『宝箱にご用心♪ ー中編ー』 |
一瞬にして真っ暗に切り替わった視界に動揺することなく、ラーハルトは気温と風の有無だけで自分の居場所の見当がついた。 近くに敵の気配は感じられないが、ポップとヒムの呻き声が聞こえるところを見るとすぐ近くに2人はいるらしい――そう思った時に、短い呪文が唱えられた。 「レミーラ!」 その途端、パッと周囲が明るくなり視界が良好になる。 たった今、魔法で周囲を明るくしたばかりのポップはきょときょとと周囲を見回しつつ文句を言うような口調で呟く。 「なんだよ、いったいここってどこだよ?」 「いやっ、それはオレらのセリフだろうがっ?! おまえなぁ、今度はいったい何をしやがったんだ?」 すかさずヒムが文句を言い返すのも無理もない。 正直、ヒムにしてみればとんだ災難に巻き込まれたとしか言い様がない。しかも、ヒムがポップのわがままやら無茶さのとばっちりを食らうのはこれが初めてではないのである。 が、ポップの方は全くそんな風には考えちゃいなかった。 「なんだよ、オレがいっつも問題を起こしているみたいにいうなよな! 今回のはてめえらが悪いんだろ、変なタイミングで触ったりするから罠の解除に失敗しちまったんじゃないかっ!!」 悪いのはむしろヒムとラーハルトの方だと言わんばかりの口調で食ってかかってくるポップは、ある意味では実にいい根性と言うべきか。 「罠、だと? 入り口にか?」 「ああ、そうだよ! ここの洞窟は作った奴がよっぽど捻くれ者だったみたいでさ、入り口に入ったらすぐ、深い階に飛ばされちまうんだよ。前にさんざん苦労したから、今度こそ罠を解除してやろうと思ったのによ……!」 「だったら、やり直せばいいだろ。リレミトを唱えてさ」 ヒムの軽い提案に、ポップはカンカンになって怒鳴り返す。 「それができりゃ、苦労しないんだよっ! この洞窟ってリレミトが使えねえんだよ!! 自力で階段を上るしか、脱出方法がねえんだよ、面倒臭いことにっ」 「なんだよ、えらく面倒な洞窟だな。そんなの、下手したら全滅ものじゃねえかよ。これからどうする気だよ、おい」 「ふざけんなよ、そんなのはこっちが聞きたいぜ! てめえらのせいで予定とは全然違う所にきちまったじゃねえか、どうしてくれるんだよっ」 またも揉め始めたポップとヒムに対して、ラーハルトはどこまでも冷静に声をかける。
どちらが悪いかというしょうもないことで揉めていた二人も、その言葉が正しいと認める程度の落ち着きは取り戻したらしい。 「ま、それもそうか。こうなったら、ここからどう脱出するか相談でもした方がましだな」
「脱出話の前に、まず確認しておきたいことがある」 仲間達に向かって話しているようでいながら、実際にはポップだけを見つめてラーハルトは問い掛ける。 「貴様、ダイ様に何をした?」 「おぉいっ、この状況で真っ先に確認すべきことがそれかぁっ?!」 ヒムの全力突っ込みに、ラーハルトは顔色一つ変えず真顔で言い切った。 「当然だ」 ラーハルトにしてみれば、それ以上の優先事項などこの世に存在しない。 が、自分が離れている間にダイの身に何かあるかもしれないと言うのは、大問題だ。 「な、何って……、なんだよ、人聞きが悪いなー、別に何もしてねえよ」 ポップのその言葉を、そのまま受け止める程ラーハルトはお人好しではない。
「そ、それはぁっ……えっと、ダイは、この洞窟は嫌だからって来なかっただけだって」
主君に対する絶対の信頼を込めて、ラーハルトは断言する。 とにかくダイは並の子供と違い、ケンカ相手がどうなっても構わないなどと言うような狭い了見など持っていない。 ポップを心配して止めようとするか、それができなければせめて同行しようとするだろう。 そんなダイを力づくでどうこうできる相手など、ほぼ皆無と言ってもいい。だが、どんなに優れた戦士であっても、向き不向きはあるものである。 おまけに、ダイはポップにはひどく甘い。 「答えろ。ダイ様に何をした?」 答えなければ只ではおかないとばかりの殺気に気圧されたのか、ポップがしぶしぶ口を割った。 「だから、何もしてねーって! たださ、ちょっと……ラリホーマをかけて、バシルーラかけて飛ばしただけだって」 ポップのその言い草に目を剥いたのは、ラーハルトだけではなかった。 「いや、それ十分以上になにかしているだろっ?! 大丈夫なのかよ、それっ」 非難がましくヒムが突っ込むが、ポップは全く反省した様子もない。 「大袈裟に騒ぐなよ、ダイがラリホーマぐらいでどうにかなるわけないじゃん。遅くとも丸一日もあれば目を覚ますって。 「……それって、そーゆー問題なのかぁ?」 呆れ果てたような顔ながらも、ヒムはとりあえず積極的に文句をつける気まではないようだ。 命を捧げても悔いなしと定めた主君に対してあまりといえばあまりにも無礼な態度をとるポップに対して、言いたい文句がないわけではない。 しかし、ダイの無事を保証された安堵感は大きかった。それに免じて、ポップの今回の暴挙やらこのトラブルも大目に見てやってもいいかもしれない――と思う余裕があったのも、ほんのわずかな間のことだった。 「おっ、見ろよ、あれっ!」 と、嬉しそうな声を上げたかと思うと、ポップは止める間もなく枝道の一つへと駆けていく。 「…………あからさまだな、おい」 宝箱という物は、普通は部屋の片隅などに置かれているものだ。 しかし、その宝箱ときたらいかにも無造作に通路の真ん中に置かれていた。まるで、空けてくださいとでも言わんばかりに。 しかも、そうやって置かれている宝箱は一つではなかったりする。よくよく見れば、通路に置かれた宝箱のその先にも、別の宝箱がぽつんと見える。 (……人を馬鹿にしているのか、ここの洞窟を作った奴は) いちいち反応するのもバカらしいと思える罠だっただけに、ヒムもラーハルトも宝箱に走っていくポップを止めようともしなかった。 乗り気などかけらもなく歩いていたヒムやラーハルトが魔法使いに追いつくより、ポップが宝箱に辿り着く方が早かった。 「っ?!」 思わぬポップの行動に、ヒムもラーハルトの一瞬驚いて息を飲む。が、ポップの方は二人の驚きには気がついたようすもなかった。 「あ、なーんだ、セコいな。5Gしか入ってねーでやんの。ま、もらっとこ」 などと文句をつけつつ、小銭を拾い上げてポケットにしまい込む大魔道士の方がよほどセコいような気もするのだが、この際そんなことはどうでもいい。 「お、あっちにもある!」 はしゃいだ声を上げながら、奥の方に見える宝箱目掛けて一直線に走っていくポップに、二人揃って血相を変える。 「待ていっ、おめえ、何、危ねーことしてんだよっ?!」 と、ヒムが叫んだ時はすでに時遅く、ポップはすでに二個目の宝箱を開けていた。拾い上げた棍棒を捨てもせずに重そうに持ちつつ、やっとポップは振り返る。 「危ないって、なにがだよ? 宝箱があったら開けなきゃ、だろ」 「バカか、貴様はっ?! 貴様がそこまでの愚か者だとは思わなかったぞっ! ミミックにでも出くわしたらどうする気だっ」 普段からクールさを信条としているラーハルトには珍しく、我慢できずに声を張り上げる。 世界にはイミテーターと呼ばれる種類の怪物がいる。無機物を装って身動きもせずに獲物を待ち続け、人間が触れた途端に正体を現して襲いかかってくる……ミミックや人食い箱に代表される怪物達だ。 まあ、正直に言えばラーハルトやヒムにとってはミミックなど恐れるに値しない。一撃で粉砕できる程度の相手だ。 相手が宝箱を装っているだけに最初の一撃は不意打ちになりやすく、防御力の低い者にとっては厄介な怪物だ。 一般人とほとんど変わらない防御力しか持たないポップは、ミミックの攻撃をまともに食らったりすれば致命傷になりかねない。 「んなこたぁ、知ってるよ。っていうか、おれ、そのミミックを探してるんだよ」 「――?!」 ポップの言葉が理解しきれず、ラーハルトは一瞬困惑する。 (まずい……っ) 咄嗟に、ラーハルトの脳裏に浮かんだのは次の瞬間に起こるであろう惨事ではなく、己の主君であるダイが嘆き悲しむ様だった。ポップの葬式光景すら早手回しに想像しつつ、ラーハルトは思考よりもさらに素早い動きで行動を開始する。 「うぉっ?!」 と、ヒムが驚きの声を上げた時には、すでにことは終わっていた。 「……危ないところだったな」 ミミックは蓋を開けられた時ではなく、蓋の隙間がある程度以上開いた瞬間に正体を現して襲いかかってくる。 さらに、意外に機動性があるミミックがポップに再攻撃をしかける可能性を考慮して、ポップを安全圏に下がらせるように押しやった。 ――が、彼の凄まじいまでの速度で成し遂げた人助けに、仲間は誰も感心しちゃくれなかった。 「な、……なにしてくれてんだっ、てめえはっ?! 鼻の骨が折れるかと思ったじゃねえかっ!」 壁に思いっきり激突したポップは、感謝どころか青筋を立てつつ怒鳴りつけてくる。 ラーハルトにしてみれば、2、3歩後ろに下がらせる程度のつもりの軽い力は、ポップにとっては力一杯の突き飛ばしにも等しかったようだ。 「すまん。いささか、手が滑った」 ラーハルトにしては珍しく謝罪したのは、ポップが自分で自分に回復魔法をかけているのを見たからだ。 「しかし……つくづく貧弱だな」 思わず漏れた素直な感想がまた、ポップの神経を逆撫でしまくったらしい。 「おまえなー、危うく人を殺しかけといて、言うことはそれだけかっ?!」 カンカンになって怒るポップの後ろで、ヒムがぽそりと呟く。 「いや、それよりよー、オレの方の扱いの方がひどくね?」 腕を思いっきりミミックに噛みつかれたまま、情けなさそうな顔でヒムがボヤく。が、ラーハルトはポップの激怒と同様にヒムのボヤきも柳に風と受け流す。 「生憎、手近に手頃な物がなかったからな」 ミミックの口を閉じないようにするためのつっかい棒――その代わりにと、ラーハルトは咄嗟にヒムを抱え上げて運び、腕を突っ込んでいた。 仮にもオリハルコン製のボディはそんなことでは壊れはしまいと確信しているだけに、なんの遠慮もない。 「手頃なものがねえって、おまえ、その槍があるだろうがっ!」 「馬鹿を言うな、これはバラン様に拝領した大切な品だ。こんな下らないことに使えるものか」 正式にはバーンがバランに与えた宝物の一つだったが、ラーハルトが陸戦騎の地位に就いたのを記念して授けてくれた鎧の魔槍は彼の一番の宝だ。 それはラーハルトにとっては自明の理なのだが、ヒムもポップも一向に納得した様子を見せない。 他人にどう思われるか、構うような繊細な神経など彼は持ち合わせてはいない。気になるのはただ一つだけだった。 (ダイ様がお目覚めになる前に、この魔法使いの小僧を地上に戻しておかなければ) デルムリン島にいるのなら、ダイの身は安全だ。しかし、ダイは目を覚ませばすぐに、ポップを探しに戻ってくるだろう。 しかし、主君にそんな余計な手間を掛けさせるのは望ましくない。主君の代わりに雑務をこなすのも部下の役割だと、ラーハルトは考える。 「さあ、さっさとこんな洞窟から抜けだすぞ。遅れるなよ」 ラーハルトの上から目線の呼び掛けに、ヒムもポップもなんとも嫌〜な顔をしつつ、しぶしぶのように立ち上がった――。
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