく、馭者の手が足りないんですよ。 そう言いながらジャックに向かって目立たない様にウインクして見せる副隊長の姿が、天使の様に光り輝いて見えた。 さっきまでとは打って変わったビッグチャンス到来に、ジャックは一瞬で生き返る。 「それなら、オレが手を貸そう」 静かにそう言いながら登場してきた男に、カフェにいた女の子達のざわめきが見事に鎮まり返る。 「あ、いえそんな……隊長の手を借りるほどのことでは」 なんと言う間の悪さかと、ジャックは天を呪いたくなる。 「遠慮はいらん。オレは今日、明日は非番だ」 (ぁあああっ、この人ってはどうしてこう空気を読めないんだよっ!? いいえっ、決して遠慮なんかじゃなくって、余計なことしないでくださいよ――っ!!) もう少しジャックに勇気があったのなら、そう叫びたいところだ。 「まあ、助かります! それではお言葉に甘えて、是非お願いしますわ」 そう言うレナの顔が、ひどく嬉しそうに見えるのはジャックの気のせいだろうか? 「じゃあ、エイミさん、ポップさん、今日は本当にありがとうたのしかったわ。ダイ君に挨拶出来なくて悪いけれど、よろしく言っておいてくれる? ――あ、ジャックもまたね」 主にレオナとの別れを惜しみつつ、おまけ程度にジャックに手を振ったレナはそのまま馬車で去っていく。 (ああ……なんか新婚旅行っぽくね、あれ?) ヒュンケルには悪気や下心などなく、ただ、ただ部下思いの上に見掛けによらず親切なだけだと承知はしていても、今の光景のダメージは大きかった。 自分で自分の想像に傷ついてしまった傷心のジャックに対して、さすがに気まずいものを感じるのかレオナやポップ、副隊長までもが何か気遣う視線をするのがかえっていたたまれない。 (これなら、いっそはっきり言われた方がましかも……) 遠回しに傷を撫で回されるような扱いに泣きべそを掻きたい気分で立ちすくむジャックの側に、何かが勢い良く舞い降りてくる。それが勇者だと気がついたのは、場違いな脳天気な声がかけられた後だった。 「ね、見て見て、これ! これがジャックさんが探してた奴かな?」 と、ダイが得意そうにジャックに差し出したものは――なくしたはずの指輪だった。 「そう……ですけど、いったいどこに?」 確か、誰かに盗まれたはずではなかったのか。驚いて思わず尋ねると、ダイは嬉しそうに笑う。 「おおがらすの巣の中!」 「はあ? なんだ、そりゃ?」 「だから、城の裏山のおおがらすの巣の中に転がってたんだよ、これ。ポップ、知らないかな? おおがらすやデスフラッターって、レオナと同じでキラキラしたのが好きなんだよ」 怪物を同列で語られたのが不満なのか、レオナが微妙に顔をしかめたのがジャックにはハラハラものだったが、ダイはひたすらのん気なものである。 「あの部屋に鳥の羽が散ってたから、もしかしたらって思って探してみたらビンゴだったんだ」 「って、それじゃあ最初から分かっていたのかよ、てめえはっ!? なら、もっと早く言えよっ!!」 「え、だって言おうとしたけど、ポップもみんな、忙しそうだったしー」 全く悪びれた様子もなくそう言うダイは、周囲を見回してから無邪気に尋ねた。 「ところで、ジャックさんの好きな人はどこにいるの? そういや、ヒュンケルの姿も見えないけど」 「……………………」 クリティカルヒットなダメージだった。 (ぁああああああああっ、なんだってこうなるんですかぁあぁぁ、神様っ!?) こうして、ジャックにとって二度目のプロポーズ作戦は、またも失敗に終わったのである――。
《後書き》 『………………隊長ぉ〜。あまり、罪なことをしてはいけやせんぜ。いくらなんでもあれはないでしょう、あれは。 ……と、本編でいれそこなった副隊長のお説教を真っ先に後書きに書いちゃいましたが、500003hit 記念リクエスト『ジャックのホワイトデープロポーズ作戦&ダイとポップの迷探偵ストーリー』です♪ ええ、可哀相にまた無残に失敗しちゃっいましたが(笑)
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