『傷だらけの手 6』

 

「ところで、師匠、そろそろお招きいただいてもいいですか? オレ、そろそろ喉が渇いてお茶も欲しいし、寒さがこたえてきたんですけど」

 ポップと先代当主の握手に一段落がついた頃を見計らいつつ、ティンは意図的に軽い口調で声をかける。
 だが、それは本音とは程遠かった。

 ティン自身は別に空腹でもないし、寒いとも思ってはいない。が、孫を待ちきれずにずっと外に居続けた先代当主には寒さが身に染みている頃合いだろうと思ってはいる。

 それに、せっかく招きに応じてくれたポップを歓迎したいという気持ちもある。しかし、この頑固極まりない上に不器用な先代当主に合わせていてはいつになったら訪問許可が出るのか分かったものではない。

 気を利かしたつもりでの声掛けに、先代当主は不機嫌そうに眉をしかめた。だが、その不機嫌さは指摘を受けたことに対して感じる苛立ちではなさそうだ。
 師匠をよく知っているティンの目には、自分が先に言おうとしたことを先取りされた口惜しさのように感じられた。

「言われなくても、分かっていらぁ。ほら、入るといい。うちのばあさんが色々と飯を作っているんだ、遠慮せずたんと食え」

 そう言いながら、先代当主はポップの背を押して促す。歓迎の言葉よりも先に食事を勧める先代当主の気持ちは、ティンにも分からないでもない。

 最初に会った時から思っていたが、ポップはその年頃の少年にしてはいささか小柄で細身だ。鍛冶職人という職業についている関係上、標準以上に逞しい男達や少年を見る機会の多いティンの目から見れば、心配になるぐらいのやせっぽちである。

 食事を勧めたくなるのも、無理もない。
 が、ポップは先に進まずにその場に屈みこんだ。

「あ、待ってくれよ。この土産、じいちゃんに渡してくれって頼まれたんだ」

 そういってポップは一度地面におろした荷物を持ち上げようとしているが、それはなかなかうまくいかないようだ。持っている間はなんとかなったようだが、その荷物はポップにとってはいささか重すぎるようである。

 重い荷物というものはなまじ持ち続けているよりも、一度下ろしてしまうとまた持ち直すのが大変なものだ。苦労しているポップを見かね、ティンは口をだす。

「ああ、荷物ならオレが運ぶからポップ君は先に入るといいよ」

 そう言いながら、ティンは荷物を持ち上げる。ポップが苦労していただけによほど重いのかなと思ったが、多少の重量感は感じてもティンにとっては軽々と持てる程度の荷物だった。

 むしろ布包みがほどけないように注意しながらティンが土産を持ち上げたのと、先代当主が扉を開けるのはほぼ同時だっただろう。
 そして、扉が空くのを待ちかねていたように、嬉しげな女性の声が響き渡る。

「ようこそ、いらっしゃいな! 待ちかねていたわよ!!」

 明るく快活な声音は若々しいが、扉の内側で待ち構えていたの白髪の女性だった。髪の色合いや皺の浮いた顔からかなりの年輩なのは一目で分かるが、生き生きと輝く茶色の目に彼女の精神的な若さが感じられる。

 こざっぱりとした服の上に大きなエプロンをつけた彼女こそが、先代当主の妻――すなわち、ポップの祖母だ。

 誰が見ても、彼女のことは元気のいい老婦人だと思うだろう。
 とびっきりの笑顔を浮かべた彼女は、ポップを一目見るなりその両手を開いて抱きしめる。

「まぁ……! まぁ、まぁ、まぁっ!」

「わわっ?!」

 いかに年配とはいえ、初対面の女性に抱き付かれて驚いたのかポップが戸惑ったような声をあげるのが可笑しかった。

 まあ、ポップの年齢を考えればそれも無理もないだろう。いかに初めて出会う祖母とはいえ、ポップはもう祖父母に抱っこしてもらうような年齢の子供とは言えない。照れ臭さの方が先に立って当然だ。

 しかし、祖母の方はそんなことなど全く考えてもいない様子で、ますます強くポップをぎゅっと抱きしめる。

「驚いたわ、なんて可愛い子なんでしょうっ!! ジャンクの息子だって聞いていたから、一体どんなごつごつした大男なのかしらなんて思っていたのに、びっくりよ。
 嬉しいわぁ、こんなに可愛い子が孫だなんて鼻が高いわ!」

 まさに踊りださないばかりにポップを抱きしめつつ、手放しの喜びを表現する妻に向かって先代当主はむっつりとした顔でツッコミをいれる。

「おい、説明しただろう。孫扱いはできねえんだぞ」

 白い手の一族を震え上がらせ、全員からポップに関わる意思をなくさせた先代当主の威厳や貫録も、妻の前では形無しだった。

「いいじゃない、あたしだって場所ぐらいわきまえてますよ。外でならともかくうちの中でぐらい孫だって言ったって誰が聞いているわけでもないでしょ? さ、もっとよく顔を見せてちょうだいな。ああ、本当にお母さんにそっくりなのね、よく似ているわ」

 やっとポップを抱きしめるのをやめ、その代りに彼の頬に両手を当ててしげしげと顔を見つめる祖母の目は、限りなく優しいものだった。

「母さんのこと、知ってるんですか?」

「残念ながら、直接会ったことはないんだけどね。だけど、スティーヌさんの肖像画は何度も見たことがあるもの」

 まだ戸惑っている感の強い孫に対して、祖母は手品の種明かしでもするように得意げにそう言ってのける。

 普通ならば、平民の肖像画など残されるものではない。だが、ポップの母スティーヌは、若いころはベンガーナ城に仕える侍女の一人だった。その美貌を見込まれ、世界的な画家がモデルにと望んで描いた作品は『ひなげしの君』と名づけられ、多くの人から絶賛を浴びている。

「あの絵は、何度に見にいったからわからないぐらいよ、本当に可憐な娘さんで、見ているだけでため息がでちゃうわ。
 あんなにも綺麗で可愛らしい娘さんが、うちの馬鹿息子と駆け落ちしただなんて、もう驚きもいいところだったわ」

 うちには息子ももういねえぞと後ろで小さくぼやく祖父の意見など、もちろん祖母は気になどしていない。それどころか、彼女のお喋りは留まるところを知らなかった。

「まったく、いやになっちゃうわ、親子そろって頑固なせいでお嫁さんにも会えないだなんてね。私は娘ができるのが楽しみで楽しみで仕方がなかったのに、ジャンクときたらスティーヌさんと付き合っている頃も一度も家に連れてきてくれなかったのよ!」

 大げさな身振り手振りを交えつつ訴える祖母は、しゃべればしゃべるほど元気になっていく。

「いやぁね、全く変なところだけお父さんに似て照れ屋なんだから。普段は反発してばっかりで親子喧嘩ばかりしているくせしてね。本当にもうあんなに気の利かない男じゃ、デートもろくな場所に連れて行かなかったんじゃないかと心配だったわ。うちの人もね、そういうセンスなんてからっきしだったし!」

 息子ばかりでなく、夫まで一刀両断である。
 苦虫を噛み潰したような顔をしている先代当主の横で、ティンは笑いをかみ殺すのに苦労する。もし、ここで笑ったりしたのなら、後で師匠から壮絶な恨みを買うことは間違いないだろうから。

 その意味では、孫であるポップが羨ましいぐらいだ。
 最初はただ目を丸くしていたポップだったが、自分が生まれる前の父親の話は彼にとっては耳珍しいものだったらしい。可笑しそうにくすくすと笑いながら、親父らしいや、などと言っている。
 さすがは祖母と孫というべきか、妙にぴったりと息が合っている様子だ。

「それにしてもあの子ったら、ちゃんとスティーヌさんを大切にしているのかしら? まさかとは思うけど、亭主関白を気取って威張り散らしているんじゃないでしょうね?」

「えー? 親父は確かにすっげー威張ってるし、怒るとおっかないけど、亭主関白とはちょっと違うんじゃないのかなぁ?
 だって本気で母さんが怒った時は、謝るのはいっつも親父の方だし」

「あらまあ、そうなの?! ふふっ、親子よねえ、うちの人も――」

「おい、いつまでくっちゃべってんだ、客を玄関先立たせてよ。さっさと中に入りやがれ!」

 ついにたまりかねたのか、祖母のお喋りを遮って先代当主が怒鳴る。弟子達ならば震えあがるであろう一喝だが、長年連れ添った糟糠の妻には通用しない。彼女はそよ風を浴びた程も動揺を見せなかった。

「はいはい、そう威張らなくっても分かっていますよ。
 うるさい人だけど気にしないでね、あの人は照れるといつもああなの。本当はあなたが来るのを心待ちにしていたのよ。朝から、食事はたっぷり用意しておけってうるさくって。
 普段はなにをだしても知らん顔しているくせに、今日に限って、やれアレを作ったかだとか、アレは忘れてないだろうなと大騒ぎしているんだもの」

 相変わらず陽気におしゃべりを続けながら、祖母は先に立ってポップを家の中に案内していく。
 その行く先は客間ではなく、居間だった。

 ポップを孫と認め、家族として扱うという祖父母の心遣いの表れだろう。客間ほど広くも立派でもないが、その代りに端々に生活感の感じられる温かみのある部屋のテーブルには、所狭しと料理の乗った皿が並べられていた。

 それらの料理一つ一つは、ごちそうと呼ぶにはやや難があるかもしれない。 どの料理も丁寧に時間をかけなければ作れない物なのは一目で分かるものの、どれも特に高価な一品でも、珍しい一品でもない。手が込んでいるとはいえ、家庭料理の域から出ない品ばかりだ。

 しかし、それらの料理を見てポップは驚きに目をまん丸くしながら、ぽつりと呟く。

「親父が好きな料理ばっかりだ……」

 その言葉に先代当主はわずかに眉をよせ、また、その妻は唇に微笑みを浮かべる。

「ふふ、お口にあえばいいんだけれど。さ、ここに座ってね。クッションはちょうどいいかしら?」

 まるでポップが小さな子でもあるかのように、祖母は彼にかまいたがる。よちよち歩きの子に対するように、優しく手を引きながら椅子へと導く。それを見ながら、ティンは踵を返そうとした。

「じゃあ、後はごゆっくり。オレはそろそろ引き上げますから」

 せっかくの家族団らんの場を、邪魔したいなどとは思えない。だからこそティンは気を利かせてお暇するつもりだったのだが、その途端、老夫婦に揃って変な顔をされた。

「何を言っていやがる、おめえも食っていきやがれ」
 
「そうですよ、あなたも食べるものだと思ってはりきって一杯作っちゃったんだもの」

 彼らがこんな風に言うのは、珍しくもない。
 見た目と言動が怖い先代当主は、意外にも面倒見はいい人物だ。その妻が料理上手の上にお節介ということも手伝って、弟子達を夕食に招くのは珍しいことではない。

 特に独身の若い男の食生活を心配しているのか、そんな弟子を夕食に呼ぶのはよくあることだ。
 まあ、正直に言ってしまえばこれは弟子達にとっては、ありがたさ半分、迷惑半分といった好意なのだが。

 食欲旺盛なのに金に困っている若い男にとって、無償でありつける手作りの料理は途方もない魅力だ。独身男の悲しさでおふくろの味に焦がれる男にとっては、料理上手の先代当主の妻の料理は垂涎の的である。

 が、先代当主その人は恐怖の対象だ。
 容赦なく叱り飛ばす彼を恐れている弟子達は、数多い。そんな弟子にとって、先代当主と一緒のテーブルに着くのは怖くてたまらないものでもあるのだ。

 まあ、ティンぐらい付き合いが長くなると先代当主の表面上の怖さだけでなく、内面も見えてくるから別に恐怖と食欲の間で悩むこともない。
 未だに独り者の上に恋人もいないティンも何度となく老夫婦の親切に甘えてきたが、今日ばかりは遠慮した方がいいだろうと思っていた。

「でも、せっかく家族水入らずの場なんだし……」

 そう言ったティンに、思いもかけなかった言葉が投げかけられた。

「だから、てめえも食えって言ってるんじゃねえか」

「そうですよ。あなたも、あたし達の家族でしょう? 遠慮なんて、それこそ水臭いですよ」

 にこにこしながらそう誘ってくれる老夫婦に、胸の中の驚きが温かさに変わっていく。親父の話をもっと聞きたいし、よかったら一緒にと言ってくれるポップの言葉が決め手になって、ティンはテーブルへと戻る。

 いつも自分のために空けておいてくれている場所が、今日も用意されているのに今更のように気が付く。
 それを嬉しく思いながら、ティンは家族の囲むテーブルに着席した――。

 

 

「ちっ、年甲斐もなくはしゃぎやがって、ばあさんめが」

 と、先代当主が舌打ち交じりに言ったのは食後のことだった。
 いかにも威張り腐った一言とはいえ、彼女が後片付けをするためにいなくなったのを確認してから小声で言う辺りにこの夫婦の力関係が表れていると言える。

 忠実な弟子として、ティンはその点には触れないように気を付けながら、ソファで寛いでいるポップに話しかけた。

「ところでポップ君が持ってきた土産って、一体何なんだい?」

「んー? ああ、それ、おれも中身は知らないんだけど」

 腹が膨れたせいか、ポップはひどく眠そうだった。
 というよりも、この子は多分寝不足なのだろうとティンにはとっくに見当がついていた。近くで見てみると、ポップの目の下にはクマが浮いている。

 王宮に出入りするティンには分かるが、王宮内の客人というのは優雅なように見えて、実はひどく忙しいものだ。特に身分の高い人間ほど、様々な人に面会を申し込まれたりパーティに招待されたりなど、身体がいくつあっても足りないほどの社交術を要求される。

 王のお気に入りと噂に高いポップは、派手好きの王につき合わされてさぞや難儀しているのだろう。もしかすると……いや、高い確率で、ポップは今日の休みを獲得するために苦労もしたはずだ。

 だが、ポップはそんなことはおくびにも見せなかった。
 一際はしゃぐ祖母に合わせてか、楽しげにはしゃぎ続けていた。その分の疲れが出たのか、祖母が席をはずした途端に眠くなったのかもしれない。それでもポップはあくび交じりに、荷物の説明をする。

「この前、家に帰る機会があったからさ、じいちゃんとばあちゃんに会うって話をしたんだよ。そうしたら母さんが是非、土産を用意したいって言ったんだけど――」

 本来ならポップの母が用意するのはいかにも土産に相応しい、日持ちのする手作りの菓子の予定だった。用意しておくから当日にまた取りに来るようにと言われたポップを待っていたのは、母親の手製の菓子ではなく、なぜか父親が用意した重たい布包みだった。

「鍛冶屋には、これが一番、土産にはいいだろうって言うんだ。あの頑固親父、理由を聞いても教えてくんないしさ」

 いかにも不服そうにそう文句を言うポップに、ティンはかつての兄弟子を思い出さずにはいられない。それは先代当主も同じなのか、彼は苦笑を浮かべていた。

 これが、息子が直接言った文句ならばただおく男ではないのだが、孫にはやはり多少甘くなるのだろうか。先代当主は苦笑しつつ、布の包みをはらりと解く。

 中から現れたのは、三振りの剣だった。

 それ自体は、先代当主だけでなくティンにとっても意外でもなんでもない。布で覆われていても、大きさや金属の触れ合う独特の音から剣ではないかという予想はついていた。
 むしろポップの方が、意外そうに目を丸くしている。

「なんで、こんなのを?」

 ポップが戸惑うのも、無理はないだろう。
 形や大きさからみて鞘の上からでも鋼の剣だと分かるが、戦場にいるというのならともかく、一般家庭でこんなものを土産にもらってももてあますだけだ。

 しかし、歴戦の鍛冶職人である先代当主は当惑も見せず、無造作に一つの剣を手にして鞘を取り払う。輝く刀身を見やって、彼はニヤリとかすかな笑みを浮かべる。

「ほう……若いが、なかなか研究熱心な打ち手のようだな。腕はまだまだだが、いい筋をしているぜ」

「へ? 見ただけで、そこまで分かるのかよ?」

 ポップは驚いているようだが、鍛冶職人にとっては当たり前だ。同じ鋼の剣であっても、打ち手によって個性は出るものだ。

「当たり前だ、伊達に50年、剣を打ってはいねえよ。……いい職人になりそうだな、先が楽しみだぜ」

 先代当主の言葉に、ティンも全面的に賛成だった。
 師匠程の慧眼はないかもしれないが、ティンにも武器を見る目はある。作り手の若さの感じられる飾り気のない剣は、技術的にはまだまだかもしれないが好感が持てる。

 ふと思いついて、ティンは聞いてみた。

「この打ち手って、もしかしてジャンクさんのお弟子さんかい?」

「ううん、親父は弟子とかとったことないよ。その剣って、多分、ノヴァが作った奴じゃないのかな。最近、店に置いてもらっているとか、言ってたし」

「ノヴァ? ポップ君の友達なのかい?」

「友達っていうか、まあ、そんなもん。ノヴァはおれより一つ上で、親父じゃなくてロン・ベルクの弟子なんだ。あ、ロン・ベルクってのは――」

 ポップがそのロン・ベルクについて説明をしようとした時、二本目の剣を見た先代当主が素っ頓狂な声を上げる。

「なんでえ、こりゃあ? この剣を作った男は、また……ずいぶんと酔狂な男のようだな」

 思わずのように先代当主がそう言った途端、ポップが弾けるように笑い出した。

「すげっ、大当たりだよ! ロン・ベルクって腕はいいかもしれないけど、本気ですっげー変わり者なんだよ。剣にもそれって、でちゃっているもんなんだなー」

「でているもなにも、こんな剣は見たことがないよ」

 ティンも一緒に剣を眺めて、呆れずにはいられない。
 この剣の打ち手が、凄まじい腕を持つ職人だというのは一目で分かる。だが、それでいてこの剣はひどい手抜きでもある。いかにも雑に、気を抜いて作ったのがありありと表れている。

 普通ならば、ここまで手を抜いて打った剣は剣としては成り立つまい。ただ、剣の形をしているだけのまがい物になるだけだ。

 なのに本来の腕が卓越しているからこそ、それなりの剣としての体裁を保っている。そのぎりぎりの見極めのすさまじさに、ティンは職人として寒気を覚えずにはいられない。

 普通の鍛冶職人ならば自分の持てる限りの技術をフルに使い、より強い武器を目指すものだ。

 というよりも、そうするしかない。適度に手を抜いて、なおかつ一定レベルの商品を作るなんて技術の方がはるかに難儀するのだから。凄まじいまでの技術をこうまでも無駄に使う職人など、見たことも聞いたこともない。

「これは……この人が本気で打った剣が見てみたいですね」

「この師匠に習って、弟子の剣がこうなるのかよ。……よくもまぁ、こんなに真っ直ぐ育ったものだ。おもしれえもんだな」

 師弟のあまりにも対照的な剣に、ティンも先代当主もしばし夢中になる。そのせいで、彼らが三本目の剣の鞘を抜いたのはしばらくたってからだった。

「ぬ……」

 その刀身を一目見ただけで、先代当主の目の色が変わる。それは、ティンも同様だった。
 その剣は、特に目立った特徴があるわけではなかった。

 先ほどのかけ離れた師弟のように、とびぬけた特徴などない。それこそ、どこの武器屋にあったとしても何もおかしくはない剣だ。基本に忠実でしっかりと作りこまれている誠実さは感じるが、特に癖もないだけに無難で平凡な出来としか言いようがない。

 だが、どんなに平凡な外見だろうとも知り合いは一目で分かるように、先代当主にもティンにもその平凡な剣の作り手が一目で分かった。

「ふん……、あいつも変わっちゃいねえようだな」

 先代当主のその呟きが、ティンには嬉しく感じられる。
 そして、それを見越して剣を土産に持たせた兄弟子の変わりのなさも嬉しかった。

 頑固で、互いに譲り合うことのできないこの親子は正面切って顔を合わせれば不器用に黙り込むか壮絶な喧嘩を始めるだけで、きっと伝えたいと思うことの半分も話すことはできないだろう。

 だが、職人とは腕で語るものだ。
 作り上げた作品に込められた思いは、時として言葉以上に雄弁だ。ティンの目にも、この剣の作り手の誠実な思いや技術の充実ぶりがよく分かる。それは、ジャンクからの無言の意思表示に他ならない。

 一族を飛び出たことなど、微塵も後悔していない。自分は平凡でも幸せで、充実した生活を送っているのだといるのだと――。

「あの人らしいですね……」

 当時と変わらぬ尊敬の念を込め、ティンは兄弟子の剣をまじまじと見つめる。
 ジャンクは、昔からそうだった。

 武器職人というものは、最強の剣を作ることに夢中になりすぎて時に普遍性を失いがちになる。切れ味を求めすぎてよほどの達人でなければ使えない剣だとか、魔法の効果が組み込まれた特殊な剣を作る方向性に行くこともある。
 もちろん、それはそれで最強を求める武器職人の一つの生き方だ。

 だが、ジャンクは誰にでも使える武器に拘った。一人の人間にしか使えないような、特別な武器だけが武器ではない。特に際立った特徴はなくとも誰もが安心して使うことのできる、多くの人を対象にした一般的な剣を作りたい――それが、彼の口癖だった。

 その意思は、いまだに変わっていないらしい。
 何しろ、彼の息子の名前はポップ――「一般的」を意味する古語からつけられた名だ。

(ポップ君は、それを知っているのかな……)

 答えを求めるように気持ちでポップの方に目をやったティンは、つい苦笑してしまう。
 剣に夢中になった職人達の専門的な話は、さすがの大魔道士にも意味不明だったのか、彼はいつの間にか寝入っていた。気持ちよさそうに寝息を立てているポップは本来の年齢よりも幼く見えて、見ている者の笑みを誘う。

 寒くないかと思って、毛布をかけてやりながらティンはふと、その額に巻いたバンダナに手を触れる。
 普通の人が見たのならそれはただの黄色の布に過ぎないだろうが、白い手の一族達にとっては深い意味を持つ。

 おとぎ話のようだと思って聞いた、勇者の下げ緒の伝承。
 それは、白い手の一族で職人の修行を受ける者ならば、誰もが最初に習う伝承だった。

 昔、勇者に最強の武器を作るようにと頼まれた鍛冶屋が、約束の証としてもらった鮮やかな黄色の布。それは武器を腰に下げるための下げ緒だった。

 いつか、勇者に相応しいだけの武器を作れる時まで。その下げ緒は一族で一番腕の立つ職人があずかり続けるのだとティンに教えてくれたのは、他らなぬジャンクだった。
 白い腕の一族の職人ならば、誰もがその下げ緒に憧れる。

 その下げ緒を手に入れることは、一族で最も優れた職人だと誰からも認められるも同然だからだ。しかも、そのためのチャンスは公平だ。

 職人だけのそのこだわりには、普段ならば喧しく口を出してくる商人派の連中も何一つ文句をつけない。というよりも、実益がないだけに関わる気もないのだろうが、職人にとっては違う。

 城ではめることを許された白い手袋以上に、自分達の誇りのよりどころと感じる品だ。
 伝承を信じる者も信じない者も、誰もが大切にその下げ緒を扱ってきた。

「……すまねえな。本来なら、そいつはおめえのものになるはずだったのによ」

 いつになく弱気に、ついでに小声で話す先代当主の気遣いがティンには嬉しかった。
 だが、それは無用の心配というものだ。

「何を言っているんですか。今も昔も、オレはこの下げ緒はジャンクさんにこそ譲られるべきだと思っていますよ」

 当時、勘当した息子に一族の宝を譲ろうとした先代当主に対して、普段ならば師匠に絶対服従する職人達は猛反対をした。それがいかなる騒動と経緯をたどってジャンクの手に渡ったのか、知っている者は一族でもそう多くはいない。

 だが、ティンはその時の事情を余さず知っていたし、それに賛成して協力もした数少ない一人だ。

「それに、そのおかげでオレはポップ君にすぐに気付けたんです」

 先代当主から息子であるジャンクへ渡されたその下げ緒が、いかなる経緯を経てさらにその子であるポップに渡されたのか、ティンは知らない。だが、知らなかったとしてもティンはそれに感謝する。

 もし、この下げ緒がなければティンがポップがジャンクの息子だと気が付くよりも早く、あのひなげしの君の絵をヒントにポップがスティーヌの子……即ち、彼女と駆け落ちしたジャンクの子だと気が付く白い手の一族が出現しただろうから。

 そうなっていればティンや先代当主が手を打とうとするよりも早く、白い手の一族達がポップを巻き込んで暗躍していただろう。だが、そうはならなかった。

 旅立つジャンクに、何かの役に立ってほしいと思って託した伝説の下げ緒は、ひょんなところで役に立った。
 それにもう一つ、ティンにはポップが剣の下げ緒を持つに相応しいと思える理由があった。

「それに……ポップ君は、勇者の魔法使いなんですよ。勇者から預かった物を託すのに、これ以上相応しい相手はいないでしょう」

 ティンの話を聞いて、先代当主は一瞬だけ目を見張ってから、ニヤリと笑う。どこか不敵さを感じさせるその笑みは、本人達は知らなかっただろうが孫が時折浮かべるそれとそっくりだった。

「へっ、違いねえな」 

 
 そう言って先代当主は一人の祖父へ戻り、割れ物にでも触れるように慎重に、眠ってしまった孫の頭をそっと撫でた――。   

                                                                                                     END 


《後書き》

 499999hit 記念リクエスト、『ポップが父方の祖父と会う話』でした♪ 
 頑固一徹、だけど孫には優しく甘いツンデレじいちゃん、優しく甘々なおしゃべりばあちゃんとポップを会わせようとは最初から決めていたのですが、ジャンクの家出や拘りも書きたいと思ったせいでえらく長引きました。ま、いつものことと言えばいつものことですが(笑)

 ついでに、ジャンクの家を結構な名家にしてみたのも書くのに長引いた理由の一つです。

 権力者に取り入るために婚姻関係を結ぼうとしたり、出世した者が一族から一人でもでたら集中的に取り入ったりとか、財力と家柄を守るのに必死になるのは東西でも変わらないみたいで、歴史上そんな例はすごく頻繁に出現していますし、いっぺん書いてみたかったんです♪

 ところで、ティンの名前は錫から取りました。融点が低くて加工しやすい金属なので、合金処理されて食器などによく使われます。まあ、武器にはあまり向かない金属ですけどね(笑)

 作品中でも書きましたが、ティンから見た場合、ポップは従兄弟の子供に当たります。その場合の呼び名はどうなるのかなと調べたら、従兄弟甥(いとこおい)、従兄弟違(いとこちがい)、もしくは従甥(じゅうせい)などという呼び名が出てきましたが……どれもあまり一般的とは言えない気がすごくします。

「叔父さん」「なんだ、甥っ子」程度ならありかもしれませんが、「大叔父さん」「なんだ、従兄弟甥」なんて呼び合いは不自然すぎです(笑) というわけで、先代当主や祖母と違って、彼だけは肩書きじゃなくて名前で呼ぶことにしました♪

 

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