『宝箱にご用心♪ ー前編ー』

 

「……もう一度、言ってみろ」

 口調こそは、静かだった。
 だが、確実に怒気を孕んだその口調は恐ろしいまでに剣呑だった。だいたい今の彼の姿を一目見た人間は、恐怖で竦みあがるか一目散に逃げ出すかのどちらかだろう。
 魔族特有の青い肌が目につく、精悍な戦士が武器を身構えているのだから。

 外見的には20代前半と見える若さだが、外見と年齢が一致するとは限らない魔族にとっては見た目は当てにならない。
 顔立ちだけを見るなら申し分ない美形だが、険しすぎる目が、目に見えぬまま滲み出る殺気が、彼の印象を猛々しいものに変えていた。

 目の下に隈取りのように入れられた入れ墨も、その印象をなお強めている。
 その顔だけでも恐ろしいが、鍛え上げられていると一目で分かる体付きを見れば、彼が凄腕の戦士だと疑問を挟む余地はあるまい。

 手にしている槍も、市販されている物とはひと味もふた味も違う。独特の形をしていながら実用に適してるという、優れた武器ならではの芸術性に溢れたものだった。
 普通の戦士ならば使いこなせずに持て余しそうなその槍は、男の手にはぴたりとはまっている。

 それも、単に自衛のために武器を装備しているなんて生易しいものでは無い。今すぐにでもこの槍を投射してやるぞと言わんばかりに腕の筋肉を絞り、殺気だった目を光らせている。
 下手なことを言えば最後、そのまま攻撃しかねない雰囲気が彼にはあった。

 彼の名前は、ラーハルト。
 かつて魔王軍の中で最強と目されていた竜騎士バランの直属の部下であり、若くして竜騎将の陸戦騎の地位を与えられた程の戦士である。

 だが、彼の過去を一切知らなかったとしても、言うに言われぬ緊迫感を漂わせるこの姿を見て恐れを抱かない者は少ないだろう。

 だが、今現在ラーハルトの目の前にいる少年は違っていた。
 恐れを抱くどころか、人を小馬鹿にするかのようにへらへらした笑顔を浮かべてさえいる。

「あぁん? お望みなら、何度だって言ってやるよ……!」

 そう言い返したのは、どう見ても人間の少年だった。
 せいぜい16、7才程度で、お世辞にも逞しいと言えるタイプではない。細身でどちらかといえば貧弱な体付きの、どこにでもいそうな平凡そうな少年だ。

 身に付けているのもただの旅人の服であり、一見、ごく普通の旅の少年に見える。腰の後ろに指している魔法使い用の杖だけが、彼の職業を物語る唯一の品だ。
 しかし、見た目の平凡さを裏切る勇気と実力を彼は備えている。

 彼こそは、二代目大魔道士ポップ。
 大魔王バーンにさえ一目置かせた頭脳と魔法の腕を持つ魔法使いは、恐れも見せずに強気に言い返す。

「さんざん偉そうな顔しといて、こんなあからさまな罠に引っ掛かるなんて、結局はてめえもダイと同レベルじゃねえか」

 ぴくっ。
 そんな擬音が聞こえそうな勢いで、ラーハルトのこめかみが引きつる。途端にただでさえ緊迫していたその場の空気が、一気に爆破寸前の危機感をはらんで膨らむ。
 元魔王軍幹部と勇者の片腕とも言える魔法使いの対峙――真っ向からぶつかれば、ただではすむまい。

 そう思わせる雰囲気が、周囲に漂う。
 ラーハルトは槍を震える程に強く握り締め、叫んだ。

「貴様……! ダイ様を愚弄する気か?! ダイ様への侮辱を捨て置くオレだと思うなよ……!」

「はあ?! 侮辱?!
 何言ってやがる、おまえだってダイと同レベルってのを悪口だって解釈してるじゃねえか!」

「そ……っ、そんなことはあるはずないだろうっ!」

「うそつけっ! なら、なんだってちょっとどもってやがるんだよっ?!」

 ――肩書きやその並外れたスキルなど無関係に、妙に子供っぽくも低レベルな舌戦を繰り広げているポップとラーハルトを、呆れた眼差しで見守る者がいた。

「……いやさ、お二人さん。揉める気持ちは分からんでもねえけどよ、せめてこれを外してからやってくんねーかな」

 と、世にも情けなさそうな顔でぼやいているのは全身が金属の塊の金属生命体。眩い程の銀色のその輝きは、伝説級の貴重品である超金属オリハルコン特有のものだ。

 彼の名は、ヒム。
 かつての魔王ハドラーが禁呪によって生み出したハドラー親衛隊の一員であり、最後の生き残りでもあるヒムは、うんざりした目を自分の身体に向ける。

 彼がうんざりするのも無理はない。
 手といい、足といい、果ては自慢の長髪の先っぽと言い、ところ構わずにミミックが食いついていたりするのだから。

 ミミックとは宝箱に擬態して人間を油断させ、開けようとして近付いたところを攻撃してくるので有名な怪物だ。
 その噛みつきは強烈であり、普通の人間ならミミックにまともに噛みつかれたのなら手足の一本や二本切断されてもおかしくはない。

 が、伝説の金属の名は伊達ではない。
 ヒムのオリハルコンの身体はミミックの鋭い歯などものともせず、かすり傷一つ受けつけない。ミミックの渾身の力を込めた噛みつきも全くどこ吹く風で、平然とした顔をしたままだ。

 知能は極端に低いミミックは自分の噛んでいるものの固さが分かるほどの利口さもなく、また、一度噛みついたものからそう簡単に口を放す習慣もないせいで、いつまでもしつこく噛んだままだ。

 ヒムにとっては子猫に甘噛みされているようなもので害にはならないものの、邪魔臭いことこの上ない。その気になれば一瞬で粉々に打ち砕ける相手の攻撃を延々と受け続けていなければならないというのは、うっとおしくて精神的にキツいものがあるのである。

 いっそぶち壊してやろうか――そう思わないでもなかったが、実行には至らない。もし、このうっとおしいミミックを勝手に退治したりしたのなら、今はいがみあっているポップとラーハルトが二人そろって矛先を変え、ヒムに文句を言ってくることは間違いないからである。

 さすがのヒムも、この二人を同時に敵に回すのは遠慮したい。それを思えば、ミミックに地味に齧られ続ける立場に甘んじていた方がまだいくらかましというものである。

「はぁー、まったくなんでオレがこんな目に合わなきゃならねえんだろうなぁ……」

 しみじみとそう呟き、ヒムは虚空に何となく目を遊ばせるのであった――。

 

 

「あれっ、あそこにいるのはポップじゃねえのか?」

 それは、つい半日ほど前のこと。
 ヒムのその言葉に、ラーハルトは一応顔はあげた。そして、視線の先に確かに見慣れた人影を確認する。
 だが、彼を一目見た途端――天啓のように彼は悟った。

 今のポップには関わらない方がいい、と――。
 ラーハルトの名誉のために言うのであれば、彼は決してポップを嫌っている訳ではない。 むしろ、その逆だ。

 半分魔族の血を引いているせいでなかなか人間に馴染めないラーハルトにとって、差別意識のないポップは貴重な存在である。……本人には決して、それを告げるつもりはないが。

 互いに旅をしている最中の身だ、どこかで偶然出会ったら声を掛けるし、彼が困っているようなら躊躇なく助け手を差し延べてもいい――そのぐらいの親しみは感じている。
 実際、ラーハルトもヒムの言葉を聞いた段階ではそうするつもりだった。……が、今のポップを一目見た途端、ひしひしと嫌な予感が込みあげる。

 何に腹を立てているのやら不機嫌さ丸出しの顔で、足音も荒くズカズカと歩いているポップの様子は、ただ事じゃない。
 しかも単独で洞窟に向かっている辺り、何やら猛烈に嫌な予感がひしひしとする。

 だいたい、ポップという魔法使いはひどくアンバランスで厄介な存在だとラーハルトは思っている。
 大魔王にさえ認められるほど頭が良く、並外れた度胸と卓越した魔法センスと実力を備えた魔法使いだという点だけは、ラーハルトさえ認めている。

 が、それでいてポップときたら、おっちょこちょいさや軽はずみさがいつまで経っても抜けきらない。
 それに喜怒哀楽が激しいのはいいとしても、すぐ感情的になって無茶をしでかし、しょっちゅうトラブルを起こしまくるという勇者一行切ってのトラブルメーカーでもある。

 普段ならともかく、頭に血が上っている時のポップに関わるのは危険だと、ラーハルトはすでに学習していた。

(……………………見なかったことにするか)

 神速の早さで、ラーハルトはその結論に達する。
 あれだけ不機嫌そうにしているのだ、ポップがなにかトラブルを起こしたか、あるいはこれから起こそうとしている可能性はひどく高い。ここで声をかけた日には、否応なくそれに巻き込まれてしまうだろう。

 お節介とは対極の性格をしているラーハルトにしてみれば、他人の揉め事に進んで関わりたいなどとは露ほども思わない。
 幸いにも、ポップはまだこちらに気がついていない。魔法使いの常で気配には鈍いポップは、声をかけなければ自分達に気がつきはしないだろう。

 魔法使いが一人で洞窟に向かうというのは少し無茶な気もするものの、それもたいした問題ではないとラーハルトは判断した。
 いかに貧弱な魔法使いとはいえ、ポップは仮にも二代目大魔道士と名乗る実力の持ち主だ。

 そんじょそこらの洞窟でどうにかなるほど、ヤワな男ではない。
 それにポップは、ダイと一緒に旅をしているはずだ。
 酔興にも小さなメダルを集めるという旅の目的はどうかと思うが、まあそれはさておき、ポップがいる以上は同行者であるダイもそう遠くない場所にいるに違いない。

 いくら世界が平和になったとはいえ、まだ少年という年齢で旅をしている冒険者はごく珍しい。
 ダイを探し出すのに、そう苦労はしないだろう。

 ポップが一人で洞窟に向かった事実を、ダイの耳に入れておけばいいことだ。なぜかポップが気に入っているダイは、そうすればきっとなんらかの手を打つはずだ。

(ダイ様はあの魔法使いの小僧と違って心が広いだけではなく、お優しい方だからな)

 ほぼ瞬間的にそこまで考えた揚げ句、見てみぬふりをしようと決めたラーハルトだったが、不幸にも彼の隣にいたのはヒムだった。

「お、ポップじゃねぇか。おーい、久しぶりぃ!」

 何も考えていないのか、ごく当たり前のように挨拶なんぞしている。空気の読めない金属人形を慌てて睨みつけたが、もう手遅れというものである。

「え? ヒム? それにラーハルトも……なんで、こんなところに?」

 案の定、ポップは足を止めてひょいひょいと手招きをする。それにヒムが気楽に応じて近寄ったりするものだから、さすがに知らん顔もできなくなった。同じように近付いていったラーハルトは、おざなりに返事をする。

「野暮用だ」

 ラーハルトにしていればそれだけで十分な説明だと思ったが、意外とおしゃべりな金属人形がカラカラと笑いながら補足する。

「あー、そりゃあ、おまえらの先生のせいだってえの。ほれ、親善特使って奴だよ」

 その説明に、ポップは「ああ、あれか」と納得して頷く。
 それはパプニカ王女レオナとカール王アバンが中心となって薦めている、怪物と人間との共存のための政策の一環だ。

 怪物や魔族が決して恐ろしいだけの存在ではなく、人間と共存することのできる存在だと人々に認識してもらうため、人と接する機会を増やす――それがこの計画の要だ。
 そのため親善特使と称して頻繁に他国への使いや、パーティなどの参加を心掛けるようにしているのである。

 この計画に勇者一行のメンバーやデルムリン島の怪物達は、少なからず協力している。ダイと共に気楽な旅に出たせいで今はほぼ政務に関わっていないものの、レオナやアバンと親しいポップは当然この計画を知っているせいで理解が早い。

「だけどよ、確かラーハルトと組んでいるのってクロコダインじゃなかったっけ? ヒムだっていつもはチウと一緒だったろ」

「あー、それがよ、今は獣系怪物に風邪が大流行してるんだよな。おかげであのワニのおっさんも、隊長さんもくしゃみや鼻水が止まらなくってさ、しばらくの間休暇を取っているんだよ」

「へえ、おっさんとチウが?! 驚いたなー、おっさんはともかくチウなんかはダイと一緒で、絶対に風邪なんか引かないと思っていたけどなー」

 本気でそう思っているのか微妙に失礼なことを言っているポップに、ラーハルトはこめかみの辺りが引きつるのを自覚したが、努力して口には出さなかった。
 驚きのせいか怒りも一瞬収まったのか、ポップの顔に笑顔が浮かんでいるのを見たからだ。

 このまま、ポップの機嫌が直るならそれに越したことはない。
 普段ならほんの少しでもダイの悪口に繋がるような言葉を許すラーハルトではないが、今日ばかりは大目に見てやってもいい……そんな風に思っていた。が、ヒムときたらここでも余計な一言を忘れはしなかった。

「ははっ、そうかもな。ところでダイと言えばどうしたんだ、珍しいな、今日は一緒じゃないのか?」

 そう聞いた途端、ポップの機嫌は急転直下した。子供っぽい膨れっ面になり、途端に文句を言い出す。

「ふんだ、あいつなんか、知るもんか! ちょっとばかり身体が頑丈だと思いやがって、先頭を行くってきかなくってさ! そのくせ自分は罠にばっかりハマりやがって、ホントにあのバカはどうしようもないぜ!

 あんまり怪我ばっかりしやがるから今度はオレが先を歩くって言ったら、ポップじゃ危ないからダメだって猛反対しやがるんだ!! 揚げ句にこの洞窟は危険だから、おれの後ろから離れちゃダメだとか言いやがるんだぜ! まったく人のことをか弱いお姫様だとでも思っているのかよ、ムカつくにも程があるぜ!!」

 ちょっと話題を振った途端、いきなり、だぁーっと猛烈な勢いでダイの文句を並べ立てるポップに、ラーハルトはもちろんのことヒムまでもが微妙な表情を浮かべずにはいられない。

「あ、ああ……そーゆーことかよ」

 と、ヒムが苦笑混じりに、何となく納得した様な感じで呟く。感想を言葉にこそしなかったが、ラーハルトもしみじみと溜め息をつかずにはいられない。
 大体、危険な場所を探索する時は防御に長けて耐久力の高い戦士が先行し、後衛の仲間の盾になるのが常識だ。

 竜の騎士であるダイは飛び抜けた丈夫さと共に、仲間を守ろうとする気概に溢れている。防御力の劣る魔法使いを庇おうとするのは、ごく自然な発想だろう。
 そんな常識はポップだって知っているはずなのだが――困ったことに、この魔法使いは変なところで意地っ張りだったりする。

 庇われていることを素直に感謝し、守られる立場に甘んじていられるような性格ではない。
 自分の弱さにコンプレックスを持っているからこそ、やけにムキになるタイプである。


 が、ポップが意地っ張りだとすれば、ダイは頑固者だ。
 一度決めたことは、頑として譲らない。
 仲間思いのダイは仲間が傷つくことをただでさえ嫌うが、その相手がポップならばなおさらだ。

 旅の一番始めからずっと一緒だった親友であり、見た目によらぬ無茶さのある魔法使いを、ダイが心配するのも当然だろう。
 しかし、まだお子様でいたってストレートなダイは、さりげなく相手を庇うような器用な真似などできない。

 むしろ全く空気も読まず、実に素直に本心を暴露してしまうようなタイプだ。ダイの悪気のない無邪気な一言で、ポップをカンカンに怒らせることなど珍しくもない。

 まあ、普段ならばおおらかなダイは謝罪にも抵抗を持たないし、ポップの怒りやわがままをそのまま受け止める。ラーハルトから見れば、ポップのわがままさや自分勝手さに顔をしかめたくなる時でも、ダイはにこにこしてポップに従っている。

 だが、今回の様に仲間の安全に関することだとそうはいかない。
 ポップが意地を張り、ダイも意見を譲らないままでぶつかりあい、勢いからケンカに発展してしまった  そんなところなのだろう。

「ホントに、あいつ最近生意気なんだよ! だいたいあんなにチビだったくせに、いつの間にか背も伸びておれに追いついてやがるしよ、年下の癖して……!
 あんな奴がいなくったって、おれ一人でもこんな洞窟ぐらい楽勝なんだよ!!」

 ぷりぷりに腹を立てているポップの文句は、すでにケンカとか洞窟などとは無関係のところに飛んでしまっているようだ。

(……前半と後半が繋がっていない様だが)

 と、ラーハルトは思ったものの、特に指摘をする気まではなかった。それはヒムも同じらしく、心底どうでもいいという表情で気のない相槌をうっているだけだ。

「はあ……そーゆーもんかねえ」

「――っと、いけね、こんなとこでしゃべっている暇なんかなかったんだ! 急がなきゃ、ダイの奴が……っ。じゃあな!」

 ポップが突然そう言って慌てて手を振るのを見て、ヒムはあからさまにホッとした表情を浮かべる。

「おー、気をつけてなー」

 気楽に手を振るヒムは、もうこれ以上下らない愚痴やケンカとは関わりたくないと思っているのだろう。
 ついさっきまではラーハルトも同感だったのが、今のポップの一言が引っ掛かった。

「待て、ポップ。今の言葉はどう言う意味――」

 ダイの存在は、ラーハルトにとっては何よりも優先される。
 ポップの一言に気を取られていたラーハルトは、珍しくも気がつかなかった。洞窟の入り口に片手をかけたポップが、何かの呪文を唱えていることに。
 ラーハルトに肩を掴まれたポップが、びっくりしたように振り返る。

「あ、バカっ、おれに触るな――って、うわぁああっ?!」

 その悲鳴が消え終わらないうちに、眩い光がラーハルトとヒムを包み、圧倒的な浮遊感が三人を襲った――。

                        《続く》
 

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